あの別れから二年、佐藤聖は同じ聖夜に一人街を歩いていた。

※昔、ブログに挙げていたものの再掲です。

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聖なる夜に祝杯を

 暗い家の中を見渡して、そのままどうしようもない寂寥感が私の胸で渦巻いて、家から飛び出した。気が付いた時には、雪が降るM駅前にいた。

 何で自分は・・・なんでこんな所に・・・何をしているんだろうか?

 

 聖なる夜に祝杯を

 

 夕方のイブの街はイルミネーションで飾られて、それを天から舞い落ちる銀色の雪がデコレートしていた。こんなに寒いというのに道は人であふれ、その三分の一以上はカップルだろうか。

 私はそんな風景や人々を横目で見ても、なんの感慨も抱くことはできなかった。ひどくつまらなかった。街も人も、十二月もクリスマスも、自分の誕生日も、なにもかも。

 こんな気分になるのは久しぶりだ。とても乾いて空虚な感覚。

 一人きりの誕生日。

 両親は謝りながらも、お得意さまのクリスマスパーティーに泊まりで行ってしまい、加東さんは実家に帰ってしまってあがりこむ所もない。日中に弓子さんの様子を伺いに行って、夕方家に帰ると当然誰も居らず、薄暗い家に自分一人だと思うと、今日に限ってひどい寂しさに襲われた。

 別に親に誕生日を祝って欲しい歳でもないというのに。

 そのまま、ふらりと家から出て、気が付つくとM駅をただ眺め見ていた。

 二年前、私が待ちぼうけをくらった場所、そして栞が一人で旅立っていた場所・・・。

 ほろ苦い私の誕生日。多分一生忘れない。

 それでも、あの時は独りじゃなかった。お姉さまと蓉子が居た。お姉さまの家で、泣きながら笑いながら、三人で過ごした。

 でも今は・・・。

 見上げても、ただ黒い空から白雪が私に向かって降りてきただけだった。

 

 しばらく何をするわけでも、どこへ行くわけでもなく、ただたんにぶらりと歩いていると、煩わしい雑踏の向こうに見慣れた背中を見つけて、冷え切った私の心が急激に解凍された。

 そうだ、あの後ろ姿・・・ぴょこんとはねる二つわけ、彼女しかいない!

 私は悪戯心をむき出しにして、それでいて気づかれないように、そぉっと・・・。

 10メートル、9メートル、8、7、6、5、4、3、2、1・・・着陸!

「ぎゃう」 

予想通りの怪獣の鳴き声。その背中をぎゅっと抱きしめると身も心も温かくなる。

「ゆ~みちゃん、こらこら君はあいかわらずの鳴き声かね?」

「せ、せ、せ、せ、聖さま?!」

 祐巳ちゃんが慌てたようにもがきながら振り返る。そんな祐巳ちゃんの顔は目を白黒させて、頬を赤らめている。寒いわけでは・・・ないと思う。うん、いいかんじだ。相変わらず良い抱き心地だ。幸せになる。

「な、なんでこんなところにいらっしゃるんですか?!」

「私が独り寂しく町中歩いていちゃいけないのかね?」

「あ、いえ、そういうことではなくて・・・」

 祐巳ちゃんはすぐに表情に出るから面白い。しかもいろんな表情が。困った顔も何パターンのあるのやら。

私はそんな祐巳ちゃんの顔をのぞき込んでもうちょっとからかってみる。

「それより、祐巳ちゃんこそ、こんなところでこんな時間に何してんのかなぁ?いけないこと?」

「ちがいます!」

 祐巳ちゃんが思わず大声で否定すると、雑踏が何事かと一瞬止まる。祐巳ちゃんの顔も真っ赤になって固まる。

(ちょっとやりすぎちゃったかな・・・?)

「あ、なんでもありません。すみません」

 私が襟を正して、周りに会釈すると、首を傾げながらも止まっていた時間が流れ出したように人々は歩き出した。

 祐巳ちゃんに向き直ると、髪の毛がしゅんとたれ(たように見えた)、軽く落ち込んでいるようだった。

 ちょっと気まずい感じになってしまってしまい、困ったなと周りを見回すとちょうどいい場所を見つけた。そして、それから祐巳ちゃんに笑いかけた。

「えっと、お嬢さん?よろしければ、ちょっとお茶をしませんか?」

と、私は言って、喫茶店を指さした。

 

 喫茶店に入って、落ち着いた祐巳ちゃんに無茶苦茶怒られた。でも、ぷくぅと頬を膨らます彼女は相変わらず可愛いので幸せな気分になる。

 うん、いいかんじだ。

 祐巳ちゃんと話していると、さっきまでの寒々しい気持ちが嘘みたいに晴れやかになる。

 聞くと祐巳ちゃんはどうやら予約して置いたクリスマスケーキを取りに行く途中だったらしい。

特にやることのない私は祐巳ちゃんについてケーキ屋まで行くことにした。その間も祐巳ちゃんとたわいのない話を楽しんだ。今日の山百合会のクリスマス会での話とか、昨日、祥子とデートしたこととか。

 私はこんな祐巳ちゃんの楽しい気持ちを少し分けてもらって、それを慰みに一人の夜を過ごそうと思っていた。

 ところが私は失敗をした。

 多分失敗だ。

 

 祐巳ちゃんがケーキ(想像よりも大きい)を受け取ったあと、駅のバスターミナルへ歩いている途中、うっかり今日独りであることを話してしまった。

 すると、祐巳ちゃんはしきりに驚いて、その驚き方は見ているこっちが苦笑いしてしまうほどであった。そのあと私に一つ提案をした。

「じゃあ、家で一緒にどうですか?」

と。

 とくにうちに帰ったところでやることのない私はその好意を素直に承けた。実際、ひとのうちのクリスマス、しかも祐巳ちゃんの家の、には興味があったし、楽しそうだった。

 

 そのときはただそれしか考えていなかった・・・。

 

 自分が『クリスマス』を楽しみたいわけでないことに、私はこのとき気が付いていなかったのだ。

 

 

 

 寒い――

 十二月の風が吹き込む駅のホームは、凍えるという言葉がピタリと当てはまる寒さだった。なんというか、そう――――むしろ笑えてくるぐらいに。

(二年前の私、よくこんな所に何時間も・・・)

 今の私は、昔の私に妙な感心をしてしまった。

 福沢家のクリスマスパーティーも終わったあと、泊まっていくように祐巳ちゃんに勧められたけれど、私はそれを振り切るようにして断って――――こんな所にいる。

 何故、祐巳ちゃんの家に泊まらなかったのだろう?なんであんなにも楽しかったのに今はこんなに寂しいのだろう?

 理由は簡単だ。あんなにも楽しかったから、それから醒めたあと、それだけに寂しさがわき上がってきたのだ。結局、自分はお客さんだったから。

 いや、ほんとうにそうなのか。

 普段ならこんなことはないのに。「ちゃんと」以上に楽しめるのに

 妙におかしかった。らしくないのか、それともこの上なくらしいのか、そんな自分に。

 そして、私は祐巳ちゃんの好意を振り切って意味もなくこんなとこにいる。

(私はなにしてんだか)

 こんなところでこんな事をしている――というかしていないのだが――ほど、自分が二年前のことを引きずっているとは思えなかった。それが正直なところ。

 たしかに、二年前のあの日のことは忘れない。あの日まで横にいた彼女、彼女と過ごした日々も大切なもの。でも、今、ここにいる理由なるほど、既に鮮烈ではなくなっていた。

 それに多分、これはそれとは別の痛みだ。でも、なんなのか判然としない。

 だから、そう寂しい、とか、悲しいとか、そんなことより驚きと困惑で頭がいっぱいだった。

(私は何かを待っているの?・・・栞を?馬鹿な)

 たしかに馬鹿な発想だし、多分これは違うのだと私の心は感じている。では、私は何を待っているのだろうか?

 あのあと、栞が私置いて行ってしまったあと、そう・・・お姉さまが来て・・・それから――――私の肩にお姉さまが触れて・・・

「?!」

 思い出の中ではなく、肩に感触を覚えて振り返った。そこにいたのは、もう二年近くあっていないお姉さまではなく―――

「蓉子・・・?」

 最初はマッチも燃やしていていないのに見た幻かと思った。でも、実際そこには微笑をたたえて、私を・・・これは一応睨んでいるのだろうか、そんな顔をした蓉子がいた。私は何故かその顔を見て、すごくほっとした。

「なんとなくここにいるような気はしたわ」

「どうして」

「どうして・・・って、それは聖、私、あなたと連絡つかないから家まで行ったのよ。でも不在だったのよ。そんなとき様子がおかしかったって心配した祐巳ちゃんから連絡をもらってね」

「家って、私の?なんで、蓉子、何か用でもあったの?」

 すると、蓉子が怖いぐらいにその美しい相貌を盛大にしかめた。何か悪いことを言ったのかな?

 蓉子は呆れたように溜め息をついた。そして、言う。

「あなたの誕生日以外の何があるのよ?」

 蓉子が私に何も飾らずに言ったその言葉。私の胸の深くまで浸透した。そう単純に、ただ単純に、その言葉が嬉しかった。

「聖?」

 何故か蓉子が私の顔を見て驚いている。

 顔に何か付いているのかと、とりあえず頬を触ってみる。少し濡れていた。ホームに吹き込むほど雪は降っていないはずなのに。

 目頭が熱いことに気が付いて、初めて自分が泣いていることがわかった。

「やばい、ホントに嬉しいみたい」

 蓉子の顔を見ながら、私はそのまま笑った。何がおかしいのか分からなかったけど、今日一日抱えていたもやもやをいっぺんに吹き飛ぶぐらい笑う。

 蓉子もつられて笑った。

 たまたま通った会社員風の男の人が、私たちを不思議そうな目で見ていたが気にならなかった。ただ笑った。

 

 ひとしきり笑ったと涙をコートで拭って、蓉子と一緒に駅を出るとそこには思いがけない人が居て、驚いた。

「聖さま」

「祐巳・・・ちゃん?」

 そうやって白い息を切らしてこちらに近寄ってきたのは、さっきまで一つの食卓を囲んでいた祐巳ちゃんだった。

 蓉子も驚いている。しかし、それは私の驚きとは少し違うようだった。

「祐巳ちゃん、車の中で待っていて言ったでしょ?」

「いえ、あ・・・ごめんなさい」

 と、祐巳ちゃんは怒っているわけでもない蓉子にぺこりと頭を下げると、私に向かってコートの中から小箱を差し出した。

「え?」

「えっと、さっき渡しそびれてしまって、昨日お姉さまと選んだんです。本当はちょっと遅れても年明けお会いしたときにと思ったのですが、折角お会いできたので」

「つまり・・・・?」

「え?・・・あ、お誕生日おめでとうございます、聖さま」

 満面の笑みで祐巳ちゃんがそう言ってくれた。

 あ、やばい、なんだか私、涙腺ゆるみきっているみたいだ。やだな、こんな顔祐巳ちゃんに見せちゃうの。でも、仕方ない、どうしようもない。

 結局、祐巳ちゃんの前で泣いてしまった。おろおろする祐巳ちゃんが面白かったので良しとしよう。

 泣き笑いながら、プレゼントを開けると、中から出てきたのは、天使を象った銀のネックレスだった。その天使の顔は誰かに似ている気がしたが、それは敢えて口に出さなかった。

 

 その後、蓉子の車で私の家まで帰った。そして、三人でささやかな誕生パーティをした。ごちそうはコンビニで買った物だし、ケーキはやはりコンビニのデザート類をそれぞれの好みで買った物だったけれど、それで十分だった。それらをコタツに並べて乾杯した。私と蓉子は家にあったワインを空けて、お酒が苦手という祐巳ちゃんはミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒを飲んだ。

 

 深夜までわいわい騒いだあと、寝てしまった祐巳ちゃん、赤い顔でうとうとしている蓉子に、私は一言だけ、

「ありがとう」

と言った。そして、明日の朝にもう一度言おうと思う。

 

――人生最良の誕生日をありがとう――

 

と。

 

 

 

 

 25日朝――もう昼近かったが――起きて二件の留守電に記録があるのに気が付いた。

 一つは志摩子、もう一つは両親からだった。

 そのメッセージが『メリークリスマス』ではなかったことが凄く嬉しかった。

 


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