文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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58.二人の王 中

 

 

あれから、どれぐらい経ったのか。

雨を吸った冬木中央公園は、戦火によって燃え立っていた。

ぬかるんでいた土壌ですら蒸発させる火力。

常人が呼吸をすれば、肺が焼け焦げかねない灼熱。

そこは、セイバーとギルガメッシュ──王二人の決戦の舞台だった。

 

セイバーのマスターである遠坂凛は、劇壇に上がるのも許されない。

如何に研鑽を積んだ魔術師であろうと、この戦いには介入できない。

今いる場所から数歩でも進めば、命を落としてしまう。

少女は、遠巻きから壇上を観戦するだけの観客に過ぎなかった。

 

「…………セイバー」

 

身の丈を誤ってはいけない。己を過信すれば、セイバーの枷になる。

剣の少女の足を引っ張らずにいるのが、彼女の精一杯だった。

プライドが傷つかないわけではない。

それでもセイバーの邪魔になるのは、絶対に避けなければならない。

信頼を預けてセイバーの勝利を信じるのが、今できるすべて。

 

(だけど、いざとなったら令呪を使える。バックアップだけは最大限させてもらうわよ、セイバー)

 

最終決戦と呼ぶにふさわしい極限のなか。

何があっても、二人の戦いから目を離してはいけない。

魔術師の少女は、そう強く思った。

 

「どうした? おまえの言う全力とはその程度なのか? 身の程を弁えず、我に勝つとぬかしたのだ。まずは我をここから動かしてみせろ」

 

ギルガメッシュは今に至るまで、ただの一歩も動いていない。

セイバーの動きを目で追っているが、腕は組んだままだった。

背後に展開された『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』から宝具を無制限に射出するだけ。

 

「…………」

 

剣の少女は、ギルガメッシュの挑発に無言で返す。

上から目線の頭に来る物言いだったが、冷静さを少しでも欠けば命取りになる。

剣の英霊であるセイバーは、白兵戦に頼らなければいけない。

竜殺しの宝具などの弱点も多く、『王の財宝』との相性は悪い。

もっとも、ギルガメッシュと相性の良いサーヴァントなど存在しないのだが。

 

男の攻撃方法は、これまでから大きな変化はない。

しかし、セイバーに向けて放たれる宝具の数。

それだけが比べ物にならないほど増えた。

究極無比の宝具を、惜しみなく放ち続けている。

大抵のサーヴァントであれば、それだけで何の抵抗もなく殺されるだけ。

現に一歩も動ず、ことごとくを蹂躙する力を持っていた。

『王の財宝』は、慣れや経験でどうにかなるものではない。

策を弄するにしても、対策のしようがない。

有無を言わさず飲み込み、痕跡すら残さない。

セイバーにも一呼吸どころか、瞬き一つの暇すらも与えない。

これまでの手加減が、否応にも理解できてしまう。

理不尽なまでの圧倒的強者。それが英雄王ギルガメッシュだった。

 

「──ふっ!」

 

セイバーの身のこなしは速度だけではなく、精度すら上がっていく。

それでも少女の剣は、男の薄皮にすら触れるのを許されなかった。

唯一剣が触れたのは、自身のダメージも度外視にした先の一撃だけ。

それもまた、黄金の甲冑によって弾かれた。

 

(……あの時、アーチャーの頭に剣を振り下ろしていれば、勝敗は決していただろうか?)

 

そんな瞬間の判断に、セイバーは歯噛みしてしまう。

鼻につく黄金の鎧を砕こうという気まぐれがあった。それがこうして戦いを長引かせている。

その選択が、戦闘を長引かせるだけならいい。

今の状況はどう見ても、セイバーはギルガメッシュに押されている。

 

(それだけではない。私の選択は幾度となく間違いがあった。私が常に最善の選択ができたのなら、滅ぶと予言された祖国にも盛栄はあったのだろうか。……いいや、もし最善を選べたのなら、あの選定の剣すら抜くこともなかった)

 

あの選定の剣と違う、今ある聖剣を強く握る。

そんな自虐的な思考をしたところで、宝具の雨は止むはずがない。

手垢にまみれた言葉だが、歴史に『もしも』はない。

一度過ぎてしまった事象は覆せないのが、万物の理として決まっている。

けれど、この世界に一つだけ。

歴史の『もしも』を可能とする奇跡があるとするのなら。

こぼれてしまったミルクを元の瓶に戻せるのなら。

 

(私は聖杯を手に入れて、剣の選定をやり直す。…………だから今はどう防ぎ、どう躱し、どう剣を振るのか。それだけを考えればいい)

 

そして、英雄王をどう殺すのか――。

それだけを残して、騎士王は思考を閉ざした。

 

 

 

 

「……フン、埒が明かぬものよ」

 

英雄王は眉をしかめて、不快そうに言葉を漏らす。

停滞した今の状況もそうである。

それ以上に『王の財宝』を半端にしか展開できない状況に苛立ちがあった。

ギルガメッシュは、全力ではない。

万が一にも全力を出せば、セイバーが今も立っているはずはない。

目的である少女を殺してしまえば、元も子もなくなってしまう。

 

「さて、どうしたものか」

 

黄金の王が右腕をゆっくりと上げた。

自らの臣下を控えさせるような動きに対して、すべての宝具が進軍を止める。

そして、セイバーに言葉を紡ごうと口を開いた。

 

「…………!」

 

英雄王が何を話そうとも、律儀に待ってやる必要はない。

これまでにない好機。

彼女からギルガメッシュまでの距離――。

『王の財宝』からの攻撃がなければ、なんてこともなく。

ただの一足で詰め寄って、英雄王に斬り掛かれる!

 

「なっ……!?」

 

不意に、奇妙な感覚に囚われた。

セイバーの第六感が、これまでにない悪寒を走らせた。

一気に詰め寄るはずだった一足飛びを、反射的に止めてしまう。

彼女に備る未来予知に及ぶ直感。それが、セイバーを戦慄させた。

言葉での説明が難しい能力だが、彼女はこれまで何度も命を救われている。

今の悪寒も、決して無視していいものではなかった。

 

「セイバー、このような児戯はもう仕舞いだ」

 

『児戯』とはつまり、今のこの戦いを指している。

まるで、自分の思う通りにならずに愚図り出す子供のように感じた。

 

「英雄王。まさかとは思うが、手詰まりではあるまい?」

 

探りを入れるように、騎士王はあえて挑発をした。

宝具を解放する好機にも思えたが、今はギルガメッシュの出方を待つべきだった。

仮に後手に回ろうとも『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』であれば、即座に対応できる。

 

「ハ――下らぬ妄言は控えることだな! では、そのような誇大妄想に二度と陥らぬよう、これより英雄王にしか持たぬ剣を見せてやろう! ……精々耐えてみせろよ、セイバー! これで死ぬようならば、貴様もそれまでの女だったというわけだ!」

 

英雄王は赤く波打つ空間に、腕を差し入れた。

その手に握られていたのは、これまで放った宝具とも違う形状の剣だった。

本当に剣と呼んでいいのか、それすらも疑問に思ってしまう。

特に異質なのは刀身で、刃らしきものが先端にしか存在しない。

三つに分かれた黒い円柱状のパーツで構成されており、朱色の紋様が刻まれている。

それぞれが独自の回転をしたそれは、一見すれば削岩機のようにも見える。

 

「世界の混沌を切り裂き、世界を新たに創造した剣だ。銘は存在せぬが、我はエアと呼んでいる」

 

異様な形状に反して放たれる魔力は、どの宝具よりも強大だった。

英雄王の言うとおり、まさに唯一無二。

そして、セイバーが英雄王の宝具に対抗する手段は一つしかない。

彼女自身が今も握っているエクスカリバーの解放だけ――。

過信ではなく、セイバーは自身の持つ剣が最強であると信じている。

遠坂凛という優秀なマスターのおかげで、二度の戦いを重ねても尚、全力で宝具を解放する余力があった。

驕り高ぶる王を倒すため、今がまさにエクスカリバーを使うのに相応しい機会。

 

「――凛、今から宝具を解放します!」

 

セイバーは、遠坂凛から惜しみなく供給される魔力を聖剣に込めていく。

注がれた魔力が光に変換されて、莫大な熱量となり剣に纏う。

 

「ほう! 我の剣を見ても抵抗しようと言うのか! ク、ハハハハハ! 無知ゆえの蛮勇もここまで来ると滑稽だな!」

「何を馬鹿なことを……! ここで破れるのは貴様だ! 英雄王!!」

 

エクスカリバーは、ギルガメッシュを宝具ごと打ち倒すに十分な力を持っている。

それを覆すなど、あり得てはならない。

 

「エアとは即ち生命の記憶の原初であり、この星の最古の姿よ。つまりは地獄の再現だ! セイバー、貴様の目に地獄を焼き付けるがいい!!」

 

英雄王によって、エアと呼ばれた剣。

三つの刀身の回転が速度を増し、周囲の風を逆巻かせ取り込んでいく。

それが肉眼で認識ができるほどの魔力の渦となり、一帯を大きく震えさせた。

しかし、セイバーにギルガメッシュを待つ理由などない。

聖剣にはもう十分な魔力が充填されている。あとはもう解き放つだけ。

眼前に掲げた聖剣を振り上げ、秘められた真名を解き放った。

 

『英雄王――我が剣を受けるがいい! 約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!』

 

放たれる光の奔流。

ギルガメッシュの眼前まで光は迫っていたが、余裕は決して崩さない。

英雄王もまた宝具を解放するため、虚空にエアを突き刺した。

 

『裁定の時だ――受けよ! 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!』

 

 

 

 

結論から言うと、エクスカリバーで乖離剣エアに勝つのは不可能だった。

それは決定された前提であり、何があっても覆らない。

別の世界での必然――。

衛宮士郎の体内に埋め込まれたエクスカリバーの鞘。

『アヴァロン』という絶対防御を持たない限り、騎士王はエヌマ・エリシュを打ち破れない。

 

そして、遅れて放たれたエヌマ・エリシュはエクスカリバーと衝突する。

互いの最大火力が、ぶつかり合って生じる拮抗――。

しかしそれは、瞬間的なものでしかなかった。

乖離剣によって圧縮された風は、擬似的な時空断層を発生させ、空間を断裂させる力を持つ。

世界すら穿つ大嵐(タイラン)は、聖剣の光をあっさりと飲み込んだ。

 

「な――ッ!?」

 

自身の宝具が瞬く間に浸食される姿に、騎士王は瞠目した。

現実味が失われていく光景。

もしこれが悪夢の類であれば、セイバーは救われたかもしれない。

だがこれは、紛れもなく世界によって約定された現実だった。

 

「……くっ!」

 

彼女に驚いている暇はない。

魔力を如何に奔らせようとも、これ以上ない状態で宝具は解放されている。

この力を超える出力は、どう足掻いても出すことは不可能だった。

 

しかし――。

 

「令呪の契約によって、セイバーに命じるわ! 『金ピカをぶっ飛ばしなさい!!』」

 

セイバーにとって、これ以上ない檄が自身のマスターから飛んだ。

剣の少女の胸に、例えようもない熱が入る。

 

(凛……あなたが私を召喚したマスターで本当によかった……!)

 

遠坂凛の右手に刻まれた令呪の一画が消失する。

その結果、セイバーの魔力が爆発的にブーストされていく。

これ以上ない絶好のタイミングで、宝具の力が最大値を振り切った。

 

「はああああ――――!!」

 

セイバーの眼前まで迫ったエヌマ・エリシュの暴風がぴたりと浸食を止めた。

呼吸を止めて見入っていた凛が、安堵の息を飲む。

 

「…………!」

 

だがそんな彼女と違って、セイバーの表情は険しいままだった。

 

「――フン」

 

黄金の王は今も動じることなく、この世の全てを笑っていた。

つまり令呪による効果も、英雄王にとってそれだけのものでしかない。

 

「他愛ないな。我を退屈させるなよ。セイバー」

 

そんな失望とも言える声とともに、エヌマ・エリシュは拮抗を再び打ち破る。

その直後、セイバーは大嵐(タイラン)に飲み込まれた。

 

 

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