文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars. 作:悠里@
バーサーカーとアサシンの戦い。
剣戟の響きと巨人の咆吼が、氷のように冷え切った石段に木霊する。
『■■■■■■――!!』
アサシンの長刀では、バーサーカーの斧剣を受けられない。
バーサーカーの筋力は、全サーヴァントの中で圧倒的に抜きん出ている。
その膂力から振るわれる岩塊の剣は、すべてが一撃必殺。
アサシンの痩せた身体と備中青江では、到底受けきれるものではない。
「フッ! せいっ!」
アサシンは、石段を上手く利用してバーサーカー相手に立ち回っていた。
そして、石段の高低差がアサシンの命を繋いでいるもの。
何もない平地であれば、アサシンとバーサーカーでは勝負にならないだろう。
技術以外の面ですべてに劣るアサシンが、地の利を活かして、ようやく戦いと呼べるものになる。
それでもバーサーカーの攻撃は完全に避けるか、受け流すしかない苛烈なもの。
バーサーカーの攻撃は、ただの一撃でアサシンの命を奪い取る。
片や、アサシンの長刀はバーサーカーの『十二の試練』によって弾かれてしまう。
目、口といった人体の急所ですら、一切攻撃が通らない。
「これって――」
「まあ、そうですよね。そうなりますとも」
感覚的にはわかっていた。
だが、こうして実感が伴うと別の何かがこみ上げてくる。
「もう勝負は、始める前から付いています」
すぐ隣にいる射命丸文が言葉にして吐き出した。
アサシンの剣の腕が如何に優れようとも関係ない。
どんな奇跡が起きようと、アサシンの剣はバーサーカーには絶対に届かない。
「今回はこの前みたいにはいかないわ。跡形もなく殺してあげるんだから」
どうやらバーサーカーは、アサシンと戦うのは初めてではないようだ。
それはつまり、アサシンはバーサーカーを一度は退けたという意味。
それがどれだけの偉業なのか、一度でもバーサーカーの戦いを見た者ならわかる。
あの無敵の巨人を撃退するなんて、人間ではどう足掻いても不可能だ。
つまりあの剣豪もまた、バーサーカーと同じくサーヴァントに名を連ねる証拠だった。
ヒトでありながら、ヒトという枠から外れた規格外の存在――。
だがそれから数分もしないうちに、アサシンは陣羽織を裂かれていた。
アサシンは一度だってバーサーカーの攻撃を受けていない。
完全に躱しても尚、巨人の剣圧は皮を切り、肉を裂く。そんな常識外れの攻撃だった。
「ク、クク」
しかし、アサシンは笑う。
刹那で死に至る中で、感情を抑えきれないようにクツクツと嗤う。
死地に己の生を見出したかのように。
それは、狂気に彩られた悦楽。
ああ、つまりサーヴァントに連なるとはそういう意味なのだ。
剣に生き、剣で死んだ侍は、死した今も剣を振るう。アサシンは、今を生きていた。
◇
サーヴァントの死闘に魅入られていると、何者かが俺の脇腹をつついた。
それは、言うまでもなく射命丸文だ。
「士郎さん、士郎さん」
「ん? 文、どうしたんだ?」
俺の耳元で小さく囁く。
にんまりと少し上目遣いの少女の顔に見惚れそうになった。
妖怪然とした彼女からいつもの雰囲気に戻っており、少しだけほっとする。
「先、行っちゃいましょう」
「なんだって? ……先?」
「彼らにはここで潰し合ってもらって、私たちはあの門の先へ行っちゃいましょう」
アサシンという門番は死闘を繰り広げている。
つまり、守るべき門はがら空きとなっていた。文はそれを指差して笑う。
「マジか」
「マジですとも」
……その発想はなかったよ。
アサシンとバーサーカーの戦いを無視して先に進むなんて、想像外だ。
気は少しも進まないが、彼女の提案が最善なのかもしれない。
ん……? でも、ちょっと待て。それは文の発言と矛盾してないか?
「文はサーヴァントを全員倒すんじゃなかったのか? このままだとどちらか倒されるぞ?」
ついさっきの話だ。あれからまだ十五分も経っていない。
しかし、俺の言葉に文はきょとんとしていた。
「ああ、それですか。あれはその場で格好つけたくて言った――ただの出まかせです」
「マジかー」
「マジですとも。そもそも私がバーサーカーに勝てるわけないじゃないですか。ふふ、おかしな士郎さん」
おかしいのは文のほうだと思うぞ。たぶん。
俺みたいな凡人には、天狗の思考は遠く及ばないとしても。
俺はあの時、彼女を恐れていただけではなく、胸が熱くなっていた。
つまり、格好いいと思っていた。
あの時の感動を返してほしい。そして謝ってほしい。
嘘つきはどうか閻魔様に舌を抜かれてほしい。いるかどうかは知らないけど。
「じゃあ、行きますか。イリヤさんにバレたらうるさそうなので、静かにお願いしますよ……」
まるで近くのコンビニにでも行くような口調。本当に未練はなさそうだった。
そろりそろりと文が石段の端を上り出す。俗に言う、抜き足差し足、というやつだ。
「…………」
なんだか……文の背中がいつも以上に小さく見える。
彼女の黒い翼も、今は頼り気なく揺れていた。
そんな小さな背中を追いかける俺の姿もさぞ滑稽なものだろう。
「それよりも、門の上を飛んでいった方が早いんじゃないか?」
こんな泥棒のような真似をするよりも、そっちの方が文らしいと思う。
というか、少しでも格好いいところを見せて欲しい。
「柳洞寺の正門以外は強力な結界が張ってあります。気合で通り抜けられなくもなさそうですけど、大幅に魔力が削られるので推奨はできません」
……知らなかった。正門を抜けるのにも意味があったのか。
文もイリヤも真正面から柳洞寺を攻めていたのも、ちゃんとした理由があったようだ。
バーサーカーに絶対の自信があるイリヤは、そんなのは関係無しに正門から侵攻するだろうけど。
「……誰がそんな結界を?」
「誰でしょうね。この柳洞寺は冬木最大の霊脈が流れてします。普通に考えれば、霊脈目当てで柳洞寺を拠点とするサーヴァントではないでしょうか?」
やはり、柳洞寺にはアサシン以外のサーヴァントはいるのだろう。
それなら、アサシンが門番だと言っていた意味も理解ができる。
正体が不明なサーヴァントは一体だけ。そうなるとクラス名は消去法で――。
「あ――!!」
イリヤが俺たちを指差して叫んだ。
苛烈極めるサーヴァントの死闘の端をコソコソと歩いてたのを、少女に気付かれてしまった。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃんたち! どこに行こうとしてるの!?」
イリヤの慌てた様子に、文は意地悪くニヤニヤとしていた。
「あやや、気付かれてしまいましたか。どこに行くのかと聞かれたら、そりゃもう門の向こう側ですよ。そんなの決まってるじゃないですか。ねー? マスター」
文が俺を共犯者に仕立てようとしていた。
それどころか普段使わないマスター呼びからして、俺を主犯にしている……?
なんというか、お願いだから色々と待って欲しい。
「バーサーカー!!」
俺たちのどうしようもない行動に腹を立てたのだろう。
イリヤが怒気の混じった声でバーサーカーを呼ぶ。
『■■■■■■――!!』
巨人が俺たちに対して咆吼を放つと、殺意の矛先をアサシンから俺たちに向けた。
バーサーカーからの猛然たるプレッシャーを全身に受けて、足が自然に震え出してしまう。
アサシンはこんな殺意を正面から受けても尚、嬉しそうに笑っていたのか。
「おや? 何処へいく?」
バーサーカーはアサシンを無視して、俺たちへと駆け出した。
「まあ、バレたら必然。こうなりますよね」
文が俺を庇うように一歩前に出て、葉団扇を突き出すように構える。
左手を横に広げ、これ以上は前へ出るなと暗に語っていた。
「我が宿敵! ここで逃がしてなるものか――! はぁっ!」
アサシンがバーサーカーに追いつくと、長刀をバーサーカーの背中に振るう。
これまでの再現のようにその一撃も弾かれた。
バーサーカーは、アサシンの剣撃を歯牙にもかけずに俺たちへと向かってくる。
「いやはや、貴殿の相手はこの私だと忘れてはないだろうな」
アサシンは、再び剣を振るう。
その全てが人体の急所を狙うえげつない太刀筋だったが、バーサーカーは止まらない。
それどころか、アサシンをまったく意に介していない。
バーサーカーの目に映るのはイリヤの命令により、標的となった俺たちだけだ。
それでも剣鬼は、無心に剣を振るい続けた。
「これは――」
そして、ついにアサシンの刀がバーサーカーの鋼の肉体に耐えきれずに、曲がってしまう。
だがアサシンは曲がった刀身のまま、剣を振るうのを止めなかった。
あの刀身では、緻密なバランスが要求される『燕返し』はもう二度と使えないだろう。
「あはははは。ソレ、壊れちゃったね」
イリヤは嘲笑いながらアサシンを見ていた。
決して、届かないと知りながらも無心で剣を振るう。
イリヤから見れば、それは滑稽な姿なのかもしれない。
「……アサシン」
だけど俺には、胸に湧き上がる感情があった。
そのアサシンの姿を、成し難い理想を叶えようとする俺自身に重ねていた。
叶わないと知っても尚、己の道に殉じようとする者を誰が笑えるか――。
◇
そしてついにバーサーカーが動きを止めた。
剣を曲げても挑み続けるアサシンをバーサーカーは気に留めなかったはずだ。
剣に込められたアサシンの気迫が、理性を失った狂戦士にも届いたのか。
もちろんそれはわからない。それでもわかることもあった。
『■■■■■■――!!』
バーサーカーは、アサシンを今ここで排除しなければならない敵だと認めたのだ。
絶対の殺意を俺たちから、アサシンへと向ける。
「は――待ちくたびれたぞ。そうだ。貴殿の敵はここにいるぞ」
振り向きざまにバーカーカーが振るう斧剣を、アサシンは折れ曲がった剣で受け流そうとした。
……が、叶わない。
刀身の歪みのせいか。
アサシンのような達人であっても、力を外に逃がせずに斧剣を受けてしまう。
太刀を介したとしてもバーサーカーの攻撃を受ける。結果、アサシンの足下の石段に亀裂が走った。
「ぬッ……!」
暫しの拮抗。
アサシンがバーサーカーの斧剣を曲がった太刀で支えるという、鍔迫り合い。
本来なら、あり得ない光景だった。
アサシンの筋力では、バーサーカーと攻撃を押し合うなんてできるはずがない。
バーサーカーの持つ力は、精神論でどうにかできるものでもない。
だがその信じられない光景がこうして現に起きていた。それの意味することは――。
「もう! そんな雑魚にいつまで時間掛けてるのよ! バーサーカー!! さっさと始末しなさい!!」
しびれを切らしたイリヤが、自らのサーヴァントに苛立ちを見せた。
今回の聖杯戦争において、イリヤは間違いなく資質と能力ともに最高のマスターだ。
その彼女が従えた最強のバーサーカーが、力の拮抗を意味する鍔迫り合いなんて起きていいはずがない。
「もういいわ。狂いなさい、バーサーカー!!」
イリヤの身体から、赤い光が浮かび上がった。
彼女の全身に刻まれた令呪が、バーサーカーに向けて発動される。
『■■■■■■――ッ!!!』
バーサーカーが咆吼を上げると、冬の大気を大きく震わせた。
巨人の筋力が狂化によって更に跳ね上がり、アサシンの足場が砕け散る。
「…………ッ!!」
アサシンを支えていた左膝があらぬ方向へと曲がってしまった。
肉体の至る場所が限界を迎えて次々と破壊されていく。
青かったはずの陣羽織は赤く染まった。
だがアサシンの長刀は未だ折れていない。それならアサシンもまた折れないのだ。
そして、バーサーカーが一気に圧し潰そうと更に力を込めた瞬間だった。
巨人の持つ斧剣が――ずるりと、真っ二つに両断された――。
「え――?」
それは、誰の声だったのか。
斧剣の刀身が半分になり、残りは石段へ落下すると鈍い音を立てた。
ここいる誰もが、驚きのあまり言葉を失った。バーサーカーとアサシンを除いて。
「ようやくだな。ようやく貴殿に一泡吹かせられたようだ」
アサシンが静かに歓喜する。
全身を赤く染め、左脚は明後日の方向に曲がっていた。
自らの痛手など些事とでも言うように、してやったりとほくそ笑んだ。
それは、まさに剣鬼と呼ぶのに相応しい姿だ。
「……なんなの。ヘラクレスを奉る神殿の支柱から作られた剣なのよ。それをただの刀で切り落とすなんて……信じられない……」
イリヤは目の前で起きた奇蹟を飲み込めないのか、うわ言のように呟いた。
しかしそれも束の間。
「――なんだ。そういうことか」
瞬時に思考を切り替えて、満身創痍のアサシンを睨む。
「……わかったわ。聖杯戦争の御三家の一つアインツベルン。そのマスターであるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが、アサシン――あなたを私たちの敵として認めてあげる。バーサーカー! アサシンを強敵とみなして殺しなさい!」
『■■■■■■――ッ!!!』
バーサーカーが大きく咆哮を上げた。
イリヤの瞳には、もう俺たちは映っていなかった。
彼女の中では、バーサーカーと好敵手であるアサシン以外は存在していない。
「ふむ。じゃあ、私たちは先に行きましょうか」
射命丸文は、気を取り直すようにそれだけ言った。
ここで起きたすべてから背を向けて、再び石段を上る。
アサシンとバーサーカーの戦いは、ここで間違いなく決着が付く。
それは――バーサーカーの勝利という形で。
最後まで見届けたかったが、文はそれを許さないだろう。
「――いずれ決着を」
全身を破壊されたアサシンが文の背中にそう告げた。
「ええ、いずれまた決着を」
天狗の少女は、一度も振り返らずにそんな言葉をアサシンに返す。
そして俺たちは山門を潜ると、柳洞寺の境内に足を踏み入れた。