文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars. 作:悠里@
あれから、どれぐらい経ったのか。
雨を吸った冬木中央公園は、戦火によって燃え立っていた。
ぬかるんでいた土壌ですら蒸発させる火力。
常人が呼吸をすれば、肺が焼け焦げかねない灼熱。
そこは、セイバーとギルガメッシュ──王二人の決戦の舞台だった。
セイバーのマスターである遠坂凛は、劇壇に上がるのも許されない。
如何に研鑽を積んだ魔術師であろうと、この戦いには介入できない。
今いる場所から数歩でも進めば、命を落としてしまう。
少女は、遠巻きから壇上を観戦するだけの観客に過ぎなかった。
「…………セイバー」
身の丈を誤ってはいけない。己を過信すれば、セイバーの枷になる。
剣の少女の足を引っ張らずにいるのが、彼女の精一杯だった。
プライドが傷つかないわけではない。
それでもセイバーの邪魔になるのは、絶対に避けなければならない。
信頼を預けてセイバーの勝利を信じるのが、今できるすべて。
(だけど、いざとなったら令呪を使える。バックアップだけは最大限させてもらうわよ、セイバー)
最終決戦と呼ぶにふさわしい極限のなか。
何があっても、二人の戦いから目を離してはいけない。
魔術師の少女は、そう強く思った。
「どうした? おまえの言う全力とはその程度なのか? 身の程を弁えず、我に勝つとぬかしたのだ。まずは我をここから動かしてみせろ」
ギルガメッシュは今に至るまで、ただの一歩も動いていない。
セイバーの動きを目で追っているが、腕は組んだままだった。
背後に展開された『
「…………」
剣の少女は、ギルガメッシュの挑発に無言で返す。
上から目線の頭に来る物言いだったが、冷静さを少しでも欠けば命取りになる。
剣の英霊であるセイバーは、白兵戦に頼らなければいけない。
竜殺しの宝具などの弱点も多く、『王の財宝』との相性は悪い。
もっとも、ギルガメッシュと相性の良いサーヴァントなど存在しないのだが。
男の攻撃方法は、これまでから大きな変化はない。
しかし、セイバーに向けて放たれる宝具の数。
それだけが比べ物にならないほど増えた。
究極無比の宝具を、惜しみなく放ち続けている。
大抵のサーヴァントであれば、それだけで何の抵抗もなく殺されるだけ。
現に一歩も動ず、ことごとくを蹂躙する力を持っていた。
『王の財宝』は、慣れや経験でどうにかなるものではない。
策を弄するにしても、対策のしようがない。
有無を言わさず飲み込み、痕跡すら残さない。
セイバーにも一呼吸どころか、瞬き一つの暇すらも与えない。
これまでの手加減が、否応にも理解できてしまう。
理不尽なまでの圧倒的強者。それが英雄王ギルガメッシュだった。
「──ふっ!」
セイバーの身のこなしは速度だけではなく、精度すら上がっていく。
それでも少女の剣は、男の薄皮にすら触れるのを許されなかった。
唯一剣が触れたのは、自身のダメージも度外視にした先の一撃だけ。
それもまた、黄金の甲冑によって弾かれた。
(……あの時、アーチャーの頭に剣を振り下ろしていれば、勝敗は決していただろうか?)
そんな瞬間の判断に、セイバーは歯噛みしてしまう。
鼻につく黄金の鎧を砕こうという気まぐれがあった。それがこうして戦いを長引かせている。
その選択が、戦闘を長引かせるだけならいい。
今の状況はどう見ても、セイバーはギルガメッシュに押されている。
(それだけではない。私の選択は幾度となく間違いがあった。私が常に最善の選択ができたのなら、滅ぶと予言された祖国にも盛栄はあったのだろうか。……いいや、もし最善を選べたのなら、あの選定の剣すら抜くこともなかった)
あの選定の剣と違う、今ある聖剣を強く握る。
そんな自虐的な思考をしたところで、宝具の雨は止むはずがない。
手垢にまみれた言葉だが、歴史に『もしも』はない。
一度過ぎてしまった事象は覆せないのが、万物の理として決まっている。
けれど、この世界に一つだけ。
歴史の『もしも』を可能とする奇跡があるとするのなら。
こぼれてしまったミルクを元の瓶に戻せるのなら。
(私は聖杯を手に入れて、剣の選定をやり直す。…………だから今はどう防ぎ、どう躱し、どう剣を振るのか。それだけを考えればいい)
そして、英雄王をどう殺すのか――。
それだけを残して、騎士王は思考を閉ざした。
◇
「……フン、埒が明かぬものよ」
英雄王は眉をしかめて、不快そうに言葉を漏らす。
停滞した今の状況もそうである。
それ以上に『王の財宝』を半端にしか展開できない状況に苛立ちがあった。
ギルガメッシュは、全力ではない。
万が一にも全力を出せば、セイバーが今も立っているはずはない。
目的である少女を殺してしまえば、元も子もなくなってしまう。
「さて、どうしたものか」
黄金の王が右腕をゆっくりと上げた。
自らの臣下を控えさせるような動きに対して、すべての宝具が進軍を止める。
そして、セイバーに言葉を紡ごうと口を開いた。
「…………!」
英雄王が何を話そうとも、律儀に待ってやる必要はない。
これまでにない好機。
彼女からギルガメッシュまでの距離――。
『王の財宝』からの攻撃がなければ、なんてこともなく。
ただの一足で詰め寄って、英雄王に斬り掛かれる!
「なっ……!?」
不意に、奇妙な感覚に囚われた。
セイバーの第六感が、これまでにない悪寒を走らせた。
一気に詰め寄るはずだった一足飛びを、反射的に止めてしまう。
彼女に備る未来予知に及ぶ直感。それが、セイバーを戦慄させた。
言葉での説明が難しい能力だが、彼女はこれまで何度も命を救われている。
今の悪寒も、決して無視していいものではなかった。
「セイバー、このような児戯はもう仕舞いだ」
『児戯』とはつまり、今のこの戦いを指している。
まるで、自分の思う通りにならずに愚図り出す子供のように感じた。
「英雄王。まさかとは思うが、手詰まりではあるまい?」
探りを入れるように、騎士王はあえて挑発をした。
宝具を解放する好機にも思えたが、今はギルガメッシュの出方を待つべきだった。
仮に後手に回ろうとも『
「ハ――下らぬ妄言は控えることだな! では、そのような誇大妄想に二度と陥らぬよう、これより英雄王にしか持たぬ剣を見せてやろう! ……精々耐えてみせろよ、セイバー! これで死ぬようならば、貴様もそれまでの女だったというわけだ!」
英雄王は赤く波打つ空間に、腕を差し入れた。
その手に握られていたのは、これまで放った宝具とも違う形状の剣だった。
本当に剣と呼んでいいのか、それすらも疑問に思ってしまう。
特に異質なのは刀身で、刃らしきものが先端にしか存在しない。
三つに分かれた黒い円柱状のパーツで構成されており、朱色の紋様が刻まれている。
それぞれが独自の回転をしたそれは、一見すれば削岩機のようにも見える。
「世界の混沌を切り裂き、世界を新たに創造した剣だ。銘は存在せぬが、我はエアと呼んでいる」
異様な形状に反して放たれる魔力は、どの宝具よりも強大だった。
英雄王の言うとおり、まさに唯一無二。
そして、セイバーが英雄王の宝具に対抗する手段は一つしかない。
彼女自身が今も握っているエクスカリバーの解放だけ――。
過信ではなく、セイバーは自身の持つ剣が最強であると信じている。
遠坂凛という優秀なマスターのおかげで、二度の戦いを重ねても尚、全力で宝具を解放する余力があった。
驕り高ぶる王を倒すため、今がまさにエクスカリバーを使うのに相応しい機会。
「――凛、今から宝具を解放します!」
セイバーは、遠坂凛から惜しみなく供給される魔力を聖剣に込めていく。
注がれた魔力が光に変換されて、莫大な熱量となり剣に纏う。
「ほう! 我の剣を見ても抵抗しようと言うのか! ク、ハハハハハ! 無知ゆえの蛮勇もここまで来ると滑稽だな!」
「何を馬鹿なことを……! ここで破れるのは貴様だ! 英雄王!!」
エクスカリバーは、ギルガメッシュを宝具ごと打ち倒すに十分な力を持っている。
それを覆すなど、あり得てはならない。
「エアとは即ち生命の記憶の原初であり、この星の最古の姿よ。つまりは地獄の再現だ! セイバー、貴様の目に地獄を焼き付けるがいい!!」
英雄王によって、エアと呼ばれた剣。
三つの刀身の回転が速度を増し、周囲の風を逆巻かせ取り込んでいく。
それが肉眼で認識ができるほどの魔力の渦となり、一帯を大きく震えさせた。
しかし、セイバーにギルガメッシュを待つ理由などない。
聖剣にはもう十分な魔力が充填されている。あとはもう解き放つだけ。
眼前に掲げた聖剣を振り上げ、秘められた真名を解き放った。
『英雄王――我が剣を受けるがいい!
放たれる光の奔流。
ギルガメッシュの眼前まで光は迫っていたが、余裕は決して崩さない。
英雄王もまた宝具を解放するため、虚空にエアを突き刺した。
『裁定の時だ――受けよ!
◇
結論から言うと、エクスカリバーで乖離剣エアに勝つのは不可能だった。
それは決定された前提であり、何があっても覆らない。
別の世界での必然――。
衛宮士郎の体内に埋め込まれたエクスカリバーの鞘。
『アヴァロン』という絶対防御を持たない限り、騎士王はエヌマ・エリシュを打ち破れない。
そして、遅れて放たれたエヌマ・エリシュはエクスカリバーと衝突する。
互いの最大火力が、ぶつかり合って生じる拮抗――。
しかしそれは、瞬間的なものでしかなかった。
乖離剣によって圧縮された風は、擬似的な時空断層を発生させ、空間を断裂させる力を持つ。
世界すら穿つ
「な――ッ!?」
自身の宝具が瞬く間に浸食される姿に、騎士王は瞠目した。
現実味が失われていく光景。
もしこれが悪夢の類であれば、セイバーは救われたかもしれない。
だがこれは、紛れもなく世界によって約定された現実だった。
「……くっ!」
彼女に驚いている暇はない。
魔力を如何に奔らせようとも、これ以上ない状態で宝具は解放されている。
この力を超える出力は、どう足掻いても出すことは不可能だった。
しかし――。
「令呪の契約によって、セイバーに命じるわ! 『金ピカをぶっ飛ばしなさい!!』」
セイバーにとって、これ以上ない檄が自身のマスターから飛んだ。
剣の少女の胸に、例えようもない熱が入る。
(凛……あなたが私を召喚したマスターで本当によかった……!)
遠坂凛の右手に刻まれた令呪の一画が消失する。
その結果、セイバーの魔力が爆発的にブーストされていく。
これ以上ない絶好のタイミングで、宝具の力が最大値を振り切った。
「はああああ――――!!」
セイバーの眼前まで迫ったエヌマ・エリシュの暴風がぴたりと浸食を止めた。
呼吸を止めて見入っていた凛が、安堵の息を飲む。
「…………!」
だがそんな彼女と違って、セイバーの表情は険しいままだった。
「――フン」
黄金の王は今も動じることなく、この世の全てを笑っていた。
つまり令呪による効果も、英雄王にとってそれだけのものでしかない。
「他愛ないな。我を退屈させるなよ。セイバー」
そんな失望とも言える声とともに、エヌマ・エリシュは拮抗を再び打ち破る。
その直後、セイバーは