文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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33.境内にて

 

 

「静か、ですね」

「……静か、だな」

 

後ろ髪を引かれながら柳洞寺の境内に入ると、そこは静寂が支配していた。

あまりにも静かで、俺たちの声以外は何一つ聞こえない。

隣にいる天狗の少女の鼓動も聞こえそうな、寂寂たる世界だった。

 

「ふむ――なんでしょうか」

 

正門入口で立ち止まっていた文が、境内の中央付近まで進む。

不用意な行動に驚かされるも、敵のホームで文と離れるのはまずい。

情けなく感じたが、先を進む少女の背中を追いかける。

文は、境内の中央で立ち尽くすと腕を組んで思考に没頭した。

 

「外ではバーサーカーとアサシンが戦っているはずなのに、境内に入ったらピタリと止まった。……いえ、これは止まったのではなく、聞こえなくなった?」

 

自身に問うように呟いている。

彼女は戦闘に備えるわけでもなく、明らかに無防備だった。

 

「こんな目立つ場所にいて大丈夫なのか?」

 

素人考えだが、敵陣のど真ん中で何も備えずにいるのは良くないだろう。

しかし少女は、そんな忠告にどこ吹く風だった。

 

「こんな閑散とした場所ではどこにいても同じですよ。ここを拠点とするサーヴァントは最初から私たちの存在に気付いています。それなら、むしろ目立ってやりましょう。……ビビっていると相手に舐められますよ?」

 

俺の胸を拳でぽんと叩いた。

 

「だけど敵陣の真ん中にいるのもどうかと思うけど」

「士郎さん、あなたは男の子です。そして私のマスターでもあります。そんな情けない顔してないで、どっしりと笑ってくださいな」

 

俺がまだ不安そうに見えたのか、再び俺の胸を叩く。

十分に加減しているだろうが、一発目と違い少し呻き声が出そうになった。

そう笑っている文の顔は、どこか男前だった。

ここは彼女の言う通り、どっしりと構えるべきなのだろう。

 

「じゃあ、今この境内には何か魔術的な効果でも働いているのか?」

「――防音の結界を張らせてもらったわ」

 

文に尋ねたはずの言葉は、予想外のところから返ってきた。

 

「!?」

 

背後から聞こえたのは、妙齢と思える女性の声――。

急いで振り返ると、俺たちが今までいた山門の入り口に一人の女がいた。

闇に同化するような黒と紫のローブを纏った女だ。

顔はフードで隠れて見えないが、青いリップを引いた唇は薄い笑みを浮かべている。

 

「武器を振り回すしか脳のない野蛮人同士の戦いなんて、聞いても不快なだけだもの。ここに似つかわしくないと思わない?」

「……あなたがキャスターのサーヴァント?」

 

文の言うとおり、未だ遭遇していないサーヴァントはキャスターのみ。

それに、消去法で考えなくても女の風貌は魔術師そのものだ。

 

「ええ、その通りよ。可愛い可愛いアーチャーさん。ようこそ私の根城へ。歓迎させていただくわ」

 

俺たちは、キャスターと向き合う形で対峙していた。

周囲を見てもキャスターのマスターは、近くにはいないように思える。

 

「フフフ……」

 

僅かな睨み合いの後、キャスターが俺たちに歩み寄っていた。

他のクラスならまだしも相手はキャスターだ。

距離を取るならともかく、縮めてくるなんて普通は考えられない。

そんな異常と言える行動に俺は身構えたが、文は腕を組んで事も無げな様子だった。

 

「…………?」

 

キャスターは文だけを見ていた。隣にいる俺は相手にもされていない。

無防備のままで、文まで後一歩という距離で歩みを止める。

このゼロに近い距離では、魔術師の名を冠するキャスターの間合いではない。

俺の目にキャスターの行動は、ただの自殺行為にしか映らなかった。

文がその気になれば、コンマの世界で首を落とされてしまう。

そうすると、キャスターのこれは何かの罠と考えるのが妥当だろうか?

 

「フフ――ごめんなさい。ちょっとだけ、触らせてもらうわね」

 

キャスターはローブから腕を出して、文の顎を掴むように手を置いた。

何故か文もされるがまま、キャスターの行動に身を委ねている。

 

「へえ、本当に可愛いのね。こうして近くで見ると、寒気を覚えるぐらい整った顔立ちをしている。アサシンに名乗りを上げてたけど、確か烏天狗とかいうこの国の妖怪だったかしら?」

「…………」

 

文は何も答えない。

真っすぐに、フードの下に隠されたキャスターの目を見つめている。

 

「……あなたたち妖怪は、人を誑かし、人をさらい、最後に人を食べてしまうのでしょう? なるほど。そのために人の目を惹き付けるような姿形をしているのね。理に適っているわ」

 

フードから品定めをする碧眼が妖しく光ると、魔女の指が文の顎を持ち上げた。

 

「おい! なにを……!?」

「坊やはそこで黙っていなさい」

「…………ッ!!」

 

キャスターの一言で、身体が急激に重くなった。

声を出そうとしても言葉にならず、口が金魚のようにぱくぱくと開くだけ。

こ……これがキャスターの魔術!?

今朝イリヤに似た魔術を受けたが、これは視線すら交わっていない。

たった一言だけで、この有様だなんて……。

 

「ふうん――」

 

キャスターは、本当に俺を黙らせたかっただけだ。

それ以上は何もせずに、息の掛かる距離で文の顔をまじまじと見つめている。

 

「それと、とても綺麗な目をしてる。これまで一度も挫折なんて味わったことがないのでしょう? 弱者を蹴落とし、寄せ付けず、ずっとずっと勝ち続けてきたのね」

 

文の深紅の目は、とても綺麗で透き通ってる。

それが誠意とでも言うように、常に相手の目を見て話をする。

その時の彼女の瞳は、吸い込まれそうなほど美しい。

 

「だからこそ、あなたのその目が汚れるのを想像するとゾクゾクするわ」

「――――」

 

ピキリと文が凍った。

彼女が怒るところは、あまり見た覚えがない。

それでも、ここまで言われ放題だと流石に頭にきたようだ。

 

「……それで、言いたいことはそれだけ?」

 

文の赤い目が、キャスターを睨むように細くなった。

余裕を感じさせる微笑も消えて、射殺すような鋭い視線だけが残る。

 

「あら? もしかして、気に障ったの? それならごめんなさい」

 

キャスターは形ばかりの謝罪をすると、ようやく文の顎から手を放した。

それと同じタイミングで、俺の身体も呪縛から解き放たれように身軽になる。

 

「さて、もういいかしら。この距離だと私が完全に優位。少し待っててあげるから、さっさと戦闘の準備をしなさい」

 

文の口から敬語が完全に取れてしまった。

得体の知れない不気味さが、敵意が向けられない俺でも感じる。

バーサーカーのような肌でも感じる殺意とは違って、何か無性に気持ちが悪い。

敵意を一身に受けているキャスターは、少しも態度を崩さずにいた。

 

「そうカッカしないで待ちなさい。血の気ばかりが多いと器と底が知れるわよ」

「余計なお世話。掛かってこないなら私から行かせてもらうわ」

 

文が組んでいた腕をほどくと、境内に来てから初めて臨戦態勢を取った。

鼓膜も震える風の渦が文の周囲に展開される。

しかし、キャスターは天狗の暴風を受けても尚、その場から動かずにいた。

 

「ねえあなた、私と手を組む気はないかしら?」

「……はい?」

 

キャスターからの予想外の言葉に、文が少し気の抜けた声をあげた。

張り詰めた文の空気が四散すると、展開されていた風も雲散霧消してしまう。

まるで風が文の感情に連動しているようだった。

 

「は? え? なんですって? 話が突然すぎて驚いてしまいました」

 

文が敬語モードに入ってしまった。

俺もこちらの彼女のほうが落ち着くけど……。

 

「私と組むかと訊いているの」

「はあ。私があなたと組んでどんなメリットがあるんですか? ……プレゼンテーションは大事ですよ? アジェンダはあります? 顧客説得の重要性はブン屋である私もうるさいですよ」

 

この烏天狗、もう駄目だ。

敬語モードも通り越して、記者モードになってしまった。

せめて、境内に入った時の文ぐらいだとバランスが取れるんだけど。

 

「ブン屋……? でもそうね。プレゼンは大事よね」

「そうです。あなたと組むことで得られる魅力をわかりやすくアプローチしてください」

「…………」

 

俺は、一体何を聞かされているんだ?

俺たちの主導権は文にあるけど、一応はマスターである俺にも確認ぐらいはしてほしい。

……文の返事によって、俺たちは今後キャスターと手を組んでしまうのか。

 

「あのバーサーカーだけは私の手に負えないわ。自己陶酔馬鹿のアサシンも今回ばかりは駄目そうだしね。もう時間の問題。……だけどアサシンではなくあなたと二人ならバーサーカーを倒せる可能性がある。……それだけで十分じゃないかしら?」

 

自己陶酔馬鹿……。

そんな言われように、仲間でもない俺も気分が良くない。

 

「それだと不十分ですね。私は知りもしない相手を素直に買い被れません。あなたはマーケティングに失敗しました。その程度のバリュープロポジションでは、顧客満足度を十二分に得られません」

 

よくわからない言葉を混じらせて、きっぱりと断っていた。

おそらくは、この世界の本で学んだ言葉なんだろう。勉強熱心で感心する。

 

「……実力を知らない相手と組む気は私もさらさらないわね。そこは確かに説得力に欠けるわけか。でも私は魔術師だもの。まだ組んでもないのに手の内を晒すわけにはいかないわ。だけど、あなたの価値ならわかるわよ?」

「私の価値ねえ。自分は何も見せずに相手だけを評価するなんて、まるで詐欺師ですね」

 

文の言う通り、結婚詐欺でよく使われる常套手段だ。

 

「最後まで聞きなさい。絶対に損はさせないわよ」

「はい、どうぞどうぞ」

「あなたの戦いを見せてもらったけど、面白いわ。風を意のままに操り、傅かせる。魔術で強制的に従わせているわけでもなく、成るべくして成っている。つまり、あなた自身がそういうモノなのでしょう?」

「へえ……よくわかりましたね」

 

それは、マスターである俺も知らなかった情報だった。

ライダー戦の前にスペルカードの説明は受けたけど、能力の全容は誤魔化してたのか。

ちょっとショックだったが、今は気にしても仕方がない。

文もキャスターの考察に対して、素直に感心しているようだった。

 

「私はその力を100パーセント以上に使ってあげる。そして残るサーヴァントを倒して、聖杯は私たちのものになる。どう? 色よい返事を聞かせてくれるといいんだけど」

 

キャスターは文だけを見ており、マスターである俺は存在していない扱いだった。

俺のような半人前なら、それでも仕方が無い。

だけど、もし手を組むなら知っておかねばならないことがあった。

 

「ちょっと待ってほしい。柳洞寺の人たちは無事なのか聞いておきたい」

 

友人である一成の名前は出さない方がいいだろう。

交渉が決裂した時に、一成を何かに利用される可能性がある。

俺の言葉で話の腰を折られたためか、キャスターが不機嫌そうに眉をひそめた。

 

「……坊やには何も聞いてないのだけどね。まあ、いいわ。教えてあげる。柳洞寺の人間は全員無事よ。私の魔術で深く眠っているだけ。死んだりはしないわ」

 

もちろんキャスターの言葉を、そのまま鵜呑みにはできない。

しかし、手を組もうと考えている相手の言葉だ。

嘘をついている可能性は低いと考えていい。ひとまず安堵する。

疑問はまだ残っている。これは確認しないといけない。

 

「キャスター、おまえのマスターは誰だ?」

「それは教えられないわね。でも手を組んでくれるのなら考えてあげてもいいわ。……ふふ、案外坊やの身近な人物かもしれないわよ?」

 

「もういいでしょう」と言って、キャスターは俺との会話を打ち切った。

 

「それで、アーチャー。あなたの返事は?」

 

キャスターは、どこか期待に満ちた様子で少女の返答を待っていた。

文もすっきりとした表情で、キャスターの目を見つめている。

 

「考えるまでも無かったんですが――答えはノーです。謹んでお断りします。さて……その理由ですが、三つほどあります。どうします? 聞きますか?」

「……参考までに聞かせて貰おうかしら」

 

キャスターは一見冷静に見えたが、声に抑揚がなかった。それが恐ろしい。

そんな彼女を更に挑発するように、文は人差し指を立てた。

 

「第一に、魔術師にはろくな人物がいません。私の知り合いも――人の話を聞かないコソ泥、本の虫のヒキコモリ、他人に関心を持たない協調性無し。そんなろくでなしばかりです。内側の世界に閉じこもるばかりで、社会性が著しく欠如しています。統計的に見ても、魔術師は基本信用がおけません。あなたも見るからに面倒臭くて、胡散臭い。今の会話の範囲でも、仲間であるアサシンを見捨てました」

 

二本目の指を立てる。キャスターは何も答えない。

 

「第二に、マスターである士郎さんを蔑ろにした。これから交渉する相手のパートナーを魔術で拘束するなんて誰が信頼できますか。士郎さんは未熟者の癖に無鉄砲で、尊敬に足るような人物ではありません。ですが、彼は私のマスターです。居候先の主で色々と世話を焼いてくれます。彼の作るご飯も美味しいです。我ら天狗は仲間を大切にします。決して、蔑ろにしてはいけません」

 

三本目の指を立てる。キャスターは何も答えない。

 

「最後にあなたがどう見ても反英霊だということ。……私も運が良いんでしょうか。これまでまともに戦ったサーヴァントはライダー、アサシンの二人だけ。他のサーヴァントとの戦闘は有耶無耶なうちに終わっています。なので、あなたとなら先の二人と同じ理由で思いっ切り戦えるんですよ」

 

口角を上げ、眼前の魔女を見下す笑みを浮かべた。

 

「それに――せっかく私がやる気を出したのに、キャスター如きに従うなんて面白みに欠けると思わない?」

 

交渉決裂が決定的となる言葉を、キャスターに言い放つ。

そんな言葉とともにキャスターの魔力が急激に上がっていった。

 

そこからは、何もかもが速かった。

キャスターの魔術が発動するより先に、文が俺の襟首を掴んだ。

猛スピードでバックステップして距離を広げていく。一瞬で頸動脈が絞まり、意識が飛びかけた。

 

「死になさい」

 

キャスターから紫電が走り、肉眼で確認できる高出力の大魔術が一工程の詠唱で完了した。

人を軽く飲み込めるほどの光線状の魔力が、俺たちを殺すために放たれる。

俺を抱えた状態だと、とても躱せるような魔術じゃない。

……こんなんじゃ、役立たず以前に足を引っ張ってるだけだ。

 

「おー、これはなかなか」

 

文は十分に距離を取ると、即座に障壁を展開した。

文の魔力と風によって編まれた風の障壁だ。

風の壁がキャスターの魔術と衝突すると、魔力が弾けるように拡散していく。

だが、それもほんの数秒だけ。

キャスターの光線が瞬く間に障壁を浸食して、突き破ろうとする。

 

「士郎さん、ごめんなさい!」

「え!?」

 

襟に首を絞められて咳き込んでいる俺を、文が片手で軽々と持ち上げた。

襟首が食い込み、再び頸動脈が絞まる。

その状態から振り向き様――俺を力任せに空中へとぶん投げた。

 

「――――!!」

 

浮遊感なんて生やさしいものじゃない。レールガンの弾頭にでもなった気分だ。

そう考えているうちに、俺は寺の敷地内にあった池に頭から飛び込んだ。

水面に激しく叩き付けられるが、砂利の引かれた境内より少しはましだろう。

 

「よっと」

 

俺という重荷を捨てた文は、光線状の魔術を軽く躱してみせる。

キャスターも詠唱を繰り返し、周囲に浮かぶ魔法陣から十本以上の光線が展開されていく。

 

「なんだ、あれ……? あんなのどう見ても、一工程の詠唱で使える魔術じゃない……!」

 

馬鹿げたことに展開された光線すべてに、さっきと同程度の魔力が込められていた。

 

「ふふ、ここにいたら焼き鳥になるわね」

 

そんな魔術の奔流を避けるため、文は翼を大きく広げると空へ飛んだ。

キャスターの光線も追随するように、空中にいる少女を追いかけていく。

上空に放たれた魔術によって、空が明るく染まった。

 

キャスターの常識外れの魔術より、文の機動力のほうが勝っていた。

くるりくるりと空中で回転をして、紙一重で攻性魔術を回避していく。

どう見ても、運動力学を無視した非常識な動きだった。

 

「ちっ……鬱陶しいわね」

 

キャスターもより狙いやすくするためか、身体を中空高く浮かべる。

当たり前のように空を飛んでいる文とキャスターを見てると、現実感が稀薄になっていく。

俺のような魔術使いには、生涯を費やしても決して立ち入れない世界だった。

今や同じ目線にいるキャスターに対して、射命丸文が堪えられないように口元が緩んだ。

 

「ようこそ――私たちの世界へ。先達としてあなたを歓迎するわ」

 

こうして、天狗と魔女による空の戦いが始まった。

 

 

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