あといつもより短めだけど許してね(土下座)。
――なんで、こうなったのか?
途方に暮れながらの幾度目かの自問は、だが答える声など無く、ため息と共に虚空に空しく消えた。
「……全力でいくから。手加減はしないでね――ジル」
そんな僕とは対照的に、向かい合う黄金色の少女――ジャンヌ・ダルクは真剣そのものといった表情で僕を見る。
その細くたおやかな指が握るのは木剣。鍛錬や模擬戦などに使うそれを、彼女は緊張した面持ちで構えている。その腕はわずかに震えているが、切っ先そのものは彼女の覚悟を示すように揺るがず、僕を向いていた。
僕ら以外には誰もいない、夕暮れの野。時折吹く風に撫でられて、金の髪が黄昏に煌めく。ジャンヌは穢れなき白百合を思わせる可憐な美貌を引き締めて、碧の瞳に戦意を宿し、ただ真っ直ぐに僕を見つめていた。
勇ましい。そして何よりも、美しい……が、やはり思う。なんでこうなったのか?
『――ジル。私をフランス兵にして』
思い出すのはこの言葉。つい先程までのやり取りだ。
その瞳に決意を宿し言った彼女に対して、僕は首を横に振った。
『それは……出来ない』
『――ッ!?』
『ジャンヌ……君の言葉に、その決意に偽りが無いことは分かっている。だが、僕はそれを聞き入れることは出来ない』
『どう、して……?』
『――戦場で生き残る力が無い者を、兵にするわけにはいかないからだ』
『――――!?』
『戦場は……この世の地獄だ。倫理も道徳も無く、殺意と欲望のままに奪い犯し――そして殺す。力無き者は無慈悲に淘汰されるそこに、君のようなただの少女を行かせるわけにはいかない』
『……………ッ』
『だから――』
『……だったら』
『ジャンヌ……?』
『力があるって、証明できればいいのね?』
「――約束よ。これで私の力を示せたら……」
「……ああ。分かっている」
すまない嘘だ。実際は、あの時に決闘を求める君の勢い押されて頷いてしまったのを猛烈に後悔している所だ。
ああ、全く本当に……何で、こんな事になってしまったのか。
そうして何度目かの溜息をつこうとして――僕を見つめる、彼女の瞳を見てしまった。
それは真っ直ぐ、ただただひたすら真っ直ぐな決意を湛えて、戦意に燃える翠の瞳。
その瞬間、僕の心は衝撃と羞恥に震えた。
「――――ッ!!」
僕は――馬鹿だ。
この少女を、この瞳を前にして、躊躇っていた。成したい……いや、己が成すべき事のために全身全霊を以て挑む彼女に対して、ただ己の都合のみで迷い、後悔していた――なんて、この尊い覚悟への冒涜じゃないか!!
「すまなかった。ジャンヌ……」
「え……?」
突然の謝罪に戸惑う彼女に頭を下げ、僕は木剣を構えた。
もちろん入隊を認めるわけにはいかない。だが、その真っ直ぐな意思には、こちらもまた真摯に向き合わなければならない。
「そしてもう一度謝らせてくれ。……君は女性だ。男として、全力で打ち込み傷つけるわけにはいかない。だから、僕は手加減をする」
「……ッジル!」
侮辱ととったのだろう。翠の瞳を怒りに染めたジャンヌに、僕は片手に握った木剣の切っ先を向けて己が意思を示す。
「――だが、本気でいく。力は抑えても、君を止める意思を抑えるつもりはない」
故に――
「君の全力に、僕の本気で応えよう」
空虚な瞳に決意を籠めて、彼女の翠の瞳に対峙する。
その眼差しを受け、ジャンヌは気圧されたように息をのみ、そして微かな笑みを浮かべた。
「ありがとう……ジル」
澄んだ声で礼を述べる彼女の体に、力が籠められる。
木剣を構える腕に、もう震えは無い。その瞳と同じように揺るがず、ただただ真っ直ぐに前を向いて。
僕とジャンヌ、二人の闘気が夕暮れの野にぶつかり合う。空気すらも固唾を飲むかのように張りつめていき……そして――
「いくよ!」
鋭く叫び、ジャンヌが地を蹴った。
黄金の髪は獅子の鬣の如く舞い上がり、翠の瞳は夕陽よりもなお燃えて、木剣を振り上げ駆ける姿は勇ましく――なによりも美しい。
戦女神のごときその姿を前に、僕は動かない。先ほど告げた通り、自ら打ちかかることはしない。ただ大地に悠然と立ち――彼女の総てを受け止める!
「来い――ジャンヌ!!」
駆け抜ける彼女と迎え撃つ僕の距離は、限りなくゼロへと近づいていき……そして!!
「――ふべっ!?」
コケた。
……コケたのだ。
顔面から豪快に地面に突っ込む、それはそれはむしろ見事なほどの、コケっぷりだった。
「…………は?」
なんだ? 何が起こった? いや分かっている。ジャンヌが転んだのだ。目の前でそれはもう盛大に。……いややはり分からない。なんで、どうして彼女は――何も無い所で転べたんだ?
突然の金髪美少女顔面ダイブという衝撃的事態に唖然とする僕の前で、うつ伏せに倒れていたジャンヌはよろよろと立ち上がった。見ればその顔面は真っ赤に染まり、小さな鼻からはドバドバと鼻血が流れている。
衝撃の凄まじさを物語るその姿に絶句する僕に、ジャンヌは戦慄の眼差しを向け震える唇を開いた。
「そんな……手も触れずに私を倒すなんてッ!? これが、あなたの本気だというの――ジル!!」
違う。断じて違う。
「手加減するって言っていたけど……容赦はしない。そういう事なのね?」
いやどういう事か聞きたいのはこちらの方だ。そして僕は誓って何もしていない。やめろそんな戦慄の目で僕を見ないでくれ僕は無実だ!
「でも……私だって、諦めるわけにはいけないの! みんなを、私の大好きな人達を守るために、この戦いを終わらせなくちゃならないの! だから私は諦めない。何度あなたに倒されたって――何度だって立ち上がってやるんだから!」
ああ立派な心意気だね! だが君を倒したのは僕じゃないんだってば!
そんな悲痛な心の叫びも虚しく、ジャンヌは木剣を振りかぶり斬りかかってきた。
「やああああああ!!(スポーン☆)」
抜けた!? 木剣が手から真上にすっぽ抜けた!
そして当然、剣を失った握り拳だけがスカッと空を切り、ジャンヌは目を丸くした。
「武器を取られた!? しかもまた手も触れずに。ジル、あなたは一体……ッ!? 」
むしろ君が何なのかが知りたいよ!
「でも、武器なんかなくたって……戦えるわよ!」
即座に格闘戦に切り替えることを選んだジャンヌが、小さな拳を構えたその瞬間――すっぽぬけた勢いのまま頭上でくるくる回っていた木剣が落ちてきた。……彼女の頭頂部めがけて。
「はぐっ!?」
そして吸い込まれるように直撃。見事すぎて芸術性すら漂う自滅っぷりに僕はある意味感動してきたよ。
「奪った武器を不意打ちに使う……ですって……!? まさか……最初からこれを狙って……私は、始まった時から……あなたの掌で踊らされていた……の…ね……」
頭に巨大なタンコブを作ったジャンヌはそう悔しげに呟いた後、ついに力尽きて地面に倒れた。
「きゅう……」
完全に目を回している。意識は無い。僕の勝利だ。
だが何故だろう。勝利の高揚も喜びも無く、空しさだけが沸き上がるのは。
「や、やったか……」
ぽつりと呟いてみても、彼女は全く起き上がらない。正真正銘やったようだ。
うん。分かっていたさ。分かってはいたんだけどね……。
「……ジャンヌ。君、弱すぎだろ……」
空っ風が吹く野原の真ん中で黄昏る僕の姿を嗤うように、遠くの空でカラスが「アホーアホー」と鳴いていた。
◇◇◇
熱い。
爽やかな夏の日差しが降り注ぐプールサイド。青い水面がキラキラと輝き、涼やかな水音が流れるそこは、だが今、熱く張り詰めるような緊張感に包まれていた。
その中心、闘気すらもはらむ緊張の中で向かいあうのは、二人の少女。
「ふっふっふ。水泳対決の前にまずはこれで泣かせてあげるわ……!」
一人は紫銀。妖しくも美しい、紫がかった銀の髪の少女――ドロシー。幼さを脱したばかりの白磁の肢体に煽情的な黒紫のビキニを纏い、緋色の瞳に底知れぬ闘志と悪意を燃やして対する少女を睨みつける。
「そちらこそ、悔し涙に溺れなさい……!」
一人は黄金。くすみ、輝きを失った金の髪の少女――ジャンヌ。白百合のような汚れなき肌に映える純白のスクール水着に身を包み、陰鬱な陰を帯びた翠の瞳で挑発的に睨み返す。
バチバチと視線で殺し合うような視殺戦を繰り広げる二人を、傍で一人の少年と一人の少女が心配げに見守っていた。
精悍だが目つきが悪く、どことなく童貞臭のする少年――御伽騎士は、傍らに立つ黒髪碧瞳の美少女――雨宮凛花に不安げに問いかけた。
「おいおい大丈夫かよ」
「文句無しやり直し無し恨みっこ無しと約束させた一回勝負だ。姉として約束は必ず守らせるから安心してくれ」
安心させようと答える凛花の声も、言葉とは裏腹にやはり不安げだ。
まあ、あの二人のギスギスビリビリしている空気を感じれば無理もないだろう。頼むから穏便に済ませてほしいという思いのこもった二つの眼差しの先で、今まさに金髪根暗と銀髪極悪の勝負が始まろうとしていた。
刻一刻と迫る開戦のカウントダウンを感じながら、騎士と凛花は盛大な溜息をつく。
「……で、何でたかが指導する相手を決めるのにここまで大騒ぎする羽目になってんだ?」
「全く同感だな……」
全ての原因は、ひとえに二人の仲が壮絶に悪かった事だった。
二人の因縁と騎士とのディナーをかけた水泳対決を始めるにあたり、先ずは少しでも泳げるように、カナヅチの二人を泳げる三人で指導することにした……のだが
「妨害暴言挑発激昂そして暴行に次ぐ暴行……我が妹ながらここまで仲が悪いとは……」
「指導よりも止めに入るのに忙しくて全く練習にならなかったな」
二人は揃って頭を抱え、その惨状を思い出す。
それは例えばバタ足の練習中に……。
『痛っ……!? 今蹴りましたね!!』
『あらごめんなさぁい。バタ足の練習をしていたら、ついうっかり蹴っちゃったわぁ』
『何をいけしゃあしゃあと……今のはどう見てもわざとでしょう!』
『本当についなのよぉ。あなたがあんまりにも蹴りたくなる背中をしているから((つい))蹴ちゃっただけだから❤』
『つまりわざとなんですね! いいでしょうならお返しに私の蹴りも味わいなさい!』
『はっ、上等! 返り討ちにしてやるわ!』
『上等じゃねえよ練習しろお前ら!』
またある時は……
『痛だだだだ!? ちょっと何わたしの髪を引っ張ってるのよ!!』
『おやすいません。どうやらクロールの練習をした拍子にうっかり指に絡まってしまったようですね』
『いや掴んでる! 思いっきり掴んでるから!?』
『では今すぐ引きはがしますね(ブチブチッ☆)』
『ぎゃーー!! ブチって、わたしの髪がブチっていったあああああ!?』
『なにをオーバーに痛がってるんですか……。こんなの唾でもつければ治りますよ(ぺっ)』
『ふ、ふふふ……やっちまった……やっちまったわねぇお姉様……ッ。髪は女の子の命……それを傷つける奴がどうなるか……分かってるんでしょうねええええええ!!』
『おや殺る気ですか……ならば残りの命の方も刈り取ってあげましょう!』
『だから練習しろ愚妹共――!!』
とまあ、髪を引っ張るバタ足のフリして蹴りを入れる、果ては水着まで脱がそうとして喧嘩し続ける二人に、ついには一緒に指導するのは不可能だと判断した騎士達は彼女たちを引き離し別々に指導することにしたのである。
かくして、水泳指導は騎士と凛花&安美の二手に分かれる事になったのだ……が、そこでさて誰がどっちを指導するかという事が問題になった。
始めは性格面で特に手のかかりそうなドロシーを凛花と安美の二人がかりで、ジャンヌを騎士が担当することにしたのだが、これにドロシーが猛然と異議を唱えた。
曰く「ちょっと!! なんでナイトがこいつの指導をするのよ!」はたまた「ナイト以外の指導なんて絶対に受けないわよ!」ついには「ナイトはわたしのものなんだからー!」とまあ喚くわ騒ぐわ暴れるわ。
そんな醜態を見たジャンヌの方はというと、ニヤリと荒んだ笑みを浮かべ「あらあら、あまり我儘はいけませんよ。では私はこれからナイトさんに指導してもらいますので」と見せつけるように騎士の腕をとってプールに行こうとした所で、キレたドロシーの跳び蹴りを背中に食らい激昂からの大喧嘩と相成った。かくして騎士をめぐる戦いが始まり、そして今――
「ではでは……運命のナイト争奪戦。れでぃー……ふぁい!」
対峙する二人の間に立つ、顔を覆うほどの黒い髪を膝まで垂らした亡霊のごとき少女――万馬殿安美の合図で、ジャンヌとドロシーは同時にその拳を振り上げ――高らかに叫んだ!
「「じゃんけんぽんっ!!」」
勢いよく繰り出される二つの手。鋭い声は空気を震わせ、気合のあまりその動きが無駄に音速を超えた事で衝撃波が吹き荒れる。乙女と乙女の真剣勝負。運命のじゃんけんの結果はッ――
「がっでええええええええむ!?」
右手をパーの形にしたまま崩れ落ち、無残な敗北に慟哭したのは――ドロシーだった。
幼さを脱したばかりの可憐な肢体を悔しさのあまりプルプルと震わせ、いかにもアメリカ生まれらしく感情を全身で表すオーバーリアクションでガックリと膝をついている。
「ふっ……無様ですね」
一方、その姿を荒んだ瞳で見下しつつ勝ち誇るのは白スク姿のジャンヌ。その手はチョキ――輝く勝利のVサインである。
「……以上、第一回ナイト争奪じゃんけん対決。勝者はジャンヌさんでした~(ぱちぱちぱち)」
そんな彼女の勝利を称える安美の拍手の音がプールに響くと、ドロシーは悔し気に歯ぎしりし、ジャンヌはその様を愉し気に嗤った。かくして二人の乙女の前哨戦は幕を閉じたのだった。
「口ほどにもない。これなら水泳対決の結果も見えてきましたね」
「ぐぎぎ……いいわ。ここはあなたに花を持たせてあげる――けど、本番では絶対に泣かせて啼かせて哭かせ死なせてあげるわ! 覚悟しなさいね!」
互いに更なる闘志を燃やしつつ、本番での勝利を誓って――
バレンタイン番外編?なんのことですかアハハハハ……すみません続きが全く書けず先に本編の方を投稿しましたあああああああ!!
でもいつかは書くから待っていてくださいね気長に。
ではまた次回で