宇宙開発企業なんですけど!?   作:明田川

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第八十八話 恭順派

秋津島開発の衛星ネットワークが突如攻撃を受け、キリスト教恭順派を名乗る組織からの犯行声明が地球全土で放送された。

 

「…なんだこれ」

 

「この動画止められないぞ」

 

民間人にも端末が広く普及していたことが仇となり、混乱は加速度的に広まっていく。宇宙との通信が途絶えた地上はこの状況に対処する方法がなく、ただ目の前の事実に対して立ち尽くすことしか出来ない。

 

「BETA、これが?」

 

放送された動画には民間人に対して伏せられていたBETAの姿が収められ、他には人類はBETAの手により死ぬべきだという彼らの思想が延々と語られていた。

 

「見るんじゃない、子供から端末を取り上げろ!」

 

 

犯行声明は試作艦のディスプレイにも表示され、社員達の度肝を抜いた。社長も何やら考え込んでいるようで、脱いだヘルメットを抱えながら唸っている。

 

「…恭順派がこんなことを出来る筈がない」

 

そう言ったのは社長であり、記憶の整理をしながら話を始めた。

 

「確かにあのカルト宗教の規模では、ネットワークの掌握など土台無理な話ですね」

 

「だが他の勢力とも思えない、こんなことをして得をする国は無いからな」

 

アメリカも前回の事件以降、過激な組織は粗方力を失った。今はBETAの脅威に対してG元素の研究を国際的に推し進めるべきという思想で纏まっており、試作艦のML機関が充分に動かせるのもそういうことだ。

 

「ソ連だって今回の捕獲作戦が上手くいけばG元素が手に入る、それに軌道艦隊を失えば国土が更に奪われるのは必然だ」

 

「前線国、後方国共に損の無い話ですからね」

 

「だからこそ解せない、本当にこんなことをやるのは恭順派くらいってことになっちまうからな」

 

しかし大国ですら全力を挙げてギリギリ戦えるかどうかという秋津島開発の衛星ネットワークに対し、ちょっと大きい程度のカルト宗教が完全勝利を収められるとは到底思えない。

思想的には納得がいくが、実力と行動を見ると納得がいかない。

 

「それにBETAと死ねって言うなら宇宙の戦力を手玉にとっておいて何もしないのはおかしい、宇宙港くらい地上に落としそうなもんだがな」

 

それにタイミングも悪い、暴走事件の時に乗っ取れば核弾頭の雨を降らすことが出来たと言うのに。そう言えばあの時の事件にも宗教団体が関わっていたと報告を受けた気がする、何か引っ掛かる。

 

「彼らの目的は一体?」

 

「さあ…いや、うぅん」

 

先程雪崩れ込んで来た記憶の中に答えがある気がする、見たはずの未来をもう一度思い出すのだ。未来、未来…

 

「待てよ、未来?」

 

「はい?」

 

自分は原作の年表を追う形で今まで未来に起きることを予測して来たが、歴史を変えながら進んでいる以上知り得ない事件も発生している。だが自分が居ることで変わった未来を知る人物が敵に居れば、この状況に説明がつく。

 

「ループか!」

 

原作の主人公がそうだったではないか、二周目のループで起こるイベントに対して先んじて手を打つのが描写されていた。それにより別の問題が発生するのも共に明らかになっており、秋津島開発が苦難を乗り越えてしまったことは彼らにとって想定外だったりするのかもしれない。

 

「恭順派を使ったのも分かる、指向性タンパクの使い方を熟知していれば宗教を大きくするのは難しくない…」

 

「何が分かったんですか?」

 

「こちらの出方を見た上で衛星網が充分に発達した今を狙って掌握、嫌になるくらい完璧だ」

 

何故こうも毎回裏をかかれるのか、それは彼らは未来を知っているからに他ならないのだ。

 

「相手は未来を知って、いや体験してから過去に戻っている」

 

「んな滅茶苦茶な!なんでもアリですか!?」

 

「アリなんだよ、G元素があればな」

 

G弾の起爆による時空間の歪みと増幅された思念、そして大量のG元素があれば他の世界の人物を呼び寄せることが可能だ。恐らくはその手の方法でループを行ったのだと考えられる。

 

「でもG弾とG元素が必要な実験なんて、アメリカ以外に不可能ですよ」

 

「逆だよ、呼び寄せるんじゃなく送りつけて来たんだ」

 

他の並行世界へG元素を用いて干渉できるのは前述した歪みで他世界との距離が縮まるからだ、逆が出来ない道理はない。

 

「未来の件は分かりました、でもこのネットワークへの攻撃はどう説明するんですか?」

 

「最も実現が近い量子コンピュータがある、本来の未来において十数年後には実用化してる物だ」

 

相手が未来を知る人間なら作れるかもしれない、G元素を保有する米国で活動していたのであれば尚更だ。

 

「そんなものがあるんですね」

 

「00ユニットだな、どうやって維持しているのか気になるが」

 

秘書がギョッとした顔で社長を見る、言ったことが本当であれば人間の自我を電子化することが既に可能ということだからだ。

 

「社長が反対した計画案にあったヤツですか、人間の自我を持つ量子コンピュータとかいう」

 

「手のひらサイズの頭脳で半導体150億個分の並列処理能力を持つと言われるバケモンさ、今の俺達じゃあ敵わないな」

 

原作通りに人の外見を模しているならば工作にも使い易いことこの上ない。デカいコンピュータなら見つけようもあるが、そこらの人間と変わらぬ姿とあれば大問題だ。

 

「…だが維持にはBETAの技術が必要だ、作れたとしてもすぐに劣化が進んで動かせなくなる筈だが」

 

頭脳はODLという液体で冷却されているが、それは72時間で交換か浄化が必要という代物だ。その完全な浄化は人類の技術では不可能であり、それが運用の難しさに拍車をかけている。

 

「BETAの技術とは一体何なんです?」

 

「オスカー中隊が爆破したハイヴ最奥の特殊個体、アレの力が無くちゃ長時間の稼働は不可能でな」

 

未来においては人類の一種族として認知されるほどに増えるらしいので、なんらかの解決法が見つかったのかもしれない。今その水準に達しているとしたら、正直言って勝ち目は無い。

 

「…急激な劣化がなければ稼働時間はそれなりにある、使い捨てるつもりなら…或いは…」

 

この72時間、00ユニットが焼き切れるまでに何かを成すつもりなのかもしれない。

 

「社長、どうされますか」

 

「希望的観測を含んだ作戦にはなる、だが動き方は固まった」

 

船員が持って来てくれた予備の宇宙服に着替え、ホルスターから拳銃を抜く。手慣れた様子で弾丸を装填し、予備の弾倉の数を確認した。

 

「地上からの攻撃が原因ならアクセスを封じるまでだ、宇宙と地球を切り離す!」


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