文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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42.不文律

 

 

『魔獣「鎌風ベーリング」』

 

文のそんな言葉と共に、風が彼女の周囲に吸収されていく。

吸収された風は、鎌鼬となって少女の身体を纏った。

巻き込まれた石ころが風に触れると、バターのように切断される。

それは天狗少女の鎧であり、触れるものを全て切り刻む刃だった。

迂闊に手を出そうものなら、肉体どころか骨ごとなます切りにされるだろう。

 

『■■■■■■――ッ!』

 

だが、バーサーカーはお構いなしに猛進する。

荒ぶる鎌鼬の圏内に侵入しても尚、未だセイバーの血で濡れた斧剣を振るった。

風刃がバーサーカーの巨体を次々と襲うが、皮の一枚すら切れていなかった。

行動を制限された様子もなく、巨人の機動性は一切損なわれていない。

 

「なんて――化物!」

 

文は苦々しい表情で、目前に迫る唐竹割りを巨人の身の丈を超す跳躍で躱した。

空中という、自由の利かない空間。

本来なら無防備な状態に陥るが、そんな常識は文には当てはまらない。

空中こそが彼女本来の戦場であって、真の実力を発揮できる。

俺はキャスターとの戦いを見て、それを強く実感していた。

 

跳び上がった少女は足場のない空間に、片足だけで立っていた。

背中の翼を動かすまでもなく、当たり前のように空中でバーサーカーを俯瞰する。

 

「あれは……?」

 

よく目を凝らすと、少女の足の下には球体状に圧縮された風が生成されていた。

 

「喰らいなさい!」

 

その風の球体を足場にして軽業師の如く、後方へと跳ね飛ぶ。

風の球体が蹴り飛ばされて、バーサーカーに飛んでいく。

ドン、と派手な音を立て胸部に命中したが、それも鋼鉄の肉体に弾かれて霧散してしまう。

やはり、ダメージは受けてないようだった。

 

「これも駄目」

 

重力の落下に身を任せる少女に、バーサーカーは間合いを詰めた。

あの程度の距離ならば、数秒すら必要ない。

 

「ふっ!」

 

しかし文は襲い掛かる巨人ではなく、地面を狙って天狗の羽団扇を二度振り抜いた。

団扇から発生した二つの風は地面に刺さると、地を這う刃となってバーサーカーへと奔った。

 

『■■■■■■――!!』

 

バーサーカーは、物ともせずに刃を蹴り破る。

 

「わお――何の足止めにもならない」

 

文は、地面に足が着く前に翼を大きく広げると、空で迎え撃つ態勢を取った。

バーサーカーは、自身の間合いに入った瞬間に、空飛ぶ天狗に武器を振りかざした。

どうやら文はセイバーのように、攻撃の回避に専念するようだ。

 

……バーサーカーの戦法は極めて単純だ。目に映る敵に斧剣を振るうだけ。

奇を衒わない、至極単純な正攻法。

バーサーカーのように攻守ともに、ずば抜けた身体能力があれば、どんな敵であってもオールマイティに戦える。

現に文もこれまで数々な風の技を駆使したが、ただの一つも『十二の試練』を貫けていない。

 

『■■■■■■――ッ!!』

 

斧剣の切っ先が、文の鼻先を掠めそうになった。

 

「おお、怖い怖い」

 

回避を続ける文は余裕そうに見えたが、おどけた言葉にはどこか焦りも含まれていた。

恐れなど知らないバーサーカーは間合いを更に詰めて、剣速を加速させていく。

アサシンの剣を全て避けきった文も、触れずとも肉を裂く巨人の剣は勝手が違うのか。

 

「――――失礼。ちょっとだけ退避させてください」

 

文は翼を羽ばたかせると、空に向かって飛んでいく。

そのまま、バーサーカーの手の届かない10メートル程度の高さで静止した。

夜の森に混ざる濡羽色の翼……彼女の着る純白のブラウスがとても明るく感じた。

 

「あー! ずるいずるーい! そんなの反則よ、反則ー!」

 

イリヤが頬を膨らませて抗議をした。

この高度では、バーサーカーの間合いの外だ。

理性を失ったヘラクレスでは、本来の特技である弓は使えない。

そのせいで、バーサーカーの攻撃手段はかなり限定される。

キャスターの時のように斧剣を投擲するのも可能だろうが、空中であればどんな不意打ちであっても文に当たるはずがない。

 

『■■■■■■……』

 

そんな状況でバーサーカーは、低い唸り声を上げて立ち尽くしている。

 

「おほほ。私へのクレームは事務所を通してください」

 

……その事務所とは、聖杯戦争を管理する教会を指しているのか。それとも単に俺の家だろうか。

イリヤの膨らんだ頬は更に大きくなり、空を悠々自適に飛んでいる文を非難する。

 

「もー。そんな意地悪言うなら、先にシロウを狙っちゃうんだからね!」

 

今まで空を仰いでいたバーサーカーが俺をじろりと睨んだ。

 

「く……!」

 

イリヤとの戦いは、暗黙の了解であるようにマスターを直接狙わなかった。

それは遠坂たちも含めたもので、単純にサーヴァントの力だけを競わせていた。

おそらく聖杯戦争初日に、文がイリヤを直接狙ったのが原因だろう。

それでも何か取り決めをしたわけではないので、イリヤの言い分には何の非もない。

俺も以前に、バーサーカーがどうしようもなければ、イリヤを狙うしかないと考えていた。

それは文も納得しているのか、困惑を表すように翼を力なく垂らした。

 

「あー、それは困るわね。……とても困ります。では、5分だけ時間をください」

「……いいわ、ぴったり300秒ね。1秒でも過ぎたらシロウを殺しちゃうんだから」

 

イリヤは、文からの提案をすんなりと受け入れた。

射命丸文が最大のポテンシャルを活かせるフィールドは空だ。

彼女がその気になれば、手が出せないバーサーカーに一方的な攻撃だってできる。

そのため、この提案はイリヤからすれば破格の条件だった。

文に取って相性が良い相手ではないのに、そのバーサーカーの最も得意とする舞台で戦う。

そして文が約束を反故にすれば、イリヤは確実に俺を殺すだろう。

 

「クソ……まただ」

 

また文を窮地に追い込む原因になってしまった。

俺の力の無さがどこまでも彼女の足を引っ張ってしまう。

 

『力を持たない雑魚の分際で烏滸がましい』

さっきからずっと、呪いのように付きまとう文の言葉――。

今もまた彼女の言葉通りの現実があった。

 

でも彼女は、その前にこうも言っていた。

『思考を極端にしてはいけない。私は士郎さんにもっともっと悩んでほしい』

……悩む、つまりは思考だ。

『一つに囚われずに、いろいろと思考を巡らせろ』と彼女は暗に言っていた。

そうすれば……今の俺にだって何かできるのだろうか?

 

 

 

 

猶予は250秒を切った。

彼女は何もせずに翼を羽ばたかせ、空中でぶらぶらしているだけだった。

ただ、いつになく思慮が深い顔をしている。

そうして時間がいたずらに過ぎる中、文が腕組みを解いて俺たちを見下ろす。

 

「これから話すのはただの独り言。あなたたちは別に聞かなくてもいい」

 

彼女から感じる雰囲気は、妙に神妙で飾り気がなかった。

端的に言えば、俺の知る射命丸文らしくなかった。そして少女は『独り言』を始める。

 

「私は運が良かった。これまで戦ってきたサーヴァントに純粋な英霊は一人としていなかった。同じ穴の狢のメドゥーサ。人間の亡霊でしかない佐々木小次郎。……これは当て推量だけど、裏切りの魔女メディア。彼らは誰一人として、英雄と呼ばれる存在ではなった。だから私も不文律の外で気兼ねなく戦えた」

 

……メディアというのは、キャスターのことだろうか?

どこで知ったのかは不明だが、情報の収集と分析は彼女の専門分野だから不思議ではない。

 

「……で、その『不文律』って何のこと?」

 

イリヤは俺と違う点が引っ掛かったらしい。そんな疑問を上空にいる文に尋ねる。

……どうやらその『不文律』が本筋だったようで、文はイリヤに感心するような一瞥を与えた。

 

「妖怪は人間を喰らい、人間は妖怪を退治する。それが私の住む幻想郷での尊い秩序であり、妖怪と人間の間に築かれたひとつの信頼。そして妖怪を退治する人間。それは即ち、英雄と呼ばれる存在――」

 

何が正しくて、何が間違っているか。

そんなものは、時代や環境によって大きく変わる。

彼女は人を喰らい、人に殺される関係を秩序と尊び、信頼と呼んだ。

……俺はそんなこと、絶対に認められない。

だが俺がそう思っていても、文の住む世界ではそれが事実なのだろう。

 

「英雄とは――人間たちの願いによって奉られる者。古来より彼らは我らの天敵であり、そうあって欲しいと願われた英雄の剣は、妖怪にとって究極の毒になる。妖怪が英雄に倒されるのは、世界の定めたルール。世の理。なるべくしてなり、負けるべくして負ける」

 

烏天狗は、地上にいるヘラクレスを見下ろす。

 

「………ふふ」

 

その時、文の肩から血が滲んだ――。

そこは昨日の夜、ヘラクレスの攻撃が掠ったところだ。

異常なまでの再生力を持つ文が、一日経った今でも傷が塞がってない……?

 

「そして、その最たる存在が大英雄ヘラクレス。私のような一介の烏天狗では、とても敵うような存在ではありません」

 

どの国であっても、古典的な英雄譚は『英雄が魔を討つ』といった話が多い。

ヘラクレスもそんな例に漏れず、ネメアの獅子を始めとする数々の化物を滅ぼしたのは有名だ。

今の話が本当なら、文に取ってヘラクレスほど絶望的に相性の悪い相手はいない。

 

「妖怪が英雄に勝つ――それは、上から下へ流れる水を逆さにするのと同じ。正直に言えば、無茶もいいところ。……でも、たまには妖怪が英雄を打ち破ってもいいと思いませんか? だから私は挑みます。私の風が下流に流れる水を、上流に押し戻してみせましょう!」

 

少女は、一枚のカードを取り出した。スペルカードと言う彼女の切り札。

彼女はこれまで、殆どスペルカードを使っていない。

あれは、サーヴァントで言うところの宝具に該当する神秘だ。

宝具と同様で、迂闊に晒すわけにはいかない。

それとも、単にスペルカードを使う機会に恵まれなかっただけかもしれない。

 

そのカードを、誰の目にも映るように掲げた。

 

『風符「天狗道の開風」――』

 

誰の耳にも届く、はっきりとした発声でカードに記された一文を読み上げた。

 

「このスペルカードには、私の得意技を記してあるの。で、いま宣言した『天狗道の開風』がその技の名前。扇の一薙ぎとともに魔力で練られた最大級の風を放つ。ライダーも倒したそれを、バーサーカーに使うわ」

「何それ? 私のバーサーカーを相手に技の説明? ……随分と舐められたものね」

 

最強のバーサーカーが甘く見られたと感じたのだろう。イリヤが不機嫌を露わにした。

 

「いえ。これは私の住む幻想郷のルールみたいなものでしてね。このルールを無闇に破ると、こわーいお歴々にボコボコにされてしまいます。癖みたいなものですから、気になさらないでくださいな。……もっとも今回に限って、出力を落とすつもりはありませんけどね――!」

 

文の魔力が高まると、利き腕に持った葉団扇に巨大な旋風が発生した。

いや、これは旋風なんて優しいものではなく、竜巻と呼べるクラスの暴風だ。

 

文の言う通り、これはライダーとの決着を付けたスペルカードだ。

その風が持つ威力は、間近で見ていた俺が最も理解している。

雲海にぽっかりと穴を開け、数キロ先のライダーを天馬ごと切り刻んだ。

ライダーは身体を切り刻まれ、肩から切断されかけていた。ペガサスに至っては、頭部を抉り取られていた。

それは、いま思い出すだけでも肌が粟立つ光景――。

 

「でも、これなら……きっと」

 

あの技ならきっと、バーサーカーの『十二の試練』でさえも打ち破れる……!

 

「じゃあ、行くわ。避けてみなさい。――避けられるものならね!」

 

文が葉団扇を一閃した――。

 

距離は、たったの10メートル。来るとわかっていても躱せるような規模じゃない。

烈風の大きさはバーサーカーを優に超え、その速度もまさに疾風迅雷。

バーサーカーは、回避行動を諦めているのか、両腕を掲げて風を受け止る態勢に入る。

 

息つく暇もなく、巨人と烈風が接触した。

 

『■■■■…………!!!』

 

押し潰そうとする風の圧力は凄まじく、バーサーカーの足が瞬く間に大地にめり込む。

離れた場所にいる俺のところまで、暴風が吹き荒れる。

目に砂塵が入らないように腕で顔を覆ったが、大した意味はなかった。

 

抵抗する暇すらも与えずに、烈風がバーサーカーを飲み尽くし、押し潰した。

ミキサーのような風の刃が、ガリガリと音を立てて鋼の巨躯を削っていく。

 

『■■■■■■――ッ!』

 

竜巻が消える頃、巨人の姿は地面に埋まるまで潰されていた。

黒の巨人は、ぴくりとも動かない。いや、動けなかった。

 

そして、ぴったり5分後――天狗の少女が地上に下りた。

 

 

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