極悪少女は縛れない   作:どるふべるぐ

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さあ極悪変態少女とキレやすい10代のラブコメが始まるよ☆
……と、とりあえず内容がアレなので明るく始めてみました。


シーン3『出逢い・名乗り合い・殺し愛❤』

 彼を目にした瞬間、私という存在全てを歓喜が駆け抜けた。

 降り注ぐ月光の中、戦慄と共に私を見つめる黒髪の少年。

 深く熱く、激しさと共に空虚さを宿した黒の瞳。

 それなりに整いながらも、どこか野性の獣を思わせる精悍な顔立ち。

 冷たい汗にまみれた、程よく鍛えられ引き締まった肉体。

 

 ――これはイイ。

 

 彼は精悍だ。そして屈強だ。

 常人ならばそれだけでショック死してもおかしくない程の殺気を浴びておきながら、彼はそれを耐えきってみせた。

 精悍な肉体と屈強な精神。

 

 ――これは

 

「ふぅん…」

 

 私がどれほど遊んでも耐えられる、壊れにくくて、頑丈な

 

「み・つ・け・た。うん。あなたにけって~い❤」

 

 ――最高の、玩具だ。

 

 嗚呼。この出会いに感謝を。

 名も知らぬあなた。哀れなる運命の君。

 ここに誓いましょう。

 恋よりも熱く。愛よりも激しく。ありとあらゆる情交よりもなお深く。

 私の身も心も全てをかけて、あなたを殺(あい)します。

 だからどうか。

 この壊れた身体が止まる前に、その血で、涙で、悲鳴で、命で、この最期の夜を彩ってください。

 私の■を証明するため。私が私であるために。

 閉幕のベルは近い。さあ、狂った人形劇を始めましょう。

 

「せいぜい楽しませてよねぇ。あなたはわたしの最期を飾る最高のオモチャなんだから♪」

 

 ◇◇◇

 

 降り注ぐ月光の中で、二人は出逢った。

 虚ろを抱えた少年と、糸を切った極悪の少女。

 今この時より、人形劇最初の見せ場が始まる。

 

 ◇◇◇

 

 眼前に佇む、極悪の笑みを浮かべた少女の白い掌が、軽やかに騎士に向けられた――瞬間。

 全身の血液が凍結したかのごとき悪寒。絶叫を上げる危機感のまま、思考すら越えてその場から飛び退く。

 直後、飛来した凶器がベッドを撃ち貫いた。

 

「なッ!?」

 

 たった今まで騎士がいた空間に、それは突き立っていた。

 紫がかった銀の大螺子(ねじ)。全長にして約1メートル。途方も無く禍々しい悪意と殺意を纏ったそれが、月光を浴びておぞましく輝いていた。

 

「なんだよ、これ……ッ!」

 

 どこから出したどうやって現れた!?

 分からないし分かりたくもない。圧倒的な理不尽を前に無力な理性が告げる。

 それを理解してしまったら俺の現実は崩壊する。これは、この少女は、俺のセカイの外側のモノだ。

 愕然とする騎士に、闇の住人は軽やかに口笛を吹きその笑みを深める。

 

「へえ。腕の一本くらいは逝くかと思ったんだけど、上手く避けるのねぇ」

 

 それは初めてよちよち歩きをした幼子に向けるような感心。絶対的上位に立つ者が下位の者共の足掻きに送る傲慢なる賛辞。

 狂った赤憧が語りかける。

 

 ――いいぞ虫ケラよくやった。そうでなくては楽しめない。

 

「なんなんだよお前はッ!?」

 

 あらゆる全てが隔絶した存在に、騎士は今にも恐慌に陥らんとする精神を何とか奮い立たせて叫ぶ。

 悲鳴のごときその問いに、少女は一瞬キョトンとし、それから照れたように笑った。

 

「あらごめんなさい。わたしとしたことが、あなたに出会えたのが嬉しくて名乗るのも忘れていたわ」

 

 まるで愛らしい幼女のように、小さな舌をテヘリと出した後、一転、洗練された品のある仕草でドレスのスカートを摘まみ、優雅に一礼した。

 

「わたしはゼペット式魔導人形『姫傀儡(マリアネット)』シリーズ第13番・カラク――」

 

 と、そこで言葉を切り、小さく笑う。

 

「……いいえ、もうそんな名前なんて意味がないんだったわね……」

 

 そしてどこか祈るように、そうあれかしと願うように名乗り上げた。

 

「わたしはわたし。ただの『わたし』よ。よろしくね愛しい愛しいわたしの玩具さん♪」

 

 花のような笑顔で締めくくり、彼女は礼を解く。

 

「で、あなたのお名前は?」

「……なに?」

「レディに名乗らせておいて自分は名乗らないつもりぃ?それってオトコとしてど~かと思うな~……んぅ?ああ、そういうことね……」

 

 嘲りを含んだ猫なで声で。

 震える瞳で尻もちついて、見上げる騎士を見下しながら。

 

「安心して可愛いあなた。名乗ってる間に殺すなんてヤボはしないから……だ・か・ら」

 

 ――ガタガタ震えてないで名乗れよ虫ケラ。冥土の土産に聞いてやる。

 

「教えて欲しいなぁ……あなたのな・ま・え♪」

「――――――ッ」

 

その嘲るような声を聞いた瞬間、視界が赤く染まった。

その見下すような瞳に、脳髄が沸騰した。

そしてどこかで、けして切れてはならない物が切れる音がした。

 

――ブチッ

 

 瞬間、騎士の中で、恐怖を、戦慄を、全てを吹き飛ばす感情が爆発する。

 それは、今この時までただ恐怖にガタガタ震えていた己への、そしてなにより、そんな自分を虫ケラとしか見ていない、舐め腐ったクソアマへの怒り。

 

この瞬間、御伽騎士(キレやすい10代)は、キレた。

 

 ――舐めるなクソが上等だ。聞きたいなら聞かせてやるよ。冥土の土産に聞いて死ね。

 

 恐怖も戦慄も、怒りの力でねじ伏せ焼いて立ち上がり、嗤う赤瞳を睨みつけ、挑むように名乗り上げる。

 

「――騎士。御伽騎士(おとぎきし)だ。ごく平凡な高校生で虫ケラじゃ無え。そして、俺は玩具でも――無いッ!」

 

 叫ぶと同時、その掌を怒りと共に握りしめ、嗤う少女の顔面へ、力の限りにブチ込んだ。

 鈍い音と共にめり込む拳。弾ける激痛。舞い散る鮮血。拳から伝わるその感触は人のそれではない。白磁のごとく滑らかで、それでいて鋼のごとき超硬度。まるで柔らかな鋼鉄を殴ったかのような異常な手応えに、殴ったはずの拳はその肌を傷つけること叶わず、逆に拳の方が傷つき破れ、虚空に鮮血を撒き散らす。

 結果だけ見れば、その一撃は全くの無駄に終わったと言えよう。だがこの時、騎士が浮かべたのは、まぎれもない笑みだった。

 それは猛々しく、己の恐れを戦意に変えた、手負いの獣のごとき凄絶な笑顔で

 

「拳の味はどうだ?玩具にしてやられた気分は?――俺は意外と悪くねえ」

 

 騎士は思った。

 女を殴るそのことが、これほど気持ちいいとは思わなかったと。

 そして、それはもう一方も。

 

「――う、ふふふふふふふ……」

 

 殴られ打たれた邪悪が笑う。溢れる鮮血に美貌を濡らし、皮膚の破れた拳に口づけながら。

 

「いいよ何これ最高だぁ……」

 

 澄んだ美声を上ずらせ、吐息を熱く湿らせて。

 

「熱く激しく力の限りブチ込まれ、痛みが無いのに身体全てが痺れて震えるこの感覚……ッ」

 

 甘く切なく熱くて痺れるこれがこれだこれこそがッ

 

「超・気ッ持ち良いぃぃぃぃぃッ❤」

 

 極悪の少女は思った。

 男に殴られるそのことが、これほど気持ちいいとは思わなかったと。

 

「――だったら……」

「――じゃあ……」

 

 二人は思った。

 なら目の前のコイツをブチのめせば、それは一体どれほど気持ちいいのだろうかと。

 

「おいコラ変態。何こんなもんで感じてんだよ」

 

 打ち込んでいた拳を戻し、憤怒を込めて構えを取る。

 今だ何が起こっているのかはまったく分からない。状況はとうに理解を絶し。常識は壊れ。現実感すらも崩壊した。

 だが一つだけ確かな事がある。

 

 殺さなければ殺される。

 

 それだけ分かれば十分だ。そしてなにより。

 

「俺を散々舐め腐った礼に、今からテメェをざんざっぱら殴り倒すんだ。これぐらいでイッてたら身が持たねえぜ?」

 

 人知を超えた力?クソ堅い皮膚?

 知るかんなもん上等だ。

 

 ――テメェをブチのめさねえと俺の気がすまねえんだよ。

 

「――――ッ!」

 

 絶対的能力差も絶望的力量差も吐き捨てて、ただ一心に此方に殺意と戦意をぶつける騎士に、少女の中で狂った歓喜が爆発した。

 

「うんいい。いいよやっぱり思った通り!」

 

 美しき声音で弾けるおぞましき歓声。

 

「あなたはあなたがあなたこそがッ!」

 

 欲し求めて探して見つけた私の全てを満たしてくれる

 

「――最ッ高の玩具よ!」

 

 だから遊ぼうもっともっと。私の終幕が訪れるその瞬間まで。

 

「さあキミの全てでわたしを楽しませて!わたしもわたしの全てをかけて貴方を(あい)してあげる!」

「お断りだ変態があああああああああああ!」

 

    ◇    ◇    ◇

 

 それから二人は、殺し合いながら語り合った。

 

「だあクッソ硬ってえなテメエは!?生ッ白い肌して何食ったらそんな身体硬くなんだよ!」

「あなたの拳がヤワすぎなのよぅ。せめて下のモノくらいに硬くしてくれないと女の子を満足なんてさせられないゾ☆……そ・れ・と・も、あなたの硬さってこんなモノなの?」

「よし上等だ満足するまでブチ込んでやるよ変態が!」

 

 触れ合うように拳をぶつけ。撫で合うように大螺子を放ち。

 

「ねえ。騎士クン……だっけ?」

「なんだッ!?こっちは今テメエの大螺子避けんのに忙しいんだよ!」

「『騎士』ってイマイチ呼びにくいからぁ『ナイト』って呼んでもいいかしら?」

「断固断る!」

「(キラーン☆)あらごめんなさいナイト♪悪気はなかったのよナイト☆だから怒らないでナ・イ・ト❤」

「今すぐ黙るかむしろ死ねいや殺す!」

 

 少女が血に濡れた美貌を笑みに歪めて軽口を言えば、騎士は拳を血で染めながら怒声で返す。

 先刻までのぎこちなさがまるで嘘のように、二人の間にあった壁が殺意と戦意で打ち崩されたかのように、二人は心から笑い、殺し合い、同じ時を過ごす。

 

 ――それはまるで、仲良く遊ぶ子供達のように。あるいは、愛を交わす恋人達のように。

 

「あははっ」

 

 笑いながら放たれた大螺子が、咄嗟に身を逸らした騎士の頬をかすめた。頬を焼く激痛に歯ぎしりしながらも、射出の隙にすかさず拳を打ち込む。

 

「オラァ!」

 

 柔らかな頬を鋭く殴りつける。だが、少女の笑みは揺るがず歪まず崩れること無く。

 

「拳を使った素敵なキスねぇ。くすぐったくて気持ちいいわよ。お返しにわたしのキスも受け取って!」

 

 掌に収束した紫光が大螺子となり、軽やかに放たれた。

 

「うお!?」

 

 超至近距離で飛来したそれを、掠めた脇腹の激痛と引き換えに何とか回避する。荒く息をつき体勢を立て直す騎士に、少女は頬を膨らませてやや不機嫌そうに言った。

 

「いけずぅ……」

「……うるせえクソが。殺るのは俺で殺られるのはテメェだ。テメェはただ殴られながら逝ってりゃいいんだよ」

「へえぇ……あなたにわたしを逝かせられるのかなぁ・童・貞・クン?」

「ブッ殺し尽くす!」

 

 怒声と共に何度目かの拳を顔面に放つ。それは狙い違わずその美貌を捉えるが、それだけだ。激痛と共に血を流すのはやはり拳。正面から殴られたはずの少女は、苦悶ならぬ苦笑を浮かべ

 

「ねえ気持ちは嬉しいんだけどぉ、そう何度も同じアプローチじゃ女の子は落とせな――」

 

 るのを無視して残る拳で二撃目を放つ。一撃目で視界を塞ぎ、二撃目にて胸部を殴らんとするその狙いは見事に当たり、ささやかな胸の膨らみに拳が触れるその刹那――。

 

「だーめ❤」

 

 軽く振られた手の甲で殴り飛ばされた。

 

「がッ!?」

 

 まず感じたのは、脇腹への爆発するような衝撃。続いて身体が横に浮く感覚の後、すぐさま壁との強烈な接触。全身骨格全てが軋みを上げ、無慈悲な重力によって床にたたき落とされた時、ようやく痛みが炸裂した。

 

「――痛ッア…アァァァァァァァ!」

 

 身体が粉砕したかのごとき激痛にのたうつ騎士。その姿を愉しげに眺めながら、少女は自らの胸を隠すように右手を添えて

 

「いくら殺りたくっても、いきなり胸を触るのはよくないよぉ。ヤりたい盛りのお年頃だからって、がっつきすぎはダ・メ。女の子の胸は優しく、ね」

 

 血反吐を吐いてうずくまる騎士の胸ぐらを、残る左手で掴み上げ

 

「だ・か・ら」

 

 にっこり笑って

 

「おしおきよ❤」

 

 窓の外へとブン投げた。

 

「――ッ!?」

 

 再びの、しかし今度は更なる浮遊感。

 自室がある二階の高さから宙に投げ出され、風を切る感覚と共に咄嗟に身体を丸めた直後、騎士は凄まじい衝撃と共に地面に激突した。

 

「ぐあッ!」

 

 自ら回転することで衝撃をいくらかは逃がしたものの、それでも騎士の体は一度バウンドした後、7メートル程地面を転がりようやく停止する。

 周りに民家の無い郊外の一軒家で幸いした。民家の壁や囲いにぶつからず、さらに、庭に生い茂っていた柔らかな雑草の上に落下したおかげで、衝撃がいくらかは和らいだ。無論、それはあくまで死なない程度には、だが。

 

「……ク、ソがぁ…ッ…」

 

 意識はある。身体も何とか動く。だが全身の痛みは倍加し、絶え間なく騎士を襲う。何とか立ち上がるも、全身に傷を負い血を流すその姿はまさに満身創痍。だが、未だその眼光に陰りは無く。消えざる怒りと戦意に燃え猛る瞳で、銀色の邪悪を睨みつけた。

 その、視線だけで射殺すがごとき瞳が向けられた先、夜天を埋め尽くす星星と月光の中に、彼女はいた。

 降り注ぐ月光を浴びて煌く、虚空に広がる紫がかったくすんだ銀の長髪。極上の屍蝋めいた白磁の柔肌。非現実的にまで整った、怖気すら感じる美貌。血錆色の赤瞳は邪悪に輝き、可憐な唇は狂喜に歪む。穢れ無き聖女の可憐さと、穢れある毒婦の妖艶さ、相反する二つの美を纏う少女は、夜天にその身を躍らせて、睨む騎士の眼前に悠然と降り立った。

 

「……輝く月と瞬く星。宇宙を流れる天の川の下で二人は出逢い。名乗り合い。殺し愛う……」

 

 月光のスポットライトを浴びて、少女は歌うように語り出す。

 

「……この出逢いに感謝を。この夜に祝福を。キミに逢えて、本当に良かった」

 

 抱きしめるように両腕を広げ、三千世界に彼と己を魅せつけるかのごとく。

 

「終幕は近い。さあ、わたしたちの終幕(フィナーレ)を飾りましょう」

 

 祈るように。誇るように。恋するように、言った。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 美しき絶望を前に、騎士は諦めていなかった。

 彼は考える。生きのびる術を、勝利への一筋の道を。

 とにかく問題はヤツの狂った硬さだ。

 アレを何とかしない限り、幾ら拳を打ち込んでも傷一つつけられない。実際、少女は今まで騎士の拳を一度も避けなかった。こちらの拳が、破れ砕け鮮血を散らすほどに打ち込んでも、揺るがず崩れず傷つかず。ただ嗤って受け流す。当然だ。たかが蚊の一刺しに絶叫する者などいないのだから。

 

 ぎりッ。

 

 あまりの屈辱と怒りに、噛みしめた奥歯が呻りを上げる。気付いていたから。そんな自分が生きているのは、奴の気まぐれに過ぎないのだと。事実、少女の攻撃は全て、急所を外して放たれていた。それはひとえにあっさりと殺さないため。

 あのクソは、せっかく見つけた玩具を、うっかり壊してしまわないよう、手加減して遊んでやがる。

 

 ぎりりッ。

 

 腸が煮えくりかえる。視界が赤く染まる。踏みにじられたプライドが絶叫する。ヤツを殴って泣かせて打ち倒せ。あのナメた女に目に物見せてやれと。

 ああもちろんそのつもりだ。だが殴れる所は全て殴った。だが奴は苦しむどころか避けも防ぎもせずに嗤って

 

「――ッ!」

 

 いや待て。……本当に奴は一度も拳を防がなかったか?

 感じたのはかすかな違和感。だがそれは全力で思考するに値する一条の光。

 思い出せ思い出せ思い出せ。

 思考を加速させ脳髄を限界稼働させる。一瞬の、だが永遠にも感じる熟考の果てに、遂に彼は、その瞬間の事を思い出した。

 

「……」

 

 ただの考えすぎかもしれない。確証などまったく見当たらない。それは賭けというにはあまりにもバカげた狂気の沙汰。

 だが、それでも。

 

「……あいつをブチのめせるかもしれないってだけで、賭けに乗るには十分だ」

 

 んじゃ。

 

「賽を投げるか……」

 

 どんな目が出るかは、やってみてからのお楽しみ。

 

「いくぜッ!」

 

 さあ、大博打といこう。

 

 力強く地面を踏みしめ、騎士は全力で駆け出しだ。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 彼が来る。

 雄叫びをあげて。血に濡れて。満身に傷を負いながら。

 わたしの下へ。命をかけて。その身を心を魂を、熱く激しく燃やしながら。

 心が揺れる。魂が震える。

 

「……ぁぁ……」

 

 吐息が、濡れる。

 彼の姿に。その温度に。絶望の中でなお輝くその魂の輝きに。

 そしてなにより。

 わたしを殴りたいと。泣かせたいと。打ち倒し跪かせ、受けた屈辱の全てを兆倍にしてわたしに味あわせたいと咆哮する彼の『心』に、私の全てが魅せられている。

 流れる時が恨めしい。沈む満月が憎らしい。昇る太陽が呪わしい。

 もしも望みが叶うのなら。

 

「――この夜が、永遠になればいいのに……」

 

 あなたが愛おしく。そして憎らしい。

 受け入れた死。満足のいく生。納得したはずの終幕。

 それに、あなたは僅かばかりの未練を生んでしまったのだから。

 でも、時は止まらない。運命は変えられない。

 

「だから、ね」

 

 腕を動かす。ギリギリと関節部が音を立てる。

 足をずらす。それだけで歪んだ人造骨格が内部機構に擦りつけられる。

 ばちん。身体のどこかで火花が散った。

 がきん。身体のどこかで歯車がずれた。

 一国をも滅ぼせる最高の魔導人形と謳われたこの身は、すでにスクラップも同然だ。主からの魔力供給は断たれ、幾度にも及ぶ姉妹機との戦闘の果てに、ここに立っていることがすでに奇跡。ゆえに、恐らく自分はこの夜を越えられない。例え越えたとしても、追手が、あの黄金の正義が明日にでもわたしの前に現れるだろう。そしてわたしは殺されるのだ。あのくだらぬ正義の手で。

 

「それだけは願い下げだから……」

 

 ――一緒に

 

「わたしと……」

 

 ――■■ください。

 

 小さなささやきと共に撃ちだした大螺子は、疾走する騎士にかわされる。

 だが問題無い。二発目はすぐに放てる。次はもう少し引きつけてから、耳か頬か、どこかを抉ってやろう。その時彼は痛みに悲鳴を上げてのたうつか、それでもなおも向かってくるのか、どう私を魅せてくれるのか実に楽しみだ。

 

「うおおぉぉぉ!」

 

 騎士が手の届きそうな距離に迫った。少女は待ちわびた瞬間に唇を歪め、その掌を彼の耳へと向けて、大螺子を形成し撃ち放つ――刹那に。

 騎士が、その眉間を大螺子の先端につき付けた。

 

「――ッ!?」

 

 そのありえざる行動に驚愕し、少女は咄嗟に掌を逸らす。

 大螺子は騎士の頭部を貫く寸前で逸らされ、急な動きで勢いの減じたそれは、騎士のこめかみを掠めるような軌道で撃ち出され――待っていたとばかりに動いた騎士の掌に掴み取られた。

 

「なッ!?」

 

 少女は、揺るがぬはずの勝利が崩れ落ちる音を聞いた。

 騎士の口が歪む。歯を剥き出し、獣のごとく。

 

「わたしを逝かせられるかって聞いてたなあ?」

 

 勝者の笑みを浮かべた。

 

 ――逝・か・せ・て・や・る・よ。

 

「逝きさらせええええぇぇぇぇえ!」

 

 咆哮と共に、バットのごとく振るわれた大螺子が、騎士の拳が唯一防がれた――少女の胸にブチ込まれた。

 爆破したかのごとき衝撃が胸部を襲い、少女の全身が震えて痺れ。

 彼女は、その美貌を。

 

「ぎッ、あああああああああッ!?」

 

 ――苦痛に歪め絶叫した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 澄んだ絶叫を聞きながら、騎士は荒い息を吐いて膝をつく。

 残りわずかな体力を、疾走と渾身の一撃に使い、もはや立っていることすら辛かった。それでも、その顔には会心の笑みが浮かんでいた。

 

「…ハッ…ハハッ……してやったぜ……」

 

 胸にだけは殴られる前に殴っていた。ただそれだけで思いついた賭けだったが、どうやらうまくいったらしい。騎士は賭けに勝ち、少女のおそらくは弱点に一撃を叩き込み、その怒りの幾億分の一かを晴らすことができた。

 だが

 

「まだまだこんなもんじゃねえよ……」

 

 ゆらりと立ち上がる。

 

「おい」

 

 今は声も無く胸を抑えて、小刻みに震える少女に声をかけた。

 

「いつまでガタガタ震えてんだ。こちとらまだまだ殺りたりねぇんだよ」

 

 大螺子を構え、残りの怒りを込めて睨みつける。

 

「こいよ変態。まだまだ逝かせてやるから遠慮せずアへ顔さらしてかかってこいや」

 

 ――く、くくくくっ

 

 怒れる獣の呻りに、狂った人形の笑みが答えた。

 

「くうぅぅひひひひああああああああははははははははは!」

 

 笑う。歓声と共に。絶叫の中で。悲鳴と嬌声を交わらせながら狂い笑う。

 

「ああ痛い痛いいたい痛いイタイ痛い……」

 

 胸をかきむしり、撫でまわしながら。

 

「刺すような裂けるような破れるような貫くような痛み。……そして感じる。そこに込められたナイトの燃えるような怒りと殺意」

 

 膝を振るわせ頬を上気させながら。

 

「これがあなたの、『心』なのね…」

 

 笑った。

 

「素敵……」

 

 胸に置いた両手を離す。

 その下にあるものを目にした騎士は思わず声を上げた。

 

「おいおい……」

 

 ドレスが破れ露わになった少女の胸には、刃物で斬られたかのような亀裂が走っていた。

 

「ああこれ?この街に来る前にちょっと金髪正義馬鹿にやられちゃってね。でも……」

 

 言葉をきり、騎士に濡れた瞳を向けて。

 

「あなたがくれた痛みの方が、こんなものより何倍も素敵だったわ……」

 

 ――だから

 

「もっともっと味わわせてよ。この壊れた身体がバラバラになるくらいわたしを逝かせて……」

 

 ――わたしの総てをあなたの『心』で満たして。

 

「……上等だよ変態が。そんなに欲しいのならくれてやる」

 

 騎士が、構えた大螺子を握る手に力を込め

 

「ええ欲しいの。だから……来て」

 

 少女が、迎え入れるように両手を広げ、その手に新たな大螺子を生み出す。

 二人の心は互いへの殺意で一つとなり、凶器によって触れ合わんとしたその刹那。

 

 輝く黄金の光が爆発した。

 

「――なっ!?」

「――これって!?」

 

 全てを包む黄金の輝きに世界が染まり、視界が塗りつぶされる。

 たまらず腕で瞼を覆った騎士の耳に、その声は鳴り響いた。

 

「――覚えておきなさい極悪よ」

 

 それは、どこまでも澄んだ、穢れ無き清冽な響き。

 

「たとえ邪悪が闇の果てに逃げようとも、光はその闇を斬り裂き悪を滅する」

 

 それは宣誓。それは誓約。それは己の信仰に全てを捧げた聖なる誓い。

 

「故に正義は光り輝くのだと」

 

 それは、己が正義たらんとする聖なる決意。

 

御伽術式(テイルズ)聖処女(ラ・ピュセル)》――開演」

 

 そして光が収まる。瞳を焼く輝きが消えたことで、ようやく騎士は瞼を開いた。これで世界は再び夜闇の黒に染まるだろう。ならば黄金は消えたのか?

 否。黄金は存在する。騎士の眼前、まるで彼を守るかの如く、黄金はそこに立っていた。

 闇夜に輝く太陽のごとき黄金の髪。正義為す決意と邪悪への戦意を燃やす翆緑の瞳。穢れ無き柔肌。そして神聖さすら感じさせる聖女を思わせる美貌。その肢体に纏うは黄金のラインが走る純白の鎧。そしてなによりも、見る者を引きつけるのは彼女が持つ黄金の大剣。その輝きは清浄にして凄烈。この世全ての穢れを寄せつけず、この世全ての悪を断ち斬るであろうそれは、まさしく少女が掲げる正義の象徴。

 

「ゼペット式魔導人形『姫傀儡(マリアネット)』シリーズ第12番『ジャンヌ』――これより、私の正義を執行します」

 

 ここに、黄金の絶対正義が光臨した。

 

【挿絵表示】

 

 




書いた感想・なぜこうなった!?
ヒロインのあまりの変態ぶりに自分で書いてて引きました。ねえこの二人がこれからキャッキャウフフするんですぜどうしようこっから先……。
次回は主人公が愛するモノを喪います鬱注意。
次も気分次第での投稿となります。でわ
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