文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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49.風雨の烏天狗

 

 

葉団扇から放たれた風の刃が、疾走するセイバーに襲いかかる。

5メートルという数歩程度の距離、セイバーでも回避できるものじゃない。

 

だが剣の少女は、迫る風に防御すらもしなかった。

それどころか、風の刃に真正面から立ち向かう。

 

「邪魔だ!」

 

セイバーと風が衝突した。

一瞬の閃光と、強烈な破裂音が夜雨の公園に響く。

 

「…………ふむ」

 

文は間合いを詰めず、弧を描く足捌きでセイバーとの間合を堅持した。

追撃のチャンスに見えたが、彼女は見守るように静観している。

 

……文の判断は正しかった。

セイバーは、風の刃を正面から喰らっても傷を負っていない。

怯みもせず、ものともせず。

強い魔力を滾らせたまま、速度を落とさずに文の元へ駆け出した。

文に追いつくと、不可視の両手剣を肩に担ぐように構えた。

 

「はあ――っ!」

 

上段からの袈裟斬り。

人の限界を超えて磨かれた剣技が、烏天狗を両断するために奔る。

 

「…………」

 

セイバーの斬撃を、文は冷静に見定め、軸足を急速に捻って回避した。

回避の勢いを利用して、大胆にもセイバーの頭部を狙う回し蹴りを放つ――。

 

「シッ!」

 

文の口から小さく息が漏れた。

セイバーは剣を片手に持ち直し、鋼鉄の手甲で蹴りを受け止める。

彼女の概念礼装と耐久力であれば、生身の攻撃など取るに足らない。

 

「な……ッ!?」

 

しかしセイバーの身体が地面から浮く。

文の凄まじい脚力によって、身体ごと持ち上げられていた。

セイバーが声を上げて驚くのも無理はない。

文の小柄な体型で、こんな威力の蹴りが放たれるのは想像できない。

 

そのまま風切り音を立てて、文の回し蹴りが少女の身体を振り抜いた。

地上であっても、常識外の俊敏性を持つ射命丸文の脚力。

耐久力が高いサーヴァントであっても、片手で受けきれるものではない。

 

「この程度!!」

 

セイバーは、蹴り飛ばされた直後、剣を地面に刺して勢いを殺す。

聖剣の切れ味と、蹴りの威力によって、公園の地面が数メートル切断された。

セイバーはすぐに体勢を立て直し、聖剣を右脇構えに持ち直す。

 

「ふーん……」

 

その間、天狗の少女はセイバーから目を逸らし、前髪に滴る雨の雫を鬱陶しそうに払っていた。

雨の止む気配は、未だにない。

 

「ねえ。もしかして、私の風――無効化された?」

 

濡れた髪を弄りながら、妙に軽い口調で文が質問をする。

 

「…………」

「おや、だんまり。ざんねん」

 

セイバーは口を閉じて何も答えない。

文の隙を狙うため、構えながら前進していく。

一定の距離まで縮めた時、脚を沈め、跳ねるように飛びかかった。

 

「さて。本当に効かないかどうか、これで見極めさせてもらうわ!」

 

葉団扇の一振りで放たれた、三つの風の刃。

半月状の刃は、最初の風に比べると格段に遅い。

しかしそれぞれ別の軌道から、セイバーを狙っていく。

その複数の刃に対しても、彼女はまるで見えていないかのように突き進む。

 

僅かな時間差をつけて、次々とセイバーに衝突する風の刃。

だが、それは足止めにもなかった。悪い想像は現実のものになる。

文の風はセイバーの対魔力により、ことごとく打ち消されていた。

 

「全然駄目だ! あははははは! これじゃバーサーカーと変わらないわね!」

 

それでも天狗は笑う。それは声だけで、顔はどこまでも冷たかった。

そしてセイバーの剣は、笑う天狗の首を切り落とすため横ざまに薙ぎ払う。

 

「怖い怖い」

 

一歩下がって回避するも、今まで弄っていた黒髪が何本か舞った。

 

「まだまだ!」

 

セイバーの斬撃は、それだけでは止まらない。

不可視の剣は雨を斬り、風も斬った。

そんな究極とも呼べる剣技を以ても、セイバーの剣は烏天狗に届かない。

一刀一足から繰り出される不可視の剣を、文は見切り躱していった。

 

文は、セイバーの剣を防御する手段を持っていない。

風の防壁では、バーサーカーの時と同様に瞬く間に打ち破られるだろう。

だから、回避しかできない。

そしてセイバーの持つ武器は、伝説のエクスカリバー。

たった一度でも攻撃を受ければ、それだけで終わりかねない。

彼女の風も、全て無効化されている。

客観的に見たら、射命丸文は圧倒的に不利な状況だった。

だがここまでの戦いからして、そうは見えない。

探るように攻撃を続ける文には、まだ明らかに余裕があった。

 

「……文。頑張れ」

 

俺も遠坂も固唾を呑んで、二人の戦いを傍観することしかできない。

とても俺たちが、介入できるレベルの戦いではなかった。

 

 

セイバーは突然、これまで以上に大きく踏み込むと、相手の身体に肩からぶつかった。

脇構えから出された、シンプルな体当たり。

決め手に欠けていると思ったのか、通常では考えられない大胆な行動だった。

 

「え? ……うわ!」

 

これには文も予測ができなかったようで、まともに受けてしまう。

彼女の体調は万全とは言い難い。片翼での立ち回りも勝手が違ってくる。

……それでも、佐々木小次郎の剣を全て躱した射命丸文だ。

あの程度の攻撃を、受けてしまうのかと思ってしまう。

文は病床で『英雄からの攻撃は、霞がかったように読みにくくなる』と言っていた。

つまり全てが毒となる攻撃以外にも、英雄との戦いには制限が存在していた。

 

無理な体勢からの体当たりだったので、それによるダメージはない。

しかし、小柄な体形と一本歯の靴。

バランス感覚が如何に優れようとも、足を取られるのは避けようもない。

天狗の少女は衝撃によって数歩後ずさると、あっけなく転倒した。泥水が撥ねる。

射命丸文の生涯二度目となる転倒だった。

 

「取った――!」

 

既に体勢を立て直したセイバーは、文の左胸に剣を突き立てようとする。

全ての体重を乗せた聖剣による刺突。雨と風の中、鈍い音が走る。

 

「文!!」

 

俺の声は、風雨に飲まれて掻き消えてしまう。

妖怪であっても、聖剣に心臓を貫かれて無事で済むはずがない。

 

「――――!」

 

だが、どこかセイバーの様子がおかしい。

冷静に徹していた表情に明らかな動揺が浮かんでいる。

 

「いったい、なにが……?」

 

心臓を完全に捉えていたはずの矛先は、文の左脇を掠めるだけだった。

標的から大きく外れた聖剣は、地面に深く刺さっている。

あの瞬間、文は何の回避行動も取らなかった。

セイバーもまた、身動きが取れない相手への攻撃を外すわけがない。

だとしたら、剣が不自然に心臓を逸れたとしか思えなかった。

 

「はい、残念無念」

 

文はそんな軽口を叩く同時に、覆い被さる少女の腹を一本歯で蹴り飛ばした。

 

「うぐっ!」

 

尋常ではない脚力によって、セイバーは雨空に打ち上げられる。

 

「このスペルは、今までの風とはひと味違うからね。覚悟しなさい」

 

文は地面から跳ね上がり、スペルカードを取り出す。

 

『――旋符「紅葉扇風」』

 

その宣言の直後、文は天高く葉団扇を振り上げた。

 

「ウソ……? 何なのあれ……?」

 

二人の戦いが始まってから、初めて遠坂凛が言葉を漏らした。

文の使ったスペルカードは、それだけ常軌を逸している。

ただの葉団扇の一振りによって、雨雲まで届く巨大な竜巻が発生していた。

 

「特別製の竜巻よ。そのまま上昇気流まで飛んでいきなさい」

 

意思を持った竜巻が、セイバーの小さな身体を飲み込もうとする。

文のように空を飛べない限り、誰であっても空中では無防備だ。

 

「ぐぅっ……!」

 

セイバーは上体を捻って何とか逃げようとするが、小さな健闘は虚しく終わった。

次の瞬間には、セイバーの身体は巨大な竜巻に飲み込んだ。

 

「セイバー!!」

 

吹き荒ぶ竜巻に飲まれたセイバーに、遠坂の呼ぶ声は届くはずもない。

 

「く、この――!」

 

遠坂は文に視線を向けると、狙い定めるように人差し指を突き出した。

 

「はて?」

 

文は遠坂の視線に気づいたが、表情はとぼけたままだった。

彼女の指先から、凝縮された黒い魔力が放たれる。

あれは……北欧のルーン魔術の一つである『ガンド撃ち』と呼ばれるものだ。

ガンドを受けると、風邪を引くなどの体調不良を引き起こすとされている。

だが、遠坂の使ったガンドは魔力の密度が桁違いだった。

 

「喰らいなさい!」

 

次々と指先から放たれるガンドは、敵意を超えた殺意が込められていた。

あんなものをまともに受けたら、風邪程度では済まされない。

しかし……その程度のものが、射命丸文の問題になるはずもなかった。

 

一瞥すら与えずに、天狗少女は全てのガンドを躱す。

そして振り向き様に葉団扇を扇ぐと、公園の芝生が一本の道を作るように剥がされていく。

 

「きゃあ!!」

 

遠坂は短い悲鳴を上げ、強風によって公園の地面に全身を打ち付けた。

そして次に遠坂が目を開けた瞬間、文はもう彼女を見下ろすように立ち塞がっていた。

 

「がおー! 食べちゃうぞー!」

 

遠坂の前で、おどけるように叫んでみせた。

それは以前、慎二の部屋でも見せたもの。

しかし顔は少しも笑っておらず、目だけが夜に光っていた。

台詞も姿も同じはずなのに、氷よりも冷たい悪寒が全身に走った。

彼女の理性と呼べるものは、もうとっくに砕けてしまっている。

 

「…………!」

 

遠坂も尻餅をついたまま、文に心を掴まれて視線を外せない。

理性が崩壊した今の彼女は、もはや一匹の獣……いや、一体の妖怪だった。

 

「……子供が火遊びをしていると、怖い妖怪に食べられちゃうわよ?」

 

そこに表情はなく、声色はどこまでも冷たい。

暗に『次はない』と仄めかしていた。

遠坂は最後まで恨めしそうに睨むが、文は意に介さずに再び竜巻を眺めた。

 

「あらま」

 

突如、竜巻の勢力が弱まった。

中心部まで飲み込まれていたセイバーが渦を強引に断ち斬り、姿を現した。

 

「舐めるな――――ァァッ!!」

 

彼女の身体には旋風による傷が無数にあったが、どれも致命傷には届かない。

雨雲に大穴を開ける竜巻だ。

それがあの程度のダメージで済むなんて、にわかに信じられなかった。

 

「これが最良のサーヴァント……!」

 

攻撃面だけでなはなく、防御面でも隙がない。

宝具の性能もずば抜けている。最良の看板に偽りはなかった。

 

セイバーは剣を肩に担ぐと、文に向かって落下する。

落下と同時に、斬り伏せるつもりだ。

だが竜巻に飛ばされたセイバーが、文に到達するまでに数秒は掛かる。

文からすれば、十分すぎる猶予だった。

 

「思ったよりも、お早いご帰還でしたね! お勤めご苦労様です!」

 

自分のスペルカードが破られて何がおかしいのか、天狗がけらけらと笑った。

しかも棒立ちのまま、セイバーの剣から逃れようともしない。

余裕の表情で仰ぎ見るだけで、何も備えずにセイバーを待ち構えている。

 

「文は何をするつもりだ……?」

 

遥か上空から文に振り下ろされたセイバーの剣は――不自然に逸れてしまう。

 

「な、に――!?」

 

標的から外れた剣は、地割れのように地面を大きく二つにした。

 

「公園を耕して畑にでもするつもりですか? 管理団体の許可は取っています?」

 

……文は当然のように、その場から一歩も動いていない。

セイバーが、手心を加えているわけではない。

そうだとすると、文がセイバーに何かしたとしか考えられない。

セイバーは剣を引き抜き抜くと、後方に跳んで距離を取る。

 

「貴様……! 私の剣に何をした……!?」

「さてさて、なんでしょうかね。種もあるし、仕掛けもあります。ですけど、それを敵の口から聞き出そうとするなんて。……あなたもしかして、お馬鹿さん? ンフフフ」

 

顔は笑ってないが、声を出して笑っていた。

 

「…………!」

 

セイバーは、見下すような嘲笑に剣を握る手が強くなり、対峙する文を睨みつける。

……文も『風を無効化したのか』とセイバーに尋ねていたが、今の彼女ではそれすらも覚えていないだろう。

 

「……おやおや、呼吸が乱れてますよ? もしかして、この程度の挑発で心を乱されたのかしら? だとしたら、騎士王様の器もたかが知れますね」

「なんだと……!?」

「セイバー! そんなやつの言葉に耳を貸しちゃ駄目よ!」

 

遠坂の言葉は、セイバーの耳に届いているか怪しい。

感情の揺らぎで瞳が波打ち、剣を持つ手が微かに震えている。

 

「こんな沸点の低い子供が王様なら、国の程度も知れている。最期は身内に殺されて、国も身内に滅ぼされたんでしたっけ? あははは。――あなたなんかを信じた国民が可哀想でならないわね」

 

そんなセイバーの逆鱗とも言える言葉を、悪びれれずに嘲笑いながら告げた。

 

「貴様ーーァァ!!」

 

セイバーは憤激の形相のまま、一足飛びで文に斬り掛かる。

 

「あはははは。怒ってしまいました」

 

声だけおどけたまま、セイバーの上段斬りを難なく躱した。

再び連続して剣を振るうが、セイバーの剣筋にはどこか違和感があった。

 

『――投影、開始(トレース・オン)

 

イリヤによると、俺の本質は投影だ。

昨日の魔術鍛錬のおかげで、使っている武器から相手の動きを少しだけ理解できるようになった。

投影魔術の応用だが、セイバーの違和感ぐらいは掴めるはず。

 

『――創造理念、鑑定。――基本骨子、想定』

 

創造の理念を鑑定し、製作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感する。

大上段から続く、逆袈裟、胴斬り、横薙ぎ、上段刺突――。

 

「……ああ、やっぱりだ」

 

どの技にしてみても、今までのセイバーのものとは比較にならない。

明らかに彼女の剣技は、精彩を欠いている。

激しい怒りによって、冷静さを失ったのも一因だろう。

だが、これはそんな単純な話ではない。

俺の目から見ても、彼女の剣速が遅くなっていった。

文の言葉から想像するに、彼女がセイバーに何かしたと考えて間違いない。

それが何なのかはわからない。

だけど文は、あの最良のサーヴァントを相手にして優位に立っていた。

 

あの程度の攻撃であれば、文からすればなんてことはない。

現に腕を組んだ状態のまま、セイバーの剣を軽々と回避している。

そんな態度はセイバーの怒りを余計に買って、剣技も更に乱暴なものになってしまう。

 

それでも、セイバーの見せる隙は僅かだったが、彼女からすれば時間が止まっているのにも等しい。

セイバーの剣を躱すと同時に、葉団扇を振り抜いて突風を放つ。

剣の間合の中であっても、天狗の風はセイバーからすれば目眩ましにしかならない。

 

「それがどうした!」

 

ただの一喝で風が消し飛んだが、その隙で文はセイバーから大きく離れた。

 

「よっと! 鎌風ベーリング!」

 

文は風を操る能力を発動させ、周辺の暴風を巻き取るように集める。

鎌鼬がシェルターのように彼女を纏い、雨の一滴だって寄せ付けない。

以前、バーサーカーとの戦いで見せた鎌鼬のシールドだ。

バーサーカーには通用しなかったが、拳大の石すらバラバラにする威力がある。

 

「その程度!!」

 

セイバーは躊躇なく、再び剣を構えて文に疾走した。

戦況を見極める冷静な思考ができないのか――それとも強力な対魔力を持つ余裕なのか。

文の風は『取るに足らない』とでも言っているようだった。

 

「あはは」

 

そんなセイバーに文が口を歪めると、二枚目のスペルカードを取り出した。

 

『――突風「猿田彦の先導」』

 

スペルカード宣言の直後、彼女の周囲の風が密度を増していった。

もはや風の弾丸となった文が、セイバーという標的に向かって撃ち出された。

――風を纏わせた突進技。

周囲の風がなければ、彼女の姿を捉えることも叶わないスピード。

 

「な――!?」

 

冷静さを欠いたセイバーも、高圧縮された風の弾丸に目を見張る。

一目で技の性質を理解したのだろう。

急停止すると、剣を目の前にかざして防御態勢を取った。

本来であれば防御ではなく、宝具を使って迎撃したいはず。

だが今から宝具を解放する余裕はなく、文もそれを許すわけがない。

 

「――そうか」

 

セイバーの宝具を二度も目の当たりにしたら、文は僅かな隙も見せるわけにはいかない。

あのバーサーカーを7回殺せるエクスカリバーを、セイバーはものの数秒で放てる。

たった一度でも大きな隙を見せたら、その時点で文は宝具の餌食だ。

それを考えれば、あの見え透いた挑発も意味があったと理解ができる。

文の行動は、スペルカード発動を作り出すための布石だった。

そんな状況であっても、律儀にカード宣言をするのは彼女のプライドなのか。

 

――文とセイバーが衝突した。

 

「ぐっ……! く……!!」

 

セイバーは歯を食いしばりながら聖剣を構えて身を守るも、風の力に徐々に押されていく。

そんな抵抗は一瞬で終わり、風の弾丸はセイバーを喰らい尽くした。

 

雨音を塗り潰す衝撃が公園全体に広がり、セイバーの手から聖剣が弾け飛んだ。

 

 

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