・・・務は・・・敗!繰り・・す!任務は失敗!
セラフ各・・・は即・・・撤・・・せよ!
「あ、あぁ、なんで・・・なんで・・・!」
「いやぁぁぁぁァ!こないで!くるなぁぁぁっ!」
「たすけて・・・たすけてよ!誰かぁっ!」
「死にたくない・・・死んでたまるか!」
「部隊長・・・助けてよぉっ!」
繰り返される撤退命令と、叫び続ける部隊員。わたしは、手を出せなかった。動けなかった。後ずさることしか、できなかった。
呼吸ができなかった。目の前で繰り広げられる、凄惨な情景に、わたしは、呼吸をすることさえ、忘れていたのです。
「蒼井ー?おーい、蒼井ー?またぽかーんとしてるのかー?蒼井ー?」
「はっ!」
また、昔のことを思い出していた。掌にはじっとりと汗が滲んでいる。背筋を滑る冷や汗に、思わずぞくりとしてしまった。
「すみません、なんでもないんです。ちょっと、考え事をしていまして・・・」
「考え事って言ったって・・・顔色悪いよ?なぁユッキー?」
「いや、私に振るなよ・・・少し汗ばんではいるけど、普通じゃないか?」
「いーや、絶対どっか調子悪い。と言うわけで、今日は解散!体調すぐれない時にやっても、楽しくないからなー!」
「えぇ・・・お前が集めたんだろ、月歌。」
「てへぺりんこ!」
「てへぺりんこ!じゃねーよ。まぁ、いいや。それじゃ、あたしたちは先に部屋戻ってるから。」
「うん!悪いな。」
「いつものことだろ、お前が唐突なこと言い出すなんて。」
じゃーな、と言いながら、和泉さんたち・・・茅森さんを除く31Aは、スタジオを後にした。静かな部屋に、わたしと茅森さんだけが残る。
「ねぇ、蒼井。ちょっとだけ、散歩しようぜ。」
わたしは、額に浮かぶ冷や汗を拭いながら、わかりました。と言って、先に歩き出した彼女の背中を追った。
「さっきの考え事ってさ、前の部隊の時の話?」
がこん!と、自販機が鳴る。茅森さんの手には、ブラックコーヒーが2本、握られていた。キリッとした目で、どこか柔らかい視線が、蒼井の目を射抜きます。
「茅森さんには、わかっちゃいますか?」
「いや、なんとなく。ぽけーっとしてるのはよくあるけど、今回みたいに汗かかないじゃん、いつもは。呼吸もちょっと浅かったから、そうなる原因って言ったら、それかなぁ。って思って。」
「さすがですね・・・」
彼女の言動は、いつもわたしのことを見透かしているような、蒼井が話し出すのを待ってくれているような気がしてしまいます。
「すこし、場所を変えませんか。」
彼女はわかった、と言って、青井の隣を歩いてくれました。
「ここなら、誰も来ないかな。」
蒼井は、なんとなしに葬儀場に足を運びました。道中、売店で花を買って。この頃は、訓練が忙しくてあまり来れていなかったから。
「蒼井、ここって・・・」
「はい。お墓です。今の・・・31Bに所属する前の、蒼井の部隊員のお墓です。」
蒼井はそれぞれの五つの墓標の前に花を供えて、黙祷を捧げました。茅森さんも、それに倣って黙祷をしてくれていました。
1分ほど黙祷した頃、蒼井は立ち上がって言いました。
「ベンチにいきましょうか。蒼井のお話、聞いてください。」
茅森さんは腰を上げて、いいよ、と笑ってくれた。
ベンチに腰掛けると、ぎし、ぎし、と、木の軋む音がしました。蒼井と茅森さんの距離は、ちょうど、人ひとり分くらいの隙間が空いています。
「蒼井の部隊には、蒼井を含めて、6人の部隊員が在籍していました。」
蒼井は、ゆっくりと息を吸ってから、話し始めました。
「一年前のあの日・・・ちょうど今日のような、空気の澄んだ夜でした。蒼井の部隊は、大規模な作戦に参加していました。作戦は滞りなく進んでいたんです。周囲のキャンサーもある程度は掃討していましたし、強力な個体も、2体だけ。デフレクタはだいぶ消費していましたが、帰投するまでは充分保つだろう、と手塚司令官に報告して、蒼井は周囲の警戒を行なっていました。するとそこに、1体のキャンサーが現れたのです。訓練では想定されていなかった事態に、蒼井はひどく混乱してしまいました。デフレクタも既定の半分程度でしたし、蒼井は攻撃に当たらないよう、じりじりと撤退しながら無線で部隊員に連絡を入れたんです。
『発見が遅れましたが、野営地から南西方向に敵影。小型のキャンサーのみですが、奇襲の可能性もあります。至急援護を』わたしがそう言っても、蒼井の言葉には誰も返事をしませんでした。いえ、出来なかったんです。ちょうどその時、新たな大型キャンサーが、私たちが野営していた盆地に向かって、攻撃をしてきていたのですから。」
「それって、つまり・・・」
事態を察したであろう茅森さんは、心配そうな瞳でこちらを覗き込む。
「はい。大型のキャンサーの一撃で、野営地はほとんど吹き飛びました。中で仮眠をとっていた隊員や、食事をとっていた先輩方の部隊も、咄嗟にセラフを展開していました。しかし、間に合わなかった人も中にはいたのでしょう。蒼井が野営地だった場所へ戻る頃には、そこは地獄のような様相が浮かんでいました。司令部も、超遠方にいたキャンサーのことを認識できておらず、周囲にいた、まばらなキャンサーたちが、野営地に向かって雪崩れ込んできていたんです。多くの訓練を積んでいたとしても、多くの実績を持っていたとしても、超遠方からの砲撃には、ほとんど無力でした。27系から1部隊、28系から3部隊、29系から2部隊、30系から1部隊。生き残ったのは、その中からわずか2人・・・いえ、3人だけでした。」
彼女の顔が、うっすらと恐怖に染まるように見えた。
「一瞬で、40人近くが・・・」
ごくりと、茅森さんが生唾を飲んだのが聞こえました。
「無事だったのは、蒼井を含めた3人だけでした。哨戒で、野営地から離れていたことが、不幸中の幸いだったのです。キャンサーをいなしながらたどり着いた野営地には、更に多くのキャンサーが居ました。蒼井が視認できただけでも、10体。その中で即応戦できる様子の部隊員は、居ませんでした。野営地だった場所では、致命傷を受けた部隊員たちの呻き声や悲鳴だけが木霊していました。蒼井は、その景色を見て、足が竦んでしまいました。百戦錬磨の先輩たちが、なす術もなくキャンサーに嬲られていたのです。足も思考も止まってしまって、動けない蒼井に、キャンサーからの攻撃が飛んできました。直撃する。そう思った攻撃は、蒼井に当たることはありませんでした。」
「蒼井、無理して話さなくても・・・」
「いいんです、茅森さん。」
蒼井は、茅森さんの静止を遮り、話を続けます。
「蒼井を助けてくれたのは、27部隊の先輩でした。27-Aの部隊長。蒼井のことをよく気にかけてくれた先輩でした。蒼井に向けられた触腕からの攻撃を捌き切った先輩は、蒼井と生き残ったもう一人・・・月城最中さんに、撤退の命令を下しました。」
「もなにゃんに・・・いや、もなにゃんって、セラフ部隊で最強なんだろ?なんで一緒に戦わなかったんだ?」
「現場の最高位の部隊長からの命令ですから。司令部からも撤退の命令が出ていましたし、何より、デフレクタに余裕のない後輩兵士2人の介護をしながら戦うなんて、不可能に近いと思ったのでしょう。蒼井と月城さんは食い下がりました。まだ戦えます。戦わせてください。と。ですが、先輩の言葉は単純でした。
『命令に従え。』
その一言で、蒼井と月城さんは引き下がるほかありませんでした。周囲では、もう戦える状態ではないと思えるほどの惨状だった隊員たちが、セラフを杖にして立ち上がっていました。蒼井たちに攻撃が伸びないように、全力で防御を行なってくれていました。
『皆の献身を、無駄にするな。お前たちだけなら、充分逃げ切れるはずだ。私たちは、ここでキャンサーたちを食い止める。お前たちには触腕一本触れさせない。後ろを振り返らず、帰投地点へと向かえ。』
ただまっすぐ、蒼井たちの目を見てそう言いました。蒼井たちは、皆さんの命を賭けた防勢に背を向けて走り出しました。先輩たちはボロボロになりながら、蒼井たちの背中を守ってくれました。『早く行け!』蒼井たちはその言葉に背中を押されました。背後からは、先輩たちの剣戟の音が、銃声が、悲鳴が、怒号が、肉の弾け飛ぶ音が、断続的に聞こえていました。帰投地点についた頃、先輩から通信が入りました。
『月城、セラフ部隊最強は今日からお前だ。えりか。お前の思慮深さで、後輩たちを守ってやってくれ。私は、最後に大物ぶっ殺したら、多分おしまいだ。指先の感覚も、だいぶ無くなってきた。視界も時折飛んじまう。これは、指揮官としての命令でも、先輩としての命令でもない。ただの友人としての願いだ。生き延びてくれ。それじゃあな!』
先輩はそう言い残して、通信をぶつりと切りました。乗り込んだヘリコプターの風切り音に紛れて、先輩の叫びが聞こえてきて、それが次第に聞こえなくなりました。蒼井と月城さんしかいないヘリコプターの座席は、とても辛くて。守りたかった人たちを、守れない自分の実力のなさに、蒼井は泣き続けました。」
「ちょっと待って、3人生き残ったんだろ?じゃあ、その先輩って・・・」
「はい。結論から言うと、生きています。いえ、生かされている、と言うのが正しい状態です。」
「・・・どういう、こと?」
「ここには、通常の医療棟の他に、特別医療棟なるものがあるんです。怪我や病気では通常病棟、PTSDやパニック障害、なんらかの事情で戦線に復帰できない隊員が入院することになる、特別医療棟。特別医療棟では、入院者はいくつかの選択肢を用意されます。退役して研究所づとめになるか、司令部として働くか。もしくは、なんとしてでも戦線に復帰するか。本来であれば、この選択を終えたのちに適切な治療やケアを受けて、復帰すると言う流れになっています。」
「じゃあ、その先輩っていうのは教官職とかに・・・」
「なってないんです。先輩は、意識を失った状態で基地に到着したまま、目覚める様子はありません。生命維持装置に繋がれて、ただ眠っているんです」
痛いほどの沈黙が、葬儀場を満たします。所在なさげにしていた茅森さんの左手が、蒼井の指先に少し、絡まりました。
「辛いこと、思い出させてごめん。」
叱られて泣きそうな子供のような、弱々しい声。いつも溌剌とした茅森さんからは想像もできない声だった。蒼井は茅森さんの手を優しく握り返します。
「聞いて欲しかったんです。きっと、誰かに。誰かに話すことで、胸の底の澱を、受け止めて欲しかったんだと思います。茅森さん。聞いてくれて、ありがとうございました。少し、気持ちが落ち着いたような気がします。」
「・・・うん。」
彼女は綺麗な目を伏せたまま、ゆっくりと立ち上がりました。
「帰りましょうか。」
「うん。」
茅森さんの手のひらの暖かさを感じながら、蒼井たちは寮へと歩みを進めました。
部屋の前で別れるまで繋いでいた彼女の掌の温もりを感じながら、蒼井はひさしぶりに深い眠りに落ちることができたのです。