文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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34.弾幕ごっこ

 

 

キャスターの使う魔術は、考えられないものだった。

現代を生きる魔術師では、到達不可能な攻勢魔術。

自己の研鑽に道徳や倫理を捨てた魔術師であっても、夢想の領域。

 

空を飛ぶ射命丸文に降り注ぐ光弾の雨。

その一つ一つが現代魔術の常識の枠から大きくはみ出した大魔術。

一つの光弾に対して、俺が保有できる魔力量の三倍以上の出力があった。

それをこともあろうかキャスターは、同時に十発以上も放っている。

これが魔術師の名を冠したキャスターの魔術……。

 

「ふふ――」

 

しかし文は、それを躱していた。笑いながら、嘲笑いながら。

信じられないが、軽々と、いとも容易く。

 

正直に告白すると――。

聖杯戦争が始まってから、もうすぐ一週間が経とうとしていた。

その一週間で、俺の理解や常識を超えたものを数えきれないほど見てきた。

しかし、その全てをひっくるめても――。

上空で起こっている光景が、衛宮士郎の理解を最も逸脱していた。

そう信じられるほど、射命丸文の回避能力はただ事ではない。

 

それは、烏天狗の身体能力による常識外のスピードだけではない。

何と言うべきなのか。とにかく上手いのだ。

寒気がするほどに。肌が粟立つほどに。

他と比類しない身体能力から鍛え上げられた、才能と研鑽を重ねた一つの究極。

 

目にも留まらぬスピードから、一瞬で停止する。

万物全ての物体は、速度を維持するために慣性という性質がある。

高速飛行から完全なゼロにするのは、本来ならあり得ない。

あんな速度で完全に停止する力が一瞬で働いたら、身体がバラバラになる。

理外である魔術の世界であっても、その法則には抗えない。

だが、射命丸文はそんな常識をすべて置き去りにしていた。

世の理や万物の法則を無視した本来あり得ない行動を、当然のものとしている。

 

キャスターの魔法陣から、光弾雨が再び降り注いでいく。

文は、殺意を持って迫る死の雨を針の穴に糸を通す精密さで避けていた。

初めは紙一重という危うさで躱していると思ったが、実際はそうではない。

あれはわざと、自分の身体と擦れ違うギリギリの位置で回避している。

大魔術によって、肌がチリチリと焼き付くほどの距離。

そんな最小限の動きは、躱すだけではなく何か別の意図が感じられた。

あの身を焼く行為にも、何かしらの意味があるのか。

 

それは端から見ていると、光弾が文をすり抜けているようにも見える。

実際はそうではなく、外れた光弾の一部は容赦なく境内を吹き飛ばしていた。

無数の流れ弾によって、境内一帯は荒れ果てていく。

厳かな風格があった柳洞寺の境内は、今や爆撃された跡のようだった。

 

「く……! なんなの一体……! 悪い夢でも見ているの……!?」

 

キャスターが、急に攻撃を止めた。

その結果、今までが嘘のように境内がしんと静まり返る。

大魔術の行使による魔力切れか、それともこれ以上の攻撃は何の意味がないと察したのか。

 

文もまた、キャスターと同じ高さで停止し、空中で対峙する形になる。

二人の高度は上空二十メートル程度。

地上より遠く離れた上空、人の形をしたサーヴァントが向かい合う。

ある意味では、滑稽とも言える状景だ。

だが、こうして眼前に広がれば異常極まりない光景だった。

 

「……お疲れかしら?」

「言ってなさい! この烏風情が!」

 

キャスターはローブを蝙蝠のように広げ、その周囲には複数の魔法陣を浮かばせている。

用途は対象に光線状の魔術で攻撃するという、それだけのもの。

それは魔術の砲台であり、発射口はすべて対峙する少女に向けられていた。

 

文はまるで地上に立つかのように上空で静止していた。

その態度は、まさに余裕そのもの。

キャスターの魔術はただの一発も当たらずにすべて躱された。

防御をしたのも、俺を抱えていた時の一回だけ。

 

「これはもう――」

 

戦いの場に身を置くものとして、決して考えてはいけないことが頭に浮かぶ。

文の力を過信しているわけでもなく、キャスターを過小評価しているわけでもない。

だけど俺はこう確信してしまった。

――キャスターの魔術は、絶対に射命丸文には当たらない、と。

 

「火力は大したもの。それでも当たらなければ意味はないわね。とにかく弾幕が直線的過ぎる。あれなら命中する直前にちょっとだけ避ければ絶対に当たらない。いくら数を用意できても、愚直なまでに対象を狙い撃ちだなんて本当に愚か。……なんでも弾幕はブレインらしいわよ?」

 

文は自分の頭を、人差し指でとんとんと二回叩いた。

キャスターという世の叡智を超越した魔術師を小馬鹿にするように。

 

「この……!」

 

その横柄で相手を見下す振る舞いに、魔女が歯を鳴らす。

無理もない、この場で異端なのは射命丸文だ。

 

「ま、大昔に死んでしまったあなたに今の流行を言っても仕方が無いか。日進月歩。技術は常に進歩するもの。時代遅れの魔女が弾幕ごっこで私に勝てるわけもない」

「戯言を……ッ」

 

魔女の声は怒りに震えており、彼女が冷静さを失っているのがわかる。

 

「で、もう来ないの? まあ、いくらやっても無駄も無駄だけど。――では、ここらで攻守交代といきましょうか!」

 

文が葉団扇を横一文字に一振りした。

団扇から発生した風が三日月型を作り、対象を両断する刃となった。

ただ真っ直ぐに放たれるのではなく、迂回するような弧を描いてキャスターを狙う。

キャスターは、奔放自在に空を駆けた文と違って、その場所から動かない。

結果、呆気なくキャスターへ命中し、ゴムタイヤが破裂するような音が境内に響く。

 

「ア、ハハ」

 

しかし、相手は魔術師のサーヴァントだ。何も対策してないわけがない。

やはりと言うべきか、文の風の刃はキャスターの魔術障壁に容易く砕かれていた。

……いつの間にそんな障壁を展開したのか?

遠距離戦を得意とするアーチャーが相手だ。初めからと考えるのが妥当だろう。

 

「アハハハハ! 何それ? 私を馬鹿にしているの?」

 

キャスターが、文の攻撃の呆気なさに高らかに笑った。

文の風の刃は、聖杯戦争初日にバーサーカーを不意打ちでよろめかせたもの。

あの一撃の風だけでも、相当な破壊力が込められていたはず。

 

「んー。また駄目か。流石にこう続くと自信を無くしますね」

 

文が、がっくりと項垂れるようなポーズを取った。

 

「この程度の攻撃、一発や二発やられようとも何でもないわ。アーチャーのサーヴァントだというのに。フフ――お粗末なものね」

 

文の攻撃を軽くいなして、キャスターが饒舌になる。

 

「どうかしら? 今ならまだ許してあげるわよ? さっきの言葉を撤回して、私の仲間になりなさい。……もちろん、無理やりというのも嫌いじゃないのよ? あなたみたいな跳ねっ返りを強制的に服従させるのも悪くない。今ならそれも許してあげると言ってるの。素直に従うのが身のためじゃない?」

 

キャスターが自分の唇を舐めた。

フードに隠れた双眸が、文の瑞々しい肢体を舐めるようになぞっていく。

そんな視線に反応するように、今まで肩を落として項垂れていた文が顔を上げ、にっこりと笑った。

 

「願い下げです。この年増」

 

うわあ……。

文が断るのまでは予想ができていた。

だけどそんな直接的な悪態で拒否するとは思わなかった。

キャスターにとっては、禁句っぽいワードも言ってしまっている。

しかし、文はなんて気持ちのいい笑顔をしているのか。

こんな新年の朝のような晴れ晴れとした顔を見たのは初めてだ。

 

「…………な、なんですって!!」

 

言葉の意味をようやく飲み込んだキャスターが当然のように激昂した。

やはり、今の発言は禁句だったか。

文は、そんな怒りを無視して扇を正面に掲げると、キャスターを直視する。

 

「――じゃあ、リクエスト通りにその一発や二発を増やしてあげるわ」

 

そんな意味深な言葉と同時に、天狗の少女を中心にした大きな魔法陣が現れた。

五芒星の描かれた簡易な魔法陣だ。

赤い不思議な光を灯しており、下から見ても威圧感はさほど感じられない。

 

「……ふうん、それは何かしらね」

 

状況の変化にキャスターも冷静さを取り戻し、分析を始める。

誰でも描けるようなシンプルな魔法陣。だからこそ用途は無限にあった。

しかし文の言葉と意味を考えると、この魔法陣の正体は――。

 

幻想少女が自分の魔法陣の上で踊るかのように、ふわりふわりと身を翻していく。

五芒星の陣が夜に馴染んだ頃、空が徐々に歪んでいった。

 

そして、夜が爆ぜた。

 

 

 

 

無数の弾が夜を覆いつくすように、視界を埋め尽くす。

魔力を内包した赤と青の二色の弾弾弾弾弾弾――。

圧倒的に暴力的で、理不尽なまでに不条理で。

隙間も狭間も残さずに、二色の光弾が闇夜を染め上げた。

 

「――――あ」

 

もはやそれは、数えるのも馬鹿らしかった。

この瞬間だって魔法陣から次々と光弾が生み出されていく。

今はすべての弾が空中にピタリと静止しているが、それもまた文の匙加減。

 

彼女が『弾幕』という言葉を度々口にしていたのを思い出した。

これはまさに『弾による幕』だ。それ以外にどう表現しても、意味を持たない。

徹頭徹尾、完膚なきまでの、弾幕による世界の浸食。

 

「なんなのよ、それ……? そんなデタラメ……が」

 

一発一発の威力は、キャスターの魔術を大きく下回るだろう。

だが、数が違う。違いすぎる。

無限に広がる夜空の全てを埋め尽くす弾幕など誰が考えるものか。

 

「頑張って躱してみなさい。時間は一分にしておくから」

 

天狗の少女がいやらしく笑うと、空中に静止していた弾幕がキャスターを捉える。

 

「じゃあ、対戦よろしくお願いします」

 

利き手に持った葉団扇をキャスターに向けて降ろした。

その瞬間を待っていたかのように、弾幕がキャスターに向かって襲いかかった。

 

 

スピードは目で追える程度のもの。それでも数が尋常じゃない。

弾幕の動きは不規則ではなく、まるで軍隊の行進のように規律を守っていた。

夜の空に奇妙で美しい、幾何学模様を描いていく。

その弾幕はキャスターだけを狙ってはおらず、あらゆる方角に飛んでいた。

無差別とでもいうべきだが、キャスターに向かう弾幕だけでも数え切れない。

 

「だから、なんなの!」

 

弾幕の第一陣がキャスターの魔術障壁に着弾すると、ドンドンと弾けるような音を繰り返し鳴らしていく。

キャスターの張った魔術障壁は堅牢であり、びくともしない。

予想通り、一発一発にそう大した威力は込められていない。

 

「弾幕をそうやって防ぐのは幻想郷だと御法度なんですけど、ねッ!」

 

烏天狗が葉団扇を横薙ぎに振るう。

扇から放たれたのは、リング状の弾幕。複数の光弾が数珠繋ぎで一つになっていた。

たった一振りだったが、同時に五つも発生していた。

回転も加わったその弾幕は、確実にキャスターだけを襲う。速度も今までよりずっと速い。

 

リング状の弾幕がキャスターの障壁と衝突した。

その弾幕は今までよりも重く、今までよりしつこかった。

接触しても先程と違って砕けずに、電動丸鋸のように障壁をガリガリと削っていく。

同時に第二陣の弾幕も着弾して、確実にダメージを蓄積させていった。

世界最高峰の魔術障壁であっても、徐々に悲鳴を上げているのがわかる。

 

このままだと崩壊も時間の問題だった。

そんな壁一枚だけに守られるキャスターのストレスは相当なものだろう。

絶対に思えた魔術障壁も、今や烏天狗の理不尽によって食い破られようとしていた。

 

「この――! ふざけるのも大概にしなさい……!」

 

キャスターが障壁に魔力を込めると、より強靱なものになった。

リング状の弾幕も、キャスターに届かずにそのことごとくが砕かれてしまう。

だからといって安心はできない。魔法陣からの弾幕は未だ発生し続けている。

前面の魔術障壁を強化したためか、それ以外の守りが手薄になった。

 

「くっ、アーチャーはどこ!?」

 

キャスターの言葉通り、文の姿が消えていた。

視界全てを弾幕という壁に奪われていたせいで、俺も含めて見失ってしまった。

キャスターがどこか散漫とした様子で周囲を探す。しかし少女の姿はどこにもない。

 

「――あなたの上ですよ」

 

そんな声に、キャスターが反射的に見上げてしまう。

キャスターが文の姿を視界に入れた瞬間――魔女の妖艶で美しい顔に天狗の踵が刺さった。

耳を塞ぎたくなるような、人の肉体が砕ける音がした。

 

「ぐ、が……!」

 

衝撃にキャスターの飛行魔術が解けて、力なく落下していく。

意識すらも刈り取られたのか、荒れ果てた境内の上に呆気なく墜落した。

文もキャスターを追うようにして、ふわりと着地する。

 

「……敵の言葉に耳を傾けて上を向きますかね? その時間で上部に障壁を張ればよかったのに。愚かしいほどの馬鹿なんですか?」

 

足下に倒れているキャスターを少女が睥睨する。その顔には嗜虐心が滲み出ていた。

……天狗の少女は希代の魔女を、見下ろしながら見下していた。

絶対的に有利な立場にいても追撃せずに、淡々と相手の精神を逆撫でする。

 

「弾幕攻撃の途中に肉弾戦を仕掛けるのは好きじゃないんですけどね。まあ、無法には無法ということで」

 

キャスターはぴくりとも動かなかった。文の踵落としで気を失っているのだろう。

無反応なキャスターを無視して、文が俺のほうを見た。

俺と視線が合うと今までの嗜虐的な笑みではなく、にこやかに笑っている。

 

「士郎さーん、大丈夫ですかー?」

 

彼女からは何一つ敵意を向けられていないのに、俺は少したじろいでしまった。

思い出すと……ライダーを倒した直後も、彼女は瞬時に態度を切り替えていた。

 

今になって初めて気付く。

射命丸文という烏天狗の少女は、複数の顔を同時に持っている。

新聞記者としての顔、見た目通りの少女の顔、そして狡猾で残忍な妖怪の顔。

どれも隠された一面なんかではなく、それぞれの顔が隣り合っていた。

 

いつか学園の屋上で文に、乾いた目で見られたのを思い出した。

あの時、あれは何かの嘘だと思った。そう思い込もうとしていた。

でも間違いではない。あれも彼女の一つなのだ。

 

射命丸文は自分の物差しで相手を測り、その相手によって接し方を変える。

興味のあるもの興味のないもの、強いもの弱いもの。

例外としては、新聞記者の顔を見せる時だろうか。

冗談を交えつつも、その時だけは誰にも真剣でひたむきな態度を取ってくれる。

 

屋上で俺に見せた顔も、ふとした拍子に見せる別側面だった。

今はどうかわからないが、あの時の俺はあんな目で見られる程度の対象でしか無かった。

彼女に感じる恐怖の片鱗を少しずつだが、理解できた気がした。

 

「地上には弾幕が飛ばないようにしましたけど、流れ弾は飛んできませんでしたかー?」

 

離れた場所にいる俺に対して、境内に響き渡るような声を上げる。

大声で返事をする気にはなれなかったので、手を上げて無事を伝える。

 

「それは良かったですー。自分で投げといてなんですけど、そろそろ池から上がったらどうですかー? こんな季節なんですから、風邪を引きますよー?」

 

文がこちらを見ながら、ぶんぶんと両手を振るう。

文とキャスターの戦闘にすっかり目を奪われて、自分の状況を把握していなかった。

池の水にいたせいで身体からすっかり熱が奪われて、指先の感覚が既に無くなっていた。

冬の夜にずぶ濡れの状態。間違いなく命の危機だった。

 

「……これはやばい。普通に死んでしまう」

 

いい加減、池から上がらないと心臓が止まる。

ふと……文の足下で倒れていたキャスターが動いた気がした。

少女は今もこちら手を振っており、気付く様子はない。

 

「文!!」

 

俯せのキャスターの手には、歪な刀身をした短剣が握られていた。

寒さとは別の理由で、悪寒が走る。

あんな形状のものに、まともな殺傷能力があるとは思えない。

しかしあれは良くないものだと、衛宮士郎の根幹が警鐘を鳴らしている。

あの短剣の構成材質と創造理念が、普通ではないと教えてくれる。

 

「はいー? 名前だけ叫ばれても私はどう反応すればいいんですかー?」

 

文は気付かない。

驕り高ぶる天狗の少女は、人理の到達点であるサーヴァントを軽んじていた。

キャスターの歪な短剣が、無防備な少女の背中に振るわれた。

 

 

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