それは男心を惑わす魅惑の衣装。
それぞれの思惑を胸に、少女達はそれを纏う。
罪なほどの美しさが与えるのは、甘く激しい罰のような苦しみだという事も知らずに……。
――さあ、お前の罪を数えろ
嫌だ。
怖い。
「はぁ……はぁ……ッ」
熱い。
苦しい。
そして、痛い。 「はぁ……くぅッ」
走り続ける足が痛い。炎の熱気に晒される肌が痛い。私の息はとうに上がり、肺が締めつけられるように痛むのに、熱せられた空気は吸い込むたびに喉から肺腑を容赦なく焼いていく。
いったい、どれだけ駆けたのだろうか。何度つまずき、そして血に塗れた地べたに倒れたか、もう憶えていない。
でも、私はけして止まる事はできない。
「――絶対に、守るから……ッ」
この腕に抱く小さな少年の命を、救うために。
「死なせない……死なせないよ……ッ」
必死に語りかける。この子へ。そして私へ。
そうでもしなければ、恐怖に呑まれてしまいそうだったから。
私たちを殺そうとする刃の銀光が炎の赤にきらめくたびに、体が震え、冷たい恐怖が沸き上がる。腕の中の小さな身体は血に濡れて、背中に刻まれた斬り傷から彼の赤い命の雫が、刻一刻と流れ落ちていく。
早く。速く!
「早く、隠れなくちゃ……ッ」
安全な所に隠れて、早く手当てをしなくちゃ――早く!
炎の中を、駆けて、逃げ回って……そして、たどり着いた村でただ一つの教会の中に、私は飛び込んだ。震える手で急ぎ扉を閉めると、ようやく炎と凶刃から逃れられた安堵に緊張の糸が切れて、どっと疲れが押し寄せる。そして私は扉に背中をこすりながらずるずると座り込み、安堵のを生き吐きながら。
「……もう、大丈夫だよ」
と、腕に抱く子に語り掛けようとして――気づいた。
その小さな体から流れ落ちていた血が、止まっていることに。
それは傷が治ったわけでも、奇跡が起きたわけでもなくて……もう、出し尽くしてしまったから。
白く、冷たく、そして軽い。
腕の中のモノはもう、命の抜け落ちた――。
「ぅあ、ッあああああああああああああああああああああああああああああ―――――」
††† ☨☨☨
「魔女、か……」
惨劇から一夜明けたドンレミ村のすぐ隣に敷かれた野営地。幾つものテントが並び、兵士達が行き交うその中でも一際大きい将校用のテントの中に、一人椅子に腰かけ物思いにふける僕――ジル・ド・レの物憂げな呟きが流れた。
――《オルレアンの魔女》
あの炎の夜、イギリス兵が死に際に遺した謎めいた言葉は僕の脳裏から離れず、この胸の中に不吉な靄の様にわだかまっていた。そして同時に、不気味な不快感も。
突如襲われた村。女子供のみを殺そうとしていたイギリス兵達。その目的は今となっては分からない。敵は生け捕りにされそうになると皆、舌を噛みあるいは自ら喉に剣を突き立て自害した。そして不気味な謎と無数の屍を残したまま、炎の夜は幕を下ろしたのだ。
結果、僕は今、不条理で意味不明な恐怖劇を観た後の様な後味の悪さに苛まれている。
答えの見つからない疑問と困惑。どのみちもう彼らを殺した時点で終わった事だと自分に言い聞かせてもやはり考えてしまうのは、きっと、あの少女の顔が忘れられないからだろう。
『……何で。何で殺したのッ!?』
怒りに燃え悲しみに濡れた少女の瞳が、今でも僕の心に刻みつけられている。
『――これがッ、これがあなた達の《正義》だっていうの!?』
たとえ幾年経とうが忘れられない程に凄烈なその記憶が、この謎から目を背ける事を赦さないんだ。
なら、僕は……。
「ジャンヌ・ダルク……」
会わなければならない。もう一度。
きっと彼女が、《オルレアンの魔女》と呼ばれたあの黄金の髪の少女こそが、この謎を解く鍵となる人物なのだろうから。
彼女は昨夜、燃え落ちる教会から出て間もなく意識を失った。凄惨極まる極限状態で極度に張り詰めていた緊張が途切れたためだろう。糸が切れたように眠りに落ちた彼女を、僕は衛生兵に引き渡して部隊の指揮に戻った。そして今もおそらく、彼女は治療を受けているはずだ。
「だとすれば、居るのは医療用のテントか……」
いざやることが決まると、少しだけ心が軽くなった気がする。その事に小さな笑みを漏らして僕は腰を上げ、椅子から立ち上がった。
◇◇◇
神原市。
地方都市ながら古くから諸外国との貿易で栄えた国際都市であるこの街は、青く光る海と緑の美しい山々に囲まれた観光都市でもある。
和と洋の入り混じったこの街ならではの文化的・芸術的な観光名所や、大人から子供まで楽しめるレジャー施設が多くある中で、一際インパクトのある場所がある。
それはまあ一応レジャー施設というかテーマパークなのだが、そのあまりに特殊というか悪ノリとしか思えない内容とコンセプトで開業当時から物議をかもし、今だ周囲では『ちゃっちゃと潰せ派』と『ある意味最高に笑えるから残しておこうZE派』に分かれて議論が起こっている。
『神原にハワイを』
今は昔、過ぎ去りし栄光のバブル時代。そんな言葉をコンセプトに、日本全国でのリゾート施設やレジャー事業で莫大な利益を上げる《万馬殿グループ》の肝入りで建設が始まったこの施設は、建設も終盤になってとんでもない事態に直面した。
『東北にもうハワイが出来てるらしい』
はじめは誰もが耳を疑ったが、調べてみると確かに東北にハワイをモチーフにしたプール施設があるらしく、しかもこれが大繁盛しているらしい。これを知った当時のグループ経営陣は大いに頭を悩ませた。
「まさか先を越されるたぁな」「このままじゃ完成しても二番煎じと言われんぞ」「いっそ時系列無視で起源主張してはどうじゃ」「いやうちの若いもんで殴り込みをかければ」「阿呆! 相手はカタギじゃぞ」「今から企画を変えようにも、内装は七割がた完成してるからのう。それを改装するとなるといくら無駄になるか……」「あまりに異なる方向での変更はできんか。なら……」
そして、出た結論は
『じゃあハワイっぽい別の南国にモデルチェンジしよう』
であった。
「……そうして完成したのが、この南国パラオを再現した神原市随一のテーマパーク《すーぱーりぞーとパラオアンズ》……だッ!」
ザッパーン!
『波の立つプール』の弾ける大波を背景に仁王立ちする少女――万馬殿安美の怨霊めいた声が、広々とした屋内プールに木霊した。
――決まった……ッ。
とでも言いたげな表情でムッフンと雄々しいポーズを決める安美さん。だがそんなドヤ顔とは裏腹に拍手の一つも贈られなかった。何故ならば、それを聞く唯一の観客である三人のヒロインズは揃ってポカーンと目を丸くし、キレやすい10代は額に手をあて盛大な溜息を吐いていたからである。
「……《すーぱーりぞーとパラオアンズ》……だッ!」
「いや繰り返さなくてもいいから!」
改めてワンモアしてみたセリフに返ってきたのは、ハッと我に返ったヒロインズ筆頭――ドロシーのキレのあるツッコミだけでした。
かねてからの計画通りジャンヌを元気づけるため、夏休み最初の日曜日であるこの日、騎士達は安美の実家が経営しているここパラオアンズに来ていた。
ちなみにメンバーは、ドロシー、ジャンヌ、雨宮凛花、万馬殿安美、御伽騎士の五人である。悪友その一こと飛鳥礼二は、急遽某国大使との会食に呼ばれたため不参加となった。
本人はギリギリまで一緒に行くと言っていたが、会食をドタキャンして国際問題にするわけにはいかないので騎士が説得すると渋々ながら応じてくれた。なおその際に『お前がそこまで男一人のハーレム状態を味わいたいのならばいいだろう。俺は空気を読んで退散するからお前は心ゆくまで水着美女とラブコメるがいい!』と満面の笑顔でほざきやがったので蹴りを入れた事は秘密である。
そして今、騎士と愉快なハーレムヒロインズ(by飛鳥礼二)は安美の案内で屋内プールエリアへと足を踏み入れ――全員揃って唖然としていた。
「……ねえ、ちょっと聞いていいかしら?」
「……なんだいドロシーさんや?このやすみんが何でも答えてあげませう」
「どんとこ~い」とちんまい胸を叩く安美にツッコむ余裕すら無く、ドロシーはまん丸に見開いた瞳で周囲を見渡す。
ガラス張りの天井から降り注ぐ夏の日差しに照らされた施設内は、まさに別世界だった。
日の光を浴びて、青く煌く大小様々な種類のプール――の底に沈む零式艦上戦闘機略してゼロ戦の残骸。南国気分を盛り上げる色とりどりの花々と椰子の木――の根元に横たわる野戦服姿のガイコツ。南国パラオの伝統的な衣装を身に纏った女性スタッフ達――の傍らで仕事に励む旧日本軍の軍服を着た男性スタッフ。
嗚呼、ここはまさに魅惑の南国。美しき海と花々が彩るパラオの――
「……大日本帝国時代を完璧に再現しました(ドヤァ)」
「いやなんでよ!?」
ヒロイン全員の心の声が、ドロシーの口から炸裂した。
「一体何がどうしたらこうなるのよ!? あなたの実家は何考えてるの!?」
「……それは――」
「自分がご説明いたしやしょう!」
ツッこまれた安美が口を開こうとしたその時、軍服を着たスキンヘッドの強面中年が現れた。
「企画変更の際、実際にパラオに行っていた老人たちから現地の情報を聞いて参考にしようとしたんですが、戦時中の話しか聞けなかったからです!」
「えっと、失礼だがあなたは……?」
突然現れた筋骨隆々の怪人物に、引き気味に驚きつつも凛花が問いかける。
「申し遅れました。自分はこちらのお嬢のお父君――万馬殿の親父からこのパラオアンズの経営を任されておりやす馬虎(ばとら)てえ者です」
小山の様な身体をぺこりと曲げてお辞儀をするその物腰こそ丁寧だが、上着の袖口や襟口から刺青がばっちり覗いていた。おそらくは背中もしくは全身に彫り込まれているだろうその刺青に全員確信した。『あ、この人『ヤ』の付く自由業だ』と。
「……今はカタギだからそう身構えなくてもいいよ」
「はい。足を洗ったあっしを親父が拾ってくれたんですよ」
「へ、へぇー……」
にこやかに言う馬虎にぎこちない笑みを返す一同。とりあえず全員が彼の手の小指がやけに短かったのを見なかった事にした。
「今日はお嬢がお友達と遊びに来てくれるってんで、スタッフ一同全身全霊でおもてなしさせていただく所存です。まずはこの屋内エリアを全て貸し切りにしましたから、他になにか希望がありやしたら遠慮無く仰ってください。代金の方は飛鳥の坊ちゃんから後日全額負担すると仰せつかっておりやすのでお気になさらず」
「マジかよっ。……いや、アイツらしいな」
恩を着せようと言う考え無しに、さらりとこういう事が出来るイケメンぶりに苦笑しつつ、騎士は心の中で悪友に礼を言った。
「へぇ、ナイトの悪友って随分と太っ腹なのね」
唯一、礼二と面識のないドロシーが感心したように呟く。
「まあな。馬鹿でアホだが器がデカいんだよ。ま、後で土産話をたっぷり請求されるだろうがな」
「ふふっ。じゃあ、せめてものお礼に土産話をたくさん作らなくちゃあね」
「ふむ。私も全身全霊で遊ぶことで彼の心意気に応えよう」
「私は……隅っこで寝てていいですか……?」
「……では皆の衆、早速水着に着替えて遊びましょう。いざ行かん更衣室へ」
悪戯っぽく微笑むドロシーと小さく拳を握り己に喝を入れる凛花。そして気だるげに呟くジャンヌという三者三様の少女達は、どこからか取り出した小旗をツアーガイドよろしく手に持って誘導する安美と共に更衣室へと向かって行った。
「んじゃ、俺も着替えるか……」
そして一人残された騎士も、男性用更衣室へ向かおうとして――
「おい待てや坊主」
「へ……?」
ドスのきいた声に呼び止められ振り向けば、絵に描いたようなヤクザ面が鬼の如く微笑んでおりました。
「な……なんすか?」
ニコニコしているのに何故だが感じるとてつもない威圧感に、若干後退りながら問いかける。
「お嬢は昔から身体が弱くて、時々ここに顔を出しにきても、今まで一度もプールで遊んではくれなかったんです……」
「は、はあ……」
「ここで遊ぶ子供たちを見るたびに思っていやした。いつか、お嬢にもこの子達の様にめいっぱい遊んで欲しい。楽しんで欲しいってね……」
「…………」
「だから今日、お嬢が遊びに来てくれたその事が、あっしには堪らなく嬉しいんです。兄さん達のお陰で、あっしの願いが叶いやした。――本当に、ありがとうございます」
「馬虎さん……」
深々と、本当に深く、想いを籠めて頭を下げるその姿に、騎士もまた胸を打たれた。が次の瞬間、背筋が凍った。
「ですが、ねぇ……」
がらりと声から温かみが消え、顔を上げたその表情が、鬼だったからである。
「手前ェうちのお嬢に手ぇ出しやがったら――沈めるぜ」
どこに? とは、もちろん聞けない騎士でした。
◇◇◇
しゅるしゅると、どこか艶っぱい衣擦れの音が響き、少女の香りが微かに甘く漂う。
「……一体、なんのつもりですか?」
可憐な少女達がその柔肌を晒す更衣室。
禁断の花園めいた空気の中、着替えるべくゴシックドレスのボタンを外してたドロシーに、ジャンヌの訝しげな声が掛けられた。
「何のつもりって?」
「とぼけないで下さいよ。昨日私をわざわざ力ずくで連れ出しておいて……何を考えているんですか?」
昨夜、ドロシーと安美に無理矢理管理人室に拉致られて水着を選ばされた事を思い出しているのだろう苦々しい表情を浮かべながら、ジャンヌは足首まで下ろしたジャージのズボンから白く細い足を抜きつつ、隣で着替えるドロシーに問いかける。
「ふんっ……勘違いしないで。わたしは別にあなたの事なんてどうでもいいのよ。いえむしろ未来永劫引きこもって欲しいくらいよ」
柔らかな頬を僅かにムスッ膨らませながら、ドロシーは黒紫のゴシックドレスを脱ぎ、現れた淡い胸を包む黒の下着に手をかける。
「……でも、ナイトがほっとけないって言うから、しぶしぶ手伝うのよ」
「…………。ナイトさんのために、ですか?」
「――ッ。……ええ。そうよ」
露わになった乳房の奥が小さく高鳴り、熱を帯びた頬が赤く染まる。そんな初心な反応が気恥ずかしくて、隠すように顔を背けた。
そうして逸らした視線の先、こちらを見つめる安美の焦点の合わない瞳と目があう。
既に白のワンピースを脱ぎ捨てた未成熟なその肢体は一糸まとわず、生気を感じぬほどに白い柔肌を隠すのは艶やかに流れる黒髪のみ。
「……な、なに?」。
じーー。
という音が聞こえてきそうなくらいの眼差しで、たじろぐドロシーを見詰め
「……ガンバ」
ぐっと親指を立てられた。
「へ?」
「……恋の道はハードマラソン。でもどんなに険くても止まらず進めばいつかはゴールにたどり着けるよ」
何だろう。ひょっとして励ましてくれているのだろうか。
「……まあ、進む方向自体が間違っていたらエンドレスだけど」
いや違った。むしろ同情的に肩をすくめられた。
そして言うだけ言ってフイッと視線を外される。後はこちらなど見向きもせずに手提げ袋から水着を取りだしていた。
「な、なんなのよぅ……」
視線の圧から解放されたものの、ドロシーの額を冷たい汗が一筋流れる。
が、そんな彼女に答える声は無く、室内にはどこかぎこちない沈黙が降りた。
しばらく固まっていたドロシーだったが、すぐに気を取り直して着替えを再開し、ようとした瞬間――
「妹よォッ!!」
「ふむゅう!?」
背後からいきなり肩を掴まれたかと思うと、そのまま物凄い力でグイッと引き寄せられ顔面を何かとんでもなく大きくて柔らかな物に挟まれた。
「私はっ、私は嬉しいぞ!」
何やら聞き覚えのある凛とした声がするが、あいにく視界は真っ暗な闇な上、ギュウギュウ押し付けられる二つのバインボインと回された腕が、頭をがっちりホールドして顔を上げる事も出来ない。
「ふむうううぅ!? むぐうううぅ!?」
「自分の事しか考えていなかったお前がッ、人のために行動できるようになるなんてッ」
ぎゅうぎゅう。ふゅにゅむにゅ。たぷんどぷんっ!
「ふぐっ!? ふがが!? むむむぅ~~~!!」
「よくぞ成長したな! 私は今、感動している!」
耳元で揺れる音が死へのカウントダウンに聞こえてきた時、ようやくドロシーは力の限り身を逸らし、死のバインボインから顔面を引き剥がす事に成功した。
「ハァッ、ハァッ……い、いきなりなにするのよ!」
荒い息を吐きながら下手人をキッと睨みつける。が、文字通り死ぬほどハグしていたバインボイン――サラシを巻いた胸を揺らす凛花は、その青い瞳を熱く潤ませてドロシーの両手をグッと握った。
「ナイトを助けるために行動しようとするその想いに感動したぞッ。それに比べて私は……くっ、今になって躊躇っていた己が恥ずかしい……ッ」
「……え? ちょ?」
「だが、お前の姿を見て迷いが晴れた。礼を言うぞ!」
何やら一人で盛り上がりると、凛花はそのまま自分の水着を入れているらしいロッカーの方へ走り去った。
「共にナイトの力になりジャンヌの笑顔を取り戻そうなーー」
それはまさしく、嵐の様な一幕でした。
「……なんなのよ。みんな」
一人残されたドロシーはポカンとしていたが
「『ジャンヌの笑顔を取り戻そう』……ねぇ」
小さく呟き、その淡い唇を綻ばせて
(誰がンなことするか馬アアア鹿!)
極 悪 な笑みを浮かべたの笑顔のだ。
(ジャンヌの笑顔とか心の底からどうでもいいのよ。というか何が悲しくて自分の男に惚れてる女を助けなくちゃならないのよッ。全てはそう――ナイトをさらに惚れさせるためにするだけなんだから!!)
ドロシーは常日頃から不満だった。
すなわち――『
せっかく彼氏彼女になったのに、我が愛しの朴念仁はどれだけ愛の言葉を囁いても口づけをしてみても一向にその先に進もうとしないのだ。いやむしろ華麗に躱されているような気すらする。
せっかくこっちが恥ずかしいのを堪えて毎日キスして、あえてソファーで無防備に寝そべったり、自室の鍵を掛けずに体を清めて毎夜ベッドで待機していると言うのに夜這いの一つもかけやしない。こっちはいつでもいいというのに、これでは生殺しではないか。が、かといってこっちからナイトのベッドに行くというのもプライドが許さない。……大体そんなの恥ずかしすぎる。
(だから今日ここで、ナイトをわたしの魅力で骨抜きにするのよ! くふふっ。哀れねぇ根暗ヒッキーと友情バカさん。あなた達はただの踏み台よ。せいぜい脇役としてわたしを引き立てなさい。――そう。ナイトの
小さな胸に野望を燃やし、唇吊り上げフハハハハと悪役笑いするドロシー。その瞳に、ふと隣の安美の姿が映った。
「……んぅ? なんでせうか?」
「……まあ、あなたなら二号さんくらいにはさせてあげる」
「……? 力の一文字さん?」
キョトンと首を傾げる彼女からぶっきらぼうに顔を逸らし、ドロシーは愛しの朴念仁を落とすための、とっておきの水着に手を掛けた。
◇◇◇
「何をしているんでしょうね。私は……」
大きくは無いが形の良い乳房を包むブラのホックに指を掛けながら、ジャンヌは一人溜息を吐いた。
分からない。
なんで、無理にでも部屋に閉じ篭ろうとすればできたはずなのに、こんな所に来てしまったのか。
なんで、一緒に遊んでくれと必死に頼み込む彼を断り切れなかったのか。
なんで、妹が彼と付き合っていると知った時から、この胸がざわめき続けるのか。
分からない。何も。
露わになった胸に手を当てても、その奥でざわめく物が何かは、分からなかった。
全てを脱ぎ捨て、惑う少女は用意していた水着を手に取る。
「……そういえば、これはある意味ナイトさんのために買った物でしたね……」
皮肉な運命に小さく嗤った時、胸の奥のざわめきが、少しだけ強くなった……気がした。
◇◇◇
「ふ、ふふ……。もはや迷うまい……ッ」
その水着を握りしめ、凛花は震える声で呟いた。
明日友人と姉妹達と共にプールに行くと養母に伝えたところ『あらあらじゃあ水着を用意しなくちゃねえ。あら何例の男の子も来るの。じゃあ私が持ってるとっておきの水着あげるわ』と頂いた物である。
が、凛花は一目見た瞬間、そのあまりのデザインに盛大にひっくり返った。そしてそれを着た姿を想像した時には全身が真っ赤になって湯気を噴き出したのだ。
これは何かの間違いではと聞けば『いえいえ今どきのナウなヤングを喜ばせるならこれくらいはしないと駄目なのよ。これなら彼もイチコロよ』と返され、いやいや別にイチコロにしたいわけでは『ああそんな困った顔をしないでちょうだい。実は昔、いつか娘ができたら着せてあげたいと思って買っておいた水着だったんだけど……ごめんね。あなたの気持ちも考えず私の我儘を押し付けちゃって……』………ッ!。……ッ……きッ……着ます!!
という人情味あふるるやり取りの末、本日の着用が決まった水着なのだ。
が、更衣室に入ってすぐ、この土壇場で凛花はやはりこれを着るのを躊躇ってしまった。ここで彼女を責めるのはあまりに酷だろう。だっておよそまっとうな羞恥心の持ち主ならばまず耐えられない物なのだから。
が、今は違う。
「あの妹がナイトのために頑張るというのに、姉である私が臆してどうするッ!」
今の凛花の青い瞳には、確かに躊躇と躊躇いが残っているが、それを断ち斬る揺るがぬ決意が在った。
「――いざ、参る!」
清烈なる声と共に、凛花の豊満な胸を縛めるサラシが宙に舞った。
◇◇◇
ドキドキと高鳴る、胸の鼓動を感じる。
ぞわぞわと立つ、鳥肌を感じる。
先にトランクスタイプの水着に着替え終えた騎士は、一人屋内プールの景色を眺めつつ女性陣を待っていた。
が、その心中たるや穏やかではない。これから見られるのは美少女達の水着姿。健康な十代童貞ならば嬉しくて仕方がない筈なのだろうが、何故だろう。さっきから冷や汗が止まらないのは。
動悸は激しく口は乾いて、謎の寒気が背筋を凍らせる。早い話が嫌な予感がしてならないのだ。
これはあれか。長年悪友絡みのトラブルに巻き込まれ続けた経験から培った危機察知本能の警告なのか。
「ふ、ふふふ……上等だ。どのみちあいつらと一緒にいたらトラブルなんて日常茶飯事じゃねえか。いいぜ鬼だろうが蛇だろうが何でも出やがれッ」
「……きっと来る~」
雄々しい台詞で自身を鼓舞する騎士。
その背後から亡霊めいた声がかけられたのはその直後だった。
ビクッと振り向けば、いつの間にか背後に現れた青白い肌の怨霊少女が焦点の合わない瞳で見上げていた。
「……どーも。呼ばれて飛び出るやすみんです」
「お前か……」
「……? 顔色悪いけど大丈夫?」
「気にしないでくれ。ちょっと緊張気味なだけだよ」
バクバクする胸を押さえつつ安堵の息を吐く騎士。
と、やや落ち着きを取り戻したところで安美の装いに気が付いた。
いつも白いワンピース姿の悪友は、だが今は近年主流になってきたセパレートタイプのスクール水着を着ていた。
「……旧スクだと思ったか? 残 念 だったな!」
一見して露出の少なく地味なそれは、小学生の様に細く小さな体には意外と似合っている。青白い柔肌に密着した水着のなだらかなラインが、かえって肢体の未成熟さを際立たせて法的に危うい色香を漂わせていた。
「そういや、お前の水着姿って久しぶりだな」
体の弱い安美は体育の時間はいつも見学か床でダウンしているので、水着姿など記憶にある限りはほとんど見ていない。
「……わたし、綺麗?」
「ああ。良く似合ってるぜ」
どこからか取り出した大きめのマスクを付けて聞いてくる安美に、そう微笑んで返すと何故か顔を逸らされた。
「……怪談ネタを振ったらカウンターをブチ込まれました。朴念仁怖い」
「ん、なんか言ったか?」
「……なんでもないよ」
白い頬をほんのりと赤らめている安美に首を傾げるも、騎士は気を取り直して聞いた。
「他の奴らはまだなのか?」
「……うん。私が一番乗りだよ。でももうすぐ来ると思う」
「そうか。……意外と着替えって時間かかんだな」
「……着やすくてなおかつ脱がせやすい水着をチョイスしたのにね」
「そういやドロシーの水着選んだのってお前だったな。……一応聞いとくがマトモなやつだよな?」
「……『マトモ』ってなにげに難しい概念だよね。人それぞれだから訳が分からないよ」
「ナチュラルに不安にさせる返答だなオイ……」
やれやれと細い肩をすくめる姿に、騎士が不安げに呟いた時――
「お待たせナイト。期待して待ってたかしら?」
鈴の様に澄んだ、だが悪戯気な声がかけられた。
その声に誘われ、目を向けた先に――
「うおっ」
思わず声が出るほどに美しい、紫銀の少女がいた。
白い日の光に透き通る、紫がかった銀の髪。妖しく揺れる赤の瞳は挑発的に騎士を見つめ、小さな唇は艶然と微笑む。その華奢な肢体を包むのは普段のゴシックドレスではなく、美しくも艶やかな紫のビキニ。紐で結ぶタイプのそれは暗色であるため、彼女の白磁の様な肌の白さを際立たせる。そして何よりも
「布、少なくね……?」
騎士の目を見開かせるのはギリギリのラインまで狭い布面積。
その小ささたるや到底乳房を覆い尽くす事はできず、慎ましくも柔らかな下乳がはみ出てしまっている。幼さをようやく抜けたばかりといった身体がそれを着ているのだから、何とも言えない背徳的な魅力が宿っていた。
「あなたのために選んだのよナイト。……気にいってくれた?」
贈られる期待の眼差し。臭い立つような色香に、騎士は無言で頷くしかなかった。
「そう。嬉しいわ。でも、ねぇ……ナイト」
ドロシーはすっとその身体を寄せて、騎士の胸板を白い指でつぅ……と撫でながら、上目づかいに囁く。
「あなたが脱がせたいのなら、いつでも脱がせていいのよ……」
「――ッ!?」
ふぅっ……と、濡れた唇から甘い吐息をかけられて、騎士は慌てて彼女から身を離し後ずさった。その顔は真っ赤になって、胸の鼓動が痛いほどに高鳴っている。
「な、なにを言ってんだよテメエわ!?」
「あら照れてるの? ……可愛い❤」
そんな姿を悪戯っぽく眺めるドロシーは
(いよっしゃああああああ!!)
内心ガッツポーズを決めているのでした。
(とったどおおおおおおお!!)
大戦果。大戦果である。この様子を見るにまず間違いなく落とした。今も顔を赤らめつつチラチラと向けられる彼の視線は勝利の証。一撃必殺のセクシー水着で暁の水平線に勝利を刻んだった!
(これでもう後はわたしの魅力でメロメロのムラムラにさせれば、きっとナイトは……)
ピンク色の未来予想図にほくそ笑むドロシー。
(残念だったわね有象無象の姉妹共。これでナイトの心はあなた達がどんな格好をしようともわたしの物。くふふっ。これからはわたしの天下(ターン)よ!)
が、その天下は三日ともたなかった。
「……着替え、終わりましたよ」
小さくも、どこかぎこちない声が流れた事によっても儚くも終わりを告げるのだ。
「お。ジャン……ヌ……」
おずおずと現れた少女の姿を見た瞬間、騎士は言葉を失った。
「な、なんですか? そんな顔をして……」
それは、かつて失われたはずの美しき幻想。それは、数多の男達を虜にしてきた魅惑の衣装。幼い少女達のために生み出されながら、あまりの魅力故に教育現場から抹消された悲劇の水着の名は――
「旧型スクール水着だとぅ!?」
しかも純白の白スクである。
やさぐれていてもやはり気恥ずかしいのだろう。顔を背けモジモジする彼女の身体は年相応の成長具合であり、引きこもっているとは思えない瑞々しい身体だった。そしてそれを包むのが穢れ無き純白の旧型スクール水着である。
白百合の如き肌と艶やかな布地。二つの清楚な白と流れ落ちる髪の黄金色が合わさって、神聖さすら感じるほどの美しさを描いていた。
そしてなおかつエロい。水着の上からでも分かる形の良い乳房。丸い尻に僅かに食い込む布地などは思わず引っ張ってみたくなる。聖女の様な少女の肢体がマニアックな水着に包まれているという時点で、何とも言えない禁断の淫蘼さが在った。
「……戦闘力53万ですとぅ!?」
いつの間にやらスカ●ターを装着した安美が驚きの声を上げる。
ツッコむ前に、ああやっぱりとか思ってしまったのは仕方ない。ああもう誰が何と言おうと仕方ないったら仕方ないのだ。
「や、安美……これもお前のチョイスなのか?」
「……ち、違うよ。昨日水着選びをした時は自分の物があるって言ってた」
「そ、それが『これ』か……」
「……いえす。めにあっく」
まさかの白スク降臨に、騎士と安美は動揺するばかり。
釘づけになった二つの眼差しに、ジャンヌは居心地悪そうに身じろぎし、か細い声を洩らす。
「やっぱりおかしいですよね。こんな恰好……」
恥ずかしさを堪えるように僅かに瞳を伏せるジャンヌに、騎士は慌てて言った。
「そんなことねえよッ! いや確かに驚いたけど。むしろ似合いすぎて動揺しちまったとかそういうのだから……とにかく見惚れた。すげえ可愛いよ!」
「――ッ。あ、あまり大きい声で言わないでください……。気持ちは、伝わりましたから……」
困ったように眉を寄せて顔を背けるジャンヌ。だか、その頬は僅かに赤く染まっていた。
そのリアクションに、最近女心に振り回されまくりの騎士は戸惑うばかり。
「なあ安美。もしかして俺またやっちまったか?(ヒソッ)」
「……いえいえパーフェクトですぜこのスケコマシ(ヒソヒソ)」
戸惑う騎士にぐっと親指を立てる安美と、顔を赤らめモジモジするジャンヌ。
なんとも生温かく面映ゆい空気が流れるこの場で、だが一人だけ頭を抱え戦慄している人物がいた。
(やられたあああああああ!?)
セクシー水着のインパクトを白スクで見事に粉砕されたドロシーさんである。
(何よこのマニアック決戦兵器は!? 清純ネンネ娘と思って油断してたらまんまと持ってかれたわ!)
草葉の陰で爆笑する明智光秀とナポレオンの幻聴まで聞こえてくる中、三分天下だったドロシーは見てしまった。
誰よりも愛しい男の――『男』を!
(な、ナイト。あなた――ちょっと前かがみになってるじゃない!? ま、まさかあの女なの。あの白スクにそこまで興奮しちゃったの!)
衝撃の事実によろめき、がっくりと膝を吐く。
その哀れな姿に草葉の陰の三日&百日天下ズもちょっと同情した。
(……いいえまだよ! あくまで負けたのは第一印象。わたしのセクシーさを以ってすれば、これからいくらでも挽回できるわ! 見てなさい清純マニアック女。わたしのテクであなたの事なんて忘れさせてあげるんだから! そう、最後に勝つのはセクシー路線のこのわた――)
ばいん!
――その日、人形(ドロシー)は思い出す。乳が貧しい屈辱を。自分が井の中の蛙に過ぎなかった事を。
ばいんぼいん!
「な、何だこの音と振動は!?」
「……これは足音……いや揺れ音?」
たっぷたっぷ!
「近づいてくる……ッ」
「……や、奴だ」
たっぷん!
「――巨乳だ」
それは、あまりに巨大だった。
それは、あまりにエロかった。
それは、あまりに見え過ぎていた。
「りん、か……ッ!?」
「ナ、ナイト……済まない、遅くなったな。……その、どうだろうか?」
その水着を語るのに、言葉はいらない。いやむしろたとえ百万の語彙を持ってしてもこのエロスを表現出来はしないだろう。故にただ一文字をもって説明しよう。
その水着は――『V』だった。
言っておくが名称でも通称でも無い。その形がVなのだ。
はっきり言ってもはや水着というよりはただの紐であるが、それを纏う身体もまた凄かった。
白砂の様にきめ細かく透き通るような肌。日頃の鍛錬によってスラリと引き締まってるが、その中で、僅かな動きでも揺れて弾む豊満な乳房と丸い尻がワガママに存在を主張している。しかもそれらを支える水着は殆ど隠さず、下乳だろうが横乳だろうが惜しげもなく晒してるのだ。
「……戦闘力55万……60……まだまだ上がるだとぅ!? (ボンッ)きゃー!?」
エロい。もう何もかもがエロすぎた。
「そ、その……どうだ、ナイト。似合ってるか……な……?」
しかも凛花自身恥ずかしくて堪らないのだろう。湯上りしたばかりのように頬どころか全身を上気させ、それでも赤らめたぎこちない笑顔で問いかける彼女に、騎士は
「う、うおおおおおおおおお!!」
激情迸る咆哮を上げて体育座りした!
(最終股間隠蔽体勢キターーーー!?)
「ど、どうしたナイト!?」
愕然とするドロシーと、友の突然の奇行に目を丸くする凛花さん。ビクッとした際に乳がたぷんと揺れて騎士はますます膝を抱えた。
「わ、私が何かしてしまったのか……!」
「……察してやれよ。男の子だもの」
オロオロする凛花の肩にポンと手を置いた安美が言うが、彼女の動揺は治まらない。
身の内から湧き出る何かを堪えるかのように荒い息を吐いて膝を抱える騎士の下に駆け寄り、心配げな表情で屈みこんだ。
「だ、大丈夫かナイト!」
「ぎゃーーー!!」
繰り返すが今の凛花は水着である。しかもほぼ紐のVで屈みこんだものだから、騎士の目の前には二つのボインが接近遭遇。たぷんと揺れるお胸様の向こうに見える形の良い臍と更にその先まで丸見えな絶景に堪らず悲鳴を上げた。
「そんなにこの姿が嫌なのかッ!? すまない……まさか君がこんなに嫌がるとは思わなかったんだ……ッ(ぷるぷるぷるっ)」
涙目で謝る凛花はショックのあまり震えている。が、そんな事をすると乳も一緒に揺れてええええええ!!
「それ以上揺らすなあああ!?」
「ひぅっ!? 何て剣幕だ……どうか許してくれッ!(たっぷんどっぷん!)」
と頭を下げる度に上下に揺れる乳ががががああ!!
「ぎゃーー!」
まずい。このままだと色んな意味でマズ過ぎる。
荒れ狂う煩悩を抑えていられるうちに何とかせねばッ。
「いやお前は何も悪くないぞ! だからちょっと落ち着いてくれ!」
「ほ、ほんとうか……?」
今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で問いかける凛花にガクガクと頷く。
「ああそうだ悪いのは全部男のサガというか生理現象というか……とにかくお前は悪くないから!」
「な、ならこの格好は……」
「すっげえ似合ってるよ最高だ! 正直辛抱堪らんっていうか――じゃねえとにかく見惚れちまったよ何て言うかもう良い物見ましたありがとうございます!」
膝を抱えたままで頭を下げる。
どうかこの想いが届いて落ち着いてくれと祈る騎士の心は
「そ、そうか……よかった。こんな恰好、恥ずかしくて……嫌われないか不安だったんだ……」
凛花に届いて
「おいおい……。お前がどんな格好しても嫌いになる訳無いだろ。だって、友達じゃねえか俺達」
「――――ッ!!」
届き過ぎてしまった。
「友よおおおおおおおおおお!!」
感極まって抱きついてくるほどに。
「ぎゃあああああああああ!!」
顔面に押し付けられる大きくて柔らか過ぎる二つの膨らみを感じながら、騎士は――
(あ、なんかこれデジャブ)
あまりの刺激に自分の脳が限界を迎えたのを感じながら、意識を失ったのだった。
かくして、
「なっ、ナイト!? ナイトが気を失って……死ぬな友よおおおおお!!」
「……燃え尽きてるね。真っ白に」
「……あの、姉様。とりあえず抱きしめるのをやめた方がいいですよ」
ジャンヌを元気づけるためのプールイベントは、初っ端からのドタバタ劇で幕を開けたのだった。
ちなみに、
(ちくしょおおおおおおおおおッ!!)
セクシーさで『V』に圧倒的敗北を喫した自称セクシー(笑)は、明智光秀とナポレオンの霊に肩をポンとやられながら隅っこで一人慟哭していたのだった。
††† ☨☨☨
「――あああああああああああああああああ!!!!」
絶望の叫びを上げて、私は目覚めた。
「はぁっ…ッ…はぁっ……」
息は乱れ、鼓動は狂ったように鳴り響く。覆いかぶさるシーツの重さが、私が今ベッドに寝ていることを教えてくれた。
震える瞳に最初に映ったのは、知らない……訳ではない、私の部屋の見知った天井。
「夢……?」
掠れた声で、呟く。
夢……だったの?あの炎も、刃の輝きも、赤い赤い血の色も、全部……。
「痛ぅ……ッ」
そんな淡い希望は、身じろぎしただけで感じた鈍い痛みが否定した。
「………ッ」
幻ではない、確かな痛み。炎の夜と今を繋ぐ、現実の証。
それでも私はあの光景を否定したくて、鉛のように重い上体を必死に起こす。簡素な寝間着を脱ぎ捨て、露わになった自分の肢体に目を向けて――息をのんだ。
白い肌に幾筋も走る擦り傷。青黒く浮かんだ打撲痕。窓からの光に照らされた金の髪は所どころ焦げて、大きな傷こそないものの、私の体はいくつもの痛々しい傷に覆われていた。
「あ……あ……」
呆然と、見下ろす。
傷つき、誰も救えなかった掌が――空しく震えていた。
「い……ゃ……」
暗く、冷たくて、重い何かが、体の内に拡がっていく。
ガチガチと鳴る歯の音を聞きながらそれを感じて……私は――。
「――どうした!?」
荒々しく開かれる扉の音。その大きさと、それにも負けない大きな声に驚いて、私は声の方へと目を向けて――そこに立つ、昏い瞳の男の人と目が合った。
††† ☨☨☨
結論から言えば、ジャンヌの姿は医療用のテントには無かった。
彼女の治療を担当した衛生兵によると、ジャンヌの身体には炎の中を駆け回った事による擦り傷や小さな火傷はあっても大きな怪我は無かったらしい。故に後に彼女を迎えに来たという家族らに引き渡したとの事だった。
「今はおそらく自宅で療養しているのでしょうが……。こうなるのならば場所を聞いておくべきでした。お役に立てず申し訳ありません将軍……」
「気にするな。狭い村だ。探せばすぐに見つかるだろう」
「ならばしばしお待ちを。すぐに見つけてまいります」
「いや、お前は負傷者の治療に専念してくれ。昨夜は兵も村人も多くが傷ついた。僕のために使う時間があるならば、それで一人でも多く救うんだ」
「将軍……」
予想通り、ジャンヌの家は直ぐに見つかった。
周りの家々が焼け焦げ壁が崩れている物もある中、そこは奇跡的に外壁が僅かに焼けた程度ですんだらしい石造りの家だった。入る前に軽く居住まいを正してから古びた木の扉をノックすると、どこかで見た覚えのある女性が出迎えてくれた。
その女性は僕の顔を見て驚きの声を上げた後、頭を下げて何度も礼を言う。彼女はイギリス兵に斬り殺されそうになったのを僕が助けた女性だった。そして彼女こそがジャンヌの母親らしい。まさかあの時半ば出任せで娘を救うと言ったのが知らぬ間に実現していたとは……運命とはまったく皮肉な物だ。
彼女はこれから医療テントで治療を受けている夫のもとへと行かなければならないようで、申し訳なさそうに出ていく姿を見送ってから、僕は教えられたジャンヌの部屋へと向かおうとした時、魂切るような悲鳴が聞こえた。
恐怖と絶望に染まったその声を耳にした瞬間、僕は駆け出した。一刻も早く行かねばならない。そんな焦燥感のままに扉を開け、そして――。
「……え?」
――金髪少女の下着姿を目撃した。
……誓って言おう。わざとではないと。
「…………」
「…………」
全てが止まり、凍り付いた時間の中、僕たちは呆然と見つめ合う。
……僕は、いったい何をしているのだろうか。年端もいかないような少女の半裸を見てしまったのだ。今すぐ部屋を出ていくか、謝罪しなれけばならないというのに。僕はただただ呆然と、ジャンヌの姿に見とれていたのだ。
……美しい。穢れなき白百合のような肌。その上を流れる金の髪は煌めいて、陽光のとき輝きを放っている。瑞々しい肢体は傷つき、痛々しい傷跡がその身を覆っているが、それでもなお、彼女は美しかった。
光の中に佇む、穢れなきその姿は、まるで……
「聖女……」
呆然と、呟く。
すると、その声ではっと我に返ったのか、ジャンヌの体が小さく震えた。そして白く柔らかな肌がみるみる赤みを帯び、遂にはリンゴのように真っ赤になって
「きゃあああああああああああ!?」
悲鳴を上げた。それはそうだ。
先ほどとは異なる恥じらいと混乱に染まった声を上げ、ジャンヌは慌ててベッドシーツで体を隠すと、手近にあった花瓶や燭台を投げつけてきた。
「うわっ!? くっ、やめ――」
「痴漢! 変態! こっち来ないでええええ!!」
慌てて腕を翳して顔を守りつつ言うも、当然の事ながら聞く耳持たないジャンヌは攻撃の手を緩めない。どころかますます激しく投げつけてくる。僕はただそれを甘んじて受けつつ、彼女の怒りが収まるのを待つしかなかった。
お待たせしました最新話。
そしてお約束の水着回(お披露目編)です。
すぱっと済まそうとしたら水着の描写に文字数が膨れ上がりました。これが水着の魔力ですね恐ろしや。
あさて、話は変わりますが読者様の一人から個人的にキャラのイラストを描きたいとの連絡がありましたのですよ。もちろん快諾したのですが、もし他にも描きたいという方がいましたら、どうぞ自分に断りをいれる事はありませんから好きに描いちゃって下さい。自分は基本二次だろうがコラボだろうが特に構わない放任主義作者です。
次の投稿はちょっと本編から離れて久々に恋空編を書いてみようかと思ってます。恋空が英国で糞蟲野郎と繰り広げるドタバタ劇をお待ちください。
それが終わればいよいよ入水編です。つまりはプールに入るよ。お色気描写がこれまた大変だなあおい。
※設定集(キャラ)に『作中用語』を追加しました。文字数が良い感じに膨れたら分けます。