黄金の絶望と蒼水の友情と黄色の智謀が彩る前座を経て
さあ、第一幕の最終章を始めよう。
「――ねえ。ねえマスター!」
幾度目かの声をかけてようやく、
「あらカラクレア。もしかして呼んだかしら?」
「呼んだわよ何回も……」
その数、計十数回は呼びかけた事など露知らず、悪びれもせずに聞く我らが主。いくら読書が趣味とはいえ、その度に周りが見えなくなるのは如何なものか。そしてそれを全く気にせず優雅に微笑むあたり、魔術師という人種はやはり変人揃いらしい。相も変らずの超然たるマイペースぶりに溜息をつきつつ、わたしは窓の外を指さした。
「馬鹿猿と馬鹿狼がじゃれ合っててうるさいから、ちょっと止めてきてよ」
「あらあら……あの子達ったら相変わらず喧嘩するほど仲がいいのね」
「あれを喧嘩というなら軍隊の銃撃戦はおままごとね……」
綺麗な瞳を細めてのんきに微笑むマスターの言葉にうんざりと返し、窓の外を見る。
「ゥキイイイイイイイイッ!!」
「ガルァッハアアアアアッ!!」
獣の如き雄叫びと共に轟音そして振動。馬鹿モンキーと馬鹿ヤンキーの馬鹿な喧嘩は今日も馬鹿馬鹿しい大破壊を撒き散らしていた。純粋な身体能力だけなら最強格の二体が激突するその度に岩は砕け木々は薙ぎ倒され大地は抉られる。そして工房の外に広がる自然あふるる景色はガンガン壊され、自然保護活動家が見れば血を吐いて卒倒するだろう地獄絵図に変わっていった。
「まったく、揺れるわうるさいわで昼寝も出来ないわ……。ここは主のあなたが止めてきなさいよ」
「あなたは止めないの?」
「いやよめんどくさい。だいたい『悪』のわたしは喧嘩の仲裁なんて『善い事』しても楽しめないもの。……そう造ったのはあなたでしょう、マスター・ゼペット?」
「ふふっ。これは一本取られたわね」
クスリと笑うと、マスターはその細い手をわたしの頭に向かって伸ばし、
「……ねえ、何しているの?」
「私から一本取るほど成長した娘を良い子良い子しているの♪」
よしよしと頭を撫でられた。
優しげに、愛おしげにわたしを撫でる、白く美しいマスターの指。奇跡の如き魔の傀儡を造りだすマエストロの指先が紫銀の髪を優しく梳くたびに、なにやら鬱陶しくもむず痒いような何とも言い難い感覚が湧き上がる。
「それでいいのよカラクレア。あなたはこれからも多くを見て、感じて、学んで、そして成長しなさい。それが私の――『傀儡王』ゼペットの願いよ」
わたしを慈しむように見つめて、そう語るマスター。
その愛おしげな瞳と言葉に、わたしの頬と頭が何故だか熱くなって――
「――ッ。い、いいからさっさと止めてきてよマスター!」
思わずその手を振り払って叫んでいた。
「まあ、私の娘は意外と照れ屋さんね」
あらあらと微笑んでたわけた事を言うマスターをキッと睨みつけると、主は肩をすくめて
「そんな可愛い娘に頼まれたからには、母親として頑張らなきゃね」
と笑って、ソファーから立ちあがる――瞬間、その身から膨大な魔力が爆発した。
ガタガタと窓や壁が震え、マスターの周囲の景色が歪みだす。何の錬成もしていない只の魔力が、窓のガラスを震わせ、大気を揺るがし、空間すらも歪ませたのだ。攻撃ではない、殺気を放ったのでもない、その優雅ながらも気楽な微笑が伝える。『ただやる気になった』それだけで、世界が震えたのだと。
「――ッッッ!」
その超越的な力を肌で感じ、わたしは言葉すら無く戦慄する。
一体その華奢な少女の身体に、どれほどの力が秘められているのだというのか。
感覚が思考がそして全てが、この身を構成する何もかもが自ずと理解する。
これが主。これが創造主。これが我ら至高の魔導人形を総べし傀儡の王、マスター・ゼペットであると。
一歩。主が足を踏み出す。
それは只一人の進軍だ。
進み、踏破し、立ちはだかる何者をも踏み潰す王の歩みだ。
――止められる者などない。止める術などありはしない。
「――じゃあ、征ってくるわ」
――ただ皆伏して乞い祈れ。王威がその身に降りかからぬ事を。
そして、我らが恐るべき傀儡の王は扉を開け、外界へと進軍した。
「…………」
扉がゆっくりと閉まっていく。わたしはただ、それを呆然と眺めている事しか出来なかった。
あてられていた。愕然としていた。これで外の喧騒は治まるだろう。おそらくはただの一瞬で。ああそうだあんなモノを前にして、一瞬以上保つモノがあるはずなど無い。そう思わずにはいられぬほどの隔絶。異端。異形。王。
そして、扉が、完全に、閉ざされ――る寸前にまた開き、くるりと方向転換したマスターが戻ってきた。そしてソファーにどっかり腰をおろして本を開きつつ優雅に読書再会……っておい。
「……なに、してるの?」
呆然と聞くと、マスターはニッコリ笑って。
「本の続きがどうしても気になるから全部読んじゃってからにするわね❤」
テヘペロ☆。
「いや『テヘペロ☆』じゃないでしょ!」
「って言われても今ちょうどクライマックスなのよ~」
「いやいや外の喧嘩も今まさにクライマックス環境破壊中だし」
「岩なんてほっといても風化するものだし木はそのうち生えてくるわよ。というか地球環境なんて室内で読書する私にはどうでもいいの」
「あなた下手したらわたしよりも悪どいわねッ」
「そこに痺れる憧れる?」
「震えてドン引くわよ!……はぁ、まったく一体そこまで何を読んでいるの?」
呆れて頭を抱えつつ聞くと、我らが読書狂はよくぞ聞いてくれたとばかりの笑顔で、その表紙を見せた。
「『オズの魔法使い』?」
「ええ。あなたの
マリアネット。
至高の魔導人形たるわたしたちは、それぞれが明確な原典をもとに造られている。そのモデルとは、御伽噺や伝承、伝説、神話などの『物語』。
といっても、わたし自身はその事に別段の興味は無く、原典の物語だと言われても『ああそうなの』としか思えなかったので、とりあえず「ふぅん」とだけ呟いてあげた。
が、そんな投げやりなリアクションがマスターはお気に召さなかったらしく、その形のいい眉を顰めて溜息をついた。
「随分とつれないのね……。自分の原典だっていうのに興味は無いのかしら?」
「ぜんぜん全く欠片も無いわ。原典が何だろうとわたしはわたし。絶対悪であることに変わりは無いもの」
「でも気にならないの?自分のモデルがなんであるか」
「むしろ読んだことすら無いわよ」
バッサリ切り捨てるように言うと、マスターは嘆かわしげに頭を抱え盛大に天を仰いだ。
「ああなるほど。これがきっと娘の反抗期に悩む親の気持ちというやつなのね……」
「オーバーねえ」
肩をすくめて呆れるわたしに、マスターは手に持った本のページをめくり、一つの挿絵を見せた。
「『オズの魔法使い』これは欠落した全てを求める四人の物語」
朗々と、詠いながら、白きマエストロの指が挿絵に描かれた四人の人物を指さす。
「一人はカカシ。欠落した
そして最後に、並ぶ四人の中心で笑う、小さな少女を指し示した。
「最後は、小さなただの女の子。居場所を失い、拠り所を失くして惑う小さな――でもけして諦めずに運命に挑む少女『ドロシー』」
王の瞳が、底知れぬ神秘の光がわたしを見つめる。
「ねえカラクレア。あなたは、誰が自分のモデルだと思う?」
楽しげに、微笑みを浮かべて、妖しくも美しい声が、問いかけた。
これは命令だ。一切の偽りも、拒否も許さずただ回答のみを許す王の勅命だ。
傀儡の王が問う。自らの人形に、その存在のそのものを問いかけるかのように。
「――あなたは、誰になりたいのかしら?」
わたしは――――。
◇◇◇
黄金の少女を拒絶した騎士は、その瞳を哀しげに揺らした。
その掌には、彼女の胸を打った時の感触が今でも残っている。
硬く冷たい装甲の、その向こうで小さく震えるその感触。説得できなかった時はこうすると決めていたはずだったのに、それでも胸の痛みを感じてしまう。
だが、今は感傷に浸っている時ではない。事前の打ち合わせ通り、ジャンヌの相手は凛花がするだろう。
自分のために戦ってくれる彼女の戦いを無駄にしないためにも、自分も己が戦いに挑もう。
だが、その前に……。
「死ぬなよ。二人とも……」
小さな祈りを呟き、騎士はその瞳に力を込めて、己が戦うべき者と向き直った。
――赤き瞳を見開き、紫銀の髪を靡かせ歓喜に笑う極悪へと。
「ない、とぉ……嗚呼ナイト……ッ!」
少女は笑う。
想い焦がれた彼の登場に。願い望んだこの時に。
歓喜を以って、少女は少年を見つめた。
「来て、くれたのね……」
「ああ……」
「わたしと、殺し愛うためにッ!」
「――いいや」
歓迎するように両手を広げる少女の虚ろな瞳を、騎士は燃える瞳で見つめ、言った。
「お前を、救いにだ」
「……へぇ?」
「俺の――いや、こいつの力なら、お前を生かす事が出来る」
肩に乗ったチェック柄の黄猫の虚像に眼をやると、チェシャロックは何の気負いも無く頷いた。当然だろうと言うその余裕が、それが事実であるという何よりの証明だろう。
「だから、もう戦うのは止めてくれ。それ以上やったら、お前は本当に――」
「そ れ が ど う し た ?」
そんな彼の願いが、極悪の想いに潰される。
「ナイト……嗚呼ナイトあなたはやっぱり何も分かって無いのね」
赤き瞳を哀しげに揺らし、だがその声音は熱く、煮え滾っていく。
「生きるとか……死ぬとか……」
切なる願いが、咆哮した。
「どうでもいいのよンなもんはあ!!」
騎士の瞳へ向けて、哭き叫ぶ瞳が想いを告げる。
「生きる?死ぬ?どうでもいいわ吐き気がするほど下らない。わたしが欲しいのは、願うのは、求めるのは、ただ一つの確かな――」
その唇が、激情を紡ぎ。その腕が、
「――『
願いと共に、斬りかかった。
狂い叫ぶ戦斧が迫る。月光を浴びて煌く紫銀の刃を前に、チェシャロックが暢気に呟いた。
『おやおや。やっぱり思った通りになったねぇ』
「分かってたのか?」
『もちろん。自己を見失い狂乱する彼女の事だ。説得に応じないのは推理するまでも無く予想できるヨ』
欠伸交じりに話すその様子は緊張感の欠片も無い。まるで張り合いの無い謎解きに挑む探偵のごとく退屈気に言った。
『故につまらない。未知ならぬ既知の攻撃などさっさと流しておくれよ騎士クン。
その問いに無言で頷き、騎士は肩口から両断せんと迫る刃に右手を伸ばして軽く触れ――ひょいっと避けた。
「……へ?」
一瞬後、轟音と共に空を斬った戦斧が地面に突き刺さる。
凄まじい衝撃と振動が地を揺らすが、そこに血飛沫も断末魔の声も無い。あるのは、空気を斬った虚しい手ごたえと――傷一つ無く佇む御伽騎士のみ。
「な、んで……?」
分かっている。今起こったのは、己が振り下ろした戦斧の刃の側面に触れた騎士が、その手で戦斧を軽く右に押しつつ自分は左に動いた――ただそれだけだと。
回避された。逸らされた。ああそれだけ。それだけだが、今のはッ――。
「なんで、わたしの目を見ながら避けれたのよ!?」
騎士の瞳は、一時も少女の赤い瞳から離れなかった。
少女の瞳をその燃えるような瞳で見つめながら、刃に触れてそれを捌いたのだ――刃そのものを一瞬たりとも見ないままに。視界に入っていても、焦点で捉えなければ対応できないはずの攻撃を見るまでも無く、それはまるで――
「
『
愕然と叫ぶ少女に、猫がニッコリ笑ってサムズアップした。
「《未来予知》……それがあなたの力なの!?」
『
苦笑して立てた指を下に向けた。
『そんなつまらない物と一緒にしないでおくれよ。ミーの原典が何かは知っているだろう?』
嘆かわしげに溜息を吐き、騎士の肩の上でやれやれと肩をすくめるチェシャロック。
『来るだろう攻撃を予想して、それを捌けるだろう動作を行っただけ。これは単なる想像だけのただの『予想』だ。――ミーの『推理』は、ここからだヨ』
ニヤリと笑うと、高らかに声を上げて叫んだ。
『
そして、騎士の身体から光が溢れた。
黄色の魔力光が輝きを増し、騎士の頭についたネコミミ型の装置が呻りを上げる。
やがてそれらの光が収束し、中空に文字群を描き出した。
『推理対象《カラクレア》――《魔術式》解析開始。《機体状態》観察中。《戦闘力》計算式構築……』
中空に投影されたそれらは様々な文字や数字や記号で構成され、時に画像に、時に計算式に、時には図形にと瞬時に目まぐるしく変わっていく。そしてチェシャロックの瞳は、それらを残らず捉え、その全てを読み解いていく。
『《戦術傾向》観測完了。《残存魔力量》解析済み。《思考パターン》シミュレート終了……』
紡ぐ声は淀み無く。一瞬たりとも止まらずに読み上げられる度に、そのデータを描く光が騎士の身体に吸い込まれていく。それはまさに知識そのものを取りこんでいるかのようであり、哲学的な荘厳さすら感じさせる光景だった。
『――
やがてその全てを取りこむと同時に、チェシャロックは宣言した。
『チェックメイト』――ゲームの終わりを告げる勝利宣言を。
「推理は終わり証拠は揃った――
笑顔で告げる。勝利を告げる。
まるで、
そして黄色の猫は、紫銀の少女を指差し高らかに言った。
『――さて、謎解きを始めよう!』
犯人に挑む、名探偵のように。
◇◇◇
――戦士と探偵の違いは何か?
この戦いが、その答えだった。
『今から三秒後、彼女は縦斬りを繰り出す。鋭い一撃は胸を切り裂く致命の一撃だ。だが回避軌道は推理済み。騎士クンは難無くかわした』
紫銀の少女の戦斧が呻る。空を裂いて迫るそれを騎士は見る事すら無く回避した。
『続いての横薙ぎを騎士クンは、打撃で軌道を狂わせてからの――』
再び振るわれた刃は、身を逸らしつつ予めその軌道上に配置した右手で側面を叩くことで軌道を狂わせる。
『蹴り飛ばしで凶器を奪い、
ぶれた刃がコントロールを失うその瞬間、鋭い蹴りが戦斧へと放たれた。
その蹴りが刃の側面に当たる寸前、少女は戦斧を強引に引き戻す事でそれを回避。力任せの無茶な行為に、細腕が異音を立ててひび割れるが、それでも蹴り飛ばされることは防げた。少女はすぐさまバックステップで距離を取り、体勢を立て直す。
『惜しい!』
その攻防を肩の上で観照するチシャロック。
一見暢気にくつろいでいるようにも見えるが、その瞳は爛々と彼女の一挙手一投足全てを、窮鼠を狙う猫のような眼差しで捉えている。
『蹴りのタイミングが少し遅かったようだね』
「悪い……。軌道もタイミングも分かってるんだが、体がついていかなかったッ」
『なに気にすることは無いよ。ゼロコンマ単位の精密作業だ。初めてのキミが合わせられなくとも無理は無いさ。むしろ初めてでここまで出来るのだから大したものだよ。それに――』
瞬間、ガラスの瞳が限界まで見開かれた。
『だったらもう一度推理すればいい』
その言葉と共に、再び頭部のネコミミ装置が呻りを上げ、光の文字群が出現する。
そして紫銀の少女は、全身を凄まじい『視線』に呑み込まれた。
「な、に――!?」
見られている。観察されている。
瞳の動きを、筋肉の躍動を、体重の移動も何もかも、猫の瞳に見られている。
常軌を逸した密度と精度で、圧すらも伴うガラスの観察眼が少女の全身を――否、その内に在る思考すらも読み取らんと貫いていく。まるで顕微鏡のプレパラートに乗せられた観察対象にでもなったかのような感覚に、少女の身体を冷たい悪寒が駆け抜けた。
『情報解析対象観察戦力測定――』
構築されていくロジック。暴かれていくトリック。様々なデータから予想される攻撃とその攻略法。『予想』は情報をもとに『予測』となり証拠を得て『推理』に至る。そしてチェシャロックの黄色の脳髄の中で、謎に包まれた勝利条件が次々と推理されていく。
そして今、稀代の探偵猫の推理が――。
『――
『ミーの推理は勝利を捉えた。それを実行するのは騎士クン――ユーだ。いけるかい?』
武装形態を取っている今、二人は肉体だけでなくその精神もまた繋がっている。故にチェシャロックの思考は全て騎士にも伝わっていた。
騎士は確信する。シャロの推理は完璧だ。ならば自分がすべきことは――。
「ああ。完璧に再現してやるよ。
力強く答えた騎士に、チェシャロックは笑った。
『確かにトリックの再現はパートナーの大切な役目だね!なかなかどうしてお約束と言うモノを分かっているじゃニャいか。では任せたよ騎士クン!』
頷き、騎士は地を蹴り疾走した。
目指すは紫銀の極悪。恐るべき敵にして救うべき少女へとひた走る彼を、戦斧の斬撃が迎え撃つ。
「ナイトオオオオオオ!!」
咆哮と共に繰り出された袈裟斬りを、推理通りの回避軌道に身を逸らしてかわし、続けざまに放たれた脇腹狙いの横蹴りはあえて受け、動きの止まったその瞬間に足を掴み機動力を封じる――つもりが、炸裂した痛みと衝撃に僅かにタイミングが遅れ、狙いを読んだ少女が素早く足を戻したことによって失敗した。
だが――。
『ノープロブレム!』
その程度の
『視線筋肉体重移動。呼吸のリズムに鼓動のメロディー。これだけの
かくてあらゆる未知は既知となり、予想外の未来は予想内の現実となる。
「死になさいよオオオオオ!!」
放たれる戦斧の一撃を、だが騎士は放たれる前から見切っていた。
「死なねえよ!」
その掌にて流れるように捌き、想いを叫ぶ。
「お前を救う前に死ねるかよ!」
「あなたを殺さなきゃ救われないのよ!」
だが少女は彼の声を慟哭で掻き消し、その想いごと断ち切るがごとき嵐のような連撃を放った。
縦横斜めあらゆる軌道から放たれる戦斧の斬撃。月光に煌き無数の軌跡を夜闇に描く紫銀の暴嵐は、到底瞳で捉える事は出来ぬ超速度。事実騎士はその斬撃一つたりともまともに目で追う事すらできなかった――が。
『既にミーの推理が捉えているよ♪』
その全ては予想内。対処はとうに推理済み。
「ゥオラアアアアアアアア!!」
獣の如き咆哮と共に繰り出される掌が、その刃を掌で押して軌道を変え、時には殴りつける事で逸らし、全ての斬撃を捌ききる。
日本の古武術や中国のカンフーを思わせるその流れるような動きは、だが現存する一切の武術ではない。それはただ確実に斬撃を捌く手段を、恐るべき脳髄が計算した最大効率で実行したにすぎない体系すら無いその場限りの戦闘術。
だが、破れぬ。
「なん、でよおおおおおおおおお!?」
捌かれ続ける斬撃に目を見開き、焦りと驚愕の中で戦斧を振るう少女の叫びに、黄色の猫が応えた。
『戦士と探偵の違いを知っているかい?』
自らの推理を披露する探偵の様に、朗々とした口ぶりで語り出す。
『戦士の戦いは
そして彼女は肉球のついた手で、自らの頭をトントンと示した。
『
裂けた口でニヤリと笑うその表情は、これ以上ない――ドヤ顔。
ある刑事映画を見て以来密かに温めていた台詞をキメたことで高まる気分のまま、チェシャロックは更に調子を上げて語り出した。
『そしてユーの目の前で起こっているそれこそが、万象を推理し脳内にて全てを決する戦闘術――』
それは、チェシャロックの原典たるかの探偵物語における、ある意味最大の謎。多くの読者がその謎に挑み、様々な仮説が立てられるもついにその正体に至れなかった神秘の日本武術。
『――《
その名を高らかに告げたチェシャロックの更なるドヤ顔が、少女の何かに直撃した。
「ふっざけるなああああああああああああ!!!!」
爆発した怒りに視界が赤く染まり、殺意のままに戦斧を振るう。
大ぶりだが憤怒と殺意を力に込めた斬撃が、かつてない威力と速度で放たれる――が、それこそが笑う猫の推理の内であった。
『お待たせしたね騎士クン。これが最後の一手だ!』
待っていましたとばかりにチェシャロックが声を上げ、
「おうよ!ここで決めるぜ!」
騎士が応え、その拳を戦斧へ放った。
突き出される戦斧の刃は、大気を貫き騎士へと迫り、唸る拳が迎え撃つ。
そして、まるで吸い込まれるように、始めからそうなることが決まっていたかのように、紫銀の刃を騎士の拳が殴りつけた。
轟音と共に衝撃が戦斧を震わせ少女に伝わり、その勢いが減じた――瞬間。
「逃がさねえ!」
彼の蹴りが今度は逃がさず刃を捉えた。
「きゃッ!?」
もはや衝撃を受け止める事叶わず、戦斧が渾身の一蹴りによって少女の手から離れる。遠く蹴り飛ばされたそれを再び手にするその前に、騎士が少女の懐に飛び込んだ。
「しまッ――」
唖然と目を見開く少女の美貌。赤き瞳と柔らかな頬は驚愕に歪んですら美しい。だが騎士が見つめるのはただ一点、シミ一つ無く芸術的な丸みを描いた――少女の額。
「ちょっと痛えが我慢しろよ……ッ」
そして、騎士は――。
『いくんだ騎士クン!』
「うおおおおおおおおおおお!!」
――その額に、全力の頭突きをブチ込んだ!!
人体が生んだとは思えない激突音が轟き、二人の頭を衝撃が揺らす。
「きゅぅ、ぁぁ……ッ」
「ぐ、はぁぁ……ッ」
痛みと衝撃が脳を震わせ、視界が白く染まる中、二人はその勢いのままに抱き合うように倒れ込んだ。
『御伽術式《
やがて白い視界が黒く染まり、意識が失われていくのを感じながら、騎士は楽しげに笑う猫の声を聞いた。
『直接の身体的接触成功。両者の意識喪失を確認――これより
賞賛するような、期待に胸を膨らませるようなその声を最後に聞いて、騎士の意識は闇へと沈み――黄色の光に包まれた。
◇◇◇
そんな彼らの姿を、■■は見ていた。
それは遥かな天の高みより、黄色い猫の瞳にすら捉えられず、ただただ悠然と夜天の空より下界を眺める者。
翼無き身でありながら、白き月の中に悠然と浮かぶ黒き影。
中空に佇むその姿は、指先すらも見えぬ程の長大なローブを纏い、その顔ですらフードに覆われて見る事叶わぬ異形のそれ。その色は闇黒。夜闇よりもなお暗く、白き月光も煌く星明かりも、総てを呑み込み喰らう
それは見つめる。フードの中の深き闇黒の中で唯一、狂おしき光を放つその瞳で。
白き月と星の海に君臨し、天の高みから、地の人形劇を――鑑賞する。
――まるで■の如く。
◇◇◇
初めに感じたのは、どこまでも、墜ちていく感覚。
もしくは、深く、深く、沈み、潜行するような、とにかく果ても無いようなどこかへと向かう感覚だった。
意識がぼんやりとしている。何も見えない。何も聞こえない。ただただどこまでも墜ちていく感覚だけを、呆然と感じて……。
「起きておくれよ騎士クン。これからお姫様を起こしに行くと言うのに、肝心のナイト様が寝ていては笑い話にもならないよ」
どこからか聞こえた、からかうような声に促され、騎士は瞼を開き――そして、深き闇の穴を見た。
それはどこまで続くとも知れぬ闇黒の奈落。光は見えず音も無く、自分は黄色の光を纏いながら、どこまでも続く闇の縦穴を無限に落ち続けているのが分かった。
「ここは……?」
その呟きに、肩の上のチェシャロックが応える。
「君が救うべき彼女の中だよ」
「じゃあ……」
その言葉に、騎士の顔が僅かに綻び、チェシャロック――あらゆる場所に現れ消える神出鬼没の笑い猫をもう一つの原典とする人形は、誇らしげに頷いた。
「ああ。ミー達は作戦通り、彼女の精神への
「とりあえず第一段階は成功か……」
「ミーとユーの友情の力でね♪」
「凛花を忘れるなよ」
「つれないねえ」
ニャっふっふと肩をすくめる彼女の姿に、やや不安を覚える騎士。
「で、本当にできるんだよな?」
「もちろん。彼女の自己修復システムは壊れている。だが、まだ完全にではないだろう……なら、ミーの頭脳を以ってすれば修理できるさ。マリアネット最高の推理と演算能力の持ち主たるミーをなめないでおくれヨ」
自信をもって答えるチェシャロックの声は一片の不安も気負いも無く、むしろ新たな謎に嬉々として挑む名探偵の様な楽しさすらあった。
「だが、それには彼女のプログラムに侵入し、全てのプロテクトを解除しつつ自己修復システムにアクセスしなければならない。もちろん僕の頭脳をもってすれば、時間をかければその全てを突破することなど容易い――が、問題はその時間よりも早く彼女が崩壊するかもしれないと言う事だ」
そうチェシャロックが口にした時、どこからか異音が響いた。金属が割れるような、あるいは砕ける様な不吉な音。それは周囲の闇の中から、もしくは足下に口を開く奈落から響いたものか。――時間が無い。その言葉が騎士の胸に冷たい実感となって突き刺さる。
「故に騎士クン。ユーは彼女の人格――言うなれば意志そのものに働きかけて説得するんだ」
チェシャロックの声が、そんな彼に己がすべき事を告げた。
「彼女がユーを受け入れ、生きる事を望めば、精神的抵抗が消えた事によりプロテクトも弱まるか停止するだろう。そうなればミーは一気に修復システムにアクセスできる」
それは希望。それはこの悲劇において唯一示された大団円への
「ただし、ミーは精神の最奥に到達後はすぐに作業に取り掛かるから、彼女の説得はユー一人ですることになる。ミーはそれについて一切のサポートは出来ない。加えて、当然のことながら彼女は抵抗し、ユーに攻撃してくるだろう。今のミー達は精神体だから、疲労は無いし感情の強さで各能力も上昇し、想いの強さ次第ではそれを具現化することも可能だろう。加えて斬られようが潰されようが死ぬことは無い。とはいえ、精神のダメージは時に肉体のダメージをも超える痛みとなる。ユーがそれに耐えきれなかった場合は、最悪精神が崩壊し廃人となる――それでもやれるかい。騎士クン?」
ただの人間が、今度は正真正銘己だけの力で、人を超えた至高の魔導人形たるマリアネットに挑む。その恐ろしさを知る者ならば、まず自殺行為と断じるだろう。
確かに、相手は自分を容易く殺せる存在。なまじ死ねない分、その武威で幾度となく死の痛みを味わうことになる。それは肉を削がれ骨を砕かれ首を刎ねられようが死ねない無限地獄。およそ正気の人間のする事ではない――だが、それでも。
「決まってるだろ――やってやるよ」
その瞳に決意を込めて笑う騎士。
チェシャロックもまた、そうでなくてはと笑みを返す。
「流石だよ――と、そろそろ最奥部だ」
その言葉と共に、果て無き闇の向こうに、小さな光が見えた。
暗く深きの奈落の底に輝く――紫銀の光が。
「あそこに、あいつはいるんだな……」
「ああ。あそこに彼女の自我が、その意志そのものが在るはずだ……そしておそらくは、―――も……」
チェシャロックの最後の呟きは小さく、騎士はそれを聞き取れなかった。
だが、普段は飄々とした彼女の声が、その時だけ僅かに硬く――抑えられぬ嫌悪と畏怖を孕んだ事は感じとれた。
「シャロ……?」
「――いいや。どのみちもう引き返せない。征ってみれば分かる事だ……」
小さな首を振り、何かを振り払うように呟くチェシャロック。
そして、穴の底の小さな光がじょじょに大きくなり、やがて視界を埋め尽くす紫銀の輝きとなる。
「いよいよか……ッ」
「ああ。これより最終幕だ!」
迫る今宵の人形劇最後の舞台への到達。
「……ッッ」
それを前に、だが騎士の胸は重く締め付けられていた。
その心は確かに決意と覚悟に燃えていると言うのに、この胸には失敗することへの不安と、守ろうとした者を喪ってしまうかもしれないという恐怖が在った。
「くそッ……」
この想いも誓いも真実だと言うのに、それでも胸を締め付け肥大する物に、その顔は硬く強張ってしまう。
「……なあ騎士クン。ちょっとこっちを向いてくれニャいかい?」
そんな時ふとかけられたその声に、顔を向けた瞬間――。
「――んっ……ちゅ……っ」
唇に感じた。柔らかな温かさ。
それはほのかに甘く――まるで彼の心を優しく撫でるようで……。
「――っふぅ……。どうかな騎士クン。景気付けくらいにはなったかい?」
笑うチェシャロックの笑顔は、まるで小さな悪戯猫のよう。
「……んなっ!?お、おまっ……またっ……!?」
唇に手をやり顔を真っ赤に染めた騎士の方は、まるで悪戯された少女のようだった。
「ニャふふっ。いい顔だ。少なくともさっきよりは余程いいね」
その言葉に、騎士は自分の胸を締め付ける物が、ほんの少しだけ和らいだのを感じた。
「シャロ……」
「では、武運を祈っているよ……」
微笑む彼女の笑顔を最後に映し、騎士の視界は紫銀の光に包まれた。
これはスポットライトだ。
主役を舞台上へと誘う光。
観客に最終幕の開演を知らせる光。
総てを包む紫銀の閃光の中で、どこからか届く、小さな祈りが聞こえた。
『頑張れ、ナイト……』
その声に、騎士は応えた。凛とした花の如き友への感謝を胸に。
「ああ。あいつと一緒に掴んでやるさ――最高の
だから見ていてくれ。そして一緒に笑ってほしい。
これから迎える大団円の中で。
――かくて、主役は舞台上へと登り、最終章の幕が開く。
極悪少女は縛れない
第一幕『虚ろな騎士と惑える人形』
ラストシーン『虚ろな彼と惑える彼女の
――開演。
◇◇◇
そこは壊れ狂ったセカイだった。
赤くひび割れた闇黒の空の下、無数の歪んだ歯車と螺子が、狂った不協和音を奏でる機巧の大地。そこには瓦礫の如く割れた鏡が乱立し、だがそれは何も映さず虚ろな鏡面を光らせる。そして、虚空を漂い花びらの如く白く舞い散るは――白磁の破片。
ギぎギ…疑ギ…。
がキん…が我ガが蛾ガがガ…ガ……。
慟哭のような、泣き叫ぶような音色の中で、何もかもが狂い壊れて死んで逝く。
それが、紫銀の光の果てに辿り着いた、あいつの最奥。
「――これが、あいつの
狂い壊れた大地の上で、俺は呟いた。
「シャロ……?」
ふとシャロに声をかけるも、返事は無い。
目を向けた肩の上にはもうその姿は無く、俺自身も黄色いインバネスコートから元の服装に戻っていた。
「行っちまったか……」
早速別行動に出たらしい逆レ●パー。文句の一つも言ってやりたがったが、これではそれも出来ない。だから、その代わりに――。
「ありがとな。シャロ……」
己がやるべき事をやりに行ったあいつに、小さな礼を言った。
「俺も、やるべき事をやるよ」
そして俺は、前を向き―――俺が挑むべき者に語りかける。
「というわけだ。散々手間かけさせやがって……」
狂い壊れた世界の中心で
「――起こしに来たぜ、お姫様」
無数の鎖に縛られた、極悪の少女に。
――それは、あまりにも美しい狂機だった。
破片舞う虚空に流れるは紫銀の長髪。その幼くも艶やかな魔性めいた美貌は、だがその右半分を亀裂に覆われ、狂的な造形美からなる未成熟な肢体は一糸纏わずその柔肌を晒していた。ひび割れた白磁の裸身を縛るのは無数の鎖。赤くひび割れた空から、歪み壊れた大地から、無数に伸びてアイツを縛る黒の鉄鎖。戒め、吊り上げられたその姿は、十字架にかけられた罪人か、もしくは――壊れた
ひび割れた醜さと、無垢なる裸身の美しさ、相反する美醜の両極致ともいうべきその姿に、俺の全てが魅せられ、息を飲む。
「…た…し……」
立ち尽くす俺の前で、小さな唇が開かれた。
「わたしは……わたしだ……」
誰もいない
「わたしはわたしだけのものでわたしは……」
何も映らぬ鏡に囲まれ
「わたしは……なに……?」
わたしはわたしと哭き続ける壊れた人形が、そこにいた。
その姿を見つめながら、あいつの下へ向かうべく一歩を踏み出す。
その時、力無く閉じられていたその瞼が――静かに開かれた。
「ない、と……?」
その瞳は赤く、虚ろで、開かれているはずなのに、まるで無明の闇の中にいるような、何も映さない瞳。
「いたい。いたいよ……ねえ、ナイトぉ……」
たどたどしく紡がれる、幼げな声。
「わたし、こわれちゃったよ……」
まるで、幼い子供の様なこれが、こいつの
「あなたに出逢って……あなたに壊されて……」
惑う瞳が、こんなはずではなかったと揺れる。
「まだ、『わたし』になれてないのに……わたしは……」
か細く、儚げな、今にも壊れてしまいそうなその姿は、余りにも哀しくて――。
「――死なせねえよ。俺とシャロと、そして凛花がお前を生かしてやる」
俺は、その絶望を払うために強く告げた。
こいつの命を救う方法を。その崩壊を止めるただ一つの手段を。
ありったけの想いを籠めて、ありったけの言葉を尽くして語り聞かせた。
それをあいつは、ただただ虚ろな瞳で聞いて――ぽつりと、言った。
「それで……どうするの……?」
「え……?」
霧の様に朧な声で、虚ろに問う。
「生きて……どうなるの……?わたしは『わたし』になれないままで……からっぽのお人形のままで……生きたく……ないよ……」
か細く紡がれる、あいつの想い。虚ろに惑うその瞳に、その絶望に、俺が言葉を失った時――。
――ざわりと、世界が蠢いた。
「――――――ッッッッ!?」
そして感じる、全身を呑み込まれるかのような――悪寒。
血が凍り、肌が粟立ち、心臓を締めつけられるかのような不快感と、まるで全身を無数の毒蟲に這い回られるかのような生理的嫌悪が俺を襲った。
「な、んだ――――?」
目眩すら伴うそれに吐き気を堪え呟く俺に、凍えた声音が語りかける。
「命なんていらない。生きていたってしかたないよ……」
紡がれる呪詛の如きそれに、歪んだ大地が震え、狂った歯車が呻り出す。
「わたしは壊れたお人形で……」
ビキビキと、闇黒の空が音を立てる。
俺は思わず空を仰ぎ、愕然とした。
空が、割れていた。
闇黒の空に走る亀裂。亀裂の中から赤い光が漏れて不気味に光るそれが、不吉な音をたてて拡がっていた。
まるでその向こう側にいる何かが、隔てるそれを打ち壊そうとするかのように……いや――いる!!
確かにいる。途轍もない何かが、恐ろしく不快で途方もなくおぞましいナニかが、いる。
あの、壊れる空の向こう側に!
「わたしはどうしようもなくからっぽだから……」
バキバキと、赤い亀裂が黒き空を走り、覆い尽くしていく。
「だからせめて、もう何にもなれないのなら―――わたしは……ッ」
そして、縛り囚われたあいつの真上で――空が、壊れた。
「もう怖いのは―――痛いのはいやなの!」
壊れ狂った絶叫が、空の破砕音と共に世界を揺るがした。
降り注ぐ闇黒の破片。砕け散った空は、無数の破片を地上に落して、その新たな色を世界に晒す。
――赤。
血のような、生々しくも何処か物悲しい血涙の如き赤の空が、世界を新たに覆っていた。
「ねえ、ないと……もう、わたしはもうだめだよ……」
そして、来る。
血涙の空から。希望無き絶望の彼方から。
おぞましき者が、恐るべき何かが――来た。
「なんにもなれない。なににもなれずに、死んで逝くの……」
――それは初め、赤い空に生まれた小さな黒点だった。
だが、一つのそれが二つとなり、二つはやがて三つとなる。
三つが四つに五つが六つに。十が百に百が千に。幾万幾億と増殖し赤き空を再び黒に染めて埋め尽くすそれが、黒い濁流の如くあいつの下へと降り注ぐ。それはガチガチと鋼鉄の甲殻を軋ませ、ねじくれた脚で這いずり醜く蠢く――黒金に光る害蟲の群れだった。
たちまちあいつの周囲を埋め尽くす無数の害蟲。蜘蛛が、百足が、蠍が、歪んだ螺子と歯車で出来た機械仕掛けのそれらが、あいつを取り囲む。俺にはそれが、守っていると言うよりは、まるであいつ自身を貪り尽くそうとしているかのように思えた。
「でも、一人はいや……もう、からっぽはいやなの……」
濡れた声に、蟲が啼く。
「だから、ねぇ……」
《ぎぎいぎぎい》と。
「最期に、恐怖と悲鳴と絶望で、ナイトの総てで、わたしを満たして……」
《がぢがぢがぢり》と。
「痛いのも怖いのも忘れるくらいの
《ぎ、ギぎぎギ魏ギぎぎギ戯ぎぎ義ギ偽ギきぎガがが我ガ蛾がアあア唖アア亞アア!!!!》
それはまるで、その慟哭に、その絶望に呼応するかのように、蠢く蟲の総軍が咆哮した。
「ああ、そうか。これが……」
その狂った悪夢じみた光景を前に、俺はようやく理解した。
「これが、お前の絶望なのか……」
これが、これこそが、この極悪の少女に刻まれた、恐怖の、失意の、苦痛の、絶望の象徴(イメージ)なのだと。
「これが、こいつが――」
かつて、その想いを、その誇りを踏み躙り穢し尽くして狂い壊した――。
「――《
――これが、俺のアンチテーゼともいうべき、最低最弱の害蟲との初めての対決だった。
◇◇◇
《害蟲王》という伝説がある。
それがいつから存在していたのかは誰も知らない。それがなぜ存在しているのかも分からない。
だが、それが何なのかは誰もが知っている。
――
最強ならぬ最弱。最低にして最醜。
それに関わった物、その本質に触れた者全て、残らずそれに毒される。
それの姿が、言動が、思想が、印象が、その全てが嫌悪と恐怖を以って魂に刻まれ、蝕んでいく。そして正に毒が全身を巡るがごとく、ゆっくりと狂い壊れて死んで逝くのだ。
故にそれを知る者は嫌悪を籠めて語る――奴こそは触れる総てを毒す害蟲の王であると。
◇◇◇
「うああああああああああ!」
《唖アアああああア亞ア亜アア阿アアアア!》!
あいつの慟哭と共に轟く蟲群の咆哮が大気を震わせ、その蠢きが世界を揺らす。そしてその突撃は――大地を抉った。
方向転換も何も無く突撃した蟲群は先頭が虚しく地面に当たると後続も同じように激突し、先頭の虫を押し潰しながら大地を抉っていく。その自分も仲間も使い潰すような特攻はまさに必殺。シャロ曰く死ぬことは無いとは言え――まともに受ければその痛みはどれ程のものか。もし正気を保つ事すらできなかったら―――。
「一撃でデッドエンドか……ッ」
なんつう反則技だ。
が、もとより
「いいぜお姫様。散々俺が馬鹿やって苦しめちまったんだ。この程度の癇癪くらいは――」
《ギチアあああア亜ア嗚呼アああ唖アアア!》
「――許してやるよ!」
再び押し寄せた蟲群を避け、続く第三撃に備えつつ地を蹴った。
そしてあいつの下へ、縛られ閉じこもるあいつに向かって――叫んだ。
「平手だろうが蹴りだろうが受けてやる。死なない程度の罰なら何だってやってやる!それでお前が笑ってくれるなら最高だ!」
思いの丈を。
「だからとっとと起きろ目を覚ませ!そこから出て、そんな鎖を破って――お前自身の手でぶん殴ってくれよ!」
心の内を。
「縛られたまんまじゃお前は何もできないだろ!!」
殺到する蟲群から逃げ、駆けずりながら、あいつに抱く何もかもを、ぶちまける。
無様でも、無茶苦茶でもいい。ただただとにかく想いを籠めて叫び続ける。
あいつに向かって。あのとんでもなく邪悪で性根のねじ曲がり破綻した極悪の――。
「生きてそして笑ってくれよ。そんな
――それでも笑顔がどうしようもなく魅力的だったあいつへ。
そうして届けた言葉は――。
「……め……て……」
あいつの顔に苦悶を刻んだ。
「やめ……てよ……」
苦しそうに、辛そうに、瞳を惑わせながら、あいつは呟く。
「生きて、どうするの……?……わたしが何なのかも分からずに……『
蟲群を振るい蠢かせながら、その哀しみを叫んだ。
「そんなの……からっぽの笑顔じゃない……ッ!」
「からっぽじゃねえ!」
「からっぽだよ!」
力無く虚ろだったあいつの声が、昂る想いに激しさを纏った。
「悪意しかないわたしが悪意を失くしたら……そこにはなにもないじゃないッ…!」
「ふっざけんじゃねえ!」
言葉と共に叩きつけられた黒鞭のような蟲群を身をかがめてやり過ごし、ふざけたそれにちょっとキレる。
だから言ってやる。絶望の鎖に縛られたあいつに、その鎖を断ち切るために。
「じゃあ、あのデートで見せてくれた笑顔は――あの色んな表情は全部からっぽだったのかよ!」
叩きつけた言葉は、あいつの虚ろな瞳を、惑える美貌を。
「――――ッッッ!?」
愕然と――叩き割った。
◇◇◇
あなたが叫ぶ。あなたが声をかけてくれるそれだけで、わたしのどこかが鳴り響く。
高らかに、熱く温かく。
恋に痺れて鳴り響き――わたしの悪意も決意も何もかもを壊していく。
もうこれ以上壊されたくないのに。もう惑いたくなんかないのに。
それなのに、あなたは―――。
「じゃあ、あのデートで見せてくれた笑顔は――あの色んな表情は全部からっぽだったのかよ!」
――またそうやって、わたしを壊すのね。
「――――ッッッ!?」
彼の言葉に、胸のどこかが高鳴った。
恐怖に、不安に―――そして恋に。
「待ち合わせの時を覚えてるか?あの時は俺が安美に嵌められて着た馬鹿な恰好で吹き出してたよな!」
憶えている。
あの時のあなたはまったく馬鹿な恰好だった。本当はあなたがどんな服を着てきても、皮肉と辛口を浴びせて嗤ってやろうと思っていたのに、そんな恰好で馬鹿みたく真面目な顔でわたしを待っているから――わたしは吹き出した。悪意なんて抱く間もなく気が付いたら――笑っていた。嗤うのではなく、本当にただただ可笑しくて笑ったのは、生まれてからきっとあの時が――。
「――ちがう!!」
違う違う考えるな。あれは違うわたしの悪意を鈍らせるな。
必死に自分に言い聞かせるわたしの下で、害蟲の群れがざわめきだす。
まるでわたしの悪意の揺らめきがそのまま伝わったかのように、無数の蟲が震え出す。
「更衣室も滅茶苦茶だったよな!お前が悪戯してくるから俺は慌てて胸を触っちまって、お前マジ切れてたよな!」
憶えている。
弄ぶつもりが胸を触られて、わたしは思わずあなたの首元に口づけて、仕返しした。そう『思わず』。あなたに胸を掴まれたその瞬間に、わたしの総てが甘く痺れて真っ白になって――胸が高鳴ってしまったのだ。どうしようもなく、止めようもなく――ドクンって。今までたくさんの女を犯して淫涜を極めたこのわたしが、まるで初心な少女のように。だから咄嗟にあんな事をしたんだ。まるでその高鳴りを誤魔化そうとするかのように――。
「だから……違うの……ッッ」
《ぎ、い……唖…ア…アァ……》
わたしが呻く。蟲が哭く。
わたしが抱く殺意と悪意に満たされた胸の中に、新たな何かが生まれていく。温かく心地良いのに、時には熱く痺れて締めつけるこれは――。
「遊園地も酷いもんだったよな!正直あの絶叫マシーン連チャンは地獄だったしメリーゴーランドは恥ずかしくて死ぬかと思った!」
「そ、れは……ッ」
想いが、溢れる。胸が震えて痺れる何かが止まらない。
必死に押さえつけようとしても、目を逸らそうとしても出来ないそれが、わたしの中を満たして、膨れ上がって――。
「――わたしもよ!」
爆発した。
「いきなり女の子の胸を揉んでバカじゃない何考えてるのよ!?」
溢れだす。
「童貞には分からないでしょうけど女の子の胸ってデリケートなのよ!それをいきなり鷲掴みとか、すっごく痛くて恥ずかしくて死ぬかと思ったんだから!」
次から次へと。
「それにあのメリーゴーランドだって、あんな公衆の面前で荒々しくかき抱いて挙句わたしの口に指を突っ込むとか馬鹿じゃない馬鹿でしょエロ馬鹿なの!?」
「って元はあれお前からしてきたのが原因だろ!!」
あなたへの想いが。
「うるさい馬鹿!デートで女の子をドキドキさせるとか何考えてんのよ!!」
「いやそれがデートだろ!?」
止まらない。
「もうせっかくのデートが台無しじゃない馬鹿!」
「ああそうだな確かに最悪のデートだった。でも……」
わたしの毒舌ですら無い無様な文句に――あなたが、ふっと笑った。
惑えるわたしの瞳を、そのどこまでもまっすぐな瞳で見つめて、本当に心からの笑顔で――。
「――お前の笑顔だけは最高だったよ」
――その瞬間、わたしの胸は、熱い何かに撃ち抜かれた。
「笑顔も照れた顔も怒った顔も全部が魅力的だった。ぶっちゃけ胸がガンガン高鳴ったぜ惚れそうだった!!」
「ぅ……ふぁ…っ…」
彼の言葉が、熱い。彼の瞳が、痺れる。
「……あっ……ああっ……ッ」
殺意が、潰される。悪意が、痺れるそれに埋め尽くされる。
「でもそれは――それが悪意の無い心から満たされた表情(かお)だったからだ!!」
「……め……て……」
わたしが必死に保とうとしていた
「それ、いじょう……」
わたしを――。
「こわさ、ないで……ッ」
でもあなたは、嗚呼ナイトいつもその総てで――。
「在るんだよお前には!悪意以外の何もかもが胸の中に!悪意以外でもお前は満たされるし笑う事が出来る!」
知っていた。分かっていたのよそんなことは。だってあなたが、その笑顔で、瞳で、想いで――総てで、わたしに教えてくれたから。
でも、わたしは、そんなの――。
「お前は―――それを認められないだけだろ!!」
「認められるわけないでしょオオオオオオオオオオオ!!」
絶叫した。
《オオ汚おおオ雄オ悪オおおオおおオオオオ!!》
血を吐くような慟哭に、害蟲の総軍が咆哮する。
「わたしは悪のために生まれ悪にしかなれない絶対悪なのに……ッ」
――いつの間にか芽生えたそんなもの。
「そんなものは芽生えるはずないのに……ッ」
――そんな不安定でよく分からない
「いつのまにか生まれて、わたしを埋め尽くして……壊して……ッ」
――向き合うのも
「そんなものに壊れたわたしなんて……ッ」
――受け止めるのも
「絶対悪でないわたしなんて――」
――こわいよ。
総ての蟲が咆哮し、集結し結合して赤天を覆い尽くす超大な戦斧を形作る。絶望そのものが形を為したその刃が、ナイトの下へと落とされ――。
「――生きる意味なんて無いじゃないのオオオオオオオオオオオ!!!!」
――彼を圧し潰した。
絶望の刃が轟音を轟かせて大地につき立ち、彼の身体を圧し潰し地に埋める。刃の下に在るだろう彼の姿は当然見えない―――が。
「殺っ……た……?」
精神体だとしても耐えられないほどの痛みが、肉体の痛みにして数千回はショック死する程の激痛がその身を襲っただろう。そんな物を受けて――ただの人間が耐えられるはずなんてない。
「あ…は…はは……」
そうだ。殺った……彼を、ナイトを……殺せたんだ。
「こ、れで……わた、しは………」
彼の死が、わたしの悪意を、満たして……。
「――――あれ?」
満たし……て……。
「な、んで……?」
おかしい、な……。
「なんで、なにも感じないの……?」
殺せたのに。悪い事が出来たのに。
嬉しくも、楽しくも無くて……わたしは……。
「なんで、からっぽのままなの……?」
なにも、かんじなくあああアアアアアああアあ亜あ唖ああアアああ嗚呼あああアアアアアアアあ嗚ああアアああああアアあああ嗚あ唖アアアあああ唖ああ嗚呼あああ阿ああ 亞ああアああアアああ吾ああアああ啞あアアああああ唖あアアАААА!!!!!
「痛いいたい痛いイタイ痛い痛いいたい痛痛いイイイイイイイイイ!!!!」
胸が痛い頭が痛いわたしの全部何もかもが痛い痛い痛いいいいいい!!!
「なに、これ、なんで、これえええええええ!?」
ナイトを殺せたはずなのに、殺したのに、なんで、ナイトの死が―――。
「こんなに、痛いのよオオ!?」
『――お前の笑顔だけは最高だったよ』
「――――――あ」
『放さねえよ。放せねえよ……絶対にッ』
……ああ、そうか。わたし……
『今だけは、お前を抱かせてくれ……』
「――ナイトを殺したから、痛いんだ……」
そして、わたしは……ほんとうのほんとうに――からっぽになった。
「わたしはもう……悪にすら……なれなくなったのね……」
もう、どうでもいいや……。
もう、なにも……。
わたしは……。
《唖……ア……は…ハ刃……》
蟲の啼く、声がする。
最初はちいさな、ちっぽけだったそれは――。
《あ唖…刃ハ…ハはハ……》
《ひヒ…非ヒヒ…ヒ緋ひひ……》
ぽつり、ぽつりと増えて……。
《嗚呼アアアアアアアハはハ覇ハ刃ハはは破ハ爬ハはははハハハ!!!!》
無量大数の狂笑になった。
《イイ良イ善イいヒヒ非ひひ緋ヒヒ火ヒひ狒ヒひヒヒヒ!!!》
嗤う。蟲が哂う。
無様だと、哀れだ糞が最高だと。
わたしを嗤う。
そうして膨れ上がり、わたしの胸を埋め尽くした
一の蟲が十に十が百に百が千に千が万に。嗤い蠢き啼きながら桁数の限界すらも破壊して増え続ける。
絶望を喰らい悲劇を嗤って、這いずり羽ばたきよじ登り、つき立つガラスに齧りつき、割れた歯車よじれた螺子を、ねじ斬り噛み砕き呵々大笑しながら蹂躙して、わたしの世界を埋め尽くす。
大地が埋まる。天が覆われる。何もかもが無限害蟲の総軍に貪り喰われ死んで逝く。
絶望に壊れるセカイの中で、わたしは――。
『――あなたは、誰になりたいのかしら?』
「わたしは……誰に、なりたかったの……?」
ひとりぼっちで……。
「誰になれば、よかったの……?」
好きな人を、よんだ……。
「……ナイト………」
その時、壊れるセカイに
―――――――ブチッ
切れてはならない物が切れる、音がした。
◇◇◇
さて、ちょっと考えてほしい。
もしも目の前にお姫様がいたとする。
でもってそのお姫様は泣いているわけだ。
当然男としては理由を聞くよな。そしたら「わたしは何の価値も魅力も無い駄目な女なのよ」とか言いやがる。
しかも「そんな事無いよ」とか「十分魅力的だよ」とか一生懸命こっちが言ってるってのに、わんわんわんわん泣いてばかりで聞こうとしない。
でもって挙句の果てには逆ギレしてぶん殴ってきやがった。
さて、もしあなたなら耐えられますか?笑って許して左の頬でも差し出しますか?
もし許せるならアンタはすげえマジ聖人だぜ尊敬するよ。
で、俺はつまり聖人でも何でもないただのごく普通の10代で、まあつまりは……そんな状況で笑って許せるほど大人でも人間出来てもいないのだ。
自分が最高に魅力的だと想った女が、自分は最悪に魅力が無いと泣いていたらなおさら
――だから俺は、ブチギレた。
◇◇◇
その時セカイから、蟲の啼き声が――消えた。
無限の蟲群がその動きを止めて――沈黙した。
害蟲共が動かない――いや、動けない。
脚が、羽が、触覚が、まるで動いたその瞬間に殺されるかの様なプレッシャーに凍りついていた。絶望そのものであるはずの彼らが、絶望させる側であるはずのそれが、まるで絶望的な何かに気圧されたかのように。
異常な静寂が世界を満たす。
だが、彼らは知っていた。その総軍が感じていた。
これは、嵐の前の―――否、火山が大噴火する前の静寂であると。
そして、何も聞こえない、何も動かない世界に――
「ふっざ、けんなああああああああああああああああああああ!!!!」
――憤怒の炎が爆発した。
爆発。そう爆発だ。
比喩でも誇張表現でもない正真正銘の大爆発。
炎が爆ぜて轟音が轟き衝撃波が世界を揺るがす大爆発が、わたしの目の前で――丁度ナイトが潰されたあたりで巻き起こった。
そして、無数の蟲を吹き飛ばしてなお炎を吹き上げる爆心地で――いや、自ら炎を吹き上げている何かが――。
「ふざけんなふざけんなふっざけんなああああああああああああ!!!」
不動明王とか武神シヴァとか超人ハ○クとかとにかくそんな絶対に怒らせてはいけないナニカが――。
「俺は、ブチギレたぞオオオオオオオオオオオオ!!!」
――キレやすい10代が、キレていた。
その憤怒の化身とも言うべき存在を前にわたしは、驚くよりもまず――
「……ない…と……?」
ぽかん…と、その名を呟くことしか出来なかった。
◇◇◇
あああくっそあったまきたああああああああああ!!!!
嗚呼ヤバいもう駄目だなんかもう俺今人生最大級にキレてるな。
『ちょっと落ち着け冷静に』と、理性君がなだめに来るも本能君に『うるせえ馬鹿野郎』とぶん殴られたもん当然だよな。よってただ今理性君は療養中につき、怒れる本能君が全思考を担当しますよろしくね☆
って何考えてんだよ俺は。もうキレすぎて思考自体が訳分からなくなってるなオイ。
いやまあ当然だ。だってあいつが、あの馬鹿姫様がふざけた事を言うからだつまり全部あいつのせいだあいつが悪い。
――いや、俺も悪いか。
「なあ……おい……」
我ながら地の底から響くような低い声で語りかけると、ポカンとしていた絶賛空中緊縛中の馬鹿姫様がビクッと震えた。
「テメェは最高に馬鹿だけどよ。うん俺も間違ってたわ……」
一歩、踏み出す。
まわりの糞蟲共がビクッと震えてザザッと一斉に後ずさったがまあどうでもいい。どかなけりゃ踏み潰して征けばいいだけだ。
「昔さ、誰かから『人は何故セックスすると思う?』って聞かれた事があるんだよ」
唐突に、遠い昔の殆ど思い出せない記憶を語る。
「ぶっちゃけ童貞に聞くなって話だよな。当然俺は答えたものの間違えて、すっげえ嗤われたような気がするんだ。俺はキレて、じゃあ答えは何なんだよって聞くと……」
一体それは誰だったか、今ではもう忘れてしまったが、次にそいつがものすごいドヤ顔で言った事は今でも覚えている。
「『言葉で伝えきれない愛を伝えるためだよ』だとさ……。まったくアホみてえにクセェ台詞だしドヤ顔が最高にムカついたが……今わかったぜ。まったくもってその通りだってな」
「どういう……こと……?」
呆然と聞いていたあいつが、気の抜けた声で聞いてきた。
オイオイなんだよさっきまでの威勢はどうした調子が狂うぞ。
まあいい。どの道、これから嫌でも分かる――いや、分からせる事だ。
だから俺は、声を張り上げて言ってやった。
馬鹿なあいつに、間違ってた俺に、最初からこうすればよかったんだと。
「人間けっきょく、言葉で伝わらねえもんは身体で伝えるしかねえってことだよ!!」
そして俺は――地を蹴り駆け出した。
あいつの下へ。
泣き喚くだけで俺の言葉を一切聞こうとしなかった、手のかかる馬鹿なお姫様に――身体で総てを伝えるために。
「征っくぜええええええええええ!!!!!」
咆哮し駆け出した俺の姿に
「ひぃっ!?」
あいつが青ざめ悲鳴を上げて
《ギ、きぎ……ッ……ぐ、ぐギいあアアアあ唖あ亜ア!》
機械仕掛けの糞蟲共が一瞬ためらうように動きを止めた後、一斉に突撃してきた。
幾千万の糞蟲共が俺の視界を埋め尽くし、身体めがけて殺到する。
たちまち腕が脚が腹が内臓が喰らい付かれ喰い尽くされ――
「うっとおしいわアアアアアアアアアア!」
――ウザかったので焼き尽くした。
噴き上がる炎が身体に群がる蟲共を焼き、ケシズミに変える。
俺がキレたのと同時に噴き上がったこれは、多分俺の怒りそのものだ。この害蟲共があいつの絶望の象徴であるように、これが俺の憤怒の象徴。ここがいわゆる精神世界で、俺が精神体だからこそ起こった現象だろうが――何にせよ蟲共を焼くのにはぴったりだ。
「オラオラ飛んで火に入れ糞蟲共が!残らず焼いてブッ壊してやるよ!」
笑いながら糞蟲共をウェルダンにする俺マジチート。無双プレイって悪くない。
《グギ…ッ…アアあああア亜ア唖アああア亞ア阿アアあア亞ア!》
無論今この瞬間も蟲共に身体を喰われてるわけだが、千切れた肉も砕けた骨も、もとの姿をイメージするだけで即再生。痛み?当然あるし、ぶっちゃけこの炎自体もすげえ熱い―――が、ぶっちゃけそんな事どうでもよくなる程キレてるので問題無し。斧で潰された時なんぞ、たぶん肉体なら数千回くらいショック死する痛みが襲ったが、怒りの方が遥かに凄かったんで意識すらしなかった。
だから
『――生きる意味なんて無いじゃないのオオオオオオオオオオオ!!!!』
「テメエら
蟲共に、奴らが喰らい付く度に流れ込むあいつの絶望の感情に、その想いに、俺は叫び地を蹴って――跳んだ。
――黒鎖で縛り吊り上げられた、極悪の少女に向かって。
高く高く。もっと遠くへ。現実ならばけして届かないような距離を、高さを、想いの力で飛翔する。ここは精神の世界。感情が、想いが力となり不可能を覆す。
――ならこの程度の無茶振りなんざ、根性とあいつへの想いでなんとでもなる!
そして俺は、気合と根性とあいつへの想いで以ってあいつの下へと近づき、その身体に手が届く距離にきたその瞬間――。
「――この、超絶馬鹿があああああああああああああああ!!!」
「ふべっ!?」
その、ちっちゃくてそれはそれは可愛らしい頭に、全力の拳骨をブチ込んだのだ。
あ~~すっきりした♪
◇◇◇
彼が来る。
わたしの下に、失意も絶望も何もかも焼き尽くし、まっすぐな瞳で飛び込んでくる。
あんなに炎に焼かれているのに。
あんなに蟲に貪り食われたのに。
「どう、して……?」
それでも、あなたは、わたしのもとへ――。
「なんで、なの……?」
迷い無き想いに満ちて、その瞳はどこか虚ろな筈なのに、そんなにもまっすぐに……。
「なにが、あなたを満たしているの……?」
彼の伸ばされた手が、届く。彼がわたしの下へ、わたしに触れるその瞬間――。
「――この、超絶馬鹿があああああああああああああああ!!!」
――物凄い音と衝撃が脳天を直撃し、わたしは真昼のお星さまを見た。
「ふべっ!?」
痛いッ!?
突然の痛みに変な悲鳴を上げるわたし。
我ながら頭をぶつけたブタみたいな声だったけど、それくらい痛くて衝撃的だった。
今だって、この両腕が縛られていなければ思わず頭を押さえていただろう、ジンジンする痛みが残っている。
「な、なにするのよ!?」
「黙れ馬鹿!」
「ひぐぅ!?」
またぶたれた。今度はチョップで。
避けようにもナイトががっちり私の身体に片腕を回して抱きついているので避けられない。
「な、なんなのよぉ……」
「俺の気持ちだ」
「はあ?」
「そんだけムカついたって事だよ!」
「ふみゃうっ!?」
今度は額にデコピン。真昼のお星さまは満天の星空になった。
衝撃でクラクラする頭でなんとか痛みに耐えるわたしに、ナイトが何故か胸を張ってとんでもない事を言った。
「人が一生懸命わりと命がけで話してるってのに聞きやしねえ馬鹿には殴って分からせるしかねえだろ!」
「はあっ!?何その脳筋思考馬鹿じゃないの!?」
「頑固の意地っ張りよかマシだ!」
「へぶっ!?」
でもってまたの拳骨。
今のわたしって、見た目本来の姿よりだいぶ幼いはずなのによくポンポン殴れるわね!?
「……っっっ。……意地っ張り?」
「ああそうだ俺がいくら言っても、自分はからっぽで価値が無くて生きる意味なんかないですってビービー泣いてたろ」
「……ッ。泣いてなんかッ」
「内心の話だよ!」
「うにゃあっ!?」
胸にビシッとツッコまれたって今裸なんだけど!?
「とにかく、俺は今そんなテメェに最ッ高にキレてんだよ!」
「キレてって……なんで?」
ナイトがまた、よくわからない事を言う。
そう。不思議だった。
ずっと分からなかった。なんでナイトは、あなたは――。
「……なんで、そこまでわたしを救おうとするの?」
「―――え?」
なんであなたは、わたしのために……。
「だって、わたしはこんなにからっぽで……」
空虚で。
「『わたし』がなにかも分からなくて……」
自分を見失って、迷って、惑って……。
「悪い事しか出来ないのに……」
悪を楽しんで、悪である事を望んだのに。
「わたしは……」
胸の底から、問いかける。
ずっと引っかかっていた疑問を。最後まで分からなかった問いを。
それに彼は、わたしの瞳をまっすぐ見つめて、その口を開き――
「どうでもいいんだよンなもんは!!」
「ぷぺええ!?」
思いっきり三度目の拳骨をブチ込んだ。
◇◇◇
はっきり言おう。何言ってんだこいつは?
「ううぅ……」
三段タンコブを頭に乗っけて涙目で呻く馬鹿姫様。
今は正真正銘の幼女であるこいつがこんな顔をしていると、なんだかとてもイケナイことをしている気分になるのだが、かと言って容赦なんぞせん。分からず屋には身体で思い知らせるのが俺の新たな流儀だ。
「いいかよく聞け馬鹿。お前が自分を何と言おうが俺にとってはどうでもいいんだよ!お前が何者だろうが関係無いし何者で無くてもどうでもいい!」
ああそうだ。ずっとムカついてたし我慢ならなかった。
「お前が自分をどう思おうが知った事か。価値を見いだせないってんなら俺が価値を付けてやる!」
ああようやくだ。今ようやく分かった。
何で俺が、あの日あの時あの夜に、初めてこいつに逢ったその瞬間、目が離せなかったのかを。
それはこの女が、こいつの瞳が――あの日あの時あの夜に、誰よりも何よりも命をかけて、何かを真摯に追い求めていたから。
――その輝きに、俺は魅せられたんだ。
「俺は、俺にとってお前が最高に魅力的な女だから生きてて欲しいんだよ!」
◇◇◇
彼の瞳が、わたしを貫く。
まっすぐで、どこまでも走り続ける様な、その強い瞳に、わたしは―――。
「あぁ……そっか……」
ようやく、何故彼をわたしの最期を飾る玩具に決めたのかが、分かった。
「あなたが、そんなだから……」
それは彼が、彼の瞳が――あの日あの時あの夜に、わたしと同じように虚ろを抱えていながら、惑わぬ己の意志に、
――その輝きに、わたしは魅せられたのね。
「わたしは、きっと、あの瞬間に……」
――あなたに、恋をしたんだ。
「でも、やっぱりわたしはからっぽで……悪にもなれなかったよ……もう、それで生きていても……」
「だからそれがどうでもいいんだよ!!」
「ひでぶ!?」
もう何回殴られたのかも分からなくなったよ。
◇◇◇
ああもうどんだけ馬鹿なんだこの馬鹿は!?
普段はあんな極悪ドSキャラのくせに、こんな時だけウジウジウジウジ悩みやがってクソがっ。
だから俺は、あいつのしょげた美貌に思いっきり顔を近づけた。それこそもう少しで唇が付いてしまうほどの距離から、まるでこの血涙のような空みたいに赤いこいつの瞳を――惑える彼女の瞳を覗き込み、想いを叫んだ。
「とにかく生きろ生きてみろ!!夢とか希望とか無くても、ぶっちゃけ人は別に死にはしないしなんとかなる!」
声の限り。
「何をしたらいいかわからない。自分が何なのか分からない。だからどうした下らねえ。そんなの――とりあえず生きてから考えりゃいいだろ!」
言葉を尽くして。
「造られたお仕着せの
俺の心の総てを、こいつの心に叩きつける。
「いいか
お前は。そうだお前は――。
◇◇◇
「――お前が誰かは、お前が決めろ!!」
「―――あ」
『――あなたは、誰になりたいのかしら?』
わたしは、もう、絶対悪には、なれなくて……。
でも、もしも……わたしが、他の何かになれるとしたら……。
わた、しは……。
憶えている。
ナイトと見たあの人形劇で、わたしは、何時の間にか魅入っていたことを。
一人の少女に。その物語に。その想いに、その挫けぬ心の輝きに、わたしは――。
劇が終わったあの時、気がついたら――拍手、してたんだ……。
だってその姿が、堪らなく素敵で、恰好良くて……わたしもそうなりたいとか、思ってしまったから……。
その時わたしは、わたしを縛る鎖がひび割れる、ピシッという音を―――聞いた。
◇◇◇
あいつが、見つめてくる。
惑える、でも確かに小さな光が宿った瞳で――。
「わた、し……なれるの……?」
か細く問いかけるその声に、頷く。
「ああ。何にでもな……」
――そうだ。お前は何にでもなれる。
「でも、もしなれなかったら……?」
その不安を、ぬぐい去るための想いを語ろう。
「その時は別の何かを探せばいい。可能性なんていくらでもあるんだ」
――もちろん。お前に出来ない事なんてない。
「でも、わたし、こんなに脆くて弱いから……傷ついて……諦めそうになったら……一人で立ち上がる力なんて、ないよ……」
微かに呟き俯く幼い少女。
幼く、未成熟なその
その小さな姿は、儚く弱々しくて、まるで世界に自分は一人ぼっちだと言っているようで――。
……この馬鹿は、やっぱり分かっていなかったようなので、俺は片手をこいつの頭に持っていき、最後にありったけの想いを籠めて
「へ――?いやっちょっ、やめっ……!」
嫌がるこいつの頭に――
「ひうっ……え?」
ぽんっ――と、手を置いて優しく撫でた。
「誰が一人でやれって言った」
キョトンとするこいつに、一人ぼっちだと思っているこいつに――その勘違いを解くための笑顔を見せた。
「お前には俺がいるだろ」
「え……」
「勇気が欲しいなら背中を押してやる。倒れたら手を差し伸べて、泣きたい時は俺の胸で泣けばいい」
「ない…と……」
「お前がお前になるための全てを、俺がお前の隣でたすけるよ」
そして俺は――。
◇◇◇
ナイトの言葉が、わたしの絶望を消していく。
温かで、優しい何かが、わたしのからっぽの胸に満ちていく。
そして、ナイトは――。
「――俺が、
――そして、わたしはからっぽじゃなくなった。
ナイトの想いが、その心が、彼の全てが、わたしを満たしたから。
「あったかい……」
ああ、これが……。
胸に感じる、この感じた事の無い温かな想いこそが……。
初めてだけど、知っている。絶望しか知らなかったわたしに、あなたが教えてくれた……。
「――これが、《
その温かさに、その優しさに、わたしは小さく、それでも確かに――笑った。
そして、哭き叫ぶ狂った世界が、絶望が――壊れた。
◇◇◇
バリィィンと、まるで断末魔の様な甲高い音をたてて、鎖が、あいつを縛る自縛の鎖が――砕け散った。
そして、解き放たれたあいつの身体から、眩い光が溢れた。
それは見慣れた紫かがった銀の、だけど、どこか温かな光が――狂った世界を包み込んでいく。
《ギぃ、ガ、グア呼あアアアあ亞あ唖あアア嗚あ亜ア!?》
その輝きに当たった蟲共が、絶叫を上げてのたうち、やがて黒い粒子となって消滅した。それはまるで希望が絶望を駆逐するように、無数の蟲群が啼き叫び消えていく。やがて光が世界の全てを包み込み、最後の
赤い空も、歪んだ大地も、割れた鏡も、総てを紫銀の光が照らしていく。そして、紫銀一色となった世界の中で、俺は――。
「――ナイト!」
最高の笑顔で胸に飛び込む、紫銀の少女を受け止めた。
「わたしは、もう絶対悪じゃなくなったよ……」
抱きしめた腕の中で、小さな声が紡がれる。
「今のわたしは誰でも無いわたしだけど……」
噛みしめるように、確かめるように紡がれるそれは、でもそこに不安も恐怖も無くて
「――誰にもなれないわたしじゃない!」
――輝く
そして、それを祝福するかのように、紫銀の光が治まり――新たな彼女の世界が顕れる。
そこは、割れた大地と傷ついた歯車と螺子に満たされた――それでも、大地に小さな花が咲き、傷ついた歯車がゆっくりと、それでも狂わずに動き出していく場所。
それは全てが小さな命の息吹と、未来への希望と、自分自身の可能性を信じて、小さくゆっくと、でも確かに一歩ずつ進んでいくような、そんな世界だった。
「……どう、ナイト。新しい
問われ、答えようと傍らにいるあいつに目を向けて――目を奪われた。
降り注ぐ陽光に照らされた髪。鈍い光しか放たなかったそれが、今は陽光に煌く、透き通るような紫銀となって光り輝いていた。屍蝋のようだったその肌には生気が宿り、生き生きとした白が純潔の肌を彩っている。そして、もっとも俺の目を奪ったのは、その希望に輝く――誇り高き血潮の様な瞳。
「綺麗……だ……」
呆然と、言うと……あいつは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうナイト。あなたにそう言ってもらえてとっても嬉しいわよ」
その笑顔が、一片の邪気なく笑う子供の様なこいつが堪らなく綺麗だったから、おれは――。
「お前…が……」
気がつけば、そう言っていた。
それを聞いたあいつの白い頬が、一瞬で赤く染まる。
「なっ!?ちょっ…いきなり何言って――」
と、あいつは慌てたように言って、あわあわと自分の身体に目を向けて
「――え?」
自分が裸だった事を思い出した。
そして――。
「どこ見て言ってんのよオオオオオオオオオ!」
凄まじい怒声と共に俺をぶん殴ったのだった。
「ぶほああああああああああ!?」
その拳の凄いこと凄いこと。俺は地面に大の字でぶっ倒れながら心底思った――俺が生身で無くて本当によかったと。
「一発で済んだ事に感謝しなさい……ッ」
そして怒りの眼差しで俺を見下ろす元・極悪さん。
もちろん大事な所は自分の手と銀髪を使って隠しているが――正直そっちの方がエロいです。
「む。なんか目付きがいやらしいわよ――抉られたいの?」
でもってゴミムシを見るような目で見られました。
「んぅ……でもよく考えてみたら、ここはわたしの精神世界であなたは精神体よね?だったら幾ら刺して抉っても死ぬ事無いわよね」
んん……?
「ああそうよナイスアイディア!わたしって冴えてる。これが心機一転した効果かしらね♪」
と、なにやら笑うそのお顔は、さっきまでの無邪気から一転して見慣れた邪気満点の笑顔にっておおおおおおおい!?
「いやお前絶対悪じゃなくなったんだろ!?」
「あら。確かに悪意だけの絶対悪になるのはやめたけど、別にわたしの中の悪意が消えたわけじゃないわよ」
そもそもコードとは別の私自身の悪意は元からあったものだし。と、当たり前のように言う元(?)・極悪さん。
それはもうハッピーに、全ての苦しみから解き放たれたかのような朗らかな笑顔で――
「ああっ♪むしろ振り回されて惑わされたりしなくなった分、前よりもっと純粋に悪意を振るえそうだわ!」
ハレルヤ!と世界全てに感謝をささげるその姿はぶっちゃけどう見ても、真の悪に目覚めた《真・極悪さん》!!
「俺は何かとんでもないモノを目覚めさせちまったんじゃ……ッ」
開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったかのような心地に震えて呟く俺の隣に、現・極悪の少女が――。
「とうっ!」
「いやあああああああああああああああああ!?」
「…………」
「…………?」
「――ひっかかった♪」
悪戯成功♪と笑って、寝転がった。
「……マジで殺されるかと思ったよ」
「マジで殺さなかったわたしに感謝なさい。――あとこっち見たらマジに殺す」
隣から聞こえる物騒な美声に全力で頷いて、俺は命を拾った安堵に息を吐き――そこで初めて空の色に気付いた。
「空が……」
血涙のような赤だった空が、ぬけるような青に染まっていた。
それは吹き抜ける風と、白い雲が自由に流れる――果て無くどこまでも続くような、空。
「綺麗だな……」
その美しさに微笑み呟くと、隣で寝転がるあいつがぽつりと言った
「……こっち見た?」
いや見てないよと答えると、何故か肘鉄をくらいました。
「いやなんでだよッ!?」
「空気読め童貞!!」
堪らず上半身を起こして抗議すると、向こうも上半身を起して怒鳴ってきた。
そしてメンチ切り合う俺達――ってそういえばこいつ今裸だった!!
「きゃああああああああ!?」
「これはどっちも悪かった!」
と、慌てて目を逸らそうとしたした所で――ふとある変化に気付いた。
「なあ、おい……」
「なによ!?」
「胸、でかくなってないか?」
「死にたいのねっ!」
本気の殺気を爆発させたあいつに俺は慌てて言った。
「いやべつにエロい意味じゃなくてだなっ。なんつうかお前、ちょっと成長してないか?」
「へ……?」
キョトンとしたあいつの身体を改めて見ると……うん、幼いのは相変わらずだけど、やっぱりさっきよりほんの少しだけ背も伸びて大人びている。
「……そう……かな?」
そんな自分の身体を、あいつは小首を傾げて見つめ―――ふっと、笑った。
「――じゃあ、少しは成長できたのかな。わたし……」
慈しむように、噛みしめるように、穏やかに、微笑む。
そうして、しばらく浸るように身体を眺めていたあいつが、ふと顔を上げて、どこか恥ずかしそうに言った。
「ねえ、ナイト……。前にわたし、自分の名前を考えとくっていってたわよね……」
「ああ……たしかアパートで初めてお前が目を覚ました朝に言ってたな」
思い出して言う俺に、あいつは小さく頷いて――
「決めたよ。わたしの名前……」
――ちょっと照れくさそうで、それでも心の底から嬉しそうに、言った。
「あのね――」
こうして、虚ろな
年内投稿ギリギリ間に合ったヤッタネ。
……ちなみにエピローグはしばらくたってからの投稿となります。ハイごめんなさい。全てはわたしめが遅筆なのが悪いのですごめんなさい。
ちなみにシャロのバリツはダウニーjr版ホームズを参考にしました。