インフィニット・ストラトス【Garbage Dance】 作::Crane
「…………やってしまった……」
長い長い一日がようやく終わった放課後。僕は机の上で頭を抱えていた。理由はもちろんクラス代表を決める話し合いのことだ。
いくら熱が入ってしまったとはいえ、初日からクラスメイトと問題を起こしてしまうなんて……このままでは学校生活を安泰に送れる気がしない……いやもう駄目かもしれない。今日だけでかなりメンタルがやられた気がする……。
な〜にが『その傲慢ちきな鼻、へし折ってやる……!』だよ! 考えて物を言えよ僕のバカ!! ヘタレ!!!
言ったことに後悔はないけれど、恥ずかしい……。
勢いって怖い……。
穴があったら入りたい……。
今から入れる保険ありませんかね? え、ない? あ、そう……。
「だ、大丈夫ですか、流善さん……?」
机に突っ伏して、うだうだ考えていた僕に一夏君が話しかけてくれた。僕は手をヒラヒラさせて返事をする。
「大丈夫大丈夫〜。精神的には死にそうだけど」
「あはは……。でもあの時スカッとしましたよ。あの状況で面と向かって言えるのって凄いですね」
やばい、歳下に気を使われた。ちょっと泣きそう。
「いやいや一夏君も言ってたじゃないか。あれがなければ僕は黙ってたかもだし、下手したら色々言ってたと思う」
「色々って?」
「『日本が嫌なら国に帰れば〜?』とか、『ドコサヘキサエン酸足りてます〜??』とかそんな感じ」
「ドコサ……なんです、それ?」
「DHAのこと」
「……流善さんって意外と口悪いな……」
そうかな? 気にしたことないや。
「さて……と。ここにいてもあれだし、そろそろ帰ろうか」
「そうですね。……それにしても相変わらずですね……」
「あー、うん。初日だから仕方ないし、多分しばらく続くと思うから慣れていくしかないよ……」
「……ですね」
僕らは周りを見渡し、ため息。
放課後だというのに教室の外には休み時間の時と同じく、他学年と他クラスの女子生徒が大勢押しかけていた。きゃいきゃいと小声で話し合ってはこちらの様子を窺っている。マジでパンダ。
ちなみに昼休みはこれ以上だった。学食に移動すれば、後ろからぞろぞろと着いてくるのだ。一夏君が「なんか大名行列みたいですね」と言った時は、不覚にも笑ってしまった。
「あっ、織斑くん、芥くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」
「「はい?」」
呼ばれて顔を上げると、副担任の山田先生が書類を片手に教室に入ってきた。僕達を見てほっとしている。どうしたんだろう?
「山田先生どうかしたんですか?」
「は、はい。えーとですね、お二人の寮の部屋が決まりましたので、早速向かってください!」
山田先生はそう言って四桁の数字が書かれた紙と、タグの付いたキーを見せてきて、僕らによこす。
IS学園が全寮制だということは事前に訊いていた。でも準備に一週間はかかると言っていたはずなんだけど。
「あれ、もう決まったんですか? しばらくは国が用意したホテルから登校してくれって話でしたけど」
「俺は自宅からって訊いてますよ?」
「そうなんですけど、事情が事情ですので一時的な処置ということで、部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……お二人ともその辺りの事って政府から聞いてます?」
最後の方は僕らにだけ聞こえるように耳打ちでコソコソ。ちょっとこそばゆい。
政府……つまり日本政府が、前例のない僕ら『ISの男性操縦者』を保護と監視の両方を付けたいのだろう。
ちなみにISを動かしたことによって、連日いろんな人が僕の自宅にやって来た。
『今の心境はどうですかっ』と、ボイスレコーダーを押し付けてくる興奮気味のマスコミ。
『我が社と契約してください』と、大金の入ったアタッシュケースを見せてくる企業のお偉いさん。
『君の身体を隅々まで調べさせてほしい!』と、遺伝子光化学の研究員だとかいう怪しい奴ら。
『あなた様はこの腐った世界を救って下さる指導者となるのです!!』と、頭のネジがぶっ飛んだ宗教団体には塩を力いっぱい叩きつけてやった。慈悲はない。
「そう言うわけで、政府の特命もあってですね、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば個室が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢して下さいね?」
なるほどなるほど。それなら仕方がない。
「ということは一夏君と同室ってことですか?」
「いいえ、女の子とです」
「…………………………………んん??」
「? どうかしましたか、芥くん?」
「……いえ、聞き間違いですかね? 女子と同室って聞こえたような……」
「はい! 女の子とです!」
「…………んえぇ……」
山田先生が笑顔で頷いた。
いやなんでだよ。え、大丈夫なのか女子と同室って。緊急処置とはいえ無理やり過ぎだろ日本政府さん。こちとら思春期真っ只中の男子高校生なんだぞ? そして君はなんで、そっかーみたいな顔で平然としてるのさ。少しは動じな? ピカピカ男子高校生。
「部屋のことはわかりました」
わかるんかい。
「でも荷物は一回家に帰らないと準備出来ないですし、今日はもう帰っていいですか?」
「僕もホテルに荷物あるんですけど」
「あ、いえ、荷物なら――」
「私が手配しておいてやった。ありがたく思え」
後ろから声が聞こえた。
なんでだろう……無条件でラスボスのBGMが頭に流れてきた。しかも滅茶苦茶似合う。
後ろを振り向くと、腕を組んだ織斑先生が立っていた。
「ど、どうも……」
「あ、ありがとうございます……」
「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があれば織斑はそれで十分だろう。芥の分の荷物はホテルにあった物をそのまま持ってきた。後で確認しておけ」
「わ、わかりました」
大雑把すぎる。それでいいんですか織斑先生。
「それじゃあ、時間を見て部屋に行って下さいね。夕食は十八時から十九時、寮の食堂でとって下さい。各部屋にはシャワーがありますけど、その他に学年寮ごとに大浴場があります。けど……えっと、その、織斑くんと芥くんは今の所使えません」
それもそうか。ここは、まあ……ほぼ女子校だし、欲を言えばお風呂に入りたいけどしょうがない。各寮にシャワーがあるだけでも助かる。流石IS学園。滅茶苦茶お金かかってる。
「え、なんでですか?」
「ていっ」
「ごふぁっ!?」
一夏君の脇腹に一撃。
「な、なにするんですか……!」
「いや……君が奇行に走らないよう今のうちにと」
「? 何言って…………あー……」
「おっ、織斑くんっ、女の子とお風呂に入りたいんですか!? だっ、ダメですよ! 捕まっちゃいますよ!!!」
「い、いや、入りたくないですっ。全然」
首を振って否定する一夏君。
「ええっ? 女の子に興味がないんですか!? そ、それはそれで問題のような……」
誤解を招くような言い方をした結果、山田先生が曲解した。きゃあきゃあと騒ぐ山田先生の言葉が伝播し広まっていく。そういうジャンルが大好物な女子達も騒ぎ出す。
「織斑くんって、男にしか興味ないのかしら……?」
「それはそれで……アリね! 最高!」
「
どうしよう……飛び火した。
僕は背を向けないようにしながら、二メートルちょっと一夏君から無言で距離を置く。
「ちょっ! なんで俺から離れるんですか!」
「君の趣味嗜好とか性癖をとやかく言うつもりないけど……。僕は普通だし、アブノーマルじゃないのでごめんなさい。えんがちょ」
「待って!? 俺にそんな趣味無いですし、普通ですから!!」
普通だからぁぁぁぁぁ!!! と、一夏君の虚しい声だけが放課後の教室に響き、一夏君は織斑先生にしばかれた。南無。
◆ ◇ ◆
「…………ここかな」
扉にある部屋番号の書かれたプレートと、手に持った紙の数字を交互に見る。うん、合ってる。
一ヶ月間だけとはいえ、今日からこの寮で女子と暮らすなんて本当に急すぎる。ため息しか出ない。
同室の女子ってどんな人なんだろう?
大人しい子がいいな。グイグイ来られるとこっちの身が持たないと思う。
「ねえ、あの人って噂の二人目?」
「へ〜ここが彼の部屋なんだ」
「顔キレイだけど目付きちょっと怖くない?」
「そお? 私は危ない感じがして逆にタイプ!」
あばばば。ひ、人が集まって来ちゃった……!
と、とにかく中に入らないとっ。え、えーと、まずは基本のノックから。うん、ノック一番大事。
僕は深呼吸して扉を――
「…………何してるの……?」
「ヴぁッッ!!??」
ノックをしようとしたタイミングで後ろから声をかけられた。変な声を上げ振り返る。
そこにいたのは、ISの教科書(鈍器)を抱えたどこか暗い印象を与える少女だった。
四角いメガネに、内巻きのセミロング。リボンの色からして一年生。少女が、僕を訝しんだ目で見てくる。
「…………どいて、中に入れない……」
「え、あ、ごめんなさいっ。……もしかしてこの部屋の人……ですか?」
「…………そうだけど……なんの用?」
「あ、えと、そのぅ、僕もこの部屋でして……」
少女が一瞬驚いたかのように目を開き、小さく息を吐いた。え、ため息?
「…………騒ぎになったら面倒だから、早く入って……」
「は、はい」
扉を開けた少女と一緒に、部屋の中へと入っていく。
…………ここはロイヤルホテルですか?
まず目に入ったのは、二つ並んだ大きいサイズのベッド。見た感じ高級でふわふわのやつだ。
政府が用意してくれたホテルもすごかったけれど、ここはそれを優に超えるほど豪華だった。泊まったら絶対一泊数万円はかかるだろう。国立最高。国立万歳。あのベッドにダイブしたい。
「……えーっと、今日から部屋が決まるまでの間だけルームメイトになります、一年一組の――」
「知ってる。イギリスの代表候補生に喧嘩売った人でしょ? 噂になってた」
「………………そすか」
噂になるの早すぎるだろ! せめて明日からとかにしてくれよ! いや噂にもなってほしくなかったけどね!!
凹んでいる僕をよそに、少女は、手に持っていた鈍器(ISの教科書)を机に置いた。そしてこちらを振り向き、小さな唇を開く。
「…………更識簪」
それだけ言って少女――更識さんは、空中に投影させたディスプレイモニターの方に視線を戻し、キーボードを叩き始める。
…………………………よし。荷解きしよう。
気まずさを感じつつ、僕は私物の入ったダンボールを開け始めるのだった。