文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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24.大妖怪のあとしまつ 後

 

 

私の顛末を聞いた射命丸さんが、筆を一旦止めた。

 

「はあ、つまり……私を殺すために一芝居打ったと?」

「はい」

「では、昨日の被害者の方々はあなたが殺したようなものですね?」

「……はい」

 

ライダーは、学園の人たちを巻き込んで殺してしまった。

私はサーヴァントに対して、あまりに理解が浅かった。

特にライダーは反英霊という存在であり、無関係な人々を巻き込むのにさして抵抗がない。

私が彼女に頼んだのは、特定の時間までに先輩のサーヴァントを殺してもらうこと。

結局それも果たされず、無辜の人々だけ殺してしまった。

 

私のお粗末な企みは、あっけなく瓦解。

熱に浮かされていた私の頭は、すっかり冷え切ってしまっていた。

 

「あんなことになるなんて思わなかった!」と叫び出したい。

だけど、サーヴァント同士の戦闘に死者がでないなんて、どれだけ幸せな頭をしていたのか。

私の頭は、射命丸さんに対する憎悪と焦りでどうにかなっていた。

 

ああ――あの時、ライダーにたった一言だけ。

「他の誰も巻き込まないで」と伝えておけば、悲劇は防げたかもしれない。

彼女だったら、兄さんの命令を無視してでも、私の言葉を守ってくれただろう。

でもそうしなかったのは、まぎれもなく私だった。

事件の詳細を聞いてから、そんな後悔ばかりが私の胸中を占めている。

 

それから一夜明けて、私の心は完全に折れてしまった。

だからもう、何もかもどうでもよかった。

 

「兄さんに結界を発動するように仕向けたのも私です。責任は私にあります」

 

そう考えたら、兄さんも私の被害者なのかもしれない。

結局のところ、引き金を引くように促したのは、私なのだから。

 

 

己の罪を、目の前の化物にすべて告白した。

そう懺悔を終えたところで、私の胸が軽くなるわけもなく、自らの償えない罪を改めただけ。

私はもう、恐怖と殺意の対象だった彼女にすら、大きな感情が湧かずにいる。

 

「わかりました。質問に答えていただきありがとうございます」

 

彼女は手帳を静かに閉じた。もう質問は終わったのだろうか。

それなら、私のやるべきことはもう何もない。後はもう。

 

「それで、つかぬことを伺いますが。……桜さん、あなた死ぬ気ですか?」

 

確信とも言える言葉に、冷え切った私の心臓がドクンと跳ねた。

 

「……どうしてそう思いますか?」

「私から色々と訊いておいてなんですけど、こうしてぺらぺら話してくれるのが怪しい」

 

私は、自らの罪を自白してるようなものだった。

罪から逃げる気であるのなら、沈黙を貫くか、嘘の証言をするだろう。

 

「そして、あなたのその目。絶望と後悔に満ちています。私に対する憎悪だけではなく、恐怖も麻痺していますね」

 

言われてみれば、今の彼女は少しも怖くなかった。

ただ、憎しみだけはまだあったので、思いっきり顔を引っ叩きたい気持ちは残っている。

 

「恐怖の根源は、死を恐れる生物の本能。それを感じずにいるのは死んでも構わない証拠でしょう」

 

この化物は本当に、ずかずかと他人の心に土足で上がり込む。

 

「ふふ……人間ではないあなたは私の心が手に取るようにわかるんですね。先輩は最後まで、私の気持ちに気づいてくれませんでしたけど」

 

もう、この化物と先輩が付き合っていないのはわかる。

衛宮士郎と射命丸文の二名は、マスターとサーヴァントとしての関係でしかない。

だったら、私の企みは本当になんだったのか。鬱憤を晴らそうとするだけで、何の意味もなかった。

もっとも、私の初恋は、もうとっくに終わってしまったわけだけど。

取り返しのつかない罪人である私を、正義の味方を目指す先輩が許してくれるはずがない。

 

「あ、はは……」

 

不謹慎ではあったけど、つい笑ってしまう。

これから死のうというのに、自虐的な性格だけはついに変わらなかったから。

もしかしたら、その自虐心が高じて、最期は自分だって殺してしまうのかもしれない。

 

「うーん。でも死のうとするまでの気持ちは、まったくわかりませんね」

 

腕を組んで、ヒトよりも聡明な頭を悩ませた。

彼女には、私が死に至ろうとする理屈は考察できても、気持ちだけは心底理解できないようだった。

そのあんまり過ぎる態度に、私はかつてない苛立ちを覚える。

 

「それは! あなたが強いからでしょう!」

 

それは何も、肉体だけの話ではない。

この少女の精神は、人間のソレからは完全に逸脱している。

私を絶望のどん底まで突き落としても、こうして取材に来れる精神は、まるで理解できない。

罪悪感を一欠片も持たずに、ここにいられる時点で、この化物の頭はどうかしているとしか思えなかった。

 

一度堰を切ってしまった感情は、もう止まらない。

 

「それに今更生きたって何がありますか!? 兄さんを誑かし、姉さんを騙して、先輩もずっとずっと騙し続けてきた! ライダーもあなたに殺されてしまった! この手は血に染まってしまった! 先輩も姉さんも私のことを絶対に許さないでしょう! だったらもう――死ぬしか……死ぬしかないじゃないですか」

 

私の豹変に射命丸さんは、引いているようにも見えた。

 

「あ、はい。勝手に死んでください」

 

そして矢のように放たれたのは、容赦の欠片もない言葉。

同情心もなければ、悪意すらも感じさせない。まるで壁に向かって話しているようだった。

高揚していた感情が、途端に萎えてしまう。

 

「私はあなたが死ぬのを決して止めません。ですが、私はあなたが招いた悲劇も決して咎めません。今回は出しゃばりましたが、本来の私は第三者であり、傍観者です。干渉せずに観察する――それが千年にも及ぶ私の生き方です」

 

彼女は、私を咎めないという。

ここまで散々引っかき回しておいて、よくもそんなことが言えたものだった。

マッチポンプという言葉が、ここまで相応しい存在はいないと思う。

 

「では、私は帰りますけど、何かありますか?」

「何もありません」

 

もうどうでもいい。さっさと帰ってほしかった。

 

「あやや、即答。そう言われると悲しいです」

 

柳眉を少し悲しそうに歪ませた。

ああ、初めて彼女に一矢報いた気がする。ほんの少しだけ、つまらない達成感を覚えた。

……ちょっとだけ気が晴れた。最後に何か訊いてやってもいいかもしれない。

 

「……聖杯戦争は、これから苛烈を極めます。勝ち残る自信がありますか?」

 

答えは聞くまでもなく想像できるが、自信を持って言うだろう――。

 

「これっぽっちも勝てる気がしませんね」

 

彼女は指先で、これっぽっちをアピールした。そこには1センチの隙間もなかった。

それは、私の予想していたのと違うもの。

傲岸不遜で自信家の少女の口から、そんな言葉が飛び出すとは思わなかった。

 

「驚いていますが、そんなに意外ですか?」

「……意外です」

 

本当に意外だった。

 

「残るサーヴァントとの戦いは、ある『制約』または『不文律』がどうしても生じます。絶対に負けるとまでは言いませんが、今まで以上に厳しくなるのは確実でしょうね。私、好相性のライダーさんにも殺される直前でしたし」

 

『制約』や『不文律』が何なのかわからなかったけど、勝てるとは一言も言わなかった。少しいい気味だった。

それでも彼女は、飄々とした態度を崩さずにいつもの笑みを浮かべている。

 

「あ。そうそう、忘れてました。ライダーさんのから遺言です。『申し訳ありませんでした』。それを伝えて欲しいと」

「それだけですか?」

「はい、それだけです。私にも意味はさっぱりです」

 

……ライダーは、私に何を謝りたかったのだろう。

射命丸さんに負けて、聖杯戦争を脱落してしまったこと、それとも無関係の人を巻き込んでしまったこと。

もしかしたら、その両方かもしれない。

そんな勝手な想像はいくらでもできるけど、真意はもう死んでしまったライダーにしかわからない。

 

 

射命丸さんは、突然背中に隠されていた黒い羽を広げた。

『埃が立つのでやめてほしい』

なんてどうでもよく考えたけど、すんなり聞き入れる性格ではないだろう。

 

「最後に一つだけ。死んでしまった人間にできる贖罪なんてありませんよ」

 

殺してしまった人たちへの罪悪感はある。今も重しのように私の心にのしかかっている。

それが死のうとする一番の理由なのは間違いない。

だけど、贖罪のために死のうとしているわけでもなかった。

ただ、生きるための気力をなくしたから。それだけの話。

 

「死者にできることがあると思うなら、それはエゴと単なる思い違いです。死人は泣きも笑いもしません。ならば何ができるというのでしょうか?」

 

この人は、さっきから何を言っているんだろう。

それはまさに、強者の理論だ。弱者の私には、到底理解ができないもの。

ああ――なるほど。

私が彼女を理解できないように、彼女もまた弱者である私を理解できないのだ。

様々な状況から、理屈の推理ができるだけ。

だからこんな見当違いな見解を、自信満々に言えるのか。その事実に、少しだけおかしくなる。

 

「あの……」

 

見当違いを正そうとしたけど、彼女はもうそっぽを向いてしまっていた。

 

「ああ、らしくない。らしくないわ」

 

そんな言葉を、背中を向けたまま呟く。

どんな相手であっても、真っ直ぐに目を見て話す射命丸さんが、私に背を向けている。

彼女からしたら、よほど珍しい言動なのかもしれない。

 

「――それではさようなら、桜さん。機会があったらまた会いましょう」

 

まるで、気を取り直すような明朗とした声だった。信じられないけど、彼女はそう声を作っていた。

そのまま、来た時と同じように窓から飛び去っていく。

私の目なんかで追えるスピードではなく、あっという間に闇へと溶けてしまった。

 

「…………?」

 

部屋には冬の寒風と違う、どこか温かな風だけが残されていた。

それは、桜の咲く頃を思わせるような春の風だった。

 

 

勘違いを正す前に、彼女はいなくなってしまった。

言いたいことだけ言って、まったく会話にもならない。

結局、なにが言いたかったのか、それすらもさっぱりわからなかった。

 

少し好意的に解釈をすれば、私に死んでほしくなかったのかもしれない。

それが本当だったら、どこまでも身勝手な人だった。

 

「いえ。ヒトじゃなくて……バケモノかな」

 

私のベッドで眠っている兄さんの息づかいが聞こえる。

その顔は恐怖に歪んでいて、時折悲鳴のような呻き声を上げていた。

私には想像が及ばない、悪い夢を見ているのかもしれない。

 

……射命丸さんは、殺してしまった人にできる贖罪は無いと言っていた。

それは、その通りなんだろう。「ごめんなさい」と謝ったところで満足するのは自分だけ。

それを理由にして、私が死んだところで償いになるはずがない。

もっとも、私がしようとしているのは、そんな理屈ですらなく、自分が楽になるためのただの身勝手。

 

死ぬのは怖くないはずだった。

今も、生きるために必要な気力は失くしている。

 

「う、うううう……」

 

だけど、ずっと出なかった涙が止まらなかった。

生きるのにずっと絶望していた私が、こんなにも死に臆病だったなんて。

この涙の正体は、先輩と出会ってから培った唯一の人間らしさだ。

胸のうちに潜む、私の少女らしさが「生きたい」と叫ぶ、そんな魂の慟哭だ。

 

「死にたくない……死にたくないよう……」

 

私は膝を抱えて、嗚咽すら堪えずに泣き続けた。

 

 

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