インフィニット・ストラトス【Garbage Dance】 作::Crane
「………………」
一時限目の授業がつつがなく終わり今はつかの間の憩いの時間なのだが、机に突っ伏した僕は、周りからの突き刺さるような視線に項垂れていた。
暇潰しになればいいかなと持ってきた本なんて読む気力すら起きない。頭はショート寸前で、ただただため息を漏らすばかりだ。……はあ。
「あ、あの……」
「ん?」
横から聞こえた声に頭を上げる。そこにいたのは、どことなく織斑先生に似ている少年だった。なんか姉弟って言ってたけ? 確か名前は――
「織斑……一夏……君?」
「あ、はい。お、織斑一夏です。まさか俺以外にもISを動かせる人がいるなんて思いませんでした。心細かったんで嬉しいです」
「僕もさ。自分がISを動かせれるなんて一ミリも思わなかったし、現実を疑っているとこだよ。ああ、さっき自己紹介したけど、芥流善です。僕のことは好きなように呼んでください」
「じゃあ流善さんで。俺のことも一夏でいいんで、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね一夏君。お互い色々あるだろうけど頑張ろう」
「はい!」
一夏君が差し出してきた手を握り、握手。
うーん眩しい、めちゃくちゃ爽やかなイケメン君だあ……さぞかしモテたんだろうなぁ。バレンタインのチョコとか袋いっぱいに貰ってそう。
なんてことを考えていると、一夏君が疲れきったような顔をする。
「それにしても、ちょっとキツいですね……」
「……あー、うん、そうだね」
当たり前だが僕ら以外は全員女子。『世界で二人だけのISを使える男』というのは当然世界的なニュースになり、僕と一夏君のことは学園関係者から在校生に至るまで全員に知られているわけで、現にこうして廊下にまで大勢の生徒が詰めかけているのだ。まあ、クラスの女子も含めて話しかけてこないのが唯一の救いではあるけど。もし話しかけられたら、意味の分からない言語でテンパる自信がある。
動物園のパンダもこんな気持ちなんだろうか。ごめんねパンダさん。今度から後方彼氏面で見ることにするよ。……なんか違う気がする。
「……ちょっといいか。話がある」
「え?」
「ん?」
突然、話しかけられた。
目の前にいたのは、長い髪を白のリボンで結ったポニーテールの少女だった。キッとした目で少し不機嫌そう。
「……箒?」
「一夏君の知り合い?」
「ええまあ、こいつは俺の」
「……すみませんが、彼を借りてもいいですか?」
「え、あ、はい。どうぞどうぞ」
反射的に返事をしてしまった。
ありがとうございます、とポニーテールの少女はそう言って一夏君を引っ張りながら教室を出て行った。もう少しで授業始まるのにいいのかな?
「……ふう」
さて、ひとりぼっちになってしまった。どうしよう……すっごく心細い。
授業の準備をしてから、あとは机に突っ伏して寝たフリでも――視線を感じた。見ると、袖丈がやたらと長い制服姿のマイペースそうな茶髪の少女が、僕の顔を覗き込んでいた。
「じぃ〜」
「それ自分で言うんだ……。えーっと、どちら様?」
「布仏本音だよ〜。よろしくね〜」
「あ、うん。布仏さん、ね。よろしく。それで僕に何か用かな?」
「お菓子〜」
「お菓子……? ああ、これのことか。…………良かったら食べる?」
小腹が空いたら食べようと持っていた、クッキーの入った袋を布仏さんに渡してみると、布仏さんの目がこれでもかってぐらいに輝いた。キラキラだ。
「いいの〜?」
「まあ、うん、まだあるからね」
あんなに欲しそうな目をしているのに、あげなかったらこっちが悪者みたいになりそうだし。
「ありがとう、あっくん〜♪」
「どういたし……あっくん?」
「芥くんだからあっくんだよ〜」
「そ、そっか、なるほど……?」
なんかよく分からないまま初対面の女子からあだ名つけられた。……まあ、いっか。
しばらくして授業開始のチャイムが鳴った。
教室に入ってきた織斑先生の後ろから、頭を抑えた一夏君がいた。
◆ ◇ ◆
「………………」
「………………うぅ」
二時限目の授業を終えた僕らは疲弊していた。
机の上に広げられた板書したノートと、分厚い教科書が数冊。
パラパラめくってそれらを見返していると頭が痛くなってくる。
僕は机に散らかったものを片付けながら、一夏君に生存確認。
「一夏君生きてるー?」
「………………なんとか。流善さんは?」
「頭が痛い」
「ですよねー」
一時限目の『IS基礎理論』もそうだったけれど、さっきの授業もなかなか厳しいものだった。
ISという名の兵器を扱うわけだから、覚えることがたくさんあるのはしょうがないと思う。思うけども!
なんですかこの教科書、鈍器ですか? 絶対これで殴れば殺れるでしょ。
あとなんと言ってもページ一枚一枚が薄すぎる。手が透けるうえに字が小さいとかもはや電話帳ですよ。床に置いて足の小指ぶつけたら絶対に痛い。
「それにしても一夏君、教科書を電話帳と間違えて捨てるとかやばいね。将来大物になるよ」
「ゔっ。いやでも捨てちゃった俺が悪いんですけど、一週間であれ全部覚えるのは鬼畜すぎるでしょ……。流善さんはどれくらい覚えました?」
「三分の一ぐらいかな。あとは教科書をドミノみたいに並べて遊んだりタワー作って現実逃避してた」
「…………楽しかったですかそれ?」
「虚無」
「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
「はい?」
一夏君とだべっていると、僕らの前に現れた一人の女子生徒だった。
鮮やかな金色の髪はわずかにロールがかかっており、白人特有の透き通ったブルーの瞳はややつり上がっているが、纏っているオーラが高貴のそれだ。突然話しかけられたおかげで僕と一夏君は、間の抜けた返事をしてしまった。
……雰囲気がキツイな。
完全に僕らを見下している。さすが
「訊いてますの? お返事は?」
「あ、ああ。訊いてる訊いてる……で、俺たちに何か用か?」
一夏君が答えると、彼女は口元に手を当てわざとらしく声を上げた。
「まあ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
「「…………」」
僕と一夏君は無言になる。こういうタイプは面倒くさくて苦手だ。
――現代において、ISが使える女性はかなり優遇されている。その結果、女=強くて偉い、男=弱くて凡愚、なんて構図が出来てしまうほどだ。
男は労働力で奴隷。
恐らく、目の前で腕を組んでいる女子生徒も、『女尊男卑』にあてられた人なのだろう。
ISが使える。たったそれだけで国の軍事力に繋がる。だからIS操縦者は偉い。そしてISを扱えるのは原則女性のみ。
だからといって、その力を無闇矢鱈に振り回して幅を聞かせるのはおかしいと思う。
一夏君が口を開く。
「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」
「あ、僕も知らないや。ごめんね?」
「わ、わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリス代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」
信じられない! といった表情をするオルコットさんに、一夏君が片手を上げる。
「あ、質問いいか?」
「フッ。下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ!」
「代表候補生って、…………何?」
ガタタッ。
聞き耳を立てていたクラスの女子が数名ずっこけた。まるで一昔前のコントみたいだ。ノリいいねこのクラス。
「? 流善さん知ってます?」
「んー、読んで字のごとくなんじゃないかな。国を代表するIS操縦者の候補生。つまりオルコットさんは国から選出されたエリートってことさ」
「なるほど。言われてみれば確かにそうだ」
「そう! そうなのです! わたくしはエリートなのですわ! あなたはこの無知な男と違って、見る目がありますわね。褒めて差し上げます。光栄に思いなさい」
「あ、ありがとうございます……?」
復活したオルコットさんになぜか褒められた。上から目線だけどちょっと照れる。
「それに引き換え、あのミス織斑の弟でありながらISについて何も知らないなんて、拍子抜けもいいところですわね」
「そんなこと俺に言われても……」
「ですがご安心なさい。エリートであるわたくしと同じクラスになれて幸運なあなたたちに、入試で唯一教官を倒すことの出来た、このわたくしが直々に――」
「あれ? 俺も倒したぞ、教官」
「――は……? き、教官を倒したのはわたくしだけと……。あっ、あなたはどうなんですの!?」
矛先がこっちに向いてきた!
僕は頬をかいて答える。
「え、僕? えーと、倒してないよ? ギリギリで――」
話を強制的に終わらせるかのように、チャイムが鳴る。
「っ……! ま、またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
怒りながら席に戻るオルコットさんの背中を見送る僕らは、頭に疑問符を浮かべて首を傾げるばかりだった。