極悪少女は縛れない   作:どるふべるぐ

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愛するモノを喪った時、少年は憤怒の修羅となる。
キレた10代の凶行は、もう誰にも止められない。
罪深き者よ。鳴いて喚いて逝きさらせ。

今回はそんなお話だよ☆



シーン5『雷のちまた雷のちお尻ペンペン!?』

 嵐の中、二つの人形が対峙していた。

 一つは紫銀。風雨に舞う、紫がかったくすんだ銀髪。屍蝋のごとき柔肌。歯車とゼンマイをあしらった紫黒のドレス。十代の初めをようやく過ぎた頃に見える、幼くもどこか妖婦のごとき妖艶さを宿した美貌。その血錆色の瞳は、底無しの悪意を湛えて、対する正義を睨みつけていた。

 一つは黄金。黒雲の下で眩く輝く雷のごとき金髪。白百合の柔肌。電光迸る雷黄の舞踏服。十代の半ば頃だろう、まだあどけなさの残る美貌。その翆緑色の瞳は、限りない闘志を湛えて、対する極悪を見据えていた。

 

「……『装光』。光を支配する御伽術式(テイルズ)聖処女(ラ・ピュセル)』によって、あらゆる光を纏い武装化するあなたの固有魔術だっけ……?」

 

 極悪の少女が忌々しげに美貌を歪めた。

 

「そのバージョンは初めて見るけど……たしかそれって発動だけでとんでもない魔力を使うわよねぇ。そんな魔力はほとんど残って無かったはずだったのに……ねえあなた、その魔力は一体どこから来たの?」

「さあ?ただ湧き上がってきたとしか言えませんね。あるいはこれが……」

「……奇跡、とでも?」

 

 その問いに、ジャンヌは答えず、ただふっと笑った。

 

「あーわたしさっき『奇跡とかwww無えよwww』みたいなこと言ったばかりなのに、なにこのご都合主義。わたし完全にピエロじゃない……」

 

 大きな溜息をつき、嘆かわしげに首を振る少女に、ジャンヌは静かに言った。

 

「……ですが、誰が起こしたのかは分かります」

「へえ?」

 

 翆緑の瞳を、傍らに立つ黒髪の少年に向け、微笑む。

 

「貴方のおかげです。ナイトさん……でしたね?貴方の貴き想いが、その『心』が。私に力を、この奇跡をくれた……」

 

 感謝を。敬意を。そして、今まで無かった、胸に灯る知らない温かな何かをこめて。

 

「ありがとうございますナイトさん。貴方のおかげで、私はまた輝ける」

 

 輝くような笑顔で言い、極悪に向き直る。

 

「選手交代です極悪よ。貴女に彼は殺させないし、私も貴女に殺されない。この雷電の輝きが、絶望を切り裂き貴女を滅する」

 

 紡がれる言葉と共に、ジャンヌの纏う電光がその輝きを増していく。それはまるで彼女の高まる戦意のように、輝き溢れ

 

いざ、舞い踊ります!(シャル・ウィ・ダンス)

 

 雷電の舞踏会が開幕した。

 

 ◇◇◇

 

 二十メートル程離れた距離にいるジャンヌが一歩踏み出したその瞬間、極悪の少女は大螺子を放つべく紫翼を振るい

 

「《迅雷疾駆(パトネール)》」

 

 閃光と共に目の前に現れたジャンヌの回し蹴りを浴びて吹き飛んだ。

 

「――んなッ!?」

 

 落雷の直撃のごとき衝撃。驚愕の中、何とか空中で体勢を立て直し着地するも、感電による痺れと戦慄が少女を駆け巡る。

 

「な――んですってぇッ!?」

 

 愕然と叫ぶ少女に、雷電の踊り子は軽やかなステップを踏みつつ、不敵な笑みで答えた。

 

「なにを驚いているのですか?光とは風より速く、彗星より遠く駆け抜ける森羅万象における最高速。――故に」

 

 閃光と共にその姿が掻き消える。

 

「な!?」

 

 思わず目を見開くと同時、横合いから繰り出された掌底がその横面を殴り飛ばした。

 

「がッ!?」

「あらゆる悪。これを逃さず……」

「ちぃぃ!」

 

 閃光と共に現れたジャンヌに対し、咄嗟に大螺子を撃ち出すも、貫くのは再び起こった閃光のみ。

 

「あらゆる罪。これを赦さず……」

 

 宣誓とともに、反対側に現れたジャンヌの裏拳が逆の頬に炸裂した。

 

「ぐぺァッ!?」

「止まらず。捕えられず。その最速をもって駆け抜け滅する懲悪の光」

 

 再びの閃光。直後、少女が眩む瞳で目にしたのは、正面に現れたジャンヌが繰り出した足裏だった。

 

「我が雷電に討たれなさい!」

 

 迅雷のごとき回し蹴りが、再びその身を吹き飛ばす。

 

「ぐッはああああああ!?」

 

 為すすべもなく吹き飛ばされ、絶叫と共に地面に激突する少女。常人ならば確実に四散するだろう一撃を喰らい、いかな極悪といえど絶命したかと思われた。が、悪とは滅びぬからこそ悪と言わんばかりに立ちあがり、憤怒と憎悪に狂った瞳でジャンヌを睨みつけ

 

「なァ、めるなああああああああ!」

 

 怒号と共に背後に展開する大螺子を放つ。その数、実に五〇以上。豪雨を裂いて飛翔するそれらは、物理では在り得ざる力によってその軌道を曲げ、四方からジャンヌを包み込むように飛来した。

 

「脱出不能の包囲網。避けられるのなら避けてみなさい!」

 

 前後左右。あらゆる視界を埋め尽くし殺到する死の包囲網の中で、だがジャンヌは不敵に笑う。

 

「避ける?できるわけ無いでしょうそんなこと。――なぜなら」

 

 その瞳が、離れた地面に落ちたままの大剣に向けられた。瞬間、黄金の大剣が凄まじい閃光を放ち、二条の雷光となって彼女の両手に迸る。

 

「正義はけして、逃げず屈せず負けはしない」

 

 その手に収まった雷光は、一際輝いて、美麗なる凶器を形作った。

 それは雷光放つ二振りの短剣。優美な曲線を描く刀身は雷黄に輝き、揺らめくだけで闇に光の軌跡を描く。

 

「ただその輝きによって、真っ向から悪意を粉砕するものですから!」

 

 その言葉と共に、雷電纏う刀が舞い、殺到する大螺子の網を切り裂いた。

 

「な!?」

 

 一振りで眼前の大螺子が斬り裂かれ、返す刃が背後に迫る大螺子を斬り落とす。その斬撃は華麗にして最速。動体視力を超越したその刃は、ただの眼球では捉えることすらできず、その輝く軌跡だけが斬撃の存在を知らせるのみ。雷電の乙女は自在に剣を振るいながら軽快なステップで一回転し、全方位の大螺子に遍く雷刃を奔らせた。

 

 弩轟(ドゴウ)ッ!

 

 凄まじい閃光と雷鳴が炸裂し、全ての大螺子が砕かれ雷光の中にかき消えた。

 

「最も、もとより避けるまでもありませんでしたけど、ね」

 

 ギリィ……ッ!

 

「貴ッ様アアアアアァァアア!」

 

 噛みしめた歯を唸らせ、極悪が憤激し

 

「さあ、クライマックスはこれからです。雷踊る舞踏会。共に踊りて滅びなさい!」

 

 正義がクライマックスを告げた。

 

「《雷電舞踏会(バル・フードル)》!」

 

 ◇◇◇

 

 雷電の踊り子が舞う。

 雷鳴のリズムに乗り、雷光のスポットライトを浴びながら掌底を放つ。

 

「アン!」

 

 刻むステップは迅雷の歩み。繰り出す裏拳は雷の煌き。

 

「ドゥ!」

 

 反転からの蹴りが雷電を纏って極悪に直撃した。

 

「トロワッ!」

「ッアアアア!?」

 

 電光石火の三連撃を浴びて、極悪が吹き飛んだその先に、閃光と共に踊り子が現れる。

 

「カトル!」

 

 雷光の超速移動によって先回りした彼女が繰り出した両手の掌底が迎え撃ち、雷鳴が爆発した。

 

「すげえ……!」

 その圧倒的な強さに、御伽騎士は感嘆と呟く。

 その強さに。その速さに。その輝きに。

 そしてなにより。

 その舞の美しさに、見惚れていた。

 

「貫けええええええ!」

 

 極悪が大螺子の雨を降らすも、その一滴たりとも踊り子を傷つけること叶わない。高速ならば貫けた。音速ならば捉えられた。しかして彼女は雷速。万物における最高速度。

 降り注ぐ大螺子を踊るように、否、まさしく踊りながら避け華麗に受け流す。その様は殺し殺される戦場にありながら、それを忘れさせるほどの美しさ。加えて、機動性を重視したためか、肌の露出の多いその服から覗く胸の谷間や太股が、えも言われぬ色気を醸し出していて、騎士はたまらず顔を赤らめた。

 と、ジャンヌと偶然目があった。

 

「ふふ♪」

 

 悪戯っぽく笑って、ウインクされた。

 突然顔面が熱くなったので顔を逸らした。

 

「だ・か・らぁ・イチャついてんじゃないわよおおおおお!」

 

 怒声と共に大螺子が放たれる。ジャンヌとそしてなぜが騎士にも。

 

「って危ねえ!?」

 

 咄嗟に避けるも後一秒遅れていたら確実に刺さってた。

 

「なにすんだ変態!」

 

 たまらず抗議すると、極悪の少女がものッ凄い笑顔で

 

「ねえナイトぉ。わたしって基本ドSでさっきナイト限定でドMにも目覚めたんだけどぉ、生憎NTR属性はないのよ~……ところで上と下どっちに刺されたい?」

「ど・こ・に、刺す気ですかああああ!?」

 

 文字通りの雷を落としてジャンヌが斬りかかり、極悪は大螺子を楯に防いだ。

 

「邪魔しないでよビッチ!」

「邪魔しますよ破綻者!」

 

 世にも美しい声で世にも汚く罵り合い、二人は再び激戦を始めた。

 

「……実は息ピッタリだろお前ら」

 

 なお、ぽつりと漏らしたつぶやきは、雷鳴にかき消されたのだった。

 

 ◇◇◇

 

 雷電が踊る。大螺子が降り注ぐ。雷刃が舞い紫翼がはためく。

 人ならざる人形の舞踏会は佳境を迎えていた。

 

「ハアアアアアアッ!」

 

 疾走する雷電の拳が極悪の少女に命中したその瞬間、同時に地を蹴った少女が、その衝撃を利用して天高く舞い上がった。

 十五メートル程上空に舞う少女は、赤錆の瞳で地の雷を睥睨し、その背に連なる大螺子全てを地上に向けた。

 

「降り注ぐ紫銀の爆撃!避けられる物なら――」

「避けるまでもありません!」

 

 不利な地上を捨て空中戦で挑んだ極悪を、その思惑ごと粉砕せんと、地上から迸った雷電の踊り子が回し蹴りで打ち落とした。

 

「がはあッ!?」

 

 凄まじい勢いで落下した極悪は、騎士の自宅の瓦屋根へと激突し、屋根瓦を盛大に巻き上げる。

 

「く…ッ…ぅぅ……」

 

 大の字に倒れ、力無く呻くその姿に、ジャンヌは必殺の好機が到来した事を悟った。

 

「ハアアアアアアアアッ!」

 

 故に逃さぬ。この時。この一撃にて終わらせる。

 全身に力を込め、己を構成する全ての回路、あらゆる機関にあらん限りの魔力を注ぎ限界稼働させる。あまりのエネルギーに全身が軋みを上げるが、その痛みも苦しみも戦意と意志でねじ伏せた。やがて全身から光が溢れ、黒雲が覆う夜天に、輝く雷電の太陽が出現した。

 

「まだまだあ!」

 

 その声と共に、再び天が啼く。雷光が闇を染め、無数の雷が黒雲を駆け抜け、雷電の太陽に集束する。

 その威容はまさに神話に語られるゼウスの雷。その威力たるや数十の雷を束ねて落としたとて遥かに及ばぬ大破壊をもたらすだろう。

 雷光が徐々に高まり、雷鳴が咆哮し、遂に臨界点へと達した時――。

 

「終わりです!」

 

 美しき声と共に、太陽が、墜ちた。

 

「《天墜・雷電落陽(フードルソレイユ)》!」

 

 ◇◇◇

 

 全身を駆け巡る激痛と共に、極悪の少女は意識を取り戻す。

 そして、輝ける雷電の太陽を見た。

 

「ああなるほど、ここで決めるつもりなの……」

 

 力無く呟き、ゆっくりと身体を起こす。震える足で立ち上がり、瓦屋根を踏みしめる。

 

「なにアレ本気中の本気じゃない……。ヘタしたら自壊するわよあれ。……まあ、それがあいつの望むところなのでしょうけど……」

 

 もはや逃げる力も残っておらず、防ぐ事などもっての他。

 ならば死ぬしかないのだが……。

 

「正直、それもいいかもと思ってたわねえ……」

 

 以前の自分ならこんな派手な最期も悪くないと思っていた。そう、騎士に出会う前の自分なら。

 だが今は

 

「悪いけど、彼と殺し愛う終幕に比べたら、こんな最期糞エンドもいいところなの」

 

 故に。

 

|機関限界稼働(エンジンマキシマム)第一武装最大展開(ペインネイルフルオープン)!」

 

 残る全ての魔力を以って、己が全てを解き放つ。歪んだ歯車を回し、ひび割れた機関部を白熱させ、軋む骨格と激痛をその戦意でねじ伏せる。

 そして紫光が迸り、少女の周囲を埋め尽くす無数の大螺子が出現した。

 

「死にたくないから死になさい!」

 

 雷光を迎え撃つべく、その全ての先端を天へと向け――。

 

「おっと、大事なことを忘れていたわ……」

 

 呟き、その一部を何処かへと撃ち出し、改めて天空を睨みつけ。

 

「――来るわねッ!」

 

 雷電の太陽が一際輝くと同時に、その全てを撃ち出した。

 それはさながら、天へと昇る紫光の流星群。

 

「《天穿・紫光流星(ヴァイオレットミーティア)》!」

 

 ◇◇◇

 

 地に墜ちる雷電の太陽と、天に昇る紫光の流星群。

 

「ああああああああああああ!」

 

 天を穿つ程の紫の大螺子が太陽に殺到し。

 

「ハアアアアアアアアアアアアア!」

 

 天そのものが墜ちるかのごとき太陽が地を目指す。

 共にもたらすは未曾有の大破壊。

 その終末のごとき光景を前に、騎士は思った。

 

 ――あれ、俺死ぬんじゃね?

 

 そして、流星と太陽の距離が限りなくゼロとなり、遂に

 

 

 

 

 

 

 

 閃光が、全てを呑みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 ………。

 

 …。

 

「…………」

 

 恐る恐る、目を開ける。

 

「俺、生きてる……?」

 

 信じられない気持ちで、自分の身体を確認するも、目立った傷は無く四肢もちゃんとある。全てが閃光に包まれた瞬間、凄まじい衝撃と爆風を感じて絶対死んだと思ったが、こうして生きている。

 何故だろうかと視線をめぐらせ、それを見つけた。

 

「これは……」

 

 傷ついた十数個の大螺子が、まるで騎士の楯となるかのように彼の前に突き立っていた。衝撃と爆風を一身に受けたのだろうそれは、騎士が見る中、役目は終えたとばかりに紫の粒子となって消えた。

 

「俺を、守ったのか……?」

 

 その問いに答える者はいない。

 とりあえず状況を確認するため、紫銀と黄金がいた場所に目を向け

 

 騎士は、愛するモノを喪った事を知った。

 

 ◇◇◇

 

 頬に落ちる雨の冷たさに、彼女は意識を取り戻した。

 ぼうっとする視界で、周りを見渡す。

 そこは大地が穿たれ、何もかもが消し飛んだクレーターの中心だった。

 彼女は、己が生を確認し、笑った。

 赤錆色の瞳で。紫がかった銀髪を揺らしながら。

 

「ぁぁ……ははっ……生きてる……」

 

 大の字に寝そべって、天を仰ぎながら、数奇な運命を、嗤った。

 

「あの状況で……死なずにいるって……すごい奇跡……だけど、ねぇ……」

 

 呆れ混じりに嗤い、語りかける。

 

「こういう時って……普通、相手は死んでるもんじゃないの……?」

 

 

 己の眼前に立ち、黄金の剣を突き付ける、不滅の絶対正義に。

 

 

「愚問です極悪よ。悪が存在する限り、正義はけして滅びない」

 

 その姿はもとの純白の鎧姿へと戻り、いたる所に傷を負っている。だが、その瞳の輝きに一片の陰りは無く、貴き戦意と決意をもって極悪を見据えていた。

 

「……相変わらずブレないわねぇあんた……その正義バカな所も……空気を読まないのも」

「……それが遺言ですか?貴女らしい戯言ですね」

 

 静かに呟き、輝く大剣を振り上げる。

 

「おまけにせっかちだ……絶対コイツ男にモテないわね……」

「さらばです愚妹。せめて地獄で悔い改めなさい」

 

 道を違えた妹に別れを告げ、大剣を振り下ろし

 

「ねえ……」

 

 小さな問いを聞いた。

 

「で、わたしを殺した後は誰でからっぽの心を埋めるの?」

「――――ッ!?」

 

 刃が、止まった。

 

「わたし達は空っぽのお人形。だから皆それを埋める何かを求めている」

「……めろ」

「そしてあなたはわたしを求めた。《正義》が斃すべき《悪》を」

「……やめろ」

「それ以外に何も無かったから。何をしたいのかも、何をするべきかも分からないから」

「やめ……ッ」

 

 極悪が、嘲った。

 

 

「――だって、わたし達には『■』が無いんだもの」

 

 

「やめてえええええええええええええええ!」

 

 絶叫を上げる。何かをかき消すかのように、振り払うかのように叫び、その大剣を振り上げた。天高く掲げられた刃が、降り下ろされんとしたその瞬間。

 

 ――ジャンヌの頭を拳骨(げんこつ)が直撃した。

 

 ◇◇◇

 

「うぴゃあッッッ!?」

 

 突然の痛みと衝撃が脳天で炸裂し、悲鳴を上げて大剣を取り落とす。

 大剣が地面に深々と突き刺さるが、そんなことよりもとにかく頭が痛い。

 

「~~~~~ッッッ」

 

 いったい何の攻撃かと極悪の少女を見るが、彼女はポカンと目と口をまん丸に開け、なにやら呆然としている。……彼女ではない?では誰がと考えた瞬間、全身を悪寒が駆け抜けた。

 

「……おい」

 

 背後から地獄めいた声がする。

 が、振り向けない。否、振り向きたくない。

 背中に叩きつけられる凄まじい怒気と破滅的殺意に、生存本能が全力でそれを拒否している。だが。

 

 ガッ

 

「ひい!?」

 

 肩を掴まれ、ものすごい力で振り向かされた。

 そしてジャンヌは見た。炎獄よりもなお熱く燃える瞳を。阿修羅すらも裸足で逃げ出すその凶相を。今この時、ジャンヌの目の前で

 

 キレやすい十代が、キレていた。

 

「おいコラあんた一つ聞いていいか?」

 

 不気味なまでに平坦な声が問う。その迫力に、ジャンヌは涙目で答えた。

 

「は、はいッ。何でしょう?」

「何かすっげー光っていかにもな必殺技かましてたよな?」

「え、ええ。悪を倒すために全力で放ちましたが……」

「ほうそりゃ立派だすげえすげえ。……で、周りを見て何か気付かないか?」

「……へ?」

 

 言われて周りを見渡す。一面綺麗に抉られたクレーター。うん何もない。

 

「そうだよな何も無いよなあ……」

 

 そして騎士は初めて表情を変えた。

 何故か怒り顔より何倍も恐ろしいものッ凄い笑顔で。

 

 

「――で、俺の家はどこよ?」

 

 

「……へ?」

「お・れ・の・い・え・は・ど・こ・よ?」

「…………」

 

 ジャンヌの顔が真っ青になり、ダラダラとものすごい汗が流れる

 

「ど・こ・よ?」

「ご、ごめんなさ――」

「で済むかああああああああああ!」

 

 謝ろうとしたその頭に二度目の拳骨。

 

「ぴぃっ!?」

「ていうかあんた必殺技の前からあの変態をうちの屋根に叩きつけてたよな!一体あれで瓦が何枚割れたと思ってんだ日本の屋根瓦が一枚いくらするか知ってんのかアア!」

 

 ※割と高いです。

 

「ひいぃ!」

 

 そのあまりの形相に腰が抜けて、それでも四つん這いで逃げようとするも、その腰をむんずと掴まれ、お腹を抱えこまれた。

 

「な、なにを――ッ!?」

「決まってんだろ」

 

 パァン!

 

 夜空に響く快音。

 

「ぅきゃあっ!?」

 

 発生源は、涙目で悲鳴を上げるジャンヌの小さなお尻だった。

 

「悪いことをした奴への罰は。昔からお尻ペンペンだ」

 

 男なら死ぬほどぶん殴るが、さすがに女の子にそれはできない。だ・か・ら。

 

 パァン!

 

「きゃうっ!」

「愛するマイホームを喪った痛みと悲しみ、せめてそのケツで感じて逝けや!」

「ひいぃぃぃぃ!?」

 

 さあ、ペンペンタイムが始まるよ☆

 

 パン!

 

「いひゃっ……」

 

 パーン!

 

「うきゅっ……や、やめ――」

 

 パパン!

 

「ぴぃっ……や、やぁ……」

 

 スパパン!

 

「んぅっ……ら、めぇ……」

 

 パパンスッパン!

 

「んん~~~~~~~~ッッ!」

 

 

 しばらくお待ちください❤

 

 

「はぁ……はぁ……ぅ…ぁぁ…」

 

 そして十分後。

 ここに、吐息を熱く湿らせ白い肌を桃色に染めた黄金の正義(笑)が光臨した!

 

「もぅ…ゆるひて……くら、ひゃぃ……」

「断固断る☆」

「そんなあ……」

「俺の怒りはまだまだこんなもんじゃねえよ。それにな……」

「それに……?」

「ぶっちゃけなんか楽しくなってきた!」

「えええええええええ!?」

「つうわけでさあやるぜ。夜はまだまだこれからだ。鳴いて喚いて逝きさらせ!」

「い、いやあああああああああああああ!」

 

 瞬間、悲鳴を上げたジャンヌの身体から、凄まじい閃光が放たれた。

 

「眩しッ!?」

 

 たまらず腕で目を覆い、明かりが消えるのを待つ。

 しばらくすると閃光は収まり、再び夜闇が戻ってきたが、傍らにいたはずのジャンヌはその姿を消していた。

 

「逃げやがったか……」

 

 舌打ちをして、苛立たしげに周囲を見まわすも、すでに影も形も無い。

 

「クソが……」

 

 今度会った時には尻を百叩きしてやると誓いつつ、拳を握りしめていると

 

「……ぷっ」

 

 足下から、弾けるような声がして

 

「ぷはっ、は、あははははははははははははは!」

 

 爆発した。

 思わず目を向けた先にいたのは

 

 

「あははははははっな、なにこれぇ!」

 

 顔全体を口にして笑う紫銀の少女だった。

 

「ふっふふふくくっい、いきなり拳骨からのお尻ペンペンって……ッ」

 

 腹を抱えて、転げまわりながら。

 無邪気な子供のように、どこまでも楽しげに、

 

「ペンペンってなによぉはははははははははっ!」

 

 涙を流して笑っていた。

 

「お、おい……」

 

 そのあまりの爆笑っぷりに、思わず声をかけるも、その笑いは一向に止まらない。ついにはゲホゲホと咳こんで、ひーひー呻ってからようやく落ち着いた。

 

「あぁ……はは。もう、あやうく笑い死ぬところだったじゃない……」

「俺もマジで死ぬんじゃねえかと思ったぞ」

「ああ、でも、それも案外悪くないかもね……ある意味じゃあ笑って死ねるハッピーエンドかも」

「確実にダーウィン賞(アホな死に様で賞)が取れるな」

「その時はお祝いしてくれる?」

「墓の前で爆笑してやるよ」

「あは……いいわねそれ。それであなたも笑い死んでくれたら笑顔で迎えてあげるわ」

「退屈な天国に?」

「楽しい地獄によ」

 

 ふ、ふふふ……。

 

 小さく笑い、少女の身体からゆっくりと力が抜けていく。

 

「ああ。笑ったらちょっと疲れちゃったわ……」

「……死ぬのか?」

「さあ?死ぬかもしれないし死なないかもしれない。まあ日ごろの行い次第ってところかしら」

「死ぬしかねえだろそれ」

「ある変態が言っていたわ。『真の悪党はそれに相応しい死に様でなければ死ねないようにできている』この最期が私への天罰だとしたら、ちゃんちゃらぬる過ぎるわね」

 

 そう言って笑うその瞼が、ゆっくりと閉じられていく。

 

「なあ、一つ教えてくれ」

「なぁに……?」

「なんで、俺を助けたんだ?」

「ああそのこと……決まっているでしょう……」

 

 赤錆色の瞳が揺らめき、騎士を映した。

 

「あなたを殺すのはわたしだから。あなたはわたしの……」

 

 そこで、言葉は途絶え、瞳が閉じられた。

 いつの間にか、雨は止み、雲の切れ間から降り注いた月光が、少女を照らし出す。

 

「…………」

 

 その姿を横目に、騎士はしばらくその場で考えた。これからどうするべきか。

 野宿という手もあるが、色々あって疲れきっている。せめてこの後は屋根のある場所でめくるめく惰眠を貪りたい。正直、あまり気は進まないが新居のアテはあった。となれば早速――

 

「んぅ……」

 

 騎士が踏み出そうとした一歩は、足元から響くかすかな息づかいに止められた。

 見下ろすと、そこには紫銀の少女が月光の中で眠っていた。先ほどまで悪意に染まっていた美貌を、無邪気な安らぎに満たして眠るその姿は、あどけなく眠る可憐な少女にしか見えない。

 

 さて、どうするべきか……?

 

 

 頭をぼりぼりかいて考えること数秒。あまり気乗りしないが、答えはすぐに出た。

 

「よっと」

 

 驚くほど軽い少女の身体を、騎士はひょいと背負う。

 別に、ここでこの少女をほっといたところで、こいつのせいで散々な目にあった彼の良心は一向に痛まんのだが、とりあえず助けてやる。

 

「ま、あれだ……」

 

 なんであれ、こいつは俺の……

 

「命の恩人、てやつだからな……」

 

 苦笑して歩み出す。

 この先に絶対波乱の日々が待ち受けてるんだろうなぁ、とちょとげんなりしつつ。

 




バトルはこれにていったん終了。
ああ長かった。次からはもっと地の文を切り詰めて読みやすくしたいです。
なおシリアス続きで忘れていたけどこれラブコメなのでラストはこうなりました。

次回はやっと主人公とヒロインの同棲生活が始まります。あとお約束イベントで学校にも来るよ。とりあえずテンプレイベントは全て網羅したいです。

なお次の投稿は、自分的にテンポの悪さが気になっていたシーン1を一部書き直してからとなりますので、少し間が開きます。ゆるりとお待ちください。
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