文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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21.スペルカード 《2月6日》

 

 

人気のない公園。

冬木中央公園という新都中心部にある広い公園だ。

かつては新興住宅地だったが、10年前の聖杯戦争によって、焼け野原となってしまった土地。

そこは『衛宮士郎』の原初と言える、絶対に忘れられない場所だ。

 

「…………」

 

天を仰ぐと、一面の雲に覆われている空があった。

高層雲と呼ばれる薄灰色の雲は、たとえ日中であっても太陽を隠してしまう。

決して、良い天気とは言えない空模様。

 

「でも、それは俺たちにとって絶好のチャンスだ」

 

 

慎二とライダーによる凶行が起きた翌日。

学園は休みになった。あそこまでの大事件だ。当分の間は休校になるだろう。

しかし、あれだけの死者が出たのに、テレビではまるで報道されなかった。

ただ、地方紙の片隅に小さな記事があった程度。

その記事も『ガス漏れによる爆発によるもの』としか書かれていなかった。

遠坂の言うとおり、教会が事実の隠蔽に手を回したからだろう。

 

文は、記事の書かれた新聞を読んでこう言った。

『ふん……こんな捏造をするなんて、ブン屋として恥ずかしくないんですかね』と静かな憤りを漏らしていたが、今なら俺もその気持ちはわかった。

こんなに人が死んだというのに、遺族は真実を知ることすらできない。

悲しみに打ちひしがれて『どうしてこんなことに』と涙する。それも嘘の情報によって。

本当は憎むべき相手だっているのに、その存在を知る権利すら与えられない。

……そんなのは、絶対に間違っていた。

こうして秘匿された神秘や魔術に、そこまでの価値があるとは到底思えない。

 

 

……俺がこの場所に立ち尽くしてから、かなりの時間が経過している。

既に陽が沈んで、公園を薄暗く染めていた。夜に紛れて聖杯戦争が活発化する時間。

 

――視線を感じた。

敵意の込められた視線は、魔術師でなくても生物としての本能で察せる。

この蜘蛛に捕らわれたと思わせる感覚は、間違いなくライダーだ。

それは、敵意だけではなく警戒も混ぜられていた。

ライダーは自身の気配を隠そうともせずに、こちらを挑発するように視線を送ってくる。

その相手は俺なんかではなく、射命丸文に対してだろう。

 

もっとも、文はこの公園にいないのだけど。

 

 

そんな視線に捕らわれてから数分後、見計らうように慎二が姿を現した。

 

「衛宮……! 昨日はよくもやってくれたなあ……!」

 

慎二の声は俺に鼻を潰されたせいで、不明瞭にくぐもっていた。

顎の骨も折れており、喋るのもつらいだろうが、どうやら痛覚よりも憎しみが勝っているようだ。

慎二の顔は、殴られた打撲傷と俺への憎悪によって、酷く歪んでいた。

端正だった頃の面影はどこにもない。

治療すらもそこそこで、俺に借りを返すために探し回っていたのだろう。

 

今はそんなことよりも、慎二に言わなければならないことがあった。

俺は、憎悪によって赤く充血した慎二の目を正面から見据える。

 

「昨日18人が死んだ」

 

それを聞いた慎二は理解できないのか、僅かに眉をひそめるだけだった。

 

「昨日、学園でおまえたちに殺された生徒の人数だ」

 

藤ねえが昼を過ぎた頃、電話で教えてくれた。

死亡が確認された生徒もいるが、未だ行方不明扱いの生徒だっている。

そこまで、原形が残されてなかった。

 

「ハッ…………なんだ、そんなことか! 僕の知ったことじゃないね! どうせライダーの宝具で虫のように潰されて死んだやつらだろ! は、ははははは!!」

 

頭に血が急激に上った。こいつはもう二度と喋らせてはいけない。

 

「……人が死んだというのに! お前が殺したというのに! どうしてそうやって笑っていられる!?」

 

それでも、哄笑を続ける慎二に向かって、俺は走り出す。

 

「ははははははは!! ……そう馬鹿みたいにカッカするなよ衛宮ァ!! 今日はおまえじゃなくて、僕が怒ってるんだ!! これ以上調子に乗るなよ!!」

 

慎二の顔面を狙った拳は――命中しなかった。

俺と慎二の間に黒い大きな影が現れる。

 

「…………」

 

その影を認識した瞬間に、俺は脇腹を蹴り飛ばされていた。体から骨が軋む音が鳴る。

 

「ぐが……!!」

 

一瞬で意識が飛びかける強力な一撃だったが、これでも手加減されているだろう。

サーヴァントの攻撃をまともに喰らって、立っていられるはずがない。

 

「ははは! いいぞライダー! ひと思いに殺さず、じっくりと衛宮をいたぶってやれ!!」

「シンジ、この男のサーヴァントは周辺にはいませんが、令呪が今も残っている。令呪で呼ばれる前に殺すべきです」

 

ライダーは警戒するが、慎二は気にせずに笑い続けていた。

 

「くく、そんなの別にいいだろ。昨日は衛宮のサーヴァント相手に大した傷を負わされてなかったじゃないか。それとも何か? おまえは衛宮のサーヴァントに負けるとでも言うのかい?」

「……わかりました」

 

ライダーは、距離を取ろうとした俺に向かって、短剣を投擲する。

到底躱せるはずもなく、右肩に突き刺さった。

 

「――――!」

 

これまでの人生で一度も味わったことのない激痛に目の前が暗転した。

それなのに、ライダーは攻撃の手を休めない。

かつてない痛みに慣れる暇すら与えず、右腕、左脚、脇腹と次々に攻撃される。

 

「ががあああ……ぐ!!」

 

一度でも気が遠くなるような激痛の連鎖に、膝を折りかけてしまう。

だけど、ここで倒れるわけにはいかなかった。

 

「はは、ははははは! いいぞ! ライダー! なあ、衛宮ァ! 僕はおまえのその顔がずっと見たかったんだよ!!」

 

慎二はもう正気じゃなかった。

憎悪と歓喜によって、顔がかつてないほど歪んでしまっている。

 

一番酷い脇腹の傷を押さえながら、ライダーから逃げるように公園の中心部を目指して走る。

ライダーからの追撃が来なかった。

 

「…………?」

 

振り返ると、ライダーは俺の後を追わずに、いぶかしむように様子を見ている。

 

「ライダー!! おまえ何やってんだ!! 衛宮が逃げてるぞお!! さっさと追えええええ!!」

 

狂気の形相を浮かべた慎二に発破をかけられて、ライダーは躊躇を見せるも駆け出した。

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……!」

 

もう振り返らなくても、背後からライダーの気配がひしひしと感じられる。

ライダーに攻撃された刺傷が熱を持って、体力を徐々に奪い始めていく。

まだ100メートルぐらいしか走ってないのに、俺の息は切れかかっていた。

 

「だけど……あと少し! あと少しだ!」

 

あと少しで、ライダーを目的の場所まで誘い込める!

 

そう思った途端――車に撥ねられたような衝撃が背中に走った。

追いついたライダーが俺の背中を蹴ったのだ。

強かに蹴り飛ばされた俺は、公園の冷たい芝生の上に倒れこんでしまう。

まともに呼吸ができなくなる激痛に立ち上がれない。

脳からの命令を無視して、身体が思うように動いてくれない。

 

それでも、芋虫が這うように前へ進むも、ライダーがそれすら許さなかった。

彼女の短剣が俺の右手の甲を貫いた――。

 

「ぐッ、あああ――――!」

 

腕が地面に縫いつけられて、昆虫標本の虫のようになってしまう。

そんな俺をライダーが見下ろした。

 

「……なぜ、サーヴァントを呼ばないのですか? サーヴァントはお互いに気配を察知することができる。あなたの近くにあのサーヴァントはいないのはわかります」

 

俺は何も答えずに、残る左手を使って芝生を掴み、前へ前へ進むためだけに足掻いた。

 

「ははは。本当に面白いやつだよ、衛宮は」

 

追いついた慎二が俺の行く手を阻んだ。

身を屈ませると俺の髪を握り、地面に伏した頭を無造作に持ち上げる。

 

「……まあ、知らない仲じゃないしな。これで許してやるよ。――殺せライダー」

 

慎二がそう命令すると、ライダーが残った短剣を俺の心臓に振り上げようとした。

 

だけど、まだだ。

まだこんなところでは死ねない――!

誰一人として救えないまま、自分勝手に死ぬわけにはいかないんだ!!

 

「ああああ――!!」

 

右手に刺さった短剣を、残った左手で引き抜いた。

焼けるような痛みが右手だけではなく、全身に走る。――だけど、これで自由になった。

残された力をすべて両脚に込めて、前にいる慎二を突き飛ばすように立ち上がった。

 

「うわ!! ……クソ! ライダー!! なにをトロトロしてんだよ!」

 

転倒した慎二に覆い被さるような形になってしまう。

倒れる慎二を無視して、震える足に再び力を入れてなんとか起き上がった。

 

「……く!」

 

ライダーが俺の背中に短剣を投げようとしたが、意図せず慎二が盾になって、攻撃を躊躇した。

俺はその間に10メートルほど走るのに成功するも、そこで足がもつれて転倒してしまう。

 

だが、ここだ。この場所でいい。後は待つだけだ。

 

「はあ、はあ……!」

 

息を切らして倒れこむ俺に、ライダーがとどめを刺そうと近づいてきた。

なんとか上体だけ起こして、ライダーの動向だけを観察する。

 

「もういい! 宝具を使え! こんなクズは骨一本だって残すな!」

 

よろよろと起き上がった慎二が、忌々しそうに服についた埃を叩く。

 

「ですが、こんなところでいたずらに魔力を消費するのは上計とは言えません」

「ふざけるなよライダー!! 僕の言うことが聞けないのか!! さっさとやれと言っているんだ!!」

「…………」

 

ライダーは、無言のまま己の首を切り裂くと、昨日と同じ魔法陣を展開させた。

魔法陣から光を放ちながら現れたのは、両翼の生えた白馬だった。

これが、昨日ライダーが最後に使った宝具の正体。

 

幻想種ペガサス――。

ヘレネスの神話に出てくるゴルゴンの三姉妹の末妹。

切り落とされた首から産まれた白き魔獣。

石化の魔眼に続いて、幻獣ペガサス。

ならばライダーの真名は、間違いなくメドゥーサだ。

 

ライダーはその天馬に跨ると、遥か上空へと飛んだ。

 

「はははは! 見たかい! これが僕と衛宮の力の差だよ! ……ライダー! 衛宮を殺せェ!!」

 

その幻想的な光景に目を奪われて、俺は自然と茫然としてしまう。

 

「ようやく、観念しましたか。では速やかに殺してあげましょう」

 

ペガサスに跨ったライダーが俺に目掛けて滑空を開始した。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)――!!』

 

宝具の解放とともに、天馬が嘶きを上げた。

ライダーの声によって、ペガサスは鞭で打たれたように急激に速度を増していく。

そして肉眼では姿が捉えられない、一筋の閃光へと化した――。

 

 

……このまま何もしなければ、慎二の言う通り、衛宮士郎は骨すら残さずに死ぬだろう。

もちろん、死んでやるつもりは毛頭もなかった。

 

宝具という恐怖の具現化に、俺は一瞬でも目を逸らさずに動きを観察する。

左手の甲に魔力を集中させて、発動すべきタイミングを見計らった。

 

そう、思い浮かべるのは――撃鉄を起こすイメージ。

 

一筋の矢となったライダーが、俺を確実に殺すために迫ってくる。

……まだ早い。暴発は絶対の死を招く。

タイミングは、コンマ一秒早くても遅くてもいけない。

ここで焦れば、ただの無駄死にだ。だから、待つ。

死にたくなければ、全神経をライダーにだけ集中させろ――!

 

「今だ!!」

 

そして、イメージの引き金を引いた。

 

『文! ライダーを撃て――!!』

 

サーヴァントの絶対命令権である令呪。

左手の甲に刻まれた、三画のうち最初の一画が消えた。

 

 

 

 

少女が天を仰ぐと、そこには星空が広がっていた。

とある星座の中核に並ぶ三つ星。確か名前は、トライスター。

文からすれば、住吉三神という名が馴染み深い。

その星座の正体は、言わずと知れたオリオン座。

ヘーシオドスの叙事詩によれば、弓を扱う狩人としてオリオンは知られていた。

 

「ふう」

 

ここが外の世界であっても、幻想郷と変わらない夜空を確認できた。

今も幻想郷の誰かが同じ星空を見ているかもしれない。

幻想郷に住む人間や妖怪は、暇人ばかり。

それでも情緒を大切にしているので、その可能性は十分にあった。

 

(……もっとも、ここが本当に幻想郷の外だったらだけど)

 

足下には、海のように一面に広がる雲――。

高層雲、または朧雲と言って、高度二千メートル以上の高さに浮かぶ雲。

地上にいる衛宮士郎が空を見上げれば、この雲が全天を覆っているだろう。

 

「だけど、それは私たちにとって絶好のチャンス」

 

 

衛宮士郎が立てた作戦。

それは作戦と呼ぶのには、あまりにお粗末で、無謀過ぎるものだった。

特に、ライダーのマスターである間桐慎二の不安定な性格を作戦に組み込む必要があり、不確定要素が多い。

 

その作戦の内容はこうだ。

公園にいる士郎が囮となって、慎二たちをおびき寄せる。

その後、所定の場所までライダーを誘い込む。

そして、サーヴァントでも気配が探知できない超高々度にいる文が、ライダーを狙撃するというもの――。

 

言うは易く行うは難し。

まず、文が見つかった時点でこの作戦は失敗だ。

遥か上空にいても、サーヴァントの視力は人間のそれとは比べものにならない。

それは、この空を覆い隠す雲はいい隠れ蓑になってくれた。つまり、運に助けられている。

 

そもそもとして、士郎がライダーに有無言わさずに殺される可能性もある。

間桐慎二が衛宮士郎をいたぶらないで殺そうとしたら、それでも失敗だ。

危なくなったら令呪で呼ぶと言っていたが、士郎はあの通りの強情な性格だ。それも怪しかった。

 

「…………」

 

衛宮士郎は、面白い人間だと思う。

夢で見た彼の掲げる理想は、彼女にとって理解不能であり、とてもつまらないものだった。

それでも自分の夢や理想に向かって、悩み苦しむ人間を見るのは嫌いじゃない。

大いに悩み、大いに涙しろ。

結果が伴うかどうかは二の次だ。夢に向かって奔走しろ、男の子。

 

そんな理想の影響からなのか、衛宮士郎は妙に強情で妙に情に脆い。

彼が幻想郷にいたら、遠慮をしない連中にいいように使われる姿が目に浮かんでしまう。

 

「ふふ」

 

文は茶色のマフラーで綻んだ口を、少し照れくさそうに隠した。

 

このマフラーもまた士郎から、文の首に巻かされたものだった。

空は地上よりもずっと寒いからと、無理やりに。

自分は妖怪だから寒さはさほど問題はないと主張したが。

『そんなのは関係ない。文は女の子なんだから体を冷やしちゃ駄目だ』と言われてしまった。

彼は本当に強情で強引だった。でも本気で心配しているのは伝わってきた。

 

(相手によっては、ころっとやられちゃうんじゃないかしら。……ゆくゆくは天然のたらしね)

 

そんなことを文は痛烈に思う。

 

「さてと……」

 

考えを切り替えて、文は一枚のスペルカードを取り出した。

そして誰もいない空の上で宣言をする。

 

『――風符「天狗道の開風」』

 

相手がいないのに、スペルカード宣言もおかしな話だが、射命丸文にはもう習慣になっていた。

このカード自体には、何の魔力も霊力も込められていない。

言ってしまえば、ただの紙切れだ。

単にスペルカードとは『これからこういう攻撃をします』という意思表示に過ぎない。

 

ある妖怪により考案されたスペルカードルールは、幻想郷での揉め事を解決するための手段である。

主に力のない人間が妖怪と対等に戦うために用いられており、それが妖怪の間でも爆発的に普及した。

『吸血鬼異変』という吸血鬼と妖怪の間に起こった戦争が事の発端なのだが、それは余談であろう。

 

薄灰色の雲に覆われているため、鷹の目を持つ文でも地上の様子を確認することはできない。

千里眼を持つ白狼天狗の力があれば可能だろうが、それは無い物ねだりだ。

 

文の今いる真下が着弾地点として、事前に士郎と打ち合わせをしてある。

そこは、公園の中心部。

思った以上に閑散とした場所で、誰かに目撃される可能性も低い。

発射のタイミングは、令呪。

士郎がこの真下までライダーを誘い込み、トリガーとして令呪を使う。

最初は、士郎を発射地点に待機させる予定だったが、それは不自然で余計な警戒を買いかねない。

士郎自らが、ライダーをここまで誘い込むと言った。

ならばサーヴァントして、マスターの覚悟を汲んでやろうじゃないか。

 

文はありったけの魔力を葉団扇にチャージして、その令呪の合図をいまかいまかと待つ。

長い間、大きな魔力を滾らせていると暴発しかねないが、そこは文のセンスと経験で調整する。

 

「――――!!」

 

――瞬間、文の魔力が令呪によって、急激にブーストされるのを感じた。

令呪による命令は、内容が曖昧だと効果が稀薄化してしまう。

だが、その逆に『魔力を放つ』という単純な命令であれば、効果は抜群に強化される。

 

葉団扇に、魔力を伴った巨大な暴風が渦巻いた。

並大抵の精神では抗えない、強制力が文の意識に働く。

 

「なるほど……! これが令呪の力……!」

 

文は令呪による強制力のままに、荒ぶる暴風を着弾地点に向かって解放した。

 

烈風が奔る――。

幾層にも重なる雲海に大穴を開け、荒れ狂う風が天より堕ちた。

 

 

「これは……?」

 

冬木の空を天馬で駆けるライダーは、自身の遥か上空から強大な魔力を感じ取った。

だが、時速五百キロという速度で駆ける『騎英の手綱』に命中するはずはない。

ライダーは、そう確信していた。

 

しかし、たかだか五百キロの速度。

その程度で、幻想郷最速の烈風から逃げられるはずもなく。

 

「……!?」

 

ライダーがその事実に気づいたのは――自身の身を砕く天狗の風が命中した時だった。

 

 

 

 

ライダーは天馬ごと、公園の地面に計り知れない力で押しつぶされた。

墜落した後も風の勢いは弱まらずに、ライダーと天馬だけではなく、地表さえも風の刃で削っていった。

公園の土とライダーたちの血肉の混じったものが、着弾地点の周辺へ飛び散っていく。

目には見えない巨大なミキサーにより、ライダーの肉体が攪拌されているようにも見えた。

 

「くっ……!」

 

俺にとってライダーは、学園の仲間を殺した仇敵だ。

それでも、今のライダーはとても見ていられるものじゃなかった。

 

 

風の刃は時間が経つと、次第に勢いを弱めて大気へと拡散するように消失。

着弾地点には、クレーターのような巨大な窪地ができていた。

 

その中心には、ライダーと天馬がいた。

天馬の頭部は挽肉になっており、残った胴体はビクビクと痙攣を繰り返している。

最後に、ボロボロの両翼を何度か羽ばたかせると、砂のように天馬の姿は霧散していった。

 

天馬に庇われるように倒れていたライダーは俯せたまま、ピクリとも動かない。

 

「……ライダー! ライダー!? おいおいおい! どうした!? 何があった!? ……ま、まさか死んだんじゃないよな!?」

 

慎二がライダーに向かって、喚き散らした。

 

「クソ! 本当に死んだのかよ! 何だって僕が……クソクソクソ! ふざけるなよ! おい!!」

 

感情を抑えきれない慎二は、聞くに堪えない罵詈雑言を倒れているライダーにぶつける。

口角泡を飛ばすといった有様で、もはや見るに堪えなかった。

 

「――シンジ、少し黙ってください」

 

慎二の罵声によるものかは不明だが、ライダーが起き上がった。

彼女は、ダメージを感じさせない口調だったが、右腕の肩から先が千切れかかっていた。

皮一枚で繋がった腕が、プラプラと頼りなく揺れている。指の数も明らかに足りない。

それだけではなく。

全身を鋭利な刃物で切り刻まれたような姿で、立っていられるのが不思議なぐらいだった。

 

「……ら、ライダー!! 生きているなら衛宮を今すぐ殺せ! 殺すんだ!!」

 

ライダーが左右に首を振る。

 

「シンジ、今は退却すべきです。この傷では、サーヴァントとの戦闘は不可能です。それに宝具を――ペガサスを失ってしまった。ここは退却して、一度体勢を立て直しましょう」

 

ライダーの言葉のすべてが気に入らないのか、慎二がワナワナと震えだした。

 

「ふ……ふざけるな!! 今ここで! 衛宮を殺せば! あいつのサーヴァントも消滅するんだよ! おまえはそれすらもわからない馬鹿なのか!? やれといっているんだ!! 僕の命令が聞けないのか!?」

「ですが……」

 

慎二は、手に持った魔導書を開く。

そして今までの激情が嘘のような、白けた表情を作った。

 

「もういい――『ライダー、衛宮を殺せ』」

 

慎二の令呪が発動した。

 

「――――」

 

その強制力によって、ライダーが自らの意志とは無関係に、俺に向かって走り出した。

ライダーは、瀕死に近い状態だ。動きに今までのキレがない。

それでも、サーヴァントである以上、人間を遥かに凌駕する力を持っている。

対抗できるような相手ではなかった。

それに、俺は上体を起こすのがやっとで、ここから立ち上がれないほど疲弊している。

回避は不可能だ。

痛みや恐怖すら感じる暇すらなく、ライダーによって殺されるだろう。

 

最短距離で疾走したライダーが俺の前に現れた。

そうして、左手に持った短剣を振り下ろす。

短剣の切っ先が、俺の頭部を貫く直前――。

 

「…………か、は」

 

ライダーの動きが不自然に止まった。

あまりに一瞬で、ライダーも自身に何か起きたのか理解できないようだった。

令呪の強制力によって縛られていたライダーの身体が、崩れるように脱力する。

それと同時に、口から大量の鮮血がこぼれた。

誰も彼もが理解できないのか、俺と慎二はただ茫然とするだけだった。

 

そして、もっとも異質だったのは――。

ライダーの胸から、血に染まった腕が生えていたことだろう。

 

 

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