極悪少女は縛れない   作:どるふべるぐ

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これは旧き英雄の記憶。
堕ちたる正義の物語。
さあエンジンはかけられた。もう誰にも止められない。運命が走り出す。



シーン3『夢にいたのは誰か』

 ――《正義》とは、何だろうか?

 

 

 「栄光あるフランスの勇士達よ!我らが愛しき民を殺し国土を奪う悪逆なるイギリス軍を誅滅せよ!恐れるな、《正義》は我らに在り!」

 

 戦場に響く己が正義を掲げる声を、僕はどこか冷めた心で聞いていた。

 

 フランス王シャルル四世の死去から端を発した、従弟のフィリップ四世と甥であるイギリス国王の王位継承権を巡る戦い。それは世代を超え時代を超えてもなお終わる事無く、民を殺し家を焼き国を荒廃させていく。そして戦が生む憎悪と怨嗟は薪の如く積み重なり、戦火を更に燃え上がらせていた。

 

 「我らがフランスの国土は既に半分をイギリスに奪われた。だが我らに正義と大義が在る限り、神は我らを見捨てはしない。必ずや我々はイギリスを倒し、奪われた大地を取り戻すのだ!」

 

 これより始まるのもまた、そんな幾度も繰り返されてきた戦いの新たな一つだ。壇上で戦に赴く将兵達を前に演説する老将の声は高らかに、その瞳には迷いが無い。己の正義を信じ、それを全うしようという意志がそうさせるのか。だとすれば、羨ましい限りだ。

 

 そして居並ぶ将兵達もまた、己が胸にそれぞれの《正義》を抱いているのだろう。

 戦の前の緊張に張り詰め震えながらも、決して恐怖に呑まれる事無く堂々と胸を張る事が出来るのは、悪を打ち倒さんとする《正義》の心が在るからだ。だからこそ、殺伐とした戦場にあってその姿は強く美しい。

 

 嗚呼、羨ましい。本当に羨ましい、限りだ。

 《正義》なんて無い僕の虚ろな瞳には、誰も彼もが眩しすぎる。

 

 ――《正義》とは、何だろうか?

 

 それが僕の命題だった。

 生まれ落ちたその時から、僕には《正義》が分からない。

 皆が語る《正義》という価値観の言葉上の意味を理解できても、僕は真の理解も共感も出来なかった。守りたい者も貫くべき大義も無い。渇いた魂の虚ろな僕は、嗚呼まさしく人間として欠陥品だろう。

 王への忠誠。国への奉仕。民への愛。皆が《正義》と言う何もかもが只の貴族としての義務としか思えない僕にとっては、この戦もまだ只の仕事だ。

 味方の全て、そしておそらく敵もまたそれぞれの《正義》を胸に戦う中で一人、僕だけが只の義務感で人を殺す。そこには一片の正義も無い。ただ虚ろな諦念と乾いた惰性が在るだけだ。

 

 ああ、きっと……誰も彼もが《正義》を謳う戦場で、真に《悪》と呼べるモノがいるとすれば、それは《僕》だろう。

 

「では、将軍……」

 

 やがて老将の演説は終わり、堂々と壇上から降りた彼に促されて、僕は入れ替わりに壇上に上がる。そこから見下ろす誰の瞳にも、輝く《正義》の光があった。

 それを物憂げに眺め、そして見上げた天を覆う雲は厚く、一筋の光すらも見えない。荒れ果てた平原を吹く乾いた風が頬を撫で、仄かに香る血の臭いを運んだ。

 僕は腰から剣を抜き、光無き天に掲げて叫んだ。

 

「――戦え! 《正義》のために!」

 

 《正義》の無い僕が、《正義》に満ちた彼らに向かって叫んだ声は戦場に轟き、新たな正義の戦いの始まりを告げた。

 

 「「オオオオオオオオ!!」」

 

 それに応じる兵士達の雄叫びを聞きながら、だが僕の心は虚ろに冷え切っていく。

 《正義》に満ちた彼らの声が、どんな剣よりも鋭く僕の《正義》無き罪深き魂を抉っていくから。

 

 ――何時の日か、僕は果たして《正義》を得る事が出来るのだろうか?

 

 幾度も繰り返した問いに答える声は無く、ただ掲げた剣に映る男の虚ろな瞳だけが、僕を見つめていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 とても暗くて深い闇の底から、ゆっくりと浮上していく。

 そんな感覚を覚えながら、ジャンヌは目覚めた。

 

「ゆ……め……?」

 

 今だ眠気の残るぼうっとした頭で、気だるげに呟く。

 それに答える声は無く、瞼を開くと霞んだ視界に映ったのは見覚えの無い天井だった。

 

「『知らない天井だ』……?」

 

 何故かそんな言葉の書かれた張り紙が貼ってあった。意味が分からない。

 僅かに身じろぎすると、背中に感じる柔らかなシーツの感触。どうやらベッドに寝かされているらしい。でも、一体どうして……?

 ぼうっとした頭で思い出す、最後の記憶。

 私は……そう。夜に奴らに襲われて、逃げ回って、でも逃げきれなくて……そこに、あの人が……。

 

「ナイト……さん……」

 

 そうだ。思い出した。

 あの時彼と姉が現れて、自分はそのまま意識を失って、それから……。

 

「どうなったん、でしたっけ……?」

 

 分か……らない。意識を失うその時に熱くて力強い何かに抱きしめられたような記憶があるものの、それもほんのおぼろげなものだ。霞がかった頭を振り、とりあえず起き上がろうと身体を動かし――ガシャンと鳴った、四肢を縛める鎖の音に止められた。

 

「え……?」

 

 気がつけば両手両足に鎖が巻かれ、ベッドの四隅に固定されたそれでジャンヌの華奢な身体は仰向けに縛められていた。硬く冷たいその感触に、ジャンヌの頭は困惑する。

 

「なんですか……これ? いったい何が……っ」

 

 そして驚き混乱する彼女を、

 

「ふふっ♪いい様ねぇ」

 

 そんな、悪意したたる美しくも極悪な声が嗤ったのだった。

 忘れようも無いその声にジャンヌは翡翠の瞳を見開き、慌てて目を向けたベッドの横に――サディスティックな笑みをたたえて自分を見下ろす、紫銀の少女を見た。

 

「おはようお姉さま。気分はどう?――わたしはとぉっても良いわよ♪」

 

 紫がかった銀の髪を揺らし、赤い瞳を楽しげに細めるその姿は美しくも恐ろしい。人形めいたその華奢な肢体から滲み出る黒い愉悦が、まるで哀れな獲物を前に舌なめずりする悪猫めいて、それを見たジャンヌに悪寒を走らせた。

 

「あな、たは……っ!?」

 

 飲み込まれるような悪意の眼差しに思わず逃げ出そうとして、ガシャンと鳴る鎖にそれを阻まれる。

 

「――くッ。……一体、私をどうするつもりですか?」

 

 縛められ戦う事も逃げ出す事も出来ずとも、せめてもの意地で睨みつけるジャンヌ。そんな彼女の姿をますます楽しげに見下ろす少女――ドロシーは怖気立つ笑みを浮かべた。

 

「さぁて、どうしようかしらぁ……」

 

 クスクスと嗤いながら、蕩けるような猫なで声で

 

「あなたには散々してやられたわけだしぃ、だったらわたしも散々シてやらないと気が済まないのよねぇ。……ねえどうして欲しい?どうされてほしいのぉ?恥ずかしがらずに言ってよなんでもシてあげるからぁ」

 

 パチンと指を鳴らすと、その傍らに亡霊めいた黒髪を腰まで垂らした白いワンピース姿の少女がぬうっと現れた。

 

「……ドーモはじめまして万馬殿安美です」

「あっ悪霊!?」

「……生きてます」

 

 どう見ても生者には見えないその姿に青ざめるジャンヌに、あの世から響くような声で答える安美。そして何故かその両手には鞭とぶっとい蝋燭が握られていた。

 

「縛る?叩く?蝋を垂らして木馬に乗せてぇ、痛くて気持ちいー事いっーっぱいシてあ・げ・る❤」

「……今夜は寝かせないZE☆」

「い、いやあああああああああ!?」

 

「クスクスクス」という悪意の笑みと「ウフフフフ……」という悪霊めいた笑い声のデュエットと共に、二人の手がワキワキといやらしい動きで伸ばされる。哀れジャンヌさんの尊厳とか貞操とか乙女として色々大切な物は無残にも散らされてしまうのかという正にその時――

 

「な に を しとるかあああああああああ!!」

「ふべぇっ!?」

 

 凛々しくもそれはそれは恐ろしい怒声と共に降ってきた拳骨がドロシーの頭を直撃。彼女は潰れたカエルの様な悲鳴を上げて倒れ、あわやという所でジャンヌの貞操は守られたのだった。

 

 ◇◇◇

 

 

「まったくお前ときたら、いつもいつも人が苦しんでいる時に嬉々として追いうちをかけて……」

 

 そして五分後、子供は見ちゃダメよなエロスの現場となるはずだったドロシーの部屋は現在、凛花姉さんによる愚妹への説教部屋と化していた。

 

「以前姉妹全員でゲーム大会をした時も、パーティーのど真ん中で大タル爆弾を爆発させるわ魔物にやられて救済を求めた恋空を嬉々として生贄にするわ全くお前は昔から……おいちゃんと聞いているのか?」

 

 延々と厳しい口調で説教する凛花に対して、仁王立ちする彼女の前で床に正座させられているドロシーは愛らしい唇を尖らせてムスッとしている。

 

「ぶーっ」

「ぶーとは何だぶーとは!」

「ぶーぶーっ!だってこいつには散々痛い目を見せられてきたんだから仕返しする権利くらいあるでしょ!」

「それはお互い様だろう!いやむしろお前は一度姉妹全員に土下座すべきだ!!」

「ぶーぶぶーーんっ!」

 

 遂にはプイッとそっぽを向いて「ぶーぶー」しか言わなくなった妹に、姉は盛大に溜息を吐いて頭を抱えた。

 

「……まったく、お前が『お姉さまが目覚めるまで、わたしがしっかり見張っているからあなた達はリビングで休んでいて』と言った時はようやく姉妹愛に目覚めたのかと感動したというのに……ッ」

 

 嘆くその声はもちろん愚妹の心に届くはずも無く、二人の説教劇はまだまだ続きそうなのであった。

 一方、そのすぐ隣のベッドでは……

 

「その……ジャンヌ。気分はどうだ?」

「…………」

「痛みは無いか?何かして欲しい事があったら言ってくれ。俺がやれる事なら――」

「……別に、何もありませんよ」

「……そう、か………」

 

 縛めから解かれるもまだ本調子ではないらしくベッドに横たわるジャンヌと、気遣わしげに話しかけるもつれなくされ顔を曇らせる騎士の姿があった。

 

 謎の敵からジャンヌを救出した騎士達はその後、満身創痍のジャンヌを治療・保護するためにアパート《万馬殿》の騎士の部屋に行った。凛花が必死で施した治療魔術の甲斐あって身体的な怪我はほぼ修復できたが、体力の低下からなる疲労で彼女は眠り続け、丸一日近くがたった今日の午後九時近くにようやく目覚めたのだ。ちなみに目覚めるまでの間は休日ともあって全員が騎士の部屋に泊まり交代で彼女を見守った。そのあげくにドロシーの凶行が起こったわけだが間一髪で止められたのでよしとしよう。

 

 ともあれそんなこんなでドロシーの部屋は今、仁王立ちのポニテ美少女に説教されるゴシックドレスの正座美少女と、その隣でベッドに横たわる金髪美少女に話しかけるも取りつく島なく拒絶されるキレやすい10代という重苦しくも騒がしいカオスな様相を呈しているのだった。

 ちなみに我らが不思議系電波こと万馬殿安美さんはというと……。

 

「……ねえねえ凛花さんや」

「――っ!?な、なんだろうか万馬殿……さん」

 

 いつの間にか気配も感じさせずに背後に現れた安美に声を掛けられ驚いたのと、未だに騎士以外のクラスメイトと接するのが苦手な事もあってぎこちない表情で応じた凛花に、安美はすうっと細い指でドロシーとジャンヌを指差し聞いた。

 

「……姉妹なの?」

「あ、ああ妹だ……」

「……ふぅん」

 

 小さく呟きしばし二人をジィィと見つめた直後、焦点の合わない瞳がキュピーンと光り、その手がいきなり電光石火の速さで凛花の胸を鷲掴んだ。

 

 たぷんっ!

 

「んなっ!?」

 

 柔らかでいて張りのある極上の揉み心地を堪能した小さな手は、すぐさま次の獲物――すなわちベッドに横たわるジャンヌの乳へと襲いかかる。

 

 ふにゅんっ!

 

「きゃっ!?」

 

 ぷにっ!

 

「ちょっ!?」

 

 最後にドロシーのささやかな胸を一瞬タッチして、三人娘の胸を味わった安美さんはフムと頷き一言。

 

「……あんまり似てないね」

「「「どこを比べて言ってる(「の」「んだ」「んですか」)!!」」」

 

 そんな突然のセクハラに姉妹のバラバラだった心は一つになった。すなわち『ふざけんなこの不思議系電波が!』と

 

「いっ、いきなり胸を触るのは同性とは言えセクハラだろう!」

「そうですよ何考えてるんですか貴女は!?」

「というかわたしの胸触った時同情したわよね! 言っとくけど、わたしは末妹だから胸はまだこれからが成長期なのよ! すぐにナイトを悦ばせるボンキュッボンになるんだから! どっかの成長期過ぎて詰んだ貧乳モンキーとは違うのよ!」

 

 その時、遥か彼方の遠く離れたロンドンで……。

 

「んだとゴラアアアアアアア!!」

「ふむ!?どうしたのかね恋空君いきなり大声など出して?」

「どこかで誰かが言ってはいけない事を言った気がすんのよ!」

「なにかねその無駄な第六感は。ぶっちゃけ怒りに巻き込まれる分には凄い迷惑だよ」

「確かに感じるの……誰かがあたしを貶していると!」

「落ち着きたまえよ恋空君。……そうだね一つ心の痛みを和らげるアドバイスをしよう」

「……あんたのアドバイスって時点で碌でも無い予感しかしないけどいったい何よ?」

「今自分を貶しているのは幼女だと思いたまえ!」

「いや何言ってんの!?」

「全てはドS幼女からの言葉責めだと思えば辛い事も気持ち良くなるヨ☆ だってご褒美ですから!」

「それで気持ち良くなったら人間終わりよペド野郎!」

「だがそう思えば例え批評批判を貰おうと低評価をつけられようと感想が一つも来なくとも全て耐えられるのだよそう幼女なら!」

「やめい!」

 

 とまあそんなアホなやりとりが地球の反対側で繰り広げられている事など知る由も無く、三人娘と不思議系電波の安美さんとのドタバタ劇はその後ますますヒートアップしていったのだが「お前ら全員落ち着けそして安美は自重しろ!」と慌てて止めに入った騎士の奮闘によってなんとか収まり、この場は落ち着きを取り戻す事が出来たのだった。

 

 そして――

 

「……で、あいつらは何だったんだ?」

 

 やっとマトモな話が出来る空気になったのを確認し、騎士は三人の少女に向かって重い声で問いかけた。

 それに答えたのは――。

 

「――《蒐集者協会(コレクターズ)》それが奴らの名だヨ」

 

 この場にいる誰のものでも無い、楽しげに笑う猫の様な声だった。

 

「「「「――!?」」」」

 

 在りえざる姿無き声に全員が耳を疑い、驚愕する彼らの前に、景色を歪ませて虚空から滲み出るかのように何者かが姿を現す。

 それはガラスの瞳を悪戯っぽく光らせ、歯を剥きだした笑みを浮かべる黄色いチェック柄の猫人形。

 

「……まあ何となく来るような気はしてたぜ――シャロ」

 

 マリアネット・シリーズ第三番姫《チェシャロック》である。

 

「ニャあ騎士クン久しぶりだね。元気だったかい?」

 

 にこやかに肉球付きの片手を上げ挨拶するその瞳は、変わらぬ好奇心を光らせ騎士を見る。

 

「積もる話もまああるが、まずは一つ聞かせておくれよ。『来るような気がしていた』とはどういう事だい?」

 

 気になる気になるワクワクするよと声を弾ませる彼女に、騎士はボリボリと頭を掻きつつさも当然とばかりにこう言った。

 

「そりゃなぁ……いかにも説明とか解説が大好きそうなお前がこの機会を逃すはず無いだろ?」

「ニャッはっは!然りその通り大正解だヨ!うんここまで見事に当てられてはいっそ痛快だ。その通りミーは知識を披露しに来たんだヨ。解説は推理に並ぶ探偵の楽しみだからね――と、言うわけでだ。語らせてくれニャいかい騎士クン?」

 

 別に許可など無くとも勝手に語り出すだろうに、わざわざニヤリと問いかけるその笑顔に騎士は思う。『うっわコイツめんどくせえ』

 

「……手短に分かりやすくするのなら、お好きにどうぞだ」

 

 溜息付きのその言葉に、チェシェロックは芝居がかった大仰な仕草で頷くと

 

「ではではお言葉に甘えまして……」

 

 そして居並ぶ一同に向かって慇懃無礼に一礼し、まさしく推理小説の探偵の様に朗々たる声で語り出した。

 

「――ではこれより語ろう。怨敵たる害蟲王に並ぶ我らの《大敵》を……」

 

 今回の事件の、犯人の正体を。

 

 




本格的に月一ペースになってきたぜどうしよう。
そんなこんなでようやっとの更新です。
自分の執筆スタイルとか文章力とか諸々の壁にぶち当たって執筆意欲がグロッキー状態ですよウフフフフ……。まあでも更新停止はせずにゆっくりペースで続けていくので、どうか気長にお付き合いください。心構えは『忘れたころにやってくる極悪少女』です。

あさて、実はこの作品少ないながらも感想を頂いているのですが、最近は色々と忙しくて中々返信出来ておりません。でも別に無視しているわけではありませんよ。感想を下さる皆様には感謝しています。そのおかげで何とか執筆意欲を保っていられるんですから本当にありがたいです。どんなに遅くなっても全ての感想には返信しますのでどうかこれからも気軽に感想をお寄せ下さい<(_ _)>。

では次回でお会いしましょう。
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