文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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37.夜に抱かれて静かに眠る

 

 

夜明けまでには、まだ時間がある。

 

イリヤとバーサーカーが去り、柳洞寺には俺と文の二人が残された。

キャスターの魔術から解放された一成や寺に住む人たちも、夜明けと共に目を覚ますだろう。

荒れ果てた境内を見て心を痛めるだろうが、誰かが死ぬよりかはずっといい。

その後は、聖杯戦争を監督する言峰綺礼が事後処理をしてくれるはずだ。

 

イリヤ曰く、ランサーは死んだという。

残るサーヴァントは、アーチャー、キャスター、バーサーカー、セイバーの四騎。

消去法で、この場にいなかったセイバーがランサーを倒したのだろう。

キャスターも今も生きているが、時間の問題だと言っていた。

そうすると、残るサーヴァントはたった三騎。聖杯戦争の決戦は、すぐそこまで近づいていた。

 

「う、ぐ……」

 

緊張の糸が切れたのか、意志に反して体が崩れ落ちてしまう。

四肢に力が入らず、このままだと倒れてしまいそうだった。

こんな冬の深夜に身体を濡らしたのがまずかった。

葛木から受けたダメージも深く、体温が徐々に抜けていくのがわかる。

俺は、もはや立っていられないほど消耗していた。

結局俺は何もせず、足を引っ張り、ただ無様を晒しているだけ。

 

サーヴァントではない人間の不意打ちで、こうも容易くやられてしまった。

この聖杯戦争の最中、何度もサーヴァントと遭遇した。

その度に彼らの実力に震撼して、自らの弱さが浮き彫りになっていく。

そしてサーヴァント以前に、徒手空拳の相手にも何もできない体たらく。

 

……何年にも及ぶ、命懸けの魔術の鍛錬に何の意味があったのか。

これまでの戦いで、一度だって役に立っていない。

今は情けなく、勝手にやられて地面に膝を突こうとしている。

……こんな姿、爺さんには到底見せられない。つくづく救えない。

 

「おっと、大丈夫ですか?」

 

崩れ落ちようとする身体を、誰かが優しく支えてくれた。

艶やかな黒髪が鼻先をくすぐると、俺と同じシャンプーの匂いがした。

その匂いに混じった、女の子の甘い香り。

 

「…………」

 

今になって気付く。

イリヤに戦いを止めさせるため、俺は彼女を矢面に立たせていた。

俺は後ろに立って傍観しているだけ。戦える力がないのを言い訳にして。

――なんて矛盾。

自分がどれだけ恥知らずな存在なのか理解してしまう。

 

「……なあ、文。俺は間違っていると思うか?」

 

少女の小さな肩を借りて、冷え切った身体で何とか歩く。

 

「はい? 何がです?」

「俺はイリヤに戦って欲しくないと思った。それは偽りのない本心だ。……なのに俺はこうして文にだけ戦ってもらっている」

 

改めて言葉に出すと、自らの欺瞞に吐き気がしてくる。

イリヤという女の子に戦ってほしくないのに、俺は文という女の子を戦わせてしまっている。

それは、理想から大きく乖離した矛盾と欺瞞に満ちていた。

 

「はあ……」

 

文が少し落胆したように溜息を吐いた。

 

「そんなつまらないことで悩んでたんですか」

「つまらないことはないだろ。俺だって……」

「失礼」

 

文がいつかのように、指先を俺の口に置く。

これ以上は話すなと言いたいのだ。

 

「私を士郎さんの物差しで測っても意味がありません。あなたが想像する以上に私という存在は老成しています」

 

自分は見た目以上に大人だと言いたいのだろう。

彼女は、人間ではない。

少なくとも可憐な見た目に反して、俺よりも年上なのは間違いなかった。

 

「例えば、イリヤさんも私と同様に見た目よりもずっと大人です。ですが、まだ間に合います。何にでもなれます。だから彼女を止めようという士郎さんの気持ちは多少なりとも理解できます」

 

イリヤは時折、俺よりも大人びて見える時があった。

それでも彼女は、まだ子供だ。

あの雪の少女を、心の底からこの馬鹿げた戦いから解放したい。

 

「それに比べて私は心が完成してしまった。感受性も落ち着いて、感情の起伏もすり減ってしまった。士郎さんは直感でそれを感じ取ったんでしょう。だから私を戦わせるのは、何も間違いじゃないですよ」

 

理屈はわかる。だけど感情がそれを許さない。

無理強いじゃないにしても、俺は文を戦わせている。自分は一切動かずに。

俺に戦う力がないなんてただの言い訳にしか過ぎない。それに――。

 

「文だって、イリヤと同じ女の子だ」

 

ピタリ、と。

文が歩くのを止めた。

 

「――あまり天狗を舐めるなよ、人間」

 

初めて聞くその声に、寒さで震えていた身体が本当の意味で凍てついた。

文の見開いた赤い瞳孔が細くなり、俺という獲物を捉える。

呼吸が止まる。

指先一つ動かすことも、目を逸らすことも、そして呼吸さえも許されない。

この瞬間に少しでも変な動きを見せれば、俺は絶対に殺される。

 

脳裏に浮かぶのは、恐怖と畏敬。

どんな理不尽であっても、弱者は強者に喰われる。

弱いのは、それだけで罪。弱肉強食という原初にして絶対の摂理。

ヒトの遺伝子に刻まれた、単純で最も明確な捕食の恐怖。

……俺は、彼女を本能から畏れていた。

数秒が無限にも思える緊張。その時間、俺は恐怖の虜だった。

 

「つまりは、そーゆーことですよ」

 

目の前の存在が顔に笑みを貼り付けた。緊張が嘘だったかのように解かれる。

 

「私が言うのもなんですが、見た目に騙されちゃいけません。アサシンの言葉を借りるのは癪ですけど、私は『人の皮を被った物の怪』です。今のあなたはそれを感じ取ったでしょう? ……これで理屈と感情の両方で理解ができたかしら?」

 

思い出したかのように、胸がドクドクと鼓動を打った。

ひょっとしたらあの瞬間……俺の心臓すらも凍り付いていたかもしれない。

 

仮初めではあったが、文に初めて向けられた敵意。

こんなのは、普通の人間が耐えられるプレッシャーじゃない。

射命丸文という妖怪は、英雄や英傑でなければ立ち向かえない存在だ。

俺のような出来損ないの魔術使いとは、そもそもとして立っている舞台が違っていた。

 

「俺が爺さんから託された理想は、何も間違ってないよな……」

 

ふと漏れてしまった弱音という本音。

俺は文の過去を夢で見ていた。

直接聞いたわけではないが、彼女も俺を夢で見ているはずだ。

こんな事を誰かに訊くなんて俺も相当参っている。

 

「そんなの知りませんよ。自分の夢を他人に預けないでください。私ではなく、あなた自身の夢でしょう? 士郎さんの思うまま、悩み苦しみ、最後までやりたいようにやってください」

 

まったくもって、その通りだった。

俺は、彼女になんと言ってほしかったんだ?

慰めて欲しかったのか? 罵倒して欲しかったのか?

何を言われようが、最後に決めるのは自分だけ。

他人に何かを言われて揺らぐような理想なら、掃き溜めにでも捨ててしまったほうがいい。

 

俺の理想は、文からすれば知ったことじゃないし、関心の及ぶものではない。

それでも否定も肯定もされなかったのは、文なりの優しさだったのかもしれない。

 

「ああ――そうだな」

 

納得した。

俺の理想が二律背反の板挟みだとしても、俺は自分を曲げるのはもう嫌だ。

誰かを救いたいという考えは、決して間違いなんかじゃない。

どんな欺瞞を抱えようとも、この願いが尊いものなのは変わりがない。

 

「帰りましょうか。こんな濡れ鼠のままじゃ風邪を引きかねません。私はそれが一番心配です」

「……ありがとう」

 

文は屈託のない笑みを向けて、預けた身体を支え直してくれる。

俺たちは再び前へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

衛宮士郎が柳洞寺を去ってから、数時間が経過していた。

 

そんな空が白み始めて、夜明けを迎えようとした頃。

キャスターを抱えた葛木宗一郎が、鬱蒼とした山の中を走っていた。

キャスターのフードが脱げて、眉目麗しい素顔を晒している。

しかしその美貌は苦悶に満ちて、荒い息を繰り返す。

胸部の大きな傷は出血が止まらずに、点々と大地に続いていた。

 

円蔵山の中腹にある柳洞寺は、未開拓のルートが多い。

単純に行くだけなら、柳洞寺まで続く長い石段を使えばいいだけ。

だが宗一郎はキャスターを抱えて、木々が生い茂る未開のルートを突き進んでいた。

そんな薄暗い闇のなかで、淀みなく山の中を走り続ける宗一郎の健脚は並外れていた。

 

キャスターがバーサーカーにやられた後、マスターである宗一郎は柳洞寺で息を潜めていた。

キャスターを抱えて、息を殺して、戦いが終わるのを待っていた。

瀕死のキャスターを抱いた状態では、それはとても拙いもので。

仮に射命丸文とイリヤスフィールのどちらかが探していたら、すぐに見つかっていただろう。

だが二体のサーヴァントは、キャスターの存在を歯牙にもかけていなかった。

取るに足らないもの。無価値のもの。どうでもいいもの。

言葉をいくら飾ったとしても、文とイリヤの二人にとって、キャスターはその程度の存在でしかなかった。

……死を待つだけのキャスターに取って、それは僥倖と言えたのだろうか。

 

そして少し明るくなるのを見計らって、二人は下山を試みた。

目立ちやすい石段は使えない。他のサーヴァントが張っている可能性がある。

今にも消滅しそうなキャスターが、サーヴァントと遭遇するのは確実な死を意味する。

ならば危険を冒してでも、空が明るくなるのを待って獣道から下山した。

 

「……宗一郎様、私を降ろしてください」

「…………」

 

この時、キャスターは走り続ける宗一郎の身体を気遣ったわけではない。

この男は、暗く足場の悪い道をずっと同じペースで走っている。

キャスターの危惧したのは、このまま自分と一緒だと宗一郎の身にも危険が及ぶということ。

 

(ああ、本当にこの人は……)

 

宗一郎は、キャスターの命を救ってくれた恩人だった。

その献身は、キャスターの命だけではなく、心までも救ってくれた。

裏切りの魔女と罵られ、恐れられたメディアであっても。

恩人である宗一郎を、これ以上危険に晒す真似はしたくなかった。

 

宗一郎は答えなかった。

もともと口数の少ない寡黙な男だった。

それでも、必要な言葉は間違いなく伝える男だった。

 

「霊核に傷を負ったので、どの道もう駄目です。ですので、ここで私を捨てるのが最善でしょう」

「黙っていろ。舌を噛むぞ」

 

宗一郎はキャスターと視線も交わさず、無表情のままで、それだけを答えた。

キャスターはそれ以上なにも言わなかった。だけど心は満たされていた。

もしこの場を離脱できたとしても、キャスターには緩やかな死が待っているだけ。

何があっても訪れるのは、確実な絶望。

だけど――だけど今だけは、宗一郎の胸に抱きかかえられる幸せを享受しよう。

 

心からお慕いする殿方の胸の温かさに幸福を覚えるなんて――。

キャスターは、少女じみた自身の感性に驚きつつも、口元がだらしなくなるのを止められなかった。

 

 

 

あと少しで山を抜けようとするところで、宗一郎が静かに足を止めた。

木々が不自然に開けた中心に、一人の男が立っていた。

 

「――待ちくたびれたぞ、雑種」

 

黒のライダースーツを着た若い風体の男だった。

こんな山のなかでは、あまりに不自然な存在。

しかし力ある者であれば、一目で只者ではないのはわかる。

 

「あなた、何者?」

 

男は肉体を持っていたが、彼の放つ存在感は人間のそれではない。

体躯はバーサーカーより遙かに劣る金髪の優男だったが、存在感だけは巨人を凌駕していた。

信じられないが、ただ目の前にいるだけで、へりくだってしまいそうになる。

男はキャスターの質問に忌々しそうな顔を作ったが、それも一瞬のこと。

 

「我に問うのを許した覚えはないぞ、雑種。だがな、我は少々機嫌が良い。答えてやろうではないか。……10年前の聖杯戦争で勝ち残ったサーヴァントと言えば十分であろう?」

「……なんですって?」

 

男の口から出た言葉は、信じられないものだった。

しかしそれはキャスターの思いつく限りでは、一番納得のいく答えでもあった。

これだけの存在感と重圧を放つ男が、現代の人間であるはずがない。

聖杯の力によって受肉したサーヴァントと考えるのが最も自然だった。

この男の言うとおり、10年前の聖杯戦争で受肉を果たした存在なのだろう。

 

そんな存在が、目の前に現れた理由は何なのか?

キャスターは何十もの仮説が導き出したが、どれも良くないものだった。

その答えは、血のように赤い男の目を見て勘づいてしまう。

あの目は、いけ好かないアーチャーと同等か、それ以上にキャスターを見下している。

キャスターの存在すらも許してはいない。もう、これ以上考えるまでもなかった。

 

「綺礼の狗がセイバーにやられてな。それでだ。我が直々に貴様らを殺しに来たというわけだ。ククク、どうもあの男はランサーが死ぬとは露にも思ってなかったようでな。あの仏頂面が狼狽える様は、中々に見物であったわ!」

 

何が面白いのか、愉悦を堪えきれずに声を上げて嗤った。

 

「さて、浅ましく生き足掻く雑種どもをこの舞台から引きずり降ろしてやろう――!」

 

明確な殺意を向けられて、男のプレッシャーが膨れあがった。

その重圧に、自身が万全であっても絶対に戦ってはいけない存在だとキャスターは理解する。

彼女のサーヴァントとしての資質が、かつてない警鐘を鳴らしていた。

 

今のキャスターでは空間転移どころか、簡単な魔術一つもままならない。

万事休すとは、まさに今の瞬間以外に考えられなかった。

 

「…………」

 

だから魔女は、如何にして宗一郎をこの場から生き長らえさせるか――その一点だけに聡明な頭脳を使った。

……だが、いくら思考を巡らせても答えは見つからない。

男が特別な気まぐれでも起こさない限り、確実な死が二人を待っている。

 

「……ここで待ってろ」

 

宗一郎がキャスターを木陰に降ろした。

 

「宗一郎様!? 何をするつもりですか!?」

 

まるで童女のように声を上げて、宗一郎の思惑を問う。

 

「あの男を殺す」

 

宗一郎は眼鏡の位置を直すと、無感情にそれだけ答えた。

 

「な――ッ!? 私に構わず逃げてください!!」

「……ハッ、我が逃がすとでも思ったのか?」

 

今まで機嫌が良さそうだった男の眉間に皺が寄った。

この金髪の男は、信管の壊れた爆弾を思わせる危うさがあった。

 

「王の前でやかましいぞ、雑種ども! ここは我の手を煩わせず速やかに自害すべきであろう!」

 

独裁者……いや、暴君としか思えない発言にも臆さずに、宗一郎は男と向き合う。

逃げられる可能性はゼロに等しく。勝てる可能性は更に絶望的で、どうあがいてもゼロ。

それなら、僅かな可能性に賭けて逃げ出してほしい。

しかし、この融通が利かないマスターがキャスターを置いて逃げる姿が想像できなかった。

 

「…………うあ」

 

それを想うだけで魔女は胸が熱くなった。

――嬉しかった。涙が出そうだった。

死に直面しているというのに、キャスターは心の底から歓喜した。

だったら、宗一郎の勝利に自分の全てを捧げるしかない。

 

「宗一郎様――ご武運を」

「ああ」

 

木に身を預けたキャスターは、もう自分では起き上がれない。

腕を動かすのもやっとで。

本当は少しの会話でも、かなり無理をしていた。

それでもキャスターは残った力を使って、宗一郎の拳に強化の魔術を掛ける。

それが残された寿命を確実に縮めるとしても――。

キャスターは、それしかしてやれない自分がとても情けなく思えた。

 

視界が霞んで、景色はぼんやりとしか見えなかったが、もう関係無い。

視力以外の残った五感すべてで宗一郎の存在だけを感じよう。

 

「…………」

 

宗一郎は拳を構えると、男に向かって駆け出した。

ただ愚直に走るのではない。視界の悪い地を活かして、変則的なフットワークを見せる。

それは、正中線の揺らぎが無い無音の足捌きだった。

だが、男は同じ場所から構えもせずに悠然とその場に佇むだけ。

明らかに相手にされていない。宗一郎を視界にすら捉えようとしていない。

 

それでも、宗一郎の何の不安もない。

彼にできるのは二十年間もの歳月――暗殺の道具として磨き上げられた己の技だけ。

宗一郎は自身の間合いまで踏み込むと、予測不能な方向からの左腕を男の腹部に放つ。

暗殺術『蛇』――。

その変則的な軌道を持つ蛇の拳は、サーヴァントとすら渡り合える徒手空拳による暗殺術。

そしてキャスターに強化された拳は、鉄板だろうが貫く凶器と化していた。

 

人体の砕ける音が薄暗い森の中に響いた。

 

 

 

 

めきょりと、かつてない不快な音が森のなかに響いた。

その人体が砕かれる音を聞いて、宗一郎は勝利を確信した。

だがその思考を慢心と断じて、頭から消し去る。

暗殺術とは、対象の息の根を完全に止めて勝利と言えるもの。

 

確実な死を与えるために二打目を打ち込もうとした時、違和感に気付く。

 

「――ハ」

 

腹を撃ち抜かれたはずの男の瞳は、何の揺らぎもなかった。

それに魔術で強化されたはずの腕からの痛み――。

 

「!?」

 

砕けていたのは、宗一郎の左拳だった。

壊れた拳を確認すると同時に、男が金色の鎧を纏っていることに気付いた。

砕かれたのは宗一郎の拳だけで、豪奢な鎧には傷一つも残されていない。

 

宗一郎は何が起こったのか、理解ができなかった。

そうだとしても、今は思考をする猶予もない。

彼にできるのは暗殺術だけであり、それ以外の思考など不要だった。

残された右腕を、男の唯一守られていない頭部へと打ち込む。

それは予測されていたかのように、金色の男は拳を軽く掴み取る。

 

「狙いが些か単純だぞ、雑種。もっとも、どこを狙おうが徒労に終わるがな」

 

宗一郎は壊れた左腕で尚も頭を狙う。それは虚しく空を切った。

拳が届かなかった要因――。

それは左腕の肘から先が斬り落とされて、宙へ舞っていたから。

 

金色の男の手には、いつの間にか剣が握られていた。

黒い刀身が特徴的な両刃の片手剣。

鎧と同様に、宗一郎が知覚する前に出現していた。

 

「…………」

 

宗一郎は、ぼんやりと消失した左腕を眺める。

切断された腕からは、血は一滴も流れずに黒い煙が立ちのぼっていた。

右腕は尋常ではない握力で掴まれており、左腕は既になく。

そして宗一郎の暗殺術は、奇襲によって完成する技術。万策はここに尽きていた。

 

「これは貴様などに過ぎた王の宝だ。――精々感謝して死ね」

 

男の荒々しい袈裟斬りによって、宗一郎の身体が肩口から真っ二つに両断された。

葛木宗一郎の意識は、そこで途絶えた。

臓物をまき散らすことなく、冬の凍土へと両断された身体を沈める。

上半身が二度三度、跳ねるように痙攣すると脈動が止まり、活動を完全に停止させた。

切断面から腕と同じような黒い煙が上がり、肉体を浸蝕していく。

あと数分もすれば全身を塗りつぶし、宗一郎の存在を跡形もなく消滅させるだろう。

 

宗一郎は死しても、表情を変えずにいた。

もし、この上半身に意識があったとしても「ああ、そうか」ぐらいにしか思わなかったのか。

それとも、残されたキャスターに何か言葉を述べたであろうか。

それはもう誰にもわからない。朽ちた殺人鬼の生涯はこれで終わった。

 

「端女、次は貴様の番だ」

 

男は、宗一郎だったものに一見も与えず、キャスターの元へと歩いていく。

キャスターは俯いたまま、ぴくりとも反応を示さない。

薄く開いた瞳は虚ろであり、どこを見ているかも定かではなかった。

 

「…………フン」

 

男はそんなキャスターに対して、不満を現すように鼻を鳴らす。

剣と鎧は既に消えて、男は黒いライダースーツの姿に戻っていた。

ここにもう用はないのを知ると、山を下り、冬木の町へと姿を消した。

 

――キャスターは既に事切れていた。

 

魔女のエーテル体が大気のなかに拡散していく。

そして、半刻も経った頃。

キャスターと葛木宗一郎の二人は、痕跡すら残さずに消滅した。

 

長い夜が明けた。

この一夜にしてアサシン、ランサー、キャスターの三騎が落ちる。

 

 

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