文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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14.人ならざるモノたち

 

 

沈黙を破るのは、決まって第三者だ。

物語では、そう相場が決まっている。

しかし、第三者が必ずしも事態を好転させるとは限らない。

だけど、今はそれでもよかった。

 

屋上に二人。マスターとサーヴァント。

沈黙と静寂、そして冬の冷たい風が世界を支配する。

俺は、天狗の少女に自分の真意が覚られてしまった。

衛宮士郎という男は、自分の正義に反するものを背中から刺せる存在なのだと。

 

「――――」

 

天狗の少女は、俺という存在を見定め、見透かしている。

彼女は、俺をどう思っているかはわからない。

でも、これだけはわかる。

彼女は今、仲間に向けるような目をしていない。

敵意を向けているわけでもない。

それは、とてもつまらないものを見る、そんな目だった。

 

ああ……耐えられない。

とてもじゃないが、耐えられそうもない。

少女からは、威圧感などはなく。

だけど、温かさもなければ冷たさもない。

ただ、乾いていた。

僅かな侮蔑だけを残して、乾き切っていた。

社交的な笑みを浮かべていた少女が、こんな視線を向けてくる事実に耐えられない。

口の中が乾く。

唾液すら飲み込めないほど乾いていく。

 

……この世界を壊してくれるのなら、なんだっていい。

どうか俺を、ここから助け出してほしい。

 

だけど。

この時が初めてだったと思う。

俺は、射命丸文という妖怪をほんの少しだけ理解できた。

 

 

 

 

錆びた鉄の扉の音が高く鳴り、沈黙と静寂のなかにひとつの亀裂が入った。

凍てついた世界を氷解させる、第三者。

 

つまり、遠坂凛が姿を見せた。

 

「……驚いた。騒ぎを聞いてまさかとは思ったけど、本当に学園にサーヴァントを連れてくるなんて」

 

遠坂が目を丸くして、制服姿の文の姿を見る。

やはり、遠坂も文の着ている穂群原学園の制服が気になるようだ。

 

「こんな手を使って、サーヴァントを自分の側に置くなんてね。こんな普通の魔術師には想像の外よ」

「――ふふふ。なかなかの名案でしょう」

 

制服を見せびらかすように、スカートの両端をつまんで頭を下げる。

今までの態度が嘘だったように、妖怪少女はいつもの微笑を浮かべていた。

俺は、安堵と同時に戦慄を覚えた。

射命丸文が、あの素顔を今に至るまでずっと隠していたことに。

 

「はあ……。それで、結界の基点はどうやらここのようね。……で、ここにいるあんたたちが犯人?」

「ち、違う! 俺たちはやっていない!」

 

遠坂は俺の態度に驚きもしないで、苦笑を漏らした。

 

「わかっているわよ。あんたが結界を仕掛けたにしては矛盾が多すぎるし。何よりあの衛宮君がそんなことをするはずがない。……ずっと変な顔をしていたから、少しからかってみただけ。ごめん、謝るわ」

 

変な顔?

咄嗟に触ってみたが、それで自分の表情がわかるはずもない。

それでも、顔の筋肉が少し強張っているのはわかった。そしてその原因もわかる。

射命丸文。烏天狗の妖怪少女。

俺は、彼女を初めて恐ろしいと思ったからだ。

 

いや……違う。

よく考えてみろ、衛宮士郎。本当は初めてではないはず。

それをわかっていながら、都合よく目を逸らしているだけだと。

 

文を召喚した夜、ランサーと対峙した時。

その時に俺は彼女をどう思った? どう感じた?

ヒトとしての本能が、警鐘を鳴らしていなかったか?

それも単純で明快な理由。

原始から始まる自然の理――つまり、弱肉強食。

俺は、彼女に比喩でも何でもなく言葉通りに『彼女に――われる』と思わなかったか?

 

横目で文を窺うも、これまでと違った様子はない。

怪訝に彼女を見る俺を不審に思ったのか『どうかしましたか?』と視線がそう訊いてきた。

文は俺の強張りの原因を、本気でわかっていないようにも思える。

 

じゃあ、さっき彼女が見せたあれはなんだったのか。

嘘だったかのように、今の彼女はあまりにも普通で、肩の力が急激に抜けてしまう。

……それならば、あれは気のせいだと思いたい。

俺の疑心暗鬼から来る思い込みで、彼女の口から直接なにかを言われたわけでもない。

出会ってからまだ一週間も経ってないのに、あまりにも失礼な態度だ。

それを直接伝えるわけにもいかないので、心の中で反省をする。

 

得体のしれないところはあるが、文は良いやつだ。今はまだ――そう信じよう。

 

 

 

 

遠坂は俺たちを無視して、結界の基点を調べていた。

時折「やば」「こんなのどうしようもならない」と驚きと落胆を漏らす。

つまりは、俺たちと同様の反応をしている。

この結界は、優秀な魔術師である遠坂にも手に負えないものなのだ。

 

「ふうん」

 

その間、文は俺が購買から買ってきたテトラパックの牛乳を飲んでいた。

飲み終えると、空になったパックを手のひらに隠れるほどの握力で握り潰す。

 

「……それで、凛さん」

「なに? ちょっと忙しいんだけど」

 

俺たちを無視して結界を調べている遠坂に、文が話し掛ける。

 

「あなたは敵対する私たちの前に現れてどういうつもりですか? もしかして、サーヴァントを従えずとも私に勝ち目があるとでも?」

 

彼女の口から出たのは、俺の想像からはかけ離れた台詞だった。

それは、今まで第三者であろうとした文には信じがたいものであり、間違いなく遠坂を挑発している。

 

「お、おい、文! どうしたんだ!?」

 

遠坂は俺たちを無視していたが、ある一定のレベルで警戒していたのだろう。

大して驚いた態度も見せずに、俺たちのほうを向く。

 

「へぇ、そっちがその気なら私はいいわよ。確かに今はセイバーを連れてきてないけど、サーヴァントは令呪を使えば呼べるの。……もしやり合う気があるのなら、人払いの結界を張ってあげてもいいわよ?」

 

遠坂凛の性格を考えれば、相手が誰であろうと売られた喧嘩は間違いなく買う。

喧嘩を吹っ掛けられたら、トイチを超える利子付きで返してくるだろう。

 

遠坂は右手を掲げ、制服のボタンを外すと袖をまくった。

手の甲に赤い光を放つ、三画の令呪。

……俺の左手にある令呪とは形状が違ったが、あれが遠坂の令呪なのだ。

聞いた話だと使うごとに一画ずつ失っていくらしいが、彼女の令呪はすべて健在だった。

 

「随分と迂闊ですね。敵である私に令呪を晒していいのですか? あなたが魔力を込める前に私の風がその腕を切り刻みますよ?」

 

文を良いやつと思おうとしたのも束の間、遠坂に対して取り返しのつかない言葉を投げかけた。

 

「ふん。やれるものならやってみなさい。それよりも早くセイバーをここに呼んでみせる。そして、私には指一本触れることなく、セイバーがあんたの首を切り落とすわ」

 

売り言葉に、買い言葉。言葉と言葉の応酬だった。

ひょっとしなくても、これはマズい状況ではないか?

聖杯戦争に消極的だった文が、急に妙なやる気を見せている。これはどういう心境の変化なのか。

 

そんな、一触即発の張り詰めた空気のなか。

次に文が何か動きを見せたら、遠坂は間違いなくセイバーをこの場に呼ぶ。

そうなったらもう止まらない。止まりようがない。

聖杯戦争のルールに則って、サーヴァントによる命の奪い合いが始まってしまう。

 

しかも、ここは学園の屋上。

昼休みという活気のある時間に、サーヴァント同士の戦い。

それは俺が、一番回避したい事態。絶対に壊されてはいけない日常の一コマ。

それを知り合いの二人が、今まさに壊そうとしている。

 

 

「はぁ……隠れてないでそろそろ姿を見せたらどうですか? これだと私が馬鹿みたいです」

 

文の嘆息混じりの一言によって、遠坂が令呪を発動させようと構えた時だった。

 

こちらに向かって、放たれた何かの物体に気付く。

鈍い光を放つ金属が――遠坂の頭を後ろから撃ち抜こうとしていた。

 

「……ッ!」

 

俺が気づいたのは、ただの偶然だ。

飛来する金属が日光を反射させなければ気付くことなく、遠坂が死ぬのを待つだけだった。

しかし、気づいたところでどうなる……!

俺と遠坂は離れた位置にいる。何をどうしようが間に合わない……!

 

「遠坂!!」

 

駆け出しながら、せめて遠坂に気づいてもらおうと、声を上げた瞬間。

 

「――――掛かった!」

 

文が、刹那のなかを動いた。

それは、人間には認識できないスピード――天狗少女だけの世界。

射命丸文は、一瞬で遠坂に息のかかる距離まで詰め寄り、頭部を砕こうとする金属を片手で掴み取った。

 

「へえ。これは――杭? いえ、短剣ですかね?」

 

文の手に握られたのは、杭状の短剣だった。

その短剣は長い鎖に繋がれており、勢いを殺されたことで細かく振動している。

命中すれば、人間の頭なんて簡単に貫いていただろう。

 

「私たちの共倒れを狙ったみたいですが、そうは問屋が卸しません」

 

文は長い鎖を手繰り寄せようとするも、鎖は固定されたようにぴくりとも動かない。

短剣に繋がれた鎖は、屋上に設置された給水塔の後ろから伸びている。

それはつまり、遠坂を襲った犯人は給水塔の裏手、鎖の先にいるという証拠だった。

 

「え……? なに? どういうこと?」

 

あと一歩のところで死にかけた遠坂は、崩れるように座り込む。

突然の事態にセイバーを呼ぶ気もなくなったのか、目の前に突然と現れた文を見上げている。

 

鎖がギリギリと鈍い音を鳴らす。

鎖の反対側を握っている相手が、力を込めて引っ張ったようだった。

同じように鎖を握ったままでいる文の身体が、ずるずると引きずられてしまう。

 

「……綱引きですか。ですが! 我ら天狗との力比べなんて百年早い!」

 

負けじと文も鎖へと引く力を込めた。

しかし文の体型は、どこにでもいる少女と変わらないもの。

綱引きに重要な体重なんて、たかがしれているだろう。

だったら、純粋な腕力だけを使って鎖を引くしなかない。

 

……今、自分の正体を『天狗』だと敵の前でばらしていたな。

サーヴァントの正体が判明するのが、聖杯戦争における一番のタブーだと聞いていたはずだが。

 

しかし、この鎖にはどれだけの力が込められているのか。

文の履いている上履きが、コンクリートの床を陥没させた。

 

膠着状態が続くと思った矢先、次第に文の身体がずるずると給水塔のほうへと引きずられていく。

 

「う、凄い怪力。大見得切ったのに、このままだと普通に負けそうです。やりますね。ですが……!」

 

それでも、文の顔には余裕があった。

それもそのはず、綱引きはそもそも片手でやるものではない。

俺の思考が伝わったように、文は鎖を両手に持ち直した。

 

再び鎖が動かなくなり、また膠着状態が続くのかと思いきや。

 

「今回は無効試合にしてあげます……よっ!」

 

文が鎖を引くのではなく、左右に大きく振り回した。

そして給水塔の影に隠れていた存在が、白日の下に晒された――。

鎖を振り回すと、まるでハンマー投げのような状態になり、大柄な人影が弧を描く。

 

「でもこれじゃ私の反則負けかしらね!」

 

文は凄まじい遠心力を利用して、相手をコンクリートの地面に叩き付けようとしたが――。

 

「いい判断です」

 

途端、じゃらりと文の持つ鎖が力を失って垂れてしまった。

相手が鎖を寸前のところで手放したのだ。

それで空に投げ出されて落下するも、豹のような身のこなしで屋上に着地する。

 

「…………」

 

そこにいたのは。

女性らしい肉体を黒いボディスーツに包み、足下まで伸びる紫色の髪を持つ女だった。

異様だったのは、バイザーのような眼帯で両目を隠していたことか。

唯一見えている口は真一文字に結んでおり、そこには何の感情も見えてこない。

ただ立って、構えもせずに俺たちを見ていた。

視界は眼帯で隠されているはずだが、こちらを見ているのは間違いない。

 

……ただ者じゃない。

何もその異様な姿や、文と拮抗する身体能力から言っているのではない。

空気を介して伝わる気配は、俺たち人間とは別次元のもの。

この大柄な女もまたヒトとは一線を画した存在で、間違いなくサーヴァントだった。

 

「…………」

 

その女のサーヴァントは、射命丸文を最後に一瞥すると、終始無言のまま屋上から飛び降りた。

文も深追いする気はないようで、その場から一歩も動かない。

屋上のフェンスからサーヴァントが降りた地点を見たが、そこにはもう誰もいなかった。

 

「私たちに単純な力で勝てるのは、それこそ鬼ぐらいなものです」

 

文は、鎖鎌のような短剣を興味なさげに放り出す。

床に短剣の先端が接触すると、コンクリートを砕いて鈍い音を鳴らした。

 

「……あんた、いつからあのサーヴァントの存在に気づいていたの?」

 

これまで、傍観に徹していた遠坂が文に尋ねた。

あと少しで殺されていたとは思えない横柄な態度だった。実に遠坂らしいと言えた。

彼女もまた同じようにあの長身の女を、サーヴァントと判断したようだ。

どのクラスのサーヴァントかはわからないが、出で立ちと武器から考えてアサシンだろうか。

 

「ずっとですよ、ずっと」

 

遠坂の疑問に文がすんなりと答えた。

 

「私たちが昼食を食べている時も気配がありました。あのサーヴァントは私達が屋上に来る前からここにいたようですね」

「……少しも気づかなかった」

「それはまあ、仕方がないです」

 

文もそんな素振りを一度も見せなかったが、それは演技だったのか。

 

「こちらをずっと観察していたので、何度も隙を見せたのですが、なかなか動いてくれませんでしたね。随分と疑り深い性格なのでしょうか?」

「ふーん。それであんたは私を生餌にして、あのサーヴァントを見事釣りあげたと。……やってくれるじゃない」

「あややや、気づいていましたか。申し訳ないです。……あと凛さん、なかなか上手いこといいますね!」

 

形ばかりにぺこりと頭を下げたが、本心から申し訳ないとは思ってなさそうだった。

それどころか、遠坂を餌にしたことも、最初から隠すつもりはなかったようだ。

その文の態度に遠坂は顔を引きつらせるが、結果的には助けられたからか強く出られないでいる。

 

「……ふん。で、あのサーヴァントがこの結界を張ったのかしらね?」

「一連の状況証拠としては十分です。屋上にいたのも結界の様子を確認するためでしょうし。そう考えるのが妥当でしょう」

「はぁ。今日はそれがわかっただけ収穫かしらね。餌に使われたのは癪だけど、この間の借りもあるし、今日のところは見逃してあげる」

 

遠坂は踵を返して、屋上の出口に歩き出した。

 

「遠坂。俺たちは本当に戦うしかないのか。他に何か――」

 

左右に束ねた黒髪の揺れる後ろ姿に、そんな願望混じりの言葉を掛ける。

 

「……衛宮君もくどいわね。私に、何度も何度も同じコトを言わせないで欲しいわ」

 

彼女は、少し時間を置いてから振り返ると、はっきりとした口調で言う。

 

「私とあんたは聖杯戦争が終わるまでは敵同士。そこは絶対に違わない。今回は学園内でも不用意に近づいた私が迂闊だったわ。それじゃあね。……それと、もうすぐ昼休み終わるわよ」

 

それを最後に、屋上の錆びた扉が閉められた。

再び二人きりになるも、あの時とは違って、耐え難い空気には戻らなかった。

あの時に見せた文の様子もまた、サーヴァントを誘うための手段だったのか。それとも。

 

「もうすぐ、休み時間も終わりだそうです」

「そう、みたいだな……」

 

今は時計を持ってないが、じきに予鈴が鳴る時間だろう。

しかし一連の出来事に気分が高揚して、とても授業を受ける気分じゃない。

 

今回の件から、サーヴァントは昼夜関係なしに襲ってくるとわかった。

学園で文を見つけた時は驚いたが、結果として命を助けられた。

もし俺一人が屋上にいたら、遠坂ともどもこの床に落ちた短剣で殺されていただろう。

 

聖杯戦争の期間中、サーヴァントが側にいないのは自殺行為に等しい。

遠坂は、なぜかセイバーを連れずにいたが、それもすぐに令呪で呼べると言っていた。

それだけでは心許ないだろうが、遠坂も遠坂なりの対策があるだろう。

 

聖杯戦争は始まっている。

日常を守るためには、日常は過ごせないのだと、俺はようやく理解した。

 

 

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