インフィニット・ストラトス【Garbage Dance】   作::Crane

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第6話:ほんの少しのおせっかいをあなたに

 小刻みに震えるスマホの振動音で叩き起された。

 自分の体温でちょうどいい温かさになった布団の中から、手だけを伸ばし、手探りで発生源をたぐり寄せる。

 鬱陶しい振動を止め、眩しい液晶画面に映る時間を確認。 その後、声量を抑えて息を吐いた。

 現在時刻は朝の五時半。

 イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットとの決闘を明後日に控えた土曜日だ。

 

 …………眠い。めちゃくちゃ眠い。

 

 普段の僕ならこの時間はまだ夢の中だ。

 だけど寝てはいけない。寝たら多分、お昼までお寝んねコースが確定してしまう。でも眠い。寝たい。惰眠を貪りたい。

 首筋に爪を立て、襲いかかる睡魔で堕ちそうになる意識に抗う。…………よしっ、覚めてきた。

 

 僕と更識さんを間仕切るパーテーションの向こう側からは、更識さんの規則正しい寝息が聞こえてくる。うーん……やっぱりまだ落ち着かないや。

 ベッドから立ち上がって伸びをする。

 息をほうと吐き、更識さんを起こさないよう慎重に朝支度を済ませ、スウェットのまま教材やらレポートやらで散らかった自分の机の前にどっかりと座った。

 早速、ディスプレイモニターを起動。接続した無線タイプのヘッドフォンを頭に装着。昨日……というより今日の夜中までやっていたレポートの続きに取り掛かる。進行具合は七割を切っており、いよいよ大詰めといったところだ。

 

「……本当、なんでIS動かせたんだろう?」

 

 織斑先生と山田先生が貸し出してくれた教材の一つ『ISの基本操縦と応用技術』の資料映像を見ていたら、ふと一ヶ月前のことが脳内に過り、独り言がこぼれた。

 未だ世界中で男性を対象にした適正試験が行われている。けれど、僕がISを動かした以降誰も現れていないそうだ。

 最初の男性操縦者である一夏君がISを動かせたのは、あの織斑千冬の実弟たがら……っていうそれっぽい説明がつく。

 では、芥流善はどうだろう。

 ごくごく普通の一般家庭に生まれた普通の男。姉や妹はおらず、いるのは年の離れた兄。そしてISとは無縁の両親。

 昔母さんも適正検査を受けたそうだが、適正ランクは低かったそうだ。

『流善の遺伝子構造がおもしれえぐらいにバグってるからじゃねーの?』と、缶ビール片手に父さんと晩酌をしていた兄の言葉を唐突に思い出す。

 あの時は『何言ってんだコイツ?』って思ったけど、マジでそうかもしれない……。いや遺伝子バグってるは酷い。ダル絡みもしてきたし……。

 

 ――くぅぅ。

 

 お腹の虫が鳴った。

 モニター右下の時間を見ると七時をちょっと過ぎていた。そろそろ購買に行こう。出遅れたら何も買えなくなってしまう。

 服もこのままでいいかな。着替えるの面倒いし。

 教材と教材の間に挟まった財布を抜き取ってポケットに突っ込み、僕はそろりそろりと音を立てぬよう部屋を出た。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

「――――――ん……」

 

 バタンと扉が閉まる微かな音で私――更識簪は目を覚ました。

 体を起こし、サイドチェストの上に置いていた眼鏡をかけ、部屋を見回す。

 ルームメイトである男子の姿がない。七時だし朝ご飯でも食べに行ったのだろうか。

 ルームメイトの名前は芥流善君。

 世界で発見された二人目のIS男性操縦者で、入学早々イギリスの代表候補生に喧嘩を売った人物だ。

 彼と同じクラスの幼馴染曰く、もし負けたら代表候補生の奴隷になるとのこと。冗談なのか本当なのか、あの場に私はいなかったから分からないけれど、女尊男卑の思想を持っている人ならやりかねない。

 でもその時の芥君は『男は女より弱い』という半ば常識化している理由で周りに笑われる中、真正面から相手に噛み付いたそうだ。…………あの子が言うには、カッコよかったらしい……。

 

 試合は明後日の放課後に行われる。

 ほとんどの生徒達はこぞって観戦しに行くだろう。

 芥君と、世界で最初にISを動かした男……織斑一夏が、イギリスの代表候補生相手にどんな戦い方をするかを見るために。

 

「…………」

 

 着替えようとした私の視界に入ったのは、芥君の机。

 確か先生からレポートを提出しろって言われてるんだっけ?

 今にも崩れそうなのに、絶妙なバランスで積み上げられた本。モニターの至る所に貼られた付箋。珈琲とエナジードリンクの空き缶。……かなりの修羅場みたい。

 

 コンコン。

 扉をノックする音と、私の名を呼ぶ聞き馴染みの優しい声が耳朶を打った。返事をして扉を開ける。

 そこには、きつねの着ぐるみのような可愛らしいパジャマを着た人物が立っていた。

 

「かんちゃんおはよ〜」

 

 私の大切な幼馴染である布仏本音が、ひまわりのような人懐っこい笑顔を向けてくる。自然と私の口元も緩み、挨拶を返す。

 

「おはよう、本音。朝早くからどうしたの?」

「かんちゃんと一緒にご飯食べたいなあって思って誘いに来たの〜。ダメ?」

「ううん、駄目じゃない。準備するからちょっと待ってて」

「やった〜☆ ――そういえば、あっくんがいない〜」

「あ、あっくん……?」

 

 もしかして芥君のこと?

 彼女は昔から親しい相手や気に入った相手のことを、渾名で呼んだりする。つまり芥君は、どういう訳か本音に気に入られているということだ。

 

「芥君なら朝ご飯食べに行ったと思う。私が起きた時にはいなかったし」

「そっか〜。じゃあ私たちも行こっか〜」

「い、行くってどこに……?」

「あっくんのとこだよ〜。たぶん購買にいるから、早速れっつご〜」

「! ち、ちょっと! 本音!?」

 

 本音が急かすように腕をぐいぐい引っ張る。

 せ、せめて着替えさせて! それにまだ顔も洗ってないし、寝癖もついてるだろうし……このままの状態で芥君に会うのは、さ、さすがに恥ずかしいっ。

 そんな慌てる私をよそに、本音は背中を力いっぱい押してくる。…………もうっ!!

 

 それからしばらくして私達は購買へ向かった。ちゃんと寝ぐせも直したし、大丈夫。

 芥君の姿はすぐに見つかった。本音の言うとおり彼は購買にいて、両手には購入したものが詰まった袋が握られている。

 ここに向かう道中で聞いた本音の話によると朝はパン派らしく、特に菓子パンを好むそうだ。

 …………それにしても。

 

「目立ってるね~」

「うん。目立ってる」

 

 彼の背は周りに比べて高く(たぶん一八〇センチぐらい?)、服装も上下黒のスウェットで髪も黒灰色だから全身真っ黒。なのでかなり目立つ。というか囲まれてる。

 遠目でその光景を眺めていると、こちらに気づいた芥君が、その場から逃げるかのように駆け寄ってきた。本音がニヤニヤ笑う。

 

「いやあ、あっくんモテモテだね〜」

「茶化さないでよ……。っていうか、布仏さんと更織さんがいたから避難するみたいな感じで来ちゃった。ごめんね?」

「ううん、別に大丈夫……」

「そう言ってくれると助かるよ。ありがとう」

 

 首を振って言うと芥君は安心したように表情を崩した。

 

「……そ、それって全部朝食べるの?」

「ん? ああ、これは朝と昼の分とお菓子かな……って、布仏さん? そんな目で見ても今日はあげないよ?」

「え〜」

「えーじゃない、このパンとお菓子たちは僕のです。これから部屋に篭るつもりだからたくさん買ったんだよ」

「そうなんだ……大変だね。レポート終わりそう?」

「どうにかね。順調にいけば夜までには終わる……かな?」

「そっか、頑張ってね」

「がんばれ〜☆」

「…………ヤバい……泣く」

「えぇ……」

「ありゃりゃ〜……」

 

 眉間を押さえて嗚咽っぽいものを漏らす芥君に、私と本音は苦笑した。

 ……こうやって芥君とちゃんと喋るのは初めてかもしれない。

 初日は名前言っただけだし……、二日目も部屋にたくさん運ばれた段ボールのこと訊いただけで、 それ以外話してない……。もしかしたら無愛想って思われてるかも……。芥君が本音にお菓子をあげている。結局あげるんだ……。

 

「そういえばIS借りられなかったってあっくん言ってたけど〜、あっくんならすぐに借りられたんじゃないの〜? 『代表候補生と戦うから順番を譲ってください』って言えば〜」

「え?」

 

 貰ったお菓子を頬張りながら言った本音の言葉に、芥君がきょとんとし、私は確かにと思った。

 この先、良くも悪くも芥君は『二人目のIS男性操縦者』として注目を浴びていく。そのうち企業とかにも所属するだろう。本音の言う通り芥君が一言言えば、彼との繋がりが欲しい下心のある人はすぐに了承するに違いない。

 

「いやいやいや、それはダメでしょ」

「「えっ?」」

 

 私と本音の声が重なる。

 

「……ぶっちゃけ考えなかったって言えば嘘になる。だけどそれは普通にズルだし、みみっちくて嫌いなやり方だ。ぽっと出の男が何烏滸がましいこと言ってんだ……って」

 

 それじゃあ僕は先に戻るね、と言って、購買をあとにする芥君の忙しない後ろ姿はどこか可笑しくて、私と本音は顔を見合わせてクスリと笑いあった。

 

 その日の夜。

 整備室から寮の自室に帰ると、椅子の上であぐらをかいた芥君がぶつぶつ何かを呟きながら、ディスプレイモニターの映像と本を交互に睨んでいた。その目は朝と打って変わって鋭くなっている。

 夜ご飯もちゃんと食べたのかな……。

 机の空き缶も増えてるし……。

 

「…………」

 

 私は手に抱えていた物を自分の机に置き、ゆっくり近づく。そして、芥君の顔を覗き込み、声をかける。

 

「……あ、芥君?」

「………………」

 

 無反応。もう一度、声をかける。

 

「あ、芥君っ」

「………………」

 

 す、すごい集中力……。

 気圧され思わず躊躇う。だけどもう一度っ。

 今度は声を大きめで名前を呼ぶ。

 

「芥君!」

「ッッ!!?? 痛い!!!」

 

 やっと私の声に反応した芥君が、飛び跳ねるように驚いて椅子から転げ落ちた。むう……、声をかけた私が悪いけど……そんなに驚かなくてもいいのに。

 

「たたた……――あれ、更識さん?」

「ご、ごめんなさい。勉強してたのに邪魔して……頭打ったよね? 大丈夫?」

「平気平気、大丈夫だよ。よっこいしょ」

「本当にごめんなさい。はい……これ」

 

 後頭部を撫でながら椅子に座り直すした芥君に、私は拾った本を渡す。『空間認識による技能講義』。私も昔読んだ本だ。

 

「えっと……レポート出来たの?」

「うん、夕方頃にね。あとはひたすら明後日の試合に備えて、頭ん中にISの知識を叩き込んでから脳内でシュミレートしてるとこ」

「そうなんだ。あ、もし良かったらだけどレポート見てもいい?」

「別に構わないけど……笑わないでね……?」

「わ、笑わないよ。……月曜日勝てそう?」

 

 受け取ったレポートに目を走らせつつ、私は芥君に試合のことを訊いてみた。あ、イラストが書いてある。

 だけど帰ってきた答えは、予想外なものだった。

 

「………………負けるんじゃないかな?」

「えっ」

 

 あっけらかんとした物言いに、私は顔を上げる。

 

「ど、どうして?」

「だって相手は国から認められるほどの実力を持ってるんだよ? 対してこっちはドが頭に十個付くぐらい初心者。どう足掻いても彼女との差は埋められない」

「っ、それならなんで――」

「『なんでそんなに必死になれるのか』って訊きたいんでしょ?」

「っ!」

「当たった?」

 

 へにゃりと相好をくずす彼の笑顔に、私の胸が跳ねた。……こ、こんな顔もできるんだ……。

 

「まあ、言ってることとやってることが矛盾してるって思ってるし、傍から見たら悪足掻きっぽく見えるよ」

 

 でもね、と芥君が続ける。

 

「僕はそれに“価値”が欲しいんだ」

「……価値……?」

「うん。実際戦ってみないと分からないけれど、自分が負けた時に『戦って良かった』って思って満足できる価値。それに何もしないで無様に負けるより、相手が満足できないよう何かをして負けた方が何倍もいいね」

 

 まあ勝つつもりではいるけどね、と意地悪っぽく芥君が笑う。

 芥君と同室になって一週間も経ってないから、彼のことはまだよく分からない。だけどそんな彼が直視できないぐらい眩しく感じた。

 

「…………私に手伝えること……ある?」

「へ?」

「え? あっ」

 

 咄嗟に、手に持っていた芥君のレポートで私は顔を隠した。顔がぼっと熱くなる。

 い、今私なんて言ったの!? 何かとんでもないこと口走った気がする!!

 恐る恐るレポートから顔を覗かせると、芥君はぽかんと口を開けていた。

 

「……えっと、その……い、今のは」

「て、手伝ってくれるのは滅茶苦茶嬉しいけど……良いの? 更識さんだって忙しいそうなのに……」

「う、うん。技術面は難しいけど、知識とかであれば多少は教えれると思う。……迷惑じゃなければだけど――」

「本当に!!」

「ひゃっ」

 

 言い終わる前に芥君が私の手を掴み、両手でぎゅっと包み込むように握ってくる。あ、男子の手だ……。ちょっとごつごつしてる……。

 

「正直限界がきてたし解らない所があったんだ! 本当助かるよ!!」

「わ、わかったから、その、あの……手を……」

「て??」

「そ、それに……ちょっと、近い……」

 

 状況に気づいてか、芥君は私の手を放して距離を取った。その顔は少し紅い。

 

「? あ゙っ!? ご、ごめんなさい!! う、嬉しくてつい。いや、けっして他意とかがあった訳じゃなくてですね……」

「う、ううん、別に怒ってない。ちょっとびっくりしただけだから」

「そ、そっか。じゃあ、えっと……改めてよろしくね更識さん」

「うん。こちらこそよろしく芥君」

 

 芥君にISのことを教える資格なんて、今の私には無いんだと思う。時間も余裕も無いし……それに私はあの人にも追いつかなきゃいけないのに……。

 だけど頑張る彼の姿を見ていたら、応援してあげたい気持ちになってしまった。本当に不思議な人。

 

 …………ほんの少しだけなら、おせっかい焼いてもいい……よね?




【オマケ】
流「そう言えばレポートどうだった?」
簪「良くできてると思う。イラストもあって分かりやすい」
流「そっか、それなら良かった」
簪「でもなんで全部手書き? レポート類はPCで作っていいのに」
流「…………え」
簪「え? あ、固まってる」

次回、クラス代表決定戦
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