ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ。
一定のリズムで、甲高い電子音が部屋に響く。
私は、重い瞼を持ち上げながら、ゆっくりと体を起こそうとした。
動けない。前回の作戦行動で中々な深手を負ったことは覚えていたものの、それらしい痛みが体にあるわけでもない。身動きが取れない状況に困惑しつつ、首を少しもたげて、周囲の状況を確認した。
「あぁ、医療棟か。」
掠れた声が、暗い部屋にじんわり溶けていく。私は動きが鈍い左手をゆっくりと動かしながら、枕元に置いてあるナースコールを鳴らした。
数分して、看護師らしき人がやってくる。パタパタと急いで入室したと思ったら、驚いた顔をしながら、「少々お待ちください」と言って、部屋を飛び出してしまった。状況を聞きたかったんだけどなぁと思いつつ、看護師さんが帰ってくるのを待っていると、カツカツと、聞き慣れた軍靴の足音が聞こえた。
「久しぶりね、葉月さん。」
「あぁ、3日ぶりですね。手塚司令官。」
「いいえ、正確には300日ぶりよ。随分長い間睡眠だったわね。」
私の頭には、クエスチョンマークが浮かんだ。作戦行動を開始したのは2日前だ。そして、昨日大隊が壊滅し、私は残りの2人を安全に撤退させるために殿を務めた。無事に2人が帰投用のヘリに着いた頃に、残りの大物を一頭討伐して、そこで私は力尽きて・・・
「司令官、ちょっと聞きたいことが。」
「何かしら?」
「電子軍人手帳の日付が私の記憶している年月日より一年近くずれているのですが、こちらの手帳は特に問題なく?」
「ええ。私の電子軍人手帳、並びに病棟内のコンピュータでも同日を指すわ。」
なるほど、と私は納得した。一年近く経過しているのであれば、傷はすっかりと消えるだろう。なんなら、一年近く経過しているせいで、私の体が動かないのだろう。恐ろしいほどに筋力が低下してしまっている。
「貴女が中々目を覚さなかった理由なのだけれど、何となく予想はつくかしら。あれほど無茶は禁物と言ったはずなのだけれど。」
「なるほど、色々と合点がいった・・・。あの時私は、セラフの使いすぎて脳に過負荷がかかっている状態でした。そこに異常なまでの運動量、肉体の損傷が重なることで、今までなにをしても回復しなかった・・・と言うような形でしょうか。」
「ええ。幸い、こうして意識が戻ったのだから、よかったのでしょう。他の皆は残念でしたが、貴女が戦線に復帰できるのなら百人力ね。しばらくはリハビリに専念してもらいます。今夜は夜も遅いし、待機しておいて。」
「了解。」
かつかつと、リノリウムを鳴らしながら手塚は帰っていった。病室の窓から見える夜月を見ながら、私は手塚の言葉を思い出していた。
「みんなは残念だった、か。」
それはつまり、あの場に残ったもの全てが殉職したことを示している。
寝付けるわけもない。先ほどまで意識はなかったし、仲間たちの訃報を聞いて平然とできるほど壊れちゃいない。
私はキツく瞼を閉じ、夜が過ぎるのを待ち続けた。
リハビリを始めてから、二ヶ月ほどが経過した。延命治療の最中で電気信号を各部位に送ってくれていたらしく、全盛期の動きとは言わないが、ある程度の動きまでは可能になった。無論、動くたびに関節は軋み、筋肉が悲鳴を上げてはいるのだが。
「きっつい・・・」
リハビリを終えた私は、病室のベットに倒れ込んだ。
「お疲れ様。それにしても、なかなかの回復速度ね。常人ならまだ掴まり立ち程度しかできていないでしょう。あなたの体質のおかげなのかしら。」
「そーですね。筋肉つきやすい上に、筋肉量が一般人と違いますから。作りがそもそも違うんじゃないですかね。まぁ、いつ目覚めるかわからない私の筋肉に電気信号送ってくれてたのも大きいと思いますよ。でなけりゃ、さすがに動けてないと思います。」
いてて、と声を漏らしながらベッドに仰向けになった。
「ところで、手塚司令官。」
「何かしら。」
「私の仲間たちの墓標、ちゃんとある?」
「えぇ。あの作戦で戦死した39名の墓標はあるわ。もし良ければ、連れていきましょうか?」
「いや、自分でいける。花と...私の部屋にある煙草だけ、用意しておいてくれれば、それでいい。」
「そう。灰皿はしっかり持っていくようにね。献花は受付に渡しておくから、受け取っておいてね。」
そう言うと、手塚は踵を返して司令官室へと向かっていった。私は喪服に着替えて松葉杖をつきながら病室を出た。花束と、横に置かれた煙草を受け取り、葬儀場の横にある墓地へと向かった。
道中、七瀬と会った。一年ぶりの再会だと言うのに、あまりにそっけなかった。死線をくぐり抜けた私に、お久しぶりです。の一言だけしかかけないのだから、まあ、少し急いでいたようだし、仕方がないが。
松葉杖は慣れないものだ。いつもだったら数分で着く葬儀場の裏手に来るのに、10分以上かかってしまった。私は部隊の数だけもらった小さな花束をそれぞれの墓石の前に置いて、自分の所属していた部隊の墓石の前に座った。
「・・・」
言葉が出なかった。数ヶ月前までは私と共にいた仲間たちだ。残念だった、と言われていたから覚悟はしていたが、やはりどこかで諦めがついていなかったのだろうな、と思う。墓標に彫られた仲間たちの名前をなぞると、薄らと埃が溜まっているのが見えた。
「来るの、遅くなっちゃったな。ごめん。」
私は一人一人の名前をゆっくりとなぞる。冷たい墓石の感触に、少しだけ目頭が熱くなった。
「もう、同い年じゃいられなくなっちまったなぁ。お前らは19歳で止まって、私は気づいたら21歳だよ。作戦終わったら、誕生日と同時に飲もうぜ、なんて言ってたのにさ。おまえらがどんな酒飲むのかな、とか、おまえらがタバコ吸ってみたい、とか言うからさ、配給部隊に無理言って頼んでたんだぜ。一人で飲まなくていいんだ、一人で煙草吸うのも減るなぁ、なんて、ちょっと楽しみだったんだよ。杏子はカルーアミルクかなぁ、とか、飛鳥は日本酒好きかなぁ、とか。響子はワインとか好きそうだなぁ、とか、夜鷹は下戸っぽいな、とか、瑠奈は何でも飲めそうだなぁってさ。みんなでどんちゃん騒ぎした後、私が一服に誘うんだよ。それで、みんなで吸って一口目で咽せて、『葉月、お前よくこんなの吸ってるな』って、みんなして私をなじるんだ。って、そんなふうに、ずっと日常が続くと思ってた。」
私は新品の煙草の封を切って、みんなの分の煙草に火をつけていく。
全ての墓前に供えた後、自分用の煙草に火をつけた。ゆっくりと息を吸い、馴染ませ、ゆるりと紫煙が口から抜ける。
「どうだ、まずいだろ。ほら、言えよ。『こんな不味いもん吸えるか!』って、言ってくれよ。」
ぽたぽたと、頰をつたって涙が地面に落ちていく。
「なぁ、言ってくれよ・・・」
私の言葉は、虚しく響くだけだった。
ひとり、ぽつんと立つ五つの墓標の前で、さめざめと泣いた。