文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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65.天国に一番近い場所

 

 

壁に身体を預けながら、冬木センタービルの階段を上っていく。

当然だが、エレベーターは屋上まで続いていない。

 

「ハァ……ハァ……」

 

腹に穴が開いた状態で階段を上るのは、自殺行為だろう。

傷は腕で押さえているが、こんなのは焼け石に水でしかない。

今だって、指の隙間から熱い液体が滴っている。

それに反比例して、身体から熱が奪われているようだった。

 

最後の戦いを見届けたい。

遠坂に託されたセイバーのカルンウェナン。

その短剣は腰に差し、右手には最後の矢を握っている。

聖杯戦争の顛末を、この目に焼き付けたい。

それは、マスターとしての義務感からではない。

 

俺は聖杯戦争で、最初から最後まで蚊帳の外だった。

正義の味方になると誓ったあの日から、爺さんから教わった鍛錬を重ねてきた。

それが理想に通じる道だと、信じて疑わなかった。

その想いは、今だって変わらない。

だがその積み重ねたものは、聖杯戦争では大して役に立たなかった。

何もできない自分の力の無さが、悔しかった。泣きたくもなった。

それでも自分の意志によって、俺は最後まで前を向いて歩き続けたい。

報われなくてもいい。もう二度と、振り返りたくなかった。

 

 

そして、延々と続いた屋上までの階段を登りきる。

屋上の扉は、開いていた。

冬の冷たい風が鉄扉を、ギシギシと揺らしている。

扉の先――そこに、ギルガメッシュと射命丸文の二人がいた。

 

 

 

 

重たい身体を引きずって、戦場に足を踏み入れる。

センタービルの屋上は想像以上に広かったが、サーヴァントからしたらそうでもないだろう。

身を隠せるものは、俺の後ろにある塔屋ぐらいだ。

いま対峙している二人は、両名ともアーチャークラスのサーヴァント。

文にとっても、ギルガメッシュにとっても、端から端までが射程の範囲内。

 

恐怖は、すでに麻痺していた。

頭の中は、かつてなく冷静さを保っている。

ここにいるだけで、文の邪魔になるのはわかっている。

しかしギルガメッシュが、今になって俺を構うとは思えない。

屋上に現れた時点で、俺の存在に二人は気づいているはず。

それなのに文もギルガメッシュも、一度だって俺を視界に入れない。

あの二人にとって、俺はその程度の存在でしかなかった。

 

「王様。遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。何のおもてなしもできませんが、寛いでいただけると幸いです」

 

文はへらへらと軽薄な笑みで、ギルガメッシュを迎えた。

口調はやけに丁寧だったが、俺には相手に対しての侮辱にしか聞こえない。

彼女の心と身体はとっくに限界なのに、青白い顔色のままいつもの自分を保っていた。

 

「なに、貴様のような矮小な存在に見下ろされるのは少々癪だったのでな」

 

少女の挑発めいた言葉に、ギルガメッシュもまた軽口で返す。

思えば、二人ともセイバーに傷を負わされている。

……剣の少女が、聖杯戦争を勝ち抜いたとしても不思議ではなかった。

だがこうして最後に立っているのは、射命丸文とギルガメッシュのアーチャーを冠した両名。

数値で計れる強さだけでは、聖杯戦争は決して勝ち残れない。

 

「あらま、見下していたのがばれていましたか。ですが、惨めに地を這う人間を見下すのは面白いものですよ。それがあなたのような高慢な男だと尚更です」

「囀るなよ、化物が。王とは、視界に入る全てを飲み込む者だ。故に高みに立つ責務がある。貴様のような空を飛ぶしか能がない羽虫に、到底理解が及ぶものではない」

「確かに理解できませんね。もっとも理解したくもありませんが。……それでは、人間の王様。とりあえず、あなたはここで死んでもらいます」

 

何でもないように、文はギルガメッシュに告げた。

 

「……聞くに堪えぬ冗談だな。我の機嫌を損ねれば、貴様など須臾の間に肉塊へ変えられるぞ」

「何を馬鹿なことを。初めからそのつもりだったでしょうに。今こうして私と話していることが想定外です」

「ふ……はははははは! そうだ! そうだったな! 出来損ないの下らぬ戯言に付き合うなど、我もどうやら感傷があるようだ!」

 

感傷――。

あの男が口に出すとは、到底思えない言葉だった。

それは、セイバーのことを言っているのか。

 

「ふむ。自ら手で殺した女性を想ってですか。その手のネタは低俗ではあるんですが、昔からウケはいいんですよね。ま、そんな大失恋のあとに恐縮ですが、そろそろ覚悟を決めてください」

「貴様が死ぬのは必定よ。なに、覚悟などは必要ない。貴様は羽虫のように死ぬだけだからな」

 

緊張が伝わってくる。

ギルガメッシュが文に向ける殺意は、俺に向けていたものと桁が違う。

人類最古の英雄王は、射命丸文を己の敵として見ていた。

 

「いざ尋常に勝負……と言いたいところですが、私の残された体力で長々と戦うと、その間にぽっくり逝ってしまいます」

 

それは、俺も懸念していた。

文は目前に死が迫っている。明らかに戦えるような状態ではない。

ただでさえ英雄に対しての相性が悪いのに、こんな正面から対峙している。

ギルガメッシュもまた大きな傷を負っているが、彼女と比べたら軽傷の範囲だろう。

タイムリミットの夜明けまで、もう数えるぐらいの時間しかない。

 

「我をこんなところまで呼び寄せたのだ。貴様に勝てる道理などないが、つまらなく逝ってくれるなよ」

 

怒気を孕んだ声色でギルガメッシュは警告するも、彼女は何処吹く風だった。

しかし、表情に嘲弄はなく真剣そのもの。

 

「勝負は一瞬です。それこそ須臾の間に終わらせてみせましょう。だから……全速でいかせてもらうわ」

 

唯一の武器であるヤツデの扇を投げ捨てて、少女は完全に無手になった。

残った片翼を限界まで広げると、上体を低くして前屈みになる。

……文の言った、全力ではなく『全速』。

その意味は、これまで彼女の戦いを見てきた俺には理解できてしまう。

 

「小細工は一切使わない。よーいどんの一直線。……それまでに私を殺してみなさい。そうできなきゃ――あなたが羽虫のように死ぬわよ?」

 

ギルガメッシュは、余裕を崩すことはない。

背後にはすでに、ギルガメッシュの宝具である『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』が展開されている。

無数の宝具が空間に浮かび、切っ先全てが文に向けられていた。

その数は、およそ100。

この150メートルのビルでも、更地になる威力があるだろう。

一つでも命中したら、それまで。

強がっているが、本当は立っているのもやっと。

彼女に、究極の毒である英雄の宝具を受ける体力は残されてない。

 

「では、逝け――」

 

そんな英雄王の号令よりも先に、文が動いた――。

 

一歩目が屋上の床を踏み抜いた瞬間、少女の姿は消えていた。

加速を後押しするような大きな風が吹く。実際に彼女が操っているのだろう。

 

それから少し遅れて『王の財宝』が、一斉に放たれた。

だが、遅い。遅すぎた。

本気になった射命丸文は、誰よりも何よりも速い。

速く。なおも速く。音速なんて、とっくに超えていた。

 

そして彼女は、射出された宝具のことごとくを回避する。

それが百の究極だろうが、当たらなければそれまでのもの。

衝撃波と爆音が、屋上に広がる。

塔屋を盾にした俺も、反射的に目と耳を塞いでしまう。

腹の傷から、内臓が飛び出しそうな衝撃が襲いかかった。

 

次に目を開いた時――。

天狗の少女が、英雄王の両腕を掴んでいた。

二人の体型は、大人と子供ぐらい違う。

そんな文の細腕が、ギルガメッシュを拘束する。

 

「な、に……!?」

「ねぇねぇ、見えた見えた? 見えないわよね」

 

頭がガンガンと響くが、二人の声はなんとか聞き取れた。

文は悪戯に成功した童女のような上目遣いで、ギルガメッシュを見上げている。

 

「これで私の力は、完全に枯渇した。もうそよ風だって起こせない。つまり私にはあなたを倒す術がない。だから付き合ってもらうわ。……なーに、当たりどころが良ければ一瞬です」

 

あどけなさを残した少女の笑みが、狂気を孕んだものに変貌した。

全身を使って、ギルガメッシュを腕ごと抱きしめる。

そのまま地面を強く蹴り、二人の身体が冬木の空に跳ね上がった。

 

「よもや、貴様……!!」

 

ギルガメッシュが、すべてを理解した。

……そして、俺もこれから文が何をするのか気づいた。気づいてしまった。

 

「まさか、そんな馬鹿なことを……!」

 

くそ! なんて間抜けだ! どうして気づけなかったんだ!

 

「文――ッ!! やめろ――ッ!!」

 

俺の言葉は、文にはもう届いていない。

激痛が走る腹の傷を無視して、彼女の元へ走る。

だがたった数メートルで、身体は自由を失って転倒してしまった。

起き上がろうとしたが、顔を上げるのが限界。

文は、顔と顔が触れるような距離で英雄王を拘束する。

ギルガメッシュから一切の余裕の消えて、明確な焦りを滲ませた。

少女は艶然と狂気を混ぜた笑みで、力の限り抱きつく。

ここまで密着していれば『王の財宝』を使おうとも、二人ともども貫いてしまう。

 

「痴れものが! その手を放せ!」

 

拘束から脱出しようとギルガメッシュは藻掻くも、天狗の怪力から抜け出せない。

 

「これが今の私にできる全てです。人を呪わば穴二つ。まあ、精々付き合ってくださいな」

 

二人の描く歪な放物線は、転落防止用のフェンスをあっさりと跳び超えて――。

そのまま呆気なく、ビルの外へと放り出された。

 

 

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