文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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05.そして、火蓋は切られた

 

 

教会内部の礼拝堂。

中央奥の祭壇まで続く通路、その両側には何列もの長椅子。

それは、映画やドラマで見るような教会の印象となんら変わらない。

管理も行き届いているようで、古い建物ではあったが、厳かさと壮麗さがあった。

 

だが、それは『一見したら』という前提の話で、この空間は教会の外で感じた以上の禍々しさを帯びていた。

肌に纏わりつくじめついた空気に、俺は呼吸さえも躊躇わせる。

 

「あれは――」

 

礼拝堂の長椅子のひとつに金髪の男が何をするわけでもなく、悠然とした様で座っていた。

極めて感覚的な話ではあるが、男には諸人も寄せ付けていない何かを感じさせる。

 

「あのー、すみません。この教会の方ですか? 私たち、ここの神父さんにお会いしたいのですが」

 

そんな俺の警戒を余所に、天狗の少女は物怖じせずに男に声を掛けた。

男は、初めから俺たちの存在に気づいていたような振る舞いで俺たちを見る。

 

癖のない金髪に、文よりも濃い赤い双眸。風貌からして外国人だ。

 

冬木は土地柄、国外から移住する者が多く、外国人がいても別段驚くようなことでもない。

教会に外国人がいるのは、決して信心深くない日本人がいるよりも自然ですらある。

 

だから、不自然さはないはずだったが、この金髪の男には得も言われぬ違和感があった。

だが、男の佇まいから正体を探ろうにも霞のように掴み取れない。

 

「――ハ」

 

いや、そうではない。

この男は、無闇に探り、自分の物差しで計ろうとしてはいけない。

そんな、虎の尾を踏むような危うさがある。

何人であろうと寄せ付けず、誰であろうと意にも介さず。

そんな絶対的なオーラとでも言うべきものを男から感じた。

 

「いいや、我(オレ)は違う。神父……言峰に用があるのか? だったら我が自ら呼んできてやろう」

 

文とは正反対の尊大な口調で答えると、長椅子から立ち上がり教会の奥へと歩き出した。

どうやら、この教会の神父とは知り合いのようだった。

……そうすると、この男もまた聖杯戦争の関係者なのだろうか?

 

「どうもありがとうございます」

 

文は男の背中に頭を下げたが、一度も振り返らずに礼拝堂の奥へと姿を消した。

 

 

それから少しして、金髪の男が消えた先から神父服を着た長身痩躯の男が現われた。

 

「…………!!」

 

ああ――、一目見て理解した。

こいつがこの教会を支配する禍々しい空気の元凶であると。

そしてこの男もまた、それを理解しながらこの空気を振りまいている。

 

カツカツと靴を鳴らしながら、俺たちへと近づくと、出来の悪い能面のような顔で俺たちを見下ろした。

黒に黒を重ねた、汚濁のような目だった。

 

「ようこそ、冬木教会へ。この教会の管理を任されている言峰綺礼という。君が聖杯戦争の7人目――最後のマスターと、そのサーヴァントで相違ないか?」

 

決して大きくはないに、教会の隅まで響くような重厚な声。

ここいると、この男の腹のなかにいるように感じて気分が悪くなる。

 

「ああ、そうだ。間違いない」

 

文は、何も言わずに背の高い男を見上げていた。

高下駄の靴を履いていない彼女の身長では、この長身の男と対面すると見上げるような形になる。

 

「ふーん」

 

そういえば……この天狗の少女は、俺が誰かと話していると急に寡黙に徹していた。

 

「なに、先ほど凛から連絡が入ってね。『一組のマスターとサーヴァントが来るから頼む』と。……彼女が私を頼ることなどついぞなかったから、どうしたものかと思ったものだ。……それで少年、君の名前は何というのかね?」

 

遠坂を下の名前で呼ぶところから察するに、彼女とは既知の間柄なのだろう。

だが、それでも、俺は無意識のうちに警戒してしまう――。

この言峰綺礼という男は、これまで会った他の誰よりも危険な存在なのだと。

 

「衛宮、士郎」

 

そう答えると、言峰綺礼は僅かにだが口元を歪ませた。

 

「――衛宮。そうか、衛宮。衛宮士郎か。クッ、ククク。なるほど」

 

男は、己の愉悦を隠そうともせずにくつくつと笑う。

それは自嘲とも他者への嘲笑とも違う、溢れ出る歓喜を堪えずに嗤っていた。

 

「何が、おかしい……!」

「――喜べ、少年。聖杯戦争を勝ち残り、聖杯を手に入れれば、おまえの内にある泥をすべて吐き出すことも可能だ」

 

俺の内にある泥? なんのことだ?

その理解できない言葉に、俺はこの男に頭を覗かれたような錯覚を覚えてしまう。

 

「……何を言っている?」

 

俺の言葉を待ち構えていたかのように、言峰綺礼は己の歪んだ嗜好をさらけ出した。

 

「そうだな。前に聖杯戦争が起きたのは10年前。その聖杯戦争の爪痕は君もよく知るところじゃないかね」

「10年前――? まさか!」

「そうだ、未だ原因不明とされている10年前の災禍こそ、前回の聖杯戦争によるものなのだよ」

 

10年前――。

冬木で起きた未曾有の大火災。

それこそ、衛宮士郎にとって最大級の精神的外傷――。

 

あの地獄の光景は、いまだって俺の網膜に焼き付きついている。

 

視界に広がる赤。赤く染まった空。

業火に包まれ、倒壊する建物。

呼吸をするだけで、肺が焼ける空気。

充満する死の匂い――ヒトの焼ける匂い――。

 

………………。

 

「――士郎さん、士郎さん。どうかされましたか?」

 

文の呼ぶ声で意識を取り戻す。

形の良い眉をひそめた文が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 

「……ああ、いや。なにも問題ない」

 

耳の奥では、今も燃える業火の音と、生きて焼かれる人々の悲鳴が聞こえていた。

胃液が逆流しそうになるが、文にこれ以上は心配かけられない。額に浮かんだ脂汗を服でぬぐう。

 

「クク……大丈夫かね? 衛宮士郎」

 

嗜虐的な笑みを隠そうともしない言峰が、明け透けた言葉を俺に向かって吐き出す。

 

くそ、こいつはどこまで俺のことを知っているんだ……?

 

 

そして男は、次の標的と言わんばかりに、文のほうへと黒く濁った瞳を向けた。

 

「……それはそうと、随分とおもしろいサーヴァントを引き当てたものだ。今回で5度目を数える聖杯戦争において最大級のイレギュラーだと言っても過言ではないだろう」

「はあ」

「此度の聖杯戦争で残ったクラスはアーチャーだけだが――彼女がそのクラスに該当するかどうか、聖杯戦争の監督者である私にすらわかりかねる」

「はあ、まあ。そうなんですか」

 

少女は、心底どうでもいいような顔をしていた。

言峰の高圧的な態度が気に入らないのか、ぼんやりとした様子で受け流す。

……いや、彼女はもしかしたら。本当に興味がないのかもしれない。

 

しかし、アーチャーか。

弓使いのサーヴァントであると遠坂から聞いたのを思い出した。

しかし文の姿を見るに、とても弓を使うように見えない。

それ以前に、俺は彼女の戦う姿をまだ見ていなかった。

 

彼女がどんな戦い方をするのか。

少女然とした華奢な体型からは、とても戦っている姿は想像できなかったが。

最速のサーヴァントであるランサーから逃げ切った速度を考えると、ポテンシャルは相当なものに違いない。

 

「……ほほー。この椅子、なかなか面白い意匠をしていますねー」

 

そんなブン屋の少女は、教会内の写真を眼前の管理者の無許可でパシャパシャと撮っていた。

新聞記者の烏天狗が、英霊と呼ばれる英雄英傑と渡り合えるのか、少し心配になった。

 

 

 

 

それから俺たちは、聖杯戦争について監督者の言峰綺礼から教えてもらうことになった。

遠坂からも大まかだが、聖杯戦争のシステムについて聞いていた。

今回は、その補足を兼ねてのものだ。

俺としては、一刻も早くここから立ち去りたかったが、文がそれを許さない雰囲気だった。

 

「ほうほう、『英霊の座』ですか。ますます興味深いです」

 

つい先ほどまでは、大して興味がないように振舞っていたというのに、どうしてか今ではその真逆だ。

 

文は、遠坂の話を纏めた手帳と見比べつつ、的確な質問をする。

一応彼女のマスターである俺は、口を挟む余裕もなく、ただ二人の話を聞くだけだった。

そんな空気を読まない質疑応答の所為か、教会に帯びている澱みも多少はやわらいだ気がする。

 

 

そうしているうちに、文の質問もすべて終わった。だったらもう、ここに用はない。

 

「では、ここに聖杯戦争の開幕をここに宣言する――。少年よ、思う存分戦うがよい。聖杯とは、この世に現存する究極の願望機だ。それは、どんな望みすらも叶えられるだろう。そう、すべてをはじめからやり直すことも可能だ」

 

俺の内情を知っているかのように振舞う言峰が、俺にそう告げる。

『すべてをやり直す』

だが俺にそんなつもりは毛頭ない。あれを無かったことにしてはいけない。

言峰綺礼が、どんな甘言を使って俺を惑わせようとしても、それだけは絶対にありえない話だ。

 

「…………」

 

俺は何も言わず、言峰に背を向けて教会の外へと向かう。

 

「ではでは~、お世話になりました~」

 

文はペコリと社交的な一礼を言峰にすると、俺と並んで歩き出した。

 

「聖杯戦争はすでに始まったのだ。いかなる時であっても、気を配らせることだな――」

 

教会の扉が閉じられるまで、男の嗜虐的な視線は消えなかった。

 

 

 

 

言峰綺礼の重圧に強く当てられたのか、教会の外に出ても気分があまりよくない。

肺にたまった空気をすべて入れ換えるため、何度も深呼吸をする。

時計を見ると、すでに日付も変わっており、普段ではもう寝るような時間になっていた。

 

文と帰途に就く。二人とも黙っていた。

肉体の疲労も当然あるが、あの男のプレッシャーによって、俺は疲労を隠せずにいる。

文は特に疲れた様子もなく、歩きながらも手帳に目を走らせている。

聖杯戦争の特集を組むということで、新聞の構成を考えているらしい。

 

「でもまあ、私は、こういった血なまぐさい事件は全然好みではないんですけどね。ひょっとしたらボツになるかもです」

「そうか」

 

苦笑を浮かべる文に、俺はなぜか少し安心した。

 

彼女は、教会にいても自分のペースを崩さなかった。

この聡い天狗の少女が、神父の歪みを感じ取れないはずはない。

何から何まで理解した上で、特別な感慨も得られずにいた。

 

もしかしたら、文はそんな存在なのかもしれない。

 

 

 

 

……冬木大橋を再び超えて深町の住宅街を歩いていると、文がふいに立ち止まった。

 

「どうしたんだ?」

「シッ……聞こえませんか? この音」

 

文が珍しく神妙にして、耳を澄ます。

俺も同じように聴覚に神経を周遊させたが、聞こえるのは夜の静寂だけだった。

 

「……? 俺には何も聞こえないぞ。いったい――」

 

俺が言い切る前に、文は背中に隠した翼を広げると砂塵を撒き散らし、空に舞い上がった。

そのまま、俺の遙か上空で停止する。

額に手を置いて、ある一定の方角の見定めると、そのまま飛翔してしまった。

 

「おい!」

 

あっという間に文を見失うが、かろうじて俺の家がある方向へと飛び去ったのはわかった。

疲労した体に鞭を打って、彼女の後を追うように走る。

 

「……くそ! どうしたっていうんだ!」

 

 

……登下校で見慣れた道を走ること数分。

これまでの静寂に混じって、固い金属のぶつかり合う音が聞こえてくる。

 

「文の言ったのはこの音か……?」

 

校庭のサーヴァントの戦いの音と似ていたが、少し違う気もする。

 

音のするほうへと気づかれないよう慎重に歩みを重ねると――。

一般住宅が並ぶ狭い路地の向こうに、見覚えのある背中を見つけた。

 

ここ角度だと顔まではっきり確認できないが、その特徴的なツインテールと赤い服は遠坂で間違いない。

そして、彼女の視線の先に音の正体を発見する。

 

彼女のサーヴァントであるセイバーが、これまで何度も見た不可視の剣を振るっていた。

セイバーに相対するのは、一つの巨石を削り取ったかのような黒い巨人――。

ランサーとは違う、別のサーヴァントだった。

剣の少女と黒い巨人が、剣戟の極致の戦いを繰り広げている。

 

巨人の持つ強大な斧剣の猛攻を、セイバーは不可視の剣を巧みに使って受けた。

斧剣の刃渡りだけでも、セイバーの体よりもずっと大きい。

そんな斧剣を持つ黒い巨人に、セイバーは体格差をものともせずに拮抗と呼べる勝負をしている。

 

「凄い……」

 

サーヴァントは人間を超越した存在であるのは、もう何度も聞かされていた。

それをこうやって実際に目の当たりにしてみると、言葉で聞いた以上のものだった。

 

なんと、表現したらよいのだろうか。

現実のものとして肉眼で見ているのに、派手なアクション映画よりも現実味がない。

俺のような魔術使いでは、どうしようもない相手だと改めて実感させられる。

 

 

「あれ? あの子は……たしか」

 

巨人の後ろに、見覚えのある少女がいた。

腰まで伸びる銀色の髪に、色素の抜けた新雪の白い肌。紫のコートと防寒帽子。

 

彼女は、数日前に俺の家の前の道路で声を掛けてきた少女だった。

『早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん』そう俺に伝えてくれた女の子だ。

 

「そうだったのか……」

 

すれ違いざまに言われた言葉の意味を、俺は今になって理解した。

あの少女の言っていたのは、この聖杯戦争のことだった。

 

「なんだよそれ」

 

それでは、あんな小さな女の子まで、こんなくだらない争いに参加しているというのか。

奥歯をかみ砕きそうになる思いだったが、今の俺ではどうにもできない。

 

あの黒の巨人が、マスターである銀髪の少女のサーヴァントなのだろう。

彼女を護るような立ち回りからして、間違いない。

その少女は、自分のサーヴァントの勝利を疑わないのか、微笑を崩さない。

己のサーヴァントの絶対を信じた、そんな表情だ。

 

巨人は、理性をどこかへと置き去りにしたかのように、ただ力任せに斧剣を振るうだけ。

だがあの巨人には、そんな小手先の技術など不要だった。

人並み外れた巨体からの膂力があれば、技術など不純物にしか過ぎない。

つまらない小細工など一切なく、純粋な破壊力とスピードによる圧倒的暴力――。

 

 

……これ以上、ここにいるのは危険なのかもしれない。

 

いまはまだ俺の存在にこの場にいる誰も気づいていないようだが、それも時間の問題だ。

ランサーに何度も殺されかけた経験がそう言っている。

それに傍観者でしかない俺が、戦場の空気に当てられて足が動かなくなりそうだった。

誰にも気付かれないように、この場から退避しなければならない。

 

その時ふと、銀色の少女が何かに気づいたのか、サーヴァントの戦いから目を離した。

それで、何かを探すようにきょろきょろと視線をあちこちにと彷徨わせる。

 

「あっ!」

 

そして、少女がこちら見た。――目が合った。

俺の存在を見つけた少女は目を大きく開いて、楽しそうに嬉しそうに笑った。

 

「ふふ――」

 

『ああ、新しい玩具がようやく届いた――』

 

そんな少女の顔だった。

 

 

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