文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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22.大妖怪のあとしまつ 前

 

 

 

胸を貫かれたライダーは、もはや死に体だった。

ライダーは、自分を倒した相手を確認するため、胸を貫く腕を見る。

 

「こ、れは……?」

 

その腕は、確実にライダーの霊核を破壊していた。

霊核とは、サーヴァントの核になる部分であり、絶対的な急所だ。

ここを破壊されて、生き残れるサーヴァントはいない。

つまり、これからライダーを待っているのは、確実な死だった。

 

「――逃走を図るのなら見逃す予定でしたが、士郎さんを殺すのなら別です」

 

ライダーを殺した腕の持ち主。

それは俺の良く知る、天狗の少女のものだった。

見た目からは想像できない人外の膂力によって、ライダーの胸を貫いた。

おそらく、ライダーをスペルカードで狙撃した後、俺たちの動向を上空から観察していたのだろう。

 

自らの死を悟ったライダーは、正面の俺を見ていなかった。

しかし、胸を貫いている腕がある以上、物理的には振り向けない。

前を向きながらも、後ろにいる少女に対して自嘲めいた笑みを浮かべた。

 

「は……冗談を」

「いえいえ、本当ですよ。私は聖杯戦争に大した興味はありませんし、可能な限り第三者に徹するつもりでした。ましてや、傍観者たる私がサーヴァントを倒すなんてとんだ想定外です。これでは記事のタイトルが『聖杯戦争体験レポート』になってしまいます」

 

天狗の少女が、ライダーの身体から腕を躊躇なく引き抜く。

人体の千切れる、ブチブチという嫌な音が俺の鼓膜を震わせた。

 

「かはッ……!」

「それに私は、自分の力を見せびらかすのが好きではありません」

 

ライダーは、血を吐き出して俺の顔を赤く濡らした。

そして最後まで残っていた糸が、プツンと切れたように膝をつく。

一見すると正座のような姿勢だったが、ライダーの残された左腕も力なく垂れた。

もう彼女には、己の武器を握る力さえも残されていない。

 

「う、あ……」

 

俺と慎二は、サーヴァント二体が放つ形容しがたい重圧に動けずにいた。

 

「……まさか、あんな馬鹿げた手で来るとは思いませんでした……」

 

死にきれなかったライダーが、残された力で言葉を漏らす。

肺も完全に潰されているのか、喋る度にコポコポと不自然な音が鳴る。

 

「ええ、確かに酷い作戦でした。士郎さんも手酷くやられちゃいましたし、真正面からぶつかった方がよかったかもしれませんね」

「フフ……私に正面から勝つつもりですか? 笑わせてくれますね……」

 

ライダーからの思わぬ口撃に、文が少しだけ眉を顰める。

 

「……今更証明はできませんが、昨日のような狭い廊下ではなく、広い空間でこそ私の本領は発揮できます。こんな不意打ちで得た勝利はやはりというか、気持ちの良いものではありませんし」

 

戦いを終えた二体のサーヴァントが自然と話していた。

彼女たちには、俺たち人間とは違う世界が見えているのだろうか。

 

「……あなたは、アーチャーだったんですね。戦っていた相手のクラスを知らずにいたのは、いささか甘く見すぎていましたね……」

「アーチャー……? そうなんですか? あー、教会でもそんなことを言われた気が」

 

顔に浴びた返り血を、ハンカチで拭いていた文が意外そうに反応する。

あれだけの血の量だ。小さなハンカチでは焼け石に水でしかない。

 

「……自分のクラスを知らないサーヴァントなんて、聞いたことがありません。あんな攻撃が許されるクラスはアーチャーだけ、です……」

 

ライダーが再び血を吐き出した。消滅の時が迫っている。

 

「が、は。……最期に、私のマスターに『申し訳ありませんでした』と伝えてくれますか?」

「はい、それは構いませんけど……ですが、ライダーさん、あなたは足掻かないのですか? このまま大人しく消えるよりも、多少は暴れたくありません?」

 

は――なんだ、それ……?

俺には、射命丸文が何を言っているのかわからない。

どうやっても、ここからの形勢逆転は不可能だ。

万が一に文を倒せたとしても、その直後にライダーは消滅する。

文もライダーもそれはわかっているはず。なのになぜ……?

 

「フフ……。それでは、反英霊らしく最後まで足掻いてみせましょう、アーチャー」

「はい、どうぞ。どこからでも掛かってきなさい、メドゥーサ」

 

ライダーは、もう身体を構成するエーテル体が分解されている。

つまり、消滅する直前だった。

それでもライダーは左手で、短剣を掴む。

灯滅せんとして光を増す。ロウソクが燃え尽きる一瞬の力が、ライダーを動かしていた。

振り向きざまに、短剣で文を殺そうと攻撃した。

 

「――――――」

 

しかしそれは叶わない。

短剣が届くよりも先に、文はライダーの首を葉団扇で刎ね飛ばした。

 

奇しくもそれは、神話におけるメドゥーサの最期と同じ。

古代ギリシアの伝承。

アテナとヘルメスの助力を得た英雄ペルセウス。

彼は鏡の盾で石化の力を防ぎ、曲がった刀を使って、メドゥーサの首を落とした。

そうして、メドゥーサの首より溢れた血から、ペガサスが生まれたという。

 

ライダーは消滅した。

 

 

 

 

慎二は、その光景を震えながら見ていた。

全身をライダーの血で染めた、一人の少女を恐れていた。

それは、古来より刻まれし人間の本能。即ち、人は妖怪を恐れるのだ。

 

間桐慎二は、恐怖の虜だった。

 

「ひぃぃぃ!!」

 

慎二の持っていた魔導書が燃え上がる。

今さら間抜けな話だが、あの魔導書がライダーを制御していたのだ。

魔導書の消失と同時に、慎二が俺たちに背を向けて走り出す。

 

大した怪我もないはずなのに、慎二は何度も何度も転びそうになる。

それも当然だった。

人であるならば、この少女に恐れを感じないはずがない。

味方であるはずの俺も、射命丸文の存在に恐怖を覚えていた。

 

「慎二……!」

 

俺は慎二を追おうと起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。

ライダーに負わされたダメージだけではなく、精神的な疲弊も一因だろうか。

 

「ああ! 士郎さん、酷い怪我です! あなたはここにいてください!」

 

ライダーの返り血を浴びた烏天狗の少女。

そこにいたのは……いつもの射命丸文だった。

その軽快な態度が、あまりにもいつも通りすぎて、頭が混乱しそうになる。

 

「……あの人間のことは任せてください。この私が、懲らしめてあげますよ」

 

次の瞬間には、いつもの文が消えてしまう。

血に塗れた顔に相応しい、嗜虐的な表情を浮かべている。わけがわからなかった。

かぶりを振って、思考を切り替える。今は慎二のほうが重要だ。

 

「あいつとの決着は俺が付けなきゃならない。死んでしまった人たちのためにも」

 

そんなのは、俺の利己的な感情に過ぎないかもしれない。

それでも、法によって裁けない慎二を、己の罪と向き合わせなきゃならない。

 

「今のあなたでは無理です。……少し休んでいてください。救急車を公衆電話で呼びますので」

 

再び、いつもの文に戻った。

彼女の口から聞き慣れない単語が幾つか出たが、今は感心している場合じゃない。

立てない以上、這ってでも慎二を追おうとしたが、文が俺の身体を掴んで、まったく身動きが取れない。

 

「文! 放してくれ!」

 

少女は、俺の必死の懇願を当然のように無視する。

そもそも、彼女には俺の言葉なんて少しも聞こえていない。

 

「うーん、困りましたね。これはどう見ても堅気の人間に見せていい怪我でもないですし」

 

文の手から逃れようと藻掻き続ける俺を、容易く拘束する。

 

「教会に連れて行こうかな。でもあの神父、あからさまに胡散くさい。あーもう、仕方がありません。……士郎さん、ごめんなさい。――とう!」

 

少女から放たれたボディブローによって、俺は一瞬で意識を刈り取られた。

 

 

 

 

次に目を開けた時、そこには見知った天井があった。

どうやら俺は、自室で寝かされているようだった。

血と泥で汚れた服は脱がされており、清潔なものと交換されている。

 

「いっつ……!」

 

それに、体中が包帯だらけだ。

ライダーから受けた傷の処置も適切に済まされていた。

枕元には、俺の身体を拭いたと思われる水桶とタオルがある。

 

「……まさか」

 

布団をまくって自分の下半身を見る。トランクスが今朝履いたものと違っていた。

……これについては、気づかなかったことにしよう。

 

少しでも身じろぎすると、体の至るところから激痛が走る。

それでも、歩く分には問題ないはず。

警告のように休息を求める身体の痛みを無視して、居間へと向かった。

 

 

「そうだ。俺は、慎二を……」

 

ようやく、頭がはっきりとしてきた。

文がライダーを倒して、マスターである慎二を追おうとしていたはず。

文から拘束されて……その後の記憶はない。

時計を見ると、夜の11時になろうとしていた。あれからかなりの時間が経過している。

 

「そういえば、文はどこだ……?」

 

文の姿がどこにも見当たらない。

部屋にも行ってみたが、照明もついておらず、もぬけの殻だった。

居間に戻り、食卓の上に書き置きがあるのに気づく。

 

『安静にして寝てください。――射命丸文』

 

ちょっと丸っこくて、意外と可愛らしい文字だった。

書き置きの紙を裏返してみるが、書かれていたのはこの一行だけ。

状況的に気絶した俺を家に運んで、傷の手当てをしてくれたのも彼女だろう。

 

一行の文字に込められた様々な気遣いに感謝し、そして謝った。

俺は、慎二に会わなきゃならない。

あんなことがあっても、あいつは俺の親友なんだ。だから俺の手で決着を付けなくてはならない。

 

激痛が走る傷を無視して、新しい服に着替える。

俺は、重い身体を引きずりながら、再び冬木の夜に飛び出した。

 

 

 

 

衛宮士郎の手当てをした烏天狗の少女は、冬木の上空から間桐慎二の捜索をしていた。

念のために自宅である間桐邸に行ってみたが、やはりそこには慎二の姿はなかった。

魔術師のホームであっても、慎二自身は何の力もない人間だ。

サーヴァント相手に、どうこうできるものではない。自宅に戻るのは自殺行為だ。

 

だが、聖杯戦争の管理者たる教会に駆け込まれると少し困った事態になる。

なので、自宅の次に教会へ向かったが、そこにもいないようだった。

どこに行ったものかと、スタート地点である冬木中央公園に戻ろうとした矢先だった。

 

「おっと」

 

射命丸文は、公園からそう遠くない住宅地の一角で、間桐慎二を発見した。

あれから時間も経過していたが、事実は灯台下暗しだったようだ。

夢遊病患者のようにふらふらと歩いており、ちゃんと意識があるかも怪しい。

 

 

「ええと、慎二さんでしたか? いえーい、こんばんはー」

 

地面には着地せず、頭上から話しかける。

慎二が驚きのあまりに尻餅をついた。

 

「う、わわあああああ!!」

(良かった……! まだ正常な判断ができるみたい……!)

 

そう思いながら、文はこうも感じていた。『ああ、なんて素敵な反応をしてくれるのだろう』と。

今日日、妖怪に驚いてくれる人間なんて幻想郷では皆無に近い。

こんな久しく見ない反応に、天狗の少女は感動のあまり涙が出そうになった。

 

このまま空中から、恐怖のどん底へ落とそうと思ったが、スカートの中を見られたら堪らない。

今の射命丸文は、妖怪としての側面が色濃く出ている。

だからと言って、少女としての最低限のプライドを捨ててはいけない。

彼女は一度だけ空中で身を翻すと、慎二の側に着地した。

 

もっとも、慎二は尻餅をついており、上から見下ろす形なのは変わらなかったが。

 

「こんばんはー。良い夜ですねー」

 

あくまでフレンドリーに文は話しかける。

 

「な……何しに来たんだ!? 僕はもう聖杯戦争の脱落者なんだぞ!!」

 

慎二は腰が抜けてしまい、起き上がるに起き上がれない。

腕と足を使って、ほんの少しの距離を後ずさるだけだった。

 

「あはははははは。――そんなの、関係ありませんよ」

 

間桐慎二が、後ずさりで離れた距離は一歩分でしかない。

烏天狗の少女は、その一歩を容易く縮めてみせると、慎二の目の前で身を屈めた。

長い一本下駄のおかげで、まだ見下ろす形からは崩れていない。

互いの息がかかる距離だった。文は慎二の恐怖に歪んだ顔を覗き込む。

 

「……ぼ、僕を殺しにきたのか?!」

「はい、そうです」

 

それが決定事項であるように、文はあっけらかんと答えた。

文は、士郎に対して『ライダーのマスターを懲らしめる』と約束していた。

少なくとも、文はそう思い込んでいた。

良好な関係を作るには、お互いに助け合い、約束を違えなければいい。それだけのことだと。

 

「私は妖怪なので、なぶり殺してから喰らいます。――いえ、喰らいながら殺す方がいいかもしれませんね」

 

少女の目が、赤く光る。

それは何かの比喩表現ではなく、事実として光っていた。

久しぶりのニンゲンのエモノに対して、烏天狗の目が爛々と輝く。

 

「ねえねえ、慎二さん慎二さん。どちらがいいですか? せめて自分の死に方ぐらいは自分で選びましょう?」

 

慎二の目が恐怖に濁る。ズボンは随分前に濡らしていた。

 

「…………あ、あああ……!」

「そんなに怖がることはないですよ。ほらほら、あなたのサーヴァントと同じです。彼女は結界の力で、人間を溶かして肉体と魂を喰らってたじゃないですか。あんなふうにじわじわと溶かされるより、よっぽどマシですよ?」

 

文は、慎二の顔が伏せられないよう、妙な癖のある髪を掴み上げた。

 

「もっとも、私は彼女と違って――そこまでお上品ではないのだけど」

「ひっ! ……やめろやめろやめろおぉぉぉぉぉ――!!」

 

悲痛な叫びを無視して……文は慎二の耳に、ふっと冷たい息を吹きかける。

それは恐怖だけではなく、得も言われぬ快感を慎二の背中にゾクゾクと走らせた。

 

「それじゃ、いただきまーす」

 

猛禽類のように、闇夜に光る赤の双眸――。

それを最後にして、間桐慎二の意識は途絶えた。

 

 

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