極悪の策謀が眠れるビンビン息子を目覚めさせ、恐怖の童貞力に黄色い猫の怒りの拳が炸裂する。
明かされる驚愕の事実が童貞のSAN値を崩壊させ、黄色の脳髄が敗北するその果てに――人形劇第一の幕が下りる。
――やわらかな、ぬくもりを感じた。
それはとても温かで、でも小さく儚くて。
このぬくもりをいつまでも、抱きしめていたいと思った。
……良い、香りがする。
ぼうっとした闇の中で感じる、ほのかに甘く、どこか優しい香り。
可憐な花の様な、甘い砂糖菓子のようなそれを、もっと味わいたくて、手を伸ばす。
そして指に触れた、柔らかで心地よいぬくもり。
そっと腕を伸ばし、抱きしめ、その柔らかな香りの中で――騎士は目覚めた。
柔らかなベッドの中、チュンチュンと鳴く鳥の声を聞きながら瞼を開くと、綺麗な銀色が見えた。
朝日を浴びて輝く、紫がかった銀の流れが、目覚めたばかりの霞んだ視界を彩る。
「綺麗……だな……」
ぼうっと呟いてから、それが美しい紫銀の髪だと気付いた。
「……?」
なんで、こんなものが……?
小首をかしげつつそれを眺めていると、腕の中で柔らかな物が動き、小さな声が聞こえた。
「起きたの……?」
可憐な声音に誘われ、腕の中に目を向けると、美しい赤の瞳と目が合った。抱かれた腕の中で微笑む――紫銀の少女の穏やかな赤い瞳と。
少女の小さな唇が、悪戯気な声を紡ぐ。
「おはよ。ナイト……」
「あ、ああ……おは――」
その美しさに見惚れつつ返事を返そうとして――気付いた。その少女が艶やかな黒紫の下着姿だと言う事に。そして今自分は半裸の少女を抱きしめていることに。寝ぼけた脳がようやく理解し飛び起きる。
「ってなんじゃこりゃああああああ!?」
眠気も一瞬で吹き飛ばす驚愕に声を上げると、少女がその大声に眉を顰めながら同じく上半身を起した。
「あらあら。朝から美少女の下着姿を見られたっていうのに随分なリアクションねえ……」
と不満げに言いつつ、だがその美貌を楽しげに
悪戯な子供のようなその笑顔にドキリとしつつ、騎士は言葉を返そうとして、ふと自分が今見慣れぬベッドの上に居る事に気付いた。
「ここ、は……いや、俺はあの後……」
呟き、思い出す。
あの精神世界で少女の心を救い、二人寝転がって空を見上げ、その笑顔に見惚れて……。
「それから、どうなったんだ…………?」
思い出せない。と言うか昨夜の記憶が全く無い。
こういう時は状況から推理するものだ。さて現在の状況は……。
朝起きたらベッドの中で下着姿の美少女を抱きしめてました。
↓
犯っちまったね☆
「ってなんだよこの超展開は!?」
導き出された悪魔の推理に愕然とするも、いやまさかンな事は無いだろうと必死に首を振り否定する騎士を、だが紫銀の少女は笑顔から一転哀しげに見つめて
「まさか……憶えてないの?」
悪魔の事実を口にしたのだ!
「あんなにケダモノのように●しておきながら!」
「えええええええええええ!?」
「あなたがわたしを救ったあの後、わたしは眠りから目覚めたけどあなたは目覚めなかったの……。あの糞猫は精神の疲労が原因だろうって言ってたわ。そしてその後奴らと別れたわたしは、そんなあなたをわたしの部屋まで運んでベッドに寝かせたの。そしたら……」
それはもう悲壮を絵にかいたようなお顔で涙ぐみ、よよよと震える両手で顔を覆う哀れな子羊(?)さん。
「あなたはいきなり目を覚まして、わたしをベッドに引きずり込んで無理やり……ッ」
「嘘だあああああああああああ!?」
びっくり初めてはまさかのレ●プだったよ!
そして記憶に無いとか酷すぎる!
せめて感触だけでもと必死に記憶を探るも思い出せない。
「や、犯っちまったのか俺は……ッ?」
青ざめ呟くケダモノに、震える哀れな子羊(!)は
「……ぷっ……ぷぷぷ……」
その肩を小さく震わせ……て……?
「ぷあっははははははははは!」
弾けるように笑いだした。
「へ……?」
突然の爆笑にキョトンと目を丸くする騎士を前に、それはもう愉快そうな声を上げヒーヒーと可愛らしいお腹まで抱える哀れな子羊(?)。
「…えー、と……?」
何が何だか分からず呆然と呟く騎士に、彼女は満面の笑顔で
「だーまさーれたっ♪」
大成功♪と微笑んだのだ。
「え……ちょっ………ってお前ッ――」
その笑顔でようやく気付いた哀れなケダモノ。
「騙しやがったな!?」
「やーいやーいだーまさーれたっ♪昨日散々わたしをフルボッコしたお返しよ!」
「ぐぬぬぬぬ……はぁ……」
ちっちゃな舌を出して「ざまあwww」と心底楽しそうに言う少女に、騎士は悔しげに唸った後、まあ確かにアレはやり過ぎだったなと思い肩を落とす。
そんな姿をスッキリした顔で見つめ、少女は気持ちよさそうに言った。
「あースッキリした。あの事はこれで許してあげるわナイト。私の寛大な御心に感謝なさい」
ふふんっと言う極悪の子羊は――ふと、艶やかな笑みを浮かべ
「――でも、それでわたしのこんな姿を見れるのだから、むしろ良かったでしょう?」
と、色っぽく言ったのだった。
「そ、れは――」
その言葉に、思わず見てしまう。
射しこむ日の光の中で、艶然と微笑む少女の姿を。
光を浴びて艶やかに流れる紫がかった銀の髪。傷一つ無い、透き通るような白磁に彩られた柔肌は、吸い付きたくなるほどに瑞々しく。美貌の下で黒紫の下着に包まれた可憐な膨らみから小さなへそまで伸びる曲線が目を奪う。ほんのりと色づいた柔らかな二の腕や太股が、見る者を妖しく誘い、未成熟ながら柔らかな曲線を描く肢体は、触れることすら躊躇うほどに美しく、幼さをようやく脱した少女の可憐さと艶やかさが、騎士を魅せた。
一つの傷も、穢れも無いそのカラダに、騎士は――。
「もう……体は大丈夫なのか?」
呆然と、呟く。
「え……?」
突然の質問にキョトンとするも、少女は答えた。
「ええ。あの糞猫が修復システムを直してくれたから、傷は全部修復できたし魔力が続く限りもう崩壊する事は無いわよ。あ、でも――きゃっ!?」
――そして、騎士はその身体を思いきり抱きしめた。
「ちょッ、な……ナイト!?」
驚き慌てる少女を、更に抱き寄せる。
強く。強く。そのぬくもりを、その命を感じたいから――自分が命をかけて救ったその命を、抱きしめた。
「よかった……ッ」
「ナイト……」
噛みしめるようなその声に、少女は目を見開き、そして穏やかに微笑む。
「生きて……るんだよな……」
「ええ。あなたのおかげよ……」
そして、少女もまた彼の背中に手を伸ばす。彼に救われた命を、その胸に温かく燃える
「ナイト……」
二人で掴んだ幸せな朝の中で。
二人、見つめ合う。
黒い瞳と赤い瞳で、想いを伝えあう。
微笑み合う少女の唇が、彼への想いを紡ぎ
「ほんとうに、ありが――ひゃんっ!?」
万感の言葉を伝えようとしたところで――その感触に素っ頓狂な声を上げた。
自分のお腹の下、女の子の一番大事な所を『ぷにっ❤』と押したその感触に――。
「なっ!?おいどうし――」
「ひゃぅんッ❤」
突然の奇声に何事かと騎士が身じろぎすると再び上がるエロい声。
はてさて一体何したものぞと首を傾げ、気付いた。
自分のお腹の下、男の子の一番大事な所に『ぷにゅっ❤』と当たるその感触に――。
「「――――!?」」
そして二人は同時にその感触のもとに目を向け――そして見た。
……さて、これ以上の描写は
今は朝で俺男。
↓
美少女絶賛ハグしてますっ❤
↓
元気ビンビン☆
「きッ、きゃああああああああああああああ!?」
「どひゃああああああああああああああああ!?」
そして美少女と童貞が絶叫デュエットし
「ヘンタああああイッ!!」
「ぶへあっ!?」
少女のビンタが炸裂し童貞はベッドに沈んだ。
そして美貌を真っ赤に染めた少女が涙目で部屋から走り去ると、ベッドの上には一人頬に鮮やかな手形を刻まれた童貞がピクピクと痙攣しているのであった。合唱。
「ニャ――」
そしてしばらくたった時、言葉にし辛い沈黙が降りる室内に、どこからか声が――。
「ニャっはははははははははははははっ!!」
それはそれは楽しそうな黄猫の爆笑が響いた。
「いやはやニャんともやっぱりユー達は面白いねえ!危うく笑い死にするかと思ったヨ!」
布地のお腹を抱えて笑いながら虚空から現れたのは
「――シャロっ!?」
「やあ騎士クン。朝から良い物を見せてもらった感謝するよ」
ピクピクと裂けた口の端を震わせて、チェック柄の猫のヌイグルミが慇懃無礼に礼を言った。
「お前、何しに……と、そうだ。なあシャロ。あの後、凛花達はどうなったんだっ?」
詰め寄り、自分のために戦ってくれた二人の少女の安否を問う。その必死な姿にクスクス微笑んで、チェシャロックは答えた。
「安心しなよ騎士クン。二人は無事だ。結局戦うことになったようだが、流石は凛花姉上。殺さずに勝って、君が彼女を救った後は気を失ったジャンヌを背負って帰って行ったよ」
「そうか。よかった……」
ほっと胸をなでおろす騎士の顔を、チェシャロックは楽しげに眺め、そしてからかうように言った。
「それにしてもユーの童貞力には驚かされるね。何でさっき押し倒さなかったんだい?」
「へ……?」
「さっきのはどう見てもそのまま一気に攻め込んでから合体する場面じゃないか。もしこれが小説の一場面だったら、読者は今頃エロい期待を裏切られて大ブーイングしているよ」
やれやれと肩をすくめ、嘆かわしげに溜息をつくチェシャロックの言葉に騎士は顔を真っ赤に染めて慌てだす。
「いやっおまっ何言って――」
「自分が童貞だからって怖気づいてるのかい?そんなだから世の童貞はいつまでも童貞なんだよ」
「止めろお前は今何か途轍もない物を敵に回してる!?」
少子化問題は加速する一方だねと呟く猫にたまらず騎士が叫ぶと
「まあ、でも安心しておくれよ――」
チェシャロックはニッコリ笑って
「――彼女も処女だ❤」
あっけらかんと言ったのだ。
「――――へ?」
よくわからないその言葉に、ポカンとする騎士。
その顔をしてやったりと笑いながら黄色い猫がまた言った。
「だ・か・ら・ユー達は童貞と処女でお似合いだと言う事だよ♪」
ヒューヒューと笑うその声に、ようやく脳がその意味を理解し。
「嘘だあああああああああああああ!?」
絶叫した。
「ちょっ、えっ、だってあいつ散々、犯して弄んでとか言ってただろ!?」
「ああうん。散々犯して弄んでたねえ……女だけ」
「いやあいつも女だろ!」
「世の中にはメカ触手と言うモノがあってだねえ。その起源は――」
「わーわー!?分かったそれ以上言うんじゃねえ!」
慌てて止める騎士にクシシと笑うチェシャロック。
「と、いうわけでユーはこれで気兼ね無く、彼女の誰のものでもないカラダを自分のモノにできるわけだ」
「いや何言ってんのお前!?」
「またまた照れなくともいいじゃニャいか♪穢れ無き
と、そこでチェシャロックは、鼠を見つけた猫のようにニヤアアアっと笑い、セクハラ親父みたいな声で言った。
「――精神の中であんなに情熱的に迫っておいて今更じゃないか」
「ってお前見てたのかよ!?」
「もちろん」
「サポート出来ないって言ってたよな!」
「サポートは出来ないが感覚は繋がってたさ。だってあの時ミー達は一つだったんだからね❤」
いやんっと首を振る黄猫の前で、こっ恥ずかしさで真っ赤になる童貞。
「お陰で素晴らしい物が見れたヨ。情熱的なあの台詞の数々。まったく見てるこっちまで恥ずかしくなるような遣り取り。今思い出してもニヤけてくるね」
本当にニヤける彼女に、「ああああああああ……」とベッドに突っ伏し唸る童貞のSAN値はただ今絶賛崩壊中。
「とにかくあの情熱をもってすれば押し倒すくらい訳無いさ」
目指せ脱童貞!と誘惑するチェシャロックに、騎士はたまらず顔を上げて叫んだ。
「そういうのは好き合ってなきゃ駄目だろ!」
「―――え?」
その言葉に、今度はチェシャロックが目を丸くした。
「あいつのためを思うなら、俺の欲望で穢しちゃいけない!!」
何だろう。すごく立派な事を言っているのに何かがおかしい。
「うんそうだ。恋愛感情が無くちゃ、そういう事をしちゃいけないんだ」
何やら力強くウンウン頷いている騎士。が、おかしな違和感が止まらない。
何だ何だ何かがおかしい何がおかしい!?
未曾有の違和感に、チェシャロックの黄色い頭脳がかつてない程の速度で回り出す。
考えろ考えろ考えてもあああああああ分からニャい!?
彼のあり得ない言動に、あらゆるトリックを解き明かし全ての謎に勝利してきた頭脳が、限界稼働も虚しく煙を上げて絶叫する。
そして今、あらゆる未知を既知とし、全ての謎を解いてきた黄色の脳髄が――敗北した。
「なあ……騎士クン……」
笑みを消して、口を開く。
重々しい声は、敗北の屈辱に耐えるように。
しばし躊躇い言葉をきるも、それでも知識の探求者として謎を解き明かすべく、チェシャロックは――
「彼女はユーの……何だい?」
その言葉に、騎士はキョトンとして、それからすこし照れくさそうに頬を染めながら、瞳を閉じて語り出した。
「あいつは俺にとって……誇り高くて、たった一人で自分の求める物のために全てをかけて戦った最高に魅力的な女だよ」
自分にとっての、彼女の意味を……。
「だから俺は、あいつに、あの瞳の輝きに一目で――」
その胸に在る想いを、告げた。
「――憧れたんだ」
どこかで何かがずっこけるような音がしたが、まあ気にしない。今は伝えよう、彼女への想いを。
「だからこそ、俺はあいつを守りたい。幸せにしたいんだ」
この誓いを。
「だから俺は、あいつを笑顔にするための
そう、俺はあいつの――
「――保護者だからな!!」
「シャロパアアアアアアアアアアアアアンチッ!!!!」
目をクワッと見開き、高らかに宣言した騎士の顔に渾身の猫パンチが炸裂した。
「ぐはあああああ!?」
柔らかいのに意外と強い衝撃に、たまらず再びベッドに沈む鈍感童貞野郎。
カンカンカーンと見えざるゴングが鳴り、黄色い猫パンチャーが肩手を上げての勝利ポーズをキメた。
「なにすんだコラア!?」
「本当にユーは童貞だねこの童貞が!」
ゴミムシを見る目で見られました。
「なんで俺殴られて罵られてんの!?」
「……ああ。そう言えばあの戦いの時『惚れそうだった』って言ってたね……。つまり惚れてないと言う事か……ふ、ふふ……なんだ手掛かりは最初からあったんじゃないか。それを見逃したってわけかい……は、はハはハハハ―――」
ついには虚ろな声でケタケタ笑いだすチャシャロック。笑ってるのはいつもだけど何かこれはコワイ!
「いやどうしたちょっと落ち着けよ!」
「ニャあああああ!!」
「ぎゃあああああ!?」
止めに入ったら顔面を引っ掻かれました。
「……はぁ。……まあいいさ。恋愛感情なんてのは後から幾らでも芽生えるんだ。それを気長に待つとしよう」
「イ、 テテテ……。結局何だったんだよ……?」
「当然の罰だよ。……まあこれはユーと彼女がニャンニャンする所を見せてもらうのでチャラにしよう」
「なにこのエロ猫!?発情期!?」
「マリアネットと人間の生殖行為。ニャっふっふ、実に興味深い……」
「違うもっと歪んだ何かだ!」
マッドな笑顔で呟くチェシャロックに騎士が本気でドン引く。
「安心しておくれよ。子供もちゃんとデキるから♪」
「なにその無駄な高機能!?」
思わず騎士が突っ込んだその刹那、
「―――まったくだ」
瞬間――空気が、変わった。
その一瞬で、緩くもどこか温かだった空気が冷たく張り詰める。
深く、重く、一切の虚言も戯言も許さず、真実のみが存在を許される法廷の如き、知性の領域の空気が、部屋を満たした。
ここはもはや団らんの場ではない。ここはすなわち――未知を既知とし倫理を以って真理を暴く推理の場。
そして、そうしたのは目の前の――。
「――それこそが、ミーが挑む
全ての謎との戦いに挑む、名探偵であった。
探偵が語る。深き知性を湛えたガラスの瞳で、解くべき謎を、挑むべき事件の正体を。
「ミー達は被造物。創られた存在だ。そして何かを新たに創る時というのは、創造物にはその製造目的に沿った機能を付けるものだ。無駄な機能は性能を落とす原因になるからね。そしてミー達《
その口調は淡々と、だが静かな熱を帯びて、鋭い洞察と妙なる観察眼が捉えた疑問点を指摘する。
「戦闘用兵器ならば要らないはずの《愛情》や《善意》。非戦闘用には要らないはずの《殺意》や《悪意》。力ある身体と弱い精神。そしてなによりも――」
言葉をきり、その柔らかな腕で己が下腹部を、まるで証拠品を扱うかのごとき手つきで撫で、言った。
「――マリアネットには《子宮》がある」
その声は淀み無く、その口は躊躇い無く、己に宿る不可解を語る。
「筋肉ならば分かる。魔力機関ならば分かる。それが様々な用途に使える機能であるならば分かる。だが子宮など、子供を作る事しか出来ないじゃないか。何故、ただの《人形》にそんな機能が必要なのか……」
声が上ずる。熱が高まる。狂気にも似た思考が加速し黄色の脳髄が白熱する。
「仮に《人間》の再現そのものが目的だとしたら、何故人間以上の力が与えられている?完璧な存在を作ろうとするならば、何故完全性を阻害するような要素がある?互いに互いを阻害し合う相反する矛盾要素。意図された不完全性。そして《マリアネット・コード》を始めとした意図不明の機能群。何故そんなモノが在る?何を目的に付けられた?」
何故、己は生まれた?
何故、生きている?
そしてチェシャロックは、大いなる《
「――《傀儡王》ゼペットは、一体何を創った?」
《
騎士は言葉を発する事が出来なかった。
彼女の空気が、その小さな身体から放たれた大きな何かが、一切の発言も許さなかったから。まるで探偵の推理を聞かされる事件関係者の様に、ただその言葉に耳をすます。
「マリアネット・コードとは何か?ミー達は何者か?それを解明することこそ、ミーの生きる意味で、目的の全てだ」
彼女は語る。その胸の誓いを。己が己たる誇りを。その総てを以って謎に挑む事こそ己であると。
「だからこそ、ミーはそれを解くためならば何でもするし、何も躊躇わない。全てを利用し全てを使い潰して――ミーは真実へと至る!」
そして、探偵の語りは終わり、場に静寂が戻る――深遠なる知性と、疑問に満たされた静寂が。
「…………」
難解なる静寂の中で、騎士は思う。
シャロの言葉は本物だ。そしてその瞳に在る、謎とそれを解く以外の全ては無価値という意志も。彼女は誰も欲しない。愛も求めない。倫理も禁忌も何もかもが捜査の邪魔としか思えない破綻者。ならばきっと、自分を助けたのもまた――ただそれだけだったのだろう。
挑むべき謎を解くための単なる道具で、所詮ただの利用すべき存在――でも、それでも……。
「ありがとな。シャロ……」
騎士は、感謝を告げた。
「――へ?」
その行動に、チェシャロックの瞳はキョトンと見開かれ、疑問の声が出る。
彼が、何を言っているのか分からない。その言葉の意味は分かるが、その理由が分からない。果たして彼は今の話をちゃんと聞いていたのだろうか?聞いていたのならば、己がどういうモノであるかなど分かったはずなのに……。
解けない疑問に支配された彼女に、騎士は頭を下げた。
「あの時俺を助けてくれてありがとう。お陰で俺達は、今こうして生きていられる……」
呼吸瞳孔体温全てを観察するも、その言葉に嘘は無く、その気持ちに曇りは無い。いやだが、だからこそ、分からなかった。
「今の話を聞いてなかったのかい?理解できなかったのかな?ならば教えてあげよう。ミーはユーが、マリアネットの精神に変化を与える稀有な要因だから利用しただけだ。つまり、ミーにとってユーはただの道具に過ぎないんだよ」
冷たい声で、告げる。
分からない彼に、分からせるために。
だけど、彼はそれでも――。
「それでも、ありがとう……」
心からの、想いを告げた。
「…………」
この時、チェシャロックは、己が脳髄の二度目の敗北を悟った。
「訳が分からないね……」
深々と溜息をつき、肩をすくめる。
分からない。彼の考えが。だがそれ以上に不可解なのが
「ふふっ。ほんとうに、分からないな……」
分からないのに、何故かそう悪い気分でも無いと言う事だ。
まあ、いい。分からないのであれば――
「――
ニヤリと笑い、新たに増えた
「では騎士クン。ミーはそろそろお暇するよ」
別れを告げるその姿が、徐々に色を失い薄くなっていく。
「マリアネットにこれほど深く関わった以上、ユーは
その先に、求める真実が在るのなら――。
「言っておくがさっきの言葉に偽りは無い。ミーは真実に至るためならば天使にも悪魔にもなるよ。はてさて次に会うのは敵か味方か。せいぜい気をつけておくことだね……」
最後にそんな言葉を残して、黄色の探偵猫は虚空に溶けるように消えた。
そうして部屋の中は、再び騎士一人だけになる。
緊張から解放され、ふたたび朝の穏やかな空気を取り戻した室内は窓から日差しが降り注ぎ、温かな静寂に包まれた。
猫との会話を終えた彼は肩の力を抜き、ふうっと息を吐いた後、ベッドに寝転がった。
「なんか疲れたけど……やっと礼を言えたな……」
満足げに呟き――。
「――あそうそう騎士クン」
突然声をかけられ驚いた。
「――シャロ!?」
慌てて周りを見回すも姿は無い。代わりにその声だけがクスクスと笑った。
「驚かせてすまないね。ちょっと言い忘れた事があったんだ」
「な、なんだよ?」
まだちょっとドキドキしつつ聞く騎士に、見えざる猫は気軽な口調で
「――彼女の修復機能は完全には治ってないんだよね☆」
テヘぺろ☆
と言ったのだ。
「――な、んだよそりゃ!?」
「いや正確には修復システム自体は完全修理できたんだけど、肝心のマリアネットのコア部分である《
流石はかの《発明王》の遺産。オーバーテクノロジー過ぎて手も足も尻尾も出なかったよ☆と笑う声に、騎士は愕然と問いかける。
「じゃああいつは――ッ」
「ああ安心しておくれよ。彼女はもともとシリーズ最高クラスの修復力の持ち主。たとえ五割でも機体を保つには十分さ。魔力が続く限り崩壊する事は無いよ」
「そう、か……」
その言葉にほっと胸をなでおろす騎士だが、次の言葉に再びその顔が強張った。
「ただし問題なのはその魔力だ。これを常に供給していなければすぐに魔力切れを起こしてしまう……」
「魔力って……どうすりゃ手に入るんだそれ?」
「人や一部の動物。もしくは魔族や魔物など魔力値の高い生物から採取するか、もしくは大気中の
「なら八方塞がりじゃ――」
思わず声を荒げる騎士の言葉を、ちっちっち、と言うチェシャロックの声が遮る。
「だがそれを解決する良い方法ならちゃんと導き出しているとも。そう、ミーのこの黄色の脳髄がね!」
ドヤ!
と、それはもう見事なドヤ顔が見えるようなセリフだった。
「…………」
こいつは……。
ガックリと、探偵という人種の面倒臭さを心底味わう騎士であった。
「……で、その方法ってのはなんなんだ?」
盛大な溜息を吐きつつ聞くと、チェシャロックはノリノリで
「ニャっふっふ。ニャらばいいとも教えやろう真実はいつも一つ!その方法とは――」
答えようとして
「…………」
「…………?」
「――彼女に聞きたまえ!」
思いっきり丸投げした。
「教えないのかよ!?」
盛大にずっこけてから盛大にツッコんだ騎士に、チェシャロックはニヨニヨとした声音で言う。
「いやいや、やっぱりこういう大事な事は直接本人の口から聞くべきだ。……そっちのほうが面白いしね」
「最後に何かロクでも無い事言わなかったか!?」
「気のせいだよ騎士クン。ではではさっそく彼女のもとへ行くんだ。ユーいっちゃいなYO!」
悪魔の方がまだ信用できるだろうと思える胡散臭いセリフに促され、騎士はしぶしぶ立ち上がり、ドアへと向かった。
◇◇◇
勢い良くドアを開け、紫銀の少女はリビングに飛びだした。
振り返りもせずにドアを閉め、そのまま背中を付けてもたれかかる。
「…ハァ…ッ…ハァ…ハァ…ッ…」
荒く火照った息をつくその美貌は鮮やかな赤に染まり、艶やかな白磁の肢体は上気して、滑らかな柔肌に汗を浮かべて震えていた。
胸の鼓動が鳴り響く。肌が火照って止まらない。
「い、まのって……」
かすれた声で呟くと、先程感じた感触と、その光景が脳裏に蘇ってきて……
「ぅ……ぅぅ~~~ッッッ」
恥ずかしさと、甘い痺れが全身に走り、思わず顔を覆った。
掌に感じる今までに無いほど火照った頬の熱に、更に赤面する。
「わたし、こんなに初心だっけぇ……?」
見せるのも触れるのも平気なのに、不意に見られたり触れられたりすると途端に恥ずかしくて真っ白になる。
それが異性との経験が無いからか、それとも彼だけが特別なのかはわからない。けど、一つだけ分かってしまうのは……
「……わたし…こんなに……ナイトに恋しちゃってるんだぁ……」
このどうしようもない胸の高鳴りと、熱さが恋心を伝えてくれる。
淡い膨らみに手を添えて、その鼓動を感じながらほうっと呟くと。
カシャッ!
軽やかなシャッター音とフラッシュに晒された。
「ふえっ!?」
突然のフラッシュに驚く彼女が見た物は、生気の無い青白い肌に白いワンピースを着た、膝まで届く長い黒髪から焦点の合わない瞳でこちらを見る、およそこの世のモノとは思えぬ――
「……どーも、
――不思議系電波少女こと万馬殿安美だった。
「なに……してるの……?」
「……撮ってます」
強張る唇の端をヒクヒクさせて問う少女に、相変わらずの無表情でスマホのレンズを向ける安美さん。
カシャ!
っと撮影した写真を確認し、握った人差し指と中指の間から親指にょきっと出しまして一言。
「……ないすエロス」
「ってナニ撮ってんのよおおおおおおお!?」
慌ててスマホを奪おうと掴みかかるも、ゆらりと避けられミッション失敗。一応人類を超えている所の自分に気配を感じさせず接近した挙句、不気味な動きで回避するあたり本当に人間――もとい生者なのだろうかと戦慄する極悪さん。
「……じゃあもっとエロいアングルいってみよっかー」
「いやあああああああああああ!?」
カシャシャシャシャシャシャッッッ!!
ついにはアクロバティックな体勢であらゆるエロいアングルから撮影しだした不思議系電波少女に、顔を真っ赤に染めて叫んだ。
「いやもう何しに来たのよあなたは!?」
その言葉に、目まぐるしく体勢を変えて撮影していた安美の動きがピタリと止まる。
そして、悪魔が憑依したようなブリッジで止まったまま下から少女の瞳を見上げて、ポツリと言った。
「……ないとは起きたの?」
「え?」
予想外の言葉に、少女は安美の顔を見返した。
(呪いの)お人形を思わせる可憐な美貌は無表情で、だがその黒い瞳は焦点は合わずとも、漆黒の中で確かに光る強い想いがあった。
紫銀の少女は思い出す。昨夜、意識を失ったナイトを背負って帰った時の事を。
彼女がアパートについた時、最初に見たのがエントランスで一人騎士の帰りを待つ安美だった。もともと体が強い方ではないのだろう。微かに青ざめた顔で、それでも一人彼を待って立ち続けるその姿は、彼女の脳裏に深く刻まれていた。
「……ええ。起きたわよ」
そう答える声は、僅かに震えていて。まるで、絶対に勝てない敵を前にしたかのようだった。
「……そう。……元気だった?」
「……ええ。元気なものだったわよ」
「……御子息は?」
「~~~~~~ッッッ!?」
ぼんっと一気に赤面する少女の顔を無表情に見上げて、安美は僅かに目を細める。
「…………そう」
小さく呟くと、カサカサとブリッジのまま玄関へと歩き(?)出した。
そして扉を開き、廊下へ出ようとしたところでふと振り返ると、立ち尽くす紫銀の少女に言った。
「……安心して。私はないとを盗らないよ」
ビクッと震えた少女に、また僅かに目を細め、扉から出ていく――
「……待ちなさいよ」
寸前に、小さく声をかけられ振り向いた。
「……なに?」
首の回り方が限りなく百八十度に近かったが、少女にはそれを気にする余裕などなかった。何度か躊躇うように可憐な唇を開き、閉じて、そして暫し目を閉じた後、意を決したように話しかける。
「あなたには散々してやられたわよね……」
「……うん。そうだね……私は私のためにあなたを傷つけて利用した」
淡々と答えるその美貌に一切の揺らぎも表情も無く、ただ静かに聞いた。
「……殺してもいいよ?」
淡々と、淀みなく。不安も恐怖も感じさせず、あくまで当然のように。
――殺してもいいと、安美は言った。
「…………」
ゆらりと、紫銀の少女が動く。小さな足を踏み出し、淡々とした足取りで安美のもとへと向かう。そして傍らに立った少女は、その掌をゆっくりと安美の顔に伸ばした。
伸びる掌を、安美はぼうっと見つめる。深い黒の瞳で、目を逸らさぬ事が責務であるかのように。
――白い蜘蛛のような指が触れるその刹那、淡い唇が、その名を微かに紡いだ。
「……ないと……」
そして、安美は――
ビシッ………!!
――額に炸裂した衝撃に、意識が遠のいた。
「――どう?」
続いて鈍い痛みが拡がり、かけられた声に意識を取り戻す。
ちょっと潤んだ視界に映ったのは、右手をデコピン(発射後)の形にした、紫銀の少女のちょっと頬を染めた仏頂面だった。
「……余りの痛みに狙撃されたかと思いました」
淡々と答えるも、ジンジン痛む額にちょっと涙目である。
その顔に、ちゃんと痛みは感じるんだと思いつつ、そっぽを向いて少女は言った。
「今ので、とりあえずチャラにしてあげるわ……」
何故かちょっと恥ずかしそうなその台詞に、安美は小さな首を傾げる。
「……いいの?私はあなたの大事なものを踏み躙ったのに……」
「…………」
その言葉に、少女はしばし沈黙した後、ポツリと言った。
「あなたの、おかげだから……」
その声音に、複雑な思いを籠めつつ。
「あなたが……わたしをけし掛けてくれた、から…わたしはデートできた……」
それは強張って、所々途切れがちだけど、確かな――。
「だから、ありがと……」
――感謝の、言葉だった。
その小さな、だけど確かな想いの詰まった言葉に、安美はその瞳を僅かに、ほんの小さく見開き、呟いた。
「…………そう」
そして彼女は、再びドアに向かう。
部屋から出る直前に、もう一度振り向いて、呟いた。
「……また、お茶会しようね」
その小さな声音が、微かに微笑んでいたように思えたのは気のせいだろうか。確かめる間もなくドアが閉まり、安美はリビングから出ていった。
一人になったリビングで、紫銀の少女は立ち尽くす。
強張っていた肩の力を抜き、ふうっと息を吐いた。
そうすると息と一緒に緊張も外に出ていったような気がして、少し気が楽になる。
「お礼を言うのって、こんなに精神を使うんだ……」
呟いた言葉は紛れもない本心で、お礼を言うだけだというのに少女の身体は緊張し、声は硬くなっていた。そしてなんだか照れくさくて、顔も赤くなってしまった。
でも……。
「ちゃんと、言えた……」
無事にその想いを伝えられた事の安堵と達成感に、胸をなで下ろす。
本当は安美の言う通り、その胸には小さな恨みも憎しみもあるし、彼女自身もまだ正直苦手であるが……それでも後悔は無かった。
その胸に新しく芽生えた温かな何かが、確かに彼女への感謝を抱いていたから。
「また、お茶会…か……」
小さく呟き、微笑んだ。
「まあ、悪くないわね……」
柔らかな声は、穏やかに流れ、優しく朝の空気に溶けた。
そうして微笑み立ち尽くしていると、少女の部屋の扉がガチャリと開き、何やら眉を顰めた御伽騎士が現れた。
「なあ、ちょっと聞きたい事が――」
少女を一目見て、固まる。
「あらどうしたの?ナイ…ト………」
その様子に小首を傾げ、気付いた。
自分が今だ、下着姿である事に――。
「ひゃうっ!?」
慌てて胸元を手で隠し、いつものゴシックドレスを生み出すべく、その身に魔力を籠めるも――。
「う、あぁ……っ」
僅かに出た紫の光は直ぐに霧散し、かわりに襲った立ちくらみに力が抜け、儚げな身体がぐらりと揺れる。
そして倒れこむその身体は――駆け寄った騎士の腕で抱き止められた。
「おい大丈夫か!」
自分を心配気に見つめる、彼の瞳。抱きかかえられた事で吐息すらかかる距離から見るそれにドキリとしつつ、少女は火照る頬を感じながら答えた。
「ええ。大丈夫よ……。ちょっと魔力が足りなくなっただけだから……」
「足りなくってッ――それヤバいんだろ。なあ何とかする方法を教えてくれ!それが何だろうが今すぐしてやるから!」
「ふえっ!?」
と、その言葉にぼんっと赤面する少女。
「い、今じゃなきゃダメなの……?」
小さな耳まで真っ赤にして、あわあわと聞く。
「当たり前だ!」
「明日、とかじゃ……」
「駄目にきまってるだろ今すぐだ!」
強く言われ、少女はそれでも頬を染めて「いや覚悟が……」とか「やっぱりムードが欲しいな……」などと両手の人差し指同士を顔の前でツンツンさせつつ呟いていたが、騎士の強い瞳に促され、ついには観念したのか、小さな声で呟いた。
「……するの……」
「ん?何だって……?」
だけどその声は余りにも小さくて、騎士は聞き返す。
すると、少女はますます赤面しつつ、それでも今度ははっきりとした声で――。
「――わたしと、マスター契約……するの……」
恥ずかしそうに、言った。
「…………へ?」
騎士の時が、止まった。
「…………マジ」
「……う、うん。仮のマスター契約をすれば、わたしとナイトは経路(パス)で繋がるから、ナイトの魔力を常に供給できるようになるの………」
「え……でも……その方法って……」
呆然と呟く騎士の脳裏に、無残に散らされた初めての記憶が蘇る。ついでに意外とテクニシャンだった笑う珍獣の舌使いも。
ボンっとこちらも赤面し、動揺に震える声で聞いた。
「い、いいのか……?」
その問いに、少女は――。
「……ぅん……」
腕の中で、恥ずかしげに、それでも嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見た、瞬間に――。
――――ドクンッ!
騎士のセカイが、高鳴った。
「…………ッ!?」
それは、心臓だけではなく、脳が、魂が、彼の総てが高鳴った音。
何もかもが、腕の中の少女に魅せられた音だった。
「……う、あ……」
頬が熱い。頭が燃える。胸が高鳴り止まらない。
こいつは守るべき存在で、自分は責任ある保護者だというのに……。
――こいつの唇から、目を離せない。
そして、紫銀の少女は、静かに、その濡れた唇を綻ばせた。
まるで、逢いにくる恋人のために扉を開ける乙女の様に。
熱く蕩けた赤い瞳が、誘った。
そして、騎士は……ゆっくりと、その唇に向けて顔を落とした。
ドクンと高鳴る、彼の鼓動。
トクンと鳴り響く、彼女の鼓動。
抱きしめる腕から伝わる、彼の熱さ。
抱きしめた肢体から伝わる、彼女のぬくもり。
黒い瞳と、赤い瞳が伝えあう、二人の想い。
重なり合う、その時に。
「ねえ、ナイト……わたしの名前を、呼んで……」
彼は、彼女の名を呼んだ。
それは彼女が憧れ、魅せられた物語の、小さなただの女の子。
居場所を失い、拠り所を失くして惑う小さな――でもけして諦めずに運命に挑んだ少女の名を。
彼女が夢見る、そう在りたいと願った名を――
「ああ。ドロシー……」
想い合う二人の口づけで、人形劇は最初の幕を下ろした。
極悪少女は縛れない
第一幕『虚ろな騎士と惑える人形』
――――閉幕
◇◇◇
時の流れを忘れたような風情ある日本家屋――雨宮邸の廊下を、雨宮凛花は歩いていた。
後頭部で一纏めに流した蒼黒の髪を涼風に靡かせ、その手に食事の乗った朱塗りの盆を持ち、楚々とした足取りで進む青の少女。
一歩。足を踏み出すその度に、彼女が纏う清涼な空気が、凛とした美しさとなってこの場を彩る。そんな彼女の蒼き瞳は、だが深い憂いに沈んでいた。
「ジャンヌ……」
その憂いの名を、呟く。
彼女が命を救い、そして今食事を手に向かっている部屋に居る妹の名を。
あの戦いの後、凛花は意識を失ったジャンヌを連れてこの屋敷に戻った。そして家主たる老婦人・雨宮シズに許可を貰い、妹を屋敷の一室に寝かせたのだ。いきなりの申し出だったのにもかかわらず、穏やかな笑みを浮かべて快諾した彼女には、感謝してもし足りないだろう。お礼となるなら、どんな頼みでも引き受けたいと思う……アレだけは勘弁願いたいが……。
「ぅぅ……」
蘇る忌わしい記憶に、その瞳を憂いとは別の何とも言えぬ色に染めて眉を寄せる。しばらく呻った後、それを首を振って振り払い、再び妹に想いを馳せた。
一夜明け、目覚めたジャンヌは――壊れた人形のようだった。
呆然と、虚空を眺め――いや、何も見ない虚ろな瞳をぼうっと開いただけの、顔。語りかけても、触れても、最低限の反応すらせず、ただ身じろぎもせずにそこに在るだけの、意志の無い人形のようなヒトガタ。
『……………………』
外界の全てから目を背け、耳すらも塞ぎ内に閉じこもるかのようなその姿は、哀れで、辛い。
せめて食事だけでもとってもらわねば、心どころか身体までも……。
「かくなる上は、無理矢理にでも食べさせるしかないか……」
盆を握る手に、力がこもる。
その強さに悲鳴を上げるように盆が軋んだ音を聞いて、凛花はハッと我に返り、自嘲気な笑みを浮かべた。
「ジャンヌがああなったのは、私のせいでもあると言うのにな……」
蘇る、妹を斬った時の感触に、偽善者よと嘲い。凛花は歩を進めた。
だからこそ、罪滅ぼしにすらならぬ偽善だとしても、やれる総てを行おう。
それが私が姉としてできる、唯一の優しさだから。
そして凛花は、ジャンヌの居る部屋の前に辿り着いた。
「入るぞ……」
声をかけ、障子に手をかける。
その胸に、妹への想いと、姉としての覚悟を宿しつつ障子を開き――その全てが無駄になった事を知った。
「ジャン…ヌ……?」
凛とした少女の、呆然とした声が――誰もいない、虚ろな部屋に響いて……消えた。
報告
日本国■■県神原市にて高密度の魔力の波長を確認。
分析の結果、AAAクラス
99.98%の確率で、これをマリアネットと判定。指示を乞う。
―――
十六話以上名無しだったヒロインの名前がようやく付いた所で、これにて第一話終了です。
ヒャッハー長かったああああああああああ。これでしばらく肩の荷が下りたような気がするようなしないような。あーでもしばらく休んだらまた執筆に入らなければウフフフフフフ。
とりあえず次からはちゃんとプロットを書いてから執筆しよう。そうしよう。一度もまともに書けた事無い駄目な作者でごめんなさい。この作品の投稿が遅いのは主にこのせいです。
さて、第二話はちょっとした番外編を挟んでからの投稿です。
新たなるマリアネットと第一話最終回で大活躍したあのキャラを主役にしたスピンオフ。そのうち気力体力回復次第執筆します。
ここまで読んで下さった全ての読者様に感謝を捧げます。本当にありがとうごさいました!まだまだ続くよ☆