極悪少女は縛れない   作:どるふべるぐ

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そして始まるリア充プールイベント……と思いきや、このメンバーでそんなまっとうなラブコメが出来るはずも無く……。

メインヒロインのポンコツ振りがとどまる事を知らない最新話!
シリアスさんは今だ夏季休暇中につきお休みです。


シーン8『怪異!金槌女』

「――落ち着いたかい?」

「……はい」

 

 緊張させぬようなるべく穏やかに、柔らかな口調で問いかけると、ジャンヌは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「あの、ごめんなさい……。私ったら、命の恩人を痴漢扱いしてとんでもない事を……」

「いや、気にしないでくれ。状況が状況だし君自身も平常心ではなかったんだ。突然現れた男を痴漢の類と思っても無理はないよ」

 

 僕が入った直後はひどく取り乱し、しばらくは柔肌を見られた羞恥と困惑で話すらできなかった彼女だが、今はわずかに頬を赤らめつつも落ち着きを取り戻し、服を着て椅子に腰かけていた。僕もまた彼女に勧められた椅子に掛け、向かい合う。

 

「むしろ謝るとすれば、緊急時とはいえ女性の部屋に入る事への配慮を欠いた僕の方だ。……すまなかった」

「そっそんな事はないです! 貴方はまた私を助けようとして来てくれたんだし……。あっ、私ったら、昨夜のお礼もまだ……。ああもうホント何しちゃってるのよ私はっ! ――お、遅くなりましたが、あの時は本当にありがとうございました!」

 

 ハッとした後、更に深々と頭を下げる。黄金の髪が盛大になびき、太陽の光にきらめいて場違いに美しかった。

 

「礼はいらないよ。軍人として当然の義務を果たしたまでだ。君こそ、体の方は大丈夫か? もし辛いようなら、ベッドに横になってくれて構わない」

「いえ……大丈夫です。これくらいの怪我……他の人たちに比べたら大したことありませんから」

 

 語るその声が、物憂げに揺れる。

 陰る翠の瞳の向こうで何を想い、何を憂うのか、窺い知ることはできない。

 僕はあえてそこには触れず、まずその張りつめた様子を解きほぐすべく口を開いた。

 

「そう緊張しないでくれ。君は僕の部下じゃないんだから、無理に畏まる必要はないよ」

「……っ。で、でも命の恩人の将軍様にそんなことはできませんよ……」

「先程も言ったが、あれは軍人としての職務を果たしたまでだ。だから気にすることはない。言葉使いも気軽にしてくれて構わないよ」

 

 語りかけながら、あまり得意ではない笑顔を作る。

 きっとぎこちない笑みだろう。正直、今の顔を鏡で見たくはない。と思う間にも唇の端がプルプルと震えてきて、堪らず顔を元に戻した。

 やはり笑顔は苦手だ。あいつからも根暗っぷりが滲み出る万年仏頂面と言われるが、こればかりはどうにもならない。無理なものは無理なのだ。

 

「ぷっ……」

 

 思わず溜息をつくと聞こえた、小さく吹き出す音。見ると、強張っていたジャンヌの唇が微かに綻んでいた。

 

「ふふっ……あっ、ごめんなさいっ! あの、その、別に馬鹿にしたわけじゃなくて……何ていうか微笑ましくってつい……っ」

 

 気分を害させたと思ったのだろう。あたふたと弁解を始めるその姿が、だが僕には何やら可笑しくて

 

「ふっ……」

「わ、笑わないでよぉ……」

 

 自然と、微笑んでいた。

 あれほど作るのに苦労した笑みが、今は自然と出来ている。

 どこか接する者の心を明るく和ませる……不思議な少女だ。

 

「だっ、だから笑わないでってば~!!」

 

 恥ずかし気に顔を赤らめるジャンヌの姿に、僕はまた微笑んだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

  夏だ。

 熱く爽やかな、夏だ。

 天井を覆うガラス越しに降り注ぐ日差しが肌を焼き、青く煌く水面の涼しさが心地よく暑さを癒す。

 

「へぇ……色んなプールがあるのねぇ」

「……流れるプールから波の出るやつまで各種揃えてます。本日は全て入り放題イチャつき放題なので存分に楽しむがいいサ☆」

「おぉ、これは迷うな……。ジャンヌ、お前はどのプールから入りたいんだ?」

「私は……別にどれでもいいですよ」

 

 夏だ。

 色とりどりに、夏だ。

 そこかしこに置かれた南国の植物の鮮やかな緑。揺れる水の青。そしてなにより、傍らで目を輝かせる美しい少女達の瑞々しい色。

 

「ほらナイト。早く入りましょうよ♪」

 

 セクシーな黒の水着に身を包み、未成熟な身体ながら艶やかな微笑を浮かべるドロシーの紫銀の髪。

 

「いや待て。はやる気持ちは分かるがまずは準備体操からだ」

 

 あまりのセクシーさに出血多量で死の淵を見た騎士に土下座され、『V』から刺激の少ないライトブルーのビキニ(安美プレゼンツ)に着替えた雨宮凛花の蒼い瞳。

 

「……モヤシっ子のただでさえ少ない体力をゴッソリ削る準備体操は断固として拒否します。そんな暇があるのなら少しでも遊びたいの」

 

 日差しの下の乙女ならぬ柳の下の幽霊めいた青白い顔で、フルフルと首を横に振る万馬殿安美の黒いセパレート。

 そして――

 

「……足が攣ったら大変ですよ。姉様の言う通りにした方がいいです」

 

 聖女の様に可憐だが気だるげな美貌で、水面の眩しさに翡翠の瞳を細めるジャンヌの髪の――陽光に煌く金糸のような黄金色。

 夏だ。御伽騎士の苦節十六年の灰色の童貞人生史上、あり得ないほどに華やかな夏のプールだった。

 

「生きてて良かった……ッ」

 

 この瞬間を生きる喜び。生まれてきた事に感謝しよう。ここまで色々あったけど、もうこの光景を見れただけでも来た意味はあったのだ!

 感動のあまり震える拳を握り、思わず呟いた騎士にドロシーから呆れ気味なツッコミがきた。

 

「オーバーねぇ……。わたしとの初デートでもそんな感じじゃなかった?」

「う、うるせえッ! ……しかたねえだろ授業以外で女子とプールとか初めてなんだから!!」

「ふぅん……でもさすがに子供の頃とか友達と遊びに行ったりは――」

「子供の時からこの目付きでビビられてたんだよ……ッ。俺の夏休みの記憶は高校まで全てボッチだ恐れ入ったかゴラ!」

「ごっ、ごめんなさいっ。そんな涙目で叫ばないで……ホント悪気は無かったのよ……」

 

 フレンドレス夏休みという黒歴史をちょっと涙目で叫ぶ騎士。その余りの惨めさに本気で申し訳なくなったドロシーは流石に素直に謝った。

 

「じゃ、じゃあ今日は今まで遊べなかった分だけ、わたしと(←ここ重要)思いっきり遊びましょう。そんな暗い思い出なんか忘れさせてあげるくらいに楽しむのよ。わ・た・し・と!(強調)」

 

 そう言って騎士の腕を掴み、皆から引き剥がすように手近なプールの方へとグイグイ引っ張る。なんだろう、その姿は何かを必死で挽回しようとするかのような必死感が漂っていた。

 

「ちょっ、おいそんな強く引っ張んなって痛たたた!?」

 

 見た目は乙女でも力は笑いながら熊を殴り飛ばせるマリアネットに引っ張られ、騎士は堪らず悲鳴を上げる。が、そんな訴えなど私利私欲のためなら鬼にも悪魔にもなれる極悪少女に通じる筈もなく……。

 

「えいっ!!」

「うおっ!?」

 

 バッシャーンと、派手な水音と煌く水しぶきを立てて、二人仲良くプールに飛び込んだのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ドロシーは焦っていた。

 

 せっかくのプール。愛しの朴念仁をメロメロにして他の女達を引き離す大チャンス……だというのに、水着勝負は見事に完敗。胸だ。全てはあのおっぱいが悪いのだふぁっ●ん。

 が、ここで引き下がるわけにはいかない。何としても正妻として他の有象無象ヒロイン共と差を付けなければ。NTR展開とかは絶対に嫌なのである。

 というわけで早速、騎士を他の女達から引き離し二人きりでイチャつくべく手近なプールに飛び込んだのだ。

 

 ……さて、もう一度言おう。ドロシーは焦っていた。

 

「――っぷは!? い、いきなり飛び込ませるなよ危ないだろ! ちょっと水飲んだぞっ……って、ドロシー?」

 

 水面から慌てて顔を出し下手人に抗議する騎士。が、肝心のドロシーの姿はどこにも見当たらなかった。

 

「あ、あれ……?確かに一緒に入った筈じゃ……」

 

 焦るあまり、彼女はある事を綺麗さっぱり失念していたのだ。

 

「ごぼごぼごぼ……!?」

「って沈んでんじゃねえかあああああ!?」

 

 ――自分は、人生で一度も泳いだ事が無いという事を。

 

 かくてプールの底で空気の泡を盛大に吐きつつもがいていたドロシーは、慌てて救助に入った騎士によって引き上げられ何とか事なきを得たのだった。

 

「し、死ぬかと思ったぁ……」

「泳げないなら飛び込むなよ……」

 

 青い顔でゼーゼー息をして貪るように空気を吸っているドロシーに呆れ気味に言うと、彼女の顔色は血の気の失せた青からカァッと羞恥の赤に染まる。

 

「――ッ!? わ、わたしだって自分が泳げないなんて知らなかったのよ!」

「いや泳いだ事が無い奴は大抵泳げないだろ……」

「知識だけなら開発時に基本データとしてインプットされてるの! だから大丈夫と思ったのよ悪い!?」

「……あーなるほど」

 

 つまり泳ぎ方の知識だけはあるのか……ならまあ大丈夫と思う気持ちも分からないではない。が、あいにくとこういうのは感覚なのだ。いくら知識として知ってはいても実践して感覚を掴めなければ意味がない。そう、いくらエロ知識を溜めこんでも童貞はテクニシャンになれないのと同じように!

 

「……ねえ、なんでいきなり哀しそうな顔をするの?」

「うるせえ気にすんなちょっと我ながら哀しくなっただけだ畜生め」

 

 そんな夫婦漫才めいたやりとりをしていると凛花達がやってきた。

 

「いきなり飛び込んだかと思えばそのまま溺れるからビックリしたぞ。だから準備体操はしておけと言ったんだ」

「……準備体操をしてもカナヅチは治らないよ。故に準備運動なんてやっぱり必要ないのです論破」

 

 などと好き勝手言う二人はプールに入り、騎士達の下へと見事なフォームで泳いできた。

 それを見たドロシーの赤い瞳の悔しげな事。「ぐぬぬ……」と唸る彼女の黒いオーラに騎士が思わず後ずさったほどである。

 

「お前ら泳ぎ上手いな。凛花はともかく安美は意外だ」

「……こう見えても泳ぎは得意だよ。たとえ井戸に落ちても大丈夫です(えっへん)」

 

 たしかに余裕で這い上がってきそうだ。

 思わずその光景を想像したものの、あまりのホラーっぷりに騎士が内心ビビっている一方で、白スク姿のジャンヌはプールサイドから無様な紫銀のカナヅチを見下ろしていた。

 

「(じーー)」

「な、なによ……」

「……ぷっ(笑)」

「上等よこっち来なさいブッ●してあげるわ!!」

「ちょっ落ち着けプールで暴れてっと足を滑らせて――」

「ごぼがぼぶぼ……っ!?」

「こけるって言おうとした傍から……」

 

 呆れつつも再度救出。引き上げられマーライオンよろしく口からプピューと水を吐き出すドロシーの姿に再度嗤うジャンヌさん(やさぐれver)。

 

「ぷっ……無様ですね。まあ貴女にはよく似合っていますが」

「な、んですってぇ……じゃあそう言うあなたはどうなのよ!」

 

 その言葉にジャンヌはふっと余裕の笑みを浮かべ、華奢な肢体をしなやかに動かし床を蹴った。

 

「「「おおっ!」」」」

 

 黄金の少女は鳥の如く軽やかに宙を舞い、可憐なスクール水着の白と煌く髪の黄金色のコントラストが見る者の目を奪う。

 

「なんと水鳥のように華麗な飛び込み!」

「美しい……!」

 

 そして入水。

 それは感嘆のため息すら漏れる程に美しく、水面の波紋すらも見事な円を描く、まさに芸術的な飛び込みだった。

 誰もがその美しさに魅了され、悔しそうに「ぐぎぎぎ……ッ」と歯ぎしりする紫銀のポンコツ一名を除き、浮かび上がったジャンヌが次にするだろう泳ぎの美しさを想像して胸を高鳴らせる。

 が、

 

「…………」

「……(ワクワク♪)」

 

 待てど一秒。彼女は浮かばない。

 

「…………」

「……?」

 

 暮らせど二秒。まだ浮かばない。

 

「…………」

「……ん? なんで浮かんでこねえんだ?」

 

 首を傾げる三秒後、ようやく水面に浮かんできた――空気の泡だけが。

 

「……ぶくぶくぶく」

「救助おおおおおおおお!!」

 

 そして救出。プールの底で溺れていたジャンヌを、騎士が慌てて引き上げるまで計四秒の救助劇でした。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 力の抜けた白スクボディーを必死に抱きかかえつつ声をかけるも、腕の中のジャンヌは血の気が失せて瞳は虚ろ。というか明らかにここでは無いどこかを見ていた。

 

「……う、ふふふ……なんだか身も心もとても軽いですねぇ……おや綺麗な川まで見えてきて……ここが噂のサンズ・リバー?」

「帰って来おおおおい!?」

 

 逝ってはいけないどこかへ逝こうとするジャンヌに必死で呼びかけつつ、ガクガク揺するとようやく彼女は我に返る。

 

「――はっ! わ、私は一体なにを……ってひゃぁ!? な、ナイトさん何で私を抱きしめてりゅんですか!?」

 

 そして青い顔を一転、林檎の様に赤く染めたと思いきや慌てて離れようとして

 

「ぷくぷくぷく……っ!?」

 

 足を滑らせ再度沈没する流れが何だかデジャブ。

 

「――ジャンヌ。お前もか……」

 

 そんな彼女を後ろから抱き締めるように引き上げつつ、ブルータス級の裏切られた感に思わず呟くと、ジャンヌはそれはもう気まずげに翡翠の瞳を逸らしつつ

 

「お、泳ぎ方なら知っているのですが……」

 

 と、恥じらいで消え入りそうな声で言ったのだった。

 

「ぷっ――ぷあはははははははは!!」

 

 そのあまりにも居たたまれない姿に誰もが声をかけられない中、ただ一人全力で嘲う者がいた。それが誰であろうとは言うまでもない。そう我らが極悪さんである。

 

「ちょwww(ぷはっ)なにそのオチはマジ? ねえマジなのそのマヌケっぷりわ! (ぷぷぷっ)『ふっ』とか、『ふっ』とか余裕のスマイルを浮かべて芸術的な飛び込み決めておきながらこのオチって!(ぷぷー) で、伝説!(ぷひっ)伝説よあなた! 今この瞬間歴史に残る伝説のマヌケに成ったわ絶対! ああ本当に残念ね。もし『ノーベル間抜けで賞』があったらあなた確実に取れたのに……ッ!(ぶほっ) あ、今からでもノーベル財団にかけあってみたら? きっとあなたのマヌケっぷりを話せばすぐに新設してくれるわよ!(ぷぷっぷー☆)」

 

 ……これ、さっきまで同じように溺れていた奴の台詞である。

 だがそんな事実は大気圏どころか宇宙の彼方まで棚上げして罵るドロシーさん。小さなお腹を抱え涙すら浮かべ指差して、それはもう見惚れるほどに輝く笑顔だった。悪だ。極悪である。

 

「く、くぅぅ……ッ。貴女だってカナヅチでしょうに、言わせておけばぁ……」

 

 これには、ここ最近やさぐれて無気力状態だったジャンヌも流石にカチンと来た。虚ろだった翡翠の瞳に炎が宿り、憤怒に震える小さな拳を握りしめ極悪愚妹を睨みつける。

 

「へえぇ。ナイトのお情けで家に住まわせてもらってるのに、働きもせず食っちゃ寝してるだけの超鬱引きこもりでもそんな目をするくらいの気力はあるんだぁ」

 

 翡翠の瞳から放たれる、常人ならば浴びただけで意識を失うほどの怒りと殺意。だが相手は生憎極悪少女。他者から恨み憎まれるなど飽きがくるほど慣れたもの。つーかそれでビビってたら悪なんてやってらんねーよwww とばかりに睨みかえす。

 

「で、さぁ……。あなた何時までナイトとくっ付いてるわけ?」

「へ……? ――ッ!?」

 

 言われ、改めて自分が騎士に後ろから抱きしめられるように支えられている事に思いあたり赤面する。……が、その光景を見るドロシーの瞳に悔しげな色がある事に気付くと、ニヤリと笑いあえてそのままの体勢でいる事にした。

 

「むぅ……」

 

 それで面白くないのはドロシーである。せっかくの騎士とのデート(あくまで主観)を邪魔された挙句、彼女である自分を差し置いて騎士に構われているのだ。柔らかな頬を不満げに膨らませて唸るその顔に、ジャンヌはグサリと一言。

 

「……嫉妬は見苦しいですよ彼女(笑)さん」

「んにゃッッッ!?」

 

 つうこんのいちげき!

 ドロシーのおんなのプライドはだいダメージをうけた!

 

「ふふっ……」

 

 更に追い打つように、黒く微笑むジャンヌはほんのり顔を赤らめつつ、見せつけるように背後の騎士に更に身を寄せる。

「じゃっ、ジャンヌ!? いきなり何寄りかかって……っていうか離れろ尻とか背中とか色々当たってっから!?」

 

 水着越しに感じる少女の柔らかな感触と甘い熱に、騎士が堪らず上ずった悲鳴を上げた瞬間――

 

「~~~~~~ッッッ!!」

 

 ブチッ――と、何かが切れる音がした。

 

「いいわよその喧嘩買ってあげるわお姉さま! お硬い優等生だと思ってたら中々やるじゃないこのビッチ! だったらわたしがあなたの『ピー―』にチェーンソーぶち込んで『ズキューン』してやるからよがり狂って逝きさらせ!!」

「いいでしょう糞愚妹が! かかってきなさいこのポンコツニート! スクラップにしてプールの底に沈めてあげます!」

 

 そして見えざるゴングが鳴り、姉妹喧嘩inパラオアンズの幕が切って落とされた。

 まず始めに二人の怒気と闘気が爆発し、轟という音を上げてぶつかり合う。その衝撃は暴風となって荒れ狂い、水面を激しく波立たせた。

 昭和のバトル漫画を思わせるその現象に、堪らず騎士は叫ぶ。

 

「ちょっ!? お前らこんなとこまで来て喧嘩してんじゃねえよ!!」

「止めないでナイトこの女は一度フルボッコにして身の程を教え込まないといけないのよ!」

「それはこっちの台詞です愚妹! 人が傷ついている時に全力で嘲う腐った性根はここで叩き直します!」

 

 二人とも内心相当堪っていたのか、聞く耳なんぞありはしない。

 

「……凄いね何これ。二人は何ちゃら神拳の伝承者か何かなの?」

 

 そういえば一般人だった安美が驚きの声――ただし抑揚ほぼ皆無――を洩らすも、生憎答えてやる余裕は無い。一刻も早く止めなければと言うか止まるのだろうかこれ?

 

「……姉妹喧嘩とかけまして、かっ●えびせんと解きます」

「……その心は?」

「……やめられない止まらない」

「上手ぇな畜生!!」

 

 山田君。座布団は良いからこいつらを止めてくれ。

 と祈っても赤い着物の座布団運び男が助けに来るはずもなく、いよいよ二人の肉体言語による直接対決が始まろうとした、まさにその時――。

 

 

 

「いい加減にせんかお前らッッッ!!」

 

 

 

 ――一喝。

 

 闘気の暴風をたたっ斬る刃の如き一喝が、二人の闘気をかき消した。

 何事かと驚愕した二人は、次いで叩きつけられた殺気に全身が凍りつく。それは一人の少女――凛として美しくも、不動明王の如く見えざる怒りの炎を背負った姉、凛花からの物だった。

 

「……ナイトが、我が友がお前達のためにこの催しを開いたと言うのに、お前達はそれを……我が友の想いを無下にするのか?」

 

 静かな、しかし煮えたつ熱水の様な声。

 

「もうそうだというのなら、まず私が相手になろう」

 

 だがその殺気はどこまでも冷たく、氷海の如く二人を呑む。

 

「前後左右上下全てあらゆる方位から来るがいい。遠慮はいらんし私もしない。愚妹を躾けるのが姉たる者の務めなれば、刃をもって完遂するのみ……」

 

 詠うように語る少女の瞳は澄みきって、嘘偽りなど一片たりとてありはしない。

 その身は一切の武装も魔術も展開していない。ただの丸腰。ただの少女ただ一人。

 だが、その姿を目にした瞬間、二人は確信した。

 

 勝てない。

 

「心得ろ愚妹共――お前の命は今、私の間合いの中に在る」

 

 これは、己を殺せるモノだと。

 

「……ちッ」

「……わかり、ました」

 

 気圧され、大波に叩き潰されるように二人は闘気を消した。

 その姿を確認し、凛花もまた殺気を納める。

 

「よし。ならばまずナイトに謝れ。あやうくその想いを踏み躙る所だったのだからな」

「ごめん…なさい……」

「申し訳…ありませんでした……」

 

 確かに申し訳なく思っているのだろう。促され二人は揃って頭を下げた。

 謝罪された騎士は、小さくため息をつくと苦笑しつつ穏やかな声で口を開いた。

 

「……頭を上げろよ。まあ寸での所で止まったわけだし、これからは仲良く遊ぶならそれで許してやる」

 

 怒鳴られることも覚悟していたが、かけられたその言葉に二人はほっとして、腕を組む姉の更に何かを促す瞳に気がついた。それが何を意味しているかを姉妹同士の勘とでもいうべき物で悟り、互いにぎこちなく片手を伸ばすと、触れる寸前に僅かに躊躇しつつも握手を交わす。

 凛花はその姿を満足げに見つめ

 

「善し。これにて一件落着!」

 

 と、名奉行大岡越前のように言ったのだった。

 ……が、

 

「……果たしてそれはどうかな?」

 

 そこに水場の船幽霊めいた声がツッコミをいれる。

 その声の主、井戸から這いあがりたての怨霊の如く濡れた髪を顔面に張り付かせた安美は、髪の間から覗く焦点の合わない瞳で握手をする二人を見た。

 

「……いくら表面的には治まったように見えても、内心は千年経とうとも恨みを忘れないのが女心。きっと忘れた頃に倍返しだとか思ってるよ」

 

 ギクッ

 

 ドロシーとジャンヌが、ここだけは仲良くピッタリ同じリアクションをとったのを騎士達は見逃さなかった。

 

「みたいだな……」

「お前ら~~ッッッ……」

 

 呆れた溜息と抑えた怒声にビクッとする二人。

 

「……そこでどうでしょう。ここはいっそ喧嘩以外の方法で対決して二人の鬱憤を晴らそうじゃあ~りませんか」

「……なるほど。それは――」

「――良いじゃないッ」

 

 その提案に、たった今仲直りした筈の二人は即行で乗った。ええそれはもうさっきまでのやりとりとか凛花の名裁きなんぞ軽やかにブチ壊す清々しさですとも。

 

「すまない友よ私は無力だった……」

「泣くな凛花。お前は何も悪くない。悪くないんだ……ッ」

 

 肩を落とし絶望する凛花とそれを慰める騎士の涙を誘う姿になど目もくれず、ついにはメンチきり合いだす二人。

 

「ブッ潰してあげるわナイトの意志を尊重して『仲良く』殴り合い以外で」

「返り討ちにしてあげますよナイトさんのために『仲良く』殴り合い以外で」

 

「そういう意味じゃねえよバカヤロー」なんて童貞の悲痛な声はもちろん耳に入る筈も無く、握り合う手からギリギリと音を鳴らす二人は『仲良く』対決することを誓い合ったのだった。

 

「で、対決の種目は?」

「……そもそもの喧嘩の発端は互いに泳げない事だったよね。じゃあ――水泳対決にしましょう」

 

 その言葉に、泳げないカナヅチーズは揃って首を傾げる。

 

「水泳……対決? でもわたしたちは――」

「……そこは私達が泳ぎ方を手とり足とり星さん家の頑固親父ばりの熱血指導で教えてあげるから大丈夫だよ。というかどのみち泳げないとプールに来た意味無いし」

「うぐぅっ!?(グサッ☆)」

「はぅぁっ!?(ザクッ☆)」

 

 見えない刃に胸を貫かれ精神的ダメージを受けた二人だったが、気を取り直して

 

「わたしの華麗な泳ぎを魅せてあげるわ! せいぜいプールの底で溺れながら見てなさい!」

「そっちこそ、最期に私の泳ぐ姿を目に焼き付けて沈むがいいです!」

 

 中指を立てる紫銀の少女ドロシーと、親指を下に向けた黄金の少女ジャンヌ。

 殴らないとは言ったが死なさないとは一言も言って無い二人の声で、かくしてカナヅチ美少女達の水泳対決は幕を開けたのだった。

 

 

 

「……あ、ちなみに勝っても何も無いのは盛り上がりに欠けるから、勝者はもれなく、ないとからお昼ご飯を奢ってもらえます。さあ乙女達よ勝ってないととリア充ディナーをしよう」

「え何それ俺聞いてな――」

「いよっし絶対勝つ! 勝って死なす!」

「ディナーはともかく悔しがる愚妹の顔はぜひ見てみたいですね! 絶っ対負けません!」

「話聞けお前らアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 ††† ☨☨☨

 

 

「昨日の事は、思い出せるかい?」

 

 しばらく経ち、場の雰囲気も幾分か和らいだところで、僕は居住まいを正し、ここに来た目的である彼女への事情聴取を始めた。

 

「……うん。あなたに助け出されてからは、ちょっと曖昧だけど……あっ……ですけど……」

「そのままで構わない。年相応の口調の方が話をしやすいだろうしね」

「わかり…ぅうん…わかった……わ。ジル将軍」

「ジルでいい」

 

 言うと彼女は微かに苦笑してから、静かに語り始めた。

 故郷を襲った惨劇の記憶。ただの村娘として生きてきた彼女の日常の、その最後の夜を。

 

「……昨日は、あの時まではいつもと変わらない日だった。私はいつものように家族のみんなと畑仕事をして、家に帰ってからお母さんと夕飯を作っていたの。そしたら……奴らが……ッ」

 

 語るその声が強張り、その表情に暗い陰がかかる。

 

「何もかもが突然だった……。イギリス兵はいきなりやってきて……村に火をつけて、逃げる人たちを殺していった。私達家族もすぐに家から出て逃げたけど、私は炎の中でいつの間にか皆とはぐれていていたの」

「…………」

「怖くて……心細くて……炎の中で一人逃げ回っていたら、私と同じように泣いている子がいたの。私達は一緒に逃げることにしたわ。大丈夫、私が守ってあげるから一緒に家族のところに行こうって言って、約束したのに……ッ。あの子は、私をかばってイギリス兵に……ッ」

 

 ぎゅっと、膝に置かれた拳から悲痛な音が鳴った。

 

「逃げてる途中、後ろからいきなり斬りかかられて、私は気づくのが遅れて…ッ…咄嗟ににあの子が盾になってくれたけど……そのせいであの子は」

 

 震える声。揺れる瞳。こみ上げる悲しみを堪え、蘇る恐怖と絶望に耐えながら、ジャンヌはそれでも語り続ける。

 

「……私は傷ついたあの子を抱えて逃げて、なんとか教会に逃げ込んだけど……その時にはもう……ッ……ッ」

「…………」

 

 思い出すのは、炎に燃える聖堂で一人佇む彼女の姿。跪き、幼子の骸に祈りを捧げるその姿は僕の脳裏に焼き付いて、離れない。

 

「そして、僕が現れた……?」

 

 その問いに、彼女は小さく頷いた。

 

「そうか……」

 

 話は終わり、すべてを聞き終えた僕は考え込む。

 これで経緯は分かった。だが、未だに謎は残る。

 何故イギリス兵が襲ってきたのか。なぜ彼女が狙われたのか……。

 

「『オルレアンの魔女』……」

 

 そして、この言葉。

 死に際のイギリス兵が言ったこの言葉が、すべての謎を解く重要な鍵に思えてならない。

 

「この言葉に聞き覚えは?」

「……ないわ。でも、あのイギリス兵は私をそう呼んでいたわよね……」

「ああ。彼らはその『魔女』を探しているようだった」

「………ッ」

 

 僕の言葉にジャンヌは息をのみ、しばし押し黙る。

 やがて、か細く震える声が、血の気の引いた唇から漏れた。

 

「だったら、やっぱり……あいつらが襲ってきたのは、私を殺すために……ッ」

 

 燃える炎。赤く広がる血の海。転がる骸。その揺れる瞳には、惨劇の光景が蘇っているようだった。

 

「他の人たちは、その巻き添えで…ッ…みんなが死んだのは……私の……せい…ッ…」

「落ち着くんだ。まだそうと決まったわけじゃない」

 

 偽善だ。僕の心は、彼女こそがその原因だと推理している。

 

「もしたとえそうであっても、君に責任は無い。悪いのは全て、あのイギリス兵達だ」

 

 これも偽善。こんな気休めでは彼女が自分を責める事をやめないだろうと思いながら、軍人として言うべきことを、ただ口にしているだけ。

 

「……ぅ…うぅ……わたしの、せいだ…ッ…」

 

 張りぼての言葉が届くはずもなく、俯き震える彼女の唇から、嗚咽が漏れる。

 

「みんなが……あの子が死んだのも……あの時…私なら傷を治すことはできたのに……私が……ッ」

「………? それはどういう――」

 

 意味だと問い掛けようとした時。

 

「ジャンヌ! 大変だよ! お父さんが、お父さんが――ッ」

 

 慌ただしい靴音とともにドアが開かれ、先ほど別れたはずのジャンヌの母親が、傍目にも動転した様子で現れた。

 

「お母さん!? どうしたのそんなに慌てて?」

「ああよかった起きていたんだね……! これなら、間に合うわ……ッ」

「間に合うってなに? ねえお父さんが一体どうしたっていうの!?」

「……ジャンヌ。落ち着いて、気をしっかり持って聞くのよ。お父さんは――」

 

 張りつめた声で語られた言葉は、ジャンヌを更なる絶望に落とすものだった。

 

「そん……な……、お父さんが……」

 

 

 ††† ☨☨☨

 

 

「――お父さん!」

 

 医療テントのベッドに横たわる父の姿に、ジャンヌは悲痛な声を上げた。

 母親からの知らせを受けてすぐ、僕たちは急ぎ彼女の父親が治療を受けているテントへと向かった。

 そこで見たのは、血に染まった包帯を全身に巻かれ、一目で重症とわかる男性――ジャンヌの父親だった。意識はもうないのだろう。瞼は力なく閉じられ、血の気は失せて、もはや呼吸すらも弱弱しく、今にもか細く途絶えてしまうのではないかと思える程。傷つき、巻かれた包帯ですら赤黒く染まる満身創痍の半死人だ。

 

 これは、助からないな……。

 

 戦場で数え切れぬほどの死を見、そして与えてきた殺人者の嗅覚が、逃れられぬ死の臭いを嗅いだ。

 

「ここに運ばれてすぐ治療を受け、しばらくは落ち着いていたのですが、先ほど容体が急変しました……」

「そうか……」

 

 衛生兵の報告に静かに頷き、崩れ落ち父の体に縋りつくジャンヌに目を向ける。

 

「お父さん! お父さんーーッ!!」

「……ジャンヌ。残念だが……」

 

 震える肩に手を置き、語り掛ける。

 それでも意識の無い父と、呼びかけ続ける娘の姿に、母は顔を覆って涙していた。

 悲痛な叫びとすすり泣きに包まれたこの場で、僕が出来ることなどもうない。せめて最期の時だけは家族だけでいられるように、静かにこの場を去ろうとした、その時――。

 

「……まだ、助けられるよ」

 

 そんな、奇跡のような声が聞こえた。

 その、天啓にも似た言葉の主は

 

「ジャンヌ……?」

 

  足を止め、振り向く。

 黄金の少女の翠の瞳が、決意の輝きを宿し、僕を見つめていた。

 

「まだ、助けられる。……だからお願い。今からここは私とお父さんと……あなたの三人だけにして」

「ジャンヌ! あなた何を言っているの!?」

 

 突然の不可解な申し出に、母親をはじめ兵士たちも戸惑いの色を隠せない。

 当然だ。あまりにも突然で、何より意味が分からない。常識的に考えれば、即座に却下すべきだろう。

 

「お願い。今は何も言わずに、私の言うとおりにして。必ず、助けてみせるから……ッ」

 

 だが、なぜだろうか。僕はその言葉を無視することが、どうしてもできなかった。

 

 「……そうすれば、彼を救えるのか?」

 「……うん。今度こそ、救ってみせる……絶対に……ッ」

 

 語る彼女の瞳に、偽りの陰は無い。在るのはただ、抗えぬはずの死の運命から愛しい者を救わんとする、清冽なる意思。僕の虚ろな瞳には眩しすぎるほどの、正義の輝きか在った。

 

 「私を信じて。――ジル」

 「…………分かった」

 

 頷き、この場の皆にしばらく外に出ているよう伝える。

 母親はためらったが、それでも娘の真っ直ぐな瞳を見て信じることにしたのか、兵士たちに続いて出て行った。

 そしてこの場には、僕とジャンヌ、そして今にも死に行こうとしている彼女の父の三人だけとなった。

 

 「これで、いいのかい?」

 「……うん。ありがとう」

 

 緊張しているのか、静かに張り詰めた声で言う彼女は、しばし躊躇うように沈黙した後、翡翠の瞳をまっすぐ向けてきた。

 

 「一つだけ、約束して欲しいの。――今から私がすることは、秘密にして……」

 「なに?」

 「お願い。誰にも言わないで……」

 「……わかった」

 

 小さく頷くと、ジャンヌは再び礼を言い、父へと向き直った。

 そして静かに瞳を閉じ、死にゆかんとする父親へとその両手を翳す。

 

 ――そして、光が顕れた。

 

 翳された二つの掌が光を帯び、輝きを放ったのだ。荘厳なる、黄金の輝きを。

 それは雷の煌めきとも、炎の荒々しさとも異なる、清浄にして神聖なる光。

 話に聞く北国のオーロラにも似た、オーラとも呼ぶべきその光は、やがて掌から父の体へと降り注ぎ、その傷ついた体を優しく包み込む。

 

 「……ッ」

 

 不可思議にして神聖。聖書に描かれるがごとき光景に息をのむ僕の前で、更なる奇跡が起こる。

 黄金光に包まれた箇所にあった傷が、光とともに癒えていくのだ。痛々しい火傷も、切り傷も、すべて聖なる黄金光に消えていく。

 ありとあらゆる穢れが浄化されるその様を、僕はただ、言葉も無くして見つめる事しかできなかった。

 

 いや、違う。正確には、僕が見つめていたのは彼女の姿だ。ジャンヌ・ダルク。瞳を閉じ、ただ一心に他者を救わんとする、その姿だ。

 美しかった。眩かった。ただただ、見つめる事しかできなかった。

 

 永遠にも、あるいはほんの刹那にも感じる時の果て、やがて光が弱まり、ふわりと溶けるように消えていく。

 そして、ジャンヌの前には、傷一つない父親の姿があった。

 死に逝く土気色だった肌は血色を取り戻し、あらゆる傷も血痕すら残さず消え失せて、か細く今にも途切れそうであった呼吸は、安らかな寝息となっている。

 

 「奇跡だ……!」

 

 感嘆の声を漏らし、思わずそれを成したジャンヌを見ると、静かに立ち尽くす彼女の体がゆらりと傾いた。そして、糸の切れた人形のように、ゆっくりと倒れていく。

 

 「ジャンヌ……!?」

 

 咄嗟に崩れ落ちる体を支える。軽い、力の抜けきった弛緩した体が、僕の腕の中で身じろぎした。

 ゆっくりと開かれた翠の瞳が、疲労の色を宿して僕を見る。

 

 「あり……がと……こうされるの……二度目…だね…」

 

 気だるげに呟く彼女に、驚きと興奮を抑えきれぬまま問いかける。

 

 「これは……一体……?」

 「……子供の時から、使えたの。私もこれが何なのかは……分からないけど……」

 「凄い……まるで神の御業だ」

 

 感嘆を込めて言うと。だがジャンヌは瞳をやるせなさそうに陰らせ呟いた。

 

 「そんな大したものじゃないよ……一度使えば、いつも力が抜けきってこうなるし……死んだ人は……どうにもできないし……あの子だって……ッ」

 「…………」

 「あの子が傷を負ったとき、すぐに治すことだってできたのに……私はそれをしなかった…ッ…一緒に逃げなくちゃならないから……守らなくちゃいけないからって思って……でも、結局あの子は死んじゃって……ッ」

 「……あの惨状の中、子供一人が逃げ延びるのは難しかった。今のようになった君を残して一人逃げたとしても、おそらくは助からなかっただろう。……まず安全圏まで避難し、治療をしようとした君の判断は正しい」

 

 合理的だ。少なくとも最適解と言ってもいい。

 だが、いくらそんな道理を言ったとて、彼女の心を覆い尽くす自責の念を止める事などできなかった。

 

 「私のせいだ…ッ…私が……こんな力を持ていたから……だから『魔女』だって……あいつらは私を狙って……私が、私がいたから…皆が死んだのは…私の……私が『オルレアンの魔女』だからッ――」

 「――ジャンヌ!!」

 

 僕の中で、何かが動いた。

 虚ろで、正義すら持たぬ卑しい精神の奥底で、小さく輝く何かが……この時、確かに、動いたんだ。

 

 「違う!」

 

 気が付けば、叫んでいた。

 

 「違う! ジャンヌ・ダルク。君は魔女なんかじゃない!」

 

 道理でも義務感でもなく、ただ想いの、身の内から溢れてくる何かのままに言葉をぶつけ、絶望に染まりゆく少女に伝える。。

 

 「村が襲われたのは、確かに君を狙ってのものかもしれない。――だが、君には何の責も罪も無い! たとえ万人が君を魔女と言おうと、僕はそれを否定する。ジャンヌ、君は魔女ではないし、その力は呪われたものじゃない。見るんだ、ジャンヌ……」

 

 傍らで眠る父親に指を向けて、指し示す。彼女が成した事を、誰が何と言おうとも変えられぬ、奇跡のような真実を。

 

 

 

 

 「――その力は今、一つの命を救ったじゃないか!」

 

 

 

 

 「――――ッ!!」

 

 息をのむ、彼女の唇。やがて絶望に陰っていたその瞳から、一筋の涙が流れた。

 小さなそれは、やがて熱く、大きな流れとなって、少女の瞳から溢れ出す。

 

 「ぅあ、あああああああああああああああああああああ!!」

 

  様々な想いに溢れた叫びを上げて、泣く彼女。それを僕は、ただ静かに抱きしめ続けていた。

 

 

 …………。

 ………。

 ……。

 

 

 「ねえ……ジル……」

 「何だい?」

 

 しばらく経ち、総てを吐き出すようにして泣き終えた彼女は、かすれた声で問いかけてきた。

 

 「私が狙われたのって、やっぱりこの戦争に関係があるのかな……」

 「…………」

 

 その言葉に、教会で斃したイギリス兵の今際の声を思い出す。

『……殺すッ。俺が死んでも……必ず誰かが、お前を必ず殺してやるッ。我がイギリスの勝利と栄光の……《正義》の、ために……』

 勝利と栄光のため、それは言い換えれば、彼女の存在がそれを阻むという事か?

 

 

 「……もしそうなら、この戦いが続く限り、私は狙われて、また誰かが傷つくかもしれない。……そんなの、もう嫌なの」

 「ジャンヌ……?」

 

 小さな呟きは、やがて大きな熱を孕み、泣き腫らした彼女の瞳に強き輝きが宿る。

 

 「こんな戦争は、終わりにしなくちゃならない。私が、終わらせなくちゃ……ッ」

 

 決意と、誓い。征くべき道を見出した者が放つ、鮮烈なる光がそこに在った。

 虚ろに惑う僕が持たざるそれに、ただ目を見張る僕に、彼女――ジャンヌ、ダルクは言った。

 

 「――ジル。私をフランス兵にして」

 

 ――後に思う。この時、この輝きを見たその瞬間に、僕たちの運命は定まっていたのだと。

 

 

 ††† ☨☨☨

 

 そこは、激動する戦乱のもう一つの中心地。

 戦争という遊戯に興じる二人のプレイヤーのうちのもう一方。

 やがて太陽の沈まぬ帝国と讃えられる事となるその国は今、夜闇に沈んでいた。

 

「《オルレアンの魔女》を殺し損ねたか……」

 

 炎の明かりが夜闇を照らす玉座の間に、厳かな、だが憂いのある声が流れた。

 激動する世界の中心。欧州における最強国の一つたるイギリス。

 その頂点に立つ者。絶大なる権威を象徴する冠を戴き、玉座に座る壮年の男――英国王は、臣下の報告に重い声音で呟いた。

 

「左様。《予言》に語られた村へと送りこんだ部隊は、女共を皆殺す前にフランス軍によって全滅したとのこと」

 

 そう語るのは、奇妙な男だ。

 全身を黒のローブで包み、その顔は仮面に覆われている。僅かに覗く瞳すら、まるでここではない遥か彼方を見つめているような、そんな男である。

 

「ノートルダムよ。殺した者の中に魔女は含まれていないのか?」

 「然り。なによりも、我が瞳には今だ変わらず、イギリスの敗北の《未来》が観えておりまする。――以上の事から、殺害作戦は失敗。今だ《魔女》は生きているものと思われます」

「やはり、未来を変える事は容易では無い、か……」

 

 物憂げな溜息をつき、しばし瞳を閉じる。

 それが再び開かれた時、そこには烈火のごとき決意の輝きが在った。

 

「――だが、為さねばならん。我らが祖国。我らが民とその子らのために、例え万国を戦火に燃やそうともイギリスは勝ち続けるのだ。全てを倒し、総てを征す。我らを脅かす者が誰一人としていなくなるその時まで。それが我が《正義》なれば、定められた運命(はいぼく)などに屈するものか!」

 

 猛き叫びは響き渡り、祖国のためならば運命にすら挑む王の意思を轟かせる。

 

「――素晴らしい」

 

 その叫び。その意思を讃える声が、した。

 玉座の間に在る夜の闇。深く、粘つくような、燭台に燃える炎の明かりすらも届かぬ闇の内から流れる、声。

 

「運命を知り、その強大さを知りながら、それでもなお抗い打倒せんとする。実に素晴らしい、かつて運命に屈した我輩にはいささか眩い輝きだ」

 

 優雅で張りのある、だがどこかが枯れ果てたそれ。蛾のように宙を舞い耳に届く声に、王は僅かに眉をひそめ、闇の中に佇む者に目を向けた。

 

「運命に屈した……か。そんな貴様が、運命に挑む余の下にいるのは可笑しなものよな」

「己とは正反対のものに惹かれるたちでね」

 

 飄々とした調子で言い、闇の中で肩をすくめるそれに、王は不敵な笑みを浮かべた。

 

「まあよい。ならば我が剣の一つとして、運命が余に跪くその時をその目で見届けよ」

「それなのだがね。できれば最前席で見せてもらってもよろしいかな」

「ほう……」

「先ほど密偵から報告が届いたのだが、フランスの皇太子シャルルは《シュヴァリエ》を動かしたらしいんだ」

「諜報と暗殺を司る《シュヴァリエ》。フランス王家の懐刀。ボーモン一族か……」

「もしかすると、こちらの思惑はすでに彼の者によって知られているのかもしれない。ならば至急、フランス側が動く前に魔女を始末しなければならないだろうね」

「それを、貴様にやらせろと?」

 

 道理は通っている。だが、それだけが目的ではあるまい。

 そう問いかける王の眼差しに、闇の中の者は悠然と答えた。怖じることも、畏れることも無く、まるで己もまた同じ王であるかのように。

 

「それにまあ……かの運命の魔女を、我輩も見てみたくなってね」

「ふん。物好きなのは相も変わらずだな。――マーリン」

 

 王が次に声をかけたのは、この場でも一際異彩を放つ一人の少女。

 紫の髪に、深い知性を湛えた灰の瞳。幼くも可憐な姿であるが、どうにも纏う雰囲気が老人めいて、見る者を惑わせる。だがもし、魔術の素養を持つ者がいれば絶句しただろう。この幼子の小さな体から溢れ出る、莫大な魔力に。

 

「こちら側のストーンヘンジはいつでも起動可能じゃよ。ただ移動先となるフランス側のストーンヘンジは材料の調達に手間取って建設が遅れた分まだ調整不足じゃが……まあ人間一人を転送する分には問題ないじゃろう」

 

 およそ幼子と思えぬ老人めいた少女の言葉に、王は戸惑うでもなく「そうか」と呟き、闇に佇む者へと向き直った。

 

「ならば征くがよい。その邪智暴虐をもって、かの魔女を討ち果たせ!」

「――御意」

 

 下した勅命に、かの者は闇の奥で跪く。

 それを確認した王は、この場全ての者に対して、高らかに言った。

 

「我々は運命を打倒せねばならん。たとえどれ程の外道をなそうと――我らが《正義(しょうり)》のために!」

 

 戦争は、続く。

 真なる悲劇は未だ遠く、だが確実に迫っている。

 一人の少女の運命を焼き尽くす更なる戦火が今、燃え上がろうとしていた。

 

  

 

 

 




1か月遅れで投稿完了! 熱くて集中できない夏なんて嫌いだバカヤロー!

とはいえお待たせしました最新話。いつもながらもうちょっと文字数を少なくしたいと思いつつも出来ない未熟さが嫌になってくるぜ畜生。というか自分が書くのは薄くて長いワカメみたいな作品ばっかです。

そして今回も百年戦争編書いてねえ。 やっぱり2パート同時進行は難しいです。それをやったキバって偉大な作品だったんだなぁ……。753面白いし。ぶっちゃけ音也になら抱かれてもいいです。

とはいえそろそろマジに書かにゃストーリー構成上ヤヴァいので、今話と前話シーン7に戦争編を加筆してから次の投稿となります。また間が空きそうなので気長にお待ちください。でわ

そして今書き終えた。長かった! ようやく本編進められるぜやったね。
というわけで続きはただいま執筆中です。
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