インフィニット・ストラトス【Garbage Dance】   作::Crane

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第8話:かっこ悪くない

「………………」

 

 目を閉じ、思考を整理する。

 現状は目に見えて最悪だ。かなり苦戦を強いられている。絶体絶命とはまさにこのこと。

 満身創痍である僕のシールドエネルギーは、残り四割を切っている。対してオルコットさんの方は、僕の攻撃がまぐれで掠っただけでほぼ無傷に近い状態だ。

 さて、どうする。

 今更逃げながら戦い方を模索したところで、彼女の精密射撃からは逃げられないし時間の無駄だ。

 かといって考え無しに突っ込めば、さっきみたいにブルー・ティアーズにあるビットの攻撃で終わる。

 …………改めて考えると本当に厄介だな……あのビット。しかも四機……。

 兎にも角にも、まずはあのライフルの攻撃だ。どうにかして付け入る隙を作らないと。

 そもそも攻撃を食らうのは、僕自身がビビってたせいでハイパーセンサーの感知に反応出来ていないだけ。宝の持ち腐れってやつだ。

 

「…………捌けるか?」

 

 思考の整理終了。目を開き、感覚と神経を研ぎ澄ませ、構える。――――集中しろ。

 オルコットさんが静かに口を開いた。

 

「…………先ほどまでとは随分と様相が違いますわね。まるで人が変わったかのよう……。それに目の色も」

 

 ですが、と《スターライトmkⅢ》の標準が向けられる。エネルギーの装填を確認。来る!

 

閉幕(フィナーレ)でしてよ!!」

「っ!」

 

 放たれた閃光。僕は一歩前に踏み出し、攻撃から目を逸らさずブレードで斬り上げて両断! 火花を散らして斬られた光弾が後方で爆ぜた。

 次いで襲ってきた数発の攻撃も全て斬り伏せる。よしっ、反応出来てる!

 

「くっ、これなら!」

 

 今度はブルー・ティアーズのビットが二機、直線軌道で接近して先端からレーザーを放ってくる。

 この攻撃もブレードで応戦し、耐え忍んだ。

 レーザーを回避した先でオルコットさんを見やる。……武器を構えてるだけで攻撃してこない……?

 疑問に思いつつ《焔備》をオルコットさんの周囲を疎らに連射。十数発が運良く彼女のアーマーに着弾する。反応が遅れた? ……それにしても、

 

「手数が足りないなっ」

 

 最初に比べれば幾分か対応出来ているとは思う。だけど僕は、オルコットさんに決定打となり得る攻撃を与えられていないのだ。

 それに上空から容赦なく降り注ぐ光の弾幕は、防ぎきれないものもあって被弾し、シールドエネルギーを少しづつ削っていく。

 生憎こっちには、己の射撃術で光弾を撃ち落すとかいう高度なテクニックなんて持ち合わせていないし、センスの欠けらも無い。実践する余裕も皆無。

 だからといって攻めないまま延々と繰り返すのはジリ貧すぎる。いずれシールドエネルギーも、僕の体力も零になってゲームオーバーだ。

 考えろ。思考を止めるな。攻撃を捌け。

 

「ッッ! ティアーズ!!」

 

 主の命令に従って残りのビットが起動。計四機のビットがレーザー光を放ち、収束、一本の光柱となって僕に襲いかかる。

 

 ――――あ、これ無理なやつだ。

 

 本能的に直感するも、前に出過ぎているせいで回避不可。ブレード一本でこの威力は捌けない。

 刹那。視界の端にそれを捉えた。

 気づいた時には、左手に持っていたはずのアサルトライフルが真横にほおり投げられていて、始めからずっと腰に提げていたものを掴む。

 そして、近接ブレード《葵》と一緒に、迫り来る光柱へ力任せに振り下ろした!!

 

 激しい衝撃と轟音。

 

 骨に伝わる鈍い激痛。

 

 土煙が晴れ、アリーナ全体が騒然とする。

 

『う、嘘でしょ!?』『あ、あれってアリなのっ?』『ブレードと()()()()で防ぐなんて、普通考える……?』『なんか防いだ本人も驚いてるんだけど!?』

 

 そう。僕は、《葵》とそれが納められていた鞘で、光柱を防いだのだ。一か八かだったけれど、成功して良かった。ああ、でも腕が痺れてる。骨にヒビ入ってない……よね?

 

「……無茶しますわね……」

「…………あー、うん、自分でも思ってるよ。――でも良かった、これでまだ戦えそうだ」

「ッ。――それなら、これはどうです!!」

「っ!!」

 

 飛翔した僕を囲む三機のビット。一機はオルコットさんの頭上付近に戻っている。

 ブレードと鞘の二刀で斬り払いながら視線を空へ。

 やっぱり武器を構えてるだけで何もしてこない。ビットとライフルを併用して攻めれば優勢………………なるほど。

 

「そういうことかっ」

 

 頭の片隅にあった違和感が確信へと変わった。

 あのビット兵器が執拗に僕を狙ってくる間、彼女自身それ以外の攻撃が出来ない。命令を送るのと制御に意識を集中させないといけないからだろう。そしてあれは、僕の反応が一番遠くなる角度から狙ってくるのだ。つまり予測と軌道さえ先に読めれば――

 

「ぶっ壊せる!!」

 

 地上を滑走していた僕は急旋回し、一番離れた位置にあるビットへ突貫。青い稲妻が走って爆散した。

 

「! なんですって!?」

「次ィ!!」

 

 驚くオルコットさんを無視して残り二機のビットへ接近。レーザーを放とうとしたところを上からブレードと鞘を振り下ろし、地面に叩きつけるようにして破壊。

 その衝撃を利用して、わざと爆煙を巻き起こす。

 

「くっ!! こんな目眩しっ!!」

 

 ビットへの命令を止め、オルコットさんは爆煙の中に隠れている僕へ《スターライトmkⅢ》の照準を合わせようとするが、そんなのはもう――

 

「遅いッッ!!!!」

「!?」

 

 爆煙を飛び出し、彼女の視野の範囲外から、利き手に持ち変えた鞘を勢いに任せてぶん投げる!!

 

「キャアッ!?」

 

 投擲された鞘は射抜くようにして、反応の遅れたブルー・ティアーズの肩に命中。オルコットさんが空中で体勢を崩した。

 

 ついに出来た、数秒だけしかない千載一遇の好奇。

 

「……ッ」

 

 頭が痛くても思考を止めるな。

 骨が軋んでも脚を止めるな。

 敵から目を逸らすな。

 筋繊維がブチ切れても武器を離すな。

 

 これが最初で最後のチャンスなんだから。

 

 負けたくない……!

 

 勝ちたい……!!

 

 だから…………僕に力を貸してくれ、打鉄!!!

 

 ――――ガヂンッ…………

 

  頭の中で、重厚な歯車が噛み合うような音が響いた気がした。

 

「――イ゙ッッ!!!???」

 

 その瞬間、背後にあるスラスターから圧縮されたエネルギーが放出され、僕の体を押し出すように、空中のオルコットさんへと一直線に急加速させた。

 理屈が分からないままオルコットさんへ肉迫攻撃。

 体勢を立て直したオルコットさんがライフルで僕の袈裟斬りをガード。互いに火花を散らす。

 

「な、何故あなたが『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を!!?? 〜〜〜〜ッッ、ブルー・ティアーズ!!!!」

「ッ!!!」

 

 ほぼ零距離からビット攻撃が着弾。

 激しい衝撃に、僕らの間で爆煙が巻き起こる。

 

「――ぅあ゙ッッ!!!!」

 

 立ち込める煙を掻き分け、死に物狂いで彼女の腕を掴み、自分の方へと強引に引き寄せる。

 この攻撃で僕が怯むと思っていたのだろう、オルコットさんが明らかな動揺を見せた。

 

「なッ!!??」

「諦めてたまるかよッ!!!」

 

 絶対に離すな。

 絶対に逃がすな。

 絶対に――

 

「勝つんだ!!!!」

 

 叫び。全身全霊の力を込めたボロボロの刃を振り下ろし――――視界全体が光に包まれた。次いで背中に鈍痛が走る。

 

「………………げほッ……ごほッ…………っ、は……??」

 

 なんでオルコットさんがあんなに離れているんだ??

 さっきまで掴んでたじゃないか。

 目と鼻の先だっただろ。

 やっと届くはずだったのに。

 なんで僕は壁に埋もれてる???

 

「……あなたには驚かされますわ。まさかブルー・ティアーズの攻撃を真正面から受けた挙句わたくしの腕を掴んでくるなんて……。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()ありましてよ」

 

 オルコットさんの腰部から広がるスカート状のアーマー。二本の砲門が硝煙を吐いていた。レーザー射撃じゃない。弾道型(ミサイル)だ。

 

「……そ、んなの、ありかよ……っ」

 

 自分でも分かるぐらい顔が歪む。

 シールドエネルギーは……あと僅かか。

 あの時の超加速は……無理だ。使えた原理も理屈も解らないんだから。

《葵》も酷使し過ぎたせいでボロボロだ。次の攻撃は耐えきれない……。

 

「……まだ、戦いますの? これ以上はあなたの身が持ちませんし、勝ち目なんて」

「…………知ってる。勝ち目がないことも、滑稽なことも、往生際が悪いことも全部知ってる!! だけどこれは僕のエゴで、取るに足らないプライドだ! ――……だからどうか……お願いします。僕と最後まで戦ってください」

 

 静寂が流れる。

 オルコットさんが呆れたような息を漏らし、苦笑した。

 

「……あの方といい、あなたといい……。今日だけでわたくしの価値観がひっくり返りましたわ。――分かりました、戦いましょう。最後まで!!!」

 

 オルコットさんの《スターライトmkⅢ》が僕に向けられる。

 ……本当にありがとう。僕の我儘に付き合ってくれて。

 痛い体を引き摺って、ボロボロの《葵》を構える。

 

()るぞっ、打鉄!!!!」

「踊りますわよっ、ブルー・ティアーズ!!!!」

 

 互いに咆哮。

 最後の戦闘体勢に入り、地面を蹴って空へと飛翔する瞬間。

 

「――――――――あェ????」

 

 景色が気持ち悪いぐらいに歪んだ。

 全身が脱力し、握りしめていたブレードが手から離れ、無機質な音を立てる。

 

「……ッ……なんで、こんな時にっ……!」

 

 ISに初めて触れた日に襲われた感覚を思い出す。だがこれは、あの時の比じゃない。

 ――キャパオーバー。

 その単語が頭に過ぎった。

 

「…………ざっけんなよ……ッ」

 

 下唇を噛み、腕と手を着いて体を無理矢理起こそうとするも、ギチギチと肉と骨が軋しんで悲鳴をあげ、体中に激痛を走らせる。

 

「あっ、芥さん!! 大丈夫ですの!!??」

 

 オルコットさんが駆け寄ってくれた。

 大丈夫だよと伝えたいけれど、今の僕には反応する余裕なんて微塵も無く、ただただ呻くことしか出来なかった。

 

「――ォエ゙……」

 

 腹の底から込み上げてきた不快感を吐き出す。そして吐瀉物に点々と数滴の赤が落ちる。血だ。

 目の焦点がブレ、意識が朦朧とし始める。

 打鉄からのアラートが鼓膜を劈く。

 ……嫌だ……。

 ……こんな終わり方なんてしたくない……。

 そんな思いも虚しく、光の粒子となった打鉄から解放され、血が混ざった吐瀉物の沼に顔をうづめる。

 先生達を呼ぶオルコットさんの声と、鳴り響く試合終了のブザーを最後に、僕は意識を手放した。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 目を覚ましたのは、少し硬いベッドの上だった。

 それだけでここが寮の部屋じゃないってことが分かってしまう。

 天井に見覚えはないけれど、微かに薬品独特の匂いがした。おそらく保健室なのだろう。カーテンの隙間からは月光が覗かせている。

 

 …………負けた。

 

 記憶は曖昧だけれど、恐らく僕の戦闘不能が結果なのだろう。

 今、夜の何時だ? 頭がボーっとする。節々が痛いし、胃もなんだか気持ち悪い。吐きそうだ。

 

「――あ、起きた?」

「………………更識……さん……?」

 

 声がした方を横目で見る。

 そこには更識さんがパイプ椅子に座っていた。

 

「…………っ」

「あ、無理して起きなくていい。今起こすから」

 

 更識さんが僕を両手で制止し、ベッドの横にぶら下がっているリモコンを操作。すると機械音と共にベッドの角度が変わる。おお……リクライニング式だこのベッド。

 

「さっき織斑先生に会った。『明日も体調が優れなかったら休んでいい』って。本音は今お水買いに行ってる。ここに居る許可はちゃんと貰ったから大丈夫」

「…………そう……なんだ。ていうか試合見てたんだね。来られないって言ってたのに」

「う、うん、やっぱり気になって。試合すごかった。私、芥君のこと頭脳派って勝手に思ってたけど、結構無茶苦茶な戦い方するんだね。びっくりした」

「そ、そうかな……?」

「そうだよ。打鉄の鞘をあんな風に使うなんて、そうそう誰も思いつかない。凄かった」

「あれは、我武者羅というか……無我夢中っていうか……反射的な……………………ごめん」

「え?」

 

 更識さんが目を瞬かせる。

 

「……なんで謝るの?」

「えっ、あ、違っ」

 

 慌てて否定して口を塞ぐ。

 本当は真っ先に言わなきゃいけない言葉がある。

 だけどそれが喉の奥に引っかかっていて、上手く言えなかった。その代わり口を塞いでないと――――

 

「いや…………違わないか」

 

 塞いだ手を放し、言葉を吐き始める。

 

「……せっかく更識さんがISのことを教えてくれたのに、僕は全然活かしきれてなかった。勝ちとか負けとか、偉そうに説いてたのにだよ? 更識さんの優しさを無かったことにしたんだ……。だから……ごめん……」

「そ、そんなこと」

「そんなことあるよ」

「っ……」

 

 遮り、吐き続ける。

 

「……心のどこかで僕は自惚れていたんだと思う」

「…………」

「男なのにISを動かした時、自分は特別な力を持ってるんだって、特別な人間に成れたんだって錯覚した。この一週間、織斑先生からのレポートを作りながら勉強してる時も、自分がこの学園で今一番努力してるんだと勘違いした。そして今日、オルコットさんと戦ってる時、漫画の主人公みたいな逆転劇とか覚醒劇があるんじゃないかって期待して………………酷い負け方をした」

 

 ISに乗れるからなんだ。この学園にいる人達はみんな当たり前のように乗れる。

 勉強しただけで努力した気になるな。誰だって血が滲むような努力をしている。

 都合のいい奇跡やドラマを期待するな。その結果がこれだろう。お前は今日、目の前に聳えた現実に傷一つつけられなかったのだから。

 

「いやー、それしてもやっぱオルコットさん強かったなー。さすが代表候補生! エリート! 全く歯がたたなかったや!!」

 

 …………やめろ。

 

「最後は結構いい線いけたと思ったんだけねー」

 

 …………口を閉じろ。

 

「こっちの攻撃が当たったのは殆どまぐれ! 狙ってたのは全部からぶっちゃたよ!!」

 

 …………頼むから、黙れよっ。惨めになるだけだ!

 

「あ、更識さんもそろそろ寮に戻りなよ! 僕はこの硬〜〜いベッドで休むからさ☆」

「………………」

 

 一人なりたくてヘラヘラと笑顔で取り繕うも、更識さんは目を伏せて沈黙。

 …………そろそろ限界なんだよ更識さん。

 君もアリーナの観客席から見てただろう?

 逃げて、醜態晒して、ゲロ吐いて倒れた僕の姿を。

 君に見せたくないから、今も溢れ出そうなものを必死に堪えてるんだ。

 ああ…………本当に惨めで無様で――――

 

「…………………………かっこ悪――」

「かっこ悪くない!!!!」

「っ!?」

 

 僕の弱音が、パイプ椅子を激しく倒して立ち上がった更識さんの声に打ち消された。彼女は頬を紅潮させ、握りしめた両手を震わせている。

 

「え、さ、更識……さんっ?」

「全然かっこ悪くなんかないよっ!! 打鉄のブレードと鞘で攻撃を防いでた時もっ、『瞬時加速』でセシリア・オルコットに突撃した時もっ、至近距離で砲撃を受けてボロボロなったのに最後まで諦めないで戦おうとした時も……全部全部かっこ良かった!!!!」

「…………っ」

 

 堪えていたものが決壊し、両目から涙の粒が溢れ出す。必死に止めようと何度も拭ったけれど、僕の涙は止まってくれなかった。

 

「……確かに、芥君は負けたし、自惚れていたかもしれない。だけど私には、あの場所で戦っていたセシリア・オルコットや織斑一夏よりも、目の前で泣いてる芥流善っていう男の子のほうが一番かっこ良かった」

 

 それに、と続ける。

 

「そうやって変に私を気遣ってうじうじしてる芥君は似合わない。その方が何倍もかっこ悪いよ」

 

 だから泣かないで、と更識さんは僕にはにかんだ。

 

「………………かっこ良かった……か」

 

 呟いた僕は、涙と鼻水でグチャグチャになった顔を雑に拭い、鼓膜が破けるんじゃないかってぐらいの強さで自分の両頬を引っ叩いた。甲高い音が夜の保健室に木霊し、頬はじんじんと痛んだ。

 うん。もう、大丈夫。今度はちゃんと言葉に出来そうだ。

 

「あ、芥君……?」

「ん? ああ、気にしないで、腑抜け野郎に活を入れただけだから。…………更識さん」

「……簪でいい。私も……その、芥君のこと、り、流善ってこれから呼ぶからっ」

「え、いいの?」

「正直、苗字で呼ばれるの苦手だったから……」

「……そっか。……………………ありがとう、簪さん」

「うん、どういたしまして。お疲れ様、流善」

 

 こうして、クラス代表を決める戦いは僕の惨敗で幕を閉じた。けれどほんの少しだけ、悪くない、とそう思えた価値のある結末だった。

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