「状況は理解しました、通信区画の分離に協力させていただきたい」
「すまない、ことが済めばすぐに復旧させる」
通信区画にいた人々と合流を果たした社長達は専門家と共に情報収集に当りつつ、切り離しの準備を進めていた。メインシャフト側とは連絡が取り難い状況が続いたが、宇宙に出て通信機を使うことで解決した。
「繋がりますか?」
「大丈夫、向こうも外に出てるさ」
命綱を秘書に握ってもらい、通信機を宇宙港に向ける。するとメインシャフトで作業中の班員が宇宙空間に姿を現し、手を振りながら通信を始めた。
『社長、ご無事で!』
「こっちは通信区画内の人員を投入出来た、彗星も今準備中だ」
『室内待機を命じられた作業員を引っ張り出しつつ作業を進めてますが、司令部とは未だ連絡手段が無いようです。密閉作業自体は5割ほど!』
一部区画はシステムエラーが確認された結果、安全装置が作動し電源が落とされていた。その結果光源を失い、作業予定だった場所は暗闇に包まれている。
暗闇と無重力というのは悪しき相乗効果を生みやすく、熟練者ですら空間識失症に似た症状を起こすことがある。パニックになる可能性もあったが、協力してくれた作業員達が上手くやってくれたようだ。
「手際が良くて助かる、早く終わらせようか」
『勿論ですとも』
通信区画の増築部が切り離しの際に邪魔になるようで、非常用の爆薬を抱えて班員達が駆けずり回っている。既に一部区画は切り離しが進んでおり、準備は予定より早く終わりそうだ。
「通信終わり、引っ張ってくれー!」
「ええい、こっちも歳なんですがねぇ…」
秘書に命綱を引っ張ってもらい、施設内に戻る。そして急ぎ向かったのは通信区画の中枢であり、そこでは社員達が事態の究明に尽力してくれている。
「で、通信の逆探知は?」
「どうにか終わりました、かなりヒヤヒヤしましたが…」
そう言ってこの手の作業に強い班員が持ち込んだラップトップに表示されたのは米国の宇宙基地、それもHSST暴走事件以来調査と老朽化を理由に閉鎖されている区画からだ。
「管制用の通信アンテナを使っているようです。別の場所から複数のコンピュータを経由している可能性はありますが、少なくとも電波はここからですね」
「助かる、これで言い訳が出来るな」
「暴走事件はやはり終わっていなかった訳ですね、ここまでのサイバー戦能力を持っている組織のことなんて考えたくもありませんよ」
急速に発展しているコンピュータだが、それを悪用する方法というのは当然生まれてきた。それを他とは比べ物にならないマシンパワーと社長由来のセキュリティで捩じ伏せてきた訳だが、遂に破られる時が来てしまった。
「もう一つ報告があります」
「なんだい」
「…我々のコンピュータ上で動く未知のプログラムがあり、現在増殖中です」
「えっ」
そのプログラムは名や場所を変え複数の場所で増え続けており、システムの異常は恐らくこれが原因だ。つまり、これは…
「コンピュータウィルス、それもこの時代にか!」
この世界においては"理論はある、限られた環境での実験はした"程度の存在であり、現場の社員ですらある程度の知識を有している秋津島開発の技術レベルでなければ存在の特定すら不可能だっただろう。
「存在が予見されて以降対策はして来た分野ではあったのですが、あまりにも増殖する速度が速すぎて対応出来ません」
まるでこちらのセキュリティを全て把握しているかのような動きをしているらしく、何処まで入り込まれたのかも見当がつかない。
「通信区画がこの有様ってことはメインコンピュータのある司令部も滅茶苦茶になってるだろうな、乗っ取られるのも無理ない」
「宇宙港を取り戻すためには一度リセットする必要がありますね、それもありとあらゆる媒体に対してです」
厄介だが、やることがハッキリしたのは良かったと言える。班員のうち数名を試作艦へと向かわせ、通信区画の切り離し後にウィルスの捜索を行うよう指示を出す。中身を全て消してプログラムを書き直す必要があるが、潜伏場所が多岐に渡る以上リセットしたとしても最悪生き残ってしまう。
「どうされますか社長」
「宇宙港の電源を落とす、そんで独立してるバックアップコンピュータにメインの方を初期化させる」
限られた人の手でしか起動せず、通常時は物理的に隔離されているバックアップ機ならば汚染を受けていない筈だ。
「司令部への接触が急務ですね、尤も我々にそんな余力はないのが問題ですが…」
「この不正アクセスを止めないと試作艦が何をされるか分からん、通信区画の分離が最優先なのは確かだしな」
しかし悠長に構えていれば着陸ユニットが地球の軌道に到達してしまう、それまでにどうにかしたいというのに。
「打開策と言えば、彗星は動かせそうか?」
「先程分離予定の区画に向かったばかりです、ウィルスの汚染は受けていなかったようですね」
これで作業が早まれば到達までに間に合うだろうか、いや微妙と言ったところだ。指揮系統がズタズタに引き裂かれているために動かせる人員が足らない、流された偽の火災警報も作業を遅れさせている。
「メインコンピュータを止めさえすればいいんだ、何か良い手は…」
「いっそのこと壊しちゃいます?」
「宇宙港の中枢だぞ、MMUじゃあ火力が足りんさ」
宇宙用の36mm低反動砲では対デブリ装甲を貫けない、荒療治をしようにも分厚い外殻と幾重にも重なった部屋や通路といった建造物が邪魔をする。
「あの社長、定期連絡に行った社員が何か言ってます」
「分かった、聞こうじゃないか」
「なんでもその…援軍だと」
通常では行わないような加速を行い、短時間で地球へと戻って来たHSSTが一隻。その背にはオレンジ色をしたF-14の姿もあり、彼らは沈黙した宇宙港に向け通信を試みているようだった。
「個人用の無線では中々連絡を取るのに苦労したと言っていて、流星が戻って来たと」
「でかした!」
そろそろ技術開発パートに戻りたい。