文々。異聞録 ~Retrospective Holy Grail Wars.   作:悠里@

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08.天狗の風

 

 

バーサーカー……ヘラクレスというギリシャ最大の英雄を、あと9回も殺さなければならない。

それが、ヘラクレスの宝具である『十二の試練』の効果なのだとイリヤスフィールは言った。

 

遠坂の切り札を使ったセイバーとの連携で、何とかバーサーカーを倒した。

それを何度も繰り返さなければ、バーサーカーは本当の意味で倒せないという。

それは、あまりにも無茶苦茶だ。

 

「あはははは! 驚いてくれているようでなによりだわ!」

 

驚愕を隠せない俺たちに対して、イリヤスフィールは満足そうに哄笑を上げた。

 

「でも、飽きちゃったから終わりにするね! バーサーカー! 今度こそセイバーをぺちゃんこにしなさい!!」

『■■■■■■■■■■――!』

 

イリヤスフィールの呼びかけに応じて、バーサーカーは繋がったばかりの首で吼えた。

巨人の怒号は、俺の腹部から全身に響いて足が竦みそうになる。

 

 

そしてバーサーカーは、大きな傷を負ったセイバーに容赦無い攻撃を振るった。

 

「や、あ――ッ!」

 

セイバーの剣技は、胸部を切り裂かれた傷により、素人目にも精彩を欠いているのがわかった。

胸からの出血だって、止まりそうもない。

不可視の大剣を操り、大きな動きをする度に血が溢れていく。

足下にできた水たまりに少女の鉄靴が触れると、ぴちゃぴちゃと音を鳴らした。

 

一方でバーサーカーは、命を奪われたとは思えない猛攻を繰り広げる。

遠坂とセイバーによって、三度の死に至ったが、その痕跡はどこにも残されてなかった。

 

「セイバー……!」

 

遠坂もセイバーに宝石による支援ができない。

セイバーの受けたダメージにより、一時的な退避もままならないからだ。

 

「フフ――」

 

それに、イリヤスフィールも彼女の支援を許さないだろう。

同じ轍を踏まれないよう、遠坂に対して警戒をしているのがわかった。

セイバーのマスターである遠坂は、苦渋を噛み締め、サーヴァントの戦いを見ているだけで。

人類の英雄であるサーヴァントに、人間でしかない俺たちはどうしようもなく無力だった。

 

「はぁッ!!」

 

セイバーは、体重を乗せた捨て身の攻撃をしたが、その刃はバーサーカーには届かない。

バーサーカーの斧剣によって、いとも容易く弾かれてしまう。

 

そして、セイバーはバーサーカーによって、何回も攻撃を受けていた。

一流の概念武装であるプレートも砕かれてしまい、少女の肉体を容赦なく切り裂いていく。

それでも、セイバーは不意を突かれた時以上の攻撃を受けていないのは流石だった。

 

「ぐっ……この程度で……!」

 

だがもうセイバーの身は、誰の目から見ても満身創痍としかいえない状態になっていた。

そう遠くない未来、命に関わる決定的な一撃を、バーサーカーから受けてしまう。

そんな、確信めいた予感があった。

 

 

「…………く!」

 

今すぐ、セイバーのもとに駆け出したかった。

それが無策なだけではなく、無謀であるとわかっていても。

先の経験から、努めて冷静であろうとする思考のなかにあっても、そんな衝動を抑えきれずにいる。

 

仮に俺がセイバーを庇ったところで、抵抗するまでもなく殺されるだけだ。

それでも、それでも。

この場で何もしないでいるよりもずっとマシじゃないか――?

俺の身を犠牲にして僅かな時間を稼ぎ、それがセイバーの延命に繋がるなら。

 

次にセイバーがバーサーカーの攻撃を受けたら、俺は後先考えずに走り出してしまうだろう。

 

 

「国も時代も違う英雄二人の戦い! まさに空前絶後! まさに竜闘虎争です!」

 

その泥沼な思考の中。

剣と剣がぶつかり合う音に混じって、忙しくシャッターを切る音がした。

 

……そうだ。俺には文がいた。

形の上では、ともに聖杯戦争を戦うパートナーとも言える存在。

セイバーやバーサーカーほどの実力はなくても、彼女ならどうにかできるんじゃないか?

そんなどうしようもない思考が、ふと頭に浮かぶ。

 

「なにを馬鹿なことを考えているんだ……」

 

俺は今、自分の成すべき道を他人に預けようとしていた。

そのどうしようもない浅ましさに、情けなくなる。

実際、セイバーを救うのにはそれしか方法がないのも事実だ。

そうだとしても、文にセイバーを助けるメリットや動機がない以上、手を貸してもらうのはエゴの押し付けだ。

 

そう頭で理解していても、俺は少女に縋るしかなかった。

 

「……文、恥を承知で頼みたい。何とかならないか?」

 

文は一通り写真を撮り終えたのか、今度は手帳を開く。

 

「バーサーカーはギリシャの大英雄ヘラクレス! セイバーさんの正体はいまだ不明……と。クーフーリンといい、著名な人物が次から次へ現れますね!」

 

俺の言葉が聞こえていないのか、少し興奮気味に筆を走らせていた。

 

「――文!!」

「ふぇ? ……あ、士郎さん、どうかしましたか?」

 

俺の呼びかけに気付いた少女は、出したばかりの手帳を畳んで、にこやかに笑いかけてくる。

すぐ目の前に戦場があるとは思えない、異常なまでの普通の態度だった。

 

「……どうにかできないか?」

「へ? なんですか? どうにか、といいますと?」

 

どうとでも取れる言い方で、文に理解してもらおうとするのは、虫の良すぎる話だ。

文に頼む後ろめたさが、俺は言葉を曖昧に濁らせていた。

足りない言葉で、俺の真意を理解してもらおうなんて……まったく、どうかしている。

 

「……文、頼む。セイバーを助けてくれ」

 

包み隠さず、いまの感情を射命丸文に伝えた。

それを聞いても少女は、眉一つ動かさないまま、形の良い口を開いた。

 

「彼女たちとは今はどうかわかりませんが、いずれは敵対する立場。ここで倒されても何も問題ないと思いますが?」

「だけど……」

「それに、ここで遠坂さんたちが倒されて、次に私たちが狙われたとしても、あの程度の足なら軽く逃げる自信はあります」

 

俺の真意や覚悟を推し量るように、彼女は一つ一つ言葉を選んでいる。

 

「そもそもとして、彼女たちは死ぬのも覚悟の上で戦っているのですよ? 私たちのように偶発的に聖杯戦争へ参加したわけではありません。彼女たちと私たちとでは、覚悟も在り方も違うでしょう」

「だけど……!」

「士郎さんは、聖杯戦争に無関係の人間を巻き込みたくない、そう言っていましたね。そして、遠坂さんたちは聖杯戦争の参加者。早期に聖杯戦争を終わらせるためには、早期の脱落者が必要でしょう。もしかしたら、ここで彼女たちが死ぬことで助けられる人間も増えるかも知れませんよ?」

 

矢継ぎ早に言葉を並べるが、そのどれもがもっともな意見だった。反論の余地もない。

 

聖杯戦争のルール上、ライバルが減るのは俺たちにもプラスになる。

巨体に見合わぬ俊敏さを見せるバーサーカーからも、文は逃げ切るのも可能だという。

遠坂は、俺たちなんかに助けられるのを決して望んでいない。

聖杯戦争が早く終われば、このくだらない戦いに巻き込まれる人も少なくなるかもしれない。

 

「だけど、俺は……!! 誰にも死んでほしくないんだ!!」

 

これは、俺のどうしようもない我儘だ。

筋違いで利己的で、そんなどうしようもない感情を文にぶつけてしまっている。

 

「ふむ」

 

天狗の少女は、それ以上なにも言わずに、傷だらけで戦うセイバーに視線を移動させた。

セイバーは最早、立っているだけで奇跡な、瀕死にも近い有様だった。

それでも、目に宿った強い力だけは少しだって失っていない。

それは、決して折れることのない剣の少女の矜持なのだ。

 

「まあ、他でもないマスターである士郎さんのお願いです。この射命丸文が何とかしてみましょう。……私も本気で聖杯戦争に参加しているわけじゃありませんし」

「……文」

「結局それが、いちばんの理由なのかしらね」

 

そう言って、どこか自嘲気味に笑ってみせた。

 

 

「これ、持っててください。絶っ対に落とさないでくださいよ?」

「わかった」

 

カメラを俺に手渡した。意外と重い。

彼女が大事に扱っている商売道具だ。

万が一にも落とさないように両手でしっかりと受け取る。

 

カメラを手放した少女の右手には、いつの間にか葉団扇が握られていた。

八手の葉で作られた扇は、天狗の象徴ともいえるものだったはず。

 

「ふぅ。じゃ、やってみますか」

 

手に持った葉団扇を振りかぶると、バーサーカーに向かって下ろす。

それだけで、葉団扇から弧を描いた風の刃が発生し、バーサーカーへと襲いかかった。

 

それは、大気を切り裂いて、バーサーカーの頭部へ随分と呆気なく命中した――。

それも当然だろう。

この場にいる誰もが、俺たちにはなんの警戒していなかった。

 

『■■■■■■……!』

 

風の刃が、一瞬巨体をよろめかせた。

たとえ大型トラックと激突しても、微動だにしないと思わせる巨人だ。

文から放たれた風の刃には、相当な魔力が秘められているのだろう。

 

「……?」

 

だが、それだけだった。

文の攻撃を急所に喰らったが、バーサーカーは傷一つ負っていない。

ただ、本当によろめいただけ。

 

「……ふむ、やはり効きませんか。予想はしてたけど、少しだけショックだわ」

 

落胆を帯びた、射命丸文の声。

彼女の姿がどこにも見当たらない。たった今まで、俺の隣にいたのに。

 

声のした方角を追ってみると、彼女は――イリヤスフィールの真後ろに立っていた。

ポンと、銀髪の少女の小さな肩へ手を置く。

 

「こんばんは、フロイライン(お嬢さん)」

「えっ!?」

 

イリヤスフィールが、あり得ないはずの声に振り向こうとする。

だが、首に掛かった細い指が優しくそれを阻んだ。

 

「イリヤスフィールさん、あなたは前だけを見てください」

 

少し冷たさを帯びた声に、銀髪の少女は身を強ばらせる。

 

「文、なにを……!」

「しー、士郎さんはお静かに。おそらくこれが最善です」

 

『聖杯戦争では、マスターはサーヴァント以上に狙われるもの』

ふと、教会で聞いた言峰綺礼の言葉が脳裏をよぎる。

 

まさか! 文はイリヤスフィールを殺すつもりじゃ!?

 

「バーサーカー!!」

 

イリヤスフィールが悲痛な声で叫ぶ。それは、子が親に助けを求めるような。

 

しかしバーサーカーは、動けなかった。

彼は理性を失った狂戦士だが、自分がマスターのもとに向かえばどうなるか理解していた。

文から伝わる少女に向けた殺意が本物であると、理性ではなく、戦士の本能が察したのだ。

 

『■■■■■■■■■■――!!!!』

 

バーサーカーはマスターを守れなかった怒り、そしてマスターを脅かすサーヴァントへの怒りでこれまでにない咆吼を上げた。

それは、一つの爆発だった。

セイバーですら、バーサーカーに咆吼に気圧されて、剣を止めてしまう。

並の人間なら、それだけで死にかねないバーサーカーの殺意を受けても文は平然としていた。平然と、笑っていた。

 

「イリヤスフィールさん。私は、瞬きの暇すら与えずにあなたの首をへし折ります。それは、あなたが魔術を行使する前に。バーサーカーが私を潰す前に」

「~~!!」

 

文は、イリヤスフィールからの返事も待たずに話を続ける。

 

「これほどの大英雄。マスターのあなたが死ねば、数分も現界できないのでしょう?」

「……それだけあれば充分だわ。わたしを殺した瞬間にバーサーカーがあなたを殺す」

 

イリヤスフィールは背後から迫る死に、震えを止めて気丈に答えた。

 

「はい。私の力では、バーサーカーに勝てないでしょう。でも、バーサーカーから逃げ切る自信は私にはあります」

 

誇張などなく、言葉通りなのだろう。

文はバーサーカーへの牽制攻撃をした後、僅かな隙を突いてイリヤスフィールの背後まで接近した。

不意を突かれたとは言え、サーヴァントにも捉えられないほどのスピード。

 

それがどういうことなのか、イリヤスフィールは理解する。

もう、詰んでいたのだ。

少女の白磁のような肌は血の気が引き、蒼白となった。

 

「ええ、イリヤスフィールさん。──あなたの負けです」

 

冷酷に告げた文が、少女の首に指を食い込ませようとする。

その時、イリヤスフィールは最期にバーサーカーではなく、なぜか俺の顔を見ていた。

こうして、文をけし掛けた俺の恨むわけでもなく。

大事な何かを諦めたような、小さな少女に似合わない儚げな顔だ。

それは、たとえるなら春の雪を連想させる儚さだった。

 

「文!! 止めるんだ!!」

 

馬鹿な俺は、自分でも理不尽なことを言っているのはわかっている。

セイバーを救うのには、バーサーカーか、そのマスターであるイリヤスフィールを殺すしかない。

それならば、バーサーカーを狙うよりもマスターである少女を狙った方が勝機は高い。

文に、セイバーを助けてほしいと言ったのは俺だ。

そうだとしても、俺は、俺は……!

 

そんな馬鹿げた俺の懇願に文は小さくウインクをすると、少女の首に掛けた手を再び肩に置く。

 

「ですけど、ここは引いてもらえませんか? なんだったら、勝ちだって譲ります」

「……なんなの? もしかして、わたしを馬鹿にしているつもり?」

「いえいえ。それこそ、まさかです」

 

文の取り巻く空気が変わったのを察してか、イリヤスフィールは睨みながら振り向く。

天狗の少女が見せていたのは普段と変わらない、何を考えているかもわからない薄い笑みだった。

 

「言葉通りです。私のマスターである衛宮士郎さんが、そう強く願っています。どうやらあなたにも死なれてほしくないみたいなんですよね。マスターの我儘にも困ったものです」

 

彼女は、矛盾に満ちた俺の意向をすべて汲んでくれていた。

文の言葉を聞いて、イリヤスフィールはどういうわけか、怒りを潜めて目を丸くする。

 

「エミヤ、シロウ。……ふぅん、エミヤシロウがそう言うならしょうがないか。──わかった、今日はもういいわ。帰るわよ、バーサーカー」

 

彼女は、バーサーカーを最強だと信じている。

たとえ脅迫があったとしても、退いて欲しいという願いに応じてくれるとは思えなかった。

だが、それは杞憂に済んだようだ。

理由はわからないが、とにかく俺たちは助かったのだろう。

 

それと、最後に雪の少女が俺の名前を拙い発音で。

それでもどこか嬉しそうに紡いでいたのは、気のせいだったのだろうか。

 

 

 

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