インフィニット・ストラトス【Garbage Dance】 作::Crane
まだ寒さが残る三月の初旬。一年生から三年生の男子生徒だけが体育館に集められていた。
壇上では校長が溌剌とした口調で楽しそうに話しているけれど、全く耳に入らない。だってほとんどプライベートのことだし、最近筋トレ始めたとか知らない知らない。そういう話はよそでやってください。
僕はあくびを噛み殺し、周りの様子を伺ってみる。
周りを気にせず大きなあくびをしたり、こくりこくりと船を漕いで居眠りしたり、先生に隠れてスマホをいじってたりと、やっぱり他の人達も僕と同じで退屈そうだ。あ、教頭出てきた。
『なので、みなさんも私がおすすめするトレーニング法を――え、なに、時間押してる? まだ全然話し足りないんだが……』
教頭の耳打ちに校長が不服そうな顔をしてごほんと咳払いをした。
『えー、それでは! 職員の方々の指示と注意事項をしっかりと聞き、各学年ごとグループに分かれて適正検査を受けてください。――そして!』
両手で演台を力強く叩いた校長が、期待するかのような眼差しで僕らを見渡す。
『我が校の中から、『IS』を動かすことのできる生徒が現れることを期待していますよ!!』
校長の言葉を合図に、黒服姿の職員の人達が忙しなく動きだし、指示も飛び交い始める。
一年のグループはどっちだけ? 前の人に着いて行けばいいかな?
そんな呑気なことを考えながら、僕も足を動かした。
ことの発端は二月。女性にしか動かせないはずの飛行用パワード・スーツ――ISを動かした少年が現れた、というニュースだった。
その衝撃的なニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、テレビのニュースで知った僕も口に咥えたトーストを落とすほどの衝撃を受けた。
――――『IS』
正式名称はインフィニット・ストラトス。
十年ほど前に起きた事件をきっかけに注目を集めたそれは、一人の天才が宇宙空間での活動を想定して開発したマルチフォーム・スーツだ。
当初考えられていた宇宙進出の話は一向に進まず停滞し、従来の兵器を凌駕するほどの圧倒的なパワーとスペックを持て余した結果、機械兵器として軍事運用に用いられるようになった。
だけど今では、世界各国が定めた条約によってスポーツへと落ち着いている。
そして現在『二人目を探そう!』ということで、未成年を対象としたISの適正検査が世界中で行われることとなった。
僕ら未成年は強制参加だけど、成人男性はお金を払えば誰でも受けられるそうだ。ちなみに検査料金は結構なお値段がするらしいが、応募が殺到してるってネット記事に書いてあった。
「おぉ、本物のISだ……」
長蛇の列からひょっこりと顔を出し、奥に鎮座するISを見た僕は、思わず感嘆の声を上げた。
確か今日の適性検査で使われるのは日本純国産の第二世代型IS『打鉄』。武者鎧のような形態をしたそれは、機体を鈍色に輝かせている。やっぱりテレビや雑誌で見るより実物の方が迫力がすごくてかっこいい。
しかし今のところ全体の半数が適性検査を終えたのだが、ISはうんともすんとも何の反応も示さず、ただの置物と化していた。
ISが動かないことに「そりゃそうだ」と落胆する人がいれば、「もう一回だっ! もう一回、ISに触らせろおお!!」と叫びながら、筋骨隆々の屈強な黒服姿の男性達に連行される人もいる。何あれ怖い。
やっぱり男でISを動かすのは、夢のまた夢だったのだろうか。
でもまあ、テレビとか雑誌でしか見ないISの実物を生で触れるんだ。こういう機会は今後二度とないかもだし、役得役得。
「では次の方。一年C組、
「! あっ、は、はいっ」
名前を呼ばれ、上ずった返事をしてしまった。
どうやら僕の番が来たみたいだ。緊張と興奮、気分の高揚で高鳴る胸の鼓動が、鼓膜をビリビリ震わせる。
数回深呼吸を繰り返したのちISの前に立つ。
固唾をのんで、ゆっくりと伸ばした指先がISの冷たい装甲に触れ――
――――バチンッ!!
「痛ッ!?」
激しい音と鋭い光を発して僕の手を弾いた。その衝撃に耐えられずバランスを崩し、尻もちをつく。指先はじんじんと痺れて痛い。
え……何コレ……強めの静電気?? なんで???
何が起きたのかわからず呆然とする僕と、それを見てザワつく周囲の人達。
我に返った黒服の女性職員さんが興奮気味に声を発した。
「き、君! もう一度触ってみて!」
「え……。は、はい……」
女性職員さんの剣幕に気圧されつつ、僕は立ち上がった。
そして、恐る恐るもう一度ISに手を伸ばす。今度は掌全体で触れてみる。
「…………何も起きませ――ッ!?」
突然、脳を突き刺すように金属質めいた音が響いた。次いで、膨大な量のISに関する情報が容赦なく脳髄に流れ込んでくる。基本動作、操縦方法、性能、特性、現在の装備、可能な活動時間、行動範囲、センサー精度、レーダーレベル、アーマー残量、出力限界、etc.…………。
「…………っ、うぁッ」
頭に激痛が走る。だけどそれを無視して今度は、意識上に直接浮かび上がったパラメータが、視覚野に接続されたセンサーを表示して、周囲の状況を数値で知覚させる。……あ、これ……ダメなやつだ……。
「…………ハハっ…………マジ……かあ……ッ……」
喉奥から乾いた笑いを吐き出す。
鼻血がぽたぽたと垂れ、床に赤い点を作っていく。
視界が気持ち悪いほど歪み、僕の体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
意識が薄れ、周りの人達の声が遠のいていく中、僕の無味無臭だったはずの日常は唐突に終わりを告げ、非日常が強制的に幕を開けたのだった。