極悪少女は縛れない   作:どるふべるぐ

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 極悪少女「わたしは信じている。ゲスを極めればどんな敵だろうと斃せるはずだって!」

作品史上最大の文字数に、君は耐えられるか!



シーン8『テキサスより愛をこめて』

「『運命の糸は緩まず途切れず断ち切れず、どこまでも私を縛り続ける』と、我がマスターは言っていた」

 

 ああ確かに、その通りだと私は笑う。

 

「ならばこれは、我々を結ぶ運命の操り糸が引き合わせた物なのか」

 

 私がどれほど失っても、結局一番失いたかったモノだけは、今だにこの身を縛り続けている。

 

「マリアネット・コードが切れたとて、我々は今だに運命という操り糸に縛られるマリオネットだということか……」

 

 私は所詮、殺戮兵器だという運命からは逃れられない。

 

「――だが」

 

 でも、だとしても。

 

「たとえ哀れな道化に過ぎぬとしても、私には守るべき友がいる」

 

 受け入れてくれた人がいる。

 

 「御伽術式(テイルズ)乙姫(オトヒメ)》――開演」

 

 手を差し伸べてくれた人がいる。

 

「ゼペット式魔道人形『姫傀儡(マリアネット)』シリーズ第2番姫『凛花』――推して参る」

 

 彼のためならば、たとえ運命とだろうと、戦ってやる。

 

 ◇◇◇

 

 そして今、凛花は運命と対峙した。

 見慣れたはずの廊下に、見慣れたはずの妹がいる。

 だがそれはありえぬ光景。けしてありえてはならぬ、凛花にとっては悪夢のような景色だった。

 見えざる操り糸が引き寄せたかのようなこの邂逅に、極悪なる紫銀の少女は驚愕し、虚ろなる蒼水の少女は戦意を胸に立ち向かう。

 驚愕に美貌を歪める末妹を見て、凛花はその青の瞳を懐かし気に細めた。

 

 「……久しぶりだな」

 

 かける澄んだ声には、懐かしさと、そして僅かな憎悪と微かな親愛が入り混じる複雑な響きがあった。

 

 「……ええ。久しぶりねお姉さま」

 

 対して返された声には、疑問と戸惑い、そして色濃い警戒と緊張の響きがある。

 

「まさかこんな所で会うとは思わなかったけど。その格好、もしかしてあなた……」

 

 血錆色の赤瞳を訝しげに細め、極悪の少女は対峙する姉妹機の姿を見た。

 頭の後ろで一纏めに流した、流れ落ちる滝を思わせる青みがかった艶やかな黒髪。どこまでも蒼く、そして深く呑みこまれるような虚ろを湛えた深海の如き瞳。白砂のように清く滑らかな肌。その総てが最高級の日本人形を思わせる和の美しさを体現している。

 それらは、瞳に宿る虚ろな輝きを除けば最後に会った時と変わらないのだが、ただ一つ、彼女が纏う服装だけは少女が初めて見るものだった。

 

「ああ。見ての通り、この神原高校の学生をしている」

 

 凛花は小さく頷き、そして僅かに照れくさそうに微笑んだ。

 その答えに、少女はますます細い眉を寄せて首をかしげる。

 

 「へえ?てっきりあなたはマスター・ゼペットの仇を討つために追ってくるものと思っていたのに、全然姿を現さないからおかしいとは思ってたけど……一体どういう風の吹き回しかしら?」

「ふむ。何と言うべきか……自分探しだ」

「へ?」

 

 今度は、思わぬ答えにその瞳を丸くして、キョトンと呟いた。

 

「……自分、探し?」

 

 その呟きに小さく頷き、凛花はわずかな自嘲を浮かべて言った。

 

「ああ。マリアネット・コードを失った今の私達は、何をするべきかも、何をしたいのかも分からない空っぽの人形だ」

「…………」

「そしてここには、若い夢と輝きが溢れている。それに触れれば、私にもあるいは見つかるかもしれない。私のやりたいことが。やるべきことが。進むべき道が。そう願い、私は今ここにいる」

「で、それは見つかったの?」

 

 問われ、小さく苦笑して首を振る。

 

「いや……情けない話だが、触れ合うことにすら怯えて、今だまともに向き合うこともできんよ」

「つまりはヘタレてるんだぁ?」

「まったくな……だが、ここに来たおかげで、私はかけがえのない物を得た」

「掛け替えのない、物?」

 

 凛花は柔らかに微笑み、胸に手を添えた。そこに在るぬくもりを感じるように、想いを確かめるように、瞳を閉じて、言った。

 

「友達だよ」

「…………」

「空っぽな私を想い、案じ、手を差し伸べてくれた、私の初めての、かけがえの無い友だ――故に」

 

 瞳を開く。

 そこに在るのは、戦意。深き蒼碧を染め上げる、自らのかけがえの無い物を守り、それを脅かす何者をも打ち倒さんとする壮絶なる覚悟が煌いていた。

 

「彼を脅かす者総てを滅する。問おう、お前は何故ここにいる?」

 

 静かながらも、大波のごとく押し寄せ、圧すらも伴う殺気を全身に浴びながら、少女はしかし動じることなく、その手に持った物を見せた。

 

「手提げ袋……中身は弁当、か?」

 

 意外な物に眉を寄せる凛花に、少女はからかうように微笑む。

 

「ええ。愛しい彼の忘れ物。わたしはこれを届けに来たの」

 

 その答えに、凛花は僅かに目を見開き、思わず尋ねた。

 

「彼……まさか恋人、か?」

「ふふ。違うわよ」

「新たなマスターを選んだのか?」

「まさか。わたしはわたし。誰の物でもない、わたしだけのわたしよ」

「なら、友達か?」

「いいえ。彼は玩具よ。欲し求めてようやく見つけた、愛しいわたしの愛玩具」

 

 妖しく笑い、その赤瞳を愉しげに細める少女を、凛花は厳しい眼差しで貫いた。

 

「なら、この騒ぎは一体何だ?」

「ああ、大した理由じゃないわ。せっかくここに来たんだし、どうせならついでに若い子の魔力でもつまみ喰いしようかと思って、ね」

 

 そう悪びれもせず肩をすくめる。

 

「勝手に溜まる物だし吸い尽くしたって死にはしない。記憶だってちゃんと消しているから安心なさい」

「そうか……つまりは」

 

 瞬間、怒気が爆発した。

 

「ただ腹が減ったから、それだけの理由で、我が友を、この場所を、恐怖と混乱に陥れたのか……」

 

 それは静かな、だが荒れ狂う嵐の到来を告げる海鳴りめいた声。

 噴きつける怒気が語る。押し寄せる戦意が告げる。

 

 ――赦さぬ。

 

 その身その声その魂。我が怒りに呑まれて消えろ。

 

「ふ、ふふふふふふふ……」

 

 極悪が、嗤う。

 

 快楽に?否。悦楽に?否。恐怖に?否。

 その狂った造形美の貌は、その血錆のごとき赤瞳は

 

「ふっざけんなあああああああああああ!」

 

 振り切れた怒りに、嗤っていた。

 

「なにコレどうしてこうも毎回いい所で邪魔が入るのよこれが運命だとでもいうの糞があッ!」

 

 狂い叫び、憤怒のあまりに絶叫する。その様は正に狂獣。

 迸る狂気が叫ぶ。撒き散らす殺意が告げる。

 

 ――赦せん。

 

 その身その声その魂。我が怒りに刻まれ消えろ。

 

 かくて、二つの殺意は一つとなり、嵐の前の静寂が終わる。

 

「第二武装展開《痛快の猟奇王(エド・ペイン)》!」

 

 叫びと共に、少女の肘から先が紫の粒子となって弾け、粒子は無数の螺子や歯車となって再び集束し、恐るべき凶器を組み上げる。

 そして完成するのは、鈍く輝く紫銀の刀身に、肉を裂き骨をも刻む刃のチェーンが連なる二振りのチェーンソウ。

 両腕の肘から先を変形させた紫銀の極悪は、その美貌を歪めて笑う。

 

「切って刻んで剥ぎ取って、あなたの生皮でドレスを作ってあげる」

 

 対する蒼水の少女は、静かに詠う。

 澄んだ声で、曇りなき戦意を、決闘の祝詞を詠う。

 

「『澄み渡り、流れ狂うは我が刃、総てを呑まんと迸るもの《水刀鋳造》』」

 

 虚空を掴むかのように掲げられたその掌に、水滴が生まれた。空気中の水分が集束して生まれたそれは、更に水分を集めてその体積を増す。やがて抱えるほどの大きさとなったそれが、一気に結集し、圧縮され、美しき武具を形作る。

 そして鋳造されたのは、穢れなく蒼く透き通る刀身が、光を通して美しく揺らめく一振りの刀。

 それを正眼に構え、蒼水の少女が凛とした闘気を放つ。

 

 かくて舞台は整った。

 

「鳴き叫びなさいエディ!」

 

 ギュイイイィィィィィィィィィンッ!

 

 極悪の命に、凶器が甲高い咆哮を以って答え

 

「姫傀儡が第二番『凛花』。我流戦闘術《三途》にて、いざ参る!」

 

 対する蒼水が名乗りを上げて

 

 ここに、人形劇第一幕第二の見せ場が始まる。

 

 ◇◇◇

 

『実力の拮抗した者同士の決闘』において、先制攻撃とは必ずしも有利ではない。むしろ不用意に打ち込めば、多くの場合、それを待ちわびた相手によって避けられ、あるいは受け流され、返す刀にて討ち取られる。故に、その戦いは先の先を読み合う物となる。意識を研ぎ澄ませ意図を読み、精神を鎮めて勝機を待つ。果て無き睨み合いと途切れ無き緊張の中で、先の先にある唯一つの勝機を逃さず手にした者だけが勝利を得る。

 つまり、先制攻撃などは愚行の極み。命を投げ売る大博打に過ぎない。

 故に、極悪の少女がとった行動は――。

 

「ッしゃぁ!」

 

 先手必殺。

 

 叫びとともに床を蹴り、その身を翻して、回転力に腰の捻りを加えた、振り向きざまの横薙ぎを繰り出す。

 それは全速を持った全力の一撃。この一太刀にて終わらせんとする文字通りの一撃必殺。

 殺意に咆哮するチェーンソウの刃は、大気を切り裂き対する凛花めがけて疾走し

 

「笑止」

 

 その刀にて容易く受け止められた。

 

「ちいぃッ!?」

 

 全霊の一撃を止められ、少女は舌打ちと共に顔を歪める。

 全身全霊の先手必殺。

『圧倒的に隔絶した実力差の決闘』において、弱者が取り得る唯一の手段が、最大の勝機が、今、砕かれた。

 

「怒りと狂気。ただそれだけの何もない刃だ……下らんな」

 

 静かなる声が告げる。澄み切った闘気が頬を撫でる。迸る殺気がその身を呑みこむ。

 戦慄と恐怖に染まりかける己を振り払い、鍔競り合う双刃の向こうに光る、蒼碧の瞳を睨みつける。

 鎮まれ落ち着け怯えるな。ここで恐怖に沈めば、瞬く間にこの人の形をした大海に呑まれて消える。

 息を整え心を鎮め、彼女は次の瞬間に備えた。

 武の怒涛が押し寄せる、その瞬間に。

 

「学べ愚妹。これが刃の真髄だ」

 

 凍える氷海のごとき声と共に、刃の嵐が、押し寄せた。

 

「《清流・垂水》」

 

 まずは一閃。

 噛み合った刃を流れるような体さばきで外してからの、上段からの切り下ろし。

 

「ッ!」

 

 刃に断ち切られた銀髪が中空に舞うも、辛くも回避した少女目がけ、降り下ろされた刃が即座に翻り、駆け昇るような切り上げを放つ。

 

「《急流・逆波》」

「当たらないわよ!」

 

 息をもつかせぬ連撃をバックステップで回避した少女の前に

 

「《水槍鋳造》」

 

 蒼き槍の穂先が突き出された。

 

「マズッ!?」

 

 咄嗟にチェーンソウと化した両腕を交差させ、胴を目がけて繰り出されたそれを防ぐ。津波を受け止めたかのような衝撃が全身を走り、穂先に触れた刃の腕が痺れるも、なんとか持ちこたえた彼女の前で

 

「《水鎌――」

 

 澄んだ声と共に、水の槍が飛沫となって弾け、凛花の手に集束した。そして無数の水滴は一つとなり、新たな武器を形作る。

 

「――鋳造》」

 

 それは優美に湾曲した刃が光る、蒼き大鎌。

 それが大きく振りかぶられ、総てを断ち切る横薙ぎを放つ。

 

「ちいいッ!」

 

 咄嗟に屈んで回避した彼女の頭上から

 

「《水鎚鋳造》」

 

 蒼き水のハンマーが降り下ろされた。

 

「次から、次へとぉッ……!」

 

 全力で後方に飛びのいたまさに一瞬後、ハンマーが巨大な水しぶきと共に床に叩きつけられ、直後、鎖の付いた鉄球に変わったそれが凄まじい勢いで飛んで来た。

 

「ちょっ!?」

 

 今まさに飛び退き着地した瞬間である彼女に、それを避けることは出来なかった。回避運動直後の隙を突かれ、動くことのできないその華奢な肢体に、直径一メートルはあろうかという水の鉄球が直撃する。

 

「ぐがッ、はああああああああ!?」

 

 廊下の端まで吹き飛ばされ、受け身も取れず床に激突する少女。超圧縮され、鋼鉄をも超える硬度を獲得した水塊の一撃に、全身が砕けるような痛みと衝撃を味わい痙攣する。だが、武の奔流は止まらない。

 

「《水弓鋳造》」

 

 叩きつけられた殺気に、痛む身体を無理やり起こし、咄嗟に掲げたチェーンソウの腕に、飛来した水の矢が直撃した。

 

「く……ッそぉ!」

 

 痛みに歪む瞳で、弓を構えた凛花を睨む。

 絶え間ない連撃、変幻自在の武装変形、まったく恐るべき相手だ。

 だが、この距離ならばッ――。

 

「調子こいてミスったわねえ。この距離は――」

 

 彼我の距離、約三〇メートル。

 刀も槍も鉄槌も届かぬ、遠距離武装の領域。だが、弓だろうが何だろうが

 

「わたしの狩場なのよッ!」

 

 遠距離戦ならば我が大螺子が上回る。

 

第一武装(ペインネイル)展開――貫けえ!」

 

 十二の大螺子を出現させ、一斉に放つ。

 虚空を貫き飛来する凶器の群れを前に、凛花は涼やかな海風にも似た声で、詠った。

 

「『海原を、駆け抜け走る、風に似て、流れよ運べ万里の果てへ』」

 

 そして、腰を落とし前傾姿勢を取ると、一気に踏み込み、駈け出した。

 その際に、踏み込んだ足裏から水しぶきが上がり、飛沫が飛び散る。そしてその姿勢のまま、彼女は床をスケートのように滑りながら疾走する。踏み出したのはただの一歩、それ以降、彼女の細い脚はただの一度も地面を離れていない。これこそが彼女の魔術。足と地面の間に水の層を作り、そこに生じさせた水流に乗って滑り駆ける移動法。

 

「《流水滑走》」

 

 踏み込みの勢いに乗って滑走する凛花は、次々と飛来する大螺子を、プロスケーターのように体重移動のみでゆらりと避け、流れるような身のこなしにてその群れを抜けて少女に迫る。

 そしてその身が、遠距離戦の領域を――越えた。

 

「――ッ上等!」

 

 再びの近距離戦への突入を確信し、迎え撃たんとチェーンソウを唸らせる少女を目がけ、滑走の勢いを乗せた水刀の刺突が襲いかかる。

 

「はあッ!」

 

 右腕の全力の横薙ぎにてそれを打ち払い、残る左の刃で斬りかかった。

 

「甘い!」

 

 呻りを上げて迫るそれを、だが凛花は動揺すらも無く横滑りにて回避する。そして降り下ろした隙を突いて斬撃を放った。

 

「ならこれはどう!」

 

 それを掲げた右腕で受け止め、その首めがけ左腕の刃を奔らせる。

 

「同じだ!」

 

 だが、その速度はすでに見切られていた。故に、あえてギリギリで避け、その後の隙をついての一撃にて仕留めんと、凛花は迫る刃を睨みつつ考え

 

「――かどうか味わいなさいッ!」

 

 会心の叫びと共に突如加速した刃に目を見開いた。

 

「なん、だとッ!?」

 

 驚愕と共に咄嗟に飛び退くも、完全に避けることは出来ない。

 

「く……ッ」

 

 血が滴り、焼けるような痛みに顔を歪める。その頬には、一筋の斬痕が刻まれていた。

 その姿に、少女はサディスティックな笑みを浮かべ、その美貌を初めて苦悶に染めた凛花に愉悦を込めて言った。

 

「あらあら良い顔になったじゃない。下手なお化粧よりずっと似合っているわよ」

 

 嘲笑い、チェーンソウを止めて、その刃を染める血糊を濡れた舌で舐め味わう。

 

「ちゅ…っん……ああ、それにこれもとってもいい味よ。エディも悦んでいるわ」

 

 同意するように刃がブルンと震え、少女はその舌を血で染めて艶然と微笑む。

 

「でも……ねえ。これだけじゃわたしもエディも足りないの。だ・か・ら」

 

 そして甲高い音と共に再び刃が回転し、咆哮を上げた。

 

「もっともっと味わわせてよこのわたしに!血を、肉を、骨を、あなたの総てを味わい尽くしてあげる!」

 

 狂笑と共に、再びの斬撃を放つ。

 右斜め下から掬い上げるように放たれた斬撃は、その途中で刃の先が床を掠め――た瞬間、急加速して襲いかかった。

 

「ッ!そういう――ことかッ!」

 

 目を見開き、上体を逸らし何とか回避する。宙を舞う数本の髪を犠牲に、ギリギリまでその攻撃を見極めようとしていた彼女は、ついにそのからくりを知った。

 

「回転するチェーン状の刃を床や壁に触れさせ、その回転力を利用して加速させる……なるほど、確かにその武器でしか出来ない芸当だな」

 

 苦々しくも、どこか楽しそうに微笑む。それは、獲物の思わぬ足掻きに贈る狩人の笑み。あるいは己を噛まんとする窮鼠に向ける猫の愉悦。

 

「面白いッ!」

 

 己はけして戦闘狂ではない。が、やはり一方的な蹂躙よりも、互いに命を削り合う闘争にこそ戦の醍醐味がある。そしてそれを味わえばこそ、血が、肉が、魂が、熱く滾らざるを得ない。

 

「でしょう?でもまだまだこれからよ。もっともっと楽しませてあげるわ!」

 

 応じて笑う彼女の両腕のチェーンソウが、その先端を床に触れさせた。甲高い駆動音と共に、削られた床から花火のごとく火花が噴き上がる。

 

「さあダンスパーティーの始まりよお姉さま。歌い踊って笑って死んで、最後は盛大に飛び散りなさい!」

 

 凄絶な笑みと共に、少女は狂宴の始まりを告げた。

 

「《狂刃舞踏会(テキサス・ナイト・フィーバー)》!」

 

 ◇◇◇

 

 刃が回る。少女が踊る。

 

 横薙ぎに繰り出された右の刃を水刀で受け止めた瞬間、同じ箇所に残る左刃が打ちこまれる。

 

「クッ!」

 

 衝撃に顔をしかめるも、何とか持ちこたえた凛花に、その水刀から離された右腕のチェーンソウが壁を掠めて加速し、再び襲いかかる。その横薙ぎを屈んで回避するも、すかさず左腕が追撃をかけた。

 

「ふんっ」

 

 後方に滑りそれを避ける。が、刃の連撃は止まらない。再び加速を伴って襲い来る狂刃の咆哮を聞きながら、凛花は忌々しくも感嘆交じりに呟く。

 

「……なるほど、凄まじいものだな」

 

 極悪の少女はそのチェーンソウの両腕を水平に伸ばし、つま先立ちとなった片足を支点に、独楽のように回転していた。その刃が床に、壁に触れるたび、その回転力を利用してさらに加速し、時には触れる角度を変えることによって不規則に方向転換する。まさに自らを一つのチェーンソウとしたようなその動きは、触れる全てをズタズタに切り裂き肉片に変える狂刃の舞踏。

 

「――ならばこちらも、今出せる総ての武を以って舞い踊ろう」

 

 滾る戦意を感じながら、猛る戦士の笑みを浮かべる。自らの妹の頑張りに、姉として全力で応えるべく、息を整え、総身に更なる気を充溢させ、己が魔力の限りを尽くし、その武の奥義を解き放った。

 

「《激流・水刀怒涛》!」

 

 瞬間、その手の中の水刀が飛沫となって弾け、新たな武装を形作る。そして、槍が、槌が、鎌が、刀が、あらゆる武装が上中下段あらゆる角度から繰り出された。

 

「お相手仕る!」

 

 彼女の手の中にある水塊は一秒たりとて同じ形状を留めない。槍で一撃を加えた次の瞬間には槌となり、それを振るいながらも鎌へと変わる。そしてそれを操る彼女もまた、目まぐるしく変わる武装ごとに最適の構えを瞬時にとって連撃を織り成す。

 対するは咆哮し高速で回転する二振りの狂刃。迎え撃つ凛花の太刀筋は、かつてジャンヌが極悪を圧倒した《雷電の踊り子》の速度を――遥かに下回っていた。

 だが、崩せない。

 凛花が横から繰り出した刀を、少女は右腕を振るい弾こうとするも、急にその刃は勢いを減じ、タイミングを外された少女の右腕が空ぶった所で、再び刃が勢いを取り戻し斬りかかる。辛くもそれを左腕で防ぎ、少女は戦慄と共に舌打ちした。

 

「ほんッと、嫌になるくらいの技量ね!」

 

 緩急すらも織り交ぜた変幻自在の太刀筋。加えて滑走という特異な移動は、常にすり足で、足運びから動きを読むことすらできない。それはあらゆる武の真髄を結集させた、あらゆる武の枠を超える我流戦闘術――凛花は己のそれを、『三途』と名付けた。

 

「しゃああああああッ!」

 

 回る凶刃が加速する。

 

「やあああああああッ!」

 

 迸る水が自在の武具となって降り注ぐ。

 人ならざる攻防を繰り広げる二人の間には、無数の火花と水飛沫が花のように咲き誇った。

 

「ちいぃッ!」

 

 極悪の少女は舌打ちする。

 速度こそ加速し続けるこちらが上回っているが、技量は圧倒的に向こうが上。現状、それに速度と手数でなんとか渡り合っているに過ぎない。だが、この拮抗状態も長くは続くまい。ならばなんとしても――この拮抗の間に勝機を作るッ。

 

「まったくあのお堅いお姉さまが随分と熱くなるじゃない!これもその男のためなのかしらッ」

 

 チェーンソウを叩きつけつつ語りかけると、凛花はそれを弾きながらも答えた。

 

「そうだ!我が友を守るためならば、たとえ妹だろうと容赦せん!」

「随分入れ込んでいるのねえ。そいつそんなに良い男なの?」

 

 半ば挑発交じりに言ってみたのだが、やはりどれほど性根がねじ曲がり倫理観が崩壊していようが一人の女の子。ゼペットへの忠義一筋であったお堅い姉を落とした男とやらに興味が湧いてしまう。

 

「ああ。あいつは、人との触れ合いに怯えて涙する私を前に、嗤いも、蔑みもせず……」

「せず?」

「土下座してくれたのだ!」

「なにその超展開!?」

「そして言ってくれた。『お前を笑顔にさせてくれ』と」

「あざ笑えってこと!?」

「そして私達は友達になったんだ」

「……ごめんちょっとわたし、あなたの言っている事がよくわからないわ」

「我が友を、私の友情を愚弄するか!」

 

 頭痛をこらえるように眉を寄せる少女に、友を愚弄されたと思い眉を吊り上げる凛花。

 怒りのままに斬撃を繰り出し、防ぐ少女に問いかける。

 

「ならお前はどうなんだ!この騒ぎもなにもかも、その男のためなんだろうッ?」

「わたし?わたしの彼はねえ……最高よ❤」

「どう最高なんだ?」

「彼に逢ったのは月の綺麗な夜。天の川の瞬く星空の下だったわ。彼を一目見た瞬間、わたしの心は奪われた。そしてわたしは胸の高鳴るままに名乗り彼の名前を聞いたの。そしたら彼は情熱的に……」

「じょ、情熱的に……?」

 

 やはりどれほど主一筋に生きてきた色恋経験皆無の凛花だろうと一人の女の子。女は犯し男は殺す人格破綻の極みというべき妹を落とした男とやらに興味が湧いてしまう。

 

「ブチ込んだわ!」

「何を!?」

「それはもう太くて硬い彼の――」

「わーわーわー!?いやいいもう言うな分かったから!」

「そして彼はそれから何度もわたしにブチ込んで言ったわ『殺るのは俺で殺られるのはテメェだ。テメェはただ殴られながら逝ってりゃいいんだよ』って」

「鬼か!?」

 

 愕然とする凛花。だが少女は白い頬を染めてうっとりと

 

「超・気ッ持ち良かったわ……❤」

「分からない!私はお前が分からない!」

 

 もはや恐怖すら感じてドン引く凛花。

 

「そして次に目覚めた時、わたしは亀甲縛りにされていたの!」

「やめて!もうやめてくれ!」

「そしてお腹を空かせたわたしに彼は、熱く火照った肉の棒を……」

「ひいいいいいいいいいい!」

 

 ついには涙目で悲鳴を上げガクブル呟いた。

 

「お、恐ろしいッ……そんな鬼畜外道がこの学校にいるというのか……ッ」

 

 きっと女は犯し男は殺す世紀末暴徒のような奴に違いない。何としてもナイトを守らねばと悲壮な決意を固める凛花に――この時、一瞬の隙が生まれた。

 この瞬間、待ちわびた、勝機がここに出現した。

 

「きたああああああああッ!」

 

 少女は狂刃の咆哮に歓声を乗せて飛びかかり、両肩からVの字に斬り捨てる斬撃を放つ。タイミングは武装が切り替わるその瞬間。水塊が形を為さず無手となるこの時こそがまさしく勝機。

 

「――しまッ!?」

 

 凛花がその意図に気付くも、すでに斬撃は両肩に迫り、そして水塊は今だ変形中。それは後ゼロコンマ五秒で完了するだろう。しかして斬撃が届くまで後――ゼロコンマ三秒。

 

「…………」

 

 けして間に合わない事を悟った時、凛花は、ただ静かにその瞳を閉じた。

 

 ――もし、史上最高峰の魔導人形たるマリアネットを知る者達に、はたしてどの人形が最強かと問えば、様々な答えが返ってくるだろう。ある者は古の魔術で守られたエルフの隠れ里を蹂躙した紫銀の機甲人形を。あるい神代の秘義によって造られし、魔術都市一つを文字通り呑み込んだ白き泥人形を。または意志ある全てを支配し隷属させる女王の人形を。それぞれが互いに最強と思う者の名をバラバラに言う。

 

 ゼロコンマ二秒。

 回転する刃が両肩に迫る。その距離は一センチにも満たない。凛花は両手をだらりと下げ、立ち尽くす。

 

 ――だがもしも、『では純粋な武術で最強なのは?』と聞けば、途端にバラバラだった答えは一つとなる。

 

 ゼロコンマ一秒。

 刃との距離、一ミリ。

 凛花はこの時――空っぽになった。

 

 ――すなわち。

 

 ゼロコンマゼロ秒。

 その両肩に、同時にチェーンソウが触れた瞬間――凛花は、回転するチェーンと全く同じ速度で前進した。

 

「なッ!?」

 

 驚愕する少女の懐にゆらりと入り、ごく自然に、一切の殺意も戦意すら無く、その胸に貫くような掌底を叩き込んだ。

 

「かッ、はああああああ!?」

 

 甲高い絶叫に、凛花は意識を取り戻す。

 血の糸を引いて中空に舞う妹の姿に、己が絶技の成功を知った。

 

「……《凪》。どうやら成功したようだな……」

 

 己の中を、意識すらも無として、森羅万象に対処する奥義《凪》。

 彼女は知らない。その境地は、武を求道するあらゆる者が至らんとする物であることを。その名を、無我の境地と呼ぶことを。

 

 ――誰もが言うだろう。全ての水を統べ、あらゆる武を極めた蒼水の凛花こそが最強だと。

 

「く、うぅ…っ……」

 

 吐血し、紫黒のドレスを血で染め仰向けに横たわる妹に歩み寄る。

 

「……勝負はついた。大人しく去るのなら見逃してやる」

 

 凛として睨むその瞳に、僅かな憂いを浮かべ語りかけた。

 

「……へえ。見逃してくれるっていうの?」

「ああ。ここから去るのなら、私にはお前を殺す理由は無い……それに」

 

 瞳の蒼碧が、水面のごとく揺れる。

 

「たとえ単なる造られた順に過ぎないとしても、私は姉だ。妹を殺したくない……」

「お優しいのね……嬉しいわお姉さま。そこまで想ってくれて」

「なら……」

 

 表情を和らげ、安堵の息をつこうとした凛花に、極悪の少女は、怖気の走る満面の笑みを浮かべて言った。

 

「で、お姉さまはこの後、何食わぬ顔でそのお友達と会うのね――殺戮兵器の分際で」

 

 凛花の胸が、見えざる何かに貫かれた。

 

「――ッ!?」

「共に笑い、泣き、素晴らしい青春を繰り広げるんでしょうね……自分が何かを隠しながら」

「ぅ……ぁ……」

 

 隣花の足が、ここまで友のために戦い、あらゆる危機に、あらゆる苦難にもけして退く事の無かったその足が――後ずさった。

 

「血に染まった手で触れあって、殺戮の呪文を紡いできた口で語り合って、相手の男もさぞ幸せでしょうね……目の前にいるのが何かも知らずに」

「…やめ…ろ……」

 

 怯える瞳を見開き、か細い声を震わせるその姿に、今や一片の覇気も闘志も無い。そこにいるのは、極上の悪意に捕えられた哀れな少女だ。

 極悪の少女が嗤う――捕えたと。

 ここが真の決戦地。己が掴める最期の勝機だと。

 上体を起こし、震える足で立ち上がる。自らの血に染まった美貌は、尽きぬ闘志と悪意に燃えていた。

 

 ――故に、ここでその心。へし折り嬲り磨り潰す。

 

「手を差し伸べてくれた?受け入れてくれた?馬鹿かあなたは嗤わせないでよ」

「ぁ…あぁ…っ…」

「自分を隠して、相手を騙して、ねえなんでそう思えるのぉ?」

「いや、だ……言わない、で……」

 

「そいつが受け入れたのはあなたじゃない。ただの凛花という普通の女の子なのに」

「うあああああああああああああああああああ!!」

 

 絶叫した。その美貌を恐怖に染めて、その胸が張り裂けるのを感じながら。かけがえの無い物が、己の中にある温かな物が、壊されていく。

 

「誰もあなたのことなんて受け入れちゃいない!何人も斬って潰して貫き殺した殺戮兵器なんて、愛せるわけ無いでしょう!」

「やめて!もうやめて何も言わないでよお願いだからあああああああ!!」

 

 泣き叫ぶその姿に、確信した。

 

「あなたは友を裏切った最低の罪人よ。そんなあなたに出来る事なんて一つしか無いわ。その罪を嘆いて、友に懺悔しながら――」

 

 この一言で、奴は殺せる。

 

「――死 ね ば い い !」

 

 叫び、両手の刃を振り下ろした。

 泣き叫び呆然とする少女に。心の拠り所を砕かれた哀れな残骸に。

 勝利を確信し、極悪なる歓喜の笑みに歪んだその美貌に

 

 

 

 凛花の拳がブチ込まれた。

 

 

 

「ぶひあッッッッッ!?」

 

 豚の様な悲鳴を上げ、少女は無様に倒れ込む。

 その姿を濡れた瞳で睨みつけながら、凛花は叫んだ。

 

「だとしてもッ……私はあいつと共にいたい!」

 

 それは、まるで泣き叫び駄々をこねる幼子のように。

 

「あいつと一緒に授業を受けて、ご飯を食べて、何でもないことを語り合って、喧嘩してもまた仲直りして、笑い合って、同じ時を過ごしたい!」

 

 理屈など知らぬ。道理など知らぬ。

 例え己が間違っていようと

 

「たとえ私が殺戮兵器だろうと、呪わしい人殺しだろうと、それでも私はッ」

 

 この願いだけは、この望みだけは諦められないと叫ぶ彼女の耳が

 

「ナイトとッ――」

 

 

 

 

 

「りん、か……?」

 

 

 

 

 

 愛しい友の、声を聞いた。

 

「……え?」

 

 それは、いつでも聞きたいと思っていた声。それは、ここでは聞こえないはずの声。

 思考の停止した頭で、呆然と、その声のもとに、倒れ込む少女を挟んだ先にある階段の前に瞳を向ける。

 そこに

 

「凛花……だよ、な?」

 

 今まさに階段を駆け下りて来たのだろう。息を弾ませ、呆然と目を見開きこちらを見つめる友が

 

 御伽騎士が、そこにいた。

 

 ◇◇◇

 

「凛花…なんだろ?」

 

 騎士が問う。凛花は制服姿で、いつも彼が目にする姿のままなのに。

 当然だ。彼が知る凛花は、膨大な殺気を放っていない。憤怒と殺意に顔を歪めてもいない。全ての雰囲気が違いすぎる。だから、例え姿形が同じだとしても、疑問に思うのも無理は無いのだ。

 

 騎士が知る雨宮凛花は、殺戮兵器などではないのだから。

 

「いやだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 断末魔のごとき、絶叫。

 常人ならば、こんな声を出した時点で声帯が潰れ、肺が破れて、死ぬ。

 

「ッ――凛花!」

 

 騎士は叫ぶ。

 何が何だか分からない。クラスメイト達を振り切ってここに来たら、そこに血まみれの変態と凛花が――見たことも無い顔の彼女がいた。訳が分からない。疑問が心を埋め尽くすが、それでも唯一つだけ確信したことがあった。

 

 ――ここで何もしなければ、凛花は死ぬ。

 

「凛花ぁッ!」

 

 叫び、手を伸ばす。

 

「ひいいい!」

 彼女はそれに、断罪者を前にした罪人の様な瞳を向け、廊下の窓に向かって駆け出した。

 

「待ッ――」

 

 制止の声も虚しく、窓を突き破り、外に出る。そして、人ではあり得ぬ跳躍力で、跳んだ。

 

「なッ!?」

 

 凛花が突き破った窓に駆け寄り、その姿に驚愕する。

 鳥のように宙を舞い跳び上がるその姿は、だがまるで、騎士には翼をもがれた鳥が地べたを這いずり逃げ惑う姿に見えた。

 故に叫んだ。

 これが正しいのかは分からない。だが、叫ばずにはいられなかった。

 友として、そんな友の姿を放っておくことなど出来ないのだから。

 追う事は出来ない。この手はもう届かない。ならせめて――ッ。

 

「また明日、学校で会おうなああああああああああ!」

 

 その声は、果たして彼女に届いたのだろうか。

 分からない。その姿は二度三度と跳躍して、視界の果てに消えた。

 それを呆然と眺める騎士の耳に、苦しげな呻き声が届く。

 

「うっ……くぅ…ッ…あ、ぶなかったぁ……」

 

 見ると、変態が鼻血を流しつつ上体を起こしていた。

 

「おいこら変態!一体何があったんだよ!」

 

 その肩を掴み問いかけると、少女は顔を苦しげに歪めた。

 

「痛ッ……」

「わ、わりぃっ」

 

 慌てて肩を離し、その状態に目を見開く。

 

「ボロボロじゃねえか……凛花にやられたのか」

 問うと、少女は痛みに顔をしかめつつも苦笑した。

 

「まあ、ね……あなたのおかげで助かったわ。あのままだったら自業自得的に殺されてたわね……」

「殺され……っ!?なあおい一体何がどうなってんだ。凛花は、あいつは一体――」

 

 と、そこで階段を駆け降りる足音が響いた。

 

「誰かが来たみたいね……」

 

 その音に、少女は震える足で立ち上がる。

 

「それじゃあわたしはそろそろ帰るわ。不審者と一緒にいるところを見られたらナイトは面倒な事になるでしょう?」

「待て、話はまだ――」

 

 制止するも、少女は凛花と同じように窓の外へと飛び出し、去っていった。

 一人呆然とたたずむ騎士の前に、階段から一人の少女が姿を現す。

 漆黒の長髪を乱れさせ、青白い肌を上気させて苦しげに荒く息をするその少女は

 

「…はぁ…はぁ…だい、じょぶ……ないと……?」

 

 もう一人の女友達、万馬殿安美だった。

 

「……いきなり、一人で行っちゃうから心配した…よ……っ」

「ああ、悪い……」

「――まったく、すぐに追いかけようとはしたが、クラスメイトの妨害が存外に強力でな。おかげで突破するのに苦労したぞ」

 

 ため息交じりに肩をすくめ、悪友こと飛鳥礼二も現れる。

 言葉を返そうとした騎士の視界に、見慣れた、だがここには無いはずの物が映った。

 

「なんで、これが……?」

 

 屈んで、廊下の端に置かれたそれを手に取る。

 

「ふむ……なあナイト」

 

 刃物で刻まれたような傷が無数に刻まれた廊下を眺め、礼二は僅かに眉をひそめて問いかけた。

 

「一体何があった?」

 

 その問いに、騎士は

 

「分からねえよ。なにもかもが……」

 

 途方に暮れて、立ち尽くすのだった。

 その手に、手提げ袋に入った弁当箱を持ちながら。

 

 ◇◇◇

 

 あれから、学校は当然のごとく授業を中止し、生徒は全員下校することとなった。

 騎士達が駆け付けた時には、すでに不審者は学校から脱出していたという事にしたので、騎士達は腹黒おっぱいからのほほんと心を抉る叱責を受けた後、皆と同じく下校できた。

 

 そして今、騎士は一人かつて自宅のあった場所に来ていた。

 最後に見た時と同じように地面は抉られたままで、夕日に照らされ赤く染まる周囲には、森と林以外何も無い。誰もいない郊外の空間。自分の日常が最初に狂いだしたこの場所こそ、これからすることには最もふさわしい。

 

 影で表情の見えない顔で、彼は呼びかけた。

 

「いるんだろう?……シャロ」

 

 周りには誰もいない。誰の影も、形も見えない。だが、その笑い声は高らかに響いた。

 

「ああいるともさ騎士クン!そして待っていたよこの時を!」

 

 歓声とともに、目の前の景色がぶれ、満面の笑みを浮かべた黄色の猫人形が現れる。

 

「このチェシャロックを呼ぶ時を!さあさあ早く問いかけてくれ。そして聞いてくれ!」

 

 涎を垂らさんばかりに興奮し、中空をハイテンションで踊りまわる。

 

「ああ今からユーが新たな知識で何をするのか。何をもたらしてくれるのか楽しみでならないよ!――だから、さあ問うがいい!」

 

 笑う猫の誘惑に、騎士はその瞳を向けた。

 そこにあるのは、決意。自らの友のため、戦う事を選んだ男の燃えるような覚悟だった。

 

「教えろ。マリアネットとは何か、俺は何に巻き込まれたのか。この狂った人形劇のあらすじを!」

 

 猫が――笑った。

 

「かしこまりました。歓迎するよ、騎士クン」

 

 そして、騎士の意識は歓喜に光るガラスの瞳の中に吸い込まれた。

 

 ◇◇◇

 

 気がつくと、騎士は闇の中にいた。

 あたりを見回すも、周囲は全て一筋の光すら無い無明の闇黒。夜よりも深い黒の中、騎士がチェシャロックを呼ぼうとした瞬間

 

「レッディーーーーースエーーンジェントルメン!」

 

 高らかな猫の声とともに、目の前に眩い光が溢れ、スポットライトに照らされた、赤い垂れ幕が下ろされた舞台が出現した。

 

「ニャあニャあ騎士クンようこそミーの宮殿へ」

 

 突然の事に呆然とする騎士の前に、相も変わらず慇懃無礼な口調でチェシャロックが現れる。その姿はなぜかタキシードに蝶ネクタイ。ネコミミの間にはシルクハットを被っていた。

 

「どこだよ……ここは……」

「ミーの中さ」

「中、だと?」

「ああ。正確にはユーの精神をミーの精神の中に招き入れた。そしてここは言うなれば精神の宮殿だ!」

 

 翼のように両腕を広げて言うと、どこからか拍手と歓声が響く。

 

「ああただの演出だから気にしないでくれ。こういうのは派手な方がいい」

 

 クスクス笑って肩をすくめる猫に、騎士は苛立たしげに言った。

 

「なあおい、俺は無駄話を聞きに来た訳じゃねえぞ」

「ああすまない!ミーとしたことが初めて人を招いたから少々舞い上がってしまったようだ。許してニャン♪」

 

 大仰に慌てるその姿に、危うくキレそうになるも何とか堪える。

 

「……ふむ、ああとなるとユーはミーの初めての男ということになるのか。実に何ともエロスな響きで大変興味深――っとああすまないまた無駄話をしてしまったよ」

 

 射殺さんばかりの騎士の瞳に気付き、話を切り上げて舞台の横に移動した。

 

「それでは、そろそろ人形劇の序章、そのダイジェストを始めようか」

 

 その言葉と共に、虚空からポンと軽い音を立ててポップコーンの入った大きなカップが現れた。目の前に出現したそれを騎士が落下する前に慌ててキャッチしたのを確認し、チェシャロックは騎士に向かって恭しく一礼する。

 

「これなるは狂った人形劇の最初の一幕。どうぞ心ゆくまでお楽しみ下さい」

 

 開幕のベルが鳴り、舞台の幕が、今開いた。

 

 ◇◇◇

 

 舞台の上には、スポットライトを浴びる一体の人形がいた。デフォルメされた四頭身のそれは、白糸の様な髪の美しい少女。

 

 そして、舞台に猫の声が響いた。

 

『ある所に、一人のそれはそれは美しい少女がいました。彼女の名はゼペット。生まれる前からその誕生を予言され、その生涯すらも予言書に記されていたという少女は、その類いまれな人形作りの才能によって、わずか十歳で『傀儡王』の称号を得た世界最高の人形師でした』

 

 ゼペットを模した人形が誇らしげに胸を張る。

 

『そんな彼女はある日、誰も見たことの無いような人形を作り出します。それは魔術理論と生体工学、そして様々な禁断の技術を使って作られた、それまでの魔術の常識のほとんどを塗り替えるようなオーバーテクノロジーというべき魔導人形の最高峰。その十三体の人形達の名は――《マリアネット》』

 

 瞬間、ゼペットの背後に新たにスポットライトが当てられ。三つの人形が現れる。ひとつは紫銀。一つは黄金。一つは蒼水。他にも何体かいるようだが、闇の中に隠れてその姿を見ることはできない。

 

『強く美しく主に絶対の忠誠を誓う彼女達と共に、ゼペットは世界中を旅し、楽しい日々を過ごしていました――ですが、それはある日突然に終わりを告げます』

 

 突如、舞台上が真っ赤に染まり、炎が燃え上がった。

 

『去年のクリスマスイブ。皮肉にも聖なる夜に、恐るべき二人の王が我らに戦いを挑んだのです』

 

 そして。舞台上に新たな二体の人形が現れた。

 

『一人はマリアネットを狙う稀代の収集家《蒐集王》ジーヴァス』

 

 スポットライトに照らされたのは髭を蓄えた老人。好々爺然としていながらも、その瞳は狩人のごとく爛々とした輝きを放っている。

 

『もう一人は史上最低にして最弱と謳われし変態紳士《害蟲王(コックロード)》』

 

 新たに照らされたのは漆黒のロングコートを纏った長身の男、その顔は影になって見えないが、不思議と見ているだけで生理的嫌悪を感じる男だ。

 

『彼らとの戦いは、第一番機を除く全てのマリアネットが投入された三つ巴の大戦争でした。ですが、凄まじい戦禍と大破壊の果てに、ついに我らは『蒐集王』を斃し、『害蟲王』を撃退したのです』

 

 二体を照らしていたスポットライトが消え、二人の王はその姿を消す。

 

『喜びにわく私達ですが、本当の悲劇はその後に起きました』

 

 その言葉と共に、ゼペットの人形が、突如胸から血を流して崩れ落ちた。

 

『ゼペットが、殺されてしまったのです。それを行ったのはあろうことかマリアネットでした』

 

 倒れたゼペットの前に一体の人形が佇む。その紫銀の人形は

 

『その名は第十三番機《カラクレア》。シリーズ最後の人形でした。彼女はゼペットを殺して逃げ、後には主を喪った哀れな人形達が残されました』

 

 二人を照らすスポットライトが消える。舞台には、黄金と蒼水の人形だけが虚ろに立ち尽くしていた。

 

『彼女達は途方にくれました。操り主を喪った今、これから何をするべきか、何をしたいのか、彼女達には何も分からなかったのです。なぜならば』

 

 そこで、スポットライトが全て消え、舞台は闇に包まれた。

 

『彼女達には――心が無いのだから』

 

 再びスポットライトがつく。舞台では、蒼と金の二つの人形が崩れ落ちていた。

 

『考えることはできる。感情もある。しかしそのAI回路には、これがしたいという願い、あれを成したいという意志が無かったのです。そんな彼女たちが従い、自らの意志の代わりとしたのが『マリアネット・コード』と呼ばれるプログラムでした。それはゼペットがマリアネットに下した最上位命令にして、マリアネットのAIプログラムの根幹を成す最大のブラックボックス。その内容は、『正義』『忠誠心』『支配欲』などの感情データです。彼女らはそれぞれのマリアネット・コードに従い、それを己の存在理由として生きてきました。『正義』のコードを与えられた者は、輝く正義の化身として悪と戦い。『忠義』のコードを与えられた者は、その全てを以ってゼペットを守護し仕えました。『マリアネット・コード』とはいわば彼女らを動かす操り糸。作られた本能。ゼペットが与えた配役。製造時に最上位命令としてゼペットへの絶対服従と共に設定され、絶対厳守であるこれに逆らえば自壊するという強制力を持っています。故に、これがある限りは、彼女達はなにも考える事の無い、ただ設定されたコードに従うだけの人形でいられました。ですがゼペットが死んだ時、まるで連動するかのように、全ての人形からマリアネット・コードの強制力が消失したのです』

 

 舞台の上では、今だ崩れ落ちた人形が横たわっている。

 

『存在理由として設定されたゼペットへの絶対服従とコードの絶対厳守。自分達を縛っていた二つの最上位命令を無くした人形達は絶望しました。主とコード、従わなければならなかった物から解き放たれ自由になったものの、これから何をしようにもそれを決める意志が無く、貫くべき自分も無い空っぽの人形達。そんな彼女達は、その後大きく二つに分かれました』

 

 スポットライトが消え、すぐさま再び点灯する。それを浴びるのは、光を浴びて輝き立つ黄金人形。

 

『一つは、強制力が失われ従う必要がなくなったはずのマリアネット・コードを頑なに守り、遂行しようとする者』

 

 新たなスポットライトがつき、照らされたのは蒼水の人形。

 

『もう一つは、空っぽの自分を満たす何かを求める者』

 

 二つの光が舞台を照らして、その下の二体の人形は、それぞれが違う方向を向くと、駆け出して舞台の上から消えた。

 

『彼女達はそれぞれの虚ろを抱えたまま、各々の虚ろを埋めるべく行動を開始しました。

 かくて序章は終わり、彼女達の希望と絶望が織り成す、糸の切れた狂った人形劇が幕を開けたのです!』

 

 高らかな声とともに真紅の幕が下りる。

 どこからか響く鳴りやまぬ拍手と口笛の中、幕は完全に下り、舞台は終わりを迎えた。

 それを見届けた騎士も、一応は拍手をしてやる。

 

「ご清聴いただき誠にありがとうございます」

 

 そして猫が恭しく一礼した。

 

「……で、どうだったかな騎士君、楽しんでいただけたかい?」

「まあ大体の事情は分かったよ」

「それはよかった!これで説明下手なんて言われたらミーは思わず死んでしまいたくニャるからね」

「……一つ、聞いていいか?」

「なんだい?」

「あの変態――カラクレア、だっけか……アイツのマリアネット・コードは……」

「ああ。御察しの通り『悪意』だよ」

「……なら、凛花のコードは……」

 

 その質問に、猫は、その歯を剥き出した口を吊り上げ答えた。

 

「彼女は、ある意味では最も哀れな存在だ。彼女が失ったモノ、その『マリアネット・コード』は――」

 

 ◇◇◇

 

 騎士が自宅の扉を開けた時、最初に目にしたのはリビングのソファーに寝転がって煎餅を齧る――かつてはカラクレアと呼ばれた少女の姿だった。

 

「おかえりナイト。随分と遅いお帰りね」

「ああ。お喋り猫の長話を心ゆくまで聞いてたからな」

「お喋り猫……?ああ、あの娘ね。姿を見ないと思ったらあなたに絡んでいたの。何を聞いたか知らないけど気をつけなさい。あれは知識のためなら何でもやる破綻者。どうせ碌でもない事を考えているから付き合うのはほどほどにね」

「カラクレア、でいいんだよな」

 

 そう呼んだ瞬間、彼女の動きがぴたりと止まった。

 

「へえ。あいつそんなことまで喋ったの。相変わらず人のプライバシーとか完全無視のクソ猫ね」

「それから『マリアネット・コード』のことも聞いたよ。お前が何故そうなのかもな……」

「何故、って……?」

 

 その声から、感情が消えた。

 

「『悪意』それがお前が与えられたコードなんだろ。だからお前は、ゼペットを殺したんじゃないのか?」

 

 猫の言葉が蘇る。

 

 ――ミー達のAIプログラムには、製作時に二つの最上位命令が存在理由として設定されている。一つは製作者であるゼペットへの絶対服従。そしてもう一つはマリアネット・コードの絶対厳守。これら二つには強制力があり、これに逆らった場合、自壊するようになっていたんだよ。

 

 

 マリアネット・コードとはマリアネットを縛る操り糸。作られた本能。そうあるようにと与えられた配役。故に、マリアネットは絶対にそれしか出来ないし、それ以外にはなれない。

 故に彼女は『絶対悪』。それは伊達でも酔狂でも無く、ただの変えられぬ事実である。

 ならば

 

 ――なぜカラクレアはゼペットを殺したのか。我々の間でもそれなりの議論が交わされた。そして一つの仮説が生まれたんだ。

 

「もし仮に、マリアネット・コードが暴走したらどうだ」

「…………」

「《悪意》が、存在理由に設定されたゼペットに対する服従命令を超えるほど膨れ上がったのなら、お前にとって最大の禁忌であるゼペット殺しをすることに躊躇いは無かったはずだ。いやむしろ抑えきれなかったはずだ。それがお前の全てであるコードの命令だったんだからな」

「…………」

「それでお前はゼペットを殺し、自分の存在理由に従って、自分の存在理由を否定した。そして――空っぽになった」

 

語りながら、思う。

何だそれは、と。そんな理不尽があるものか、と。

 

「だからお前は今でも悪を続けてるんだろ。自分の空虚を悪で得た快楽で埋めるために」

 

だったらこいつは、なんと、哀れで虚ろな――人形なんだ……と。

 

「――――ッ!!」

 

 小さく震えたその少女に、手を差し伸べる。

 

「おまえもあいつと、凛花と同じだ。だったら、俺がその空っぽを埋めてやる!何をすればいいのか分かんねえけど、できることなら何でもしてやる!だからッ――」

 

「……ねえナイト」

 

 この瞬間、騎士は

 

「死んでみる?」

 

 死んだ。

 

 頭を潰され腕をちぎられ脚をむしられ瞳を抉られ舌を抜かれ腹を切られて中身を掻き出され死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで

 

「うあああああああああああああああああああッ!?」

 

 そして己の絶叫を聞いて、自分が生きていた事を思い出した。

 滝のような汗が流れる。心臓が狂ったリズムを打ちまくる。恐怖が、それだけで己が死んだと錯覚させられた殺気が、全身を凍結させた。

 

 それを放った少女がゆらりと立ち上がり、立ちつくす騎士に歩み寄り、語りかける。

 感情の無い、人形のような声で。表情の無い、人形のような顔で。

 

「……わたし、あなたのことが好きよ」

 

 白く冷たい、彼女の指が、頬に触れた。

 動くことなどできない、動けば死ぬと感じたから。

 

「……ええ本当に好き。大好き。愛しているわナイト」

 

 そう語る彼女の瞳に、光は無かった。

 そこにあるのは、穴。何処までも深く底の見えない無明の深淵。その中には一切のぬくもりは無い、在るのは凍えるような殺意と、氷のような憤怒。

 

「だから、ねえ。もうなにもしゃべらないで。でないとわたし……」

 

 その白い、蜘蛛のような指が、頬を撫で、騎士の首に、回された。

 

「あなたを、殺しちゃう」

 

 そして騎士は、意識を失った。

 

 全てが闇に閉ざされていく。

 静寂に墜ちてゆく世界の中で、彼は最後に、彼女の虚ろな声を聞いた。

 

「ちがうわたしは人形じゃない。わたしはわたしになりたいからマスターを殺して、わたしがのぞむからわるいことをするんだ。わたしはカラクレアなんてなまえじゃないわたしは――」

 

 全てが、消えた。

  

 




タイトルに極悪と付けている以上、中途半端なゲスッぷりじゃあいけないと思うんだ。うん。

はい言い訳終了。
無駄に長くてなおかつ重くて書いてるこっちが疲れました。はいそうですバトル回と説明回を一気にやろうとした私が悪いのです。ここまで読んで下さった全ての読者様に土下座を捧げます。
ラストはこんなだけど次回はラブコメ回ですよ。そして例によってまた長くなります。うん、終わったら息抜きにゾンビを書こうそうしよう。

では次の投稿で会いましょう。でわ
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