では、次は舞台を整えよう。
役者達を配し、大道具を揃えるのだ。極上の歌劇となるように。血沸き肉躍り命すらも燃やしつくす物語とするために。
狂える主役共よ――狂宴の魔都で待つ。
――満月の夜は殺しの夜だ。
世界を覆う黒の空に、煌々と輝く白い月。
夜天に君臨する白き女王は、冷酷なほどに眩い光で地上を照らす。そこで繰り広げられる惨たらしくも滑稽な逃走劇を、天の高みから鑑賞するために。
「はぁっ、はぁ――ッ」
走る。霧けぶる
駆ける。赤いローブを纏った三人の男が、息も絶え絶えに恐怖に震えながら。
逃げる。追いかけてくるモノに喰われぬために。
――犯罪学において、満月は最も殺人事件が起こる夜だ。
「ガルアアアアアアアア!!」
夜気を震わす咆哮。
背後より轟く声と共に全てを吹き飛ばす突風、否――暴風が襲いかかった。
砲撃の如き風圧はタイルを巻き上げ壁を粉砕し、逃げ惑う彼らをも吹き飛ばす。
竜巻の中にでも放り込まれたかのような衝撃の後、地面に叩きつけられた彼らは既に傷だらけであった。だが、それでも血を流し震える身体で立ち上がろうとする。ここで止まる事、それが絶対的な死を意味する故に。
「はっ――ぐ、あ……足がああ…ッ」
「止まるな走れっ!! 立ち上がって逃げ続けるんだ!」
だが、その中の一人は悲鳴を上げて蹲る。瓦礫にでも当たったのだろう、血まみれの足はあり得ない方向に曲がっていた。それを仲間である年若い青年が助け起こそうとするが、それを見ていた最後の一人――中年の男は張り詰めた声で叫んだ。
――一説には、潮の満ち引きの如く体内の水分が月の重力の影響で変化する事によって、精神が興奮するからだという。
「そいつはもう駄目だ放っておけ!」
「そんなっ、仲間だぞ!?」
「さっさと逃げなけりゃ奴に――あの《狼》に喰われちまうんだぞ!!」
「――ッ!!」
その言葉に、青年の顔が凍りつく。
獲物を狩りたてる事を楽しみ、闇の奥から近づいてくるあの足音に。
穢れた路地に木霊し、血に飢えた愉悦を滴らせるあの息づかいに。
来る。こうしている間にも奴が、あの血に飢えて殺しに酔った――《狼》が、来る。
「ひ…あぁ……ッ!」
――だが古来の人々は、こう語った。
「お、おぃ……嘘だろ…助けてくれよ俺も一緒に逃げ――!!」
「……ッすまん!」
――月だ。月の光が人を狂わせるのだ。
踵を返し、顔を背けて、涙と恐怖を垂れ流し震えて懇願する仲間を棄てて走り出した。
「い、いやだッ……助けて……」
背後から響く、絶望の声。
青年は顔を歪め、罪悪感を引き返したい心ごと無理矢理に抑えつけ足を動かす。
仕方が無い。仕方が無いんだ。
皆奴に殺された。十人以上いた仲間が俺達だけを残して皆全て。
俺達は優秀な魔術師だった。戦闘系魔術の精鋭。偉大なる赤のクイーンに仕える一騎当千の手札達。
だった……はずなのに、奴はそれをまるで玩具にでもじゃれつくように殺して――喰った。
勧誘が無理ならば力ずくで捕獲するよう命じられ最高の装備で挑んだ、のに……。
勝てない。歯が立たない。
殺される。立ち向かった者は皆奴に殺される。
「たす――ぎゃぃあああああああああああ!!!」
だったら、逃げるしかない。
「だからぁ、仕方ないんだよおおおおおおおおッ!」
――あの美しくも狂おしい月光が
「そうだ仕方ないだから走れ! 逃げ続ければ、きっと救援がく――」
一縷の希望を語った中年の男はその瞬間、背中から巨大な顎に喰いつかれた。
「痛あがああああああああああ!?」
血臭満ちる裏路地に、骨をかみ砕くベキバキという音と絶叫が轟く。
背後から飛びかかり男を噛み砕くそいつは、血と唾液に濡れた歯をむき出した顎に獲物を咥えながら青年の眼前に着地した。
逃げ場はもう無いのだと、笑いながら。
――人の血の中に眠る獣を、目覚めさせるのだ。
「う…ああ…」
絶望に染まった瞳で青年は見つめる。
仲間を全て殺して喰らった獣を。
凍りつくような月光の下、白金の毛並みに覆われた牛ほどもある体躯を赤く染め、唾液と鮮血を愉悦に歪んだ顎から滴らせて笑う――恐ろしくも美しい狼の姿を。
「だ、たすけ――」
半ばまで顎の中に飲み込まれながらも、男は青年に向かって震える手を伸ばし――喰われた。
グチャグチャと肉が潰され、ゴリゴリと骨が砕かれ、ゴクリと飲み込まれる。巨狼の熱い息遣いと咀嚼音を残して、男は顎の中に消えて逝った。
「あ……あぁ……ッ」
その末路を前に、恐怖と絶望の声を洩らす青年を狼は愉しげに眺め、その顎をゆっくりと開き……
「ヘイヘイ小便漏らすなよ兄ちゃん。小便臭ぇ肉なンか喰いたくないからよォ」
人の言葉を、話した。
「ひぃ……っ」
あり得ない。ただの獣が人語を話すなど。
然り。これはただの獣ではなかった。
「しっかしあれだなぁ……」
血肉で赤く染まった口元を巨大な舌でベロリと舐めるその姿が、歪む。
変形する。鋼の様な筋肉が波打ち収縮し、バキバキと音を立てて骨格すらも変わっていく。前脚が腕に、獣毛が艶やかな長髪に。獣の巨躯は人の形となり、やがて――白金の髪を靡かせる少女となった。
「いくら魔術師っても、アンタら揃いもそろって歯ごたえ無さすぎだろ」
降り注ぐ月光の中に悠然と立つその姿は、血煙漂う殺戮の場に在ってすらも美しい。
後頭部で一纏めにし獣の尾の如く垂らした、限りなく白に近い金の髪。まだ十代の半ばだろうその未成熟な肢体に、だが弱々しさは無い。滑らかな柔肌の下、殺戮のために研ぎ澄まされた筋肉が生み出す野生的な造形美が、それが紛れもない肉食動物であると対峙する青年に恐怖と共に伝えていた。
そして、嗚呼何よりもその瞳だ。
夜闇の中で残酷な月の様に輝く黄金の瞳。野生的な美貌の中、哀れな獲物をどうやって喰らおうかとぎらつくそれは、断じて人の瞳では無い。
――狂える月の下、人は獣となるのだ。
「もちっと筋肉付けなよ。じゃないと骨と皮ばっかで腹に貯まらないからさぁ」
――白き満月を赤く染め上げる、殺戮の獣に。
「な、何故だっ!?」
絶望的な暴力の権化。喉を鳴らす少女の形をした獣に、青年は怯えながらも問いかける。
「我が主。いと尊きあの方の臣下となれるのだぞ! その栄誉を何故拒む!」
不可解だ。理解できない。
震える声で心の底からそう叫ぶ青年に、少女はむしろ呆れながらも憐れむような目で肩をすくめた。
「ワーオ大した愛だなすげえすげえ。『何でそう思ってんのか疑えもしない』ってのに全くおめでたいぜ。そんなにアイツが好きなら一人で世界の中心で愛を叫ぶなりマスかくなり好きにしな。……だがよぉ兄ちゃん。ンなもんオレにはどうでもいいんだよ」
ハスキーな声に侮蔑を籠めて、狼は人の忠義を吐き捨て嘲笑う。
「栄誉?忠誠? アホかンなもんくっだらねえな犬の餌にもなりゃしねぇ。誰の指図も受けずに生きてこその人生だろうが。他人に縛られて何が楽しいんだドM野郎? いいかぁ、オレは飼いならされる狗じゃない。オレはなぁ……」
さあ聞けよ
「――
天地万物何にも縛られぬ事、それが我が《獣》の在り様なのだ。
「とはいえなんだぁ、やっぱいくらワイルド女子でもメシを残すのはよくないよなあ。よく姉貴に言われたよ。『お残しはいけません』ってなあ――つーわけで、だ」
じゅるりと、赤い舌が唇を舐める。
獰猛に笑うその唇が歯をむき出して――開かれた。
「――いっただっきまぁす❤」
「う、うわあああああああああ!?」
極限を超えた恐怖に青年は武器をとる。
無我夢中で唱えるは、最も得意とする火球の呪文。生涯における最高速で詠唱を終え、構えた杖から灼熱の火球を撃ち放った。
そして、爆発。
轟く爆音は夜気を揺るがし、爆炎が少女のいた空間を覆い尽くす。
殺った。
勝利を確信した彼の瞳は、だが次の瞬間、絶望に見開かれた。
「ガァルアッハハハハハハハハハアアアアア!!」
その瞳に映るは、天を覆う満月をも喰らうかの如く跳躍した一匹の獣。
夜天に身を躍らせるその姿は、さながら神話の狂狼か。
爆ぜる炎など飛び越えて、獲物の足掻きを嘲笑い、ただただ彼女は喰らう者。
青年が最期に見たのは、己を喰い殺す獣の
――――――。
―――――。
――――。
「っああ~喰った喰ったぁ。……けどやっぱ物足りねえなあ。
数分後、血塗られた瓦礫の山と化した路地裏には、食事を終えるも物足りなさそうに呟く少女の姿だけがあった。先程までここに武装した魔術師達がいた事などまるで嘘だったかのような光景の中で、月光に照らしだされた少女の口元を赤黒く染める鮮血だけが、彼らの残滓だった。
「ま、前菜としちゃこんなもんか……」
その唇が、吊り上がる。
「ああそうだ満腹になるのはまだ早え……」
獰猛に、愉しげに。
「――メインディッシュは、これからだしなぁ」
遥か彼方、洋上を行く船から香るあの臭い。この倫敦へと来たる主菜の香りを鼻いっぱいに嗅ぎながら。
満月の下、飢えたる狼――ゼペット式魔導人形
無邪気に食事を楽しむ、子犬の様に。
◇◇◇
――赤い。
この空間を表すのに、これ以外の言葉はいるまい。
広大な床に敷かれた絨毯。精緻な彫刻を施された柱。絢爛豪華な調度品が彩る壁と天井。高貴にして荘厳。お伽話に描かれる城の中を思わせるここは、その総てが赤に染まった空間(セカイ)だった。床も壁も天井も、音も光も空気すら、この場の総ては抗えぬ《赤》に染められ、支配されている。
ここは、真紅の玉座の間であった。
だが、ここに王はいない。ここを統べるのは――
「戦闘員全員の死亡を確認。……5番姫の説得及び捕獲は、失敗しました」
震える声が、赤き世界に響く。
この場の最奥。真紅の薔薇に彩られた玉座に向かい、赤いローブに身を包んだ男が首を垂れて、自らが指揮を執った作戦――その失敗を報告していた。
「……5番姫の《咆哮》によって現場周辺は壊滅状態。ですが隠蔽工作は速やかに完了し……」
跪き、緊張に強張る声で語る男の顔から、冷たい汗が幾筋も流れ落ちる。
恐ろしい。あの麗しき尊顔を見るのが堪らなく怖い。失敗したのだ。下された命を家臣ごと容易く潰されたのだ。果たして今、主のその緋の瞳には何が在るのか。使えぬ下僕への侮蔑か。それとも憤怒か。いずれにしても目の当たりにしただけで己は恐怖のあまり意識を失うだろう。男はこの時、今だけは敬愛する主を仰ぎ見れぬ事を感謝していた。
「……報告は、以上となります」
震える声で、男の報告が終わった。
終わってしまった。これで後は、主の言葉を待つのみ。
「……ッ……ッ」
そして、沈黙が降りる。対峙するだけで感じる王威に押し潰されるような錯覚すら抱いて、男はただ伏して判決を待つ。その肌からは止め処なく冷たい汗が流れ落ち、全身が震えて心すらも慄いていた。
主は今だ黙したまま。静かに思案しているのか。それとも下僕の醜態に憤っているのか。……分からない。男に出来るのはただ、祈り待つ事だけだった。
その、永遠にも感じる沈黙は――
「……で、あるか」
美しく、そして高貴なる調べによって終わりを迎えた。
それは傲慢なほどの我を宿す、遥かな高みより響くような――声。
瞬間、男の左手が一人でに動き、護身用に身に着けていたナイフを抜き放つとそれを自らの首に突き立てようとしてきた。
「な……ッ!?」
咄嗟に右手で左手首を掴み押し止めるも、左手はなおも力を籠めてナイフを突き立てようとする。無論、自分の意志では無い。だが現に左手は感覚を失い、肉が骨が神経が、己ならざる者の意志によって支配されているのだ。
驚愕に震え恐怖に染まる男を嘲笑うかのように、その左手が熱を持つ。そこに刻まれた臣下の証たるハートの刻印が、鮮血の様に赤く輝いていた。
「我が命を拝し、必ずや果たしてみせると言いながら……」
迫る死を抑えようとするも、できない。抗えない。
「果たせなかった、か」
ギリギリと音を立て、喉へと迫る冷たい煌きがその肌に僅かに触れた。
薄皮が裂け、小さな薔薇の様に噴き出た血の玉が流れ落ちる。
「お、許しを……ッ」
許しを乞うも、無駄な事。
主の言葉は絶対。抗う事一切許さぬ王者の勅命。
「――クイーン……ッ」
男は仰ぎ見た。赤き玉座にいまし、赤き女王の威容を。
波うつ髪は鮮烈なる赤。大理石よりもなお白き柔肌に纏う、赤と黒に彩られた豪奢なドレス。その権威を象徴する王冠を頂く姿は、絢爛にして美麗。高貴なるその身から溢れ出る輝かんばかりの王威が、対峙した者全てを自ずと跪かせる威容であった。
その緋色の瞳。不遜と傲慢に満ちて己以外の総てを見下しながらも、遥かな高みを目指す瞳を見て思う。ああ……やはり、この方こそ真の女王。抗う事も、逆らう事など出来はしない。
首を刎ねよと命じられたならば、己の首を自ら掻き斬るしかないのだ。
今まさに死に逝こうとする下僕の姿を、赤き玉座の主は愉し気に眺め――
「――ああ。赦そう」
と、言った。
直後、左手から力が抜け、男は自由を取り戻した。
無我夢中でナイフを捨て、全身を恐怖と解放感で震わせ荒い息を吐く。
「やはり、獣風情に我が臣下となる事の栄誉は理解できぬか……」
呆れまじりの呟きに在るは圧倒的な自尊。己こそが天上天下における独尊であるという傲岸。
一命を取り留めた男は、それを呆然と聞いていた。
「全く、愚かな駄犬よ。……貴様には、無駄な手間をとらせてしまったのぅ」
気だるげに言われ、男は一瞬それが自分への言葉だと分からなかった。それがあまりにもあっさりとしたものだったから、思わずポカンと口を開けた一瞬後、慌てて顔を引き締め恐る恐る問いかける。
「あ、あの……お許し下さるのですか?」
「所詮、獣は獣だったという事じゃろうよ。失敗も何も端から無理じゃったのだ。できぬ事ができなかった事を責めるほど……妾が狭量に見えるか?」
逆に問われ、男は全力で首を横に振った。
その必死な様子に、玉座からフッと笑い声が漏れる。注がれる道化を眺めるような愉しげな眼差しを感じながら、男は更に平伏した。
「お赦しいただき感謝の極み! このご恩、一層の忠義を以って報いさせていただきます!」
「ならば早速、《実験体》の準備にかかるがよい」
「……ッ!? ではいよいよ!」
「ああ。アレを実際の敵による戦闘実験に移す。我らが研究――世の下賤共への初の披露目となろう」
「はッ、全霊を以って取りかからせていただきます!」
「励めよ下僕。これは駄犬の時とは違い、貴様にもできる事じゃぞ」
賜った激励の言葉に、男は紛れもなき忠誠を籠めて頷いた。その顔は高揚し、今度こそはその命を完遂せんとする決意に満ちている。この偉大なる主のため、命を賭して忠を捧げる事が出来る事の喜びに――たとえそれが、『なぜ己がそう思っているか分からずとも』――その顔は輝いていた。
なに、安心せよ――と、つけ加えられた言葉を聞くまでは。
「――妾が首を刎ねるは、できる事をできなかった時だけじゃからのう」
凍りついた男を、赤き女王は愉しげに眺めていた。
―――――。
――――。
―――。
「さて、とりあえず手札は切り終え、こたびのターンはここまでか……」
赤き薔薇に彩られ、赤き玉座に君臨し、赤き女王は呟いた。
ルージュの唇を不敵に綻ばせながら、高き天より地を睥睨する鷹の如く。その緋の瞳の奥にいかなる大望を抱き、野望を燃やしているのか、余人には推し量れまい。
「あ…あのっ……」
その時、玉座の傍らに一人立っていたメイド服姿の少女が、恐る恐る小さな声をかけた。その眼差しはビクビクと怯え、声に至っては今にも消え入りそうである。
「……なんじゃ、リオン?」
「ひぅっ!?」
しまいには見下すような眼差しを向けられただけで、ビクッと震えて声を出す始末。
赤い少女が鷹ならば、こちらはアヒルか。
腰まで届く癖の強い灰色の髪。無造作に伸びた前髪の間から覗く、常に何かに怯えるような青い瞳。美しいのは美しいのだが、覇気や自信と言う物がまるで感じられず、見るだけで気が弱く臆病な性格が分かる少女だった。
「あわわわわ……(ガクガクプルプル)」
「自分から声をかけておいて押し黙るとは……妾を茶化しておるのか?」
「とっ、とんでもございましぇんでしゅっ!!」
慌てて頭を下げると、その拍子に盛大に揺れた自分の胸が顔面を直撃してひっくり返った。
「ふべしっ!?」
「…………チッ」
その醜態に女王は忌々しげに舌打ちする。けして自分の胸では何をしようとも起こり得ない現象だったからではない。ないのだったらないのだ。
この少女――
自信なさげに背を丸めていてなお、百八十に届くかという長身。くびれた腰に滑らかな太股。丸く大きな尻は桃の如く。古風なメイド服を破らんばかりに盛り上げる胸元などは今にも零れ落ちそうである。香り立つ淫蘼さと恐るべき芸術性。女神像を思わせる完璧な造形美がここに在った。
「まさか、妾に声をかけたのはその無様な芸を見せるためでは無かろうな?」
「ちち違いますよお姉ちゃん!?」
「…………(ギロッ)」
「ク、クイーン……」
もはや泣き出しそうな顔で答えるリオンに、女王はやれやれと溜息をつく。
「で、なんじゃ?」
「あ、あの……ルウガお姉ちゃんの事……本当にこのままでいいんですか?」
「よいのか……とは?」
「あの…えっと…つまり……姉妹なんだから戦うよりも仲良くした方がいいんじゃないかな……って……」
「ほう……」
恐る恐る紡がれたその言葉を聞いて、緋色の瞳が僅かに揺れた。
「姉妹だから……か」
静かに瞼を閉じて、呟く――次の瞬間、その手がリオンの髪を掴み、力任せに眼前に引き寄せた。
「きゃぅ!?……痛ぁっ!?」
ブチブチと髪が千切れる音がする程の力で引っ張られ、堪らず苦痛の声を上げたリオンは、正に目と鼻の先、そこに開かれた姉の瞳を見て恐怖した。
「 だ か ら ど う し た ?」
赤き地獄の如く燃える――その瞳に。
「姉妹だから何だと言うのじゃ妹よ。妾にひれ伏さぬ者に姉妹も何もあるものか。――総じて下賤! 踏んで潰して殺して絶やすだけの塵芥よ!!」
高らかに叫ぶその姿はまさに苛烈。立ち塞がる者皆全てを焼き尽くす炎の如き迫力に、リオンはただただ慄き震えるのみ。
「そんな……殺すなんて…ッ…」
「ならば止めるのか? シリーズ最弱の貴様が? 至高たる妾を!」
「…………ッ」
血を分けた姉からの侮蔑の眼差しに、遂に言葉すらも無くして押し黙る。
己が無力を噛みしめ絶望に沈むその顔をしばし眺めて、女王は唇の端を僅かに緩め傲岸に笑った。
「だが、貴様は少なくとも最弱ではあるが愚かではない――愚姉愚妹共の中で最初に妾に服従した。それだけは褒めてやる」
怖気を振るうほど優しげに言い、頭髪からその手を放す。解き放たれたリオンだが、もはやその身も心も限界であった。涙目で蹲り、小鳥の様に震えている。
「ふ、ははは。……なに安心せよ。近いうち、奴らは自ずと妾に跪く事となる。そうなればもう、姉妹で争う事はなくなるのじゃから」
その言葉に、リオンは顔を上げた。
「本当……なんですか……?」
「ああ。我が研究が完成した時、妾は総てを征する力を得るのじゃ」
来たるべき王道の未来に想いを馳せるその声が、徐々に熱を持ち昂っていく。
「ああもうすぐじゃ……。完成のための次なる段階。戦闘実験の相手がこのロンドンが向かっておるわ」
楽しみでならないと笑う女王が指を鳴らすと、二人の前に妖しげに輝く巨大な鏡が出現した。
「鏡よ鏡。我が王道の贄は何処か……?」
詠うように問う声に、鏡面が揺らめき何処かの風景を映し出す。
群青色の波間を進む、白亜の船体。船――それも巨大な客船だ。
映像はさらに拡大し、その甲板に佇み、朝焼けの海を眺める二人の人物の姿を映した。
「えっ……」
海風にコートをはためかせる黒い男。その隣に立つ少女の姿を見た瞬間、リオンは驚きの声を洩らす。
「おねえ……ちゃん……」
愕然と開かれた、その瞳に映るのは――
「せいぜいその命で、我が赤き王道の糧となれよ――猿」
赤き女王――
覇王にして暴君。その王道が世界を震撼させる時は――近い。
◇◇◇
「――――ッ」
不意に感じた怖気に、恋空はその身を震わせた。
「おやどうしたのかね。海風で身体が冷えたかな?」
傍らに立ち海を眺めていたクロードの問いかけに、不気味な困惑を感じつつも首を振る。
「何でもないわよ。……ただちょっと……誰かに見られているような気がしただけだから……」
「……ふむ。ちなみにそういう時、日本ではカメラ目線で『見ているな!!』と叫ぶのがマナーだよ」
「やらないわよていうかカメラ目線って何!?」
「とまあ冗談は置いといて、まあ単なる自意識過剰だろうね。なに若い時にはよくある事さ」
気にすることは無いよと笑うその顔にイラッときて、恋空はムッと頬を膨らませた。
「なんかそれあたしが痛い子みたいじゃない?」
「いやいや現役十代なんて大抵そんなものだよ」
「結局痛い子ってことじゃない!」
ついには不貞腐れて顔を背ける恋空。そんな彼女を愛玩動物をみる目で微笑ましげに眺めるクロードが、不意に呟く。
「もしくは、本当に見られているか……だね」
「……っ」
その言葉の意味を質さんと見つめてきた恋空に真意の読めぬ微笑だけを返し、クロードは再び海へと視線を戻す。
「――ああ、見えてきたよ恋空君。我々の舞台が」
つられて目を向けた恋空は、群青色の海の彼方――朝霧にけぶる巨大な都市を見た。
それは世界に冠たるグレートブリテン及び北部アイルランド連合王国の中心――ロンドン。
旧き歴史と新しい文化が息づく栄華の都。
「…………ッ」
だが、何故だろう。その光景に怖気を感じたのは。
遥か彼方のロンドンから吹く風に、血の臭いを嗅いだのは。
近づいてゆく――
近づくてくる――血と闘争の香りが。
恋空の瞳には、かの都が――悪鬼羅刹の棲まう魔都に見えた。
というわけで最新話で遅れて本当に申し訳ありませんでしたあああああああ!!(フライング土下座)
色々と今後の展開にグダグダ悩んで書いては直しを繰り返した挙句、夏の暑さにやられて体力がガンガン削られて気が付いたらこのありさまでしたよ (T_T)。
全ては夏の暑さが悪い!……すいませんごめんなさい全ては自分のせいです。ジョ●ョの奇妙な格闘ゲームにドハマりして執筆時間を放り投げた自分のせいです。……あとなかなか勝たせてくれなかった神父のな。時間加速ウゼェ。
次回は本編の方を進めます。番外編は本当に気分次第なので続きは未定です。今回新キャラメインで碌に出番の無かった恋空の活躍はしばらくお待ちください。
ではまた次回で。