ファッキンリア充❤
これは騎士と極悪少女が出会う前、ある一人の少女のバレンタインの物語。
それは仄かに甘く、ほろ苦い、チョコレートのような思い出。
小さな私と、小さなあの子の、小さな約束の思い出だ。
『……ねえ。あした、また会えるかな?』
夕焼け色に染まった病室のベッドで、不安と恥ずかしさに俯きながら小さく問いかける私に、ベッドの淵に腰かけたあの子はきょとんとして答えた。
『ああもちろん。けど、何でそんなこと聞くんだ?』
『……渡したいもの……あるから……』
『渡したいもの……?』
『……うん』
うぅ……駄目だ。恥ずかしいよ。
熱くなる頬が止められない。彼の顔が見られない。鼓動が高鳴り、小さな胸が壊れてしまいそう。そんな私に、でも鈍感なあの子はこんなことを言うのだ。
『今日じゃダメなのか?』
『だ、だめだよっ! 明日じゃなきゃ……意味……ないの……』
『ふーん……。わかった。じゃあ明日必ず、またここに来るからな』
『……うん。まってる』
――あの子は、こなかった
それはもう過ぎ去った、甘い過去の、ほろ苦い思い出。
守られなかった約束を交わした、2月13日の思い出だ。
◇◇◇
甘くほろ苦い、香りがする。
冷たく澄んだ青空が美しい、二月の半ば。
寒さのピークは過ぎても、未だに肌寒い朝の街は、だが今日はどこか不思議な熱気に包まれていた。緊張しながらも、楽し気でワクワクする、そんな胸の高鳴る静かな興奮感に街も人も皆が浮足立っている。そんな独特の空気に花を添えるのは、街を包む甘い香りだ。
それは、今日の日のためのフェアを催すコンビニから、色とりどりに同じ商品を並べたスーパーから、そして、意中の相手を思い浮かべながら学校へ向かう女子生徒達のカバンの中から漂う――甘いチョコレートの香り。
その香りを小さな鼻で嗅いで、彼女――万馬殿安美は、今年もこの日がやって来た事を実感する。
甘くてほろ苦い、バレンタインデーが来た事を。
《極悪少女は縛れない》
バレンタイン特別短編『やすみんのバレンタインチョコ(前)』――開幕。
バレンタインデー。
言わずと知れた、キリスト教の聖人であり恋人たちの守護者である聖ヴァレンティヌスの日である。もともと家族や友人に感謝の印を贈るというこの日は、お菓子業者の陰謀によって日本では好きな男の子にチョコを贈る日となった。そして今日(こんにち)では、お馴染みの本命チョコや義理チョコの他に友チョコや感謝チョコなども加わり、送る相手は増大した。まあそもそもが感謝を示す日なのだから原点回帰したのだともいえるのかもしれない。
そしてそれは種類が増えた分それだけ貰える確率も上がったという事であり、それまでチョコを貰えなかった哀れなる男衆にもチョコゲットチャンスが巡ってきたのである。やったね非モテ共!
……だが悲しきかな。こんな状況になっても、チョコ貰えない者はいるのである。そんな非モテの中の非モテ――レジェンドオブ非モテ王の名はッ
「……泣く子をさらに泣かすキレやすい童貞《御伽騎士》だ!」
「うっせえぞ安美いいいいいいいい!!」
朝の通学路に轟く非モテ王こと御伽騎士の怒声が、バレンタインデーの浮ついた空気を霧散させた。猛獣の咆哮の如きそれに、震えあがった神原高校の制服姿の男女たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。その様を楽しげに眺めつつ、彼の隣に並ぶ金髪碧眼の美少年――飛鳥礼二はからかうような笑みを向けた。
「浮ついた空気を一声で見事にぶち壊すとはさすがは我が悪友だ。これで退屈な登校風景が今や地獄絵図。おお見ろ。あのカップルなどは彼氏が彼女を置いて逃げ出したぞ!」
「……ざまぁマジざまぁw リア充の破局でメシがうめぇw」
聖ヴァレンティヌス氏が草派の陰で憤死しそうなセリフを言いつつ、顔を覆い膝まで届く黒髪が悪霊っぽい少女――安美は冥府から響くような声で嗤う。
「俺がチョコをもらえないのは絶対お前らのせいだ……!」
そんな悪友二人の姿に、やたら目つきの悪い童貞臭漂う少年――御伽騎士は盛大に溜息を吐くのだった。
キレやすい一〇代・御伽騎士。亡霊系電波少女・万馬殿安美。残念すぎるイケメン・飛鳥礼二。神原高校でその名を知らぬ者は誰もいない問題児三人は、今日も今日とて仲良く登校しつつ周囲に混沌を振りまいていた。
「お前ら変人共とつるんでるせいで人が離れていくんだよ。ああそうだきっとそうだそうに違いねえ畜生め」
そんな嘆きに満ちた騎士の台詞に、原因扱いされた礼二は大仰に肩をすくめ、安美は右手の人差し指を逆転弁護士のごとくビシッと突き付けた。
「それはとんだ言いがかりだな。名誉棄損も甚だしい」
「……異議あり。これが裁判なら余裕で逆転できる暴論です」
「うるせい黙れ変人共。きっと皆お前らにビビッてるから近づいてこねえんだ。俺はお前らのボッチに巻き込まれた被害者なんだよ。だからチョコがもらえなくとも俺は悪くねえ!」
「お前がモテないのは間違いなくお前自身が原因だぞ。第一俺がその気になれば、女なんていくらでも寄ってくる」
そう言ってフッと余裕の笑みを浮かべたその時、どこからか見知らぬ女生徒が駆け寄ってきた。リボンの色からして一年生のようだが、なかなかの美人である。でもってその美人さんは頬を赤らめ緊張した表情で唇を開き、ハート型のチョコを突き出してきた。
「あなたの顔だけ好きです! 付き合ってください!」
突然の事態に硬直する御伽騎士――の隣に立つ飛鳥礼二に向かって。
「ってお前かよ!?」
「……一瞬でも期待したのか非モテ王w」
「うるせー!! というかそこの後輩本気か!? こいつ真性のアレだぞ!」
内心大いに期待したのを木っ端微塵に裏切られ、羞恥で顔を真っ赤にした騎士は思わずその正気を問いただす。すると女生徒は夢見るような瞳で礼二を見つめだした。
「はいマジです! 飛鳥先輩は性格はアレだけど顔が良いので好きになりました!」
バレンタインの朝に起こった突然の告白劇。言動も中身もエキセントリックながら、顔さえ良ければそれでいいという女子から実はモテまくりの礼二の答えや如何に――ッ!?
「ふはははは何とも正直ではないか。その意気や善し! ならばそのチョコレートありがたく貰い受けよう!」
「なら受け取ってくれるんですねこの気持ちを!」
「だが気持ちは受け取らん!」
どっこいキッパリ断った。チョコ受け取っておきながら断った!
「俺はお前といるよりこいつらと一緒にいた方が何倍も楽しいんだ。悪いがお前に割く時間は無いから付き合えんよ」
取り付く島もない口調で冷たく言う礼二に、隣で聞いていた騎士は思わず声を荒げる。
「おいそんな言い方は無いだろ!」
「悦い❤ その冷たい表情すごくアリです!」
「ありなのかよ!?」
「もちろんです! というかイケメンになら何を言われても許します。むしろもっと冷たくしてくださいキュンキュンしちゃうので!」
「変態だ!? こいつも真性の変態だった!!」
恋するマゾ豚の瞳で懇願する姿に全力でドン引く騎士。一方、礼二はそんな彼に悪戯っぽい眼差しを向け、たった今振ったばかりの女生徒にこう言った。
「俺などよりもこいつはどうだ? つまらん俺とは違って実に面白い男だ。付き合うのならば断然こいつの方を薦めるぞ」
「な……!? おい礼二いきなり何言ってんだよ!? そんな、いや薦めてくれんのは正直悪くねぇけどこの子にも気持ちってものが――」
と言いつつも、落ち着きなくチラチラと目線を下級生に送っている。バレンタインの童貞はチョコと恋に飢えているのだ。
「え……。ごめんなさい。顔はまあギリ及第点と言えなくもないけど目つきと性格がムリです」
「真顔で断らないでくれるかなあマジでヘコむから!?」
「……童貞が期待してみた結果ww」
「うがあああああああああああああ!!」
「きゃーー!! キレやすい10代とかマジ無理ですううううううう~~~~~!」
阿修羅も泣いて逃げ出す形相で怒鳴る騎士に恐れをなし、女生徒は悲鳴を上げて逃げだした。
後に残るのは、純情をある意味で弄ばれガックリ膝をつく童貞と、その様子をプークスクスクスと嗤う悪霊系少女、そして優しい笑みを浮かべた変人イケメンのシュール絵図。
「そう落ち込むな悪友。――チョコ、食べるか?」
「食べねえよ! てかそのチョコさっき貰ったやつだろ何俺にあげようとしてんだよ!!」
「貰ったチョコは俺のもの。どうしようが俺の勝手だ。という訳で日ごろから楽しませてもらっている事への感謝を込めた友チョコ、受け取るがいい」
「……よかったね、ないと。バレンタインチュコげっとだぜい」
「バレンタインなんて大っ嫌いだああああああああ!!」
バレンタインに非モテ慟哭す。
ついに騎士は号泣しつつ駆けだして、怒りと悲しみの咆哮を轟かせ通学路を爆走。その迫力に道行く生徒達が悲鳴を上げて逃げ出す中、哀れな非モテは走り去ったのだった。
「相変わらず面白い奴だ」
「……世界中の皆がないとみたいなら、戦争なんて起きないのにね」
その姿を優しい瞳で見送って、安美と礼二はクスリと笑い合う。かけがえのない悪友をからかう事は、二人にとって何よりも楽しいことだった。無論からかわれる当の本人からすれば堪ったものではないのだろうが、どうにもやめられない止まらない。
「……それもこれも、ないとのリアクションが面白すぎるのが悪いのです」
「まったくだな」
揃って頷いた後、安美は走り去った騎士を追うべく礼二と共に歩き出した。
特に会話も無く、マイペースな足取りで。こうして二人でいる時はいつも、意外と会話は少ない。それは別に実は不仲であるという訳ではなく、気心が知れている分、特に会話などはいらないのだ。
そうしてしばらく、リア充率のやけに多いバレンタインの通学路を歩いていると、ふと礼二が口を開いた。
「そういえば安美……」
「……なに?」
安美と礼二、互いに大企業の子息である二人は幼馴染である。親同士が懇意であり家族ぐるみの付き合いをしていることもあって、物心ついた時からの仲だ。
だから――。
「――お前は、ナイトにチョコを渡さないのか?」
……きっと、安美の長い髪の奥に隠された顔も、分かってしまうのだろう。
「…………あげないよ」
小さくつぶやく、どこかほろ苦いビターチョコのような、彼女の声。
「そうか……」
それを礼二は静かに聞いて、口を閉じた。
それ以上は問い掛けることなく静かに黙る、意外とおせっかいなところのある幼馴染と一緒に、安美は通学路を歩き続ける。小さな胸の奥の、微かな痛みを押し殺して……。
やがて神原高校に到着した安美たちは、校門をくぐった。
すでに多数の生徒達が登校している学校の敷地内には、これまでよりも更に濃厚な浮ついた空気が漂っていた。いつもよりも男女間の距離が明らかに近いイチャイチャラブラブ暑苦しい雰囲気に辟易しつつ歩いていると、玄関に並ぶ下駄箱に悪友の姿を発見。
「……ないと発見したね」
「ああ。だがなんで下駄箱の扉を開けたままいつまでも突っ立っているんだ?」
「……かわいそうに。チョコがもらえなくて失意のズンドコにある状態でこんなところに来たから、イチャラブオーラにあてられてショックで固まってるんだよ」
「ありえるな。ならばここは悪友として慰めなければ」
「……ゆこう」
「ゆこう」
安美は礼二と苦笑しつつ、騎士の下へと歩き出す。
チョコをもらえなくて悲しんでいるだろう悪友をどうからかい――もとい慰めようかと考えつつ、その事にどこかで安心している事を胸に秘めて。
下駄箱の扉を開いた状態で彫像の如く硬直している騎士の隣に来た安美は――
「……どんまい非モテ。今年は駄目でも来年があるさ。きっといつか、ないともチョコを貰えるよ。たぶん死ぬまでには」
「……………」
「……先に寿命が尽きないように健康には気を付けようね☆」
「…………」
「……ないと?」
硬直し、呆然と下駄箱の中に目を向ける騎士の姿に――胸騒ぎを覚えた。
「……どう……したの?」
「……ち……ち……」
安美は、徐々に強まる胸騒ぎの中、下駄箱の中を背伸びして覗き込み――
「チョコだ……」
――華やかにラッピングされた、ハート型のチョコを見た。
「…………え」
その時、安美の頭の中は真っ白になった。
「チョチョチョチョチョチョチョコだ!?」
「どうした悪友? セリフがまるで壊れたスピーカーのようだぞって……まさかその手に持っているものは?」
「チョコがあったんだよおおおおおおお!!」
「可哀想に……。きっと誰がか間違えてお前の下駄箱に入れてしまったんだろう」
「はっ!? たっ、確かにその可能性も……」
すぐそばで話しているはずの二人の声が、なぜだかとても遠くから聞こえるみたいで……。
「《御伽騎士様へ》って書いてあるううううううう!?」
「なにっ!? ……なんと確かに同封されているバレンタインカードに書いてある! しかも達筆で!」
「ややややややややっべえ! これもしかして本命か本命ってやつなのか……!?」
「いや待て落ち着け悪友よ!! まだ本命と決まったわけではない。ハート型というだけで実は義理だったという可能性もある……」
「え、いやまさかそんな……。いやそうかなぁ。そうなのかなぁ。また俺期待を裏切られちまうのかなぁ……」
「まずは開けて確かめろ。ベタだが『LOVE』とか書いてあったらまず本物だ」
「お、おうそうだな……(ガサゴソ)」
や、だめ……開けないで。開けちゃ、だめだよ……嫌な予感がするから……ないと、開けない――
「《恋》って書いてあったあああああ!? 漢字で《恋》って書いてあったあああああ!!」
「直接的だな!? もう本命以外の何物でもないストレートさだな!!」
「ほほほほほほほんめっ本命だああああああ!?」
あまりの出来事にテンパり絶叫する騎士と珍しく興奮した様子の礼二の姿が、まるで遠い世界のもののように思えて……。
安美は、ただ立ち尽くしている事しかできなかった……。
後編に続く。
あ、そういえば前の人気投票で一位のキャラで番外編書くっていったけど書いてないや――と言う訳で書いちゃいました番外編!
本編? 頑張って書いてますよ進んでないけど(泣)!
でもまずは後編書かねば……と言う訳で後編はしばらく待っていてくださいね。