文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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51.ご清聴ありがとうございます

 

 

放たれた遠坂のガンド。

俺の頭を穿ち、意識を喪失させるのは一瞬。

 

何もかも、手詰まりだった。

こうして文を庇ったのも、結局はただの自己満足。

ほんの少しの間、彼女の命を長らえさせただけ。

でもひょっとしたら……文の命まで奪わないのではないか?

一瞬よぎる、甘えた思考。

彼女たちの聖杯戦争に懸けた意志は、紛れもなく本物だった。

口には出さないが、セイバーの聖杯への渇望もわかった。

聖杯戦争は、サーヴァントが残り一体になるまで終わらない。

聖杯を手に入れるため、射命丸文を倒す――いや、殺す必要があった。

そこに、遠坂もセイバーも躊躇いはない。

 

俺たちもこれまで二体のサーヴァントの命を奪った。

殺すということは、殺されるということ。

それは正義の味方を目指した時から、ずっと理解していたはず。

『もしかしたら自分だけは』なんて考えは許されない。

つまり、俺が気絶している間に文は死ぬ。

遠坂が記憶操作をしても、彼女を死なせた感情は生涯刻まれる。

その瞬間に正義の味方として衛宮士郎は、完全に折れてしまうだろう。

激しい悔恨と罪悪感。それと恐怖。

――文を死なせてしまった。その恐怖だけで、俺は俺だって殺せる。

 

ああ、本当に最後まで不甲斐ないマスターだった。

……ごめんな、文。

 

魔力の弾丸が、衛宮士郎を貫く――。

だけど俺は、絶対に目を逸らさない。

これは正真正銘、自分の弱さが招いた結果だ。

 

 

だが。

俺の意識を奪う直前、ガンドは消滅した。

魔力が四散し、夜雨に溶ける。

その結果に、セイバーも目を大きく見張らせた。

 

「なにが、起きて……?」

 

ガンドを放った張本人も事態の把握をしていない。

そこに、遠坂の意思もなかった。

見えない壁に遮られて、ガンドが消滅――。

今も俺の目の前で、雨水が不自然に弾かれている。

 

「これ、は……」

 

これは、風の力による障壁だった。

同じものを、キャスターとの戦いでも使っていた。

その時だって、俺を守るために。

凝縮した風の力で、遠坂の魔弾を消してみせた。

 

「アーチャー!!」

 

セイバーが、文のクラス名を叫んだ。

翠色の視線は俺を貫いて、背後にいる少女に向けられる。

 

「ふう――もう十分ですよ、士郎さん」

 

二度と聞けないと思った彼女の声。

 

その直後、体が浮き上がるような浮遊感――。

一つの疾風が、俺を挟んだまま剣の少女を狙った。

しかしこの程度の風では、セイバーの耐魔力に無力化されるだけ。

セイバーもまた、それを理解しているのか避けるつもりはない。

 

「うーん、慢心」

 

背後にいる文が、俺にだけ聞こえるように呟く。

疾風は軌道を変えて、セイバーの持つ短剣を粉々に砕いた。

 

「な……!」

 

彼女の狙いはセイバーではなく、セイバーのアゾット剣。

砕け散った刀身はバラバラになり、残っているのは柄の部分だけ。

これではもう、武器として使えない。

 

「……貴様!」

「受けるじゃなくて、避ければよかったわね、セイバー。ふふ、奇しくも私と逆の状況です」

 

文らしい軽口だった。

それだけで、俺は胸が無性に熱くなってしまう。

後ろを振り向くと、意地の悪そうな笑みを浮かべた少女。

そんな顔に思わず感極まりそうになったが、今はそれどころじゃない。

 

「……文! セイバーにやられた傷は大丈夫なのか!?」

「えっと、す、すごく恥ずかしいけど。…………ほら、この通りなんともありません、よ?」

 

本当に恥ずかしそうにブラウスをめくって、傷のあった箇所を雨水で洗う。

彼女の言うとおり、そこには小さな臍があるだけで、貫かれた傷はどこにもなかった。

 

「あ、あにょ! そにょ! し……士郎さんだから見せたんですよ! 私のおへそは他の誰にだってトップシークレットです!」

 

烏は卵生なのに、臍の存在は許されるのだろうか?

 

そうではなく、俺は別に文の臍が見たいわけじゃない。

……あの傷は本当に治ったのか?

驚異的な再生力を誇る彼女でも、背中まで届く刺し傷がこんな簡単に治るなんて。

……信じられない。信じられないが、現に腹の傷は跡形もなく消えている。

それに、ずっとおかしかった文の様子も戻っていた。

いや、まだ少しおかしい気もするけど、さっきと比べたら普通の範囲だ。

 

「ウソ……? バーサーカーじゃあるまいし、どんだけふざけた再生力なの……?」

 

遠坂も文のトップシークレットを見たらしく、俺と同じように驚いている。

 

「むっ、失礼な。このキュートな私を、あんな筋肉と同じカテゴリにしないでください。……それとも、達磨にすると言ったお返しかしら、凛」

 

いつの間にか、遠坂の呼び方も変わっていた。

 

「……やってくれたな、アーチャー。貴様のような化物には、あの程度では致命傷にもならないか」

「いえいえ。いくら私でもお腹にトンネルが開通したら――まあ、それなりに痛いです」

 

セイバーに貫かれた部分をさすりながら、「ふふん」と得意げに鼻を鳴らす。

 

「英雄様の攻撃ですからね。動き回れるようになるには、少し時間が掛かるかも。大した神秘が内包されていない短剣で助かりました。もしこれがアーサー王を象徴するエクスカリバーなら、その瞬間に絶命してましたね」

「……ほう、それはいいことを聞かせてもらった。次は私の剣で腹とは言わずに、貴様の首を斬り落としてやろう」

「あやや、今のは軽率な発言でしたね。失敗失敗。……これで絶対に拾わせるわけにはいかなくなったわ」

 

エクスカリバーは、今も王の帰還を待つように雨に打たれていた。

セイバーでも文を無視して、拾いに行ける距離ではない。

遠坂に至ってはもってのほかだ。

エクスカリバーに近づいた瞬間、風によって刻まれてしまう。

 

「士郎さん、ありがとうございます。今回は本当に助かりました。セイバーにやられたおかげで浮かれていた頭も多少は冷えました。ですが、こんな無茶な真似はもう止めてください。……私、あなたに何かあったら泣いちゃいますよ?」

「いや、俺も手を出さないって約束を破ってすまない」

「あの時の私は、理性が完全に崩壊したワルワル射命丸でしたからノーカンです。今の私なら嬉しい感情の方が強いです。てへ」

「てへ?」

 

それに『ワルワル射命丸』ってなんだろう。

 

「うっわ……。今の私、無意識のうちにすごい言葉が出てしまいました。数日前の私が見たら恥辱に耐えかねて首吊ってますね」

「でもすごく可愛かったぞ。もう一度言ってほしい」

 

前にも同じ言葉を言っていたけど、あの時は俺を馬鹿にするためだったからな。

それが自然に出たものなら、彼女の幼い外見もあってとても可愛らしい。

 

「~~~~~!! だからそういうの駄目ですって!! 恥ずかちい!」

 

顔を赤くして悶えてはいるが、それでもセイバーと遠坂に対しての警戒は解いていない。

かつての文とはまるで違うが、狡猾さだけ健在のようだ。

 

「凛、あの二人は少しおかしいのですか?」

「少し? ……あれは相当おかしいわよ。バカップルってやつ」

「バカップル……ですか?」

 

遠坂たちも文に警戒しつつ、雑談をしていた。

聖杯戦争の決着がつく戦いはずなのに。なんだろうか、この弛緩した空気は。

 

それでも、文とセイバーの間にいる俺が移動したら――二人は再び戦うだろう。

そんな確信めいた予感があった。

文は、たった今セイバーに殺されかけたばかりだ。

誰になんと言われようとも、彼女がこれ以上傷つく姿は見たくない。

 

「……どうしても、決着をつけないといけないのか?」

 

決戦の最中、この発言はどうかしているかもしれない。

だけど俺は、間違っていると思わない。

もしかしたら誰も死なずに、聖杯戦争を終わらせる方法だってあるのかもしれない。

 

少し前……ライダーの宝具に巻き込まれて、学園の仲間が死んでしまった。

聖杯戦争とは何の関係のない一般の生徒だった。

理不尽によって、18人もの命が奪われた。

……ああ、そうだとも。聖杯戦争なんて絶対に間違っている。

だからどうしても、ここで言っておきたかった。

 

「いい加減、空気を読みなさい。衛宮君」

「…………」

 

遠坂からすれば、これほど場を読めてない発言はない。

それに俺以外のここにいる全員が、聖杯戦争の決着を望んでいた。

物事が多数決で決まるのなら、一人だけ異を唱える俺だけが間違っていた。

 

「はい、どうしても決着をつけます。士郎さんは何もせずに、見ててくれるだけで結構です。いえ、私があなたに見てほしいです。……一応言っておきますけど、士郎さんが足手纏いだとかそんな理由ではありません。これはどうしても、私一人でやらなければならないのです」

「……理由を教えてもらってもいいか?」

 

俺には、彼女がここまで聖杯戦争に入れ込む理由がわからなかった。

まだ知り合ってから、10日程度しか経ってない。それでも、わかることだってある。

この少女は、自分から揉め事に首を突っ込むような性格ではない。

『自分は常に傍観者であり、第三者である』と聖杯戦争の当初から言っていた。

これが射命丸文の本来の在り方のはず。

そんな彼女が聖杯戦争の最終戦まで勝ち残り、今や望んでセイバーと戦っている。

 

「……士郎さん。いつだか私が柳洞寺の山門で言ったことは覚えていますか? この世界に生きた妖怪の証を立てる。そのために全てのサーヴァントを倒すと、私はそうあなたに言いました」

「ああ、もちろんだ」

 

啖呵を切るように、俺に向かって宣言した。

今になって思えば、それは俺だけではなく、この世界に向けての言葉だった。

あの時の眩しくて鮮烈な印象は、忘れられそうもない。

その瞬間から彼女は新聞記者ではなく、烏天狗の射命丸文として聖杯戦争に参加した。

……それでもわからない。

それが自分の在り方を捨ててまで、戦いを続ける必要がどこにあるのか。

英雄と呼ばれた過去の存在と、命を懸けて切り結ぶなんてどうかしている。

 

「この世界にもかつては妖怪がいました。ですが、今はいくら調べても伝承としてしか残ってない。……私だって物書きの端くれです。書物として残っている限り、彼らの存在は消えないのはわかっています。だけどそれは、記録であって記憶ではない。それはいつか風化して形骸化してしまう。中身を失って名前だけの存在となり、軽んじられてしまう。それはとても由々しき事態です」

 

文はそこで一呼吸置いた。

彼女の感情は読み取れない。笑っているが、悲しんでいるようにも見える。

だけど、大きな決意を秘めた顔をしていた。

 

「私から彼らにしてやれることは何もありません。この世界は幻想郷と違って、死んでしまったら人間も妖怪もそれまでです」

 

『でも文一人が、そんなにぼろぼろになるまで傷つかなくてもいいんじゃないか?』

頭に浮かんだそんな言葉は、なぜか吐き出せなかった。

10年前のこの場所――。

業火のなか、自分の身の可愛さから置き去りにしてしまった人たち。

どうしてなのか、文の言う彼らと俺が置き去りにした人たちが重なってしまう。

 

「そうだとしても、私は我慢できない。妖怪という強く恐ろしく、気高いもの。それを忘れて、安穏と暮らす人間たちが、私は許せない。……これは間違いなく私の我儘。消えてしまった彼らのためと託けても、結局は私自身が許せないです。だから私一人でやらなければならないし、そうでないと意味がない。私という烏天狗が聖杯戦争を勝ち切って、妖怪の強さと、恐ろしさを再びこの世界に知らしめる。……それは自らの在り方を殺してでも、やる価値はあります」

 

彼女の主張は理解できた。でも共感はできなかった。

ただ、一点だけ。

『彼らのためと託けて、結局は自己満足に過ぎない』

その一つだけが、掲げた理想と重なってしまう。

それなら、俺にはどうしようもできない。

結局、俺だって自分の我儘で行動している。そこになんら変わりない。

それに彼女が紡いだ言葉は、かつてないほど情熱的で心が籠もっていた。

 

射命丸文は、自分を語らない。

だから、そんな彼女の本心に触れられて嬉しかった。

 

「わかった」

 

俺はただそれだけ、文に告げた。

そして――。

 

『文、頑張れ。セイバーに負けるな』

 

そんな言葉に令呪を付加させた。

左手の甲に刻まれた令呪が、残り一画に減る。

最後の一画は、文と世界を結ぶ楔として機能している。

つまり、これでもう令呪は使えない。

 

こんな願いに令呪を使えば、稀釈化して効果は弱まる。

本来の使い方から、完全に逸脱している。

それでも、今の俺にはこのぐらいしかしてやれなかった。

少し前のように脅しなんかではなく、彼女の心からの願いだったから。

 

俺は天狗の少女から離れた。

これで、文とセイバーを遮るものは存在しない。

 

「ええ、ええ! 頑張ります! 頑張りますとも! 見ていてください! 士郎さん!!」

 

文はくるりと回って、遠坂たちと向き合った。

 

「さてさて、こんな雨と風のなか、ご静聴ありがとうございます。……なんにせよ、付き合ってもらって悪かったわね」

 

セイバーから視線が外れるのも覚悟で、少女は頭を深々と下げた。

 

「ま、本音を言えば、寒くてしょうがないけど。これで最後だもの、気にしないわよ。……それに私も少しだけ聞き入っちゃった。あんた、意外と青臭いのね。人の言葉を話す化物としてしか見てなかったわ」

「私、ちょっと前に壊れちゃいましたから。当時の私とは別人と思ってくれていいです。……でも今だって十分に化物ですよ? がおー!」

「……や、びっくりするぐらい可愛いんだけど。何なのその小顔? 舐めてるの? ……てか、あんた、セイバーに負けず劣らずの美形よね」

「ふふ。意外と言うと失礼かもしれませんけど――凛はすごく優しいわね」

「ああ、遠坂は良いやつだぞ。……なんだ、今さら気づいたのか?」

 

新聞記者だけあって、文の観察眼と洞察力はずば抜けている。

だけどこれまでは、興味のある対象にしか機能してなかったようだ。

 

「――待て! 私のマスターはそれだけではない! 彼女は優秀なメイガスであり、作る食事はきめ細かくとても美味だ!」

 

まさか、セイバーも俺たちの雑談に入ってきた。

今まで俺たちとは、頑なに話そうとしなかったのに。

こんな会話に割って入るほど、彼女は遠坂が好きなのかもしれない。

 

……というか、セイバーもご飯を食べるのか。

性格にしても何にしても正反対だが、そんなところだけ文と似ていた。

 

「あ、あんたたち! さっきから何を言っているのよ!? ……しかもセイバーまで! 気を抜けたことを言うのも大概にしなさい!」

 

雨のなか、遠坂がどうしようもなく狼狽えていた。

彼女もまた文と同じで、意外と照れ屋なのかもしれない。

 

 

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