私を救い、そして絶望に堕とした人。
何で今さら、私を助けるんですか?
何でそうやって、そんな目で私を見つめるんですか?
正義も大義も喪った。何がしたかったのかも、何のために戦っていたのかももう分からないし、もうどうでもいい……。
なのに、なんで貴方は……。
かつて、この世の全ての宝物を追い求めた組織が在った。
第二次世界大戦。陸と海と空の全てが戦場と化した未曾有の大戦争。
数々の列強諸国が覇を競う中、その圧倒的な武力と狂的な思想で欧州を戦火に染め上げた血と鉄と髑髏の帝国――ナチスドイツ第三帝国。
彼らは親衛隊国家指導者ハインリヒ・ヒムラーの命の下、神秘の聖遺物や伝説に語られる宝具や神具などといった人知を超えた宝物の探索や蒐集、複製、研究を行っていた。
しかし帝国は大戦に敗北し、彼らを始めとした魔の軍団は祖国の崩壊と共に滅びた……はずだった。
「――だが、彼らは滅んでいなかった」
そう楽しげに語る声は淀み無く、息を飲みそれを聞く騎士達に黄色いチェック柄の猫人形――チェシャロックは朗々と伝える。彼女達の大敵、蒐集欲の権化たる恐るべき者達の事を。
「帝国という鎖から解き放たれた軍団達は、南米の密林、チベットの地下、南極の氷原、月の裏など世界中に散り、それぞれが独立した組織として生き延びていたんだ。そして彼らもまた、《蒐集王》ウォルフラム・ジーヴァスの下で新たな組織として生まれ変わった。――それが《
「そいつらが、お前らを狙ってるってわけか……」
人類史上最悪の帝国。その残党が相手という事実に対し険しい声で問う騎士に、チャシャロックは微笑み頷いた。
「その通り。ミー達《
「お陰でこんなに苦労するハメにニャっているわけだけど……」と苦笑する横で、青みがかった黒髪のポニーテールが似合う凛とした少女――凛花が眉を顰める。
「マスターが存命の時から、奴らは幾度となく私達を狙い襲ってきた。メンバー各々が何らかの蒐集家である奴らは自らがコレクションした武器や宝具を振るい、その戦闘力は万全の私達とすら渡り合う者達もいたほどだ。――事実、あのクリスマスの戦いでは《蒐集王》ジーヴァスに私達のほぼ全てが大破寸前まで追い詰められた……」
かつての死闘の記憶に思いをはせ、険しい声で語る凛花。自身も恐るべき武技を持つ彼女をして、そこまで追い詰められたという言葉に騎士は息を飲む。
ベッドに横たわるジャンヌもその時の事を思い出したのか小さく震えて押し黙り、この場に重々しい緊張と沈黙が降りる中、ただ一人紫がかった銀髪の少女――ドロシーだけが何やらドヤ顔で小さな胸を大きく張った。
「ま、わたしは違うけどね!」
「《蒐集王》の相手を私達に押し付けて自分はちゃっかり《害蟲王》を倒しに征っていたからな!」
清々しいまでに空気を読まない愚妹を一喝した後、凛花は訝しげにチェシャロックに問いかける。
「……だが《蒐集王》は確かに斃した筈だ。まさか生きていたという事は……」
「ないだろうねぇ。母体だったナチスドイツがそうであったように、一枚岩ではない組織はたとえリーダーを失おうが共倒れにはニャらないヨ。生きのびた者達から新たなリーダーが生まれるだけだ。もちろん、それまでには多くの血が流れる事になるだろうけど……さしずめ今の彼らがまさにそれだネ」
「どういう事だ?」
答えた声に宿る不穏な気配に、凛花の声が僅かに固くなった。
対してチェシャロックのガラスの瞳が楽しげに煌く。
「ジーヴァスを喪った彼らは、リーダーの座を巡りイギリスで仲良くあるゲームに興じている」
そしてまるで、さあここからが見せ場だとばかりに声を弾ませ――告げた。
「それは世のあらゆる物を蒐集してきた蒐集王が、唯一手に入れられなかったある宝物を巡る――戦争(ゲーム)だヨ」
「宝物……まさかッ!?」
「ああ。――
その言葉に騎士達は息を飲む。
中でも凛花の動揺は激しく、目を見開き身を乗り出すようにチェシャロックに問いかけた。
「いるのか!? 他の姉妹達が英国に!」
「ほぼ全員が集結している。それを狙うモノたちもまたネ」
姉として内心離ればなれとなった妹達の消息を気にかけていた凛花。
答えるチェシャロックの不穏な台詞に、彼女の胸が冷たくざわめく。
「マリアネットをその手にせんと、あらゆる者達あらゆる勢力が争い合う。超人が駆け魔人が躍る、英国は今や修羅の巷だ」
その言葉に、騎士はハッと昨日の朝にニュースで聞いた情報を思い出す。
「じゃあ、イギリスで起こってるっていう異常気象やテロってのは……」
「全てがその戦禍だヨ。イギリス政府や英国の魔術組織が必死に情報の改ざんや隠蔽を行っているが、それもそろそろ限界だろう。非常事態宣言が出され、まさしく戦時下だ」
世界に冠たる
それが今や戦場となっているという言葉に騎士は戦慄する。
一つの国家を丸ごと戦場に変えるような魔人達が彼女らを狙っていると言う事実は、彼の心臓を凍てつかせるような怖気と緊張をもたらした。
「そんな奴らが一斉にやってきたら……ッ」
「勝てない。いやそもそも勝負にすらニャらない。かつてのミー達ならばともかく、今の弱体化した状態では抵抗すらままならず捕まるのがオチさ」
「……それでも、やるしかねえよな」
静かな、だが確かな意志の籠った呟きが騎士の口から洩れる。
それを聞いたチェシャロックは「ほう」と興味深げに目を細めた。
「一緒に戦うにしても逃げるにしても、全力でやってやるしかねえだろ」
「諦めるか見捨てるという選択肢は?それだけなら君の命は助かるヨ」
「んな事が出来んならとっくにやってるよ。……どうにも俺の性分てのは『こんな感じ』らしい」
やれやれと肩をすくめて苦笑するその姿に、チェシャロックもまた面白そうに笑い返す。
そんな彼の言葉に、互いに彼に救われた凛花とドロシーもまた小さく微笑んだ。
重く張り詰めていた場の空気が僅かに和らぎ、チェシャロックは幾分か穏やかな声で口を開く。
「とはいえ今の所は安心していいよ。良くも悪くも敵がイギリスに集中しているおかげで、向こうの戦いが終わらない限りはこちらに敵の目が向く事は無い。とはいえ中にはあえてこちらを狙ってくる者もいるだろうけど、一人二人くらいならばニャんとか戦える」
ニヤリとキザキザの口を吊り上げるその笑みは悪戯な猫のように楽しげだが、虎のような獰猛さも在る。
なるほどこいつ理知的だが荒事も嫌いじゃないな。
頭脳労働専門だと思っていた黄色猫の意外な一面に内心驚きつつ、騎士も同じく笑みを浮かべた。
どんな困難や苦境だろうと立ち向かってやるという意志を籠めた、力強い笑みを。
「だったら何とかなるな。お前らが戦うってんなら俺も全力でやってやるよ。お前らと違ってちっぽけな力しかねえけど……たとえどんなに傷付こうが今度こそ守ってやる……ッ」
皆に伝えるというよりは、己自身に対して誓うように言って拳を握りしめる彼の瞳は、ベッドで力無く横たわるジャンヌに向けられていた。
流れる金の髪と緑の瞳が美しいその姿は聖女のように可憐だが、どこか精彩を欠き生気に乏しい。それは、今だ彼女の傷が癒えていないからだろう。身体も、そして心も。
「…………」
まっすぐに見つめる彼の眼差しに、だがジャンヌは応える事無く無言で目を逸らした。
小さな胸の痛みを感じつつも、騎士はそれを受け入れる。きっとこれが、あの夜の戦いで彼女を守れなかった不甲斐ない自分への罰なのだから。
そんな二人の姿を、凛花はやるせなさそうに、ドロシーは面白くなさそうに、チェシャロックは興味深げに見つめていた。
「――さて、とりあえず今の状況はこんニャものだね。いずれ敵は来るだろうけど撃退できない程じゃない。だがくれぐれも気を緩めない事だ。事件が起こるのはいつでも突然だからネ」
そして最後にチェシャロックがそう締めくくり、この場の重苦しい空気も終わりを迎えたのだった。
ようやく張り詰めた緊張から解放され、騎士は知らず知らずのうちに籠っていた肩の力を抜き、ふうっと息をつく。
「ニャふふっ。そんなに緊張したかい?」
「……まあな。ぶっちゃけ一介のごく普通の高校生には荷が重い話だからよ」
「……キレやすい10代が『ごく普通の高校生』かというのはあえて突っ込まないでおくよ。――で、ユーはこれから彼女をどうするんだい?」
そう言ってチェシャロックは、その肉球の付いた小さな手でジャンヌを指差した。
突如指で差されたジャンヌは一瞬ビクッとしたものの、何も言わずに騎士をじとっと見詰める。どこか自棄的なその眼差しに僅かな胸の痛みを感じながら、騎士は安心させるようにごく軽い調子で言った。
「そりゃあとりあえず……」
「犯して殺してお前の死体をまた犯す!」
横から悪意全開の声が割り込んできたが姉の拳骨で悲鳴に変わった。
「……とりあえず傷が癒えるまではここにいろ。というか傷が治ってもお前がいいのなら好きにいてくれ」
傷付き、身も心も憔悴した彼女を一人にさせておくなど出来ない。ましてや過酷な極貧アルバイト生活などもってのほかだ。漫画喫茶のソファーで寝込む美少女など哀れすぎる。
「その代わりにわたしの玩具になりなさい。身も心もグチャグチャに弄んでブッ壊してあげぶふぉ!?」
徹底的に空気を読まない愚妹にヘッドロックをかけながら、凛花もまた語りかける。
「こいつの言う事は気にせず、どうかナイトの申し出を受け取ってくれ。今は少しでも身体を休めて――」
「……いいですよ。別に」
微かな声で小さく頷いたジャンヌ。
自分達の想いが受け入れられた事に騎士と凛花は顔を綻ばせるが
「……どうせ、身体が治ったところで私には行く所なんて無いんですから……」
力無く洩れた投げやりな呟きに、その表情はすぐに曇った。
「そう、か……」
静かな落胆の息をつきながらも、絶望に沈む輝きを喪った彼女の瞳を見て思う。
いつかきっと、その瞳にあの黄金の輝きを、煌く正義の光を取り戻してやろうと。
どうすればいいのか。何をすればいいのかも分からない。けど、とにかくできる事は何だってやってやる。
――きっとそれが、あの夜、彼女の手を振り払った自分が成すべき贖罪だから。
◇◇◇
噂をすれば影とはよく言った物で「事件が起こるのはいつでも突然」という言葉の通り、それぞれの話がひと段落し、思う存分説明と解説を楽しんだチェシャロックが良い気分で去ろうとした時――事件は起こった。
「それじゃあミーはそろそろ帰らせてもらうヨ。ではまた会おう騎士ク――ッ!?」
別れの挨拶を告げていたその時、彼女の尻尾はぬうっと伸ばされた死人のように冷たい小さな手に掴まれた。
「ニャにぃ!?」
ひやりとした感触と意外と強い力に背筋がゾクゾクゥっとして、思わず中空で飛び上がるという高難度リアクションをしてしまったチェシャロック。
ニャンだこれはと思わず振り向けば、膝まで届く不気味な黒髪の間から覗く焦点の合わない瞳と目が合った。
「ニャひぃいい!?」
すわ怨霊かと悲鳴を上げ、堪らず助けを求めるべく騎士達に目を向ければ、彼らもまた大口を開けて固まっている。
「……おっ、お前……いたのか……ッ!?」
「……ドーモ万馬殿安美です。最初から居たよ」
井戸から這いあがってきたかのような怨霊の正体は、このアパートの管理人にして不思議系電波の万馬殿安美であった。
恐るべきはそのステルス性である。謎のナチュラル気配遮断スキルのお陰で今の今までその存在をきれいさっぱり忘れていた。
「っておいちょっと待てどっから聞いてた!?」
見事な隠形に思わず感心したくもなるがそんな場合ではない。
隠していたドロシー達の正体がバレたかと顔を青くする騎士に、安美は相変わらずの無表情で答えた。
「……大丈夫。空気を読んで耳を塞いでました」
どっこい実は空気の読める子でした。
今も姉にヘッドロックをかけられ真っ赤な顔で「きぶッぎぶぅぅッ!?」と叫んでいるどこぞの愚妹にも見習って欲しいものである。
「……それよりもないと」
「ん、なんだ?」
「……化け猫です。化け猫がいます」
亡者の囁きじみた声で言いながら、むんずと掴む黄色い化け猫の尻尾をぎゅっと握った。
「あひぅニャぁ!?」
その瞬間、背筋に冷たく走った未知の痺れに素っ頓狂な声を上げる猫には構わず、さらにその尻尾をにぎにぎする。
「……うちで飼いたい。飼っちゃだめ?」
「うん駄目だ」
こんな推理中毒ピーピング猫と一つ屋根の下で暮らした日には一日中絡まれるに違いない。それだけは何があっても御免である。
「……トイレもご飯も交尾の世話もちゃんとするから」
「断固断る諦めなさい」
じぃぃと懇願する不気味な眼差しをスッパリザックリ斬り捨てて言うと、安美はどうやら飼猫にするのは諦めたらしく肩を落とす。
その姿に、冷や汗をかきつつ自分の運命がどうなるかと恐怖していたチェシャロックはほっと黄色い胸をなで下ろした。
かくてこの夜の騒がしくも平和な一幕は終わりを迎え、
「……じゃあ代わりに剥製にして玄関に飾ります。いい招き猫になると思うの」
「それならまあ……」
「ニャぎゃあああああああ!?」
これから彼らを待ち受ける激動を暗示するかのような化け猫の悲鳴が響き渡ったのだった。
やあ久しぶりな第5話ですお待たせしました。
ちょっと天下統一に忙しくて投稿が遅れましたねごめんなさい。
妹に勧められた戦国BASARAにハマって息抜きに戦国無双をするかたわら戦極姫をやっていたら執筆する時間なんて消えてましたよアハハハハ。
あまりに戦国ゲーをやり過ぎて、最後には『今日の武田軍はやけに静かだな~? まあいいや早速信玄たんとニャンニャンするべってなんじゃこのムサイおっさんわああああ!?』と言うワケの分からん事になってましたよ。もう自分がどの戦国をプレイしているのかも分からん末期症状に陥ってましたね『L2連打しても馬が来ねえええ!?』とか。
とまあそんなわけで一通り天下も統一したので執筆再開からの投稿となりました。
ちょっと疲れたので息抜きに恋姫☨夢想と三國無双と三極姫をやろうそうしよう。
次は作者が中華統一してからお会いしましょう。
※ 設定集《キャラクター》に猫と猿を追加しました