プロローグ『嵐の前の狂騒』
それを目にした瞬間、俺という存在全てを悪寒が駆け抜けた。
誰もが理解するだろう。窓枠に腰掛けて嗤う、少女のカタチをしたそれは、断じて人間ではない。
透き通るような、ではなく。月光を受けて鈍く輝く紫がかった銀髪。途方も無い悪意を湛えた血錆色の赤瞳。およそ一切の生気を纏わぬ白磁の柔肌。十代の始めをようやく過ぎたばかりだろう華奢な肢体を包む、歯車とゼンマイをあしらった黒紫のドレス。
その全てが美しく、そしておぞましい。
――これはヤバイ。
こいつは美しい。おぞましいがゆえに美しい。
それはどこまでも純粋な悪意と狂気からなる美しさ。
それが、毒婦の艶やかさとなって、幼さすらあるそいつの美に邪悪の華を咲かせている。
かくも狂的な造形美からなる少女の纏う邪悪は、それが人の理の外で生まれた存在であることを見る者に示していた。
――これは
「ふぅん…」
紫銀色の少女は、理解不能の存在に呆然としている俺を興味深げに眺めた後、口を艶然と歪め、ぞっとするほど赤い舌で上唇をぺろりと舐めた。妖艶なそのしぐさは幼い美貌に反してとてつもなくなまめかしく、そしておぞましい。それはいたぶる獲物を見つけた悪猫の笑み。
「み・つ・け・た。うん。あなたにけって~い❤」
――こいつは、極めつけの悪だ。
だが、何故だろう。とてつもない悪寒と戦慄。そして迫る死の気配を感じているのに。
――俺は、コイツから眼を逸らすができなかった。まるで魅入られたかのように。その全てから、眼を離せなかったんだ。
この瞬間、俺の退屈ながら平穏な
この、極悪の少女によって。
「せいぜい楽しませてよねぇ。あなたはわたしの最期を飾る最高のオモチャなんだから♪」
◇ ◇ ◇
――
彼女は全ての物理法則を超えて跳躍した。
夜闇を斬り裂き、夜気を貫き、それは星空へと舞い上がる。
月光を浴びてきらめく髪が紫銀の軌跡を描き、華奢な手足が生みだす人外の脚力で五メートルはあろうかという民家を飛び越え、その瓦屋根に着地した。
そしてすぐさま疾走。そこにどれほどの力が込められているのか、その踏み込みだけで瓦は砕け、破片を撒き散らしながら疾走する少女は再び跳躍し次なる屋根に飛び移る。
魔導仕掛けの少女は疾走する。
連なる屋根を飛び移り、ビルの壁面を足蹴にして、夜に沈む都市を駆け抜ける。
思うままに悪意を振るい。望むままに悪徳をなすべく。
「―――ッ!来たわねぇ……ッ」
少女は追われていた。
「本当にしつこいんだから!」
少女は感じていた。
自らの敵が迫っていることを。邪を討つ正義の存在を。
「目障りなのよ!」
迸る憎悪と殺意のままに叫ぶ少女が掲げた掌に、この世ならざる紫の光が現れた。自らに宿る魔力機関より引き出した魔力によって生んだそれは、細く長く変形し、一つの凶器を形作る。それは紫がかった銀色に輝く、少女の身の丈はあろうかという禍々しき
常人ならば一撃で貫き絶命させるそれを、少女は背後に向けて撃ち放つ。音速にすら迫る速度で追跡者を貫かんと飛翔するそれは、だがただの一太刀によって斬り捨てられた。
「――ッ!?」
それを為したのは一人の少女。純白の鎧を纏う可憐なる金髪の乙女。だがそれが振るうは魔道の粋をもって創られし黄金の大剣。
神聖さすら感じるほどの美しき刃が、螺子を斬り払った勢いのままに再び振るわれた。
豪ッ!
無論、互いの距離はいまだ20メートルはあり、その刃が届くことはない。だが、世界ごと断ち切るがごとき斬撃から生じた衝撃波が、黄金の魔力を纏って少女のもとへと放たれた。
「舐めないでよね!」
新たに放つ螺子にてこれを相殺。しかしその刹那の後に、黄金の刃から更なる数の衝撃波が放たれた。
「ちいイィィィィィィィッ!!!」
迫る数百の害意を、数千の殺意で相殺し。
百歩の接近には千歩の疾走にて距離をとる。
こと逃走において、少女は全てにおいて宿敵たる黄金を上回っていた。
だが、離せない。たとえどれほど距離を稼ごうと、宿敵を決定的に引き離すことができない。
いや、むしろその距離が徐々に、だが確実に詰められている。
なぜか?
その答えを、すでに少女は知っていた。
「いいかげん諦めなさいよ!」
否。
たとえ幾千幾万幾億里を逃げ越えたとて、けして黄金は諦めまい。迷い無く突き進む。それが使命。それが大義。それこそがあのつまらぬ正義の存在理由。
あらゆる邪悪が逃げおおせることの叶わぬ、光り輝く絶対正義。
故に、結末はもとより約束されていた。
かくて、永劫無限と思われたこの逃走に、抗えぬ終幕の時が訪れる。
「―――ハァッ、ハッ、ハハハ……」
身体のどこかで、何かが砕ける音がした。
身体のどこかで、何かが千切れる音がした。
動くたびに、火花が散って身体のどこかが壊れてゆく。
遂に、滅びの時がやって来たか。
鳴り響く終幕のベルが聞こえる。
もはや魔力もほぼ底を尽き。内部機関はとうに稼働限界を超えている。存在全てが疲労の極み。まもなく逃走の力すらも消え失せよう。
黄金の近づく気配がする。駆け寄る死の足音が聞こえる。まもなく互いの距離が縮まり消えるは最早必然。
ならば。
少女は悟っていた。このくだらぬ逃走劇の終幕を。正義の味方に斃される悪者として終わる最期を。なんと陳腐な。なんと下らぬ絶対不可避の
そして、ついに二人の距離が、銀の少女の首が、大剣の間合いに入った。
瞬間、白刃が翻り、世界すらも断ち切るがごとき黄金の斬撃が放たれ――。
だが、それでも。
「ただやられるのも、つまらないわよねぇ」
――瞬間、その両手に膨大な魔力が収束した。
爆発的な勢いで膨れ上がり、暗く深き紫光を放つ、巨大な大螺子となったそれを、振り返りありったけの勢いを込めて撃ち放つ。
それは残る力のほぼ全てをもって作り上げた全力の一撃。一瞬後に来るであろう絶対死を打破せんとする意志の一撃。
輝く紫光の大螺子と。
煌く黄金の大剣。
二人の全力が激突し。
――螺子が、粉々に打ち砕かれた。
二人の間に舞い散る紫の破片。降り注ぐ月光の中で繰り広げられた人外の血戦は、ここに決着を見た。
螺子は、確かに刃に当たり、その一撃を弾いた。だが、それだけだ。その衝撃で螺子は四散し、弾かれた大剣も刹那の後には翻り今度こそ敵の首を討つだろう。
結局、これでは単に死までの時間が一瞬伸びたにすぎない。
黄金の少女は自らの勝利を確信し。
「ねぇ…」
耳元でささやかれた言葉に、耳を疑った。
「一瞬しか稼げなかったとか思ってるぅ?」
白銀の少女もまた、自らの勝利を確信する。。
そして、最高に華やかで、最凶に禍々しい極悪な笑顔で
「
この一瞬で組み上げた魔術を発動させた。
「
高らかな声と共に、その小さな足が銀色に輝く。そして踵を三回打ち合わせた時、紫銀の少女の背後に輝く銀の魔法陣が出現した。
それは次元に穴を穿ち、術者を任意の空間に転送させる高等魔術。なるほど確かにこれを使えばこの場から逃げおおせることができるだろう。だが。
「そんなっ、ありえません!?」
黄金の少女は驚愕と共に叫ぶ。
そうだありえない。転送陣は確かに移動手段としてはこれ以上ない高等魔術だ。だがその分、移動する座標の設定、転送する術者自身の重量など、様々な計算と調整を必要とする非常にデリケートな術式だ。故にその完成には長時間を有するモノを一瞬でなど――ッ!?
「まさか……」
思い至ったその答えに、少女はその美貌を恐怖と戦慄に染めた。
「転送先を設定せずに展開したのですか!?」
「はい正解よくできました~。開くだけなら一瞬なの♪」
「そんな、どこに出るかも分からないのにッ」
光も届かぬ海底か灼熱のマグマの只中か、はたまた極寒の凍土かあるいは真空の宇宙か。いずれにせよ転送先が生存できる場所であるかは誰にもわからない。むしろ転送された一瞬後に死ぬ可能性は十分にあるのだ。それを承知でやるなど到底正気ではない。
「でも、だからこそあなたも追いかけられないでしょう?」
「…………ッ!?」
「どの道、わたしはもう長く保たないだろうから今さら命を賭ける大博打に躊躇いはないわ。そ・れ・に、もし勝てたら~見返りは大きいものね♪」
そう唇を釣り上げ笑うその貌に、黄金の少女の総身を凄まじい悪寒が走った。
「最期の時まで思うがまま、何の邪魔もなく誰かを好きなだけ殺して嬲って弄べるなんて、それはそれは素敵な最期だと思わない?」
…く、ふふふふふふふっ……。
「――ッ!させません!」
全身を苛む眼前の狂気への悪寒を振り払い、黄金の少女は再び大剣を振るう。が、戦慄に鈍り精彩をかいたそれは、紫銀の邪悪の胸を僅かに抉るも、その命には届かない。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁはははははははははははははははははははははははははは!!!!!」
限り無く純粋で、果てし無く禍々しい狂笑を撒き散らしながら。
華々しく、醜悪に、極悪たる己の
それは渦巻く魔法陣へと飛び込んだ。
願わくば、この先で出会うのが、清く美しく、穢しがいのある者であるように。
聖女のように純粋な、悪魔のごとき祈りとともに。
――かくて、糸の切れた人形達が織り成す狂乱の人形劇は幕を開けた。
戦闘描写は基本大仰かつよくわからんが何か凄そうな表現でひたすらごまかします。だってバトル方面の才能ないもの。
プロローグはこんなですが自分としては全体のノリはライトな方向でいきたいと思ってます。だってダーク展開とか心折れるもの。目指すは明るく楽しいハーレムものです。
次回はとりあえず平凡系主人公君の日常パートなのでバトルはありません。あと基本人生無計画な作者が書いてますので不定期更新となります。
ここまで我が駄文にお付き合いいただきありがとうございました。