文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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40.天狗と歩く森

 

 

冬木市の郊外に大きく広がる森。

この森の奥地に、イリヤスフィールが拠点とする城がある。

 

時刻は、夜の七時を過ぎている。

こんな場所に街灯があるわけもなく、夜に浮かぶ月だけが頼りだ。

森は車道に面していたが、何の用意もなく入れば確実に遭難してしまう。

広大な森は、未開拓の山の一部でもあり、天然の要塞と化していた。

アインツベルンが、ここを聖杯戦争の拠点にしたのも頷ける。

高木が生い茂っており、たとえ日中であっても視界は狭いだろう。

当然、夜ともなれば、更に悪条件が重なってしまう。

まともな神経をしているのなら、こんな時間に攻め込むなんて愚の骨頂だった。

 

「ふう、ここは森林浴に最適ですね。昼でしたら」

「……そうかもな。昼だったら」

 

俺たちは、そんな森に躊躇なく足を踏み入れた。

侵入する者を拒むような凍土の冷たさが、靴の裏側から伝わってくる。

それは、これから起きる惨劇を予感するような冷ややかさだった。

 

本来であれば、魔術師のホームに攻め込むなんて無謀でしかない行為だ。

半人前の俺でも知るような、魔術世界の常識。

この森の全てはアインツベルンの結界であり、ひいてはイリヤの腹の中に等しい空間。

……おそらく、森に一歩目を踏み入れた時点で、イリヤは俺たちの存在に気づいている。

 

「イリヤさーん! かわいい文ちゃんがやってきましたよー! 遊びましょー!」

「イリヤに聞こえていても聞こえていなくても、地獄みたいな台詞だ…………」

 

今はまだ何のリアクションもないが、こうして侵入した以上なにが起きても不思議ではない。

そう思うと自ずと慎重になる。神経を研ぎ澄ませて、常に最悪な事態を想定する。

……ただイリヤの性格を考えると、俺たちの不意を突くような真似はしないかもしれない。

 

「…………」

 

その『かもしれない』は甘い考えなのだろうか? 俺はなぜかそう思えなかった。

 

「イリヤは……俺たちが城に着くまで何もしないと思うか?」

「ええ、間違いないでしょう。あのバーサーカーがいれば、小細工なんて必要ありませんし」

「それは俺も思う。イリヤはバーサーカーを信頼しているからな」

 

文は、バーサーカーを子供みたいに『最強無敵』と評していたが、それは一つだって間違いない。

だから文がどうやってバーサーカーを攻略するつもりなのか、俺には何も見えてこなかった。

本人に聞いても『力の限り頑張ります!』と要領を得ない答えが返ってきた。多分馬鹿にされてる。

 

「それに彼女は、士郎さんを裏切るような真似は絶対にしませんよ」

「…………そうだな」

 

信じられないが、それは自惚れでもなんでもなく、俺もそうだと思った。

理由を言葉にするのは難しい。イリヤとは一日程度の付き合いしかないが、なぜだか確信できた。

 

 

俺の前を歩く少女は、暗い森を躊躇いなしに進んでいく。

俺も彼女の動きを投影するように同じ足取り、同じ道筋を歩く。

夜目が利いても、こういった足下が不確かな道では、それが堅実だった。

そのため、視線が自然と文の足下に向いてしまう。

ここに来る際、少女はいつもの高下駄の赤い靴を履いていた。頭には山伏の頭襟だ。

やはり敵地に乗り込む時には、天狗の姿でなければならないのだろうか?

それも気持ちだけの問題であり、大きな意味も無いようにも思える。

 

「よくその長い一本下駄で躓かないな」

「躓くもなにも……私、生まれてから一度も転んだことがありませんよ」

「は? え? ……嘘じゃないよな?」

「はい? そんな嘘ついて何になります?」

 

そんなことあり得るのか?

文は人間じゃないとしても、人型であるのは変わらない。

二足歩行というのは常に重心が安定せず、立っているだけでも不安定だ。

 

「むしろなんで転ぶんですか? 皆さん、お馬鹿さんなんですかね?」

「…………」

 

文は意図的じゃなくても、ナチュラルに他人を見下しているよな。

そこに悪気がなくなると、余計に質が悪くなる。

 

下駄と頭襟と同様に、普段は隠している翼も晒していた。

その小さく揺れている黒い翼を見ていると、彼女に抱えられて空を飛んだ記憶がありありと蘇る。

お姫様抱っこで空中飛行をした時、俺はもう二度と体験したくないと思っていた。

実はそんな決意とは裏腹に、少し前に体験したばかりなのだが。

 

「う……」

「どうしました? さっきの喫茶店で食べた蠣フライにあたりましたか?」

「いや、別の事情だ……」

 

思い出しただけで、吐き気がしてくる。記憶から一切を封印したいほど酷い。

文からの提案により、金と時間が惜しいという理由から、ここまで抱えられて飛んできたのだ。

急にそんな倹約家になった理由は不明だが、俺からしたらものすごい有難迷惑だった。

市の郊外までの数十キロの距離を、ものの数分で到着したのは事実だ。

そうだとしても、俺は強く思う。

どれだけ時間とお金が掛かったとしても、タクシーで行くべきだった、と。

 

「私の食べたナポリタンは美味しかったですね。どこがナポリなのか疑問でしたけど」

「ああ……あのケチャップ味が癖になるよな。少し焦げていると美味しい」

「あー、わかりますわかります。チープな美味しさとでも言うんでしょうか。なんというか、わんぱくな味ですよね」

 

彼女は人目に付かないよう、闇に紛れて飛んでくれてた。それはいい。

速度と高度が上がる度、身体が寒さで凍り付きそうになった。それも許そう。

だけどせめて、人間が耐えられる加速度にしてほしかった。……俺の耳から脳みそ出てない?

それでも、普段の十分の一程度に加減したというのが恐ろしい。

帰りの足は考えてないが、あれを再び味わうぐらいなら、俺はどれだけ時間が掛かっても歩いて帰る。

 

「でもどうせなら、空からイリヤの城まで行ったほうが早かったんじゃないか?」

 

スカートから覗く生脚のまま藪を突き進む文を見て、ふと湧き上がった疑問を投げてしまった。

とんでもない墓穴を掘った気もするが、振り向いた文は意外と真剣な顔をしている。

 

「……地に足をつけて歩かないと、環境や地形がわかりませんからね。空から見ても森に隠されて何も見えませんし」

 

確かに、ここを上空から見ても青々と茂った常緑樹が広がっているだけだろう。

 

「……残された戦いは、大変に厳しいものになります。これまでが前哨戦だと言っていいぐらいに。バーサーカー戦の勝率を少しでも上げるため、地道な努力も必要なんですよ」

 

思った以上に、まともな回答だった。

文は丁寧な言葉遣いとは裏腹に豪快な性格をしているので、その場のノリと勢いでどうにかすると勝手に思っていた。

……もし『そうですね。そうしましょうか』とでも言われたら、俺は自分を迂闊さで呪い殺すところだった。

 

 

枯木を踏み砕く音だけが、閑静な冬の森に響く。

先頭を歩く文は、俺からの質問に答えながらも淀みのない歩みを見せている。

目的地までのルートも、どうやら全て頭に入っているようだった。

 

「聞き忘れてたけど、どうしてイリヤの拠点がここにあるって知ったんだ?」

「ああ、先日イリヤさんが士郎さんの家に泊まった帰りに尾行をつけさせましてね。使い魔と違って、魔力もないその辺にいる烏です。如何に優れた魔術師だとしても、彼らの存在には気付けないでしょう」

「……まったく、気づかなかった」

 

文とイリヤで酔っぱらった日だ。……いま思うとあの夜は本当に楽しかった。

ああやって酒を飲むのも初めてだったし、文もイリヤも楽しそうに笑っていた。

少しズルをして、大人の宴会を先行体験させてもらった。

教職員の藤ねえには絶対に言えないが、またあんな機会を作ってみたいと思っている。

 

「楽しかったな。俺もイリヤも馬鹿みたいに酔っぱらってた」

「はい、とても。今度はちゃんとしたお酒の飲み方を教えますよ。お酒は酔うものではなく、味わって楽しむものですから」

「ああ、楽しみにしている」

 

イリヤとの関係は聖杯戦争のせいで硬化してしまったが、彼女ともまた酒を楽しめる日が来るのだろうか?

いや……ここで弱気になってはいけない。絶対にそうしなければならない。

 

「あの時の文は、心ここにあらずな感じで固まってたけど、よく尾行をつける余裕があったな」

「え…………マジですか? その話、ふつー触れます? …………『衛宮士郎は人の心がわからない』とメモメモ」

 

メモメモされてしまった。あることないこと新聞に書かれてしまう!

 

「そ、そうじゃなくて! いつ烏を尾行させたんだ?」

「んー、ぶっちゃけ放心状態でしたけど。でもイリヤさんが私に頼んだじゃないですか。『シロウをお願いします』って」

 

声帯模写が得意なのか、拙い名前の発音も含めてイリヤにそっくりだった。

いやいや、そうじゃなくて。この天狗……まさか?

 

「ああ……! 私はそんなイリヤさんの純粋な願いを無碍にはできませんとも……! ……とまあ、そんなわけで士郎さんのため、私は涙を飲んで彼女に烏をつけさせましたとさ」

 

あの直後、文は放心状態から戻っていた。

抜け目がないというか、行動があまりに冷静で容赦がない。

これはもう、人間ができるような発想と判断力じゃない。

 

「……他にも抜け目なく色々やってそうだ」

「ふふふ。どーでしょうかね」

 

冗談交じりの俺の発言に、天狗の少女は妖しく微笑んだ。

これは間違いなく何かやっているだろうな。

 

 

 

 

どこまでも続く、深く暗く冷たい森のなか。

道と呼ぶには少し大袈裟だったが、全力で走れるぐらい開けた場所もあった。

 

「これは……」

「ふむ。足跡ですね。二人分……しかも新しい」

 

開けた地面を見ると誰かが踏み入れたような痕跡があった。

文の言う通り、時間経過で風化もしておらず、どれも真新しいものだ。

 

「靴のサイズはどちらもイリヤさんよりも大きいですね。そうなると……うーん」

「文? 何かわかったのか?」

「今はまだ……いえ、何でもありません。先に進みましょう」

 

確証がないうちは、何も言えないのだろう。

文は俺を置いて、さっきよりも速い速度でどんどん先に進んでいく。

ここではぐれてしまったら、一生森で迷い続けてしまう。俺は少し慌てて、文の背中を追った。

 

そうして、森が切れると石造りの城を発見した。

見るものを圧倒する佇まいは、まさに魔術師の根城。

あの城の周辺だけ、まるで別の国のような異質な空間だった。

 

「…………誰か住んでいるみたいだな」

「……ですね」

 

灯りを漏らしている窓があった。それは間違いなく人がいる証拠だ。

……ここからでは判断が付かないが、魔術的な対策も何重にも施されているはず。

これ以上は、考え無しに先に進むのは危険だろう。

 

「イリヤのやつ、本当に城住まいだったん――」

 

文が咄嗟に手で俺の口を塞いだ。

呼吸ができなくなり咳き込みそうになったが、今度は人差し指を鼻の前に立てる。

その馴染みのジェスチャーは万国共通で、どこでも通じるとされているもの。

 

「シッ、静かに。……可能な限り気配を殺しなさい」

 

俺が何とか聞こえる程度まで声のトーンを落とす。表情もいつもより険しい。

どうやらただ事ではない様子だった。俺も呼吸を落ち着かせて、神経を集中させる。

『気配を殺す』。要領は魔術の訓練と同じだ――。

 

「うん、お上手」

 

満足そうに頷いてから、俺の口から手を放してくれた。

俺たちは腰を低くして、藪の中に隠れる。

文は、最大限に周囲を警戒しながら口を開いた。

 

「結論から言うと、現在このイリヤ城に侵入者がいます」

 

予想外の発言に大きな声を出しそうになったが、感情をコントロールして再び落ち着かせる。

感情の制御は、魔術の基本だ。毎夜繰り返してきた俺は、その精度だけは自信がある。

 

「……俺たちよりも先に誰が? ………………それとイリヤ城って?」

「そんなの考えるまでもなく、凛さんとセイバーです。…………イリヤ城については忘れてください。忘れろ」

 

イリヤ城については一生忘れられそうもないが、イリヤを除けば現存している陣営は遠坂だけ。

これから戦う相手という自覚なのか、セイバーに敬称を付けていなかった。

片や遠坂だけが『さん付け』のままなのは気になったが、そこは大した問題じゃないだろう。

 

「…………」

 

視線の先――文は、イリヤ城のエントランスを凝視していた。

そんな鋭い視線は、厚い木製の扉ですら貫いて先を見通しそうだ。

潜入取材が得意とも言っていたが、その時の彼女もこんな感じなんだろうか?

 

「――来るわ。もっと身を屈めてください」

 

ドン、と何かが破壊されるような音が城内から響く。

その音が徐々に大きくなっていく。まるでこちらに近づいてくるように。

一際大きな爆音がエントランスで起きた。

そんな音に、今まで森で休んでいた野鳥が慌ただしく空へと飛んでいく。

今この瞬間、この森が戦場と化したのを察知したように。

 

そして、エントランスの閉ざされていた扉が木片と化した。

 

「邪魔だ――!」

 

ぽっかりと口を開けた扉から、飛び出してきたのは剣の英霊であるセイバー。

その直後、斧剣を振りかざしたバーサーカーがセイバーに迫る――。

 

『■■■■■■――!!』

 

城の前の開けた土地に、セイバーがステップで退避する。

その退避した地点に間髪入れず、斧剣が刺さった。

まるで回避地点を予測したようなバーサーカーの一撃――。

しかし、そこにはもうセイバーの姿はない。

彼女は、バーサーカーの身の丈を超す跳躍によって回避していた。

 

「――取った!」

 

セイバーは跳躍を回避だけでは終わらせない。

落下の勢いを加えて、不可視の両手剣を巨人に振り下ろす――。

当然、バーサーカーの反応速度も尋常ではない。

足場のない空中で自由の効かないセイバーに対して、斧剣を薙ぎ払う。

 

「ぐっ――!」

 

剣と剣がぶつかり合って、暗い森に鮮烈な火片が散った。

互いの均衡の取れた剣圧により、互いの肉体に刃は届かない。

セイバーは、身を捻らせて着地する。

翠色の瞳はバーサーカーを常に捉えており、巨人もまたセイバーから視線を離さない。

 

「…………」

 

俺たちは呼吸も忘れて、英霊二人の戦いを観察していた。

身を潜める俺たちに、気づく余裕はないだろう。

破壊されたエントランスからまた一人――何者かが駆け出してきた。

……あの目に染みる赤い服は見間違えようもなく、遠坂凛だ。

 

「セイバー!!」

 

遠坂はセイバーに声を掛けたが、彼女は巨人を見据えたまま動かない。

セイバーの相手は、昨夜二騎のサーヴァントを無傷で倒したバーサーカー。

一瞬の気の緩みが、命取りになる。

遠坂もそれを察したのか、セイバーの邪魔にならない位置に移動した。

セイバーから数メートル後方。そこなら魔術による支援も最適な場所だろう。

 

「ふむふむ……役者が揃って来ましたね」

 

隣で息を潜めている少女がそう呟く。

声のボリュームは小さかったが、そこに興奮が混じっているのがわかる。

 

「そうだな。あとはイリヤだけだ」

 

イリヤの姿は見当たらない。まだ城の中にいると考えていいはず。

 

「私たちはここで決着が付くのを待ちましょう。三つ巴になるのは利口とは思えません。……セイバーが少しでもバーサーカーの命を削ってくれたらいいんですけど」

 

ここにいる三つの勢力は、それぞれが別の思惑で敵対している。

彼女の提案は、正々堂々と言えたものではない。

ただ、聖杯戦争の性質上、勝ち残ったサーヴァントが消耗しているうちに狙うのは定石だ。

文の判断が、間違いなくこの場に最適な戦法だろう。

 

「それに見てください。バーサーカーのあの剣。……柳洞寺でぶん投げたものと同じですね。刀身を繋ぐために鋲が打ってあります。あんなんで折れないのかしら?」

 

バーサーカーの武器は、イリヤが神殿の石柱を削って作った剣だと言っていた。

それを今はアサシンに切断された箇所を大きな鋲で繋げている。

言うまでもなく、切れ味や耐久性は格段に落ちているだろう。

それは同時に並外れた力を持つ巨人であれば、武器の性能など二の次なのを証明していた。

 

「キャスターに『あげる』なんて言っておきながら、あのリサイクル精神。これはアレですか。エコですか、エコロジーですか。……一度帰った後に柳洞寺に戻って壊れた剣を回収している姿を想像すると最高に笑えますね」

 

天狗のツボに入ったのか、声を殺して笑っている。

俺の肩に寄りかかりながら腹を押さえているので、余程面白いようだ。

 

「……そんなに面白いか?」

「だってイリヤさん、あんなに格好つけてたんですよ? 『――それ壊れちゃったから、あなたにあげるわ』と言っておきながらですよ? 面白すぎでしょう。んふふふ」

 

同じ声で一語一句違えずに再現するのは凄いが、妖怪の笑いどころは理解しがたかった。

人間と妖怪――笑いのツボだけは生涯分かち合えないかもしれない。

 

 

 

 

そして、最後の役者であるイリヤスフィールがエントランスから姿を現した。

 

「ハア、ハア……」

 

いつもと違って、イリヤの様子がどこかおかしい。

息が荒く、足取りもおぼつかない。どう見たって体調が悪そうだった。

 

「イリヤ、何かおかしくないか?」

「どうしたんでしょうか? 魔力も大きく揺らいでいるように見えますけど……」

 

最後に会った時も変な様子ではあったが、体調不良という感じはなかったはずだ。

 

「……バーサーカー!! さっさとセイバーとリンを殺しちゃいなさい!!」

 

そんな状態であっても、気丈な声でバーサーカーに命令を下す。

 

「フン。言ってくれるわね。でも今回は前のようにはいかないわ。セイバーがなんで最良のサーヴァントと言われているのかここで教えてあげる」

「うるさいうるさいうるさい……! わたしのバーサーカーにしたら、なんだって同じよ……!」

「……イリヤスフィール、何をそんなに焦っているのかしら? いつもの小憎らしさが足りないようだけど」

 

遠坂の言うとおり、イリヤには焦燥があった。小さな身体が、ただ立っているだけなのにふらついてる。

焦りの原因は、体調不良と関係しているのか……?

 

「わたしはそこで隠れているシロウとアヤの相手をしなきゃいけないから忙しいの! あなたたちなんて相手にしてられないんだから!!」

「…………あ」

 

俺と文の声が重なった瞬間だった。

イリヤが明らかに気づいている様子で、俺たちの方向を見ている。

 

「ま、まだセーフなのでは……?」

 

イリヤの視線に気付いた文が見苦しく地べたに這いずるが、もう何をやっても手遅れだった。

俺は既に、イリヤと目が合ってしまっている。

 

「お兄ちゃんたち、そんなところでコソコソ隠れてないで出てきたらどう?」

「イリヤスフィール……? 何を言って……?」

 

遠坂も、何事かとイリヤの視線の先を追う。

……そして俺は、遠坂とも目が合ってしまった。

イリヤの言葉を訝しんでいた遠坂の表情が驚きに染まる。だけどそれも少しの間だけ。

 

「……あんたたち何やってんの?」

 

最終的には、遠坂の呆れ返ったジト目が俺たちに突き刺さった。

 

「士郎さんとちょっと森林浴がてらにお散歩デートしていたら、偶然にもこんなところに迷い込んでしまいました。……うへへへ。私たちにはどうかお構いなく。……ねえ、士郎さん?」

「……その言い訳は、苦しい。かなり苦しいぞ」

 

俺の家からここまで、どれぐらいの距離があると思っているんだ。

 

「…………」

「…………お散歩デート」

 

遠坂とイリヤの空気が急激に白けていく。

当然なのだが、今は冗談を言えるような雰囲気ではないようだ。

 

「はあ。止む無しです」

 

文は盛大に溜息を吐くと、いち早く藪から抜け出した。俺も彼女の後に続く。

俺たちの情けない姿を確認したイリヤが満足げに微笑んだ。

 

「こんばんは。シロウ、アヤ。今日は前と違ってシロウたちがゲストね。わたしのお城へようこそ。今夜はアインツベルンを代表して歓迎させてもらうわ」

 

スカートの端を上品に掴み、大仰に一礼をした。

前に文も学園の屋上でしていたが、確かカーテシーと呼ばれるヨーロッパの伝統的な挨拶だ。

白い少女のお姫様らしい姿に、少し見とれてしまう。

この瞬間ばかりは今まで見せた体調不良はおくびにも出さない。それはイリヤなりの矜持だった。

 

「本当はお兄ちゃんたちを殺す前にお茶会に招待したかったけど――こいつらがちょっと邪魔ね」

 

破壊されたエントランスの前で、遠坂とセイバーを冷淡に見下ろす。

 

「言ってなさい。子供だからといって、泣いて謝っても許してあげないわよ」

「――マスター」

 

そんな一触即発の中、バーサーカーを牽制していたセイバーが遠坂に目配せを送る。

 

「セイバー、なに?」

「……このままだと以前の繰り返しになりかねません。宝具使用の許可をください」

 

宝具とは、サーヴァントの奥の手。

真名を開放した宝具は、魔術を上回る神秘を引き起こす。

宝具にもよるが魔力の消費も膨大なため、ここぞと言う場面でしか使えず、正体が露呈するリスクもある。

……セイバーは、どう見ても俺たちの存在を無視している。

というよりも、セイバーとバーサーカーの周囲だけが、切り取ったように緊迫していた。

 

「ええ――いいわよ、セイバー。真名がばれたって構わない。あなたの力をガツンとお見舞いしてあげなさい」

「はい。ここでバーサーカーとの決着をつけてみせましょう」

 

遠坂は、セイバーの真名がイリヤにだけではなく、俺たちに露呈しても構わないのだろう。

剣の少女の宝具は、バーサーカーを倒し切るほどの威力を持っているのか?

 

「文は、セイバーの真名わかるか?」

「少し考えたんですけど、わかりませんでしたね……。紀元前もありだなんて、範囲が広すぎです。その時間でラノベを読んでいたほうが有意義でした」

 

イリヤは、そんな状況でもおかしそうに笑っていた。

 

「クスクス。何をしたって、私のバーサーカーには勝てっこないのに」

 

イリヤの自信は絶対だ。

それを裏付けるだけの強さがバーサーカーにはある。

遠坂もセイバーに全幅の信頼を寄せている。

その自信は、お互いに決して揺らいだりはしないだろう。

 

「以前は町の中だったから使えなかったけど、ここだったら一切の遠慮はいらないわ。……ランサーも倒したセイバーの宝具がどれほどのものか見せてあげる」

「へえ……。それは楽しみ――!?」

 

――ゴウ、と風が鳴った。

突然の風音にイリヤも言葉を詰まらせてしまう。

発生源は、風を操る烏天狗からではない。

それは――セイバーが構える不可視の剣から発生していた。

見えざる剣が暴風を起こしている。

そして風だけではなく、すべてを圧倒する魔力も剣から感じた。

この場にいる誰もが息を飲む。

俺の隣にいる文だって、セイバーの剣に目を奪われていた。

 

「……風……風の力。すごいわね、これは」

 

そんな言葉を、ぽつりと漏らした。

 

「これは『風王結界(インビジブル・エア)』と言うわ。本当は刀身を隠すのが目的じゃなくて、剣の正体を隠すためのカモフラージュでしかないの。セイバーの持つ剣は、それだけで正体がわかってしまうほど有名なのよね」

 

遠坂の余裕の現れか、ここにいる全員に言い聞かせるように説明をした。

だが、その遠坂の余裕にイリヤですらも異を唱えない。それだけの魔力を剣から感じてしまう。

 

「ふむ、圧縮した風で光を屈折させて剣を隠したんでしょうね」

 

文はなぜか剣そのものよりも、剣に纏っていた『風王結界』を気にしているようだった。

そして、『風王結界』から解放されて、抜き身になるセイバーの剣。

そこから感じるのは、途轍もない魔力――。

刀身は眩く煌めいており、それが、人々の想いによって鍛え上げられた想念の結晶であると教えてくれた。

 

「あれは……もしかして……」

「士郎さん? どうかしました?」

 

俺はなぜか、文よりも先に理解ができた。セイバーの使う剣の正体は――。

 

「バーサーカー!! 何をもたもたしているの!? 宝具を使われる前にセイバーを殺しなさい!!」

 

イリヤがバーサーカーに発破を掛ける。少女の態度に今までの余裕は感じられない。

無理もなかった。セイバーの剣に内包された魔力量は、今回の聖杯戦争で群を抜いていた。

 

『■■■■■■――ッ!!』

 

バーサーカーが咆吼を上げると、セイバーまで駆け出していく。

巨大な斧剣でセイバーを潰すまでに数秒も必要ない。

俺が息をつく暇もなく、バーサーカーはセイバーを肉薄する距離まで詰めた。

その一瞬の間で、セイバーが剣を肩に担ぐように構える。

 

『エクス――』

 

巨人の斧剣よりも速く。

凝縮された魔力を眼前に解放するために剣を振り下ろし。

セイバーは、宝具の名を解き放つ――。

 

『カリバーーァァ!!』

 

視界を埋め尽くす光の奔流――――。

聖剣から放たれた光が、斧剣を振るうバーサーカーを飲み込んだ。

 

 

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