今年も「ぼっち・ざ・ろっく!」を1ファンとして楽しんでいきます!
僕の部屋に喜多さんが来なくなったのは、何がきっかけだっただろうか。
よく使っていたミニテーブルを片付けたことか。
喜多”さん”と呼んだことなのか。
あるいは、僕に愛想がつきたのか……
もう二度と、喜多さんが訪れることはないだろうと思っていた。
けれど今、僕の部屋には喜多さんがいる。真剣な目で、僕を見ている。
直に座ってもらうのは悪いのでクッションを渡して、埃をかぶったテーブルを使うのは諦めて。なるべく居心地のよいようにと配慮はしたけれど…。
それでも喜多さんを迎えられるような部屋じゃないから、なんか恥ずかしい。居心地の悪さに耐えながら、僕は喜多さんの前に座った。
~~~~~
「それで…。今日はどうしたの?」
目の前に座る畔くんの雰囲気は、かなり硬い。
たぶん、ギターを辞めることについて聞きにきたって分かっているのね。このままいっても何も話してくれないと確信して、いったん別の話題を挟むことにした。
「あのね、オーディションのことなんだけど」
「えっ?」
「畔くんも見にくるかもって伊地知先輩に聞いたけど、来られそう?」
「……うん。さっき、虹夏さんに返事しておいたよ」
「そうなのね! 楽しみだわ!」
明るく答えて、場を盛り上げていく。
そのまま先輩たちの話、学校の話といった共通の話題に繋げていけば、畔くんの緊張は徐々にとけていった。小学校の頃は話が続かなかったけれど、今は全然違う。心の底からではないかもしれないけど、お互い楽しく会話ができている。これなら大丈夫。
この違いはなんでだろう? なんて疑問が生まれて、それをすぐに追いやった。
そんなことより、そろそろ本題に入らないと。後藤さんとのうわさについての話で悶えている畔くんに、切り込んだ――
「あのね、ギターを辞めるって聞いたんだけど……どうして?」
――どうして辞めちゃうの?
――どうして直接言ってくれなかったの?
――どうしてそんなに苦しんでいるの?
色々な疑問を一言に込めて。ピタリと動きを止める畔くんを、じっと見つめた。
普通ならこんなの伝わりっこない。でもきっと、私の幼馴染なら
……どちらも何も話さない時間が、ひたすらに続く。
時計の針の音だけがコチコチと鳴って、たまに家の前を通る車の音がして…。
畔くんは視線を彷徨わせながら、時折つばを飲み込んでいて……それでも適当なことを言って、誤魔化しはしなかった。
何分か、何十分か…。
どれくらい時間が経ったのか分からなくなった頃、ようやく畔くんは話してくれた。
あるギタリストのお話を――――
そのギタリストは、最初はひとりぼっちでした。誰かと一緒に演奏したくても、組んでくれる人はいませんでした。
けれど、そんな彼をある人が拾い上げてくれて、彼はその人とバンドを組むことができました。
彼は演奏以外はダメダメでしたが、ギターに関してはとびっきりの素質をもっていました。バンドがピンチになった時、彼はヒーローとなってバンドを救い、逆に彼が困ったときは、バンドのみんなが助けてくれました。
彼の世界は広がっていって、やがてバンドは他の人々からも認められるようになりました――
一見関係なさそうな、畔くんのお話。
それを私は、黙って聞いていた。関係ない話で煙に巻いているわけじゃないって、確信していたから。
「僕がギターを始めたのは、色々打算もあるけど……その人に憧れたからなんだ。」
「そうなのね。じゃあどうして…?」
「……その人と僕は全然違うって、気づいちゃったから」
そうつぶやく畔くんは、完全に諦めた目をしていて…。その昏い瞳に、何も言えなくなる。
「その人が特別になれたのは、才能や運だけじゃなくて、何よりもひたすら努力してきたからなんだ。僕にはそれができない。時間を忘れるほど、ギターに夢中になることもない」
「………」
「そんな自分がつまらない人間に思えて…。頑張っている人を見ると、時々つらくなるんだ」
そこまで話すと、畔くんは窓の方を見た。
視線の先には夕陽が輝いていて…。彼はじっと、それを見つめていた。
畔くんの話には不明瞭な部分も、共感できない部分もあって……せっかく話してくれたのに、私には全部理解することができなかった。
頑張っている人を見るとつらくなるって、どういう気持ちか想像しようとしても、うまくいかない。頑張っている人がいたら、一緒に頑張るか応援するものよね…?
理解することができないのがもどかしい。
けど、全く理解できないってわけじゃない。分かる部分もあった。
――先輩に対する憧れでギターを始めた。後藤さんの演奏に魅せられた。
――特別な取り柄のない自分自身、何の変哲もない人生。それをつまらないと思っていた。
もしも、私が結束バンドに入れていなかったら…。
結束バンドの募集を見た時に飛びつかなかったら、どうなっていただろう? 後藤さんが引きとめてくれなかったら、私はもうバンド活動をすることはなかったはずで…。
あるいは、畔くんと似たような気持ちになっていたのかな…?
気づけば随分と考え込んでいたらしい。いつの間にか畔くんは、こちらに視線を戻していた。
考え事をしていたことを謝って、私の考えを話そうとした矢先。畔くんが頭を下げてきた。
「ごめん」
「え…?」
「こんな思いを知られたくなくて…。ギターを辞めるって言ったら問い詰められそうで……」
でも直接言わないのは不誠実だった。ごめんなさい。そう言って再び、頭を下げる。
そんな畔くんを見て……私の目から、涙が出てきた。
(ああ……後藤さんの言ったとおりだ)
ちょっとずるいところも。ちゃんと私の想いを汲み取ってくれるところも…。
私はよく知っている。やっぱり変わってなどいなかった。
私の幼馴染は、ちゃんとここにいた。
お互いに傷ついていたのかもしれない。
転校前のことに触れずらくて、離れてしまった距離に戸惑って。
ボタンを掛け違えてしまったけど、きっとこれなら、元通りの関係になれる。
ハンカチで涙を拭って、前を向く。
慌てた様子の幼馴染の様子がおかしくて、笑いがこぼれた。自分から泣かせようとしてきたこともあるくせに、私が本当に悲しい気分の時はいつもおろおろしてるんだから。
「ねえ、畔くん」
「えっ? な、なに?」
「一緒に来てほしいの。ちょっと付き合ってくれる?」
さっき浮かんだ私の考え。
それを話すべき場所は、ここじゃない。
直感が示す場所に、私は畔くんを引っ張っていった。
幼い頃にそうしていたように、弟みたいな彼の手を握って―――
~~~~~
喜多さんに手を引かれるのは、いつ以来だろう?
抵抗しようと思えばできたはずで、でも真っすぐ進む彼女を止められない。
彼女に引かれるままに歩き続けて、たどり着いたのは近所の小さな公園だった。
(ここは、昔よく遊んでいた……)
急に人の目が怖くなる。
誰かに見られたら喜多さんの評判が下がってしまうと思って、繋いでいた手を離そうとした。それを咎めるかのように、手を握る力が強くなる。
そのまま強く手を引かれて、ベンチに座らされた。意図してか、偶然か……木の陰に隠れるようになって、ようやく息がつけるようになった。
喜多さんはベンチにハンカチを敷いて、その上に座った。
夕暮れ時とはいえもう遅めの時間。公園に他の人の気配はない。赤く染まった空を見上げて、喜多さんは話し始めた。
「さっきの話だけど…。つまり畔くんは、ギターに真剣に打ち込めないのが心苦しいのよね?」
「……うん、そうだね」
「なら、ギターにこだわらなくてもいいんじゃないかしら」
喜多さんの言葉に、疑問が浮かぶ。てっきり引きとめられるのかと思ったのに、むしろ”やめてもいい”だなんて…。
ある予感がして息がつまる。腰が浮きそうになって、繋がれた手が僕を引きとめた。
空から視線を戻して、喜多さんは僕の目を見る。
「私、畔くんが夢中でできること、知ってるわよ」
「あっ…。ま……」
喜多さんが何を言いたいのか、理解してしまう。
体が震えて、心臓がうるさいほどに音を立てて……でもその声は容赦なく、僕の耳に届いた。
「畔くん、もう絵は描かないの?」
それは、かつて転校前にもされた質問で――
当時の僕はひどく取り乱して、逃げ出してしまった。
それからそのことを訊かれることはなかったのに、何年もたって同じ質問をされるなんて…。
「スケッチブックをボロボロにされて、ショックだったのはよく分かるわ」
「………」
「絵のことで馬鹿にされたのも知ってる。けどね、私は――」
もう一度、畔くんの描いた絵がみたいの。
そう言ってくれることが嬉しくて、喜多さんの真摯な目に魅せられて……でもどうしても、震えが止まらない。
また絵を描いて、同じことが起きたらどうしよう?
あの日以来スケッチブックを開くこともできなくて、きっと腕は錆びついている。
不安と言い訳が僕の心にあふれていって、それは口からもこぼれ落ちた。
「……無理、だよ」
「……!」
「また前のようになっちゃうかもしれない…。それに今更……」
ここまでしてくれたのに、それでも勇気を出せない自分が情けない。
喜多さんに合わせる顔がなくて、俯いてしまった。
地面を見つめる僕を置いて、喜多さんが立ち上がる。そのまま歩き去る音が聞こえて……今度こそ見捨てられたかと絶望した時、その音は止まった。
「ねえ、覚えてる?」
「……?」
「ここにジャングルジムがあったんだけど、前に撤去されちゃったの」
顔を上げる。喜多さんが立っている場所には、確かに以前はジャングルジムがあって…。今はよく分からない遊具が置かれていた。
あらためて公園を見渡すと、遊具の形や色は、記憶にある姿から少し変わっている。喜多さんは昔の思い出話をしながら公園の中を一回りして、僕の前に戻ってきた。
「公園の様子が変わったように、学校も人も前とは違う。だから、そんなに悲観的にならないで」
「でも……」
「それにもし、学校で受け入れられなくても大丈夫」
喜多さんが僕の両手を掴んで、立ち上がらせる。
その目に不安の色は全くなくて…。絶対に大丈夫だという、確信が感じられた。
「もう畔くんの居場所は、学校だけじゃない。結束バンドがあるし、絵はSNSだけでアップしてもいい」
「………」
「だから、もう一度だけでもいいから…。描いてみせて」
――キラキラとした瞳を、じっと見つめる。
その輝きがちょっと眩しくて、でも目をそらす気にはなれなかった。
「僕はギター辞めちゃったし、結束バンドのメンバーじゃないよ?」
「友達として支えるのに、バンドメンバーじゃなきゃダメ、なんてことないわよ」
そう言い切る彼女の言葉に、体が軽くなったような気がして……
いつの間にか、体の震えは止まっていた。学校で見せるなんてとても無理だけど、喜多さんに見せるだけなら…。
「分かったよ…。ちょっとだけ、頑張ってみる」
「うん! 楽しみにしてるね!」
その瞬間の彼女の笑顔は、まるで太陽のようで…。色々と直視できずに、目をそらしてしまう。
「もう遅いし帰ろう」なんて言って、彼女の手を引いて歩き出した。驚いた声が聞こえたけれど、それを気づかう余裕はなかった。
顔が熱い。伝わる手の温かさが恥ずかしくて、でもそれを離したくない。
今が夕暮れ時で本当に良かった。そうでなければ、僕の顔は見られたものじゃなかっただろう。
子供の頃ほど純粋ではなくて、でもその頃よりもずっと強い想い。
「久しぶりだしあまり期待しないでね」とか軽口をたたきながら、僕は必死にその感情を鎮めていた。
喜多さんの荷物を部屋から持ってきて、彼女を見送ったあと。
僕はふらふらと、ベッドに倒れこんだ。ごろごろ転がって、気を紛らわす。
窓の外を見ていると、夕焼けは少しずつ薄くなっていって…。
やがて空の向こうに、一番星が輝いた。
プロットとは全然違う話になってしまった。
ここで惚れさせる予定じゃなかったんだけど…。まあなっちゃったものはしょうがない。
次回はいよいよオーディション。
更新は土曜日の深夜を予定しています。