文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

23 / 73
23.大妖怪のあとしまつ 中

 

 

――コンコン。

 

あり得ない話だが、二階にある私の部屋の窓を誰かがノックしていた。

その不可解に少し躊躇したけど、もうどうでもよかった。

思い切って窓を開けると、冬夜の冷たい風が私を襲う。

 

「こんばんは。清く正しい射命丸です。……んしょっと、お邪魔しますね」

 

そこには何者かを背負った射命丸さんがいた。

こちらが返事をするより先に、開いた窓から遠慮なく侵入する。

 

「に、兄さん!?」

 

彼女が背負っていた人物は、間桐慎二――私の兄さんだった。

射命丸さんは、気絶している兄さんを下ろすと、私のベッドの上に横たわらせた。

昨日先輩に殴られた顔の傷以外に、目立った外傷はない。少しだけ安心する。

……少しおしっこの臭いがしたのは、気になったけど。

 

「重さは苦じゃないですが、体格が違う相手をおんぶするのは少々骨ですね」

 

彼女は兄さんが眠るベッドの端に座ると、物珍しそうに私の部屋を見渡した。

 

「洋室というのはあまり縁がないんですけど、これもお洒落でいいかもしれません。士郎さんに言って、部屋を変えてもらおうかしら」

 

そんなどうでもいいことを言うために、彼女は私の部屋に来たわけじゃないだろう。

もちろん、兄さんを家まで送り届けに来たわけでもないはず。

そうなると、考えられるのは一つだけだった。

 

「射命丸さん、あなたは私を殺しに来たんですか?」

「――――ふ、ふふ」

 

私の発言に、少女が堪え切れないようにケラケラと笑った。

……何がそんなにおかしいのか。また私の、私という存在を笑っているのか。

 

「何がそんなにおかしいんですか? また私を馬鹿にしてるんですか……?」

 

頭で考えていた言葉を咀嚼せずに、そのまま口から出てしまった。

随分と私らしくなかったけど、この人が相手ならそれでいいと思う。

 

「ああ、ごめんなさい。兄妹で同じ台詞を言っているのが、少しおかしくて……」

「…………」

 

初めて聞く、彼女からの謝罪の言葉。

そんなどうでもいいことで、謝ってほしくなかったな……。

 

それにどうやら、兄さんは彼女を見て喚いていたようだ。

戸籍上ではどうか知らないけど、私は彼を兄とは思っていない。

だから今の発言には、ちょっとだけ傷ついた。

なんにしても、私たち兄妹にとって、彼女は死神と変わらない存在だった。

 

射命丸さんは、ようやく落ち着いてくれたのか、少しだけ真剣な顔を作った。

それでも、人を見下したような表情は相変わらずだったけど。

先輩は、よくこんな化物と一緒の空間にいられるなと思う。

私は近くにいるだけで、恐怖以前に虫唾が走った。

 

「違いますよ。そんなことは目的ではありません」

 

『そんなこと』――つまり私を殺しに来たわけではないと言う。

相変わらず、カチンとくる物言いだったけど、それも含めてどうでもよかった。

 

「だったら、何をしにこんなところまで来たんですか?」

「ええ。実はですね、桜さん。あなたに確認したいことが幾つかありまして――」

 

射命丸さんは、どこからか赤い手帳と万年筆を取り出した。

そういえば……この化物は新聞記者であると自称していたな。

 

「わかりました。なんでもお答えします」

 

少女に気圧されたわけではないけど、なんでも答えるという言葉に噓偽りはなかった。

今の私は、自暴自棄になりかけている。いや、もう既になっていた。

なぜなら、私は――。

 

「快諾していただいて、ありがとうございます」

 

ふざけたことに、化物が私に向かって頭を下げた。

この女は、私を苛立たせるためだけに存在しているのかと錯覚してしまう。

 

「ではまず初めに……。ライダーさんのマスターは桜さんだと思ってましたが、マスターとして出てきたのは、お兄さんである慎二さんでした。これはどういうカラクリですか?」

「私が召喚したライダーを兄さんに令呪ごと譲渡しました」

「ふむ……」

 

ぱらぱらと手帳をめくっていた。

どうやら、これまで得た情報と齟齬がないか確認しているらしい。

 

「譲渡……といいますと? 令呪は他人に譲れないと聞きましたが」

「それは聖杯戦争の御三家で、令呪を作ったマキリの裏技みたいなものです」

「ふむふむ。なるほど、わかりました。……それが慎二さんの持っていた魔導書の正体だったと」

 

『これ以上の詳細を聞く必要はなさそうね』

彼女は、そう独り言ちて手帳に筆を走らせていた。

 

 

その後も、インタビュー形式で射命丸さんの質問を幾つか答えた。

一匹の妖怪ではなく、一人の記者として接してくる彼女は思いの外、真摯でひたむきな態度だった。

だけど私は、彼女を視界に入れるのも嫌だったので、早く帰ってほしいと思った。

 

「では、これが最後の質問です。桜さん、あなたが昨日、遠坂凛さんを足止めしたのですか?」

「…………」

 

ああ――なんてことだろう。

彼女はもう、醜悪な私の正体に気づいていたのか。

今日の本当の目的は、その裏を取りに来たのだ。

そしてこれは同時に、彼女と私しか知り得ない事実になる。

 

「――はい。私がやりました」

 

もう、開き直るしかなかった。でなければ、罪悪感で今すぐに潰されそうだったからだ。

彼女も仮説の域からは出てないのだろう。今はまだ手帳に何も書き込まない。

 

「私が遠坂先輩の家に行って、学園を休ませました。間桐と遠坂は、不干渉が鉄則です。あの時の私はどうかしていたかもしれません」

 

そして私は、昨日の顛末を語る。

 

 

 

 

遠坂先輩と私は、リビングのテーブルを挟んで座っていた。

間桐の人間である私が、遠坂の家を訪問する。

そんな本来であれば、あり得ない事態に彼女は心底驚いただろう。

 

向かい合うだけでお互いに無言のまま、かなりの時間が経過している。

遠坂先輩は紅茶に口を付けつつも、複雑な表情で私を見ていた。

私は俯いて、手つかずの紅茶を眺めているだけ。

淹れてもらった時には香っていた上品な匂いは、もうとっくに飛んでいた。

 

「…………」

 

遠坂先輩のサーヴァントは、私服姿ではあったが、あからさまに私を警戒していた。

私たちの本当の関係を知らされてなければ、それも当然の反応だ。

彼女は、まさに主を守る騎士という装いで、マスターである遠坂先輩の傍に控えている。

 

「で、桜は遠坂と間桐の盟約まで無視してなんでうちまで来たの? ま、どうせ聖杯戦争絡みなんでしょうけど」

 

長く続く無言の空気を焦れったく感じたのか、遠坂先輩が先手を打った。

部屋にあったアンティーク時計を見ると……もう昼を過ぎている。

……そろそろ頃合いですかね。

 

「……兄さんに口止めされています」

 

これまで以上に沈んだ表情を作って、私は膝の上の手を固く握った。

そんな煮え切らない態度の私に苛立ちを隠せなくなったのか、遠坂先輩が立ち上がる。

 

「――じれったいわね。じゃああなたはなんでここに来たの?」

「それは……」

「そうやって、俯いているためじゃないでしょ?」

 

そう、俯いている場合じゃない。だけどまだ――演技は必要でしょう?

 

「何か言いたいことがあったから、私のところに来たんでしょ、桜」

 

私は冷めた紅茶を見ながら、ぼそぼそと話す。

 

「学園の――しています」

「そんな声じゃ聞こえない。前を……いえ、私を見てはっきりと言いなさい!」

 

そんな『姉』らしい言葉に、私は今日初めて姉さんの目を見た。

 

「兄さんが学園に張った結界を近いうちに発動しようとしています! 兄さんを止めてください!」

 

ああ、ついに言っちゃった。

想定外の発言に姉さんが目を大きく開いて驚いてたけど、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

「なんてこと……。慎二が、あのサーヴァントのマスターだったのね」

 

誰だって、兄さんがマスターだと思わないだろう。

だって、彼は魔術師でも何でもない、ただの人でしかないのだから。

 

「セイバー! すぐに学園に行くわよ!」

「はい――!」

 

姉さんは、制服の上から赤いコートを着ると駆けだした。

彼女には、セイバーがいる。ものの数分で学園に着けるだろう。

だけど、大丈夫。

ライダーは、あのサーヴァントを殺してくれると約束してくれていた。

約束した時間は、もう過ぎている。

 

「桜、言いにくいことをよく言ってくれたわ。また機会を作って、二人で紅茶を飲みましょう」

 

最後に姉さんは、振り返らずに私にそう言ってくれた。

これで、最良のサーヴァントであるセイバーが、兄さんを止めてくれるだろう。

この時間であれば、不完全な『鮮血神殿』では誰も死にはしない。

学園の人たちに苦しい思いをさせてしまうのは心が痛むが、あの時の私の心はもっと痛かった。

だから、心の中で深く反省すれば、みんなも許してくれるはずだ。

先輩のサーヴァントである、射命丸文という化物だけが死んでくれればいい。

 

「あはは――」

 

意識しなくても、笑みがこぼれてしまう。

その歪んだ口元を慌てて手で押さえて、なんとか元の形に戻した。

 

先輩はもとより、姉さんも私のことを疑わないはずだ。

姉さんは、誰よりも頭がいい。

だから一度そうだと思い込んでしまったら、その考えを変えたりはしない。

私の身の潔白は、姉さんの思いこみが証明してくれる。

 

でも、兄さんもあそこまで扱いやすいとは思わなかったなあ。

私が先輩のサーヴァントの情報を流すと嬉々として踊ってくれた。馬鹿な人だ。

兄さんなんかに先輩が倒せるはずないし、死ぬのはあの化物だけ。

 

ああ……これで、先輩との日常が戻る……はずだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。