文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

28 / 73
28.姉の願い

 

 

時刻は昼過ぎ。

今日は、曇天だった昨日と違って晴れ模様だ。

ただ、放射冷却の影響からか、昨日よりも一段と冷え込みが厳しい日だった。

 

「うー……寒いね」

 

衛宮家の玄関先、イリヤが自分の身体を抱きしめるように身を震わせていた。

この場にいる三人のなかで、一番温かそうな格好をしているのは彼女だった。

冬用のコートに帽子、マフラー、手袋と防寒対策は完璧だ。

この雪の精霊のような少女は、自分で言っていた通り、本当に寒いのが苦手なのだろう。

ちなみに文のほうは、八分袖の白いブラウスだが、生地はそこまで厚手ではない。

そうでなくても、生足が覗くスカートはどう見ても寒そうだった。

遠坂と違ってオーバーソックスも履いてないので、清楚そうに見えて意外と露出が激しい。

 

「イリヤ。本当に帰るのか?」

「うん……これ以上ここにいると、名残惜しくて帰れなくなっちゃうから」

「……そうか」

 

そう言われてしまったら、これ以上は引き留めるわけにはいかない。

 

イリヤにはあれから、魔術についていろいろと教えてもらった。

彼女自身は、あくまで聖杯戦争のマスターであって、根源を目指すような魔術師ではないらしい。

それでも半人前の俺より、魔術に対する造詣はずっと深かった。

 

そこで判明したのだが、俺の魔術の本質は強化ではなく、投影にあるらしい。

俺が投影魔術で作ったガラクタの数々を見て驚いていた。

イリヤ曰く、魔術の根幹である等価交換の原則から外れたデタラメなのだと。

そうは言われても、俺にはいまいちピンと来ない。

その直後、『こんなの他の魔術師に見せたら……そうね。お兄ちゃん、バラバラに解剖されちゃうと思うよ?』とイリヤに言われて、ようやく事態の重大性に気づいた。

つまり、俺の伸ばすべき魔術の才能は強化ではなく、投影のほうなのだ。

 

余談だが、イリヤの魔術講座の間、天狗の少女はずっと赤い顔で居たのが少しだけおかしかった。

ただ、イリヤとの例の行為は、俺も思い出す度に顔が赤くなってしまうけど。

 

「イリヤ、途中まで送っていこうか?」

 

雪の少女は、少し悲しそうにしてから首を振る。

これは俺のわがままかもしれないけど、この少女にそんな顔をしてほしくない。

 

「ううん。バーサーカーがいるから大丈夫。お兄ちゃん、次は聖杯戦争で会えるといいね」

 

『聖杯戦争』の部分を少しだけ強調して、少女は言う。

それは間違いなく俺たちに対しての意思表示だった。次に会った時は殺すという。

 

「……やっぱりダメなんだな」

 

イリヤは俺の再三の説得にも、首を縦に振らなかった。

彼女の意志は強固で、かたや俺には何の説得の材料も持っていなかった。

ただの一般論を振りかざすだけで折れてくれるなら、初めから聖杯戦争には参加していない。

そうだとわかっていても、俺にはもうイリヤと戦える気がしなかった。

 

「うん。聖杯はアインツベルンの悲願だから。ごめんね、お兄ちゃん」

 

悲願……俺にも、切嗣から託された理想がある。

俺にとって理想が絶対に覆らないように、イリヤにしても同じなのかもしれない。

それこそ、自分を構成するすべてがその成就にあるように。

なら俺は、再びこの少女と対峙した時に自らの理想のため、弓を引けるのだろうか。

 

「でも、シロウとお話ができて本当に良かった。とっても楽しかった。……だからもう悔いはないの。これでわたしは聖杯戦争だけに専念できる」

 

それでも少し寂しげだったが、イリヤはもう覚悟を決めたような顔をしていた。

その時の彼女は、見た目以上の……もしかしたら、俺よりも大人びて見えた。

 

イリヤは俺から視線をすっと外して、ずっと無言のままの文を見る。

 

「……アヤ? 聞こえてる?」

「…………」

 

天狗の少女は、今も熱病に冒されたようにぼんやりしていた。

あれからずっとだ。もう何時間経ったと思っているんだ。

ふざけてやっているのかと思ったが、そうでもなさそうだった。

イリヤは、今までの真剣な表情を崩すと、途端に顔を紅潮させてしまう。

 

「アヤがずっとそんなだと、わたしも恥ずかしくなっちゃうんだから!」

「……ふぇ?」

 

いきなり大きな声を掛けられたためか、文が間抜けな声を出す。

文とイリヤ、二人して顔を赤くしていた。

……なんだか、あの瞬間を思い出して、俺まで顔が熱くなってしまう。

冬のど真ん中なのに、三人揃って顔が真っ赤だった。……なんなんだろうか、この集団。

 

「アヤ――シロウのサーヴァント」

 

イリヤは手袋を外すと、両手を使って文の手を固く握った。

大切な何かを懇願するような上目遣いで、文の顔を見る。

 

「……シロウを、お願いします。わたしのたった一人の大切な――」

 

イリヤの言葉は、最後まで聞き取れなかった。

いや、彼女は言い切らないで、言葉を途中で飲み込んでいた。

その時のイリヤはなんと言えばいいのか。

例えるなら、家族を他の誰かに託すようなそんな態度だった。

 

なんだか、年の離れた妹ができたみたいでくすぐったく感じてしまう。

 

「はい。わかりました」

 

天狗の少女は少し狼狽えていたが、イリヤの願いを汲むようにしっかりと返事をした。

その返事を聞いてイリヤは満足そうに微笑むと、握った手を放して身を翻す。

 

「じゃあね、ばいばい。……また会いましょう」

 

それだけ残して、イリヤは俺たちに背を向けて歩き出した。

彼女は送られるのを拒んだが、せめて姿が見えなくなるまで見送らせてほしい。

 

イリヤの小さな背中を見ながら、決意を改める。

彼女は聖杯戦争を最後までやる気だ。

だけど、こんな馬鹿げた殺し合いは何があっても必ず止めてみせる。

あんな染み一つない小さな手を、誰かの血で汚しちゃいけない。

 

 

 

 

イリヤが衛宮家を去ってから、少しして。

あの時の真摯な彼女のおかげなのか、文はいつも通りの明朗快活な少女に戻っていた。

 

「この度は大変お恥ずかしいところを……」

 

なんて殊勝な態度で頭を下げるので、大変驚かされた。

この天狗が、冗談や取材以外で他人に頭を下げるなんて一度もなかったからだ。

しかし、ここまで回復するのに実に六時間かかっている。

英雄色を好むというが、英霊ではない文にとってその手の色事に免疫はないのか。

そもそも天狗は、性豪としての逸話がいくらでもある妖怪なのに。

かまととぶっているわけでもなさそうだし、本当に射命丸文という個人は性に初心なのかもしれない。

 

そういえば、前に虎が衛宮家に襲撃した日。

文を自室に連れていった時に変な冗談を言われたけど、あれは単に耳年増なだけだったのか。

性の知識を背伸びしたがるなんて、その辺は見た目通りの少女そのものだ。

……あれ? でも昨日、俺が気絶した時にトランクスの交換をされたような?

 

「……まあいいか。記憶の封印を解放してまで考えることじゃない」

「『記憶の封印を解放』なんて言葉。生きていて使う機会そうはありませんよ」

「確かに……」

 

 

俺たちは、今後の方針を決めるために作戦会議していた。

居間の食卓で、お茶とお菓子をパクつきながらという、緊迫感の欠片もないものだ。

それでも、これまでは何の方針も決めていなかったので上等と言えた。

 

「ええ、体調は万全です。ライダーさんにやられた足の傷も癒えているので、戦闘には問題ないでしょう」

 

右足に受けた傷はまだ完治ではないみたいだが、それも今日中には治ると言う。

肉の一部が完全に抉れるほどの大怪我だったのに、たった一日で治る再生能力がすごい。

 

「それはよかった。じゃあ、さっそく今夜から本格的に巡回する方針でいいか?」

「いやいやいやいや、何を馬鹿な。士郎さんも私と同様にこっぴどくやられたじゃないですか」

 

文の反応も当然だった。

俺も昨日、ライダーに短剣で体中を穴だらけにされていた。

 

「それが不思議なんだけど……もう普通に動くには問題ないぐらい治ったんだ」

「え、何それこわい」

 

どうも聖杯戦争が始まってから、傷の治りが著しく向上している気がする。

いや、確実に向上していた。

今朝はまだ身じろぎするだけで激痛が走ったが、昼下がりの今では無茶をしなければ問題ない程度には治っていた。

 

「……うわ。本当、ですね。えっと……士郎さん、いつから人間を止めました? 幻想郷に来ます? 就職先の斡旋ぐらいはできますよ?」

「失礼な。俺は人間だし、これからも人間を止めるつもりはないぞ。あと俺には正義の味方になる夢があるから、幻想郷には行けない」

 

俺の理想については、誰にだって恥ずかしげもなく言えるものだ。

 

「そうでしたそうでした。失礼をば。それで……当面の方針は、夜の町の巡回でしたっけ?」

「ああ、他に手があればいいんだけど、今はそれしか思いつかない」

 

今の俺たちには、闇雲にサーヴァントを探すしか手立てはない。

文も情報網として、日中の間は烏を使ってサーヴァントを探させているらしい。

しかし聖杯戦争が活性化するのは、どうしても夜だ。

烏は昼行性なので、夜間の活動はできない。そのため、その探索はまだ実を結んでなかった。

文も期待通りにならなくて歯痒いのか、少しだけ申し訳なさそうにしていた。

 

なんでも『この国の烏は、誇りと一緒に野生を忘れてしまっています。嘆かわしい』との話。

その時は言葉の意味を理解できなかった。

その後、集積所のゴミを漁る彼らを、文がこの世の終わりのような顔で見ていたのを忘れられない。

 

閑話休題。

聖杯戦争が、活性化する夜まで待ってから探索行動する。

ついでに言えば、こちらから探すと同時に相手からも探してもらう。

つまり、俺たちが餌となって、他のサーヴァントを釣り出す作戦でもあった。

そして遠坂やイリヤと違って、話がまったく通じない相手だったら倒す。

学園で起きた惨事を、これ以上は繰り返すわけにはいかない。

 

言峰綺礼とライダーによると、アーチャーのクラスは射命丸文で間違いない。

そうすると残ったサーヴァントはセイバー、ランサー、バーサーカー、キャスター、アサシンの五騎。

その中で確認済なのが、セイバー、ランサー、バーサーカーの三騎。

現状で全く情報がないサーヴァントは、キャスターとアサシンの二騎。

 

キャスターは、魔術師のサーヴァントだ。

聖杯戦争では強力な対魔力を備えたサーヴァントが多いので、最弱候補だとも言われている。

アサシンは、マスター暗殺に特化した暗殺者のサーヴァント。

俺のような身を守る手段のないマスターにとっては、非常に脅威になる。

 

現状で所在地が判明しているのは、セイバーのマスターである遠坂だけ。

遠坂たちとは戦いたくないし、罠だらけの魔術師の根城に攻め入るなんて無謀が極まる。

それに、遠坂が一般人に手を出すはずがないので、現段階では除外する。

今はとにかく夜を待つしかなかった。

 

太陽は、まだ高い位置にある。

俺にはまだ、どうしてもやらなきゃならないことがあった。

 

「これから出かけようと思うけど、文はどうする?」

「はて? どこに行くんですか?」

 

今朝の朝刊を読みながら、お茶を飲んでいた少女が首をかしげる。

 

「うん、慎二のところだ」

 

昨夜は、なあなあになってしまったが、慎二のやってしまったことは絶対に許せない。

あいつは人としての道を、完全に外れてしまった。

サーヴァントを失って無力化したとしても、俺たちは決着を付けなければならなかった。

過去はどう足掻いても戻せないが、それでも前に進むためにやらなきゃならない。

 

「ああ――あの人間のところ。ええ、ええ。行きましょうか」

 

俺の言葉に反応して、天狗の顔が喜悦に歪んだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。