文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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06.少女と狂戦士と

 

 

アルビノのような、少女の淡紅色の瞳が愉しそうに俺を捉える。

視認ができるほどの魔力を帯びた瞳は、少女の魔術師としての資質の高さを感じた。

聖杯によるバックアップを受けたとしても、あんな化け物クラスのサーヴァントを使役しているのだ。

小さく可憐な見た目とは裏腹に、聖杯戦争のマスターとしてのレベルはここにいる誰よりも高い。

 

「――こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

サーヴァントの戦いを挟んで対峙する俺に、甘い声色を紡ぐ。

小さな少女の声は、剣戟が重なる戦場のなかにあっても、はっきりと聞き取れた。

外見通り、澄んだ鈴の声。

この空間には似合わない異質な響きだったが、俺ははっきりと戦慄を感じていた。

 

「……え、衛宮くん!? なんであんたがここに……」

 

少女に続き、遠坂も俺の存在に気づいた。

ここは、俺の家から新都まで続く道だ。

俺と文が遠坂の忠告どおりに教会に行けば、この出会いある意味必然だった。

遠坂も一瞬でその考えに至ったのか、「あちゃあ」と漏らし片手で顔を覆った。

 

銀髪の少女は、遠坂を無視して話を続ける。

 

「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。聖杯戦争のマスターよ。……そして、今セイバーと戦っているのが私のサーヴァントのバーサーカー」

 

――イリヤスフィール。

――バーサーカーのマスター。

 

……たしかバーサーカーとは、理性の代償に能力を強化されたサーヴァントだったはず。

そのクラス名が示す通り、あの眼前の破壊をするためだけに斧剣を振るう姿はまさに狂戦士だった。

 

「え、なに? もしかして衛宮君、この娘と知り合いなの?」

 

遠坂がイリヤスフィールと名乗る少女と関係を尋ねていた。

つい数時間前、あんな別れ方をしたというのに、どうして遠坂は何事もなかったかのような口ぶりなのか。

衛宮士郎は、遠坂凛にとってどんな位置にいる存在なんだろう。

 

「いや、別に知り合いじゃない。何日か前にすれ違っただけだ」

 

……それに対し、馬鹿正直に答える俺も俺だった。

 

しかしイリヤスフィールは、俺とは知り合いであるように接している。

いくら記憶を探っても『イリヤスフィール』という名前に覚えがない。

印象に残る名前だ。

記憶力にそこまで自信はないが、一度でも耳にしたら忘れないだろう。

 

「もう、遠坂の魔術師は品格というものがないんだから。いまは私がお兄ちゃんと話しているのに、あなたなんかが口を挟まないで」

「な……なんですって!」

 

白い少女は拗ねたように、頬を膨らませて批難すると、遠坂はヒステリックに声を荒げた。

どうも『遠坂の魔術師は品格がない』という言葉が逆鱗に触れたようだ。

 

それよりも、自分たちのサーヴァントの戦いを放っておいていいのだろうか。

好意的に解釈すれば、自身のパートナーへの信頼と言えるかもしれない。

それでも、いまも死闘を繰り広げている彼らが些か不憫だった。

 

「ね、ね! それでお兄ちゃん! お兄ちゃんはサーヴァントを喚べたのかな!」

 

イリヤスフィールは、激昂する遠坂を無視して俺だけを見ていた。

 

「……ああ」

 

そう答えてみたが、俺のサーヴァントである射命丸文の姿はどこにも見あたらない。

彼女を追ってここまで来たので、この近辺にいるのは間違いないと思うが。

 

「ふーん……そっか。喚べたんだ。それは、よかったね」

 

どこか少女の纏う雰囲気が、異質なものになる。

 

「それじゃあ――今からリンとリンのセイバーを殺すわ。そしたら次はお兄ちゃんの番! あはは! 絶対に逃がさないんだから!」

 

これまでのあどけない表情から豹変し、少女は口の端を吊り上げると、酷薄な笑みを浮かべた。

その変化と同時に、少女の全身に赤い光を放つ模様が浮かぶ。

それは、厚手のコートの上からでもわかる魔術の光彩だった。

知識のない俺でもわかる、膨大な魔力そのもの。

 

「まさか……その全部が令呪だとでも言うの……?!」

 

目を開いて、驚嘆する遠坂に少女は満足そうにクスリと笑った。

 

「ええ。そう、その通りだわ。正解よ、リン。あなたにはご褒美をあげる。――狂いなさい、バーサーカー」

『■■■■■■■■■■――!』

 

バーサーカーが、言葉では形容しようのない咆哮を上げた。

空気を震わせる巨人の咆哮は、俺の体が削られるような凄まじい轟音だった。

 

「うそ……今まで本気じゃなかったとでもいうの……!?」

 

遠坂が驚くのも、無理はない。

イリヤスフィールの一言で、バーサーカーの攻撃がこれまでよりも苛烈になった。

一撃でも必殺の威力を持った斧剣が速くなり、重さも増していく。

 

「はぁぁ!!」

『■■■■■■■■!!』

 

バーサーカーが相対しているのは、最良のサーヴァントと呼ばれているセイバー。

速度と重さを増したバーサーカーの斧剣を、不可視の剣によって捌く。

刀身が触れるごとに、闇に火花が散った。

イリヤスフィールによって、強化されたバーサーカーの攻撃は、何度も正面から受けきれるものではない。

だからセイバーは『受け止める』のではなく、『受け流す』ことで対処を可能とした。

 

 

 

「…………くッ!」

 

しかし、そんな機転を許したのも束の間で、セイバーの顔が僅かに険しくなった。

バーサーカーの取っている戦い方は、これまでとなんら変化はない。

超人的な膂力を使って、無骨な斧剣を振るう。それだけのもの。

しかし、そんな単純な攻撃だからこそ、反撃に転じるにしても方法が限られてしまう。

 

セイバーも刹那の隙を見逃さずに、バーサーカーに攻撃を仕掛けた。

 

「まだまだ!!」

 

そうして、二度三度と攻撃が命中したが、バーサーカーは怯まない。

攻撃を受けながらも、攻撃をしてくる相手には致命的なダメージを与えられない。

セイバーは、一回の瞬きさえも許されなかった。

神懸かり的な剣捌きでバーサーカーの猛攻を防ぐが、時間の経過とともに均衡が崩されつつあった。

 

 

いくらセイバーであっても、バーサーカーを相手に真正面から戦うのは無理なのだ。

この場所は、車両同士がすれ違うのも難しい路地だ。

素早さと小柄な体躯でバーサーカーを翻弄しようにも、そのための手段がない。

 

ついには、バーサーカーの薙ぎ払いによる一撃を受けてしまう。

 

「ぐっ!」

 

最良のサーヴァントであるセイバーだとしても、バーサーカーの攻撃は受けてはいけない。

衝撃によってセイバーの体は、遙か後方のブロック塀まで弾き飛ばされた。

 

「……セイバー!!」

 

これまで静観していた遠坂がセイバーの元へ駆け寄った。

俺も、遠坂のあとを追う。

 

「はあ……! はあ……!」

 

セイバーは、コンクリートブロックが砕ける衝撃に、仰臥したまま起き上がれないでいた。

上体を起こして立ち上がろうとしたが、バーサーカーがその隙を見逃すはずがない。

 

「バーサーカー! とどめよ! セイバーを殺しなさい!」

『■■■■■■■■■■――!』

 

黒い巨人は咆吼を上げ、巨体からは考えられない脚力でセイバーへと襲いかかる。

 

「ッ……! 行かせない――!!」

 

セイバーの元へと辿り着いた遠坂は、少女を庇うように立ち塞がった。

……そんな馬鹿な。

魔術師であっても人間でしかない遠坂に、バーサーカー相手に無事でいられるわけがない。

 

遠坂はスカートのポケットに右手を入れる。

そこから取り出したのは二つの宝石だった。

それは、ただの宝石ではなく、膨大な魔力が凝縮された神秘だ。

 

二つの宝石を指に挟むと、バーサーカーに向かって勢いよく投げる。

 

「これでも! 喰らいなさい!!」

 

少女の腕から放たれた宝石は魔弾となり、バーサーカーの眉間と腹部を貫くように着弾した。

ガラスが砕けるような音とともに、大きな爆発が起きる。

 

『■■■■■!!』

 

しかし、バーサーカーは爆発を意に介さずに、さらに速度を加速させた。

 

「う、嘘でしょ? まったくの無傷だなんて……!!」

 

バーサーカーには、宝石が着弾した痕跡すらもなかった。

なんて、化け物だ……。

遠坂はそれでも逃げようとせずに、襲い掛かろうとするバーサーカーを睨みつける。

 

「ふふん。遠坂の宝石魔術なんか、わたしのバーサーカーに効果があるとでも思ったのかしら? フン、馬鹿みたい」

 

見たいものが見られたのか、イリヤスフィールは得意げに笑う。

 

「……凛、この場から離れてください」

 

なんとか起き上がったセイバーは、マスターである遠坂を退避させようとする。

セイバーは立ってはいたが、だが剣の支えが必要であり、すぐに戦闘ができるとは思えない。

 

仮に、10秒あればセイバーが戦闘可能まで持ち直すとしても。

その10秒でバーサーカーは、遠坂と今のセイバーを三度は殺せるだろう。

 

「…………ッ!!」

 

遠坂は、セイバーの忠言を無視して、セイバーの前から離れようとしない。

それでは、ものの数秒で二人は揃って肉塊にされてしまう。

 

ああ――それは、つまり、人が死ぬということ。

俺の目の前で、誰かが死ぬということ。

 

「やめろ――ッ!!」

 

ようやく彼女たちにたどり着いた俺は、とっさに遠坂を突き飛ばした。

無防備だった遠坂は、勢いを殺せないまま道の端まで飛ばされて、尻餅をついてしまう。

 

「!! 衛宮くん、あんた何を……?!」

 

彼女は、唖然とした様子で俺を見ていた。だがこれで遠坂は目前の死から回避できる。

 

そのまま、俺はセイバーも庇おうとしたが――もう目の間には。

斧剣を振り上げるバーサーカーがいた。

 

「――――!」

 

ああ――これはもう、どうやっても間に合わない。

俺は、衛宮士郎は、また誰も助けられないのか――。

 

巨大な斧剣が、俺とセイバーを二人とも巻き込むように無情にも下ろされる。

……俺は痛みすら感じる暇すらなく、斧剣によって潰されるだろう。

死ぬのは怖かった。

だが、それ以上にセイバーを助けられなかった事実に恐怖を覚えた。

クソ、なんて無様だ。俺は――。

 

「■■■■■■■■■■――!」

 

バーサーカーの斧剣によって、俺とセイバーの潰れる音が夜の路地に響いた――。

 

 

 

 

――死ぬのは、苦しかった。

 

死ねば、一瞬のうちに意識を刈り取られて、苦痛はなにも感じないと思っていた。

だが、それは迷信だったらしい。

死の苦しみ。たとえるなら、それは首を絞められるような苦しみ。

 

さらに具体的に言うと、トレーナーの襟が首の動脈に食い込んでいるような窒息感。

 

「……?」

 

目を開けると、遠くに俺が立っていたはずの路地があった。

遠い頭上から見るバーサーカーの姿は、少しく見える。

俺に突き飛ばされた遠坂なんて赤い色の豆粒のようだった。

 

バーサーカーが振り下ろした斧剣によって、アスファルトに大きな亀裂が刻まれていた。

俺は、あそこで潰されたはずだが、亀裂の下には誰の姿も確認ができない。

そしてそれは俺だけではなく、セイバーの姿もなかった。

バーサーカーの手によって誰も死んでないことに気づいて、安堵を覚える。

 

しかしこの既視感はなんだろう。

ああ、そういえば、前にもこんなことがあったような。

 

「――ふう、間一髪だったわ」

 

その聞き覚えのある声に、首だけをなんとか後ろに曲げた。

そこにいたのは、何も言わずにどこかへ飛んで行った天狗の少女だった。

 

どうやら俺は、文にトレーナーの襟首を掴まれて、宙づりにされているようだ。

それと、文のもう片方の腕には、金属製の装具を身に着けた脚。

視線を下にスライドさせていくと、セイバーが振り子運動のようにぶらぶらと揺れていた。

そんな状況でも剣を手放してないのは、流石は剣の英霊といったところか。

 

つまり、バーサーカーの斧剣が俺たちに届く瞬間。

その刹那のタイミング……一瞬ともいえる時間で、文が俺とセイバーを助けてくれたのか。

とてもじゃないが、信じられない。

だが、ランサーからも逃げ切ってみせた神速を考えれば、あり得ない話でもない。

 

「な……? は、離しなさい!!」

 

状況を察したセイバーはジタバタと暴れるが、文の見た目からは考えられない握力によって抜け出せない。

 

「離していいんですか? あなたは士郎さんのついでなので、手を離すのに何の躊躇いもありませんけど」

 

いつものように丁寧な言葉遣いではあったが、なかなか辛辣なことを言う。

いくら文でもそんな真似まではしないはずだ。

 

「それにこのまま手を離すと、おそらく頭から落ちることになりますよ?」

「ええ、構いません!!」

「じゃあはい。わかりました」

 

天狗少女は本当に何の躊躇もなく、セイバーを掴む手を放した。

 

「……あっ、お、おい」

 

文を止めようとしたが、彼女の手には既になにも握られておらず。

 

「さよならー」

 

それどころか、地面へ落下するセイバーを見送るように手を左右に振っていた。

セイバーは、文の言う通り頭から落ちていく。

だが地面に届く直前に上体を捻って体を回転させると、足から見事に着地してみせた。

 

「おお、やりますね」

 

俺が唖然とするなかで、主犯である少女は他人事のようにセイバーを傍観している。

 

「いやあ、それにしても危ないところでした。私もちょっとヒヤッとしましたよ」

 

空いたばかりの腕で額をぬぐう仕草をしたが、汗は一滴も浮かんでなかった。そ、それよりも。

 

「……あ、文、トレーナーが、け、頸動脈に食い込んで、る……な、なんとかしてくれると、……た、助かる」

 

実は、生きるか死ぬかの瀬戸際に俺はいた。

 

「あっ! ご、ごめんなさい!」

 

すぐに両腕を使って俺の体を抱え直してくれた。

死の苦しみから解放された俺は、大きく息を吸って、新鮮な空気を肺のなかに取り込む。

 

「た、助かった。もう大丈夫だ」

 

……ん? そういえば、俺たちのこの体勢はつい最近経験した覚えがあるような。

 

「では、お空のツアーはこれにて終了ですかね」

「文! ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

何を思ったのか、文は俺を抱いたまま地上に降りようとする。

ひょっとしたら、ひょっとしなくも。

これは、確信的にやっているのか。じゃなければ、よっぽどの天然か。

俺は今後の信頼関係のために、後者であると切に願いたかった。

 

 

 

俺たち、いや主に俺に刺さる二つの視線が痛い。

こんな状況にあっても血が巡り、顔が熱くなるのがわかった。

 

「…………」

 

尻餅状態から立ち上がり、スカートの埃を叩く遠坂は、じっとりとした呆れ顔だ。

イリヤスフィールに至っては、頬を大きく膨らませて、今にも吹き出しそうにしている。

……バーサーカーを牽制するセイバーに見られなかったのは、不幸中の幸いか。

だが、このサディスティックな気質のある二人の少女に見られたのは、ちょっとばかし俺も堪えた。

 

「……なんでさ」

 

俺のこの状態は所謂、天狗少女によるお姫様だっこの再来だった。

 

 

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