文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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32.死地に生きる者

 

 

バーサーカーとアサシンの戦い。

剣戟の響きと巨人の咆吼が、氷のように冷え切った石段に木霊する。

 

『■■■■■■――!!』

 

アサシンの長刀では、バーサーカーの斧剣を受けられない。

バーサーカーの筋力は、全サーヴァントの中で圧倒的に抜きん出ている。

その膂力から振るわれる岩塊の剣は、すべてが一撃必殺。

アサシンの痩せた身体と備中青江では、到底受けきれるものではない。

 

「フッ! せいっ!」

 

アサシンは、石段を上手く利用してバーサーカー相手に立ち回っていた。

そして、石段の高低差がアサシンの命を繋いでいるもの。

何もない平地であれば、アサシンとバーサーカーでは勝負にならないだろう。

技術以外の面ですべてに劣るアサシンが、地の利を活かして、ようやく戦いと呼べるものになる。

それでもバーサーカーの攻撃は完全に避けるか、受け流すしかない苛烈なもの。

 

バーサーカーの攻撃は、ただの一撃でアサシンの命を奪い取る。

片や、アサシンの長刀はバーサーカーの『十二の試練』によって弾かれてしまう。

目、口といった人体の急所ですら、一切攻撃が通らない。

 

「これって――」

「まあ、そうですよね。そうなりますとも」

 

感覚的にはわかっていた。

だが、こうして実感が伴うと別の何かがこみ上げてくる。

 

「もう勝負は、始める前から付いています」

 

すぐ隣にいる射命丸文が言葉にして吐き出した。

アサシンの剣の腕が如何に優れようとも関係ない。

どんな奇跡が起きようと、アサシンの剣はバーサーカーには絶対に届かない。

 

 

「今回はこの前みたいにはいかないわ。跡形もなく殺してあげるんだから」

 

どうやらバーサーカーは、アサシンと戦うのは初めてではないようだ。

それはつまり、アサシンはバーサーカーを一度は退けたという意味。

それがどれだけの偉業なのか、一度でもバーサーカーの戦いを見た者ならわかる。

あの無敵の巨人を撃退するなんて、人間ではどう足掻いても不可能だ。

つまりあの剣豪もまた、バーサーカーと同じくサーヴァントに名を連ねる証拠だった。

ヒトでありながら、ヒトという枠から外れた規格外の存在――。

 

 

だがそれから数分もしないうちに、アサシンは陣羽織を裂かれていた。

アサシンは一度だってバーサーカーの攻撃を受けていない。

完全に躱しても尚、巨人の剣圧は皮を切り、肉を裂く。そんな常識外れの攻撃だった。

 

「ク、クク」

 

しかし、アサシンは笑う。

刹那で死に至る中で、感情を抑えきれないようにクツクツと嗤う。

死地に己の生を見出したかのように。

それは、狂気に彩られた悦楽。

ああ、つまりサーヴァントに連なるとはそういう意味なのだ。

剣に生き、剣で死んだ侍は、死した今も剣を振るう。アサシンは、今を生きていた。

 

 

 

 

サーヴァントの死闘に魅入られていると、何者かが俺の脇腹をつついた。

それは、言うまでもなく射命丸文だ。

 

「士郎さん、士郎さん」

「ん? 文、どうしたんだ?」

 

俺の耳元で小さく囁く。

にんまりと少し上目遣いの少女の顔に見惚れそうになった。

妖怪然とした彼女からいつもの雰囲気に戻っており、少しだけほっとする。

 

「先、行っちゃいましょう」

「なんだって? ……先?」

「彼らにはここで潰し合ってもらって、私たちはあの門の先へ行っちゃいましょう」

 

アサシンという門番は死闘を繰り広げている。

つまり、守るべき門はがら空きとなっていた。文はそれを指差して笑う。

 

「マジか」

「マジですとも」

 

……その発想はなかったよ。

アサシンとバーサーカーの戦いを無視して先に進むなんて、想像外だ。

気は少しも進まないが、彼女の提案が最善なのかもしれない。

ん……? でも、ちょっと待て。それは文の発言と矛盾してないか?

 

「文はサーヴァントを全員倒すんじゃなかったのか? このままだとどちらか倒されるぞ?」

 

ついさっきの話だ。あれからまだ十五分も経っていない。

しかし、俺の言葉に文はきょとんとしていた。

 

「ああ、それですか。あれはその場で格好つけたくて言った――ただの出まかせです」

「マジかー」

「マジですとも。そもそも私がバーサーカーに勝てるわけないじゃないですか。ふふ、おかしな士郎さん」

 

おかしいのは文のほうだと思うぞ。たぶん。

俺みたいな凡人には、天狗の思考は遠く及ばないとしても。

俺はあの時、彼女を恐れていただけではなく、胸が熱くなっていた。

つまり、格好いいと思っていた。

あの時の感動を返してほしい。そして謝ってほしい。

嘘つきはどうか閻魔様に舌を抜かれてほしい。いるかどうかは知らないけど。

 

「じゃあ、行きますか。イリヤさんにバレたらうるさそうなので、静かにお願いしますよ……」

 

まるで近くのコンビニにでも行くような口調。本当に未練はなさそうだった。

そろりそろりと文が石段の端を上り出す。俗に言う、抜き足差し足、というやつだ。

 

「…………」

 

なんだか……文の背中がいつも以上に小さく見える。

彼女の黒い翼も、今は頼り気なく揺れていた。

そんな小さな背中を追いかける俺の姿もさぞ滑稽なものだろう。

 

「それよりも、門の上を飛んでいった方が早いんじゃないか?」

 

こんな泥棒のような真似をするよりも、そっちの方が文らしいと思う。

というか、少しでも格好いいところを見せて欲しい。

 

「柳洞寺の正門以外は強力な結界が張ってあります。気合で通り抜けられなくもなさそうですけど、大幅に魔力が削られるので推奨はできません」

 

……知らなかった。正門を抜けるのにも意味があったのか。

文もイリヤも真正面から柳洞寺を攻めていたのも、ちゃんとした理由があったようだ。

バーサーカーに絶対の自信があるイリヤは、そんなのは関係無しに正門から侵攻するだろうけど。

 

「……誰がそんな結界を?」

「誰でしょうね。この柳洞寺は冬木最大の霊脈が流れてします。普通に考えれば、霊脈目当てで柳洞寺を拠点とするサーヴァントではないでしょうか?」

 

やはり、柳洞寺にはアサシン以外のサーヴァントはいるのだろう。

それなら、アサシンが門番だと言っていた意味も理解ができる。

正体が不明なサーヴァントは一体だけ。そうなるとクラス名は消去法で――。

 

「あ――!!」

 

イリヤが俺たちを指差して叫んだ。

苛烈極めるサーヴァントの死闘の端をコソコソと歩いてたのを、少女に気付かれてしまった。

 

「ちょ、ちょっとお兄ちゃんたち! どこに行こうとしてるの!?」

 

イリヤの慌てた様子に、文は意地悪くニヤニヤとしていた。

 

「あやや、気付かれてしまいましたか。どこに行くのかと聞かれたら、そりゃもう門の向こう側ですよ。そんなの決まってるじゃないですか。ねー? マスター」

 

文が俺を共犯者に仕立てようとしていた。

それどころか普段使わないマスター呼びからして、俺を主犯にしている……?

なんというか、お願いだから色々と待って欲しい。

 

「バーサーカー!!」

 

俺たちのどうしようもない行動に腹を立てたのだろう。

イリヤが怒気の混じった声でバーサーカーを呼ぶ。

 

『■■■■■■――!!』

 

巨人が俺たちに対して咆吼を放つと、殺意の矛先をアサシンから俺たちに向けた。

バーサーカーからの猛然たるプレッシャーを全身に受けて、足が自然に震え出してしまう。

アサシンはこんな殺意を正面から受けても尚、嬉しそうに笑っていたのか。

 

「おや? 何処へいく?」

 

バーサーカーはアサシンを無視して、俺たちへと駆け出した。

 

「まあ、バレたら必然。こうなりますよね」

 

文が俺を庇うように一歩前に出て、葉団扇を突き出すように構える。

左手を横に広げ、これ以上は前へ出るなと暗に語っていた。

 

「我が宿敵! ここで逃がしてなるものか――! はぁっ!」

 

アサシンがバーサーカーに追いつくと、長刀をバーサーカーの背中に振るう。

これまでの再現のようにその一撃も弾かれた。

バーサーカーは、アサシンの剣撃を歯牙にもかけずに俺たちへと向かってくる。

 

「いやはや、貴殿の相手はこの私だと忘れてはないだろうな」

 

アサシンは、再び剣を振るう。

その全てが人体の急所を狙うえげつない太刀筋だったが、バーサーカーは止まらない。

それどころか、アサシンをまったく意に介していない。

バーサーカーの目に映るのはイリヤの命令により、標的となった俺たちだけだ。

それでも剣鬼は、無心に剣を振るい続けた。

 

「これは――」

 

そして、ついにアサシンの刀がバーサーカーの鋼の肉体に耐えきれずに、曲がってしまう。

だがアサシンは曲がった刀身のまま、剣を振るうのを止めなかった。

あの刀身では、緻密なバランスが要求される『燕返し』はもう二度と使えないだろう。

 

「あはははは。ソレ、壊れちゃったね」

 

イリヤは嘲笑いながらアサシンを見ていた。

決して、届かないと知りながらも無心で剣を振るう。

イリヤから見れば、それは滑稽な姿なのかもしれない。

 

「……アサシン」

 

だけど俺には、胸に湧き上がる感情があった。

そのアサシンの姿を、成し難い理想を叶えようとする俺自身に重ねていた。

叶わないと知っても尚、己の道に殉じようとする者を誰が笑えるか――。

 

 

 

 

そしてついにバーサーカーが動きを止めた。

剣を曲げても挑み続けるアサシンをバーサーカーは気に留めなかったはずだ。

剣に込められたアサシンの気迫が、理性を失った狂戦士にも届いたのか。

もちろんそれはわからない。それでもわかることもあった。

 

『■■■■■■――!!』

 

バーサーカーは、アサシンを今ここで排除しなければならない敵だと認めたのだ。

絶対の殺意を俺たちから、アサシンへと向ける。

 

「は――待ちくたびれたぞ。そうだ。貴殿の敵はここにいるぞ」

 

振り向きざまにバーカーカーが振るう斧剣を、アサシンは折れ曲がった剣で受け流そうとした。

……が、叶わない。

刀身の歪みのせいか。

アサシンのような達人であっても、力を外に逃がせずに斧剣を受けてしまう。

太刀を介したとしてもバーサーカーの攻撃を受ける。結果、アサシンの足下の石段に亀裂が走った。

 

「ぬッ……!」

 

暫しの拮抗。

アサシンがバーサーカーの斧剣を曲がった太刀で支えるという、鍔迫り合い。

本来なら、あり得ない光景だった。

アサシンの筋力では、バーサーカーと攻撃を押し合うなんてできるはずがない。

バーサーカーの持つ力は、精神論でどうにかできるものでもない。

だがその信じられない光景がこうして現に起きていた。それの意味することは――。

 

「もう! そんな雑魚にいつまで時間掛けてるのよ! バーサーカー!! さっさと始末しなさい!!」

 

しびれを切らしたイリヤが、自らのサーヴァントに苛立ちを見せた。

今回の聖杯戦争において、イリヤは間違いなく資質と能力ともに最高のマスターだ。

その彼女が従えた最強のバーサーカーが、力の拮抗を意味する鍔迫り合いなんて起きていいはずがない。

 

「もういいわ。狂いなさい、バーサーカー!!」

 

イリヤの身体から、赤い光が浮かび上がった。

彼女の全身に刻まれた令呪が、バーサーカーに向けて発動される。

 

『■■■■■■――ッ!!!』

 

バーサーカーが咆吼を上げると、冬の大気を大きく震わせた。

巨人の筋力が狂化によって更に跳ね上がり、アサシンの足場が砕け散る。

 

「…………ッ!!」

 

アサシンを支えていた左膝があらぬ方向へと曲がってしまった。

肉体の至る場所が限界を迎えて次々と破壊されていく。

青かったはずの陣羽織は赤く染まった。

だがアサシンの長刀は未だ折れていない。それならアサシンもまた折れないのだ。

そして、バーサーカーが一気に圧し潰そうと更に力を込めた瞬間だった。

 

巨人の持つ斧剣が――ずるりと、真っ二つに両断された――。

 

「え――?」

 

それは、誰の声だったのか。

斧剣の刀身が半分になり、残りは石段へ落下すると鈍い音を立てた。

ここいる誰もが、驚きのあまり言葉を失った。バーサーカーとアサシンを除いて。

 

「ようやくだな。ようやく貴殿に一泡吹かせられたようだ」

 

アサシンが静かに歓喜する。

全身を赤く染め、左脚は明後日の方向に曲がっていた。

自らの痛手など些事とでも言うように、してやったりとほくそ笑んだ。

それは、まさに剣鬼と呼ぶのに相応しい姿だ。

 

「……なんなの。ヘラクレスを奉る神殿の支柱から作られた剣なのよ。それをただの刀で切り落とすなんて……信じられない……」

 

イリヤは目の前で起きた奇蹟を飲み込めないのか、うわ言のように呟いた。

しかしそれも束の間。

 

「――なんだ。そういうことか」

 

瞬時に思考を切り替えて、満身創痍のアサシンを睨む。

 

「……わかったわ。聖杯戦争の御三家の一つアインツベルン。そのマスターであるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが、アサシン――あなたを私たちの敵として認めてあげる。バーサーカー! アサシンを強敵とみなして殺しなさい!」

『■■■■■■――ッ!!!』

 

バーサーカーが大きく咆哮を上げた。

イリヤの瞳には、もう俺たちは映っていなかった。

彼女の中では、バーサーカーと好敵手であるアサシン以外は存在していない。

 

「ふむ。じゃあ、私たちは先に行きましょうか」

 

射命丸文は、気を取り直すようにそれだけ言った。

ここで起きたすべてから背を向けて、再び石段を上る。

アサシンとバーサーカーの戦いは、ここで間違いなく決着が付く。

それは――バーサーカーの勝利という形で。

最後まで見届けたかったが、文はそれを許さないだろう。

 

「――いずれ決着を」

 

全身を破壊されたアサシンが文の背中にそう告げた。

「ええ、いずれまた決着を」

 

天狗の少女は、一度も振り返らずにそんな言葉をアサシンに返す。

そして俺たちは山門を潜ると、柳洞寺の境内に足を踏み入れた。

 

 

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