極悪少女は縛れない   作:どるふべるぐ

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さあ、ヒロイン二人のキャッキャウフフが始まるよ♪
……例によって明るく始めてみました。


シーン4『光臨☆嵐を呼ぶ正義少女!』

世界を染める漆黒の中で、私は宣言する。

 

「聞きなさい絶対悪。狂った人形よ」

 

自分に。相手に。世界に。

 

「貴女の悪も、罪も、ここで終わる」

 

正義を。大義を。信念を。

 

「輝く正義は、貴女をけして逃さない」

 

輝く正義の名の下に、宣誓する。

 

「この輝きに誓って、私は貴女を滅します」

 

私の名は、ゼペット式魔導人形『姫傀儡(マリアネット)』シリーズが第十二番、光を総べし黄金人形《ジャンヌ》。

全ての悪を滅する《正義》として創られた、輝ける絶対正義です。

 

◇◇◇

 

御伽騎士(おとぎきし)はただ呆然と、目の前の黄金の少女を見つめていた。

突如現れ、彼を守るかのように、極悪の少女との間に立ちはだかったその雄姿に。聖女のようなその美貌に。そして、神聖さすら帯びて光り輝かんばかりのそのオーラに。騎士という存在の全てが圧倒され、魅せられていた。

と、翆緑の瞳が騎士に向けられ、少女が語りかけてきた。

 

「感謝します。勇敢な少年よ」

 

澄んだ声に、敬意と感謝をこめて

 

「その勇気に敬意を。その正義に祝福を。貴方が戦い、時を稼いでくれたおかげで、私はあの邪悪が更なる殺戮を犯す前に、此処に来ることができた」

 

聖女のように、微笑んだ。

 

「本当に、ありがとうごさいます」

 

その笑顔に、騎士の胸は高鳴り、おもわず目を逸らす。

 

「……いや、俺はただキレて殴りにいっただけだ。正義とか、そんな大層なもんじゃねえよ」

 

かすかに頬を赤らめて言う騎士に、ジャンヌはクスリと笑った後、その美貌を凛々しく引き締め言った。

 

「――ここからは私が戦います。貴方はどうか、巻き込まれないように離れていて下さい」

「待て、俺も――痛ッ……ッ」

 

自らも戦おうとするも、無数に負った傷の痛みに呻く騎士。ジャンヌは、そんな彼の姿をいたわるように見つめて

 

「その気持ちだけで十分です。貴方が示してくれた勇気、その正義は、それだけで私の力になります。……だからどうか、今はその体を休めてください」

 

その華奢な掌を騎士へと翳し、祈るように呟く。

 

「……この光は痛みを焼き病を祓い命を照らす。《癒しの聖光(リュミヒール)》」

 

その声とともに、掌から温かな光が溢れ、騎士を照らした。すると騎士の身体に無数に着いていた傷が、徐々にふさがっていき、光が消えた時には、その全てが消えていた。と同時に、騎士の全身を苛んでいた疲労もまた、全快ではないにせよ大分軽くなっていた。

 

「これは…」

「簡単な治療魔術ですが、私から貴方へのささやかなお礼です。――さあ、離れてください。これより先は、人の領域ではありません」

「……分かった。でも、遠くから見るくらいはいいだろ?せめて見届けたいんだよ。この狂った夜の決着を」

 

否応なく巻き込まれた者として。そして、口には出さなかったが、もしこの黄金の少女が危機に陥った時、すぐさま助けに入れるように。

 

「……分かりました。ですが、危ないと感じたらすぐに逃げてください。貴方には死んでほしくありません」

「俺も、あんたには死んでほしくない。……だから、もしヤバくなったら俺に構わず逃げてくれ。俺は俺で何とかするからよ」

「それはできません。たとえ何があろうと、私は逃げず、引かず、退かず。ただこの身の総てを以って、絶対なる正義を為すことが、私の存在理由ですから」

 

故に

 

「私は負けません。どうか見ていて下さい。私の正義を。邪悪の終焉を。輝く正義の勝利の時を」

 

それは、高潔なる決意と信念に満ちた宣誓。それを前に、騎士にはもはや言うべき言葉は無かった。ただその言葉を、その正義の勝利を信じて、この場を離れる。それこそが、この少女への最大のエールとなるのだと分かったから。

30メートルほど離れた所に退避した彼の姿を見届けて、ジャンヌは眼前の邪悪に向きなおった。

その瞳に戦意を宿し、輝く正義に煌かせ

 

「来なさい極悪よ。その罪、その業、その総てを滅ぼしてみせます」

 

聖戦に臨む聖女のごときその姿に、極悪の少女は――

 

「……ぐたぐだグダぐだ人の男となにイチャコラしてんのよぉ」

 

獣のごとくうなり。

 

「楽しかった気持ちよかった最高の気分だった」

 

ぎりぎりと歯ぎしりし。

 

「素敵な玩具と楽しく遊んで殺し愛い」

 

その美貌を苛立ちに歪め。

 

「今夜は最幸で最期の夜になるはずだった……のにぃッ」

 

淀んだ赤瞳を見開いて。

 

「なに横からぶっ壊してくれてんのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

狂った憎悪と憤怒に絶叫した。

 

「言うまでもありません。その狂った快楽のために罪なき少年を殺戮しようとするのなら、正義は必ず立ちはだかります」

 

狂乱を真正面から受け止め、揺るがぬ瞳で睨み返すジャンヌの言葉に、少女は絶叫をピタリと止めて、一転静かな、だが地の底から響くような不気味な声で呟いた。

 

「……あぁそう。そういうことぉ……」

 

ニタリと、嗤う。

 

「わたしと殺りたいんだぁ……」

 

嗤って、一歩を踏み出した。

 

「殺りたくて殺りたくて身体が疼いて震えて狂っちゃいそうだから殺りにきたのねぇ……」

 

二歩。三歩。

 

「いいよぉ。そんなに殺りたいのなら殺りあいましょう……」

 

ニタリニタリと嗤いながら歩み寄り、ジャンヌの可憐な唇に口づけられるような距離まで顔を近づけて。

 

「だぁかぁらぁ」

 

絶叫した。

 

「豚のように逝きさらせえええええええええええッッッ!」

 

瞬間、紫の閃光が爆発した。

黒き世界を染め上げる紫光はまるで彼女の憤怒そのものであるかのごとく荒れ狂い。それが収まった時、現れたのはまさしく悪夢の顕現だった。

 

戦術選択(セレクト)第二戦型(パターンⅡ)痛撃の紫翼(ペイン・オブ・イカロス)》!」

 

極悪の少女が広げた両手とその背後の中空に、禍々しき大螺子(おおねじ)が一対の翼のごとく連なっていたのだ。その数は少なくとも四〇は下るまい。先程まではただ単に撃ち出されていただけのそれが、今は中空に整然と浮いていた。それらは今停止しているが、そこに込められた憤怒が、殺意が、主の命にて解き放たれるのを今か今かと待っている。そしてそれはまもなくだろう。

 

「殺りたいんでしょう逝きたいんでしょう?いいわ上等殺ってやる!突いて抉って刺し貫いてぇッ、グチャグチャに殺り尽くしてあげるからぁ、犬のように鳴いて豚のように逝きなさいッ!」

 

狂った絶叫に黄金が答える。怯まず恐れず慄かず、ただ己の正義を燃やして剣を構え。

 

「滅びるのは貴方です。そのおぞましい狂気。悪しき魂。ここでその総てを滅します。我が輝きに呑まれて消えなさい!」

 

紫銀の極悪が、黄金の正義が、悪しき大螺子と聖なる大剣を振るい。

ここに、人ならざる人形の血戦が幕を開けた。

 

◇◇◇

 

――ふと、寒気を感じて目を覚ます。

 

寝ぼけ眼で布団から起き上がり、月明かりの差しこむ障子戸を開け、縁側に出る。

訳も無く胸騒ぎがする。

原因を探るため、目の前に広がる日本庭園を見まわすも、特に異常は見られない。

気のせいか……?

転校初日を終えて、まだ緊張が抜けきっていないのかもしれない。実際、朝はクラスメイトと接するだけでとてつもない緊張と心労を感じたものだ。もしあの状況が続いていたのなら、今頃は心労で寝付くことすらできなかったかもしれない。そう、彼と出会わなければ。

 

「御伽、騎士……」

 

彼の名前を、呟く。

騎士。

本人は嫌がっているようだったが、私はいい名前だと思う。ぶっきらぼうで、冷めているようで、だけどその心に熱さと優しさを秘めた、私と同じ空虚を抱えた人。私を友達だと言ってくれ、孤独から救ってくれた彼は、まさに私にとっての救いの騎士そのものだった。

彼を想うだけで、不思議と胸の悪寒が消え、温かなものに満たされる。

 

「友達、か……」

 

これが、友を持つということだろうか。友達とは、これほどまでに胸を満たすものなのだろうか。ならば……。

 

「私は、彼無しでは生きていけなくなるな……」

 

苦笑する。我ながら情けないが、不思議とそう悪い気分でもなかった。

この胸のぬくもりが消えないうちに、再び眠りに着こうと踵を返した時、月明かりが陰った。

 

「雨か……」

 

ポツリポツリと降り出した雨は、幾らもたたないうちに激しい豪雨となった。続いて雷光が闇を照らし、天を揺らすかのような雷鳴が轟く。

 

「まさに嵐だな……ッ」

 

強風にはためく髪を抑え、急いで自室に戻ろうとし――。

 

――爆発する膨大な魔力を感じて全身が震えた。

 

◇◇◇

 

それは戦争であった。

 

「ああああああはははははははははッ!」

 

狂笑と共に降り注ぐ紫銀の鉄雨。

 

「ハアアアアアッ!」

 

迎え撃つ斬撃が描く無数の黄金軌跡。

地に着弾する大螺子の一つ一つが、土を巻き上げ岩を爆砕させ、空を切る斬撃の一太刀一太刀が、衝撃波にて木々を切断し、降り注ぐ豪雨すら断ち切っていく。それはもはや人の戦いではない。人間一個人に許された破壊規模を優に超える大破壊を、片や笑いながら、片や美麗ともいえる剣さばきで撒き散らす少女らのそれは、戦闘ではなくもはや戦争であった。

 

「なん、だよ……これ……ッ」

 

愕然と、騎士はその戦場を見つめていた。

最早恐怖などとうに振り切って、ただただ驚き呆れるしかない。

極悪の少女は連なる大螺子を手足のごとく操り、全方位から攻撃を放つ。そしてそれを黄金のジャンヌはあろうことか、大剣一本で防ぎ捌き、時には反撃すら見舞う。

 

「メチャクチャ過ぎだろ、おい……」

 

然り。

魔術とは、魔道とは、すなわち理不尽を更なる理不尽でねじ伏せるもの。法則を捻じ曲げ。法理を破壊し。自然を冒涜し世界を改竄する事こそが真骨頂。

故に。

 

「ハアッ!」

「甘いわよ!」

 

横薙ぎに振るわれた黄金の斬撃を、咄嗟に地に突き立てた大螺子数本を楯に受け止め、ジャンヌの動きが止まった隙を突いて、その背中めがけ二本の大螺子を放つのが攻防一体たる《痛撃の紫翼》の真骨頂なら。

 

「その程度で、正義()は止まりませんッ!」

 

大剣に無理やり膨大な魔力を注ぎ込み、輝く刀身をもって力ずくで、楯とされた大螺子を押し込み斬り破って斬撃を放つのもまた、マリアネット随一の魔力出力を誇る黄金人形の真骨頂。

そして。

 

「この程度でぇ、極悪(わたし)は殺せないわよッ!」

 

咄嗟にチェーンソウに変形させた右腕で、その刃を防ぐのも機甲のマリアネットたる極悪少女の真骨頂であった。

 

「くうぅッ」

「ちいぃッ」

 

この間、まさに一瞬。互いの刃が鍔迫り合い、刹那の硬直が生まれる。と、先程少女が放った二本の大螺子がようやくジャンヌに迫った。

 

「―――ッ!」

 

ジャンヌは舌打ちと共に飛び退き、大螺子を回避する。少女も同時に後方に飛び退き、互いに距離を取った。

 

「……ハァッ……ハァ……ッ。やっぱり相変わらずのバカ力。接近戦は絶望的ね…ッ…」

「…ハァッ…フゥ…ッ…小賢しいところは相変わらず、そしてやはり攻防一体の紫翼が厄介ですね……中遠距離戦はこちらが不利ですか…ッ…」

 

互いに荒い息を吐きながら睨みあう。

 

「……っていうかぁ、来るのが早すぎなのよ。何のためにこっちが大博打うったと思ってんのよそんなに殺りたかったの空気読みなさいよビッチ」

「だ・れ・が・ビッチですか人格破綻者。こっちだって転送先を聞いてから全速力でここに来るまでに一体どれほどの苦労があったと――」

「聞いたぁ?」

「――ッ!?」

「へぇ~誰かさんに教わったわけだぁ。ああ別に誰かは言わなくてもいいわよ。私の居場所を即座にトレースできる演算解析能力の持ち主なんて、姉妹機ではあの娘だけだもの」

「…………」

「それにしても、あなたよくあの娘の話なんか素直に聞いたわねえ。わたし以上に何を考えているか分からない娘なのに。きっと絶対何か企んでるわよぉ」

「……だとしても」

「んぅ?」

「だとしても……たとえ悪魔の思惑に乗ったとしても、貴女だけは斃さなければならない。私が正義であるためにッ!」

 

その切なる叫びに、少女は唇を歪めて嗤った。

 

「ご立派。でもあなたにそれができるのかしら?マスターが死んで魔力供給が断たれたおかげで稼働率はガタ落ち。本来の性能の一割以下の力しか出すことのできないあなたに」

「それは貴女もでしょう。いや、貴女の方がもっとひどい。忌わしいあの夜から今までの、幾度にも及ぶ戦闘で負った傷と、何より存在意義を自ら否定したことによる倫理破綻で、OSも致命的ダメージを受けているはず。千変万化の変形と自己改造が真骨頂の貴女も、今では片手のみを変形させるのが精一杯……正直、今だに稼働していることが驚きですよ」

「へぇ……言ってくれるじゃないお人形がぁ」

「何度でも言いましょう不良品。貴女では私に勝てません。ここが貴女の終幕です」

 

宣言と共に、黄金が再び大剣を構え、対する紫銀が大螺子の翼をはためかせる。

嵐の中の一瞬の静寂。

そして。

 

「いきますッ!」

「逝きなさいッ!」

 

裂帛の掛け声と共に戦争が再開した。

 

「ハアアアァァァッ!」

 

疾走する黄金に降り注ぐ無数の大螺子。豪雨よりもなお激しく降るそれを、駆け抜けながら大剣を振るい、斬り捨て受け流し打ち落とす。紫の暴嵐の中、しかしその速度はいささかも衰えることは無い。むしろ大螺子が放たれれば放たれるほど、防げば防ぐほど、さらなる闘志をもって対抗するかのごとく、その疾走は加速していく。

 

「チイィィィィィッ!」

 

接近戦は不利と判断し、少女が後方に飛び退こうとするが、その時にはすでにジャンヌは己が間合いにその身を捉えていた。

 

「殺った!」

 

振るわれる黄金の斬撃は、邪悪の白く細い首を目がけて駆け抜ける、が。

 

「捕られたのよ!」

 

少女はそれを、大螺子の片翼を楯に防いだ。黄金の刀身は翼を構成する幾多の大螺子の只中へと突っ込み、その半ばまでを斬り飛ばすも、そこで止まる。

 

「くっ!?」

 

咄嗟に大剣を引き戻そうとするも

 

「させないわよぉ」

 

大螺子同士が刀身を上下から押さえつけ、他の螺子もまた殺到してその動きを封じる。

 

「つぅかまぁえたぁ♪」

 

サディスティックな笑みと共に、残る片翼がはためく。連なる大螺子全てがその先端を、大剣を捕えられた哀れな正義に向けた。

 

「ねえ何本突っ込まれたい?何本突っ込まれたら逝っちゃうの?照れずに言ってよ好きなだけ突っ込んであげるからさぁ……」

 

「小癪なァ!」

 

「お口開いて股ぐら開けてぇッ、淫らに尻を突き出しなさぁい!」

 

その言葉と共に、片翼全ての大螺子が撃ち出された。

 

「こんな、ものおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

ジャンヌは大剣を手放し、その顔を目がけて放たれた大螺子を回避する。が、それは恐るべき死の豪雨のほんの一滴目。続いて二滴目が腕をかすめ、三滴目が頬を切る。そして四滴目と五滴目はほぼ同時に飛来し、続く大螺子も恐るべき速度を持って降り注ぐ。

 

「はあああああああああッッッッ!」

 

常人ならばたちまちのうちに襤褸切れになるであろう死の豪雨を、ジャンヌは全力を以って避け続ける。それはまさに生物を超えた存在と謳われる魔導人形の面目躍如というべき雄姿だったが、その運動性をもってしても、全てを避けきることはできない。

全ての大螺子が撃ち尽くされた時、ジャンヌはその全身に傷を負っていた。直撃こそ避けたものの、髪は乱れ、純白の鎧は血で汚れ、その白百合のごとき肌には無数のかすり傷が刻まれている。

 

「く、あぁ…ッ…」

 

苦悶と共に膝をつく。

 

「あらなにもう腰砕けぇ?掠めただけでまだ突っ込まれてもいないのにそれじゃあ、この先身が持たないわよぅ」

 

その姿を嘲笑う赤瞳を、だがジャンヌは傷ついてなお光を失わぬ翆瞳で睨み返す。

 

「うる……さいッ。黙りなさい…ッ。この程度で、私は倒れません……為すべき正義が、守るべき者がいる限り……正義は決して潰えない!」

「潰えるのよこ・こ・でぇ!何もできず何もなせず無様に汚され無残に嬲られて逝くの……まあそれが、空っぽのあなた達には似合いの最期ね」

 

そして、それまで大剣を押えこんでいた片翼が、ゆっくりとジャンヌの頭上に掲げられ、その全ての先端が彼女を向く。大螺子の拘束が解かれた大剣が地面に落ちるが、それを取る前に、死はジャンヌに降り注ぐだろう。

 

「さようならお姉さま。正義しかない空っぽのお人形。誰も守れず自分すらも救えない無様な正義を抱いて逝きなさい」

 

悪意に彩られた別れの言葉と共に、無数の死が放たれた。

 

◇◇◇

 

正義の少女が、力無く膝を突いている。

その姿は、とても小さく、弱々しく、いまにも消えてしまいそうに儚げで。

その時騎士は、その少女が無敵の正義の味方ではないことを知った。

正義だと信じていた。英雄だと思っていた。ヒーローだと頼っていた彼女は、だが今はどこにもいない。そこにいたのは、ただ死を前に呆然とする一人の――。

 

そして、騎士は駆けだした。

 

◇◇◇

 

降り注ぐ死を、私はただ見つめていた。

傷ついた身体は動かず。振り絞るべき力も尽き果てた。

もはやこの身には、刹那に迫る死を防ぐ力も、避ける術も無い。

私は、死ぬ。

避けられぬ死を悟り、極悪が告げた別れの言葉を思う。

空っぽのお人形。なるほどたしかに、正義しかない私には似合いの言葉だ。

正義のために造られ、正義のために生きてきた。そして今、正義のために死ぬ。

殺される。この絶対悪に。

怒りもある。悔しさもある。でもなぜだろう。心のどこかで、私は凪いだ諦念と僅かな安堵を感じていた。

それが何故かを考える間もなく、大螺子が私に迫る。

死ぬ。一瞬後には。刹那の内に。

だが私は、けして目を逸らさず、恐怖に呑まれること無く。最期の瞬間まで堂々としていよう。それが私の、輝く正義としてのかくあるべき姿なのだから。

 

「ぃゃ……」

 

どこかで誰かの声がする。とても小さな、よわよわしい声。

 

「……ゃ、だよ……」

 

それは今にも消え入りそうな、濡れた、御世辞にも堂々としているとは言えない声。

……だれ?

 

「……わ、たし……」

 

その声は、私の口から紡がれていた。

 

「……こんな、とこで……」

 

嘘だ。

私は正義。私は恐怖に呑まれない。私は死など恐れない。正義として戦い正義として死ぬのならそれは誇るべきことで私はそうあるべく造られた私はッ――。

 

「……しにたく、ない……よ……」

 

ちいさなつぶやきがきこえ。死が、わたしのもとへと……やってくる――直前。

 

「死なせねえよ!」

 

私の身体は、何かとても熱くて、力強いものにかき抱かれた。

 

「――え?」

 

そのまま、私は抱きかかえられる。私を抱えたまま、誰かは駆け抜ける。一瞬後、それまで私がいた場所に大量の大螺子が降り注いだ。

呆然と、私はその光景を見つめ。そして、私を、いわゆるお姫様抱っこする人の顔を見た。

それは、黒髪で、どこか獣を思わせる目つきの悪い、けれど、その瞳に、誰かを命がけで守ろうとする熱い何かを宿した人。

その人は、呆然とする私を見て、安堵の息をついた。

 

「ギリギリだったけど、どうにか間に合ったな……」

 

そう言って私に微笑む彼に、私はけれど呆然とするしかなくて。

 

「大丈夫か?」

「どう……して……?」

「ん?」

「どうして……あなたは……?」

 

死ぬかもしれないのに。殺されるかもしれないのに。

 

「言ったろ。あんたには死んでほしくないって……それに、死にたくないって泣いてる女の子がいたら、男なら命を懸けてでも助けるしかないだろ」

「わ、たしは……泣いて、なんか……」

「いいんだよそれで」

 

彼の指が、優しく私の頬を撫で、知らない雫をぬぐった。

 

「怖けりゃ泣いて痛けりゃ喚け。あんたは正義の味方で、だけど一人の女の子なんだからよ」

 

そう言って微笑む彼の姿に、私の何かが壊れていく。

 

「えっ……女の子……って……?」

 

この人は一体何を言ってるのだろう?

私は正義。私は人形。わたしはただそれだけのものなのに。なんで。

 

その言葉に、私の胸は高鳴るのだろう?

 

訳も分からず混乱し、それこそ本当にただの女の子のように取り乱す。

 

「わ、私は《正義》のマリアネットです。強く正しく、弱さとは無縁な輝く正義の――」

「うるさい黙れ」

「へぷっ!?」

 

おでこにデコピンされました。地味に痛いです。

 

「な、なにするんですか!?」

「あんたにとってはそうでも、俺にとってはただの女の子なんだよ……もっとも、そう気付いたのはついさっきだがな――だから俺は」

 

ギリッ

 

彼の顔がゆがむ。噛みしめられた歯が呻りを上げる。その瞳が、怒りに染まっていた。

 

「今の今まで女の子の背中に隠れて、手前ェの代わりに殺し合いをさせた挙句に泣かせちまったんだ……ッ」

 

彼は、怒っていた。憎んでいた。誰でも無い、自分自身を。

……私の、ために。

 

「……すまねえ。俺が大馬鹿野郎だったせいで、あんたをそんな傷だらけにしちまった……後でいくらでも殴られてやるから、今はここで休んでくれ」

 

そう言って、彼は柔らかな草の上に私を下した。優しく、それこそか弱い女の子を扱うかのように。

そして、彼は言った。

 

「――ここからは、俺の戦いだ」

 

力強く。揺るがぬ決意と覚悟を感じさせるその声で、私を守るように極悪へと向き直り、その燃えるような瞳で睨みつけた。

 

「よう変態。こっからは選手交代だ。俺の痛みとあの子が受けた痛み。まとめて兆倍にしてブチ込んでやるからかかってこいや」

 

恐れも躊躇も、怒りと覚悟でねじ伏せて、まさに高潔なる騎士のごとく立ちはだかるその姿に、極悪は――。

 

「……くひっ」

 

嗤った。

 

「ひ、ひひぃぃぃぃぃいいいいいははッ!」

 

その身をよじらせ。小さな腹を抱えて笑い泣く。

 

「ああまったくあなたはやっぱり最高よナイト。ねえ今あなた、自分がわたしと比べてどんな存在だか分かってるの?はっきり言って虫ケラよ。わたしとあなたの力の差なんてとっくに思い知っているでしょうに、健気に向かってくるとか何もしかして奇跡とか期待しちゃってるのぉ?なんかとんでもないご都合主義とか起こって一発逆転大勝利ぃ?無い無いンなものあるわけないじゃん今どき小学生だってもうちょっと現実見てるわよ!ああまったくキミってば本当にバカ最高にバカ麗しきバカ!そしてぇ――」

 

その赤瞳を潤ませ、柔らかに微笑んだ。

 

「――愛おしきバカ。そんなキミが堪らなく愛おしいわよ。可愛すぎて壊したくなっちゃう」

 

そして、紫の光がその背から放たれ、痛撃の紫翼が再び展開される。

 

「さあナイト、殺し愛ましょう。身も心も壊れるくらいに逝き果てて、何もかもが色あせるような、二人の最高の終幕を飾りましょう!」

「断固断る変態が。逝くなら一人で逝きやがれ!」

 

そして彼は、拳を構えて立ち向かう。

紫銀の極悪に。悪意の権化に。形ある絶望に。嗤う恐怖に。

圧倒的力量差すら吐き捨てて。

 

「なん…で……?」

 

決まっている。守るためだ。

 

「私の、ために……?」

 

彼は、戦う。私を、守るために。

たとえそれが、けして勝てない相手でも、彼は戦って。

 

――死ぬ。

 

「いや、だ……」

いやだ。そういやだ。『だめだ』ではなく、『いや』だ。

 

「や、だよ……」

 

彼が。私を守ろうとしたくれた彼が。

 

「しな……せない……」

 

誰かを守るだけの存在だった私を、初めて守ってくれた彼が死ぬのだけは、いやだ。

 

「ぜったいに……」

 

私が、正義だからじゃない。英雄だからじゃない。そんな有り合わせのモノとは関係ない熱い何かが叫んでいる。

 

「貴方を、死なせるものかあ!」

 

――瞬間、私の中を、光が溢れた。

 

◇◇◇

 

その時、天が啼いた。

雷鳴が怒涛のごとく鳴り響き。雷光が黒雲に満ちる。

やがてそれらは一点に収束し、暗き天空に、輝く雷電の塊が生まれた。

そして、その輝く雷塊が、轟音と共に下界へ、そこに佇む一人の少女へと降り落ちた。

それはただの落雷と呼ぶには、あまりに凄まじき閃光と衝撃を伴って世界を白に染め上げる。

 

「なんだ!?」

「まさか!?」

 

それは、至近距離にいた二人がおもわず目を覆う程の輝き。

やがてその白光が収まった時、そこに、暗き世界を照らす、輝ける少女が光臨していた。

 

「覚えておきなさい。極悪よ」

 

それは、輝く雷電を纏い、貴き雷鳴を轟かせて。

 

「たとえその輝きが一度かき消されようとも」

 

豪雨に負けず。

 

「守るべき者のため。愛しき者のためなら」

 

暴風に挫けす。

 

「正義は何度でも輝くのだと」

 

闇を切り裂き天を駆ける不滅の輝き。

 

その身に纏うは純白ならぬ雷黄。

鎧は華美な舞踏服へと装いを変え、揺らめくたびに電光を走らせている。

そしてその太陽のごとき金髪は、今は雷電の閃光に輝いていた。

雷光纏いし乙女が、その新たな輝きの名を高らかに叫ぶ。

 

「《装光》『雷電の踊り子(トネール・ダンスーズ)』!」

 

ここに、雷電を纏いし黄金の正義が、再臨した。

 

◇◇◇

 

その光景を、彼女は観察していた。

猫のような瞳を好奇にきらめかせ。

その唇を妖艶に吊り上げて。

 

「ここでまさかの装光かあ……ふんふん面白いにゃ~。魔力はとっくに尽き果ててたはずなのに、いったいどこからそんな力が出てきたのか……」

 

考えても分からない。ゆえに面白い。

 

「偶然か必然かあるいは奇跡か……いやいやそれとも、これがプログラム(マリアネット・コード)の予定調和だとしたら……」

 

ブツブツと呟き、熟考する。

楽しそうに。まるで無邪気に遊ぶ子供のように。

 

「ああやっぱり分からない分からないから面白い!だから視ようもっともっと。求める真実に逢えるまで!」

 

そう高らかに謳い、彼女は再び人形劇の鑑賞を始めた。

 




バトル終了まで書こうと思ったけど、長くなったので二話に分けることにしました。なので主人公が愛するモノを喪うのは次回となります。ていうかバトルは文字数が気がつけばとんでもないことになりますねビックリ。
ちなみに作者は描写力が無いので、バトルシーンはひたすらキャラにセリフ喋らせて誤魔化すスタイルです。
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