文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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30.啖呵を切る

 

 

深夜と呼んで差し支えのない時間。

俺たち二人は、慎二の情報を頼りに柳洞寺へ向かっていた。

こうして文と二人で夜の冬木を歩くのも、これで何度目になるか。

片手で数えられない気もしたが、実際はそうでもないかもしない。

 

ただ、これまでは流されるばかりで自分の意志とは無関係のものばかりだった。

だけど、今回は違う。

聖杯戦争を終わらせるという明確な意志の元、俺たちは動いている。

この一歩一歩が、馬鹿げた戦いの終着へと向かっているのだと。そう信じていた。

 

俺の心中は、義憤と不安が入り混じり合ったものだ。

だが、肩を並べて歩く天狗の少女は、笑みを絶やさない。

いつもの笑み――それは俺が一番知っている射命丸文の顔だ。

その微笑は、彼女の何があろうと決して乱されない証拠だった。

彼女は新聞記者だが、幻想郷でもこんな争い事に慣れているかもしれない。

 

「……あれ?」

 

彼女がいつも大事そうに持っている、古めかしいカメラがなかった。

たったそれだけの話だが、奇妙な違和感がある。

かつて、文がカメラを手放した日があっただろうか?

……俺が知る限り、一度もない。

彼女が聖杯戦争に参加する動機は、この争いを記事にするためだと言っていた。

それなのに、彼女の記者としての証である商売道具を持っていない。

 

そもそも射命丸文は、聖杯戦争に消極的だった。

端から見てもやる気がないと感じられるぐらいに。

ライダーとの戦いはなし崩しだったが、本当は倒す気もないと言っていた。

それは、些細な引っ掛かりかもしれない。だけど、この奇妙な胸騒ぎは何なのか?

 

そんな違和感は解消されないまま、柳洞寺はもう目前まで迫っていた。

 

……柳洞寺では、サーヴァントと戦闘になる可能性がある。

あの状態の慎二の言葉を信じているわけではないが、今はそれに賭けるしかない。

 

文は戦闘に消極的ではあるが、先のライダー戦を考えると俺の意向はなるべく叶えてくれる。

彼女を利用しているようで心苦しかった。女の子に戦わせるなんてどうかしている。

それでも俺はサーヴァントに対して、あまりに無力なのも事実だ。

今もこうして柳洞寺まで付き合わせている。

自分の都合に巻き込む理由にはならないが、無力な俺には文に頼るしかなかった。

 

柳洞寺は、クラスメイトで友人でもある柳洞一成の住む自宅だ。

一成の身近な人物に、聖杯戦争の関係者がいると考えるべきだろうか?

考えたくはないが一成がマスターの可能性もある。

 

遠坂、慎二に続いて一成も聖杯戦争のマスターなら、それは悲劇を通り越した喜劇だ。

しかし、こうして知り合いばかりが、聖杯戦争に加担していた。

本来あり得ないはずの偶然が、二度も続く。ならば次も必然的に――。

 

「クソ、しっかりしろ。衛宮士郎」

 

どうしても……悪い想像ばかり浮かんでしまう。

あの生真面目な一成が、聖杯戦争の関係者だとは思えない。

聖杯戦争が始まってからの一成にそんな様子はまったくなかった。

それでも俺は、確信が持てない。

頭のなかで考えても、答えなんて見つかるはずがない。

もし見つかったとしても、それは自分にとって都合がいいだけのまやかしだ。

だからこそ、こうして柳洞寺まで直接調べにいくのは間違いじゃないはず。

 

 

 

 

柳洞寺の山門へと続く長い石段が見えた。

階段の周囲は樹木や雑草が生い茂っており、照明などは一つもない。

ここにある確かな灯りは、薄暗く光る月だけ。

それを頼りにして、俺たちは月の光に誘われるよう、石段を登り始める。

柳洞寺は円蔵山の中腹に位置するため、石段はかなり長い。

 

柳洞寺も度々訪れる機会があった。だが、今日は何か違う。

緊張しているせいかとも思ったが、普段と違う異様な気配を感じる。

そうして、三分の一ぐらいまで階段を登った頃。

一本歯の靴で、危なげなく石段を登っていた文が足を止めた。

 

「あは――あの人間の言ってたことは、あながち嘘じゃなかったみたい」

 

これまで道中、寡黙に徹していた文がそう言葉を紡いだ。

爛々と赤い目を光らせて、山門付近を嬉しそうに見上げている。

そんな彼女を見て、なぜか身体が反射的に震えてしまう。また胸騒ぎがした。

 

……いや、言葉を濁さずに正しく言うべきか。

俺はここまでの道中、ずっと文に怯えていた。彼女を恐ろしいと思ったのは初めてではない。

だけど今の射命丸文は、何かをしているわけではない。ただ普通に歩いているだけ。

そのはずなのに、俺の本能が彼女の存在そのものを恐れている。

 

「ほら、ほらほら。目を凝らして見てくださいな。山門に門番がいますよ、門番が」

 

だけど、そんな態度を出すわけにもいかない。

文の言う通りにして、視力を魔術で強化して山門を見た。

 

「あいつか……?」

「あいつです。ふふ。何でしょうか、あの時代錯誤な恰好」

 

彼女の言葉通り、山門には長身の男が立っていた。

こちらの存在に気づいているのか、俺たちを見下ろしている。

 

「とろとろ階段を登るのも興醒めです。一気にいきますから、私の肩に抱きついてください」

 

文は身を屈めるようにして、俺に背中を向けた。これから彼女が何をするのかは大体想像がつく。

 

「わかった。お手柔らかにな」

「それは約束できないかも」

 

躊躇いがちに、少女の肩に後ろから手を回す。

 

「では」

 

文が足に力を込めて、石段を駆け上がった――。

彼女の華奢な肩に、しがみつくかどうか迷っていたが、それは間違った考えだった。

本気で力を入れないと確実に振り落とされてしまう。

身長差から俺が引きずられるかと思ったが、風にはためくハチマキのように身体は宙を浮いていた。

薄々気付いていたが、文は飛行速度だけではなく、脚力も並大抵じゃない。

 

そして、ものの数秒で男の近くまで到着した。

俺自身も文の無茶に随分と慣れてしまったと思う。

そんな様子をじっと見ていた長身の男が、俺たちに喜色を浮かべていた。

 

「はは――随分と待ちくたびれたぞ、我が敵」

「は? それなりに急いだつもりだったんですけど?」

 

どうしてか、文がキレ気味だった。

だけど彼女の言う通りだ。

俺たちが柳洞寺の石段の下から上までの最短レコードを更新したのは間違いない。

 

「いやなに。こちらからは出向くことが叶わぬ身なのでな。やれやれ、おまえたちの有様に些か気が急いてしまったわ」

「は? 何言ってるんですかこの侍?」

 

何故か文はキレたままだった。

何が彼女をそこまで不快にさせたのだろうか。

 

文の言う通り、山門に立っていたのは一人の侍だった。

そうとしか形容できない風体をしている。

青い陣羽織を着た男は、涼しげな笑みを浮かべ、風雅とも言える空気を纏っていた。

そして侍の右手には、並の腕力では決して扱えない異様な尺の長刀。

 

「しかし面妖なサーヴァントよ。まさか化生の者だとはな」

「……私をご存じで?」

 

侍の何か知ったふうな態度に、文は探りを入れる。

 

「こうして相対するのは私も初めてだがな。これまで死合ったサーヴァントともまた違う。別の気配を帯びている」

「…………」

「英霊と呼ばれる者とは全くの別物。しかし、私のように人の道を違えたわけでもない。うまく人の皮を被っているようだが、正体は物の怪の類であろう?」

「な!? 失礼ですね。この可愛い顔は私の自前ですよ」

 

文のむっとした少女らしい反応に、侍はくつくつと笑う。

俺もいつもの文の態度に少し安心を覚えていた。

 

「いやはや、今の言葉は無粋だったようだ。私はアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎――。故あってこの門を守っている」

 

佐々木小次郎だって……? あの男が……?

 

佐々木小次郎と言えば、宮本武蔵と並ぶ、言わずと知れた大剣豪だ。

二人の雌雄が決した巌流島の戦いなら、日本人なら誰でも知っているエピソードだろう。

あの長刀は佐々木小次郎が持つとされている、伝説の名刀『物干し竿』なのか?

それならば、呆れてしまうほどの長さにも納得ができる。

 

それより、真名を名乗るのは同時に弱点を晒すのに等しい行為だとされている。

文のような特殊ケースはともかく、自ら真名を名乗るなんてどういうつもりなのか。

 

アサシンの名乗りを聞いて、文もそれに倣うように口を開いた。

 

「それはそれはご丁寧にありがとうございます。私はアーチャーのサーヴァント。名は射命丸文。妖怪――烏天狗です」

 

その時、ずっと感じていた恐怖の正体が露わになった。

……彼女が名乗ることまでは想像できた。これまで誰に対してもそうしてきたからだ。

だが、今まで烏天狗であるとは、俺以外には名乗らなかったはず。

どんな時だって、自分は新聞記者であると言っていた。

自らの肩書を捨てたように、烏天狗であると文は名乗った。それが意味するのは――。

 

その時、文がアサシンから視線を離して俺のほうを見た。

決して逸らせない、赤い瞳が俺の姿を捉える。

 

「士郎さん、今朝の話を覚えていますか? ここは私の住む世界ではなく、まったくの別世界だと。……そして、この世界で生きていた妖怪はその証を遺せたのかと」

「ああ、覚えている」

 

俺は、声が震えるのを抑えられていただろうか?

 

……あの時に彼女が見せた顔は、絶対に忘れられないものだった。

普段の文からは考えられないほど、儚げで今にも消えてしまいそうで……。

 

「それから私は考えました。彼らのためにできることはないのだろうかと。人間たちが妖怪への恐怖や畏敬を忘れてしまったら、彼らは本当の意味でいなくなってしまう」

 

今の彼女は、いつもと違う表情をしている。

飄々として誰であろうと見下していた彼女からは考えられない、決意が込められた目。

 

「だから私は決めました。彼らが遺したものがないのなら、私がこの世界に一体の妖怪として、彼らの存在の証を立てます」

 

存在の証? 文はいったい何を……?

 

「――ここに宣言しましょう。私はこれ以降、ブン屋の射命丸文ではなく、烏天狗の射命丸文として聖杯戦争に参加します。そして残るサーヴァント……アサシン、キャスター、ランサー、バーサーカー、セイバー。私が一人残らず屠ってみせます」

 

そんな大見得とも言える啖呵に、彼女を取り巻く空気。いや、風が変わった。

木々をざわつかせ、雲が流れていき、大気を揺らしていく。

その風は彼女から発生しているのではなく、彼女自身が風を従わせているようだった。

 

そして、彼女の人外の証である黒い翼を外気へとさらけ出す。

 

「ほう、その翼。それに風を操るのか。まさに天狗よの。……しかし、こうも見事に花鳥風月が揃うとは。クク、もっとも雅さからは少々欠けるがな」

 

それに文が嘲うように口を歪めた。

 

「これから私たちは殺し合うのです。そんなものは必要ないでしょう」

「ふ――はは、それもそうだな。良かろう……ならば掛かってくるがいいアーチャーよ。これ以上の問答は無用。この門を通りたくば、おまえの力を以て押し通るがいい」

 

アサシンは、物干し竿を持ち直した。

構えを作らない自然体の姿だったが、一瞬のうちに文を取り巻いていた風が両断される。

 

その瞬間、気付く。

文からアサシンまでは5メートルは離れている。

だがたったそれだけの距離では、射命丸文はあまりにも無防備だった。

その距離は既に、アサシンの領域――五尺にも及ぶ刀が持つ必殺の間合い。

 

そう思った時。

月に光るアサシンの長刀が、烏天狗に向かって奔り出していた。

 

 

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