文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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18.初陣 《2月5日》

 

 

昨晩とは違って、今朝は文と二人で朝食と弁当を作る。

朝の献立は、大根と人参の味噌汁、なめ茸とシラスの和え物、そして主菜は、サワラを焼いて柚子で香りづけしたもの。

そんな、オーソドックスなメニューだ。その分、昼の弁当はちょっと力を入れた。

 

射命丸文による、嘘の交際宣言のせいなのか、今朝は藤ねえと桜が家に来なかった。

桜はともかく、藤ねえがその程度で自粛するとは思えなかったけど。

だが、今の冬木は聖杯戦争の只中にある。

この家に近づくだけでも、二人に危険が及ぶ可能性が十分にあった。

少し寂しく感じたが、二人の命には代えられない。

それを考えたら、あの交際宣言もあながち間違いじゃないかもしれない。

もしかしたら、文もそれを見越した上で、あんな発言をしたんだろうか……?

 

「……違うだろうな」

 

それに、聖杯戦争が終わったあとで、あの二人になんと説明したらいいんだろう。

『実は、嘘でした』と言う勇気はない。

藤ねえは間違いなく本気にしてたし、バレたら怒られるだけじゃすまない。

『実は、別れました』……聖杯戦争は長くても、二週間程度で終わるらしい。そうなると。

 

「交際期間が最長でも二週間……。どれだけ甲斐性なしなんだ、俺は」

 

今は戦後処理に頭を使うよりも、聖杯戦争を無事に生き残ることを考えよう。

 

 

嘘の片棒を担ぐ天狗の少女は、新聞を片手に、主菜の魚に箸を伸ばしていた。

最初は、驚くぐらい綺麗な姿勢で食事を取っていたが、今やそのメッキも剥がれつつある。

幻想郷という、隔絶された土地から召喚されたらしいが、既に彼女は現代日本に馴染みきっていた。

今朝の朝刊に目を走らせながら、朝食を取る少女の姿は、家主である俺よりも堂に入っている。

 

それに文は、他のサーヴァントと違って、聖杯から土地の文化や常識を与えられていないらしい。

つまり、彼女自身が持った適応能力の高さが窺い知れる。

暇さえあれば、新聞や本を読んでいるので、好奇心の高さもその一助になっているのだろう。

 

「そういえば……昨日の夜に桜、何か言ってたか?」

 

俺に代わって、桜を家に送ってくれたのは文だった。

これは桜たっての願いだったし、何かしらの用事が文にあったと考えるべきだろう。

ただ、文と桜の二人には接点がないどころか、夕飯時には一言も会話がなかった。

そこから考えると、桜が聞きたかったのは俺たちの交際についてだと思う。

本来であれば、俺が聞いていい話じゃないかもしれない。

だけど、昨夜は桜の様子が明らかに変だったので、今までずっと気になっていた。

 

「もぐもぐ。桜さんですか?」

 

少女は、新聞から目を離して俺を見てくれたが、朝食を取る箸と口は止まらなかった。

朝から気持ちいいぐらいの食欲だけど、あまり行儀は良くない。

 

「違ったのならそれでいいんだけど……例の交際宣言で、何か桜から言われたりしなかったか?」

「……うーん。その件については、特になかったですね。単に身の上話をしただけです。士郎さんが気にする話ではないかと」

「身の上話? まさか、烏天狗だと桜に言ったんじゃ……?」

「そんなわけないでしょう。桜さん自身について少しお話しただけです。いわゆる、ガールズトークってやつですね。……男の子には言えない乙女の秘密です」

「そっか。じゃあ俺は聞かない方がいいかな」

 

乙女の秘密と言われたなら、男の俺が聞くのは野暮ってものだ。

……それなりの付き合いのある俺にも話せない内容。

なんだか寂しい気もしたが、女の子同士でしか話せない話題もあるのだろう。

男の俺には少しわからない世界だ。ガールズトーク……。

 

「それと……桜さんの家だけあって、彼女と同じにおいがしましたね。もぐもぐ」

 

家に呼ばれて、お茶でもしたのだろうか。

俺は、中学以来一度も慎二と桜の家には遊びに行ってないので、少し懐かしくもある。

なんにしても、二人が仲良くなれたのなら何よりだった。

 

 

「そろそろ学園に行こうと思うけど、文は今日どうする?」

 

昨日のように、制服姿で忍び込むつもりなら、事前に知っておきたい。

あれを二度三度と繰り返されたら、俺は聖杯戦争とは関係のない理由で社会的に死んでしまう。

だけど彼女がいなければ、サーヴァントと遭遇した時の対処ができないのも事実だ。

 

「そうですね。じゃあ今日は上から士郎さんを見守っています」

 

そう言うと、彼女は天井を指さした。

 

「……上? なんのことだ?」

 

俺がよほど間抜けな顔をしてたのか、彼女は上品に口を押さえて笑う。

 

「つまりは、上空からです」

「へ?」

 

 

 

 

通学路の長い坂道を一人で歩く。

二月の透き通った空気が心地よく、空を仰げば雲一つ無い快晴があった。

その空に、小さな人型らしきものを発見した。……うん。多分あれが文だ。

 

視力を魔力で最大に水増しして、ようやくその程度にしか見えない。

生身の人間が、肉眼で観るのはほぼ不可能だろう。

一体、彼女は上空何メートルにいるのか。空気も薄いだろうし、何より寒そうだ。

 

「……マフラーでも渡しておくべきだったかな」

 

あの距離なら、何日か見てなかった一本歯の靴、頭襟という天狗姿でも問題ないはず。

そもそも、女の子が空にいる時点で言い訳のしようもないんだけど。

学園の制服姿を着ない理由を尋ねたら「戦闘でボロボロになりそうですからね」と言われた。

その後に「あ、あと天狗としての矜持とモチベーション的にも!」そう取って付けたように説明していた。

 

「ふー」

 

一度唾を飲み込んでから、穂群原学園の正門を通る。

学園に張られた結界が解かれてないか……そんな淡い期待したが、それは楽観だった。

 

「ぐ……ッ」

 

この淀んだ空気……昨日よりもずっと酷いじゃないか。

これは、間違いなく完成が近い。

昨日襲撃したサーヴァントか、そのマスターを倒さない限り、この結界はもう止まらない。

 

義務感にも似た焦燥に襲われるが、闇雲に探し回っても見つかるはずがない。

今のこの状況では、悠長に授業を受ける余裕もない。何でもいいから対策を練らないと……。

 

「よお、衛宮。そんなところでぼけっとしてたら、背中を蹴られても文句は言えないぞ」

 

正門で立ち尽くしていると、後ろから聞き馴染みのある声がした。

 

「……慎二か。最近学園を休みがちだけど、どうかしたのか?」

 

数日ぶりに見る慎二だった。珍しく機嫌の良さが顔にも出ていた。

 

「ふん、僕が休んで何しようと衛宮に関係あるのかい?」

 

態度は相変わらずだが、少しも気にした様子を見せない。

こんな慎二を見たのは、もしかしたら中学の時以来じゃないか?

 

「弓道部も休んでいるらしいじゃないか」

「それこそ衛宮は部外者だろ。そんなことを僕に言う権利はないと思うけどね」

 

それは、慎二の言う通りだった。

部を辞めた俺が今更、首を突っ込める問題じゃない。

 

「ああ、そうだったな」

「……衛宮と話しても時間の無駄だし、僕はもういくよ。おまえが遅刻しようが知ったことじゃないけど、ホームルームに遅れて僕に迷惑掛けるなよ」

 

それだけ言って、慎二は校舎へと歩き出した。

俺も、こんなところにいても仕方がないので、慎二の背中を追うように教室へ向かう。

 

「……慎二」

 

また昔のように肩を並べて歩けたらな、と少しだけ思った。

 

 

このまま校舎に入ると、文とは会えなくなる。

昇降口の手前で空を見上げたら、彼女が大きく手を振っていた。多分だけど。

俺も彼女に倣って空に手を振ると、周りにいた生徒が気の毒そうな顔で俺を見ていた。

 

自分の教室に入る前に、遠坂が学園にいるか確認したが、クラスメートによると今日は休みを取ったらしい。

それもそうだろう。

普通であれば、命を賭けた戦いに、普段通りの生活を送る方がおかしい。

だけど、疑問に思う。

あの遠坂凛が、自分のライフスタイルを聖杯戦争なんかで変えるとも思えない。

考え過ぎかも知れないが、少しだけ引っ掛かりを覚えた。

 

 

 

 

午前中の授業が終わって昼休み。俺は約束通り、屋上に向かう。

屋上のドアを開けると、殺風景な空間が広がっていた。

昨日と同じく、生徒の姿は一人もいない。

本来であれば、屋上特有の解放感もあるはずだが、結界の力でとてもそんな気分にはなれない。

 

「士郎さん――」

 

そこに、文の姿を発見する。

屋上で少し退屈してたのか、俺の顔を見たら子犬のように駆け寄ってきた。

 

「お待たせ。じゃ、昼食にしようか」

 

今朝、朝食と同時に作った弁当を文に渡した。

朝食と同じおかずも入っているが、大体は弁当のために新しく作ったものだ。

同じものを出すよりも、彼女に食事の際は、常に新鮮な気持ちを味わってもらいたい。

彼女がいつまでこの世界にいられるかわからないので、食事だけは手を抜きたくなかった。

 

「わー。ありがとうございます。……うっわ、すごい豪勢。ちょっと引きましたけど、流石は士郎さんです」

 

そんな少女らしい笑顔で、弁当を見て喜んでくれた。

その顔に朝から頑張って作った甲斐があったと思う。ちなみにお重は五段だ。

 

 

「授業中、退屈じゃなかったか?」

 

視界にちらつく結界の基点が気になるが、文と二人きりになれる場所なんて、学園では屋上ぐらいしかない。

 

「いえ。サーヴァントに警戒しつつ、手帳に今回のことを纏めていたので、そうでもないですよ」

 

和綴じの赤い手帳を手品のように取り出す。

これは文花帖といって、自分の足で稼いだ新聞のネタを書き留めるためのものらしい。

簡単に言えば、ただのネタ帳だ。

いつだか「見たら殺しますよ」と曇りない笑顔で言われたので、ちょっとしたトラウマだった。

 

「……それって空の上で?」

「ええ、空からですが。それがどうかしました?」

 

天狗である彼女に取って、地上にいるのも上空にいるのも同じようなものなのか。

 

「でも寒くはな――」

 

その時、全身に得も言われぬ嫌悪感が走った。

それと同時に、周辺が一面の赤に覆われる。

 

「なん、だ、これ……」

 

学園で常に感じていた嫌悪感が、比較にならないほど濃密になる。

目に映るすべてが、血の海にいるかのように赤く染まり、体を支える力が抜けてしまう。

あまりの気持ち悪さに胸を押さえたら、食べたばかりの昼食を吐き出した。

 

「はあ、はあ……」

 

胃酸を味わいながら、もしやと思い結界の呪刻の基点を見る。

これまでは、魔力を通わせないと見えなかった呪刻が赤く輝いていた。

 

「まさか……! もう結界が発動したのか……!?」

 

文の目算だと、完成までにまだ時間があったはず。

 

「……ふむ。これは、そうね。『溶解』と表現するのが妥当かしら」

 

隣の少女が俺にも聞こえる声でつぶやく。

文はみっともなく嘔吐する俺と違って、何でもないように平然としていた。

未だに吐き気が堪え切れない俺の背中を、優しくさすってくれる。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……もう大丈夫だ。それに……溶解って?」

「こうして、肌と匂いで感じれば、私にでもわかります」

 

異様な空気を取り込むように、形の良い鼻をすんすんと鳴らす。

 

「ええと、結界の中にいる人間の肉体を魂ごと溶かし、魔力として取り込んでしまうものですかね」

「……人を溶かして、取り込む?」

 

今は昼休み。学園の生徒や教職員が昼食を楽しんでいる。

そんな日常の象徴とも言える瞬間に、そんな恐ろしいものを発動したというのか。

このまま放っておけば……藤ねえや桜、クラスのみんなが死んでしまう。

 

「ふざけてる……! そんなこと、絶対に許してたまるか……!」

「ですが……この結界、完全とは言えませんね。本来なら耐性があっても昏倒するほどの代物です。それでもただの人間には大変危険な代物ですが」

「くそ、早く止めないと……!」

 

気を抜くと意識が飛びそうになる身体に鞭を入れて、何とか立ち上がる。

 

「――――ふむ。どうしたものやら。士郎さんを無駄死にさせるわけにもいかないし」

 

文は顎に手を置いて何かを考えているようだ。

 

「文? どうかしたのか?」

「……そうですね。マスターまではわかりませんが、サーヴァントは同じ結界内に必ずいるはず」

「だったら、二手に分かれて行動しよう。その方が効率的だ」

「えっ、そうなります? まあ、士郎さんがそれでよければ。うーん」

 

文の危惧する通り、安全面を考えれば、二人で探したほうがいいだろう。

だが、それだと作業効率が二分の一になる。

その結果、誰かが犠牲にでもなれば、俺は悔やんでも悔やみきれない。

 

「……わかりました。マスターである士郎さんの指示です。そうしましょうか」

 

結界の基点を撮影すると、カメラから彼女の武器である葉団扇に持ち替えた。

 

「ふふ。異変解決にいち早く行動なんて――まるでどこかの巫女みたい」

 

誰に言うわけでもなく、少女はどこか自嘲的にそんな言葉を漏らす。

そして彼女は人外としての象徴である、黒染めの翼を大きく開いた。

 

 

 

 

文と別れた俺は、元凶のサーヴァントを探すため、上の階から順に駆けていく。

文は逆で、下の階から探してもらっている。

もし俺が先にサーヴァントを見つけたら、すぐに逃げ出すように言われていた。

それで逃げられるかどうかはわからないが、必ず負ける戦いに挑むほど俺も無謀ではない。

 

廊下には、何人もの生徒が倒れていた。幸いにも息はあったが、意識は完全に失っていた。

だがそれも時間の問題だろう。

俺たちがぐずぐずしていると、彼らはいずれ結界の餌食になってしまう――。

 

 

「誰だ……?」

 

三階の廊下を走っている時、一つ人影を発見した。

サーヴァントかと思って、身構えたがそうではないようだ。

あそこにいるのは、まさか慎二か――!?

 

「慎二……!? おまえは大丈夫なのか!?」

 

緊張を少し解いて、慎二の側まで近づく。

 

「……ああ、なんだ。どこの間抜け面かと思ったら、はは、衛宮じゃないか」

 

慎二はこんな異常事態だというのに、まったく動揺した様子を見せないでいた。

それどこか、校門で見た時よりも機嫌がよさそうに思える。

奇妙な装丁の本を持っていたのが気になったが、今はそんな場合ではない。

 

「慎二! ここは危ない! 早く学園の外にでるんだ!」

 

俺がそう伝えると、どういうつもりか慎二は心外そうに顔を歪ませる。

これまで見たことのない、酷薄さが滲み出ていた。

 

「ハ、ハハハハハ! 衛宮、おまえが勘違いしているようだから言っておくけど、この結界――『鮮血神殿(ブラッドフォート)』を発動したのは、僕のサーヴァントなんだ!」

「――なッ!?」

 

慎二は一体、なにを言っているんだ……?

言葉の意味はわかるが、上手く飲み込めず、理解を拒絶する。

 

「ふん。心底意外って顔だな。馬鹿な衛宮にわかるように説明すると――僕もおまえと同じ聖杯戦争のマスターということさ。それにさ、光栄に思えよ。今日この鮮血神殿を発動したのは、おまえのためなんだからな!」

 

俺のためだと? どういう意味だ……?

だが、今の俺にはあれこれと悩んでる猶予も余裕もなかった。

 

「慎二、お前が本当にあのサーヴァントのマスターと言うなら、今すぐに結界を止めるんだ!!」

 

あの慎二が聖杯戦争のマスターという話は、信じたくなかった。

しかし魔術師じゃないあいつが、結界の中でも無事なのだ。

耐性がある俺だって、今も身体が重く、吐き気が抑えきれない。

それならば、本当に慎二があのサーヴァントを従えるマスターなのだろう。

 

「ハハハ……何を勘違いしているんだい? どうして僕が衛宮の命令なんて聞かなきゃならないのさ! それにさあ! 本気で止めて欲しいんだったら、土下座ぐらいするのが礼儀じゃないのか!?」

「ふざけるな! 結界を止めろ!」

「ああああ! イライラする! イライラするなあ!! 僕は顔を青くして狼狽える衛宮が見たかったのに! なんで魔術師である僕におまえなんかが命令するんだよ!!」

「…………」

「おい! 何とか言えよ! 衛宮ァ!!」

 

もう慎二には、何を言おうが言葉は届きそうもなかった。

 

「もう……いいんだな、慎二。だったら俺はおまえを力ずくで止めてやる」

「ハハハハ――! そうだ、そう来なくちゃな! 僕と衛宮、どちらが優れた魔術師なのか力比べをしようじゃないか!! ハ、ハハハハハハハ!!」

 

俺の言葉に一瞬だけ目を見開くと、何がおかしいのか壊れたように笑い続ける。

慎二の顔には、正気ではありえない凶相が刻まれていた。

 

「それに――おまえの弱っちいサーヴァントも、今頃ライダーが殺してるだろうしな!」

 

そうして、慎二は手に持った赤い本を俺に向けて掲げた。

 

 

 

 

士郎と慎二のいる三階の下。

二階の廊下では、ライダーと文が二度目の会敵を果たしていた。

廊下では、三階と同様に何人もの生徒が半生半死の状態で倒れている。

 

「…………」

 

ライダーは重心を下げ、四つん這いになると、大柄だがしなやかな身体がたわんだ。

引き絞られたライダーの身体が矢のように放たれて、文に襲い掛かる。

 

「――ふっ!」

 

それと同じタイミングで、鎖に繋がれた短剣を文に向かって投擲。

文は高速で飛来する短剣を難なく躱してみせたが、これは牽制でしかない。

短剣は鎖の両端に付いており、ライダーは時間差でもう一本を投げる。

 

「はぁ!」

 

二本目の短剣に、文は回避行動を取らずに葉団扇を扇いだ。

そこから発生した暴風によって、短剣の勢いは殺されてしまい、力なくその場に落ちる。

ライダーは、既に回収済みの一本目の短剣を文に振り下ろそうと駆けたが。

それもまた、葉団扇から吹き付ける風によって、動きを止めた。

 

「やはりあなたがこの結界の術者でしたか。しかし、挨拶もなしとは随分ですね」

 

文は余裕綽々と言った態度で、ライダーに話し掛けた。

 

「……あなたが昨日、桜に言った言葉は覚えていますか?」

「桜さんのサーヴァントはあなたでしたか。ふふ……確かに陰湿な感じがそっくりかも」

 

その人を食ったような物言いに、ライダーは確信する。

間桐桜の心をズタズタにしたのは、間違いなくこのサーヴァントだと。

 

「あなたは桜を傷つけた。――死んで償いなさい」

 

ライダーは、文との間合いを跳躍して一気に詰めようとする。

 

「…………」

 

天狗の少女は、ライダー相手に余裕を見せていたが、内心では焦りを覚え始めていた。

容赦なく襲い掛かるライダーに、彼女の得意とする風の弾幕が使えない。

この狭い空間で派手な弾幕を使えば、廊下で死にかけた人間を巻き込んでしまう。

それは、士郎との軋轢になりかねないし、文にとっても望むところではない。

これでは、高密度の弾幕は使えないのも同然。

 

そしてもう一つ。

 

「既に気づいているようですが、あなたに取ってこの空間は不利に働く。このような狭い空間で持ち味である俊敏な動きができますか?」

 

ライダーは昨日の屋上での一件で、この少女の強みは尋常ならざるスピードにあると読んでいた。

遠坂凛に放たれた短剣を、刹那のうちに掴み取る神業。

この黒翼の少女は、ランサー並かそれ以上のスピードがあると考えて間違いない。

 

「……さてさて、どうでしょうかね?」

 

ライダーの言葉通り、文のスピードはこの場所だと十全には生かせない。

そして何よりも、この場所では『飛ぶこと』ができなかった。

他のサーヴァントにはない、射命丸文が持つ最大のアドバンテージ。

今はまだ致命的とまではいかないが、弾幕と機動力の両方を封印されてしまっている。

その二つが制限された状態で、一騎当千の古強者であるサーヴァント相手にして勝てる見込みは少ない。

 

「ふっ! はっ! はああっ!」

 

ライダーは、両手に持った短剣を使い、刺突による攻撃を繰り出す。

文は軽業師のような身のこなしで、その攻撃を躱していった。

急所を的確に狙い続ける二本の短剣。

文はそれを、弾幕攻撃によって鍛えられた反射神経で見切っていく。

 

「……ッ」

 

それでも、限界を感じていた。

サーヴァントの攻撃を、ガードもせずにそう長い間、躱し続けるのは厳しい。

文の持つ葉団扇では、攻撃を受けるにはあまりに心許なかった。

ヤツデの扇なんか、簡単に貫かれる。逆に攻めに転じる余裕もそこまでなかった。

 

(まあ、それでも――)

 

文は、床が砕けるほどの力を一本下駄の足に込める。

極限まで集中して、ライダーによる左右からの挟撃を紙一重で躱してみせる。

そして躱すと同時に、バネのように込められた脚力を解放した。

 

「な……!?」

 

170センチを優に超すライダーを軽々と飛び越えて背後を取った。

跳躍の勢いのまま、少女の履いた一本下駄が、ライダーの後頭部をしたたかに蹴り飛ばした。

ライダーは数メートル先まで蹴り飛ばされたが、追撃を受けぬようすぐに体勢を整える。

 

「――驚いた。異常なスピードもですが、どんな眼をしているのですか」

 

ライダーは肩に手を置いて、首を軽く回す。

魔力も込められていない、ただの力に任せただけの蹴りだ。大したダメージは受けていない。

 

「お褒めにあずかり光栄です。最近は回避してばかりの人生でしたので」

 

いつも通りの笑みを作って余裕を見せるが、当然そこまでの余裕はない。

だが、近接攻撃のパターンはある程度は見切っており、今なら即反撃も可能だった。

 

「ふう」

 

葉団扇に魔力を走らせて、風による刃を纏わせる。

今度はこちらから攻めに転じようと、一歩目を踏み込んだその時だった。

ライダーが射命丸文にわざと似せた、口角を上げた笑みを作る。

 

「――それでは、次は私の眼を見せてあげましょう」

 

ライダーが顔を覆う眼帯を手に取った。

ゾクリ――と射命丸文の背中に、かつてない悪寒が走った。

それは、外の世界に来てから初めての感覚だ。

 

「やっば……!」

 

文は、経験的に悟った。

彼女がいま外そうとしている眼帯は、魔眼封じなのだと。

そして、感覚的に悟る。

それに対抗する術などなく、故にこの場から逃げるしかないと。

 

文は、廊下の窓を破って、校舎の外へと抜け出そうとする。

 

「フフ。良い判断です――ですが、もう遅い」

 

既に眼帯が外されており、『魔眼《キュベレイ》』が解き放たれた。

 

 

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