宇宙開発企業なんですけど!?   作:明田川

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第八十七話 掌握

「おお、圧巻だな!」

 

「有人区画から外には出ないで下さいよ?」

 

捕獲作戦の決行と同時期に宇宙港へと来ていたのは秋津島の社長と秘書であり、今は試作艦の視察を行っていた。多忙を極めるために今まで内部を見ることが出来ていなかった彼らは、社員に案内されつつ艦内を探訪していた。

 

「こんなことをしていて、本当に良いんですか?」

 

「あと1日丸ごと残ってるんだぞ、多少の空き時間は有効に使わないとな」

 

試作艦の有人区画はその大きさに比べて歩き回れる場所というのは少なく、大抵は生命維持と管制のための機材が詰め込まれている。特に艦内の温度上昇は危惧すべき問題であり、冷却や断熱に関してはかなり気が使われている。

 

「それにBETA由来のG元素がどんな影響を与えるか分からん、準備が出来次第サッサと地上に帰って貰わないとな」

 

「帰る前に見て回ろうって算段ですか…」

 

「いい考えだろ、まあ有人区画は狭いし直ぐに終わるさ」

 

もう既に大体の箇所は見終わっており、今は最後に艦の司令室にお邪魔していた。試作艦は入念な船体のチェックが終わるのを待っている状態で、皆は休憩中といった雰囲気だ。

 

「何事もなければ大丈夫さ、そのために何重もの対策をして来たんだからな」

 

着陸ユニットを受け入れる専用のステーションは既に稼働中であり、何かあればブースターに火を入れて地球の重力圏から離れるという力の入れようだ。それに作戦行動中の艦隊は張り巡らされた衛星ネットワークと接続し、全てのことは常に共有されている。トラブルが発生しようとも、すぐさま把握して対処が可能だ。

 

「通信機の件は少々気掛かりだが、この短時間で全て解析されるなんてヤワなシステムじゃあないんでね」

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

「前から言ってるだろ、量子コンピュータでも無けりゃ突破は不可能さ」

 

司令室も見た、見学もこれで終わりだろう。そう思って案内してくれた社員に礼を言い、船を出ようとすると急に慌ただしい雰囲気が漂い始めた。

 

「何かあったのか?」

 

「先程からあかつきのメインコンピュータとの接続が急に悪くなりまして、何かしらの負荷がかかっているものかと」

 

「負荷って、作戦中に大規模なシミュでもぶん回す馬鹿でも居たのか」

 

司令部も同様の症状に悩まされているに違いない、そう思って通信士が連絡を取ろうとしたが応答がない。

 

「…あの、司令部からの応答がありません」

 

「有線通信だぞ、逆にどうやったら通じなくなるんだ」

 

「太陽風の予報はありませんでしたよね、大規模なシステムトラブルでしょうか?」

 

誰も原因が分からない、しかし誰もが冷や汗をかいていた。特に社長は身体中の毛が逆立つような寒気に襲われ、このシステム障害がそう生優しいものではないことを感じ取った。今までの妨害工作と同じ気配がする、彼にはそう感じられた。

 

「…起動待機中のML機関を完全に停止させろ、その後点火装置と無人区画全ての電源落とせ」

 

「は、はい?」

 

「その後メインシステムも落として外部との通信を遮断、非常電源に切り替えて待機だ」

 

「その工程を経た場合、全く動けなくなりますが」

 

社員の一人がそう聞くが、あくまで確認といった様子だ。社長を疑うつもりは毛頭なく、いつでも命令を出せと言わんばかりに真っ直ぐ目を合わせている。

 

「いいんだ、やってくれ」

 

「聞いた通りだ、緊急停止手順実行!」

 

ML機関にG元素を投入するためのアームが格納され、炉の蓋が閉じる。元気に働いていた無人外骨格も動きを止め、有人区画は赤色の非常灯に照明が切り替わる。

 

「無人区画の稼働停止を確認、G元素格納庫及びML機関の安全装置は正常に稼働」

 

「当艦隷下の無人機は全て停止、気圧区画及び無気圧区画の全隔壁閉鎖」

 

「メインシステムも停止させる、これで…」

 

明らかに重要そうなレバーを下げようとした瞬間、閉じたばかりの隔壁がもう一度開かれた。誰もそのような操作は行なっていない、ただ待機していただけだ。

 

「閉じた隔壁が上がっています」

 

「…何故だ?」

 

船員達が困惑しつつも現状を把握しようとするが、全てが謎だ。試作艦の艦長がレバーを下すのを止めたのは、メインシステムを止めれば開いたままの隔壁を閉じることが出来なくなるからだ。

 

「不明です、操作手順は間違っていない筈ですが」

 

「すぐに閉じるんだ、今は船を守るラザフォード場がない以上デブリの危険性は十分にある」

 

しかし船は操作を受け付けない、先程行った手順を実行したとしても見たことがないエラーが表示されるだけだ。

 

「社長、これは一体」

 

「いいから、システムを止めてくれ」

 

「ですが隔壁が」

 

「隔壁だけが勝手に動くと思うのか、次は何が動き出すか…」

 

司令室の照明が再度点灯し、非常灯が切れる。普段通りにディスプレイが情報を表示し始め、全て一人でに動作を再開した。

 

「緊急停止を行なった筈だぞ、何故動ける!」

 

「だから言っただろ!」

 

ML機関の安全装置が次々と解除され始め、一部の人間しか知り得ない筈の起動コードも即座に入力された。格納庫からG元素が運ばれ、投入されるのは時間の問題だろう。

 

「ML機関に予備電源から電力が供給されています、無人機の管制も完全に制御不能…乗っ取られてます!」

 

停止用のレバーを下げるが反応が無い、完全に対処できる範疇を超えてしまった。

 

「無人機が勝手に動くとなると、隔壁が全て開いたのはそう言うことか」

 

「外骨格が雪崩れ込んで来ますよ!対デブリ装甲のお陰で小銃でも歯が立たないのに!」

 

何処からこの船を操っているのか、そのことに関して船員の誰もが疑問に思っていた。その中で社長は壁を蹴って重力のない管制室の中を飛び、社員の一人に近寄った。

 

「有線通信はどうなってる」

 

「接続は不明瞭なままで…」

 

「本当かな」

 

最初から起きることを知っていたかのような彼は、社員の手首を握って席を立たせようとする。しかし腕を掴まれた社員は即座に拳銃を抜き、数発発破した。

 

「撃った!?」

 

「社長ォ!」

 

発砲音が管制室に響くが、分厚い宇宙服が弾丸を阻んでくれていた。社長は背中の個人用推進器を使って加速、彼と共に身体を壁にぶつけた。

 

「悪い!」

 

宇宙服を着ている人間は重いもので、狭い管制室で加速も充分ではなかったとはいえ銃撃犯は骨を折っていた。社長も無理矢理突っ込んだために無傷ではなく、額から血を流していた。

 

「俺まで痛ってぇ…畜生…」

 

「何をしてるんです!」

 

一連の行動に誰もがついていけなかったが、秘書は真っ先に彼へと駆け寄っていた。護身用にと持たされていた拳銃を既に抜いており、衝撃で目を回した銃撃犯にトドメを刺しかねない勢いだ。

 

「俺はいいから、アイツを縛ってやれ」

 

「…貴方にはさっきから何が見えているんです、私には分かりませんよ」

 

「俺にも分からん、実は今も見えてるのが未来か過去か理解出来なくてな」

 

彼の能力は単なる技術チートと呼ばれるような生優しい物ではない、そう語ったのはいつのことだっただろうか。現在と過去と未来、その全ては単なる情報だ。

 

「はい?」

 

「記憶が混乱してる、見過ぎたらしい」

 

「だからその、何をです?」

 

「因果を通じた記憶の流入だよ、流し込まれる側はたまったもんじゃねぇな」

 

原作において記憶というのは他の世界に流出と流入が行われる情報の一つであり、それが多くの問題を発生させる原因となっていた。今回起きたのは未来の記憶の流入であり、彼の能力が持つ権限の範疇を超えた現象だ。

 

「だから何を言ってるのか分かりませんって!」

 

「…大丈夫だ、順を追って説明するさ」

 

混乱する頭をどうにか落ち着かせ、弾丸を受け止めたことでひび割れたヘルメットを投げ捨てる。彼は心配そうな顔をする社員達に向けて引き攣った笑みを見せつつ、集合とだけ叫んだ。

 

「未曾有の事態だが、俺達に宇宙で解決できない問題はない!」

 

流れる血を拭い、少し冴えてきた頭で言葉を紡ぐ。

 

「この現状を打破し船を取り戻す、いいな!」

 

反撃開始だ。




流星の立ち絵です。

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