「…話と違うんだが」
「何がです?」
「上が要求仕様を纏めて送ったのはつい最近の筈だ、何故実機がある」
警察組織が用意した倉庫では秋津島開発からの搬入作業が始まっており、白と黒に特徴的なパトランプまで装備された人型兵器の姿も窺える。
「広報用のハリボテか?」
「端末経由で確認してますが、恐らく実機かと」
「…一ヶ月しか経ってないぞ。さては東アジアの警察に売り込むつもりで、密かに水面下で開発を進めてたな」
陰謀を暴いたかのような口ぶりだが、そう話す本人は意外にも嬉しそうだ。彼が思うに機動力が高く強烈な印象を与える戦術機は、実務から広報まで様々な運用が可能だと確信しているからだ。
「秋津島は試作品が山ほどあることで有名ですし、昔作った機体を引っ張り出して来たとかも有り得ますね」
見る限り隼改を流用したように見えるが、分厚い胸部装甲と腕部に増設されたと思わしき小さな盾が印象的だ。恐らく36mm弾への防御能力を持たせるためなのだろう。
「…秋津島警備の連中には感謝しないとな、少し複雑だが」
「あの警備会社は気に入りませんか?」
「企業の私兵を怪しまない人間の方が俺達の中で少数派だろうが、帝国にとって切り離せない戦力なのは間違いないがな」
「私兵って…まあこの手の勢力は否応にも監視対象になりますけどね」
海外の帝国資産を護っているのは彼らであり、破壊を免れた重要施設は枚挙に暇がない。彼らは秋津島開発の所有する施設の防衛を請け負っている以外には目立った動きを見せておらず、親会社の人気もあってか正義の味方扱いだ。
「我々が表立って動けるようになれば今の状況も少しは変わるでしょう、これで前例が出来れば海外でも同様の組織が発足する可能性もあります」
「…上手くいくと良いんだがな、衛士の適性がある警官なんざ居るわけねぇし困ったもんだよ」
「教育課程の中で引っこ抜かれますからね、彼ら」
義務教育の中で国家存続に不可欠な人材である衛士候補生は帝国中の生徒から抽出され、エリートとして専門的な教育を受けることになる。つまり警察の中から戦術機に適性のある人間を見つけようとしても、既に粗方選ばれ抜いた後だということだ。
「どうすっかなぁ…」
「跳躍ユニットによる三次元機動を市街地でやるわけにもいきませんし、帝国国内で動くとなれば対峙するのはMMUです」
MMUは秋津島開発と帝国の現内閣が肝入りで進めるバビロン・プロジェクトにて大規模な運用が始まり、国内三社を始めとした他企業も自社製MMUを発表していた。
戦術機の技術を転用したそれは良好な性能を発揮し、専用の道具が必要にはなるものの費用対効果は非常に高かった。秋津島開発がマスドライバー建設に初期から使用していたという実績も相まって、今では見慣れた存在となりつつある。
「動かし易い機体だと助かるんだがな、まあ向こうさんの話を聞いて色々と調整するしか無いな。今時補助用のAIだってあるんだ、水準を下げて吟味するか」
「作業用の人型なら空を飛ぶわけじゃありません、あくまで必要とされる範囲で能力を発揮出来るなら大きな問題にはなりませんよ」
「…BETAと戦うのは軍の仕事、適材適所だな」
ー
格納庫では機体の周りでオレンジ色と青色の作業服の整備士達が互いに意見を交わしており、いつの間にか輸送用のトレーラーや各種装備も揃っていた。どの搬入物にも秋津島開発のロゴマークが刻まれており、彼らがどれだけ手広く事業を発展させて来たのかがよく分かる。
「この機体は隼改を改造して使った試作機から得たデータが基になっており、今回の納入に際して隼改二をベースに作られた法執行機関向けのモデルです」
「つまりその、アレは帝国軍が採用したばかりの新型ということか?」
「現在帝国国内の製造ラインが隼改から隼改二に切り替わり始めていますので、今後の運用を鑑みての措置です」
「性能は充分か、成る程」
資料をパラパラと捲れば軍用クラスのセンサ類は光学系を除いてダウングレード、又は取り外されていた。しかし逆を言えばそれ以外は軍用であり、民間のMMUと比べれば雲泥の差があるのは間違いない。
「動力源は戦術機と同じマグネシウム燃料電池ですが、出力は軍用機の1.5倍程を確保しております。また蓄電量に関しても既存の戦術機よりも多く、連続稼働時間は非常に長いものと考えて頂いて構いません」
「何故軍用機よりも主機の出力が高いのか気になるんだが」
「跳躍ユニットの運用を前提としていない機体構成であるからです、あの手の推進機関は市街地での運用に全く適していませんので」
両脚部の燃料タンクがある筈の箇所は、増設された装甲と燃料電池が占めていた。危険物を抱えて飛ぶ機体を市街地で運用するのは危険過ぎるとした警察組織の意見により、目の前の機体は本分である筈の飛行能力を失っていた。
「噴射をすればガラスや割れ物は吹っ飛び、更に焼け死ぬか窒息するリスクがありますから」
「では完全に飛ぶ能力はもう無いと?」
「背部の兵装担架にドロップタンクを載せれば跳躍ユニットへの燃料供給は可能です、一応飛べますよ」
秋津島開発は要求仕様やらなんやらで揉める前に取り敢えず実機を送り込み、警察組織がこの機体を見て「やっぱり強力な機体も要るのでは?」と思わせたかった。テロ組織が運用する戦術機と戦うために軍以外にも戦力を用意しろと言ったのに、戦術機は危険過ぎるから要らないというのはあまりにも的外れな意見だと彼らは感じたようだ。
「良いんじゃないか、マグネシウム燃料電池は安全性に優れると聞いているが」
だがまあ、秋津島開発の常識が今まで門外漢だった警察組織に伝わるはずも無い。資料を見る彼らにとって、この機体は必要とされる能力を保持しつつ不要な部分を絶妙なバランスで削ぎ落とした警察組織のためにあるような機体だと思ってしまったのだ。
「爆発の危険性も低く静音性が高い上に、破損して電解液が漏出したとしても塩水を利用しているため安全性はお墨付きだった筈です」
「…あ、はい、おっしゃる通りです」
「燃料さえ省けば危惧していた危険性が取り除かれるのは道理、だがここまでの物を用意して下さるとは」
だが案外にも好印象だった飛べない鳥は、大量生産が続けられる隼改二と殆どの部品を共有しているため機体価格は警察組織の想定よりも安かった。それに通常時は跳躍ユニットを運用しないという仕様により整備性は高く、運用コストも大きく圧縮されていたのだ。
「この機体なら思っていたより大規模な運用が可能かもしれないな」
「SPFSSという補助AIに関してなのですが、このLEA型というのは?」
「法執行機関向けの特殊モデルがありますので、そちらを使う予定です」
「…この調達費用で衛士の水準を上げられるなら安いな、このAIと機体の在庫に余裕は?」
「積層造形にて製造が行えますので、使えるプリンタを確保すれば幾らでも」
警察組織から来た二人は決まりだなと頷き、秋津島開発の技術者と握手を交わした。社長が戯れに作り上げていた警察用戦術機を基に作られたこの機体は、やはり優秀過ぎたようだ。
「今後ともよろしく、よろしく頼みたい!」
「あ、はい」
お眼鏡に適った以上は仕方ない、思い切り何周か空回りした社員達は言い出しっぺである秋津島警備に後を任せることにした。対テロ訓練と称して秋津島警備の戦術機と戦わせれば考えを改めてくれないかなと、彼らは空を仰ぎながら思った。