インフィニット・ストラトス【Garbage Dance】   作::Crane

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書いたり消したりを繰り返してようやく完成しました。
個人的にはラブコメ要素を増やしたい…………。
あ、AC6は3周クリアしましたよ、ご友人。


第13話:兄と弟

「…………」

 

 寮の自室で僕は、そわそわしながら簪さんの帰りを待っていた。机の上に広げた課題は全く進んでおらず、頭にも入ってこない。むむむ、明日はISの小テストがあるというのに。

 

「…………よしっ」

 

 ノートと教科書を端に寄せ、引き出しからトランプを取り出す。

 こういう時こそ気分転換だ。というわけで、早速トランプタワーの建築に取り掛かるとしよう。

 

「…………っ」

 

 五四枚あるトランプを慎重に、一段、二段、三段と積み上げていく。うん、いいペースだ。これなら完成度の高い物を狙えるかもしれない。タワーだけに。

 ちなみにタワーを作るコツは、非常に滑りやすいプラスチック製ではなく、使い古した紙製を使うこと。そして集中力と、途中で諦めない忍耐力である。あとはとにかく繊細さだ。

 

「…………………………」

 

 息を潜め、そおっと二枚のカードを最上段へ運び、最後の三角形を――コンコンと聞こえたノックの音に、僕の心臓が飛び跳ねる。

 

「ハェイっ!?」

 

 返事が変にうわずった。

 咄嗟に両手を上げたのでタワーは無事。……ほっ。

 

「た、ただい……ま……?」

 

 部屋に帰ってきた簪さんが、バンザイポーズの僕と机のタワーを交互に見て目をパチクリ。状況を察してなのか、ゆっくり扉を閉めてくれた。

 

「えっと……何してるの?」

「え? 見てのとおり、リュウゼンスカイトランプタワージェネレーション建設中だよ」

「ネーミングセンスが欠如してる……」

「あとこの二枚で完成なんだけど、簪さんも一緒にどう?」

「遠慮する」

「え〜。簪さんがラストやってくれたら、リュウゼンスカイトランプタワージェネレーション〜更識簪を添えて〜って感じになるのに……」

「添えないで。そして長い」

 

 簪さんの向けてくるジト目を尻目に、僕はトランプタワーを完成させた。おお……久々に作ったにしてはかなり上出来では? うんうん、バランスのとれた綺麗な左右対称(シンメトリー)である。さてと、写真でも撮りますか。

 

「あ、あの…………流善っ……」

「ん? どうしたの?」

「っ。……えっと…………そ、その…………」

 

 何かを言いたいのか、簪さんが口をもごもごさせる。

 そして指を絡ませて弄り、逸らされた視線もこちらをチラチラ。ふむ……なるほど。

 

「簪さん、夜ご飯食べた?」

「え、まだだけど……」

「じゃあ良かったら一緒に食堂行こうよ。僕も要件があったからさ」

「要件……?」

「それは食堂に着いたらで。ダメかな?」

「だ、ダメ……じゃない……」

「そっか。それじゃあ早速レッツゴー!」

「!?」

 

 僕は、頷いてくれた簪さんの手を引き、食堂へ向けて歩き出す。あ、お嬢に頼まれたUSBはいつ渡そう? 別に今じゃなくてもいっか。食事中にしよう。

 食堂に向かうその途中、すれ違った女子達のヒソヒソ声を聞いた気がする。多分些細なことだろう。気にしない気にしない。

 廊下を抜けて、一年生寮の広い食堂に到着。

 券売機の前で簪さんの手を離し、顎に手を置いて考える。この学園は各国の生徒に合わせて、メニューが豊富なのだ。もちろん栄養バランスもちゃんと考えられている。流石、国立。

 

「さてさて、今日は何食べよう。簪さんは何にする?」

「………………」

 

 なぜか、ぼーっと自身の掌を見つめる簪さん。心做しか頬が紅いような……。気のせいかな?

 

「簪さーん」

「!? な、何……?」

「や、どれにするのかなあって。もし決まらなかったら、無難に日替わりのトンカツ定食にしとく?」

「……お肉、きらい……。う、うどんにする……」

「うどん! いいね。あ、トッピング付ける?」

「かき揚げ、欲しい。ここの絶品、だから食べないと損するかも」

 

 なぬっ、それは食べてみなくては。

 

「じゃあ僕もかき揚げうどんにしようかな。簪さんのおすすめみたいだし」

「うん、おすすめ……」

「量は大盛り、とり天をトッピングっと。ネギは増し増しで」

「そんなに入るの?」

「絶賛育ち盛りですから」

 

 お金を投入した券売機を操作し、食券を発行。

 カウンターのおばちゃんに食券を渡して、料理を待っている間、食堂内を見回す。

 うーん、やっぱり何処もテーブルは埋まっちゃってるな。時間も時間だししょうがないか。

 

「空いてるとこ探さなきゃ」

「あそこ……。奥の方のテーブル、誰もいない……」

 

 簪さんが指差した先を凝らして見ると、確かに、丁度二人が食事出来る分のスペースがあった。

 

「あ、ホントだ。すごいね。視力良いの? メガネなのに」

「これぐらい、普通。あとこれは、メガネじゃなくて携帯用ディスプレイ……。空中投影のディスプレイは、高くてなかなか手が出せない」

「なるほど。あ、どうも、ありがとうございます」

「ありがとう、ございます……」

 

 おばちゃんに礼を言って、カウンターに出された料理を受け取る。

 簪さんが見つけてくれた奥のテーブルに向かい、僕と簪さんは向かい合わせで腰を下ろし、両手を合わせた。

 

「いただきます」

「いただきます……」

 

 まず最初に、レンゲで掬ったつゆの味を堪能。そして麺を啜った後、かき揚げを頬張る。――うん、簪さんの言う通り美味い。とり天も最高。

 簪さんはというと、かき揚げをつゆの中に全身浴させている。どうやら時折浮かび上がってくる泡のぷくぷくを楽しんでいるらしく、その様子がなんだか純真無垢な子供のように見えて微笑ましい。そしてもぐもぐと幸せそうにうどんを食べ始める。

 そんな簪さんをなんとなく眺めてほっこりしていると、ふと目が合ってしまった。

 

「じ、ジロジロ見られたら、食べづらいんだけど……」

「ごめんごめん。お詫びに絶品のとり天をお裾分けしちゃう。あ、お肉駄目なんだっけ?」

「ううん、鶏肉は平気……」

「そっか。じゃあ、はい、どーぞ」

 

 簪さんの器にとり天を一つ乗っけてやる。もちろん、机に備え付けられた割り箸でだ。

 

「あ、ありがとう……。――本当だ、おいしい」

 

 うんうん、美味しいものはシェアしないと。

 

「あ、そう言えば、お昼休みはごめんね? 興味本位の質問で嫌な気持ちにさせちゃって」

「! そ、そんなことないっ。あれは説明しないで逃げた私が悪いの。それに何も知らなかった流善は、何も悪くない……。……あの後、どうせ本音から聞いてるんでしょう? 私の事情……」

「まあ、うん、ある程度。機体の開発が凍結しちゃったのと、それを引き取った簪さんが開発を進めるってとこまでは。あ、とりあえず一夏君のこと一発ぶん殴っとく? 本人に悪気は無いだろうけど、一応の原因だし。あれだったらセッティングするよ?」

「急にバイオレンス」

「冗談冗談。でもどうして一人で作る事に?」

「そ、それは…………」

 

 目を伏せたまま簪さんは言い淀む。

 まあ、布仏さんの話と自分の経験上、大体の察しはついている。

 簪さんがお嬢に対してコンプレックスを抱いているのは十中八九で間違いないだろう。それを踏まえて、僕は問いかける。

 

「お嬢が理由?」

「…………っ」

 

 核心を突かれてか、簪さんは口を噤んだ。

 少しの沈黙の後、きゅっと結ばれていた彼女の唇が動き始める。

 

「……姉さんが、自分だけで専用機を組み上げた……から。それが、『打鉄弐式』を引き取った理由……」

「へ?」

 

 驚きのあまり、間の抜けた声が出てしまった。思わず箸も落としかける。

 いやいやちょっと待て、一人で完成させたってそんなこと可能なのか? まるで篠ノ之束博士みたいじゃないか。ハイスペックすぎるでしょ、お嬢。やばぁ。

 

「……流善?」

「え、あ、何でもないよっ、ちょっと驚いただけ。えっと、つまり、お嬢がやってみせたのなら、自分もそうしないといけない……ってこと?」

 

 こくん、と簪さんが頷く。

 

「――……姉さんは凄い人なの。綺麗で、優秀で、運動神経抜群で、誰からも慕われている……。私と正反対の人。……前に教えた『更識家』の事覚えてる?」

「確か何代にも渡って続く歴史がある家……だったよね?」

「うん。姉さんはその更識家の一七代目当主。『楯無』という名前は当主になった証で、代々襲名してるもの。本当の名前はとても大切なものだから、家族以外に教えちゃ駄目って決まりになってる」

「………………わぁ……」

 

 当主ってマジかよお嬢。僕と同い歳だろうに……とんでもないな……。それに襲名って、テレビや小説とかでしか滅多に耳にしないワードだよ。やばぁ。お嬢、やばぁ。駄目だ語彙力が乏しくなっちゃう。

 

「…………なんかもう、お腹いっぱい……」

「大盛り頼むから」

「いや、情報量がスゴいって意味」

 

 ロシアの国家代表で、お嬢様で、更識の当主で、この学園の生徒会長。てんこ盛りだな。今更だけど国家代表って……。

 

「……別に、姉さんの真似ごとで機体が完成しても、追いつけるなんて思わない。ただ妹として、更識の人間として最低でもこれぐらい出来ないと、私は私の存在意義を示せない」

「…………」

「だって私は――」

 

 ――更識家の無能だから。

 

 そう言った彼女の声は震えていて、苦痛に歪ませた表情は今にも泣きそうだった。

 正直、更識家がどんな家なのか、簪さんが心に抱えている傷がどれほどのものかは、まだ分からない。

 だけど、違う――

 

「君は無能なんかじゃない。絶対に。これだけは断言する」

 

 気づけば僕は、彼女の言葉を否定していた。

 

「流……善……?」

「そもそも、日本の代表候補生に選ばれたということは、それに見合った優秀さがあるので明白の理でしょ。実際、簪さんが日本の代表候補生だって知った時、自然と納得しちゃったよ。うん、ピッタリだ」

「そ、そんなこと……」

「教え方上手くて分かりやすいし」

「ちょっ」

「頭良いし」

「あのっ」

「あと優しい」

「も、もういいからっ」

「照れてる照れてる」

「〜〜っ。うっ、うるさい!」

 

 染まった頬を隠すため食事を再開する簪さんに、僕はクスクスと笑う。……これで少しは気が紛れたかな?

 またも簪さんがジト目を向けてくる。

 

「流善のいじわる……」

「ごめんて。あ!」

 

 揶揄った仕返しなのか、簪さんが僕の器にあるとり天を奪い取ってパクリ。それ最後の一個だったのに……っていうか食べかけなんですけど……。これって間接的なアレになるのかな?

 当の本人はというと、もぐもぐ咀嚼させながら『やってやったぜ!』みたいなドヤ顔をしている。いやカワイイかよ。

 若干の顔の熱さと気恥しさを感じつつ、グラスの水を一気に飲み干して調子を整える。すると、目の前のとり天強奪者が首を傾げてきた。どうやら気づいていないらしい。

 

「どうしたの?」

「な、なんでもないよ、気にしないで」

「?? 変な流善」

「……こほん。えっと、話を戻して悪いけど、専用機作りを僕が手伝っちゃ駄目かな?」

「え……」

「これが僕の要件」

 

 揺れた少女の瞳を真っ直ぐ見つめ、続ける。

 

「部外者が何言ってんだって思うだろうし、差し出がましいこと言ってるのは承知の上だよ。それでも、頑張る君の力になりたいんだ」

「っ!」

 

 ぼうっと簪さんの顔が紅く染まる。視線も逸らされた。あ、あれ? もしかして、余計なお世話だって怒らせちゃった?

 

「…………なんで」

「ん?」

「なんで、私なんかに優しくしてくれるの……?」

「…………」

 

 ――理由はある。

 多分、入学前にはもう、打鉄弐式の事で悩んで精一杯だったと思う。

 それなのに君は、ISの勉強でパンク寸前の僕に、色々教えてくれた。たとえ気まぐれだったとしても、嬉しかった。

 初めての試合で負けた時もそうだ。

 不甲斐なく、弱気になっていた僕を叱責して、『かっこ良かった』と言ってくれて、すごく嬉しかった。

 

 けれど、一番の理由は――

 

「……今の簪さんが、ちょっと前の僕に似てるんだ」

「流善が私に……?」

「うん。と言っても、僕が勝手に自分と重ねてるだけなんだけどね。これが理由」

 

 僕は自嘲気味に言う。

 すると、なぜか簪さんは頬を膨らませ、不満気な様子で僕を見ていた。……えーっと、なんで?

 

「ど、どうかした?」

「……私は話したのに、流善が話してくれないのは、ずるいと思う……。不公平。卑怯」

「卑怯て」

「あなたの昔話聞きたい」

「ううん……」

「……ダメ?」

「うぐぐっ……」

 

 前に高校の友達が、『カワイイ女子から上目遣いでお願いされたら俺、秒で頷く自信がある。というかたまらん。辛抱たまらん。ちなみに語尾はハートな?』と言っていたことを僕はふと思い出す。

 変態じみた後半部分は理解し難いけれど、確かに上目遣いで言われたら断りづらい……しかしっ、可能な限り教えたくない……! だって黒歴史まみれてるので!!

 

「いやあ……僕の話、つまんない、よ?」

「構わない」

「構わないかー……」

「……教えてくれないのなら、私にも考えが、ある」

 

 そう言って水を飲む簪さんに、僕は嫌な予感を感じてたじろぎ、冷や汗が頬を伝う。

 そして、一〇秒程間を置いたのち、それを口にした。

 

「――生徒会しか知らない、流善が姉さんにしたセクハラ発言を学園中に拡散する」

「是非とも喋らさせてください!!」

 

 逃げ場ないじゃないか、ド畜生!!!

 考えろっ。

 考えるんだ、芥流善!!

 大前提として()()だけは絶っっ対秘密にしなきゃだし、バレたら終わる。軽蔑されるのも目に見えている。

 けれど、簪さんの事情を聞いたからには、フェアじゃないといけないわけで……。

 なのでどうにか、所々を端折り、黒歴史を回避しながら掻い摘んで…………よしっ。

 

「――……僕にも、兄弟がいるんだ。そこで歳の離れてる兄が一人ね」

「お兄さんいたんだ。結構、意外かも」

「そうかな? で、僕の兄ちゃんなんだけど、IS界隈じゃかなり有名でさ。芥我楽って名前で――」

「あ、芥我楽!?」

 

 突然、簪さんが驚きの声を上げ、立ち上がる。

 その声に周りが少しだけざわつくも、直ぐにみんな食事を再開させた。

 織斑先生の時もそうだったけど、そんなに驚くことかな?

 

「あ、やっぱり簪さんも知ってる感じ?」

「……この学園で知らない人なんていないと思う。あの篠ノ之博士に並ぶ天才だし、ISの雑誌に必ずインタビュー記事が載ってる」

「そりゃそっか」

「顔はたまにしか載らない」

「多分あれ隠し撮り。写真撮られるの嫌いなんだよ」

 

 元来の目つきの悪さも手伝ってか、ほとんど写真写りが悪いのである。僕も同じだけど。

 

「写真なら持ってるよ。酒瓶抱きしめながらパンツ一丁で三点倒立してるやつとか、天井システムがないソシャゲに一〇万課金で爆死して発狂とか……見る?」

「え、遠慮する。あと流善、脱線してる」

「おっと」

 

 取り出そうとしたスマホをポケットに戻す。

 

「――簪さんがさっき言ったとおり、兄ちゃんは、ISの生みの親である篠ノ之博士と同格の天才だよ。世間の関心と認識もそうだしね。テレビでも飽きるくらい耳にしてきたよ」

 

 そういえば兄ちゃん、博士と面識あるのかな?

 

「……そんな兄ちゃんを見てきて育ったおかげか、物心ついた頃には憧れるようになってた。眩しくて、鮮烈で、常識の枠に囚われない自由な姿に」

 

 あの頃は純粋なまま、兄ちゃんの背中を追いかけることが出来た。

 勉強は嫌いじゃなかったし、周りの同年代と比べて身体能力も高かった方だと思う。

 

「机に齧り付いて、滅茶苦茶勉強したよ。自分に無い知識が身につくのが嬉しくて楽しくて。毎日、充実してた」

「つまり、小さい頃の流善の夢は、お兄さんみたいになること?」

「……うぅん、言うなればそうなる……かな」

「…………」

 

 え、なんで無言なのっ。すっごい恥ずかしい!

 

「と、とにかく、順調だったんだ。特に目立つようなものはなかったけれど、ゆっくり一歩ずつ着実に憧れに近づけてる実感があった。……だけど中学で、自分が凡人であると思い知らされた。そして、高校受験にも失敗した」

 

 僕が受験した高校は、かつて兄ちゃんが通っていた、国内でもトップクラスのエリート校だ。

 分不相応。

 身の丈に合ってない。

 受かる筈がないと頭で理解していても、兄ちゃんの活躍を見る度に焦っていた僕は、受験して――落ちた。

 合格発表の際、自分の番号がなかった時の、吐き気を催すような喪失感は今でも覚えている。夜な夜な思い出したりもする。……たまったもんじゃない。

 

「じゃあ、流善が行ってた学校は……」

「うん、滑り止めで受かった所」

 

 志望理由も単純に近所なだけ。

 一応他にも、工業高校があったけれど、あそこは治安が悪すぎてやめた。……いや、うちもそれなりだったな。

 

「そんなある日、兄ちゃんと喧嘩してイラついた僕は、とうとう、ずっと奥底に溜まってた感情をぶちまけたんだ。何を言ったかは正直あんまり覚えてない。好き勝手喚き散らしてたからね。……でも、一つだけ、覚えてる」

「…………」

「『あんたの弟になんて生まれたくなかった!!』……って。酷い言葉で傷つけた」

「……っ」

「僕は嫉妬してたんだよ、惨めなまでにね。――そして、逃げた。兄と向き合おうともせず、何もかもが嫌になり、怖くなって……逃げた」

 

 一頻り話し終えた僕は、息を吐き、空になった器に視線を落とす。

 ……やっぱりこういうのは慣れない。

 喋りっぱなしだったせいか、喉が乾いている。

 その乾きを潤そうとグラスに手を伸ばし、引っ込める。そういえばさっき全部飲んじゃってたな。

 

「…………流善は」

「ん?」

 

 水を注ぎに行こうと腰を上げたところで、僕の話を静かに聞いてくれていた簪さんが、口を開いた。

 

「……流善は、その……仲直り、出来たの……?」

「最終的にはね。でもこれは、きっかけがあったからなんだ」

「きっかけ?」

 

 僕は頷く。

 

「前の学校で色々とね」

 

 ――本当、あんたにはもっと長生きしてほしかったよ、先生。

 

「そのおかけでケジメをつけれた。ちゃんと自分の愚かさと向き合えた。そして、謝ることが出来た」

「……仲直り出来て、良かったね」

「うん、本当に」

 

 ……もしも、前の学校で先生と出会わなければ、僕の性根は腐りきり、罪悪感に苛まれ続けていただろう。そう考えただけでもゾッとする。

 

「と、まあ……ここまでのが、僕……です。……引いたでしょ」

「う、ううん、逆。流善のこと知れて良かった。話してくれて、その……ありがとう」

 

 そう言って簪さんが微笑む。

 僕はむず痒くなり、「どーいてしまして」とぶっきらぼうな返事を返した。

 

「あ、あのっ」

「ん?」

「……専用機の件、手を貸してくれるのは嬉しい……けど、少しだけ待ってほしい。その……気持ちを整理させたい、から……」

「そっか。僕もその方が良いと思う。焦らずゆっくり、簪さんのペースでね」

「うん」

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

「――……流善の夢は、今も変わらないの?」

「へ?」

 

 夕食後。

 部屋に戻る途中、自販機で購入したカフェオレの蓋を開けようとしたところで、隣を歩く簪さんの問いに僕の手が止まる。

 

「い、いきなりだね」

「ちょっと気になっちゃって……」

 

 ……なるほど。

 僕は、カフェオレのボトルについた水滴を指で拭い、答える。

 

「もちろん……と言いたいところだけど、今は少し違うかな」

「違うの?」

「いや、根本的部分は変わらないよ。でも今は、兄ちゃんを――芥我楽を超えたいと思ってる。例え、周りに馬鹿にされても、これだけは絶対に譲らない」

 

 僕は、覚悟を云う。

 

「『バケモノ』になる。それが今の夢」

 

 現段階じゃ何のビジョンも見えない。

 ノープランでもある。

 だけど、決めたんだ。

 もう二度と、自分の心から逃げないと。

 

「………………かっこいい……」

「? 何か言った?」

「な、なんでも、ない……。……えっと、なれるといいね」

「なってみせるさ。絶対に」

 

 その時だった。

 曲がり角。その死角から人が飛び出して来た。

 ぶつかってしまった僕はよろめく。そして、相手の女子は、ツインテールの髪を揺らして尻もちをついた。

 

「…………っ」

「ご、ごめんなさいっ。大丈夫ですか?」

 

 手を差し出し、気づく。

 

「……君は、中国の……」

 

 そう。僕の手を取り、「……ありがとう」と言って立ち上がった少女は、今朝、一年一組に宣戦布告してきた転校生だった。

 

「……アンタが噂の……」

「噂? あー、はい。芥――」

「……………………ぐす……」

「「!?」」

 

 名乗ろうとしたら、突然、泣き始めた。

 僕と簪さんは目を見開いて驚く。

 

「え!? あ、ちょっ、は……えっ!?」

 

 困惑する僕をよそに、ツインテール少女の瞳は涙をボロボロ流す。

 どっ、どどどどうすれば!? 助けて簪さん!!

 

「りゅ、流善が女の子、泣かせた……」

「簪さん!!??」

 

 え、嘘、僕が悪いの!?

 確かにぶつかってしまったのは悪いんだろうけどもっ、泣かれるまで割とインターバル空いてましたよ!?

 い、いや、今はとにかく謝っておこう! 本当に僕のせいかもしれないし! 全く状況掴めないけどさ!!

 

「え、あの……ご、ごめなひゃい……」

 

 滅茶苦茶情けない声が出た。

 簪さんの視線が痛すぎて、僕もちょっと泣きそう。ぐすん。




いつか流善の過去編はちゃんとやります。

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