文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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54.必ず死ぬ

 

 

全ての終わりを迎えようとした時。

そんな間際に現れた黄金の甲冑を纏う男。

外見だけの虚飾ではなく、在り方さえも黄金そのもの。

 

セイバーからの問いに答えず、ただ彼女だけを静観している。

剣の少女は、明確な敵愾心を剥き出しにした。

男に向けた剣先は、文に向けたものより猛々しく、何よりも憎悪があった。

いつ男に斬り掛かったとしてもおかしくない、紙一重の空気。

 

あいつが、教会にいた男と同一人物なのは間違いない。

こうして全てが終わる時に現れたのは、何かしらの思惑があるはず。

それに……教会の男と同じ人物なのに、奇妙な引っ掛かりがある。

その引っ掛かりは悪寒となって、警鐘を鳴らしていた。

今はまだ何も正体を掴めず、輪郭すらあやふやなものでしかない。

だがその不確かなものが、この聖杯戦争を大きく狂わせている。

 

「ハァ、ハァ……」

 

そんななか、射命丸文は一人だった。

黄金の男とセイバーの世界に入り込む余地もなく。

悪く言えば、蚊帳の外。

セイバーの隣で息を荒げ、血を流し、俯くだけ。

今や天狗の象徴だった頭襟や、一本歯の靴もなく。

残された翼も雨水を吸って、力なく垂れている。

胸の傷だけではなく、背中まで届く穴も再び開いていた。

 

彼女の聖杯戦争は、セイバーに斬り伏せられた時点で終わっていた。

 

「………………」

 

だが赤い瞳だけは、未だ力を失っていない。

表情にあどけなさも、小馬鹿にしたような笑みもない。

強い意志に滾る瞳だけがあった。

そんな並々ならぬ精神力が、事切れる寸前の彼女を支えていた。

 

何が正しいのかわかっている。

今だって、文を幻想郷に返すのが一番だと思っている。

それなのに、俺はどうしようもなく臆病者だ。

彼女が帰らない意志を知って、ホッとすらしている。

このまま文と別れてしまうのを、心の底から恐れていた。

この決断は一生後悔するだろう。

だけどもう、結論は出た。それを彼女に伝えよう。

 

『わかった。令呪は使わない』

 

これ以上ない無責任な言葉だった。

単にこんな形で、文と別れたくなかっただけ。

別れる時は、お互いに納得のできる形でありたかった。

リスクを考えて、声には出さない。でも俺の気持ちは伝わったはず。

彼女は俺の眼の揺らぎだけを、俯きながらもじっと捉えていた。

俺の目は、もう迷いに揺れていない。

文の目端の利きは、俺が最も信頼しているものの一つ。

言葉に出さなくても、必ず伝わる。

 

退路は完全に塞がれた。俺たちはもう、聖杯戦争から抜け出せない。

 

これからやるべきことは決まっている。

それは瀕死の文を連れて、この冬木中央公園から逃げること――。

俺にできるのは、そんなあるかもわからないチャンスを待つだけ。

仮に何も考えずに彼女の元へ行けば、この膠着状態を悪化させる。

今の俺は、警戒の対象ですらないだろう。

それでも目立つ行動をして、見過ごしてもらえるほど甘くはない。

彼女を幻想郷に帰さないと決めた今、迂闊な真似はできない。

 

だから、そのチャンスを待つ。

……しかしこの状況でどうなれば、文を連れて逃げ出せるのか?

男はセイバーにしか興味を持たず、文は歯牙にも掛けない。

戦闘能力は未知数。

しかしセイバーの様子からして、とても油断のできる相手ではない。

 

そしてこの場で最も脅威なのは、間違いなくセイバーだ。

男の介在がなければ、どんな形であったとしても文はここにいなかった。

今は視界にすら入ってないが、彼女はいつでも文を殺せる状態にある。

 

そんな二人の目を盗んで、立ち上がることもできない彼女を連れて逃げ切る?

こんな遮蔽物もない広い公園から?

馬鹿げたほど無謀な試みだった。自身の正気も疑ってしまう。

だけど、そんな無謀も狂気も承知の上。

俺の正気なんて、令呪を使わないと決めた時点で失われていた。

 

 

 

 

「……セイバー。あいつはいったい、何者なの?」

 

遠坂は、誰もが思う疑問をセイバーに尋ねる。

セイバーは少し逡巡を見せたが、すぐに表情を改めた。

 

「……あの男は10年前の聖杯戦争で、決着のつかなかったサーヴァントです。彼のクラスはアーチャー。真名は最後までわかりませんでした」

「は――?」

 

遠坂の間の抜けた顔を見たのは、これが初めてかもしれない。

 

「10年前のサーヴァントですって!? それよりも、ちょっと待って。……え? もしかして。……あんた、前の聖杯戦争にも参加していたの!?」

「……はい。ですが信じて欲しい。今更言うのは都合がいいかもしれませんが、隠すつもりはありませんでした。かつて経験した聖杯戦争は、思い返すのも憚られるような陰惨なものだった。もしかしなくとも、無意識のうちに話題に上げるのを避けていたのかもしれません」

 

そう言って、彼女は顔を曇らせる。

……気のせいかもしれないが、一瞬だけ俺を睨んだ気がした。

 

「はー、やけに冬木の地理や地形に詳しいと思ったわ。聖杯からの知識なのかなと勝手に考えていたけど、実際に経験していたのね」

 

釈然としない様子ではあったが、一応納得はしたようだ。

これで男の言う『久方ぶり』という言葉が、今の話でようやく理解できた。

10年前の聖杯戦争で、セイバーは『アーチャー』と戦った。

弓兵と呼んでも、男の風貌と性格を見るに弓を射るようにはとても思えない。

あの仰々しい鎧で、敵に悟られず矢を放つなんて不可能だろう。

それを言えば、文も似たようなものだ。しかし、彼女は風を放つという手段を持っている。

つまりあの男もまた、攻撃手段が弓であるとは限らない。

 

「すみません、凛。本来なら召喚された直後に言うべきでした。私のつまらない感傷が、あなたの危険を招くことになったかもしれないのに」

 

セイバーは謝罪をしても、アーチャーと呼ばれた男に向けた切っ先は決してぶれない。

この決して短くない会話の中でも、一瞬たりとも隙を見せなかった。

 

「まあいいけど。……でもあとでお茶でも飲みながら、根掘り葉掘り聞かせてもらうわよ」

「はい。その時は覚悟します。それにあなたの淹れる紅茶もとても楽しみだ」

 

思い出したくないというセイバーを無視して、聞き出そうとするのは如何にも遠坂らしい。

そして遠坂は距離を取り、邪魔にならない位置で身構える。

ただならぬセイバーの様子を見て、これ以上は邪魔になると判断したのだろう。

 

そして男は今も、セイバーだけを見据えている。

あいつが最後に言葉を発してから、どれぐらい経ったのか。

極度の緊張下から、かなりの時間が経過したように思えるが、実際は数分程度なのかもしれない。

黄金の男の何もかもを見透かすような視線に、少女は忌々しそうに顔をしかめた。

 

「……あなたらしくもない。さっきから黙って何を見ている?」

 

セイバーの言葉に、緩んだ口を押さえるような仕草を取った。

 

「いやなに、10年ぶりとは言えど……ふむ、確認するまでもなかったか。セイバー、おまえは美しい。――喜ぶがいい、この無価値な世界で我の目に適うものなど、ほんの一握りよ」

 

あまりに高慢ではあったが、最大限の美辞麗句を連ねた文句だった。

この男に媚や、世辞を言う感性があるとは思えない。

ありのままの真実として、自分の感想を口にしただけ。

 

「その相手を顧みない言葉の数々。10年経とうが変わらないようですね、アーチャー」

 

不快感を露わにして、男を睨んだ。

如何に言葉を重ねようとも、剣の少女に意味はなかった。

彼女の本懐は、女性である前に騎士なのだろう。

自らの性別を捨て、自分の全てを国に捧げた。

騎士であり、王であろうとした彼女に今の言葉は時として侮辱にもなる。

 

「相手を顧みるだと……? ふ、はははは! セイバーよ! やはりおまえは下らぬ観念でしか物事を計れぬようだな! 忘れたか? この世の全ては我の物であることを! その所有物に何を配慮する必要があるというのだ!」

 

男は込み上げる感情を抑えようともせずに、声を上げて笑った。

相手を無能だと謗るかのような、高慢で不遜な態度。

 

「そして、貴様も我の物であるのを努々忘れぬことだな。……まさか忘れたわけではあるまい? 10年前、この地で我の下した決定を」

「……あの時の求婚のことか? まさか、あのような戯言を私が本気にするとでも思っていたのか?」

「そうだ。貴様は我の元へ下るがいい。この余計なモノで埋め尽くされた世界であろうとも、我は決しておまえを飽きさせないぞ」

 

求婚という思いがけない言葉。

セイバーの意志を完全に無視して、当然であるように告げる。

 

「……求婚ですって? 何なのこの金ピカ? 頭のネジが全部ぶっ飛んでいるのかしら」

 

今まで寡黙に徹していた遠坂も、男の言葉に呆れていた。

だがこの男がどこまでも本気なのは、ここにいる誰もが理解している。

遠坂も口調とは裏腹に、表情は緊張でどこか硬いままだった。

 

「世迷い言を……! やはりあなたとは相容れそうもなさそうだ! あの時の決着、今ここでつけさせてもらう!」

 

セイバーが風王結界から解かれた聖剣に魔力に通わせた。

大気を震わせる強大な魔力にも、男は己の愉悦を隠そうともしない。

 

「相も変わらず、じゃじゃ馬のようだな。まあいい、おまえのような女を平伏させるのも、男子たる我の務めだ。英雄王である我が直々に相手をしてやろう。――だが、その前にだ」

 

ふと、男の視線が初めてセイバーから切れた。

彼女の隣に向けられた視線の先、そこにいる半生半死の烏天狗。

射命丸文の姿が、紅玉の瞳に捉えられた。

セイバーに向けられていたものとは違う、明らかな嫌悪感が滲んでいる。

 

「セイバー、そこのサーヴァントですらない紛い物にとどめを刺せ。そのような輩が我と同じ『アーチャー』を冠しているなど、侮辱でしかないわ」

 

セイバーに向けるものとは逆の、汚らわしいものを見る目つきで文を睨む。

……まずい。

これまでずっと彼女に無関心だったが、ここに来て初めて意識を向けられた。

しかも、殺意という最悪な形で。

今までの機嫌の良さが嘘であったように、気紛れで態度を変えてしまう。

 

「…………」

 

文はもはや意識を落とさないことだけに、全神経を使っている。

殺意を向けられても反応が乏しく、男を見るのも叶わない。

浅い呼吸を繰り返し、全身を襲う寒気に耐えるように自分を抱いていた。

セイバーはつられるように文を見たが、彼女の顔に興味らしきものは浮かばなかった。

淡白と言えるほど表情に色がなく、一瞥だけ与えて再び男へと向き直す。

 

「……まさかあなたのような男が、脱落したサーヴァントに関心を持つとは。それにこの傷だ。この少女はもう起き上がることもままならないでしょう」

 

セイバーに見向きもされなかったのが、不幸中の幸いだった。

これで男の言葉通りに剣を振り下ろしていたら、その時点で終わっていた。

男は表情を一転させると、含み笑うように一度だけ喉を鳴らす。

 

「それは我に対しての跳ねっ返りのつもりか? ――よいか、セイバー。上辺だけではなく、常に本質だけを見抜け。貴様も女だてらに王を名乗るというのなら、それこそ最低限の資質であるぞ。ソレを指してよもや少女だと? ハ、笑わせてくれるわ。姿形は人に近くとも、人とは根幹から異なる別種の化物よ」

 

この世の道理を説くように、男は言葉を重ねていく。

 

「ソレは本能で人を喰らう魔獣だ。存在そのものが、人の世に害を為す厄災となんら変わらぬ。それにも関わらずだ。人の肉と恐怖を喰らわねば、己すらも確立できぬ愚か者どもよ。我の支配する時代には幾らでもいたが……ふむ、今はいないようだな。だが、結構。淘汰されて当然だ。我のものを我の断りもなく喰らうなど、到底我慢できぬわ!」

 

それは文が言った『妖怪は人間を喰らい、人間は妖怪を退治する』という言葉に通じていた。

彼女の住む幻想郷では、その摂理によって人と妖怪は共依存の関係にあると。

今この世界に、妖怪と呼ばれた存在はどこにもいない。

そして彼らは、伝奇や伝承の中に忘れ去られてしまった。それが彼女にとって許せずにいる。

 

「存在することが、世に蔓延る穢れと同じだ。人の上に立つ者であれば、速やかに祓うのが責務よ。……それにその程度で決着だと? ソレが醜く生き足掻くことに迷いなどするものか。今も何か企んでいるかもしれんぞ。寝首を掻かれたくなければ、疾くその首を斬り落とせ」

 

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